西方の鉄(クロガネ)山脈は癒では昔から邪気を帯びた場所だと信じられてきた。
住民たちはこの地を忌み嫌い、また邪悪なものをこの地に封じてきた。
邪悪なもの、すなわち妖怪だ。
癒では不思議な能力を持つものや強大で危険な存在を妖怪と呼んで恐れてきた。
そういった恐れられた存在が古代の術師の手によってこの山にはいくつも封印されている。
そんな誰も踏み入れないはずの地に飛竜のような影が降り立った。
その背からは小さな影が飛び降りる。
彼らの目前には古びた祭壇があり、その中央には一本の剣が立てられている。
「へぇ……これはなかなかいいものだね。素晴らしい魔力だ」
小さな影がそっと剣に触れて言う。
「こんなところに置き去りにされてたんじゃもったいない。このボクがもっと有効に使ってあげるよ」
周囲を窺いながら飛竜が小さな影に忠告する。
「おいメーディ。他にも強い力を感じるぞ。そこに何か封印されているんじゃないか?」
「うん、何かいるみたいだね」
大地からはまるで脈打つかのようにその力が伝わってくる。それは大地を微かに揺らし、不気味な唸り声を響かせる。
伝わってくるのは強大で禍々しい黒き魔力だ。
「でもボクに言わせればこの程度、大したことはないね。それに何かが復活しようと…」
メーディが剣に手をかける。
「知ったこっちゃないね!」
そしてためらいなく一息に引き抜いた。
大地が激しく揺れ、地中からは禍々しい気が溢れ出す。
「さぁ、もうこんなところには用はない。行くよ、メリゥ!」
メリゥと呼ばれた飛竜はメーディを背に乗せると、逃げるようにその場を去った。
地中からはいくつもの眼がぎょろりと恨めしそうに地上を睨みつける。
そして封印されていたそれは、ずるずると地上へと這い出した。
クロガネの山中に不気味な咆哮が響き渡る。
住民たちはこの地を忌み嫌い、また邪悪なものをこの地に封じてきた。
邪悪なもの、すなわち妖怪だ。
癒では不思議な能力を持つものや強大で危険な存在を妖怪と呼んで恐れてきた。
そういった恐れられた存在が古代の術師の手によってこの山にはいくつも封印されている。
そんな誰も踏み入れないはずの地に飛竜のような影が降り立った。
その背からは小さな影が飛び降りる。
彼らの目前には古びた祭壇があり、その中央には一本の剣が立てられている。
「へぇ……これはなかなかいいものだね。素晴らしい魔力だ」
小さな影がそっと剣に触れて言う。
「こんなところに置き去りにされてたんじゃもったいない。このボクがもっと有効に使ってあげるよ」
周囲を窺いながら飛竜が小さな影に忠告する。
「おいメーディ。他にも強い力を感じるぞ。そこに何か封印されているんじゃないか?」
「うん、何かいるみたいだね」
大地からはまるで脈打つかのようにその力が伝わってくる。それは大地を微かに揺らし、不気味な唸り声を響かせる。
伝わってくるのは強大で禍々しい黒き魔力だ。
「でもボクに言わせればこの程度、大したことはないね。それに何かが復活しようと…」
メーディが剣に手をかける。
「知ったこっちゃないね!」
そしてためらいなく一息に引き抜いた。
大地が激しく揺れ、地中からは禍々しい気が溢れ出す。
「さぁ、もうこんなところには用はない。行くよ、メリゥ!」
メリゥと呼ばれた飛竜はメーディを背に乗せると、逃げるようにその場を去った。
地中からはいくつもの眼がぎょろりと恨めしそうに地上を睨みつける。
そして封印されていたそれは、ずるずると地上へと這い出した。
クロガネの山中に不気味な咆哮が響き渡る。
Chapter5「解かれた封印」
コテツが目を覚ました。
木張りの古びた天井が一番に目に入る。
「あァ…。そういや平牙に帰って来たンだったな」
ぼんやりとする頭で思い出す。
うまく思い出せないが、何か嫌な夢を見たような気がして気分が落ち着かない。
「ずいぶんと早起きだな、コテツ。ムサシは……まだ寝てるのか。まったく」
すっと視界にカリバーの顔が現れる。
「うるせぇな。オイラにも色々とあるンだよ」
すでに太陽は真上まで昇っていた。
昨夜は呑み過ぎてしまったらしい。まだ頭がくらくらする。
辛いことがあったときは呑んで忘れるに限るのがコテツだった。
