Chapter2「ヘンないきもの」
エルナトの里を発ったコテツとステイは、西海岸を目指して森を進んでいた。
折れてしまった刀を直すために癒の國へと向かうつもりなのだ。
「癒ってどんなところ? というかこれってなんて読むの?」
ステイが訊いた。
「ユだぜぃ。ユノクニ」
「ふぅん。湯の国?」
「そのユじゃねぇよ。まァ、たしかに温泉は多いけどな」
癒の國はコテツが侍の技を学んだところだ。
このエルナトがあるラプ大陸へ来る前は、その癒を旅して廻っていたのだという。
「この先で船が出てるンだ。まずはそこに向かう」
「へぇー。おいらフネって初めてなんだよね!」
ステイがはしゃいでみせる。
「そういやおめぇ、エルナトから出たことないって言ってたっけなァ」
「そうだよ。で、フネって何するものなの? おいしい?」
「そこからかァ!?」
いくら原始的な狩猟民族の里で育てられたとはいえ、船というもの自体を知らないことに驚く。
こんなに近くに船着き場があるのに、里の者たちは誰も知らないのだろうか。ステイは誰からも船のことを聞かされたことがないのだろうか。
カルチャーショックを受けつつ、そんなことを考えながらしばらくいくと、森を抜けたようで視界に海が飛び込んできた。
「海だ!」
喜んでステイが駆け出す。
「おい、足滑らせて落ちンなよ」
森を抜けた先は岩肌が剥き出しになった沿岸の道で、きり立った崖が連なっている。ごつごつした岩の坂道を下ると、その下は広がる海岸だ。
海岸からは海に向かって桟橋が架けられており、その途中には小屋が建てられている。ここに船がやってきて、この小屋で料金を支払って船に乗ることができる。
港のようなものはなく桟橋がいくつか伸びているだけで、大型の船はここには来ない。日に数本の小型の船が癒とこの海岸を往復するのみだ。
小屋に近づきコテツが呼びかける。
「おーい、おやっさん。次の船はいつ来るンだ?」
一方ステイは初めて見る海にはしゃいでいた。
「ねぇ、フネってどれなの?」
言いつつ桟橋の先のほうへ行くと、そこには木で作られたボロボロの小舟が繋がれていた。
小舟の上では一匹のどんこが昼寝をしている。
「ねぇ、コテツ。まさかあれ…」
「ンなわけあるかよ。あれじゃ何日もかかっちまいそうだし、二人も乗ったら沈ンじまうよ」
「だ、だよね。よかった」
「しかし、おやっさんいねぇな。どこか行ってンのか。ステイ、おめぇはここでちょっと待ってろ」
船番を捜してコテツは砂浜を駆けて行った。
ステイはまた桟橋の先へと向かい、腰を下ろして海を眺める。
「これが海かぁ。でっかい川みたい。ここでも魚とかメフィアとか釣れるのかな?」
そう呟いていると脇を何か小さなものが駆け抜けた。
「メフィア!」
「メフィアメフィア!」
よく見るとどんこが四匹。メフィアを手描きした旗を頭上にかついで桟橋のさらに先へ。
例のボロボロの小舟に次々と飛び乗ると、
「メフィアをもとめて!」
「メフィアしゅっこう!」
旗を立て舟を留めていた縄を噛みちぎると、どんぶらこっこ、どんこっこ。どんこたちは大海原へと旅立った。昼寝をしていたどんこも一緒に連れていかれてしまった。嗚呼どんこよ、そんな船でどこへ行く。そんな船でどこへ行ける。
呆気にとられてどんこたちの無謀な旅立ちを眺めていると、どうやらコテツが戻って来たようだった。
「ねぇ、あれ…。どんこあんなフネで行っちゃったよ」
「はァ? どんこなンてほっとけよ」
コテツはまるで気にも留めていない。
もしかすると、どんこにはよくあることなのかもしれない。
「そンなことより、おめぇ金ぐらいは持ってるよなァ? オイラについてくるのは仕方ないから認めてやるが、船賃ぐらいは自分で払うンだぜぃ」
「ほぇ。オカネ?」
「ホエもホタテもあるかよ。まさか一文無しで出発してきたってわけじゃねぇンだろ」
