2012年
鈴鹿
1stアタック リタイア(ダンロップでチェーン外れ)
2ndアタック賞点外 リタイア(最終コーナーで時間切れ)
リザルト→https://www.suzukacircuit.jp/result_s/2012/ene1gp/index.html
FJSK教授から自動車部のメンバーに声がかかる。2013年度から新しい授業を始めるため(創造性開発実習のこと)プリウスを分解したいという。結局のところ予算がかかりすぎるため、ZDPのキットカーを製作することに。
自動車部のメンバーだけで製作すると、公平性にかけるため、(一応)一般公募という形で希望者は学生部置いてある申し込みリストに名前を書くように募った。(そうしたら自動車部以外の犠牲者も増えることになったが)
ZDPから池田さんに来ていただき、キットカーを3日間かけて製作。これが20インチ仕様の1号機となる。このときは学内を数十メートル走行して終了となった。
SMD教授からキットカーはどれくらいの実力があるのか試してみたいとの発言あり。鳴海の名鉄自動車学校は名南高校のガソリンエコランでも試走に使用されていることもあり、SMD先生経由で試走を申し込む。これが早朝試走の始まり。
今年度授業準備用予算に余裕があったため、エボルタを40本買い込む。教授陣としてはキットカーを創造性開発実習のTAを育成する位置づけとして考えていたらしく、レースへの参戦はまったく考えていなかった。2011年よりEne1が鈴鹿サーキットで行われていることを知っていたYNKRは「せっかく走れる車があるのにもったいない」とのことで半ば強引に鈴鹿への参戦を決める。このときにとよこうWorksをサークルとして設立した。なお、YNKRは部長ではない。顧問になってもらったSMD先生から「部長をやったら研究をやらずにそっちばかりやりそうだから」との理由によりYNKRは部長とならなかった。このときの部長はNSYM(2013年もてぎドライバー)。
アクティブチャレンジ初年度。元々アクティブチャレンジは鳥人間の働きかけによって始まった制度で、学生部的に(一応)公募という形で全学生に門戸が開かれた。※鳥人間は2008年創立だが、当時はメンバー1人あたり月7000円の部費が回収されていた模様。その金銭的負担を軽減するため、鳥人間のメンバーが学生部に掛け合った結果がアクティブチャレンジというわけ。また、自動車部も当時から留年が多く発生していた。車を改造するためにアルバイトで時間を取られ、自動車部で時間を取られ、夜な夜な走りに行き、単位を落とすというパターン。少なくともYNKRはアルバイトをせずともお金を得て技術的な活動をし、かつ単位は落とさないことを根本の方針に考え、サークルの運営をした(はず)。
話をEne1に戻す。
参戦を決めたはいいが、当時は本当に何も分かっておらず、6月くらいにダンロップの坂が登れないことがわかる。手持ちのモータはキットカー付属の250Rだけ。250Rのトルクでダンロップの坂を登ろうとすると、高減速比が必要。そのため12T-87T, 13T-90Tの2段減速とした。そうしてレースの2日前に出来上がったのが最高時速7kmの1号機である。
鈴鹿サーキットは1周5.8kmなので、1アタック制限時間の1時間以内に1周できる計算だった。1stアタックではホームストレートを時速10kmほどで下り(ワンウェイがついてないのでモータが限界を向かえ、速度が上がらない)、ダンロップに差しかかったところ、スプロケットからチェーンがはずれ、坂を登れなくなってしまった。
そこでリタイアし、賞点外扱いで2ndアタックへ。今回は駆動系統の調整をしっかり行ったため、順調に鈴鹿サーキットを走行。しかし、時速7kmゆえ、遅々として進んでいる感がない。そのうちサーキット上ではとよこうWorksのマシンのみ走行している状態となった。サーキットビジョンを独り占めにし、アナウンサーに止まっているのか?進んでいるのか?等々言われながらバックストレート、130Rを進む。そして最終コーナーを立ち上がろうとしたとき無常にもタイムオーバー。賞点外扱いのため、スタート順が遅く、1時間アタック時間を取れなかったのが原因。
これが良くも悪くもとよこうWorksの初レース。
レース直前にマシンが完成(?)するのはここから始まった。
もてぎ
タイムアタック:9分くらい
60分耐久:完走
リザルト→https://www.twinring.jp/ene-1/result/
- ALFINE 11速搭載
- テレメトリ搭載(既製品)
- 260RをZDP池田さんから借用
