Chapter4「火竜の国ムスペ」
第2世界――
かつて機械や科学で世界が栄えていた太古の時代。その文化の中心地は天地を貫く大樹のそびえる大樹大陸にあった。すなわち、力の国フィーティン、精神の国ヴェルスタンド、そして機械の国マキナだ。それら3国は激しい戦いを繰り広げ、最後には第2世界そのものを破壊しつくして機械文化は滅んでしまったという。人々は大樹を昇り空の世界へ、竜族と出逢い魔法を教わり魔法文化の栄える第3世界へと時代は移行するのだがそれはまた別のお話である。
第2世界の度重なる争いや第3世界の終焉を導く原因になった魔法戦争の影響でこの大樹の大陸はばらばらに分断されてしまい、新しくいくつもの島や大陸が誕生することになった。そのうちのひとつがこのフィーティン大陸、かつてフィーティン国があった場所だ。
フィーティン大陸の北部、ちょうどかつてのマキナとフィーティンの国境があったあたりにエルバーツという場所があった。アース大陸のステイブルとよく似た牧場のような集落だ。ここにもステイブルと同様に馬の種族が暮らしている。
ティル誘拐の一件から数年、今はそのエルバーツにナープは滞在している。ナープ兄弟の父親は依然として見つかっていなかった。
「うーん……。ここは行ったし、こっちはガルフが行ってるから……。サーフのやつ、ちゃんとやってるのかな」
地図を眺めながら唸り声を上げるナープ。そんなナープに話しかけるのは、このエルバーツの族長ミネラだった。
「調子はどうだい? あまり根を詰め過ぎるのは良くないよ。少し休んではどうかな」
「いえ、大丈夫です。それよりも、早く父さんを見つけないと……。あまりあなたたちに迷惑をかけるわけにもいきませんし」
ミネラはここしばらくエルバーツに滞在しているナープに寝床を用意してくれて、他にも色々と良くしてくれていた。それももうすぐふた月にはなるだろう。あまりミネラに、エルバーツに迷惑をかけるわけにはいかないとナープは考えていた。
「ナープさん、あなた宛にお手紙が届いております」
そこに族長補佐が手紙を持って現れた。
「そうか、ご苦労。内容は?」
ミネラが問うと、補佐は手紙の内容を読み上げる。
「はい、サーフという者からです。『山脈村付近の森でヘンなやつらに絡まれたので助けに来てほしい』とのことですが……。ナープさん、いかがいたしましょう?」
「サーフだって!? あいつ何やってるんだ! 仕方ないやつだなぁ……。ありがとうございます、僕はサーフのところへ向かうことにしますよ」
「何かお手伝いできることはありますかな?」
「いえ、これ以上ご迷惑をかけるわけにはいきませんから。それにどうやら、この辺りには父さんはいないようなので僕はそろそろここを経とうと思います。今日までのご厚意、感謝します」
「そうですか。それではお元気で……また、いつでもエルバーツに遊びにいらしてください。道中お気をつけて」
「ナープ君、私は無事にお父さんが見つかることを祈ってるよ」
「ありがとう。それではこれで!」
別れの挨拶を済ませると、ナープは急いでサーフのもとへと飛んで行くのだった。
かつて機械や科学で世界が栄えていた太古の時代。その文化の中心地は天地を貫く大樹のそびえる大樹大陸にあった。すなわち、力の国フィーティン、精神の国ヴェルスタンド、そして機械の国マキナだ。それら3国は激しい戦いを繰り広げ、最後には第2世界そのものを破壊しつくして機械文化は滅んでしまったという。人々は大樹を昇り空の世界へ、竜族と出逢い魔法を教わり魔法文化の栄える第3世界へと時代は移行するのだがそれはまた別のお話である。
第2世界の度重なる争いや第3世界の終焉を導く原因になった魔法戦争の影響でこの大樹の大陸はばらばらに分断されてしまい、新しくいくつもの島や大陸が誕生することになった。そのうちのひとつがこのフィーティン大陸、かつてフィーティン国があった場所だ。