向こうには船番の姿が見える。その隣にはいつの間にか到着していた小型の船がある。
どうやら出船の時間が近いのか急かす様子でこちらに合図を送っている。
コテツもどこかイライラしたような様子でこちらを見つめている。
そこでステイは大変なことを口にした。
「オカネって何するものなの? おいしい?」
コテツは開いた口が塞がらなかった。
折れてしまった刀を直すために癒の國へと向かうつもりなのだ。
「癒ってどんなところ? というかこれってなんて読むの?」
ステイが訊いた。
「ユだぜぃ。ユノクニ」
「ふぅん。湯の国?」
「そのユじゃねぇよ。まァ、たしかに温泉は多いけどな」
癒の國はコテツが侍の技を学んだところだ。
このエルナトがあるラプ大陸へ来る前は、その癒を旅して廻っていたのだという。
「この先で船が出てるンだ。まずはそこに向かう」
「へぇー。おいらフネって初めてなんだよね!」
ステイがはしゃいでみせる。
「そういやおめぇ、エルナトから出たことないって言ってたっけなァ」
「そうだよ。で、フネって何するものなの? おいしい?」
「そこからかァ!?」
いくら原始的な狩猟民族の里で育てられたとはいえ、船というもの自体を知らないことに驚く。
こんなに近くに船着き場があるのに、里の者たちは誰も知らないのだろうか。ステイは誰からも船のことを聞かされたことがないのだろうか。
カルチャーショックを受けつつ、そんなことを考えながらしばらくいくと、森を抜けたようで視界に海が飛び込んできた。
「海だ!」
喜んでステイが駆け出す。
「おい、足滑らせて落ちンなよ」
森を抜けた先は岩肌が剥き出しになった沿岸の道で、きり立った崖が連なっている。ごつごつした岩の坂道を下ると、その下は広がる海岸だ。
海岸からは海に向かって桟橋が架けられており、その途中には小屋が建てられている。ここに船がやってきて、この小屋で料金を支払って船に乗ることができる。
港のようなものはなく桟橋がいくつか伸びているだけで、大型の船はここには来ない。日に数本の小型の船が癒とこの海岸を往復するのみだ。
小屋に近づきコテツが呼びかける。
「おーい、おやっさん。次の船はいつ来るンだ?」
一方ステイは初めて見る海にはしゃいでいた。
「ねぇ、フネってどれなの?」
言いつつ桟橋の先のほうへ行くと、そこには木で作られたボロボロの小舟が繋がれていた。
小舟の上では一匹のどんこが昼寝をしている。
「ねぇ、コテツ。まさかあれ…」
「ンなわけあるかよ。あれじゃ何日もかかっちまいそうだし、二人も乗ったら沈ンじまうよ」
「だ、だよね。よかった」
「しかし、おやっさんいねぇな。どこか行ってンのか。ステイ、おめぇはここでちょっと待ってろ」
船番を捜してコテツは砂浜を駆けて行った。
ステイはまた桟橋の先へと向かい、腰を下ろして海を眺める。
「これが海かぁ。でっかい川みたい。ここでも魚とかメフィアとか釣れるのかな?」
そう呟いていると脇を何か小さなものが駆け抜けた。
「メフィア!」
「メフィアメフィア!」
よく見るとどんこが四匹。メフィアを手描きした旗を頭上にかついで桟橋のさらに先へ。
例のボロボロの小舟に次々と飛び乗ると、
「メフィアをもとめて!」
「メフィアしゅっこう!」
旗を立て舟を留めていた縄を噛みちぎると、どんぶらこっこ、どんこっこ。どんこたちは大海原へと旅立った。昼寝をしていたどんこも一緒に連れていかれてしまった。嗚呼どんこよ、そんな船でどこへ行く。そんな船でどこへ行ける。
呆気にとられてどんこたちの無謀な旅立ちを眺めていると、どうやらコテツが戻って来たようだった。
「ねぇ、あれ…。どんこあんなフネで行っちゃったよ」
「はァ? どんこなンてほっとけよ」
コテツはまるで気にも留めていない。
もしかすると、どんこにはよくあることなのかもしれない。
