『ガイスト、ゲンダーを信じてあげてください』
僕にはできなかった。ゲンダー諸とも大精神体を精神波動砲で吹き飛ばすなんて。
たしかに精神波動砲は大精神体を吹き飛ばすことはできるだろう。強力すぎるその波動は生きた人間の精神をも破壊してしまうため、フィーティン軍の兵士たちには後退してもらってある。
精神の破壊とはすなわち死を意味する。機械のゲンダーならば精神波動砲を受けても死んでしまうことはないだろう。
しかしゲンダーはただの機械ではない。機械でありながら自らの意思を持つ特殊な存在だ。もしかすると、精神波動砲はゲンダーの意思までをも吹き飛ばしてしまうかもしれない。
機械のゲンダーはたしかに死なない。身体は壊れてもまた修理してやることができる。
しかしゲンダーが意思を持つに至ったメカニズムはガイストにはわからなかった。ゲンダーを生み出したヘイヴ博士にしかそれはわからない。だがヘイヴはここにはいない。
意思の喪失はすなわちゲンダーの死を意味するのではないか。
ただ使用者の命令に忠実に動くゲンダーなんて、ゲンダーに似た機械ではあってもそんなのゲンダーじゃない。
ときに愚痴はこぼすけど、喧嘩もするけれど、でもそれでこそゲンダーなのだ。そんなゲンダーを僕は失いたくはない。
――信じよう、ゲンダーを。
「わかった。ゲンダーを……そしてメイヴ、おまえを信じる。だが僕たちにやれるだけのことはやろう。ゲンダーが戻ってくるまで持ちこたえるんだ。メイヴ、飛んで来る瓦礫を全て迎撃できるか?」
『合点承知です。できるだけのことはやってやりますよ!』
僕にはできなかった。ゲンダー諸とも大精神体を精神波動砲で吹き飛ばすなんて。
たしかに精神波動砲は大精神体を吹き飛ばすことはできるだろう。強力すぎるその波動は生きた人間の精神をも破壊してしまうため、フィーティン軍の兵士たちには後退してもらってある。
精神の破壊とはすなわち死を意味する。機械のゲンダーならば精神波動砲を受けても死んでしまうことはないだろう。
しかしゲンダーはただの機械ではない。機械でありながら自らの意思を持つ特殊な存在だ。もしかすると、精神波動砲はゲンダーの意思までをも吹き飛ばしてしまうかもしれない。
機械のゲンダーはたしかに死なない。身体は壊れてもまた修理してやることができる。
しかしゲンダーが意思を持つに至ったメカニズムはガイストにはわからなかった。ゲンダーを生み出したヘイヴ博士にしかそれはわからない。だがヘイヴはここにはいない。
意思の喪失はすなわちゲンダーの死を意味するのではないか。
ただ使用者の命令に忠実に動くゲンダーなんて、ゲンダーに似た機械ではあってもそんなのゲンダーじゃない。
ときに愚痴はこぼすけど、喧嘩もするけれど、でもそれでこそゲンダーなのだ。そんなゲンダーを僕は失いたくはない。
――信じよう、ゲンダーを。
「わかった。ゲンダーを……そしてメイヴ、おまえを信じる。だが僕たちにやれるだけのことはやろう。ゲンダーが戻ってくるまで持ちこたえるんだ。メイヴ、飛んで来る瓦礫を全て迎撃できるか?」
『合点承知です。できるだけのことはやってやりますよ!』
第十章A(ゲンダー編)「未来を託して」
ゲンダーを信じて、彼が自身を取り戻すのを待つ。しかしただ待つだけではなく、できるだけのことはやろう――それが彼らの選んだ答えだった。
フィーティン軍の指揮官は無駄な被害を出すまいとゲンダー諸とも敵を倒すべきだと言った。その意見を蹴ってまでこの決断を選んだ以上、後退しているフィーティン軍に被害を出すわけにはいかない。それが選択に伴う責任だ。
メイヴは飛行艇『鮫』を操り、機銃で瓦礫の弾丸をひとつも漏らさず撃ち落としていく。防衛戦はまるで終わりが見えないほどに長く続いた。
メイヴたちが戦っている頃、ゲンダーもまた闘っていた。
フィーティン軍の指揮官は無駄な被害を出すまいとゲンダー諸とも敵を倒すべきだと言った。その意見を蹴ってまでこの決断を選んだ以上、後退しているフィーティン軍に被害を出すわけにはいかない。それが選択に伴う責任だ。
メイヴは飛行艇『鮫』を操り、機銃で瓦礫の弾丸をひとつも漏らさず撃ち落としていく。防衛戦はまるで終わりが見えないほどに長く続いた。
メイヴたちが戦っている頃、ゲンダーもまた闘っていた。
「ここは――?」
気がつくとゲンダーは薄暗い空間に立っていた。
木も建物もなく地面に起伏すらない、何もないどこまでも続いているかのように見える黒一色の平面だった。
ゲンダー以外には誰の姿もなく、気配すらも感じられない。無限に広がっているかのような空間でありながら、一面の黒に覆われた世界はその広さにもかかわらず閉塞感を感じさせる。
その一方で意識の端には戦いを続けるメイヴたちの様子がちらついて感じられていた。
まるで夢と現実を同時に見ているかのような不思議な光景。初めてそれを見る者なら、誰でもこの奇妙な感覚に混乱しただろう。
だがゲンダーは知っていた。以前にもここと似たような空間に来たことがある。
「これは……精神世界か。前の戦いでヴェルスタンドの大統領と戦った場所ダな」
精神世界。それは前ヴェルスタンドの大統領が創り出した現実には存在しない空間、精神のみが存在することを許される世界。
ここでは物理的な法則は通じない。想いの強さという概念こそがこの空間を支配しているのだ。この空間で思ったことはすべて実現する。二つの意思がぶつかり合った場合は、想いの強いほうが現実となる。そんな世界だ。
「ということは…」
誰の気配もなかった空間に突如として敵意が浮かび上がった。
敵意は蒼い光を帯びて次第に人の姿をかたどっていく。それは紛れもなく、かつてゲンダーの戦った前ヴェルスタンド大統領の姿だった。
「出たな、大統領の亡霊め」
蒼い亡霊は何も喋らない。なぜならそれはかつての大統領ではない。ただの残留思念だからだ。
残留思念は自由な意思を持たない。意思の持ち主が死んだ時点でその意思が固定されてしまうのだ。
だが、だからこそその意思は絶対にぶれることはない。決して揺るがない。想いの強さが力の強さに比例するこの精神世界においては絶対の強さを発揮する存在なのだ。
蒼い亡霊はゲンダーの姿を確認するなり、何も言わずにただ明確な敵意のみをもって襲いかかって来た。かつての精神世界での大統領との戦いのように。
それをゲンダーが迎え撃つ。
「ガイストが言ってたな。大精神体は大統領の意思を吸収してでかくなった化け物ダと。つまりこいつを倒せば精神体の暴走は止まるんダ!」
メイヴが犠牲になるような結末はもう望まない。
そんな運命はオレが変えてやる。オレがこいつに勝つことで!