フィーティン大陸の北部、ちょうどかつてのマキナとフィーティンの国境があったあたりにエルバーツという場所があった。アース大陸のステイブルとよく似た牧場のような集落だ。ここにもステイブルと同様に馬の種族が暮らしている。
ティル誘拐の一件から数年、今はそのエルバーツにナープは滞在している。ナープ兄弟の父親は依然として見つかっていなかった。
「うーん……。ここは行ったし、こっちはガルフが行ってるから……。サーフのやつ、ちゃんとやってるのかな」
地図を眺めながら唸り声を上げるナープ。そんなナープに話しかけるのは、このエルバーツの族長ミネラだった。
「調子はどうだい? あまり根を詰め過ぎるのは良くないよ。少し休んではどうかな」
「いえ、大丈夫です。それよりも、早く父さんを見つけないと……。あまりあなたたちに迷惑をかけるわけにもいきませんし」
ミネラはここしばらくエルバーツに滞在しているナープに寝床を用意してくれて、他にも色々と良くしてくれていた。それももうすぐふた月にはなるだろう。あまりミネラに、エルバーツに迷惑をかけるわけにはいかないとナープは考えていた。
「ナープさん、あなた宛にお手紙が届いております」
そこに族長補佐が手紙を持って現れた。
「そうか、ご苦労。内容は?」
ミネラが問うと、補佐は手紙の内容を読み上げる。
「はい、サーフという者からです。『山脈村付近の森でヘンなやつらに絡まれたので助けに来てほしい』とのことですが……。ナープさん、いかがいたしましょう?」
「サーフだって!? あいつ何やってるんだ! 仕方ないやつだなぁ……。ありがとうございます、僕はサーフのところへ向かうことにしますよ」
「何かお手伝いできることはありますかな?」
「いえ、これ以上ご迷惑をかけるわけにはいきませんから。それにどうやら、この辺りには父さんはいないようなので僕はそろそろここを経とうと思います。今日までのご厚意、感謝します」
「そうですか。それではお元気で……また、いつでもエルバーツに遊びにいらしてください。道中お気をつけて」
「ナープ君、私は無事にお父さんが見つかることを祈ってるよ」
「ありがとう。それではこれで!」
別れの挨拶を済ませると、ナープは急いでサーフのもとへと飛んで行くのだった。
山脈村はフィーティン大陸の南西にある地域のことを言う。”村”とは言ってもその地域はとても広範囲にわたり、大陸を飛び出してその付近の海域や一部の島すらも含めてそれを山脈村と呼ぶ。
山脈村に棲むのは竜族リドディオーブ種だ。リドディオーブの身体は非常に大きく、とても長い体躯を持つ翼を持たない竜族だ。その身体は山にとぐろを巻けるほどに大きく、翼がないにもかかわらず魔法か何かの力で自由に空を飛ぶことができる。とある地域ではそれは龍と呼ばれることもある。そんな巨体のリドディオーブたちにとってはこの広範囲の地域ですら村と呼ぶほどの広さしかない。かつて第3世界の頃にはそんなリドディオーブたちがフィーティン大陸を初め数多く暮らしていたものだが、今ではそれも数頭程度のものになってしまっている。
山脈村にはその名の通り数々の山脈が連なっているが、そのうちのひとつクオル山脈の麓の森の中にガルフは迷い込んでいた。
「おかしい。この木はさっき見たはずだが……いや、それはあっちの木だったか? どれも同じに見えてくるな。仕方あるまい、とにかく進んでいけばそのうち森から出られるだろう」
ガルフが適当に森の木々をかき分けながら進んでいくと不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「………ーーーい。おーーーい、誰かァ! 誰かいないのかー! ナープ~!!」
「ナープだと? この声は……」
声のするほうへ向かうと、ガルフと同じアキレア竜の姿がそこにあった。