「そンなことより、おめぇ金ぐらいは持ってるよなァ? オイラについてくるのは仕方ないから認めてやるが、船賃ぐらいは自分で払うンだぜぃ」
「ほぇ。オカネ?」
「ホエもホタテもあるかよ。まさか一文無しで出発してきたってわけじゃねぇンだろ」
向こうには船番の姿が見える。その隣にはいつの間にか到着していた小型の船がある。
どうやら出船の時間が近いのか急かす様子でこちらに合図を送っている。
コテツもどこかイライラしたような様子でこちらを見つめている。
そこでステイは大変なことを口にした。
「オカネって何するものなの? おいしい?」
コテツは開いた口が塞がらなかった。
場所は戻って森の中。
消沈した様子で歩くコテツに、首を傾げながらステイが続く。
「ねぇ、船に乗るんじゃなかったの?」
「いや、ちょっと……予定が変わったンだ」
いくら狩猟民族の里だからといって金銭文化さえないとは予想していなかった。
宵越しの銭はもたねぇと言えば聞こえはいいが、つまりコテツには自分が乗る分しかお金がなかった。
ラプ大陸は一面に密林が広がり、エルナトのような民族集落がいくつか点在するのみだ。ここらにそういった文化がないとすると、近場で必要分を稼いでくることもできない。
「何度数えても変わるわけねぇよなァ…。さぁて、どうしたモンか」
切り株に小銭を並べて眺めるコテツ。
それを見てステイが再び大変なことを口にした。
「あっ、おいらそれ知ってる。それがオカネなの?」
「なンだそりゃァ! 知ってたンなら言えよ! もしかしておめぇの里じゃ別の呼び方でもされてンのか」
「うん。ゲンナマって呼ばれてる」
「うわっ、なンか狩猟民族らしからぬ言葉が出てきやがった! ……まァいいや。で、持ってンの?」
「ないよ」
「結局ねぇのかよ!」
だめだこいつ、早くなんとかしなければ。
さて、コテツが途方に暮れていると頭上から声が降ってきた。
「ふふふ…。お困りのようだねぇ、そこのお二人さん」
「コテツ、天の声だよ! 神様だよ!!」
「馬鹿言え、そンなわけがあるか」
「じゃあナレーター?」
「何のナレーターだ。どうせ木の上に誰かいるンだろ、出てこい!」
二人が空を見上げると、そこには飛竜のような影があった。逆光のせいで姿はよく見えない。
すると飛竜から何かが落ちてきた。どうやら生き物のようだ。
ひょうたんのような形をしており、手足が生えている。
「なンか降ってくるぜィ!?」
「うわっ、なにあれ宇宙人!?」
ひょうたんのような何者かは空中で華麗に三回転を決めて見事に、そして盛大に墜落した。
地面にはひょうたん型の穴が開いている。
木々の陰に隠れながら様子を窺うコテツたち。
「落ちたな」
「ダイナミック落下だ。あれは痛いね」
恐る恐る近づいて穴を覗きこむ。ずいぶん深いようで、底は見えない。
「き、君たち……お困りの……よう……だね」
穴の中から声が聞こえた。
「うわっ、しゃべった! 生きてたね! 生きてたよこれ!」
「今一番困ってるのはどっちかといやァおめぇだと思うが…」
誰が姿を現すのかと不安と期待の入り混じった心境で待ち構える。
が、それっきり穴の中から声が聞こえてくることはなかった。
「静かになっちゃったね。……死んだ?」
「だが、あれはなンだったんだ。ひょうたんのような……エルナトじゃよくあることなのか」
「おいら知らない。あれ絶対宇宙人だよ! インゲン星人。それかエダマメ星人。大豆も可」
「それじゃ納豆星人も追加しといてくれ」
落ちてきたものの正体をあれこれ言いながら再び穴を覗きこむ。
相変わらず底は見えず、何が落ちて来たのか、それが何者で今はどうなっているのかも見えない。
「ところで君たち」
すると突然、背後から声が聞こえてきた。空から落ちてきたあの何者かの声だ。
「「うわぁぁぁああああ!?」」
驚いて互いに抱き付き合うコテツとステイ。