大統領との精神世界での戦いが再び始まった。
気がつくとゲンダーは薄暗い空間に立っていた。
木も建物もなく地面に起伏すらない、何もないどこまでも続いているかのように見える黒一色の平面だった。
ゲンダー以外には誰の姿もなく、気配すらも感じられない。無限に広がっているかのような空間でありながら、一面の黒に覆われた世界はその広さにもかかわらず閉塞感を感じさせる。
その一方で意識の端には戦いを続けるメイヴたちの様子がちらついて感じられていた。
まるで夢と現実を同時に見ているかのような不思議な光景。初めてそれを見る者なら、誰でもこの奇妙な感覚に混乱しただろう。
だがゲンダーは知っていた。以前にもここと似たような空間に来たことがある。
「これは……精神世界か。前の戦いでヴェルスタンドの大統領と戦った場所ダな」
精神世界。それは前ヴェルスタンドの大統領が創り出した現実には存在しない空間、精神のみが存在することを許される世界。
ここでは物理的な法則は通じない。想いの強さという概念こそがこの空間を支配しているのだ。この空間で思ったことはすべて実現する。二つの意思がぶつかり合った場合は、想いの強いほうが現実となる。そんな世界だ。
「ということは…」
誰の気配もなかった空間に突如として敵意が浮かび上がった。
敵意は蒼い光を帯びて次第に人の姿をかたどっていく。それは紛れもなく、かつてゲンダーの戦った前ヴェルスタンド大統領の姿だった。
「出たな、大統領の亡霊め」
蒼い亡霊は何も喋らない。なぜならそれはかつての大統領ではない。ただの残留思念だからだ。
残留思念は自由な意思を持たない。意思の持ち主が死んだ時点でその意思が固定されてしまうのだ。
だが、だからこそその意思は絶対にぶれることはない。決して揺るがない。想いの強さが力の強さに比例するこの精神世界においては絶対の強さを発揮する存在なのだ。
蒼い亡霊はゲンダーの姿を確認するなり、何も言わずにただ明確な敵意のみをもって襲いかかって来た。かつての精神世界での大統領との戦いのように。
それをゲンダーが迎え撃つ。
「ガイストが言ってたな。大精神体は大統領の意思を吸収してでかくなった化け物ダと。つまりこいつを倒せば精神体の暴走は止まるんダ!」
メイヴが犠牲になるような結末はもう望まない。
そんな運命はオレが変えてやる。オレがこいつに勝つことで!
大統領との精神世界での戦いが再び始まった。
まずは相手の出方を窺う。牽制に汁千本を放った。
蒼い亡霊は敵意を発するだけでその場から動いてこようとはしないようだった。汁千本はそのまま亡霊に命中した。
汁千本は強酸性の液体を無数に発射する攻撃。その酸は命中部位を溶かすことで敵を貫く強力な一撃だ。しかし、汁千本を受けた亡霊は全く堪えていない。まるで何事もなかったかのように仁王立ちをしている。
「たしかに当たったと思ったんダが…? そうか、敵は精神体ダったな。ならばこれでどうダ!」
右腕を前へ。力を蓄え、狙いを定めて放つ。
「極限一本!」
対精神体用の凝縮された一撃がこんどこそ亡霊を捉えた。命中した汁が飛び散り無彩色の地面を溶かす。
だがそれでも亡霊は、何事もなかった様子で微動だにせずに立っている。
「なぜダ? たしかに当たったのに!」
ゲンダーはその一撃が敵を倒すと信じた。事実、その想いが反映されてこの精神世界の床は溶かされた。だが亡霊は溶けていない。なぜなら亡霊の絶対の意思が己の勝利を信じて疑わないからだ。その絶対の意思が亡霊の完全防御を実現する。これは拮抗する二つの意思が互いに相殺し合った結果だった。
残留思念とは固定された意思。それは未来永劫永久に決して変化することはない。絶対に揺るぐことはあり得ない。
亡霊は固定された絶対の意思で己の勝利を確信していた。
『我コソ至高、我コソ絶対』
残留思念は二度と変わることのない絶対の意思でその目的をただ淡々と遂行しようとするだけの存在に過ぎない。それゆえにそれが揺らぐ余地など微塵も存在しない。ゆえに絶対、ゆえに倒れない。それにより生み出される完全防御はまさに無敵。無敵の亡霊は絶対に倒せない。
「くそっ、こいつ不死身なのか!?」
渾身の一撃を立て続けに浴びせかける。これでもかと、オレだって負けてられないのだと、頼むから倒れてくれと、ゲンダーは攻撃の手を止めない。心が折れそうになる。だが決して諦めてはいけない。想いの強さが力になるこの空間では、気持ちの揺らぎが敗因となる。
それでもどれだけ攻撃を続けても、亡霊にはかすり傷ひとつつかなかった。
ゲンダーの表情にも疲れの色が見え始める。機械に肉体的な疲労はなくても、意思を持つゲンダーには精神的な疲労は感じるものだ。そしてそれがこの空間では直接的に己の力へと反映されてしまう。
疲弊はゲンダーの力を削ぎ落とし、とうとう腕からは汁千本のわずか一滴さえも発射されなくなってしまった。液が枯渇したのではない。気力が枯渇してしまったのだ。延々と繰り返される終わりの見えない行為は心の力を削ぎ落とし枯渇させる。
「だめだ…。もう屁すらも出ない」
生きている者は気持ちの力でいつも以上の実力が出せることもあれば、元気がなくて全く実力が発揮できないこともある。それが生きる者の強さであり、そして弱点でもある。
この時をずっと待ちかまえていたとでも言わんばかりに、ついに亡霊が動き始めて攻撃を開始した。
絶対の勝利の確信が絶対防御を生むならば、逆に勝利への自信の喪失が守りの固さを低下させる。ここはそういう空間だ。
「しまった……!」
気がついたときには既に遅い。亡霊がゲンダーを指さすと、突如凄まじい風圧がゲンダーを襲った。
吹き飛ばされるゲンダーの意識の端には苦戦するメイヴたちの姿がちらりと見えた。
視界の先、前方には対峙する飛行艇が見える。そして視界の端からは瓦礫の弾丸が次々と飛行艇へ向かって飛んでいく。どうやら瓦礫は自分の背後から発射されているらしい。
(そうか、現実世界のオレは精神体に支配されちまってるのか…。もしかして今オレが亡霊に押されてるから…?)