「ナープゥゥう~? あ……! おおー、ガルフぅ! 良かった、助けて」
「なんだ、サーフか。おまえ一体こんなところで何をしているんだ」
「絡まれてるんだよ。この忌々しい蔦に! 見ての通り、わかるでしょ!?」
見るとサーフは木々の間から垂れた蔦にこれでもかと言わんばかりに絡み付かれていた。
「見てわからんからこうして聞いている。おまえも親父を捜していたはずだ。それがどうしてそうなった」
「いや、ちょっと……その、探検してたっていうか」
「……俺は帰る」
ガルフは踵を返して来た道とも進もうとしていた道とも見当違いの方向に進もうとする。
「ま、待ってよ!」
「なんだ。親父を見つけたのか?」
「いや、まだだけど……」
「そうか、それじゃあな」
「待ってったら! ふと思ったんだよ、もしかしたらお父さんは地上じゃなくて空にいるのかもしれないって! だって、そうでしょ。こんなに捜しても見つからないんだから!」
「…………ふむ。空か、それは盲点だった。一理あるな。ではさっそく行ってみるとしよう」
それを聞くなりガルフは翼を広げると空へと羽ばたいて行ってしまった。
「助けて行けよ!!」
ガルフが去ってしまってから少しすると、それとは入れ違いにこんどはナープがサーフのもとへとやってきた。
「ああ、こんなとこにいた! どうしたんだ、サーフ!?」
「ナープ! 良かった、実は……」
サーフはガルフにしたものと同様の説明をした。
「帰る」
ナープもガルフがしたものと同様の反応を示した。
「だから待ってったら!! そういえば、さっきガルフが来たよ!」
「兄さんが? なんでまたこんなところに……。それで何か言ってた?」
「地上にはもういないんじゃないってボクが言ったら、すぐに空へ飛んでっちゃったよ」
「空か……たしかにそれは盲点だったなぁ。魔法時代の遺跡があるって噂だけど、今でも誰か住んでるの?」
「遺跡ばかりじゃないさ。ちゃんと国だってあるんだよ。ボクはムスペに行ったことがあるんだ。知ってる? あそこのムスペまんじゅうはね…」
「ムスペか。なるほど、それじゃあまずはそのムスペに行ってみよう」
それを聞くなりナープは翼を広げると空へと羽ばたいて行こうとした。
「だから助けて行けよ!!」
山脈村に棲むのは竜族リドディオーブ種だ。リドディオーブの身体は非常に大きく、とても長い体躯を持つ翼を持たない竜族だ。その身体は山にとぐろを巻けるほどに大きく、翼がないにもかかわらず魔法か何かの力で自由に空を飛ぶことができる。とある地域ではそれは龍と呼ばれることもある。そんな巨体のリドディオーブたちにとってはこの広範囲の地域ですら村と呼ぶほどの広さしかない。かつて第3世界の頃にはそんなリドディオーブたちがフィーティン大陸を初め数多く暮らしていたものだが、今ではそれも数頭程度のものになってしまっている。
山脈村にはその名の通り数々の山脈が連なっているが、そのうちのひとつクオル山脈の麓の森の中にガルフは迷い込んでいた。
「おかしい。この木はさっき見たはずだが……いや、それはあっちの木だったか? どれも同じに見えてくるな。仕方あるまい、とにかく進んでいけばそのうち森から出られるだろう」
ガルフが適当に森の木々をかき分けながら進んでいくと不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「………ーーーい。おーーーい、誰かァ! 誰かいないのかー! ナープ~!!」
「ナープだと? この声は……」
声のするほうへ向かうと、ガルフと同じアキレア竜の姿がそこにあった。
「ナープゥゥう~? あ……! おおー、ガルフぅ! 良かった、助けて」
「なんだ、サーフか。おまえ一体こんなところで何をしているんだ」
「絡まれてるんだよ。この忌々しい蔦に! 見ての通り、わかるでしょ!?」
見るとサーフは木々の間から垂れた蔦にこれでもかと言わんばかりに絡み付かれていた。