いつの間にか背後には例のひょうたん星人(ヘチマも可)が立っていた。ご丁寧に頭の上からは短い蔓が伸びている。
「な、ななな、なンだてめぇ!!」
思わず抜刀、唸り声を上げて身構える。
「あくりょーたいさん! 宇宙人もたいさん! もうたくさん!」
思わず十字を切り、天に向かって祈る。
「なんだかムカツク反応なのだ」
そして訊いてもいないのにひょうたんは自己紹介を始めた。
「しかとその心に刻むがいい。私は世界一……いや、宇宙一の…!!」
「侵略者だな!」
すかさずステイが横から口を割り込ませる。
「ふははは! 私の科学力を持ってすればこんな惑星いとも簡単に……って誰がエイリアンだ! 私はタネはかせなのだ! ひょうたんでもインゲン星人でもない」
宇宙一の天才タネはかせはカメラに向かってドヤ顔でポーズを決めてみせる。
カメラがどこかって? そんな細かいことを気にしてはいけないのだ。
「さて、金どうしたモンだろうなァ」
「族長に相談してみよっか」
「こらそこ! 無視しちゃだめなのだ!」
ひょうたん星人は頭から湯気を出している。
「だって自分で天才なんて言っちゃう男のひとはちょっと……ねぇ?」
「ヘチマ星人というより、ヘチマの皮とも思わないようなやつだぜぃ」
「誰が役立たずなのだ!!」
ひょうたん星人は真っ赤になっている。きっと熟したに違いない。
「そもそも何なの? あのヘンないきもの」
「ヘンな……あっ! もしや、あいつが族長の言ってたメーディ!」
「それか新種のメタディアかもね!」
「よーし、まさか2話目にしてもう出逢うとは思ってなかったが、オイラの刀の錆にしてやるぜぃ!!」
「あっ、だめなのコテツさん、刀折れてるの」
まさにひどい言われよう。憐れなタネはかせはツッコミが追い付かない。
頭上では飛竜が少し笑ったような気がした。
「ああっ、ウィルオン君まで……! くそぅ、あまり私を怒らせないほうがいいのだ。私はメタディアではない! メタメタ君なんかと一緒にしないでほしいのだ!」
「おめぇメタディアについて何か知ってるのか?」
「ふむ、ようやくちゃんと話を聞いてくれる気になったようだね」
ひとつ咳払いをすると、タネはかせはいかにも堂々とした雰囲気で語り始めた。
「そう、いかにも。たこにも。クラゲにもなのだ。私とメタメタ君とは長い付き合いになるのだよ……」
この『メタディア』の前作にあたる『竜の涙』はもちろん、そのさらに過去作品でもタネはかせはメタメタと共に登場していた。
タネはかせ曰く、過去にはいつでも自分がメタメタを初めとして、各作品の主人公たちをサポートしてきたというのだ。
そして『メタディア』の主人公であるコテツたちをサポートするために自分は現れたのだという。
俗に言う困ったときのタネはかせの法則である。
「おいらたち主人公だったの! 今知ったよ。やったね」
「と、突然なンてメタい話を始めやがるンだ、こいつは」
「メタディアだけに、なのだ」
「うまい! コテツ、インゲン星人に座布団一枚」
「ねぇよ、そンなモン」
気にせずタネはかせは話を進める。
今回は海を渡れないというコテツたちのことを聞きつけて、宇宙一の天才はウィルオンに乗ってサポートにやって来たのだった。
え? 『竜の涙』でウィルオン君は天才タネはかせのもとを離れたんじゃなかったのかって? 細かいことを気にしてはいけないのだ。
まぁ、ぶっちゃけるとこれは時系列的には水門の城からペンシルロケットの間ぐらいの出来事なので問題はないのだよ。
「つまり竜の涙の第2話と3話の間だね。あっ、竜の涙もよろしくね。私も大活躍してるのだ」
「なんてやつだ。他作品まで出しゃばってきて堂々と宣伝しやがった」
「このひと物語の外に棲んでるのかな…。あ、ひとじゃないか。たしかどこかでバケモノって言われてたよね」
「おめぇもなンで外のことを知ってンだよ!」
それはさておき、困ったときのタネはかせの法則。