鈴鹿で時速7kmという最遅マシンを作った私たち。さすがに来年は鈴鹿の坂を惰性で下りたいということでワンウェイハブを探す。鈴鹿のダンロップを考えると、変速機が必要。しかし、自転車によくある外装式ではチェーンが大きすぎで抵抗になる、変速のたびにディレーラーで電力を食われるのではとの懸念から内装式を探す。そこで発見したのがALFINE 11スピードというわけ。ちょうどこの頃、14インチの2号機を池田さんと一緒に作成しており、池田さんからALFINE用のスプロケット図面を頂く。ZDPとしてもEne1鈴鹿用の仕様を検討していたらしく、図面と引き換えに私たちがモルモットになる。もらった図面をAR CADとNCVCにかけて放電加工プログラムを作成。スプロケの材料はキットカーのA7075を参考に、大学に出入りしている業者(大隅産業)で購入できる3mm厚で最も強度の高かったA2024を選んだ。ちなみにもらった図面は90Tのもので、材料費は3000円くらい。加工費もYNKRが放電加工機を動かしたのでゴミのような値段。放電加工後のスプロケットは加工面が荒れているため、少しやすりをかけないとALFINEに嵌らないので注意。
2号機を作っていたときに250Rより高パワーのモータないです?って池田さんに相談したら「あるよ」とのことで借用した。502Rがある今となってはわざわざ使う必要はないと思う。250Rより高トルクだが、その分消費電力も上がるため使い方は?。もてぎは完走を第一目標に走ったため、タイムアタックは極力電力を使わず、耐久を乗り切る作戦とした。結果としては電力が余ってしまったが。また、タイムアタックと耐久のポイント制を理解しておらず、完走という目標は達成したものの、結果は振るわず。
2013年
鈴鹿
大学・高専クラス2位
総合12位
リザルト→ https://www.suzukacircuit.jp/result_s/2013/ene1gp/index.html
501R搭載
前年のもてぎにてアルフィーネを搭載した。しかしながら250Rでは明らかなトルク不足。(260Rは借り物なので返した)このとき、Ene1鈴鹿用に新しいモータ(501R)が発売されるとの情報をZDPから得た。予算は底をついていたがSMD先生に交渉の上、モータ購入に成功。もてぎ仕様のマシンに501Rを装着し、差し当たりの準備完了。
鈴鹿の試走が6月にあることを知る。
参加費は無料。タダなら走るかってことで申し込む。(このときは移動手段も何も考えていない。)
(試走会のパワポレポート⇒⇒
https://onedrive.live.com/?id=78274048B2A061D3%214405&cid=78274048B2A061D3)
就活とアメリカでの学会発表が試走会前週まであり、マシン自体の準備は何もしなかった。肝心の移動手段だが、ルーフキャリアがアップガレージに7000円で出されているのを発見。ネットで芝浦工大がルーフキャリアにエコランマシンを運んでいる画像を見ていたので、これいけるんじゃね?ってことで即購入(私費)。こうしてレンタカーに頼ることなく、マシンを移動させる手段を構築した。
もてぎで使っていた
テレメトリは2.4GHzのものであるため、鈴鹿では電波が届かない。そこで、パソコンごとマシンに搭載して消費電力のログを取った(鈴鹿の試走は車検がないため、やりたい放題)。さすがに自分のパソコンを搭載するのは避け、2105に新しく導入したノートパソコンを搭載した。ここでの問題は10分程度でログ計測が止まること。YNKRのノートパソコンでは1時間連続で計測できるので、64bit OSとの相性が悪いのか?1周計測する分には問題ないため、1周ごとに
テレメトリを計測し直して走行した。試走会は午前、午後の2ヒート。午前の3本目でチューブがバルブ根元からパンク。後発隊に替えのチューブを持ってきてもらう。午後。実際のレースを想定して
カウルをつけて走行。計測の結果、
カウルありでは1周23~27Whで走行できることが分かった。(ちなみに
カウルなしでは消費電力が大きく、3周もたない。詳しくはパワポのレポートを見よう。)午後枠は3本目を走行中にデグナーにてコースアウト。マシンが砂まみれになる。幸いにして人間、マシンともにダメージはなかった。原因はデグナーでの西日。まぶしくて前が見えなくなったとのこと。実際のレースは西日になる時間まで行わないため、問題なしと判断。ドライバーのコメントから1号機
カウルの真ん中に通る太い柱が視界の妨げるとのことで、創造性開発実習の指導員さんに真ん中の柱を一部アクリル化してもらった。詳しくは⇒
https://onedrive.live.com/?id=78274048B2A061D3%214405&cid=78274048B2A061D3
期末テストもあったので特に何も準備せず。
2日前くらいに電池の慣らしをやってないことに気づき、急いで慣らしをする。このとき2号機とインホイールモータを使って慣らしを行った(フラグ)。