その原因の半分以上はステイのような気がする。まだ頭が痛いのは呑み過ぎたせいだけではないはずだ。
「そういやステイはどうした。あとあの猫は」
「あいつらなら町が見たいと朝早くに出かけていったが?」
「もう出かけたのか…」
昨夜はステイも一緒になって呑んでいたはずだ。
止めるのも聞かずに酒樽を一人で空にしたというのに元気なやつだ。
竜人族というのはああいうものなんだろうか。
などとまだぼんやりする頭で考えていたが、はっとして飛び起きる。
「ちょっと待て! あいつら出かけたのか!? 騒ぎになってないといいが…」
「タワシが同伴している。そんなに心配ならおまえがしっかりと見張っていればいいだろ」
「べ、別にあいつのこと心配してなンか…!」
「まぁなんでもいいが、俺はこれから出てくる。ムサシを起こしてやってくれよ」
カリバーは愛剣カルブリヌスを背負うと、行き先も告げずに出かけていった。
木張りの古びた天井が一番に目に入る。
「あァ…。そういや平牙に帰って来たンだったな」
ぼんやりとする頭で思い出す。
うまく思い出せないが、何か嫌な夢を見たような気がして気分が落ち着かない。
「ずいぶんと早起きだな、コテツ。ムサシは……まだ寝てるのか。まったく」
すっと視界にカリバーの顔が現れる。
「うるせぇな。オイラにも色々とあるンだよ」
すでに太陽は真上まで昇っていた。
昨夜は呑み過ぎてしまったらしい。まだ頭がくらくらする。
辛いことがあったときは呑んで忘れるに限るのがコテツだった。
その原因の半分以上はステイのような気がする。まだ頭が痛いのは呑み過ぎたせいだけではないはずだ。
「そういやステイはどうした。あとあの猫は」
「あいつらなら町が見たいと朝早くに出かけていったが?」
「もう出かけたのか…」
昨夜はステイも一緒になって呑んでいたはずだ。
止めるのも聞かずに酒樽を一人で空にしたというのに元気なやつだ。
竜人族というのはああいうものなんだろうか。
などとまだぼんやりする頭で考えていたが、はっとして飛び起きる。
「ちょっと待て! あいつら出かけたのか!? 騒ぎになってないといいが…」
「タワシが同伴している。そんなに心配ならおまえがしっかりと見張っていればいいだろ」
「べ、別にあいつのこと心配してなンか…!」
「まぁなんでもいいが、俺はこれから出てくる。ムサシを起こしてやってくれよ」
カリバーは愛剣カルブリヌスを背負うと、行き先も告げずに出かけていった。
「おう、らっしゃい! こいつは珍しいお客さんだな。観光かい?」
威勢良く掛け声を飛ばすのは、町の道具屋の主カナクギだ。
「おう、らっしゃったよ! シエラのお家探してるの」
ステイは抱きかかえたシエラを掲げて見せる。
「ほう? 何かワケありなのかい。まぁ余計な詮索はヤボってもんだな。うちの店にゃあんたの探す家は置いてねぇが、あっしの力になれることなら何でも言ってくれよ」
「心配はいらんよ。こいつらにはコテツがついとる」
あとからタワシが道具屋に入ってきた。
その姿を見ると、店主は懐かしそうに声をかける。
「タワシさんでねぇですかい、こいつはご無沙汰だ。なるほど、逆牙羅にお世話になってんですか。そりゃ安心だなぁ」
カナクギとタワシは随分親しい様子だった。
「それでタワシさんは今日はどういったご用件で。ついに道具がイカれましたか?」
「いやいや、おまえさんの作る道具にはいつも世話になっておるよ。今日はこいつらの付き添いなんだ。町が見たいと言い出してな。ワシもまだまだ若いモンにゃ負けんつもりだが、こいつらときたら足が速くてついていくのがやっとだわい」
「あぁ、そうでしたか。あんたら、あまりタワシさんに無理させちゃいけねぇよ。こう見えて結構お年なんだから」
「若いモンにゃ負けんと言ったばかりだろうが!」
「おっと、こいつは失敬」
タワシたちが話に花を咲かせる傍らでステイは熱心に道具を見て回っていた。
逆牙羅の蔵にもステイにとって珍しい道具がたくさんあったが、そこはさすが道具屋。ここにはそれ以上に見たこともない道具が数多く並べられている。
そのうちのひとつを手にとって眺める。