メイヴたちはその弾丸を辛うじて撃ち落としているようだったが、徐々にその反応速度は遅れていく。もはや時間の問題なのは目に見てとれた。
(オレのせいでメイヴたちを傷つけてしまう。オレが不甲斐ないせいで…)
なんと不甲斐ない――ゲンダーは己の弱さを悔いた。無力な自分を恨んだ。
「ダが……」
しかしこれで終わるようなゲンダーではない。
かつてのゲンダーなら危ういところをなんとか仲間に助けられて、とくにメイヴがおいしいところをもっていきながら事無きを得ている頃だったろう。しかし、
「今のオレはもう無力な昔のオレとは違うんダ。そうダ、もしここでオレが負けたらメイヴはどうなる。あいつのことダ。絶対また無茶して自分を犠牲にしてまでみんなを救おうとするに決まってる。どうしてメイヴはそこまで…」
するとそのとき、再び意識の端に現実世界の光景が映った。
迎撃し切れなかった瓦礫のひとつが飛行艇をかすめた。
(あっ、メイヴ! ガイスト! 危ないっ!!)
それひとつだけでも飛行艇より十分大きな塊だ。瓦礫をかすめたことで飛行艇は大きくバランスを崩したが、そのまま迎撃を続けつつなんとか体勢を持ち直したようだ。だがあの様子では次も無事とはとても言い切れない。
思わず仲間の身の安全を祈ったゲンダー。すると急に身体に力が湧いてくるのが自分でもよくわかった。
吹き飛ばされていたゲンダーは仰向けに黒い地面に叩きつけられる。その隙を狙って高く跳躍していた亡霊が追い打ちかけに跳びかかる。
亡霊の右手が蒼黒い光を帯びたかと思うとそれは鋭利な刃へと姿を変え、刃は一直線にゲンダーへと向かって振りおろされた。
黒い平面に巨大な亀裂が走る。そして次の瞬間には大きな音を立てて大地が真っ二つに割れて崩れていた。
ゲンダーの姿も真っ二つに割れて、そして消えた。
『!?』
驚く亡霊。するとその背後から、それもずいぶん近くから声が聞こえた。
「残念ダったな、それは残像ダ」
衝撃。こんどは亡霊の姿が消えた。
否、亡霊は砕けた大地にめり込んでいた。ゲンダーが振りおろした両腕が叩きつけられたのだ。
ゲンダーは宙に浮かんでいた。この精神世界に不可能などない。現実世界の物理法則は通用しないのだから。すべては想いの強さによるものだ。信じていさえすれば、この世界においては不可能なことなど存在しない。
ゲンダーは仲間の無事を祈った。守りたいと願った。すると突然、身体に力が湧いてきて亡霊の攻撃をかわして反撃に移ることができたのだった。
「オレは負けられないんダ。仲間を守るためにはオレが勝たなくちゃならない。だってオレが負けたら…………はっ、そうか! そういうことか、メイヴ! オレにもわかったぞ!!」
雷に打たれたような衝撃が脳天を直撃する感覚。しかし苦痛なものではなく、むしろ何かつかえがとれたようなすっきりとした気分だ。
今、ゲンダーはあるひとつの答えに辿り着いた。”それ”を悟った。
その瞬間、ゲンダーの身体は黄金のオーラに纏われた。黄金の後光は黒一色の闇の世界を明るく照らし出す。
「もうオレは仲間の誰かが犠牲になるのは嫌なんダ。だからこそオレがやらなくちゃならない! ここでオレが勝てばすべては終わる。もうこいつのせいで誰かが苦しんだりすることなんかないんダ。だからオレはやるんダ!」
自分がこの状況を打開することさえできれば、もう仲間の誰も傷つくことはなくなる。ここで自分が全てをやり遂げることで大切な仲間を危険にさらすことなく守り切ることができるのだ。そう、”自分さえやれば”!
