「攻撃するんだ! このままでは味方に無駄な被害を出してしまうぞ! これは仕方ない犠牲なんだ!」
ヘルツはそう言うが、僕にはできなかった。ゲンダー諸とも大精神体を精神波動砲で吹き飛ばすなんて。
たしかに精神波動砲は大精神体を吹き飛ばすことはできるだろう。強力すぎるその波動は生きた人間の精神をも破壊してしまうため、フィーティン軍の兵士たちには後退してもらってある。
精神の破壊とはすなわち死を意味する。機械のゲンダーならば精神波動砲を受けても死んでしまうことはないだろう。
しかしゲンダーはただの機械ではない。機械でありながら自らの意思を持つ特殊な存在だ。もしかすると、精神波動砲はゲンダーの意思までをも吹き飛ばしてしまうかもしれない。
機械のゲンダーはたしかに死なない。身体は壊れてもまた修理してやることができる。
しかしゲンダーが意思を持つに至ったメカニズムはガイストにはわからなかった。ゲンダーを生み出したヘイヴ博士にしかそれはわからない。だがヘイヴはここにはいない。
意思の喪失はすなわちゲンダーの死を意味するのではないか。
ただ使用者の命令に忠実に動くゲンダーなんて、ゲンダーに似た機械ではあってもそんなのゲンダーじゃない。
ときに愚痴はこぼすけど、喧嘩もするけれど、でもそれでこそゲンダーなのだ。そんなゲンダーを僕は失いたくはない。
――失いたくないのに!
「もうどうすることもできないのか…。すまない、ゲンダー。僕らが無力なせいで…!」
『あまり自分を責めないでください。きっとゲンダーだってわかってくれますよ。それに精神波動砲がゲンダーに悪影響を及ぼす可能性はあっても、必ずそうだと決まったわけじゃありませんから…』
ヘルツはそう言うが、僕にはできなかった。ゲンダー諸とも大精神体を精神波動砲で吹き飛ばすなんて。
たしかに精神波動砲は大精神体を吹き飛ばすことはできるだろう。強力すぎるその波動は生きた人間の精神をも破壊してしまうため、フィーティン軍の兵士たちには後退してもらってある。
精神の破壊とはすなわち死を意味する。機械のゲンダーならば精神波動砲を受けても死んでしまうことはないだろう。
しかしゲンダーはただの機械ではない。機械でありながら自らの意思を持つ特殊な存在だ。もしかすると、精神波動砲はゲンダーの意思までをも吹き飛ばしてしまうかもしれない。
機械のゲンダーはたしかに死なない。身体は壊れてもまた修理してやることができる。
しかしゲンダーが意思を持つに至ったメカニズムはガイストにはわからなかった。ゲンダーを生み出したヘイヴ博士にしかそれはわからない。だがヘイヴはここにはいない。
意思の喪失はすなわちゲンダーの死を意味するのではないか。
ただ使用者の命令に忠実に動くゲンダーなんて、ゲンダーに似た機械ではあってもそんなのゲンダーじゃない。
ときに愚痴はこぼすけど、喧嘩もするけれど、でもそれでこそゲンダーなのだ。そんなゲンダーを僕は失いたくはない。
――失いたくないのに!