「なんだろ、これ。槍の穂先に似てるけど違う。輪っかがついてるけどこれなんだろう?」
「そいつに興味がおありかい」
気付いたカナクギが説明を加える。
「それはクナイという代物さ」
カナクギが言うにはこれは忍びの者が扱う道具なのだという。
偶然拾ったものを真似して試しにいくつか作ってみたがまったく売れず、ステイが初めて手に取ってくれたのだという。
「ほう、珍しい。それはワシも初めて見るものだな」
「切ってよし、突いてよし、投げてよしの万能道具! 使い道は閃き次第の無限大! 輪っかの使い道はよくわかんねぇけど、紐を通して首から下げれば落とす心配もねぇしお洒落にも役立つぜ。ひとつどうだい?」
「面白そうだけど、おいらお金がないんだよね」
「うーむ……よしわかった。お代はいいからひとつもっていきな」
「それはすまんな。だが本当にいいのか?」
「タワシさんが気にすることはねぇですよ。いつも逆牙羅のみなさんにゃ世話になってますんでね。それに誰も見向きもしねぇこいつを兄ちゃん、あんたが初めて手に取ってくれたんだ。店の片隅で眠ってるよりも、あんたに使ってもらったほうがこいつも喜ぶだろうさ」
「本当!? ありがとう!」
珍妙な道具を片手に嬉しそうに店を飛び出すステイ。
「やっぱり里の外は珍しいものばかりだ。お土産とか他にも色々見て回らなくちゃ!」
言って町中を駆け抜けて行った。
「これ、待たんか! もう少しゆっくり走ってくれ」
慌ててタワシが後を追う。
子守りも大変そうだな、とカナクギが呟いた。
「ところでおじちゃん、魔道具は置いてないの?」
一方でシエラはマイペースにまだ道具を見て回っていた。
威勢良く掛け声を飛ばすのは、町の道具屋の主カナクギだ。
「おう、らっしゃったよ! シエラのお家探してるの」
ステイは抱きかかえたシエラを掲げて見せる。
「ほう? 何かワケありなのかい。まぁ余計な詮索はヤボってもんだな。うちの店にゃあんたの探す家は置いてねぇが、あっしの力になれることなら何でも言ってくれよ」
「心配はいらんよ。こいつらにはコテツがついとる」
あとからタワシが道具屋に入ってきた。
その姿を見ると、店主は懐かしそうに声をかける。
「タワシさんでねぇですかい、こいつはご無沙汰だ。なるほど、逆牙羅にお世話になってんですか。そりゃ安心だなぁ」
カナクギとタワシは随分親しい様子だった。
「それでタワシさんは今日はどういったご用件で。ついに道具がイカれましたか?」
「いやいや、おまえさんの作る道具にはいつも世話になっておるよ。今日はこいつらの付き添いなんだ。町が見たいと言い出してな。ワシもまだまだ若いモンにゃ負けんつもりだが、こいつらときたら足が速くてついていくのがやっとだわい」
「あぁ、そうでしたか。あんたら、あまりタワシさんに無理させちゃいけねぇよ。こう見えて結構お年なんだから」
「若いモンにゃ負けんと言ったばかりだろうが!」
「おっと、こいつは失敬」
タワシたちが話に花を咲かせる傍らでステイは熱心に道具を見て回っていた。
逆牙羅の蔵にもステイにとって珍しい道具がたくさんあったが、そこはさすが道具屋。ここにはそれ以上に見たこともない道具が数多く並べられている。
そのうちのひとつを手にとって眺める。
「なんだろ、これ。槍の穂先に似てるけど違う。輪っかがついてるけどこれなんだろう?」
「そいつに興味がおありかい」
気付いたカナクギが説明を加える。
「それはクナイという代物さ」
カナクギが言うにはこれは忍びの者が扱う道具なのだという。
偶然拾ったものを真似して試しにいくつか作ってみたがまったく売れず、ステイが初めて手に取ってくれたのだという。
「ほう、珍しい。それはワシも初めて見るものだな」
「切ってよし、突いてよし、投げてよしの万能道具! 使い道は閃き次第の無限大! 輪っかの使い道はよくわかんねぇけど、紐を通して首から下げれば落とす心配もねぇしお洒落にも役立つぜ。ひとつどうだい?」
「面白そうだけど、おいらお金がないんだよね」
「うーむ……よしわかった。お代はいいからひとつもっていきな」
「それはすまんな。だが本当にいいのか?」