危険な目に遭うのは自分だけで十分だ。傷つくのは自分だけでいい。仲間には無事でいてほしい。
それこそが自己犠牲の想いの真髄。それに気がついた瞬間、ゲンダーは覚醒し黄金を纏ったのだ。
黄金とは漆黒の闇を斬り裂き打ち払う太陽が如き燃える意志の光。その光はゲンダーにみなぎる力を与える。
「オレが守るんダ! 大切な仲間にはもう指一本も触れさせてなるものか! 絶対に!!」
絶対に負けない。負けていられない。
絶対に勝つ。勝たなければならない。
そして絶対に仲間を守って見せる。オレが守る。
黄金の意思は揺るぎない絶対の意思。そして絶対に守ると誓った強い決意の表れ。やり遂げるんだという強い気持ち。それが黄金の光となって現れたのだった。
黄金の意思による「絶対」は固定された意思程度の「絶対」を軽く凌駕した。なぜなら固定された意思、つまり残留思念には心がないからだ。
生きている者は心が折れて全く実力が発揮できないこともあるが、気持ちの持ちようでいつも以上の実力が出せることもある。それが生きる者の弱点であり、強さの源なのだ。
「おまえなんかにオレの大事な仲間をやられてたまるか!!」
衝動に突き動かされるように両腕を亡霊へと向ける。
亡霊はおもむろに起き上がると、突如巨大化し始めた。
『我コソガ絶対ナノダ! 我以外ノ絶対ナド認メンゾ!』
その姿は無限に続くこの黒い世界よりもさらに大きく、精神世界そのものをすべて呑み込んでしまうほどに大きい。
『我トヒトツニナレ! 全テハヒトツ。ヒトツダケデ十分ダ。我コソガ唯一ニシテ絶対ノ存在!!』
蒼黒い光がゲンダー諸とも精神世界のすべてを呑み込んだ。すべては蒼黒色一色に塗り潰されて、そのあとには蒼黒色以外の一切の何ものも残らなかった。そして蒼黒色の世界は静寂の闇の底へと沈んでいった――かのように見えた。
(オレが負ければ仲間が傷つく。オレが勝たないと、こいつを止めないと世界がもっとめちゃくちゃになる。世界がめちゃくちゃになれば仲間たちがもっと苦しむ。オレが倒れると仲間に無茶を強いることになってしまう。仲間に無茶を強いると仲間たちはさらに苦しんで……ええいめんどくさい! だったら――)
何もない蒼黒い空間に小さな亀裂が走り、そこからは一筋の黄金の光が飛び出した。
すると亀裂は見る見るうちに大きくなり、ガラスが割れるかのように空間を砕き割ると黄金の光が一斉に溢れ始めた。
――オレが守ってやるんダ。全部!!
光は無限に広がる精神世界を黄金一色に染めた。
これですべて終わりダ。アァーラヴゥルゴッチァウト!
蒼い亡霊は敵意を発するだけでその場から動いてこようとはしないようだった。汁千本はそのまま亡霊に命中した。
汁千本は強酸性の液体を無数に発射する攻撃。その酸は命中部位を溶かすことで敵を貫く強力な一撃だ。しかし、汁千本を受けた亡霊は全く堪えていない。まるで何事もなかったかのように仁王立ちをしている。
「たしかに当たったと思ったんダが…? そうか、敵は精神体ダったな。ならばこれでどうダ!」
右腕を前へ。力を蓄え、狙いを定めて放つ。
「極限一本!」
対精神体用の凝縮された一撃がこんどこそ亡霊を捉えた。命中した汁が飛び散り無彩色の地面を溶かす。
だがそれでも亡霊は、何事もなかった様子で微動だにせずに立っている。
「なぜダ? たしかに当たったのに!」
ゲンダーはその一撃が敵を倒すと信じた。事実、その想いが反映されてこの精神世界の床は溶かされた。だが亡霊は溶けていない。なぜなら亡霊の絶対の意思が己の勝利を信じて疑わないからだ。その絶対の意思が亡霊の完全防御を実現する。これは拮抗する二つの意思が互いに相殺し合った結果だった。
残留思念とは固定された意思。それは未来永劫永久に決して変化することはない。絶対に揺るぐことはあり得ない。
亡霊は固定された絶対の意思で己の勝利を確信していた。
『我コソ至高、我コソ絶対』
残留思念は二度と変わることのない絶対の意思でその目的をただ淡々と遂行しようとするだけの存在に過ぎない。それゆえにそれが揺らぐ余地など微塵も存在しない。ゆえに絶対、ゆえに倒れない。それにより生み出される完全防御はまさに無敵。無敵の亡霊は絶対に倒せない。
「くそっ、こいつ不死身なのか!?」
渾身の一撃を立て続けに浴びせかける。これでもかと、オレだって負けてられないのだと、頼むから倒れてくれと、ゲンダーは攻撃の手を止めない。心が折れそうになる。だが決して諦めてはいけない。想いの強さが力になるこの空間では、気持ちの揺らぎが敗因となる。
それでもどれだけ攻撃を続けても、亡霊にはかすり傷ひとつつかなかった。
ゲンダーの表情にも疲れの色が見え始める。機械に肉体的な疲労はなくても、意思を持つゲンダーには精神的な疲労は感じるものだ。そしてそれがこの空間では直接的に己の力へと反映されてしまう。
疲弊はゲンダーの力を削ぎ落とし、とうとう腕からは汁千本のわずか一滴さえも発射されなくなってしまった。液が枯渇したのではない。気力が枯渇してしまったのだ。延々と繰り返される終わりの見えない行為は心の力を削ぎ落とし枯渇させる。
「だめだ…。もう屁すらも出ない」
生きている者は気持ちの力でいつも以上の実力が出せることもあれば、元気がなくて全く実力が発揮できないこともある。それが生きる者の強さであり、そして弱点でもある。
この時をずっと待ちかまえていたとでも言わんばかりに、ついに亡霊が動き始めて攻撃を開始した。
絶対の勝利の確信が絶対防御を生むならば、逆に勝利への自信の喪失が守りの固さを低下させる。ここはそういう空間だ。
「しまった……!」
気がついたときには既に遅い。亡霊がゲンダーを指さすと、突如凄まじい風圧がゲンダーを襲った。
吹き飛ばされるゲンダーの意識の端には苦戦するメイヴたちの姿がちらりと見えた。
視界の先、前方には対峙する飛行艇が見える。そして視界の端からは瓦礫の弾丸が次々と飛行艇へ向かって飛んでいく。どうやら瓦礫は自分の背後から発射されているらしい。
(そうか、現実世界のオレは精神体に支配されちまってるのか…。もしかして今オレが亡霊に押されてるから…?)