鈴鹿当日。車検のため、マシンを整備していると電力メータがないことに気づく。前日の電池慣らしを2号機で行っていたため、2号機ごと学校に置いてきたらしい(フラグ回収)。。。車検は他メンバーに任せ、伊勢湾岸を1**km/hで走行し、学校へ取りに帰る。なんとか1stアタックまでに間に合い、事なきを得た。1本目、2本目と8分台で周回し、これはいけるか?と思ったが、3本目でブレーカーが落ち、復帰のためタイムロス。(今考えれば熱でブレーカーが弱っていた)3本目が12分台になり、鈴鹿高専に逆転され大学・高専クラス2位。
あと少し頑張れば頂点に立てるかもという希望がメンバーのやる気に繋がった。
そうして、もてぎへと続く。
もてぎ
大学・高専クラス1位
総合・・忘れた
リザルト→https://www.twinring.jp/ene-1/result/
2014年
鈴鹿
大学・高専クラス??位
総合??位
リザルト→https://www.suzukacircuit.jp/result_s/2014/ene1gp/index.html
もてぎ
大学・高専クラス??位
総合??位
リザルト→https://www.twinring.jp/ene-1/result/
2015年
鈴鹿
大学・高専クラス6/12位
総合38/84位
リザルト→https://www.suzukacircuit.jp/result_s/2015/ene1gp/
もてぎ
大学・高専クラス6/8位
総合24/33位
リザルト→https://www.twinring.jp/ene-1/result/
2016年
鈴鹿
大学・高専クラス8/13位
総合60/90位
リザルト→https://www.suzukacircuit.jp/result_s/2016/ene1gp/
当時1年生だったMTURが、このサークルの存在を知り、何も分からないままやりたいと申し出る。これにより上級生&OBさんが犠牲になることが確定する。
先輩が「新入生歓迎会しなくていいの?」と言ってきたため、3日で慌てて新歓の準備をする。
なぜか5人もメンバーが入ってくれたが、部長のMTUR自身が何をしたらいいか分からないので、何も活動しないまま時間だけが過ぎる。
先輩が「鈴鹿の試走会行かないの?」と言い、MTURが鈴鹿サーキットで試走会があることを知る。
アルフィーネが組まれた14インチホイールがあったので、2号機のシャシーを使用。
カウルは視界のいい1号機
カウルを使用。
しかし、何をしたらいいのか分からなかったので、1号機
カウル裏側の発泡材を適当に肉抜きする。結果、1号機
カウルは剛性が足りないフニャフニャなものなってしまう。
試走会では、古いチェーンを適当に繋げていたので、走っている途中でチェーンが切れ、予備のチェーンも買っていなかったので、1時間も走らないうちに帰宅。
駆動系の整備性が悪いのと、電池ボックスがボロくて電気抵抗が大きいのが問題だろうということで、大会1週間前から作業を始めた。
しかし、突貫作業でできたものは、前より整備性が悪くなった駆動系と、電池の液漏れが起こる電池ボックスでした。
大会には出たものの、自動車学校での試走もまともにやっていなかったので、電池のマネジメントを全く考えておらず、2ndアタックで電池不足によりリタイヤ。
このときに大会前の突貫作業ではダメだと気付いてもいいはずなのに、MTURは反省せず突貫作業を続ける…。
もてぎ
大学・高専クラス5/7位
総合24/32位
リザルト→https://www.twinring.jp/ene-1/result/
夏休みに何も作業せず不安になり、さすがに試走くらいはしておこうということで自動車学校で試走。
しかし、雨対策を何もしていないのにMTURが無理やり雨の中試走をしたせいで、前が全く見えず約20km/hで壁に激突。
ドライバーは無事だったが、マシンのフロント部分が破損。普通は帰ってすぐ直すだろうが、MTURは面倒くさくなってそのまましばらく放置。
先輩から「もてぎの準備しなくていいの?」と言われ、大会3週間前に慌てて作業を始める。
壊れたフロント部分をようやく直す。
また、アクティブチャレンジで60万円も貰っており、「修復してレース出ただけです」ではまずいだろうと言うことで、急遽新しい
カウルを作ることに。
しかし、
カウルの作り方など当然分からないので、部屋にあったナビセルを無駄遣いして、ゴミみたいな
カウル型を作り、適当にカーボンを焼いたらダンボルギーニ(2.1号機)ができた。
また、9月にやった試走の反省から、
テレメトリのデータログができないのが問題だろうということで、部員に1週間で無理やり作らせた。テスト運用の時間すら設けずに作らせたので、色々な問題を抱えていた。