「見てわからんからこうして聞いている。おまえも親父を捜していたはずだ。それがどうしてそうなった」
「いや、ちょっと……その、探検してたっていうか」
「……俺は帰る」
ガルフは踵を返して来た道とも進もうとしていた道とも見当違いの方向に進もうとする。
「ま、待ってよ!」
「なんだ。親父を見つけたのか?」
「いや、まだだけど……」
「そうか、それじゃあな」
「待ってったら! ふと思ったんだよ、もしかしたらお父さんは地上じゃなくて空にいるのかもしれないって! だって、そうでしょ。こんなに捜しても見つからないんだから!」
「…………ふむ。空か、それは盲点だった。一理あるな。ではさっそく行ってみるとしよう」
それを聞くなりガルフは翼を広げると空へと羽ばたいて行ってしまった。
「助けて行けよ!!」
ガルフが去ってしまってから少しすると、それとは入れ違いにこんどはナープがサーフのもとへとやってきた。
「ああ、こんなとこにいた! どうしたんだ、サーフ!?」
「ナープ! 良かった、実は……」
サーフはガルフにしたものと同様の説明をした。
「帰る」
ナープもガルフがしたものと同様の反応を示した。
「だから待ってったら!! そういえば、さっきガルフが来たよ!」
「兄さんが? なんでまたこんなところに……。それで何か言ってた?」
「地上にはもういないんじゃないってボクが言ったら、すぐに空へ飛んでっちゃったよ」
「空か……たしかにそれは盲点だったなぁ。魔法時代の遺跡があるって噂だけど、今でも誰か住んでるの?」
「遺跡ばかりじゃないさ。ちゃんと国だってあるんだよ。ボクはムスペに行ったことがあるんだ。知ってる? あそこのムスペまんじゅうはね…」
「ムスペか。なるほど、それじゃあまずはそのムスペに行ってみよう」
それを聞くなりナープは翼を広げると空へと羽ばたいて行こうとした。
「だから助けて行けよ!!」
大樹の頂上には第3世界のユミル国から分裂した3つの国やかつての王宮が廃墟として遺されているが、現在の空に存在しているのはそれだけではない。第3世界よりも以前からあった竜族たちの国々がまだいくつかは現存しており、ムスペもそのうちのひとつだった。
火竜の国ムスペ。正しくは『ムスペルスヘイム』という。
外からは一見ただの厚い雲にしか見えないが、ムスペの国土はその内にある。そう、空でありながら国土なのだ。ムスペは外側から見れば巨大な積層雲だが、そこには大火山を載せた浮島が内包されている。その島がなぜ雲の中にあるのか、どうやって浮かんでいるのか、その理由はよくわかっていないがこの浮島こそがムスペの国土なのだ。
「……だってさ」
サーフがガイドブックの解説を読み上げた。まるで旅行気分である。
「サーフ、遊びにいくわけじゃないんだぞ」
「まずムスペまんじゅうでしょ。ああ、それとムスペせんべいも欲しいな。ちょっとマイナーだけど、あれもおいしいんだよね~。それからそれから…」
サーフはまるで聞いていない。ただただ呆れてものも言えないナープだった。
ナープたちはムスペの積層雲のすぐ前までやってきていた。
火山灰を含む雲の外壁は外の世界と中とを遮断している。雲の上部が薄くなっているのでそこを通過してムスペに入ることができるが、飛行能力を持たないものは大火山の火口に一直線なので注意が必要だ。また噴火時はここを通行することができない。ちなみに、名菓ムスペまんじゅうがお土産として大人気である。
「……サーフが言ってたのはこれか」
サーフから取り上げたガイドブックには他にもムスペの名所案内や宿泊施設などの情報が記載されていた。
「ね! いいところでしょ。早く行ってみようよ!」
「そうしよう。けど、観光地には寄らないからな」
「そんな冷たいこと言うなよぉ」