メイヴたちはその弾丸を辛うじて撃ち落としているようだったが、徐々にその反応速度は遅れていく。もはや時間の問題なのは目に見てとれた。
(オレのせいでメイヴたちを傷つけてしまう。オレが不甲斐ないせいで…)
なんと不甲斐ない――ゲンダーは己の弱さを悔いた。無力な自分を恨んだ。
「ダが……」
しかしこれで終わるようなゲンダーではない。
かつてのゲンダーなら危ういところをなんとか仲間に助けられて、とくにメイヴがおいしいところをもっていきながら事無きを得ている頃だったろう。しかし、
「今のオレはもう無力な昔のオレとは違うんダ。そうダ、もしここでオレが負けたらメイヴはどうなる。あいつのことダ。絶対また無茶して自分を犠牲にしてまでみんなを救おうとするに決まってる。どうしてメイヴはそこまで…」
するとそのとき、再び意識の端に現実世界の光景が映った。
迎撃し切れなかった瓦礫のひとつが飛行艇をかすめた。
(あっ、メイヴ! ガイスト! 危ないっ!!)
それひとつだけでも飛行艇より十分大きな塊だ。瓦礫をかすめたことで飛行艇は大きくバランスを崩したが、そのまま迎撃を続けつつなんとか体勢を持ち直したようだ。だがあの様子では次も無事とはとても言い切れない。
思わず仲間の身の安全を祈ったゲンダー。すると急に身体に力が湧いてくるのが自分でもよくわかった。
吹き飛ばされていたゲンダーは仰向けに黒い地面に叩きつけられる。その隙を狙って高く跳躍していた亡霊が追い打ちかけに跳びかかる。
亡霊の右手が蒼黒い光を帯びたかと思うとそれは鋭利な刃へと姿を変え、刃は一直線にゲンダーへと向かって振りおろされた。
黒い平面に巨大な亀裂が走る。そして次の瞬間には大きな音を立てて大地が真っ二つに割れて崩れていた。
ゲンダーの姿も真っ二つに割れて、そして消えた。
『!?』
驚く亡霊。するとその背後から、それもずいぶん近くから声が聞こえた。
「残念ダったな、それは残像ダ」
衝撃。こんどは亡霊の姿が消えた。
否、亡霊は砕けた大地にめり込んでいた。ゲンダーが振りおろした両腕が叩きつけられたのだ。
ゲンダーは宙に浮かんでいた。この精神世界に不可能などない。現実世界の物理法則は通用しないのだから。すべては想いの強さによるものだ。信じていさえすれば、この世界においては不可能なことなど存在しない。
ゲンダーは仲間の無事を祈った。守りたいと願った。すると突然、身体に力が湧いてきて亡霊の攻撃をかわして反撃に移ることができたのだった。
「オレは負けられないんダ。仲間を守るためにはオレが勝たなくちゃならない。だってオレが負けたら…………はっ、そうか! そういうことか、メイヴ! オレにもわかったぞ!!」
雷に打たれたような衝撃が脳天を直撃する感覚。しかし苦痛なものではなく、むしろ何かつかえがとれたようなすっきりとした気分だ。
今、ゲンダーはあるひとつの答えに辿り着いた。”それ”を悟った。
その瞬間、ゲンダーの身体は黄金のオーラに纏われた。黄金の後光は黒一色の闇の世界を明るく照らし出す。
「もうオレは仲間の誰かが犠牲になるのは嫌なんダ。だからこそオレがやらなくちゃならない! ここでオレが勝てばすべては終わる。もうこいつのせいで誰かが苦しんだりすることなんかないんダ。だからオレはやるんダ!」
自分がこの状況を打開することさえできれば、もう仲間の誰も傷つくことはなくなる。ここで自分が全てをやり遂げることで大切な仲間を危険にさらすことなく守り切ることができるのだ。そう、”自分さえやれば”!
危険な目に遭うのは自分だけで十分だ。傷つくのは自分だけでいい。仲間には無事でいてほしい。
それこそが自己犠牲の想いの真髄。それに気がついた瞬間、ゲンダーは覚醒し黄金を纏ったのだ。
黄金とは漆黒の闇を斬り裂き打ち払う太陽が如き燃える意志の光。その光はゲンダーにみなぎる力を与える。
「オレが守るんダ! 大切な仲間にはもう指一本も触れさせてなるものか! 絶対に!!」
絶対に負けない。負けていられない。
絶対に勝つ。勝たなければならない。
そして絶対に仲間を守って見せる。オレが守る。
黄金の意思は揺るぎない絶対の意思。そして絶対に守ると誓った強い決意の表れ。やり遂げるんだという強い気持ち。それが黄金の光となって現れたのだった。
黄金の意思による「絶対」は固定された意思程度の「絶対」を軽く凌駕した。なぜなら固定された意思、つまり残留思念には心がないからだ。
生きている者は心が折れて全く実力が発揮できないこともあるが、気持ちの持ちようでいつも以上の実力が出せることもある。それが生きる者の弱点であり、強さの源なのだ。
「おまえなんかにオレの大事な仲間をやられてたまるか!!」
衝動に突き動かされるように両腕を亡霊へと向ける。
亡霊はおもむろに起き上がると、突如巨大化し始めた。
『我コソガ絶対ナノダ! 我以外ノ絶対ナド認メンゾ!』
その姿は無限に続くこの黒い世界よりもさらに大きく、精神世界そのものをすべて呑み込んでしまうほどに大きい。
『我トヒトツニナレ! 全テハヒトツ。ヒトツダケデ十分ダ。我コソガ唯一ニシテ絶対ノ存在!!』
蒼黒い光がゲンダー諸とも精神世界のすべてを呑み込んだ。すべては蒼黒色一色に塗り潰されて、そのあとには蒼黒色以外の一切の何ものも残らなかった。そして蒼黒色の世界は静寂の闇の底へと沈んでいった――かのように見えた。
(オレが負ければ仲間が傷つく。オレが勝たないと、こいつを止めないと世界がもっとめちゃくちゃになる。世界がめちゃくちゃになれば仲間たちがもっと苦しむ。オレが倒れると仲間に無茶を強いることになってしまう。仲間に無茶を強いると仲間たちはさらに苦しんで……ええいめんどくさい! だったら――)
何もない蒼黒い空間に小さな亀裂が走り、そこからは一筋の黄金の光が飛び出した。
すると亀裂は見る見るうちに大きくなり、ガラスが割れるかのように空間を砕き割ると黄金の光が一斉に溢れ始めた。
――オレが守ってやるんダ。全部!!