大会で完走はしたが、徹夜作業の結果ゴミを走らせることになったので、半年間我慢してきた部員のやる気はなくなりました。
2017年
鈴鹿
大学・高専クラス6/12位
総合30/94位
リザルト→https://www.suzukacircuit.jp/result_s/2017/ene1gp/
2016年のもてぎの結果、早めからマシンを作らないといけないとようやく自覚したMTUR。
普通のマシンすら作ったことがないのに、「普通のマシンを作るのは面白くない」と言い出し、後輪操舵マシン(5号機)の設計を始める。
学外実習中の1年生を無理やり連れ戻してまで作業をする。このおかげで早めからマシン製作が進んだが、後輪操舵という無茶な設計のために失敗ばかりでなかなか完成しない。
さらに部長のMTURは電気自動車製作講習会に行かずにスノボしてたので、クソ。
去年と同じく新歓の準備が直前になったため、1人しか入ってもらえなかった。
その1人も部長のMTURがクソだと気付き、いなくなりました。
5号機がなんとか走れるようになり、自動車学校で試走。しかし超不安定なマシンは15km/h程度で横転。
多少の改良をして試走会でマシンを走らせることはできたが、そもそも設計がクソなので相変わらず超不安定。さらに
カウルを付ける予定が間に合わず、ドライバーの体が外にむき出しの状態。
結果、鈴鹿サーキットのホームストレートで約25km/で横転し、腕を怪我させてしまう。
その時の車載動画→
https://www.youtube.com/watch?v=NPIbk5LW6pM
6月の試走で自慢のマシン(笑)を横転させてしまい、やる気を失っていたMTURは、またも大会1週間前まで何も作業していなかった。
大会に出れるように、2号機に
モーター・
タイヤ等をとりえず載せて試走しただけで1週間は過ぎた。
しかも大会当日にMTURが遅刻。
昨年と同じく電池のマネジメントなど考えておらず、とりあえず完走することを目標にゆっくり走ったので、結果は良くなかった。
もてぎ
大学・高専クラス7/7位
総合27/36位
リザルト→https://www.twinring.jp/ene-1/result/
「もてぎも2号機で走るのはいやだ」とMTURが言い出し、3号機
カウルに入るマシンの設計を始める。
3号機シャシーの問題は、①視界が悪い、②剛性がない、③
タイヤと
カウルが干渉する、だったのでこれを解決しようとした。
MTURは試作などをせずにCADだけで何とかしようとして、なかなかうまくいかず、途中で嫌になり、9-10月は全く作業しなかった。
後輩から「もてぎの準備しなくていいんすか?」と言われ、大会2週間前から作業を始める。
突貫作業でナビセルとドライカーボンでシャシーを作ったが、視界が悪く、
タイヤと
カウルが干渉しているシャシーが完成した(3.1号機)。
カウルの一部を切ったが、完全に干渉をなくすことができずに、
タイヤが
カウルに擦ったまま走ったので、レース中にパンク。
また、視界が悪かったので、前を走っていた宇都宮工業高校に追突してしまう。
レース途中でリタイヤしたため、結果は悪かった。
2018年
鈴鹿
出てません
2017年の反省として、「鈴鹿ともてぎの両方に出るのは無理がある」、ということになり、2018年度はもてぎ1本に絞ることになる。
また、新しくマシンを作るのではなく、過去のものをできるだけ利用して作ろうということになり、3号機の
カウルをきれい作り直す方針に決めた。
もてぎ
大学・高専クラス??位
総合??位
リザルト→https://www.twinring.jp/ene-1/result/
とりあえずMTURが在学している間だけはこのサークルを続けよう、くらいの気持ちで新歓。
幸い2人入ってくれたので、「こいつらを逃がしちゃいかん」と思い、少し頑張って作業をする。
3号機
カウルのオス型補修が、思っていたようにいかないことに嫌気がさした部長MTURがアルカスと化し、作業ストップ。
後輩&OBさんから「もてぎの準備しなくていいんすか?」と言われ、大会2か月半から作業を始める。
2か月半で
カウルを作るのは無理だが、シャシーなら作れると考え、3.1号機を可能な限り小さくした3.2号機を作り始める。
大会3週間前に、3.2号機に
カウルをつけて走行した際、予定していたドライバーが入らないことが判明。急遽MTURの友人を拉致してマシンにぶち込んだ。
MTURはマシンを完成させる作業に手一杯で、走り方やモータースポーツの基本を教える時間がなく素人状態で、もてぎに拉致してしまった。
結果、ピットからの指示の遅れとチェッカーフラッグの見落としで、ゴール後に飯田OIDE長姫高校とTボーンクラッシュ。本当に申し訳ないことをしました。
最終更新:2020年06月13日 10:38