「タワシさんが気にすることはねぇですよ。いつも逆牙羅のみなさんにゃ世話になってますんでね。それに誰も見向きもしねぇこいつを兄ちゃん、あんたが初めて手に取ってくれたんだ。店の片隅で眠ってるよりも、あんたに使ってもらったほうがこいつも喜ぶだろうさ」
「本当!? ありがとう!」
珍妙な道具を片手に嬉しそうに店を飛び出すステイ。
「やっぱり里の外は珍しいものばかりだ。お土産とか他にも色々見て回らなくちゃ!」
言って町中を駆け抜けて行った。
「これ、待たんか! もう少しゆっくり走ってくれ」
慌ててタワシが後を追う。
子守りも大変そうだな、とカナクギが呟いた。
「ところでおじちゃん、魔道具は置いてないの?」
一方でシエラはマイペースにまだ道具を見て回っていた。
コテツは神社脇のもう秘密ではなくなってしまった隠れ家に来ていた。
もしかしたらまたウェイヴがいるかもしれないと思ったからだったが、今日はウェイヴの姿はなかった。
「まぁ、そう都合良くもいかねぇか」
コテツは腰を下ろして朽木にもたれかかった。
「あいつは言ってた。今のオイラに最も必要なことを考えろと。わからなければ己を知れと…。オイラはオイラだ、それ以上でも以下でもない。じゃあ今のオイラに必要なのは何だ?」
せっかく癒の國で2年もかけて修行してまわったのに、エルナトで族長ナフに手も足も出なかった。さらにメーディとウェイヴの戦いを目の当たりにして力の差を思い知らされた。
メーディにしてもウェイヴにしても、相手をするどころの話ではない。まったくの別格だ。
強さを追い求めるならば、いずれあの域にも到達しなければならないだろう。
だが果たしてそれができるのだろうか。どうすればあんなに強くなれるのだろうか。
(おまえは月か? それとも太陽か?)
別れ際にウェイヴの言った言葉を思い浮かべる。
「俺は月でありたい、か。なンだよ月って。空に浮かぶお月サンのことか? お天道サンだって空に浮かんでるじゃねぇか。何が違うってンだ」
隻眼のメーが現れて遊ぼうとでも言いたげにコテツのまわりをくるくると飛び回っていたが、コテツはそんな気分にはなれなかった。
そのとき林の向こうから話し声が聞こえてきた。神社への石段を通る誰かが話しているのだろう。
「おい、聞いたか? 梅華にでっけぇ妖怪が出たらしいぜ。なんでも頭が8つもあって片っ端から誰彼かまわず食っちまうって話だ」
「頭が8つだって? そいつぁおっかねぇな。おれも酔いがまわってるときはおめえの頭が2つや3つに見えたりするもんだが、さすがに8つはねぇや」
「そうじゃねえ。本当に8つあるんだ! 梅華では都中の術師をかき集めて都全体に結界を張って、そいつをやり過ごしたらしい。そのあと妖怪はどこへ行ったかわからねぇらしいが、こっちには来てほしくねぇなぁ」
「それよりもおれはカミさんのほうが怖ぇよ。またスっちまって今日の晩飯も怪しいとこさ」
「おめぇなぁ、だから博打はやめろってあれほど…」
コテツはこの話を聞いていたがあまり信じてはいなかった。
幽霊が出ただの、河童が出ただの、そういった類の噂は平牙ではよくあることだった。
「頭が8つの妖怪ねぇ…。そンなモンがいるならオイラが叩き斬ってやるぜ。それで強くなれるってンだったら何匹でも斬ってやるってのに」
もしかしたらまたウェイヴがいるかもしれないと思ったからだったが、今日はウェイヴの姿はなかった。
「まぁ、そう都合良くもいかねぇか」
コテツは腰を下ろして朽木にもたれかかった。
「あいつは言ってた。今のオイラに最も必要なことを考えろと。わからなければ己を知れと…。オイラはオイラだ、それ以上でも以下でもない。じゃあ今のオイラに必要なのは何だ?」
せっかく癒の國で2年もかけて修行してまわったのに、エルナトで族長ナフに手も足も出なかった。さらにメーディとウェイヴの戦いを目の当たりにして力の差を思い知らされた。
メーディにしてもウェイヴにしても、相手をするどころの話ではない。まったくの別格だ。
強さを追い求めるならば、いずれあの域にも到達しなければならないだろう。
だが果たしてそれができるのだろうか。どうすればあんなに強くなれるのだろうか。
(おまえは月か? それとも太陽か?)