光は無限に広がる精神世界を黄金一色に染めた。
これですべて終わりダ。アァーラヴゥルゴッチァウト!
飛行艇が激しく揺さぶられる。
もう何度目かもわからない接触。艇内に警告音が鳴り響き、計器は既に機体の限界が来ていることを知らせている。もう次は持ち堪えられるかどうかわからない。
『だめです、これ以上は危険です!』
「ガイスト、こちらヘルツ。これ以上は無理だ! 何よりおまえの身が心配だ。もうゲンダーは諦めて精神波動砲を使うんだ! もう準備は整っているはずだろう!?」
『精神波動砲エネルギー充填完了しています。もはや止むを得ません、ゲンダーの意思が吹き飛ばされないことを祈るほかは……。精神波動砲発射用意開始します。セーフティロック解除、ターゲットスコープオープン――』
もうどうしようもないのだろうか。ガイストもとうとう諦めかけたその時だった。
「ま、待つんだメイヴ!」
『なんですか。私は集中しなければならないので邪魔はやめて…………おや、どういうことです。敵の攻撃の手が止まった!?』
延々と降り注ぐ瓦礫の雨が止んだ。
礫塊のほうを見るとゲンダーを覆っているオーラの色がいつの間にか変わっている。
それに気がついたのとほとんど時を同じくして、ガイストに通信が送られてきた。こんどはヘルツではない。
「オレだ! メイヴ、それからガイスト、もう心配はいらない。この戦いを終わらせるぞ! そこで二人に頼みがあるんダが…」
『これはオレオレ詐欺……じゃなくてゲンダー! 無事だったのですか!』
「ゲンダー! よかった。僕は信じていたぞ、君ならきっと自分を取り戻せると!」
仲間の無事を知って二人には希望の光が差したが、その仲間の次の言葉がすぐにその光に影を差した。
「オレごと撃て」
ガイストはめまいを感じた。
「な……いきなり何を言うんだ、ゲンダー?」
『ゲンダー、こんなときに冗談はよしましょう。ふざけてるような場合なんかじゃねぇですよ。ガイストに叱られます』
「冗談なんかじゃない。オレ、やっとわかった気がするんダ。前の戦いでどうしてメイヴはあそこまでしてオレたちを助けてくれたのか……。メイヴ、こんどはオレがおまえを守る番ダ。これがオレの出した答えなんダ!!」
『……!!』
それを聞いてメイヴはハッとして黙り込んでしまった。飛行艇の警告音や計器の発する音さえも止まって艇内は一瞬の静寂に包まれた。そしてメイヴは静かにそれに応えた。
『ターゲット捕捉完了、電影クロスゲージ明度20、対ショック対閃光シールド展開、最終セーフティ解除。精神波動砲発射準備完了、いつでも撃てます』
「メイヴ! おまえまで、どうして!?」
『そりゃ私だってゲンダーを危険な目にさらしたくはありませんよ。ですが、これがゲンダーの出した答えなんです。決意なんです。意志なんです! 私も同じ機械として、その想いに応えないわけにはいかないんですよ…』
メイヴは少し寂しそうに言った。
「どういうことだ? 僕には全く意味がわからない。理解できないよ!」
『私たちは機械。だがあなたは機械ではない。これはそういうことなんですよ』
「何がそういうことなんだ。はぐらかさないで答えてくれ!」
『ゲンダー、これでよろしいのですね』
「ああ、そういうことダ…。くっ、そろそろ抑え切れない。急いでくれ」
ゲンダーを包むオーラの金色がくすみ始めている。
どうやらあまり時間はないらしい。メイヴはそれを悟ると何も言わずに一人覚悟を決めた。
「ま、待つんだ! まだ何か方法が…」
「このままじゃやつに逃げられてしまう! オレが抑えてるうちに……早く!!」
『わかりました…。せめてあなたの無事を祈りましょう。どうかご武運を』
「ありがとう」
「待っ――」
ガイストの制止も虚しく精神波動砲は発射された。
次の瞬間、世界から光と音が消えた。
もう何度目かもわからない接触。艇内に警告音が鳴り響き、計器は既に機体の限界が来ていることを知らせている。もう次は持ち堪えられるかどうかわからない。
『だめです、これ以上は危険です!』
「ガイスト、こちらヘルツ。これ以上は無理だ! 何よりおまえの身が心配だ。もうゲンダーは諦めて精神波動砲を使うんだ! もう準備は整っているはずだろう!?」
『精神波動砲エネルギー充填完了しています。もはや止むを得ません、ゲンダーの意思が吹き飛ばされないことを祈るほかは……。精神波動砲発射用意開始します。セーフティロック解除、ターゲットスコープオープン――』
もうどうしようもないのだろうか。ガイストもとうとう諦めかけたその時だった。
「ま、待つんだメイヴ!」
『なんですか。私は集中しなければならないので邪魔はやめて…………おや、どういうことです。敵の攻撃の手が止まった!?』
延々と降り注ぐ瓦礫の雨が止んだ。
礫塊のほうを見るとゲンダーを覆っているオーラの色がいつの間にか変わっている。
それに気がついたのとほとんど時を同じくして、ガイストに通信が送られてきた。こんどはヘルツではない。
「オレだ! メイヴ、それからガイスト、もう心配はいらない。この戦いを終わらせるぞ! そこで二人に頼みがあるんダが…」
『これはオレオレ詐欺……じゃなくてゲンダー! 無事だったのですか!』
「ゲンダー! よかった。僕は信じていたぞ、君ならきっと自分を取り戻せると!」
仲間の無事を知って二人には希望の光が差したが、その仲間の次の言葉がすぐにその光に影を差した。
「オレごと撃て」
ガイストはめまいを感じた。
「な……いきなり何を言うんだ、ゲンダー?」
『ゲンダー、こんなときに冗談はよしましょう。ふざけてるような場合なんかじゃねぇですよ。ガイストに叱られます』
「冗談なんかじゃない。オレ、やっとわかった気がするんダ。前の戦いでどうしてメイヴはあそこまでしてオレたちを助けてくれたのか……。メイヴ、こんどはオレがおまえを守る番ダ。これがオレの出した答えなんダ!!」
『……!!』
それを聞いてメイヴはハッとして黙り込んでしまった。飛行艇の警告音や計器の発する音さえも止まって艇内は一瞬の静寂に包まれた。そしてメイヴは静かにそれに応えた。