コテツたちを救うためにタネはかせはどこからともなく発明品を取り出してみせる。
「ふっふっふ。今回は私のファンには懐かしいモノなのだよ。時系列的にはまだ懐かしくない? まだあまり活躍してない? 細かいことは…以下略、なのだ。見るがいい、これぞ『万能潜水艦アットロー号(Ver2.6)』なのだ!」
突如として目の前に機械でできた巨大な魚が姿を現した。どうやらこれを使って海を渡らせるつもりらしい。
ところでここはエルナトの森の中である。森に魚、場違いも甚だしい。
「それ、どうやって海まで運ぶつもりなンだよ」
「こんなところで出しちゃうなんてさすが宇宙人だね。おいらにはわけがわからないよ」
「ふははは! 心配はご無用、私は同じミスを三回も繰り返したりはしない!」
「過去に二回やってるんだ……学習はしないんだね」
「言ってやるなよ。ホラ、タネだからきっと頭が…」
「聴こえてるのだ! いいからさぁ、乗った乗った」
アットロー号の背鰭がハッチになっており、そこから内部に乗り込んだ。
中にはよくわからないスイッチやレバーがあちこちについている。
「このアットロー君、なんと空まで飛んじゃうのだ。空を飛んで海まで……いや、目的地まで運んであげよう。ああ、なんて太っ腹な私!」
説明するタネはかせを完全に無視してステイが目を輝かせながら艦内を駆ける。
「うわーすごい! デザインは残念だけど、中は本格的なんだね。これは何かなっと」
「あっ、こら! 勝手に弄っちゃだめなのだ!」
手近なスイッチをステイが押すと、
『ソコノ角ヲ右ニ曲ガッテクダサイ』
アットロー号が無機質な音声でアナウンスした。
「右だって。面舵いっぱーい」
「いやいや、ちょっと待て。なンだ今の!?」
「それは『サブナビ』なのだ」
サブマリン・ナビゲートシステム、略してサブナビ。
曰く海には目印が少なく迷いやすいので、カーナビをヒントにこれを発明したという。もちろんこの世界の今の時代に車は存在していない。
「だからって海にカドはねぇだろう! 付き合ってらンねぇや。オイラは降りるぜぃ」
「じゃあおいらも。面白かったよ。またね」
「あっ、この宇宙一天才の発明を疑うというのかね!?」
タネはかせを無視して潜水艦を降りるコテツとステイ。それを追いかけてタネはかせも降りてきた。
するとそのとき、アットロー号が揺れ始める。
『飛行形態移行完了、発射シマス。出発進行』
轟音とともにジェット噴射。
アットローは勢い良く飛び上がり空へ。その姿は見る見るうちに小さくなっていく。
「ああっ、待つのだ! 私のかわいいアットロー君!」
「こいつァたまげたぜ。まさか本当に飛ぶなンて…」
空を見上げる。
するとアットローが閃光を発し爆発、ばらばらになり残骸の雨を降らせる。
「たーまやー」
「おい! そのまま乗ってたら危なかったじゃねぇか!!」
「ち、違うのだ。これは……きっとステイ君がサブナビのものと一緒に自爆スイッチを押しちゃったのだ」
「そンなモンつけるなよ!」
「わかってないね、コテツ君。自爆はメカのロマンじゃないか!!」
タネはかせがキリッと決めてみせる。
しかしポーズが決まるよりも早く、落ちてきた残骸がタネはかせを埋め尽くしてしまった。
「ぎゃあああ! 狭いよ暗いよ怖いよ眠いよ」
などと意味不明な言葉を口走った後に、今度こそインゲン星人は静かになった。
さらば宇宙人。枝豆よ永遠に。
「なンだったンだ…。ただの時間の無駄だったなァ。あいつはほっといて改めてどうするか考えようぜぃ」
そう言って振り返ると、ステイは落ちてきた残骸を熱心に拾い集めていた。
「そンなものどうするンだよ」
「おいら、槍とか作るの好きなんだ。これで何か作れないかなと思って」
「やめとけ、機械だぞ。また爆発でもされたら困る」
しかし聞かずにステイはまだ残骸を拾い集めている。