サーフの文句を聞き流しながら積層雲の上部へと向かう。一見してただ雲の絨毯が広がっているだけのようだが、そこを突き抜ければその先がムスペだ。ちょうど今もその雲を突き抜けて一頭の竜が姿を見せる。
「あれは……」
姿を現したのはナープたちよりもずっと身体の大きい竜族原種だ。水門の城でティルを誘拐しようとしたラルガのことを思い出して思わず身を強張らせるナープ。しかし、それを知らないサーフは何を気にすることもなくその竜に話しかけている。
「こんちわー。観光ですかぁ?」
「む。いや、俺は探しものがあってここを訪れただけだ。ちょうどいい、おまえビゲスト大陸はどっちか知らないか」
ビゲストは分断されたかつての大樹大陸のひとつで、ちょうど機械都市マキナがあったあたりだ。ビゲストはかつて第2世界での汚染が原因で島が丸ごと砂漠化してしまい、今では遺跡が残るだけで他には何もなく棲む者もいない。
「ビゲストならここから降りて東のほうだよ。大樹まで行って、それに沿って降りてから行ったほうがわかりやすいかもね。あそこは何もなかったと思うけど……。気をつけて行ってね、おじちゃん」
「おじちゃんではない、俺はヴァイルだ。これでもかつて俺は…………いや、昔話はよそう。助かった、恩に着る」
ヴァイルは何かを言いかけたが、結局それを話すことはなく大樹のほうへ向かって行った。
「……なんだったんだ、あいつは」
「なーに怖い顔しちゃってるのさ。ナープって原種竜きらいだったっけ?」
「別に」
「ふーん。まぁいいや、早くムスペに行こうよ」
「……まあいいか、たぶん関係ないだろうし。そうしよう」
そういえばティルは今頃どうしているんだろう。両親は見つかっただろうか、記憶は取り戻せたのだろうか……そんなことを考えながらナープはムスペの入口へと向かう。そんなナープの目の前に不意を突いて、突然小さな影が雲の中から飛び出してきた。
「う、うわぁっ!!? なんだこいつ!」
「メー! メェーメメー! メェィェ!!」
それは桃色で流線型の身体をしていて、翼はないが宙を自由に泳ぎ回っている見たこともないヘンな生き物だった。そしてそれはなぜか嬉しそうにメーメーと鳴きながらナープの周りをぐるぐると飛び回っている。
「あはははは! ナープ驚いてる。それはメーっていうんだよ。空にいっぱい飛んでる、空で言うところの魚みたいなものだよ。塩焼きにするとおいしいんだ。たまーに地上でも見かけるけど、見たことなかったかな」
「そうなのか。僕は始めてみるな……って、うわっ」
サーフの顔は大量のメーに囲まれて見えなくなっていた。
「だ、大人気だな。サーフ」
「そうだね。なかなか素質があると思うな、わたしは」
「素質ってなんのだよ……。え? だ、誰?」
ナープの隣にこんどは見たこともない雌の竜人族が立っていた。全身にふわふわとした虹色の羽毛が生えていて、背中には白鳥か天馬を思わせる大きな翼が見える。これも空に暮らす民なのだろうか。
「はじめまして。わたしはクリア、メーマスターだよ」
「メー……マスター……?」
「わたしはメーのことばがわかるの。これができるのはたぶん世界中探してもわたしぐらいしかいないんじゃないかなぁ。そこの子、サーフだっけ? サーフはメーマスターの素質があるかもしれないね。まぁ、わたし程になるにはまだまだ修行が要りそうだけど」
「はぁ…。メーマスターのクリア、ねぇ」
「メーはすごいんだよ! 一匹じゃすぐに捕まえられて今晩にはまな板の上かもしれないけど、例えば千匹も集まれば大地を引っぺがしてちょっとした島を空まで運んできちゃうんだから! そうやって新しくできた浮島もいっぱいあってね……あっ、ほら。例えばあそこに見えてるあれとか」
また変なやつが出てきたと思いながら、突然クリアが始めたメー講義をぼんやりと聞き流すナープ。
「えーっ、まじで! メーすごい!!」
一方サーフは目を輝かして話に耳を傾けている。たしかに素質があるのかもしれない、そのメーマスターとやらに。