『ターゲット捕捉完了、電影クロスゲージ明度20、対ショック対閃光シールド展開、最終セーフティ解除。精神波動砲発射準備完了、いつでも撃てます』
「メイヴ! おまえまで、どうして!?」
『そりゃ私だってゲンダーを危険な目にさらしたくはありませんよ。ですが、これがゲンダーの出した答えなんです。決意なんです。意志なんです! 私も同じ機械として、その想いに応えないわけにはいかないんですよ…』
メイヴは少し寂しそうに言った。
「どういうことだ? 僕には全く意味がわからない。理解できないよ!」
『私たちは機械。だがあなたは機械ではない。これはそういうことなんですよ』
「何がそういうことなんだ。はぐらかさないで答えてくれ!」
『ゲンダー、これでよろしいのですね』
「ああ、そういうことダ…。くっ、そろそろ抑え切れない。急いでくれ」
ゲンダーを包むオーラの金色がくすみ始めている。
どうやらあまり時間はないらしい。メイヴはそれを悟ると何も言わずに一人覚悟を決めた。
「ま、待つんだ! まだ何か方法が…」
「このままじゃやつに逃げられてしまう! オレが抑えてるうちに……早く!!」
『わかりました…。せめてあなたの無事を祈りましょう。どうかご武運を』
「ありがとう」
「待っ――」
ガイストの制止も虚しく精神波動砲は発射された。
次の瞬間、世界から光と音が消えた。
瓦礫の山の前にガイストは一人たたずんでいた。
鮫から発射された精神波動砲は極めて強烈な閃光を放ち、大精神体をゲンダー諸とも吹き飛ばした。これにより大精神体は消滅。すべての根源だった精神体は消え去り、今回の事件を引き起こした精神体の暴走はようやく静かに幕を下ろすことになったのだった。
『無茶しやがって……(´;ω;`)ゝ』
ガイストの隣にはメイヴの遠隔モニタが表示されている。
しかしガイストの関心はそちらではなく足下に向いていた。
目の前に転がっているのは小さな鉄のサボテン。少し前まではゲンダーの腕だったものだ。
それを拾い上げてガイストが語りかけるように呟いた。
「君は本当にこれでよかったのか…。僕たちの選択は間違っていたんじゃないのか」
『ゲンダーは後悔していないと思います。ゲンダーは自分を危険にさらしてでも、あなたたちを救いたかったということなのでしょう』
「それが理解できないんだ。機械だったけどゲンダーは僕たちのように感情を持っているものだとずっと思っていたのに…」
『ええ、その解釈は間違っていないと思いますよ。だからこそ、ゲンダーはこの結末を選んだのでしょうね』
「だからどうして!」
『きっとゲンダーは未来を託したんですよ。あなたに、そして人間たちに』
「未来を託して……」
――オレたち機械は壊れてもガイストが修理してくれればまた動けるようになる。でもガイストたちはそうはいかないんだろう。だから守るんダ。オレたちが!
メイヴはそういう意味でゲンダーの決意を受け取った。
本当にゲンダーがそう思ってこの結末を選んだのかはメイヴにはわからない。しかし、少なくともそう考えるのが最も自分を納得させることができることだった。
『なるほど、私も少し自分勝手が過ぎていたようです。残される立場というのはけっこう効きますね…』
「メイヴに続いてゲンダーまでも…。彼にはセイヴのようなバックアップも残っていないだろうし……ああ、なんてことだ。僕がもっと早くこれよりもいい方法を思い付いていれば、もっといい結末を得られたかもしれないのに!」
『顔を上げてください、ガイスト。もう過ぎてしまったことです。過去に戻って選択肢を選び直すということは、残念ながら私たちにはできません。ですが希望を持つことはできます』
「希望だって! ゲンダーはもういないのに!」
両手に持ったゲンダーの残骸を見つめる。不意にゲンダーとの思い出が次々と思い出されて目頭が熱くなった。
『おやおや。いつゲンダーが死んだなんて言ったんですか』
「えっ……?」
『見つかったのはゲンダーの腕のパーツだけです。ゲンダーの残骸が見つかったわけじゃありませんよ』
そこに人間の腕が落ちていたのなら、その腕の持ち主は決して無事であるとは言えないだろう。もし生きていたとしても、それはかなりの深手を負ったと言える。
人間は修理することができない。千切れた腕をくっつけて完全に元通りにすることは今の技術では不可能だ。
だがゲンダーは機械だ。機械は分解されても正しく組み直せばまた元通りに動けるようになる。何かの弾みで腕が外れてしまっても決して深刻な問題ではなく、それによって苦痛がもたらされるなどということもない。誰かが修理してくれさえすればそれで助かるのだ。
『私たちは機械。だがあなたは機械ではない。これはそういうことなんですよ』
「そうか。僕たちに未来を託したというのはそういうことだったのか…」
『ゲンダーの本体は、精神波動砲の衝撃でどこかに吹き飛ばされただけなのかもしれません。そしてゲンダーの意思が精神波動砲の影響を受けたかどうかも、現時点では判断することができません。判断できないということは、無事である可能性がゼロではないということです』
「だからまだゲンダーは生きているかもしれない、と」
『そうです。まだ確定していない未来は、希望を捨てて諦めない限り、可能性の範囲内において十分に挽回可能なんです。選択肢を選ぶ機会は人生でたったの一度きり、なんてことは絶対にありませんからね』
たとえ万にひとつでも、億にひとつだろうと、可能性があるなら勝算はある。
0%でないのであれば、たとえどんなに可能性が低くても信じる価値がある。
これは前の戦いのときにメイヴが言ったことばだ。
ゲンダーが犠牲になったなんてまだ決まったことじゃない。本体は無事の可能性がまだある。
それにあのゲンダーのことだ。今回フィーティンの荒野でばったり再会したように、またどこかでひょっこり元気な姿で出くわすかもしれない。
『そういうことです。また信じて待ちましょうよ、ゲンダーが無事帰ってくることを。ガイスト、ゲンダーを信じてあげてくれますね?』