すると、ふとステイの手が止まった。その手には鏡のような部品がつかまれている。
「どうした。鏡が珍しいのか?」
それをじっくり見つめながら、ステイは三度目の大変なことを口にした。
「見てコテツ! おいら翼ある! 空飛べるよ!!」
「今気付いたのかァ!?」
コテツはまたしても開いた口が塞がらなかった。
消沈した様子で歩くコテツに、首を傾げながらステイが続く。
「ねぇ、船に乗るんじゃなかったの?」
「いや、ちょっと……予定が変わったンだ」
いくら狩猟民族の里だからといって金銭文化さえないとは予想していなかった。
宵越しの銭はもたねぇと言えば聞こえはいいが、つまりコテツには自分が乗る分しかお金がなかった。
ラプ大陸は一面に密林が広がり、エルナトのような民族集落がいくつか点在するのみだ。ここらにそういった文化がないとすると、近場で必要分を稼いでくることもできない。
「何度数えても変わるわけねぇよなァ…。さぁて、どうしたモンか」
切り株に小銭を並べて眺めるコテツ。
それを見てステイが再び大変なことを口にした。
「あっ、おいらそれ知ってる。それがオカネなの?」
「なンだそりゃァ! 知ってたンなら言えよ! もしかしておめぇの里じゃ別の呼び方でもされてンのか」
「うん。ゲンナマって呼ばれてる」
「うわっ、なンか狩猟民族らしからぬ言葉が出てきやがった! ……まァいいや。で、持ってンの?」
「ないよ」
「結局ねぇのかよ!」
だめだこいつ、早くなんとかしなければ。
さて、コテツが途方に暮れていると頭上から声が降ってきた。
「ふふふ…。お困りのようだねぇ、そこのお二人さん」
「コテツ、天の声だよ! 神様だよ!!」
「馬鹿言え、そンなわけがあるか」
「じゃあナレーター?」
「何のナレーターだ。どうせ木の上に誰かいるンだろ、出てこい!」
二人が空を見上げると、そこには飛竜のような影があった。逆光のせいで姿はよく見えない。
すると飛竜から何かが落ちてきた。どうやら生き物のようだ。
ひょうたんのような形をしており、手足が生えている。
「なンか降ってくるぜィ!?」
「うわっ、なにあれ宇宙人!?」
ひょうたんのような何者かは空中で華麗に三回転を決めて見事に、そして盛大に墜落した。
地面にはひょうたん型の穴が開いている。
木々の陰に隠れながら様子を窺うコテツたち。
「落ちたな」
「ダイナミック落下だ。あれは痛いね」
恐る恐る近づいて穴を覗きこむ。ずいぶん深いようで、底は見えない。
「き、君たち……お困りの……よう……だね」
穴の中から声が聞こえた。
「うわっ、しゃべった! 生きてたね! 生きてたよこれ!」
「今一番困ってるのはどっちかといやァおめぇだと思うが…」
誰が姿を現すのかと不安と期待の入り混じった心境で待ち構える。
が、それっきり穴の中から声が聞こえてくることはなかった。
「静かになっちゃったね。……死んだ?」
「だが、あれはなンだったんだ。ひょうたんのような……エルナトじゃよくあることなのか」
「おいら知らない。あれ絶対宇宙人だよ! インゲン星人。それかエダマメ星人。大豆も可」
「それじゃ納豆星人も追加しといてくれ」
落ちてきたものの正体をあれこれ言いながら再び穴を覗きこむ。
相変わらず底は見えず、何が落ちて来たのか、それが何者で今はどうなっているのかも見えない。
「ところで君たち」
すると突然、背後から声が聞こえてきた。空から落ちてきたあの何者かの声だ。
「「うわぁぁぁああああ!?」」
驚いて互いに抱き付き合うコテツとステイ。
いつの間にか背後には例のひょうたん星人(ヘチマも可)が立っていた。ご丁寧に頭の上からは短い蔓が伸びている。
「な、ななな、なンだてめぇ!!」
思わず抜刀、唸り声を上げて身構える。
「あくりょーたいさん! 宇宙人もたいさん! もうたくさん!」
思わず十字を切り、天に向かって祈る。
「なんだかムカツク反応なのだ」