「そういえばね。ケツァル王国って知ってる?」
どうやらメー講義は終わったらしい。こんどはクリアは別の話題を投げかけてくる。
「え? あ、ああ……うん。どこかで聞いたことがあるような、ないような」
「ちょっと昔まではバルハラ王宮の跡地にそのケツァル王国っていうのがあったんだって」
「ふーん、そう。じゃあ今はもうないんだ」
「ある日突然滅んじゃった。一晩明けたらなぜか廃墟。原因は不明。ユミル国の呪いだって噂もあるけどね」
どこにでもあるような都市伝説か何かだろう。ナープはとくに興味はなさそうに空返事をしていた。
「うわー、不思議な話だね! 何なに? ボクにも教えてよ! そのケツァル王国の遺された財宝とか、そういうのないの?」
相変わらずサーフだけは興味津々のようだったが。
サーフが食い付いたのでクリアの話はまだまだ続きそうだった。
「ああ、やれやれ……。そういえばガルフが先に来てるって言ってたけど、兄さんちゃんと来れたのかな」
一方そのころ、ガルフは道に迷ってムスペとは別の国、ニヴルに着いてしまっていたのだった。
火竜の国ムスペ。正しくは『ムスペルスヘイム』という。
外からは一見ただの厚い雲にしか見えないが、ムスペの国土はその内にある。そう、空でありながら国土なのだ。ムスペは外側から見れば巨大な積層雲だが、そこには大火山を載せた浮島が内包されている。その島がなぜ雲の中にあるのか、どうやって浮かんでいるのか、その理由はよくわかっていないがこの浮島こそがムスペの国土なのだ。
「……だってさ」
サーフがガイドブックの解説を読み上げた。まるで旅行気分である。
「サーフ、遊びにいくわけじゃないんだぞ」
「まずムスペまんじゅうでしょ。ああ、それとムスペせんべいも欲しいな。ちょっとマイナーだけど、あれもおいしいんだよね~。それからそれから…」
サーフはまるで聞いていない。ただただ呆れてものも言えないナープだった。
ナープたちはムスペの積層雲のすぐ前までやってきていた。
火山灰を含む雲の外壁は外の世界と中とを遮断している。雲の上部が薄くなっているのでそこを通過してムスペに入ることができるが、飛行能力を持たないものは大火山の火口に一直線なので注意が必要だ。また噴火時はここを通行することができない。ちなみに、名菓ムスペまんじゅうがお土産として大人気である。
「……サーフが言ってたのはこれか」
サーフから取り上げたガイドブックには他にもムスペの名所案内や宿泊施設などの情報が記載されていた。
「ね! いいところでしょ。早く行ってみようよ!」
「そうしよう。けど、観光地には寄らないからな」
「そんな冷たいこと言うなよぉ」
サーフの文句を聞き流しながら積層雲の上部へと向かう。一見してただ雲の絨毯が広がっているだけのようだが、そこを突き抜ければその先がムスペだ。ちょうど今もその雲を突き抜けて一頭の竜が姿を見せる。
「あれは……」
姿を現したのはナープたちよりもずっと身体の大きい竜族原種だ。水門の城でティルを誘拐しようとしたラルガのことを思い出して思わず身を強張らせるナープ。しかし、それを知らないサーフは何を気にすることもなくその竜に話しかけている。
「こんちわー。観光ですかぁ?」
「む。いや、俺は探しものがあってここを訪れただけだ。ちょうどいい、おまえビゲスト大陸はどっちか知らないか」
ビゲストは分断されたかつての大樹大陸のひとつで、ちょうど機械都市マキナがあったあたりだ。ビゲストはかつて第2世界での汚染が原因で島が丸ごと砂漠化してしまい、今では遺跡が残るだけで他には何もなく棲む者もいない。
「ビゲストならここから降りて東のほうだよ。大樹まで行って、それに沿って降りてから行ったほうがわかりやすいかもね。あそこは何もなかったと思うけど……。気をつけて行ってね、おじちゃん」