そうだ。ゲンダーは僕たちを信じて未来を託してくれたのだ。だったら僕はそれに応えなければならない。
それに、ここにゲンダーの腕が落ちているということは、当のゲンダーは片腕がなくてさぞ困っていることだろう。だったら早くゲンダーを見つけて、僕が腕を修理してやらなくちゃ。そういえばメイヴの身体を直してやるのだってまだだった。
諦めてるような暇なんかない。僕にはまだやらなくちゃならないことがあるじゃないか。二人とも僕が必ず直してやるんだ。
だからメイヴの問いに対する答えはもう決まっていた。
「もちろんだ、メイヴ」
鮫から発射された精神波動砲は極めて強烈な閃光を放ち、大精神体をゲンダー諸とも吹き飛ばした。これにより大精神体は消滅。すべての根源だった精神体は消え去り、今回の事件を引き起こした精神体の暴走はようやく静かに幕を下ろすことになったのだった。
『無茶しやがって……(´;ω;`)ゝ』
ガイストの隣にはメイヴの遠隔モニタが表示されている。
しかしガイストの関心はそちらではなく足下に向いていた。
目の前に転がっているのは小さな鉄のサボテン。少し前まではゲンダーの腕だったものだ。
それを拾い上げてガイストが語りかけるように呟いた。
「君は本当にこれでよかったのか…。僕たちの選択は間違っていたんじゃないのか」
『ゲンダーは後悔していないと思います。ゲンダーは自分を危険にさらしてでも、あなたたちを救いたかったということなのでしょう』
「それが理解できないんだ。機械だったけどゲンダーは僕たちのように感情を持っているものだとずっと思っていたのに…」
『ええ、その解釈は間違っていないと思いますよ。だからこそ、ゲンダーはこの結末を選んだのでしょうね』
「だからどうして!」
『きっとゲンダーは未来を託したんですよ。あなたに、そして人間たちに』
「未来を託して……」
――オレたち機械は壊れてもガイストが修理してくれればまた動けるようになる。でもガイストたちはそうはいかないんだろう。だから守るんダ。オレたちが!
メイヴはそういう意味でゲンダーの決意を受け取った。
本当にゲンダーがそう思ってこの結末を選んだのかはメイヴにはわからない。しかし、少なくともそう考えるのが最も自分を納得させることができることだった。
『なるほど、私も少し自分勝手が過ぎていたようです。残される立場というのはけっこう効きますね…』
「メイヴに続いてゲンダーまでも…。彼にはセイヴのようなバックアップも残っていないだろうし……ああ、なんてことだ。僕がもっと早くこれよりもいい方法を思い付いていれば、もっといい結末を得られたかもしれないのに!」
『顔を上げてください、ガイスト。もう過ぎてしまったことです。過去に戻って選択肢を選び直すということは、残念ながら私たちにはできません。ですが希望を持つことはできます』
「希望だって! ゲンダーはもういないのに!」
両手に持ったゲンダーの残骸を見つめる。不意にゲンダーとの思い出が次々と思い出されて目頭が熱くなった。
『おやおや。いつゲンダーが死んだなんて言ったんですか』
「えっ……?」
『見つかったのはゲンダーの腕のパーツだけです。ゲンダーの残骸が見つかったわけじゃありませんよ』
そこに人間の腕が落ちていたのなら、その腕の持ち主は決して無事であるとは言えないだろう。もし生きていたとしても、それはかなりの深手を負ったと言える。
人間は修理することができない。千切れた腕をくっつけて完全に元通りにすることは今の技術では不可能だ。
だがゲンダーは機械だ。機械は分解されても正しく組み直せばまた元通りに動けるようになる。何かの弾みで腕が外れてしまっても決して深刻な問題ではなく、それによって苦痛がもたらされるなどということもない。誰かが修理してくれさえすればそれで助かるのだ。
『私たちは機械。だがあなたは機械ではない。これはそういうことなんですよ』
「そうか。僕たちに未来を託したというのはそういうことだったのか…」
『ゲンダーの本体は、精神波動砲の衝撃でどこかに吹き飛ばされただけなのかもしれません。そしてゲンダーの意思が精神波動砲の影響を受けたかどうかも、現時点では判断することができません。判断できないということは、無事である可能性がゼロではないということです』
「だからまだゲンダーは生きているかもしれない、と」
『そうです。まだ確定していない未来は、希望を捨てて諦めない限り、可能性の範囲内において十分に挽回可能なんです。選択肢を選ぶ機会は人生でたったの一度きり、なんてことは絶対にありませんからね』
たとえ万にひとつでも、億にひとつだろうと、可能性があるなら勝算はある。
0%でないのであれば、たとえどんなに可能性が低くても信じる価値がある。
これは前の戦いのときにメイヴが言ったことばだ。
ゲンダーが犠牲になったなんてまだ決まったことじゃない。本体は無事の可能性がまだある。
それにあのゲンダーのことだ。今回フィーティンの荒野でばったり再会したように、またどこかでひょっこり元気な姿で出くわすかもしれない。
『そういうことです。また信じて待ちましょうよ、ゲンダーが無事帰ってくることを。ガイスト、ゲンダーを信じてあげてくれますね?』
そうだ。ゲンダーは僕たちを信じて未来を託してくれたのだ。だったら僕はそれに応えなければならない。
それに、ここにゲンダーの腕が落ちているということは、当のゲンダーは片腕がなくてさぞ困っていることだろう。だったら早くゲンダーを見つけて、僕が腕を修理してやらなくちゃ。そういえばメイヴの身体を直してやるのだってまだだった。
諦めてるような暇なんかない。僕にはまだやらなくちゃならないことがあるじゃないか。二人とも僕が必ず直してやるんだ。
だからメイヴの問いに対する答えはもう決まっていた。
「もちろんだ、メイヴ」
あのゲンダーのことです。いつか必ず無事で帰ってくるに違いありません。
ですから是非ともあなたも信じてあげてください。ゲンダーの無事を、ね。
ですから是非ともあなたも信じてあげてください。ゲンダーの無事を、ね。