そして訊いてもいないのにひょうたんは自己紹介を始めた。
「しかとその心に刻むがいい。私は世界一……いや、宇宙一の…!!」
「侵略者だな!」
すかさずステイが横から口を割り込ませる。
「ふははは! 私の科学力を持ってすればこんな惑星いとも簡単に……って誰がエイリアンだ! 私はタネはかせなのだ! ひょうたんでもインゲン星人でもない」
宇宙一の天才タネはかせはカメラに向かってドヤ顔でポーズを決めてみせる。
カメラがどこかって? そんな細かいことを気にしてはいけないのだ。
「さて、金どうしたモンだろうなァ」
「族長に相談してみよっか」
「こらそこ! 無視しちゃだめなのだ!」
ひょうたん星人は頭から湯気を出している。
「だって自分で天才なんて言っちゃう男のひとはちょっと……ねぇ?」
「ヘチマ星人というより、ヘチマの皮とも思わないようなやつだぜぃ」
「誰が役立たずなのだ!!」
ひょうたん星人は真っ赤になっている。きっと熟したに違いない。
「そもそも何なの? あのヘンないきもの」
「ヘンな……あっ! もしや、あいつが族長の言ってたメーディ!」
「それか新種のメタディアかもね!」
「よーし、まさか2話目にしてもう出逢うとは思ってなかったが、オイラの刀の錆にしてやるぜぃ!!」
「あっ、だめなのコテツさん、刀折れてるの」
まさにひどい言われよう。憐れなタネはかせはツッコミが追い付かない。
頭上では飛竜が少し笑ったような気がした。
「ああっ、ウィルオン君まで……! くそぅ、あまり私を怒らせないほうがいいのだ。私はメタディアではない! メタメタ君なんかと一緒にしないでほしいのだ!」
「おめぇメタディアについて何か知ってるのか?」
「ふむ、ようやくちゃんと話を聞いてくれる気になったようだね」
ひとつ咳払いをすると、タネはかせはいかにも堂々とした雰囲気で語り始めた。
「そう、いかにも。たこにも。クラゲにもなのだ。私とメタメタ君とは長い付き合いになるのだよ……」
この『メタディア』の前作にあたる『竜の涙』はもちろん、そのさらに過去作品でもタネはかせはメタメタと共に登場していた。
タネはかせ曰く、過去にはいつでも自分がメタメタを初めとして、各作品の主人公たちをサポートしてきたというのだ。
そして『メタディア』の主人公であるコテツたちをサポートするために自分は現れたのだという。
俗に言う困ったときのタネはかせの法則である。
「おいらたち主人公だったの! 今知ったよ。やったね」
「と、突然なンてメタい話を始めやがるンだ、こいつは」
「メタディアだけに、なのだ」
「うまい! コテツ、インゲン星人に座布団一枚」
「ねぇよ、そンなモン」
気にせずタネはかせは話を進める。
今回は海を渡れないというコテツたちのことを聞きつけて、宇宙一の天才はウィルオンに乗ってサポートにやって来たのだった。
え? 『竜の涙』でウィルオン君は天才タネはかせのもとを離れたんじゃなかったのかって? 細かいことを気にしてはいけないのだ。
まぁ、ぶっちゃけるとこれは時系列的には水門の城からペンシルロケットの間ぐらいの出来事なので問題はないのだよ。
「つまり竜の涙の第2話と3話の間だね。あっ、竜の涙もよろしくね。私も大活躍してるのだ」
「なんてやつだ。他作品まで出しゃばってきて堂々と宣伝しやがった」
「このひと物語の外に棲んでるのかな…。あ、ひとじゃないか。たしかどこかでバケモノって言われてたよね」
「おめぇもなンで外のことを知ってンだよ!」
それはさておき、困ったときのタネはかせの法則。
コテツたちを救うためにタネはかせはどこからともなく発明品を取り出してみせる。
「ふっふっふ。今回は私のファンには懐かしいモノなのだよ。時系列的にはまだ懐かしくない? まだあまり活躍してない? 細かいことは…以下略、なのだ。見るがいい、これぞ『万能潜水艦アットロー号(Ver2.6)』なのだ!」