別れ際にウェイヴの言った言葉を思い浮かべる。
「俺は月でありたい、か。なンだよ月って。空に浮かぶお月サンのことか? お天道サンだって空に浮かんでるじゃねぇか。何が違うってンだ」
隻眼のメーが現れて遊ぼうとでも言いたげにコテツのまわりをくるくると飛び回っていたが、コテツはそんな気分にはなれなかった。
そのとき林の向こうから話し声が聞こえてきた。神社への石段を通る誰かが話しているのだろう。
「おい、聞いたか? 梅華にでっけぇ妖怪が出たらしいぜ。なんでも頭が8つもあって片っ端から誰彼かまわず食っちまうって話だ」
「頭が8つだって? そいつぁおっかねぇな。おれも酔いがまわってるときはおめえの頭が2つや3つに見えたりするもんだが、さすがに8つはねぇや」
「そうじゃねえ。本当に8つあるんだ! 梅華では都中の術師をかき集めて都全体に結界を張って、そいつをやり過ごしたらしい。そのあと妖怪はどこへ行ったかわからねぇらしいが、こっちには来てほしくねぇなぁ」
「それよりもおれはカミさんのほうが怖ぇよ。またスっちまって今日の晩飯も怪しいとこさ」
「おめぇなぁ、だから博打はやめろってあれほど…」
コテツはこの話を聞いていたがあまり信じてはいなかった。
幽霊が出ただの、河童が出ただの、そういった類の噂は平牙ではよくあることだった。
「頭が8つの妖怪ねぇ…。そンなモンがいるならオイラが叩き斬ってやるぜ。それで強くなれるってンだったら何匹でも斬ってやるってのに」
翌日、平牙の町は頭が8つ妖怪の話題で持ちきりだった。
妖怪の噂は逆牙羅の面々の耳にも入った。
「なにやら、えらいことになってるね」
「頭が8つの妖怪だとよ。ばかばかしいぜ、よく考えてみろよ。頭が8つもあったらどいつがどうやって動くとか判断するンだよ。全部が考え事してたらそれぞれが自由勝手に動いて何もできやしねぇ」
逆牙羅詰所では緊急に会議が行われていた。中心に立つのはカリバーだ。
妖怪の噂は逆牙羅の面々の耳にも入った。
「なにやら、えらいことになってるね」
「頭が8つの妖怪だとよ。ばかばかしいぜ、よく考えてみろよ。頭が8つもあったらどいつがどうやって動くとか判断するンだよ。全部が考え事してたらそれぞれが自由勝手に動いて何もできやしねぇ」
逆牙羅詰所では緊急に会議が行われていた。中心に立つのはカリバーだ。

「平牙城主は妖怪の真偽を確認し、噂が本当であればそれを討伐するために、西へ向けて兵を出したそうだ。いずれ我々にも声がかかるかもしれない。みんな気を引き締めておけよ」
ステイが耳打ちしてきた。
「ねぇ、カリバーが逆牙羅のリーダーなの?」
「今の首長はあいつだ。前はオイラが首長をやってたンだが、旅に出る前にあいつに引き継いだンだ」
「シュチョー?」
「族長みてぇなモンだ」
「コテツも族長だったんだ。でもあまり強くないね」
「うるせぇな」
ムサシは身震いさせている。
「へ、へへ…、頭が8つの妖怪か。こいつは大物だぜ」
「お主、さては怖いのだろう。足が震えているぞ」
ムサシの隣にいるのはコジローだ。
「へっ、こいつは武者震いってやつさ」
「なんとでも。お主には悪いがこの妖怪、拙者が成敗致す。お主の木刀よりも拙者の剣、長光のほうが優れていることを今こそ証明してくれよう」
「よく言うぜ、そんな物干し竿みてぇな刀で何が斬れるってんだ」
「言わせておけばお主は…! それならば木刀なんかで妖怪が斬れるものか!」
「おれっちの木刀は癒國一だぜ! ナンだったら、どっちが早くその妖怪を退治するか競争しようじゃねぇか!」
「望むところだ!」
その妖怪が本当にいるか確認もされていないのに、ムサシとコジローは早速飛び出して行ってしまった。
「妖怪だって! すごいね! こわいね! でもちくわ部隊がやっつけちゃうからね!」
「そうだよー、ヨウカンなんて食べちゃえばいいんだよー」
「ヨウカンじゃなくてヨウカイでごわす」
このちっこいのは順番に、ちくわ、こんにゃく、がんもだ。
こいつらはよく知らないが、どうやらオイラが癒を離れている間に逆牙羅に入ったらしい。
「それでおいらは何をすればいいの?」
「あたいも忘れないでよね!」
ステイとシエラもなぜか張り切っていた。
「おめぇらは危ねぇから、もし妖怪が来たなら隠れてるンだな」
「えーっ、おいらだって妖怪見たい!」