「おじちゃんではない、俺はヴァイルだ。これでもかつて俺は…………いや、昔話はよそう。助かった、恩に着る」
ヴァイルは何かを言いかけたが、結局それを話すことはなく大樹のほうへ向かって行った。
「……なんだったんだ、あいつは」
「なーに怖い顔しちゃってるのさ。ナープって原種竜きらいだったっけ?」
「別に」
「ふーん。まぁいいや、早くムスペに行こうよ」
「……まあいいか、たぶん関係ないだろうし。そうしよう」
そういえばティルは今頃どうしているんだろう。両親は見つかっただろうか、記憶は取り戻せたのだろうか……そんなことを考えながらナープはムスペの入口へと向かう。そんなナープの目の前に不意を突いて、突然小さな影が雲の中から飛び出してきた。
「う、うわぁっ!!? なんだこいつ!」
「メー! メェーメメー! メェィェ!!」
それは桃色で流線型の身体をしていて、翼はないが宙を自由に泳ぎ回っている見たこともないヘンな生き物だった。そしてそれはなぜか嬉しそうにメーメーと鳴きながらナープの周りをぐるぐると飛び回っている。
「あはははは! ナープ驚いてる。それはメーっていうんだよ。空にいっぱい飛んでる、空で言うところの魚みたいなものだよ。塩焼きにするとおいしいんだ。たまーに地上でも見かけるけど、見たことなかったかな」
「そうなのか。僕は始めてみるな……って、うわっ」
サーフの顔は大量のメーに囲まれて見えなくなっていた。
「だ、大人気だな。サーフ」
「そうだね。なかなか素質があると思うな、わたしは」
「素質ってなんのだよ……。え? だ、誰?」
ナープの隣にこんどは見たこともない雌の竜人族が立っていた。全身にふわふわとした虹色の羽毛が生えていて、背中には白鳥か天馬を思わせる大きな翼が見える。これも空に暮らす民なのだろうか。
「はじめまして。わたしはクリア、メーマスターだよ」
「メー……マスター……?」
「わたしはメーのことばがわかるの。これができるのはたぶん世界中探してもわたしぐらいしかいないんじゃないかなぁ。そこの子、サーフだっけ? サーフはメーマスターの素質があるかもしれないね。まぁ、わたし程になるにはまだまだ修行が要りそうだけど」
「はぁ…。メーマスターのクリア、ねぇ」
「メーはすごいんだよ! 一匹じゃすぐに捕まえられて今晩にはまな板の上かもしれないけど、例えば千匹も集まれば大地を引っぺがしてちょっとした島を空まで運んできちゃうんだから! そうやって新しくできた浮島もいっぱいあってね……あっ、ほら。例えばあそこに見えてるあれとか」
また変なやつが出てきたと思いながら、突然クリアが始めたメー講義をぼんやりと聞き流すナープ。
「えーっ、まじで! メーすごい!!」
一方サーフは目を輝かして話に耳を傾けている。たしかに素質があるのかもしれない、そのメーマスターとやらに。
「そういえばね。ケツァル王国って知ってる?」
どうやらメー講義は終わったらしい。こんどはクリアは別の話題を投げかけてくる。
「え? あ、ああ……うん。どこかで聞いたことがあるような、ないような」
「ちょっと昔まではバルハラ王宮の跡地にそのケツァル王国っていうのがあったんだって」
「ふーん、そう。じゃあ今はもうないんだ」
「ある日突然滅んじゃった。一晩明けたらなぜか廃墟。原因は不明。ユミル国の呪いだって噂もあるけどね」
どこにでもあるような都市伝説か何かだろう。ナープはとくに興味はなさそうに空返事をしていた。
「うわー、不思議な話だね! 何なに? ボクにも教えてよ! そのケツァル王国の遺された財宝とか、そういうのないの?」
相変わらずサーフだけは興味津々のようだったが。
サーフが食い付いたのでクリアの話はまだまだ続きそうだった。
「ああ、やれやれ……。そういえばガルフが先に来てるって言ってたけど、兄さんちゃんと来れたのかな」
一方そのころ、ガルフは道に迷ってムスペとは別の国、ニヴルに着いてしまっていたのだった。