突如として目の前に機械でできた巨大な魚が姿を現した。どうやらこれを使って海を渡らせるつもりらしい。
ところでここはエルナトの森の中である。森に魚、場違いも甚だしい。
「それ、どうやって海まで運ぶつもりなンだよ」
「こんなところで出しちゃうなんてさすが宇宙人だね。おいらにはわけがわからないよ」
「ふははは! 心配はご無用、私は同じミスを三回も繰り返したりはしない!」
「過去に二回やってるんだ……学習はしないんだね」
「言ってやるなよ。ホラ、タネだからきっと頭が…」
「聴こえてるのだ! いいからさぁ、乗った乗った」
アットロー号の背鰭がハッチになっており、そこから内部に乗り込んだ。
中にはよくわからないスイッチやレバーがあちこちについている。
「このアットロー君、なんと空まで飛んじゃうのだ。空を飛んで海まで……いや、目的地まで運んであげよう。ああ、なんて太っ腹な私!」
説明するタネはかせを完全に無視してステイが目を輝かせながら艦内を駆ける。
「うわーすごい! デザインは残念だけど、中は本格的なんだね。これは何かなっと」
「あっ、こら! 勝手に弄っちゃだめなのだ!」
手近なスイッチをステイが押すと、
『ソコノ角ヲ右ニ曲ガッテクダサイ』
アットロー号が無機質な音声でアナウンスした。
「右だって。面舵いっぱーい」
「いやいや、ちょっと待て。なンだ今の!?」
「それは『サブナビ』なのだ」
サブマリン・ナビゲートシステム、略してサブナビ。
曰く海には目印が少なく迷いやすいので、カーナビをヒントにこれを発明したという。もちろんこの世界の今の時代に車は存在していない。
「だからって海にカドはねぇだろう! 付き合ってらンねぇや。オイラは降りるぜぃ」
「じゃあおいらも。面白かったよ。またね」
「あっ、この宇宙一天才の発明を疑うというのかね!?」
タネはかせを無視して潜水艦を降りるコテツとステイ。それを追いかけてタネはかせも降りてきた。
するとそのとき、アットロー号が揺れ始める。
『飛行形態移行完了、発射シマス。出発進行』
轟音とともにジェット噴射。
アットローは勢い良く飛び上がり空へ。その姿は見る見るうちに小さくなっていく。
「ああっ、待つのだ! 私のかわいいアットロー君!」
「こいつァたまげたぜ。まさか本当に飛ぶなンて…」
空を見上げる。
するとアットローが閃光を発し爆発、ばらばらになり残骸の雨を降らせる。
「たーまやー」
「おい! そのまま乗ってたら危なかったじゃねぇか!!」
「ち、違うのだ。これは……きっとステイ君がサブナビのものと一緒に自爆スイッチを押しちゃったのだ」
「そンなモンつけるなよ!」
「わかってないね、コテツ君。自爆はメカのロマンじゃないか!!」
タネはかせがキリッと決めてみせる。
しかしポーズが決まるよりも早く、落ちてきた残骸がタネはかせを埋め尽くしてしまった。
「ぎゃあああ! 狭いよ暗いよ怖いよ眠いよ」
などと意味不明な言葉を口走った後に、今度こそインゲン星人は静かになった。
さらば宇宙人。枝豆よ永遠に。
「なンだったンだ…。ただの時間の無駄だったなァ。あいつはほっといて改めてどうするか考えようぜぃ」
そう言って振り返ると、ステイは落ちてきた残骸を熱心に拾い集めていた。
「そンなものどうするンだよ」
「おいら、槍とか作るの好きなんだ。これで何か作れないかなと思って」
「やめとけ、機械だぞ。また爆発でもされたら困る」
しかし聞かずにステイはまだ残骸を拾い集めている。
すると、ふとステイの手が止まった。その手には鏡のような部品がつかまれている。
「どうした。鏡が珍しいのか?」
それをじっくり見つめながら、ステイは三度目の大変なことを口にした。
「見てコテツ! おいら翼ある! 空飛べるよ!!」
「今気付いたのかァ!?」
コテツはまたしても開いた口が塞がらなかった。