「あたいもあたいも」
どちらも妖怪というものの危険性をまったくわかっていない。
「あのなァ。相手は頭が8つもある化け物だぜ? そンなモン見たってしょうがねぇだろ」
「コテツはそれ信じてるの?」
「まァ頭8つは言い過ぎだと思うけどな」
「そうでしょ? だったら、その頭8つとまで言われた妖怪の正体気になるじゃない」
ステイのほうが一枚上手だった。
こいつのことだ、どう言おうと引かないだろう。
「仕方ねぇな…。おめぇ槍持ってただろ。それで離れたとこから攻撃するンだ、投げるとかしてな。だが危ないと思ったらすぐに逃げるンだぜ」
「さっすがコテツ! わかってる」
ステイは喜んでいた。
妖怪と戦うってのに何を喜んでいるんだこいつは。
「あたいは?」
「おめぇは隠れてるンだ。見たところ武器ももってないしな」
「えぇ~、あたいだって役に立てるのに」
シエラはふくれている。
ステイは竜人族のようだから多少は丈夫にできてるだろう。
しかしシエラはそうじゃない。何より迷子のシエラにまで戦わせるわけにはいかない。
「そういうコテツだって武器持ってないくせに!」
「昨日ステイが完成させた木刀がある。ムサシのやつが羨ましがってたぜぃ」
「おいらの会心の出来だよ。ムサシわんこもさすが、よくわかってるね」
背中にはいつもの鞘ではなくステイの作った木刀があった。
軽さ、艶、そしてデザイン。ステイこだわりの逸品である。
「ステイ、あたいにも何か作ってよ!」
「いいけど、何を作ればいいの?」
「うーん、杖とか?」
杖で戦うつもりなのか、こいつは。やはりシエラには無理だろう。
文句を垂れるシエラをよそに、オイラたち逆牙羅は万が一に備え準備することにした。
ステイはさっそく杖を作り始めたが、間に合うつもりなのだろうか。
ステイが耳打ちしてきた。
「ねぇ、カリバーが逆牙羅のリーダーなの?」
「今の首長はあいつだ。前はオイラが首長をやってたンだが、旅に出る前にあいつに引き継いだンだ」
「シュチョー?」
「族長みてぇなモンだ」
「コテツも族長だったんだ。でもあまり強くないね」
「うるせぇな」
ムサシは身震いさせている。
「へ、へへ…、頭が8つの妖怪か。こいつは大物だぜ」
「お主、さては怖いのだろう。足が震えているぞ」
ムサシの隣にいるのはコジローだ。
「へっ、こいつは武者震いってやつさ」
「なんとでも。お主には悪いがこの妖怪、拙者が成敗致す。お主の木刀よりも拙者の剣、長光のほうが優れていることを今こそ証明してくれよう」
「よく言うぜ、そんな物干し竿みてぇな刀で何が斬れるってんだ」
「言わせておけばお主は…! それならば木刀なんかで妖怪が斬れるものか!」
「おれっちの木刀は癒國一だぜ! ナンだったら、どっちが早くその妖怪を退治するか競争しようじゃねぇか!」
「望むところだ!」
その妖怪が本当にいるか確認もされていないのに、ムサシとコジローは早速飛び出して行ってしまった。
「妖怪だって! すごいね! こわいね! でもちくわ部隊がやっつけちゃうからね!」
「そうだよー、ヨウカンなんて食べちゃえばいいんだよー」
「ヨウカンじゃなくてヨウカイでごわす」
このちっこいのは順番に、ちくわ、こんにゃく、がんもだ。
こいつらはよく知らないが、どうやらオイラが癒を離れている間に逆牙羅に入ったらしい。
「それでおいらは何をすればいいの?」
「あたいも忘れないでよね!」
ステイとシエラもなぜか張り切っていた。
「おめぇらは危ねぇから、もし妖怪が来たなら隠れてるンだな」
「えーっ、おいらだって妖怪見たい!」
「あたいもあたいも」
どちらも妖怪というものの危険性をまったくわかっていない。
「あのなァ。相手は頭が8つもある化け物だぜ? そンなモン見たってしょうがねぇだろ」
「コテツはそれ信じてるの?」
「まァ頭8つは言い過ぎだと思うけどな」
「そうでしょ? だったら、その頭8つとまで言われた妖怪の正体気になるじゃない」
ステイのほうが一枚上手だった。
こいつのことだ、どう言おうと引かないだろう。
「仕方ねぇな…。おめぇ槍持ってただろ。それで離れたとこから攻撃するンだ、投げるとかしてな。だが危ないと思ったらすぐに逃げるンだぜ」
「さっすがコテツ! わかってる」
ステイは喜んでいた。
妖怪と戦うってのに何を喜んでいるんだこいつは。
「あたいは?」
「おめぇは隠れてるンだ。見たところ武器ももってないしな」
「えぇ~、あたいだって役に立てるのに」
シエラはふくれている。
ステイは竜人族のようだから多少は丈夫にできてるだろう。
しかしシエラはそうじゃない。何より迷子のシエラにまで戦わせるわけにはいかない。
「そういうコテツだって武器持ってないくせに!」
「昨日ステイが完成させた木刀がある。ムサシのやつが羨ましがってたぜぃ」
「おいらの会心の出来だよ。ムサシわんこもさすが、よくわかってるね」
背中にはいつもの鞘ではなくステイの作った木刀があった。
軽さ、艶、そしてデザイン。ステイこだわりの逸品である。
「ステイ、あたいにも何か作ってよ!」
「いいけど、何を作ればいいの?」
「うーん、杖とか?」
杖で戦うつもりなのか、こいつは。やはりシエラには無理だろう。
文句を垂れるシエラをよそに、オイラたち逆牙羅は万が一に備え準備することにした。
ステイはさっそく杖を作り始めたが、間に合うつもりなのだろうか。
そのまま夜が更けた。
ステイはずっと蔵に籠ったままだ。一方、シエラはごろごろしている。やはり猫だ。
城の侍兵はまだ帰ってきていない。噂の真偽はわからず仕舞いだった。
いざというときに備えて交替で夜の番をしたが、朝まで何も起こることはなかった。そして平牙のいつも通りの日常が流れてゆく。
「結局、ただの噂だったんじゃねぇの?」
「かもしれぬな。だが何もないに越したことはない」
まるで拍子抜けしたような様子だった。
やはり頭が8つもある妖怪なんてただの噂だったに違いない。
しかし、そんな予想はあっさりと裏切られる。
昼を過ぎると平牙の空は急に曇り始めた。
今朝はあんなに晴れていたというの今にも雨が降り出しそうな空模様だ。
コテツとカリバーがそんな空を眺める。
「嫌な天気だなァ。気が滅入るぜぃ」
「これは一雨来るかもしれないな」
「一雨ねぇ。例の妖怪はどうしたンだ、全然来ないじゃねぇか。まさか空から降ってくるわけじゃあるまいし」
「さあな、もしかしたらそうかもしれない」
「降らねぇほうがいいけどな、どっちも」
そのとき知らせが入った。城からよりも先に町からの知らせだ。
噂の妖怪がついに平牙の町に現れたのだという。
「おいでなさったらしい」
「よし、一仕事といくか」
逆牙羅の面々はその妖怪が現れたという場所に駆けつける。
ステイとタワシは蔵に籠っていて、シエラは呑気にも寝ていたので置いていくことにした。
向かった先は東門の近くの抜け穴があるあたりだった。
例の抜け穴からは大蛇が一匹頭を覗かせている。
「城壁に穴が…! なんてやつだ」
「梅華が襲われたと聞いて西から来るとばかり思っていたが彼奴め。回り込んで拙者たちの裏をかくとはやってくれるな」
カリバーたちは知らないようだったが、その穴のことをコテツとムサシは知っている。
「あの穴って…」
「やっぱ、でかくしたのがまずかった?」
とりあえず抜け穴のことは黙っておくことにした。
「幸い奴は穴に引っ掛かっているようだ。今のうちに叩く!」
「「おう!」」
カリバーが号令をかけると、逆牙羅の一同は一斉に攻撃を開始した。
先行するのはちくわ部隊。体が小さいので効果的な打撃は与えられないが、素早い身のこなしで大蛇を翻弄する。
その隙をついてカリバー、コテツ、そしてコジローが斬りかかる。
ムサシは木刀を投げつけている。その木刀は投擲武器だったのか。
「グォォォッ!!」
大蛇が大きく怯んだ。ムサシの木刀が大蛇の目に命中したのだ。
「今だ!」
「任せておけ!」
ムサシの掛け声に合わせてコジローの秘剣『燕返し』が炸裂する。続いてカリバーの剣が一閃。
大蛇の鱗の一部が欠けて、弱い部分が露わになった。
そこに跳び上がったコテツが木刀を突き立てる。
「グァァァァァッ!!」
大蛇は最後に一暴れするとそのまま動かなくなった。
コテツや近くにいたちくわたちが跳ね飛ばされ、抜け穴のあった城壁は崩れ落ちてしまった。
「やったのか?」
ムサシが動かなくなった大蛇をつついている。
「どうやらそうらしい」
「なンだ、思ったよりあっけなかったじゃねぇか」
「頭が8つ…などというのは、さすがに噂の尾ひれであったか」
これで一件落着、大したことはなかったなと引き返そうとしたそのときだった。
東門の上に今退治したはずの大蛇の頭が見えた。
それもひとつではない。2つ、3つ。そしてさらに2つ。さっき退治したものを合わせれば全部で8つの頭になる。
「まさか本当に8つも頭が!?」
「さっきの相手は身動きがとれなかったがこんどは自由、それも7体同時だぜ。勝てるのか…?」
「頭が8つの……大蛇」
仲間たちの間に緊張が走る。
逆牙羅の誰かが呟いた。
「八岐大蛇……」
ステイはずっと蔵に籠ったままだ。一方、シエラはごろごろしている。やはり猫だ。
城の侍兵はまだ帰ってきていない。噂の真偽はわからず仕舞いだった。
いざというときに備えて交替で夜の番をしたが、朝まで何も起こることはなかった。そして平牙のいつも通りの日常が流れてゆく。
「結局、ただの噂だったんじゃねぇの?」
「かもしれぬな。だが何もないに越したことはない」
まるで拍子抜けしたような様子だった。
やはり頭が8つもある妖怪なんてただの噂だったに違いない。
しかし、そんな予想はあっさりと裏切られる。
昼を過ぎると平牙の空は急に曇り始めた。
今朝はあんなに晴れていたというの今にも雨が降り出しそうな空模様だ。
コテツとカリバーがそんな空を眺める。
「嫌な天気だなァ。気が滅入るぜぃ」
「これは一雨来るかもしれないな」
「一雨ねぇ。例の妖怪はどうしたンだ、全然来ないじゃねぇか。まさか空から降ってくるわけじゃあるまいし」
「さあな、もしかしたらそうかもしれない」
「降らねぇほうがいいけどな、どっちも」
そのとき知らせが入った。城からよりも先に町からの知らせだ。
噂の妖怪がついに平牙の町に現れたのだという。
「おいでなさったらしい」
「よし、一仕事といくか」
逆牙羅の面々はその妖怪が現れたという場所に駆けつける。
ステイとタワシは蔵に籠っていて、シエラは呑気にも寝ていたので置いていくことにした。
向かった先は東門の近くの抜け穴があるあたりだった。
例の抜け穴からは大蛇が一匹頭を覗かせている。
「城壁に穴が…! なんてやつだ」
「梅華が襲われたと聞いて西から来るとばかり思っていたが彼奴め。回り込んで拙者たちの裏をかくとはやってくれるな」
カリバーたちは知らないようだったが、その穴のことをコテツとムサシは知っている。
「あの穴って…」
「やっぱ、でかくしたのがまずかった?」
とりあえず抜け穴のことは黙っておくことにした。
「幸い奴は穴に引っ掛かっているようだ。今のうちに叩く!」
「「おう!」」
カリバーが号令をかけると、逆牙羅の一同は一斉に攻撃を開始した。
先行するのはちくわ部隊。体が小さいので効果的な打撃は与えられないが、素早い身のこなしで大蛇を翻弄する。
その隙をついてカリバー、コテツ、そしてコジローが斬りかかる。
ムサシは木刀を投げつけている。その木刀は投擲武器だったのか。
「グォォォッ!!」
大蛇が大きく怯んだ。ムサシの木刀が大蛇の目に命中したのだ。
「今だ!」
「任せておけ!」
ムサシの掛け声に合わせてコジローの秘剣『燕返し』が炸裂する。続いてカリバーの剣が一閃。
大蛇の鱗の一部が欠けて、弱い部分が露わになった。
そこに跳び上がったコテツが木刀を突き立てる。
「グァァァァァッ!!」
大蛇は最後に一暴れするとそのまま動かなくなった。
コテツや近くにいたちくわたちが跳ね飛ばされ、抜け穴のあった城壁は崩れ落ちてしまった。
「やったのか?」
ムサシが動かなくなった大蛇をつついている。
「どうやらそうらしい」
「なンだ、思ったよりあっけなかったじゃねぇか」
「頭が8つ…などというのは、さすがに噂の尾ひれであったか」
これで一件落着、大したことはなかったなと引き返そうとしたそのときだった。
東門の上に今退治したはずの大蛇の頭が見えた。
それもひとつではない。2つ、3つ。そしてさらに2つ。さっき退治したものを合わせれば全部で8つの頭になる。
「まさか本当に8つも頭が!?」
「さっきの相手は身動きがとれなかったがこんどは自由、それも7体同時だぜ。勝てるのか…?」
「頭が8つの……大蛇」
仲間たちの間に緊張が走る。
逆牙羅の誰かが呟いた。
「八岐大蛇……」
Chapter5 END
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