「もうどうすることもできないのか…。すまない、ゲンダー。僕らが無力なせいで…!」
『あまり自分を責めないでください。きっとゲンダーだってわかってくれますよ。それに精神波動砲がゲンダーに悪影響を及ぼす可能性はあっても、必ずそうだと決まったわけじゃありませんから…』
第十章C(グメーシス編)「贖罪の魂は天へと昇る」
やむをえなかった。ゲンダー一人のために多くを犠牲にしてしまうわけにはいかない。涙を飲んで戦おう。せめて精神波動砲がゲンダーの心を破壊してしまわないことを信じて――それが彼らの選んだ答えだった。
フィーティン軍の指揮官は無駄な被害を出すまいとゲンダー諸とも敵を倒すべきだと言った。被害を最小に抑えるためには時として指揮官は辛い決断をせねばならないときもある。悲しいけどこれが戦争だ。
メイヴは黙って精神波動砲の準備を進める。させまいと精神体に支配されたゲンダーが攻撃を開始したが、一時は後退したフィーティン軍が残る力を振り絞って、波動砲準備完了までの時間を稼いでくれている。
そして今、ターゲットスコープオープン。ゲンダーに照準が定められた。
フィーティン軍の指揮官は無駄な被害を出すまいとゲンダー諸とも敵を倒すべきだと言った。被害を最小に抑えるためには時として指揮官は辛い決断をせねばならないときもある。悲しいけどこれが戦争だ。
メイヴは黙って精神波動砲の準備を進める。させまいと精神体に支配されたゲンダーが攻撃を開始したが、一時は後退したフィーティン軍が残る力を振り絞って、波動砲準備完了までの時間を稼いでくれている。
そして今、ターゲットスコープオープン。ゲンダーに照準が定められた。
「我こそ……絶対……」
操られたゲンダーは上空には瓦礫の弾丸、地上には汁千本で攻撃を仕掛けてくる。
狙われている気配を察知したのか、ゲンダーは止まることなく戦場を駆けまわる。
『しかし逃げても無駄です。鮫は一度ロックオンした標的は決して逃がしませんよ』
瓦礫とゲンダーの両方に精神体が憑依しているためなのか、ゲンダーはあまり礫塊からは離れられないようだった。
メイヴを援護するため、ゲンダーに向かってフィーティン軍からの銃弾や戦車砲がばら撒かれる。しかし、ゲンダーは身軽にそれをすべてかわしてみせるとすかさず汁千本で反撃した。
「気をつけろ! 溶かされるぞ!」
「なに、この程度。この戦車の厚い装甲の前では大したものではない。突撃だ!」
汁千本は戦車の表面にわずかばかりの傷をつけるだけだった。
するとこの攻撃は有効ではないと判断したのだろう。こんどはゲンダーは力を溜め始めた。
「撃てェ!」
戦車から炸裂弾が撃ち放たれる。しかしゲンダーはそれを避けることなく、ためらうことなく汁一本を放った。
汁一本の強力な一撃は弾丸を貫き空中で爆発させた。爆煙が広がりフィーティン軍から視界を奪う。
「小癪な…。機銃斉射だ。撃ち方用意!」
「ぶ、部隊長! 様子がおかしいです!」
「なに? 一体どうし……ぐああっ!?」
続いて戦車が爆発した。放たれた汁一本が戦車内に備えられていた装填用の弾丸を装甲諸とも貫き破裂させたのだ。
ゲンダーは汁一本をこれでもかと乱射し、次々とフィーティンの戦車を潰していく。
『ああ、ああ、なんということでしょう。あんなに続けざまに撃ってはゲンダーの身体に負担が…。これではかわいそうです。早くなんとかしなければ…』
「せめて一時でも早く楽にしてやるのが僕たちにできる唯一の気遣いなのか…。くそっ、仕方ない。これは仕方ないんだッ…! メイヴ、精神波動砲発射――」
『待ってください! 何かがこちらに近づいてきます』
蒼黒い雲に覆われる空にひとつの銀色の光を見つけた。その光はゆっくりと、しかししっかりとある一点を目指して進む。フィーティン軍もこれを見つけたようで、すぐに警戒するように知らせた。
「あれは……精神兵器G-メイシスだ! 絶対に触れるな、溶かされてしまうぞ!」
「やられる前にやれ。音響弾装填だ!」
「いや待て、様子がおかしい…?」
ゲンダーに近づいたグメーシスは親しそうにその周りを飛び回っている。
それを振り払うようにゲンダーが腕を振り回しても汁一本を放っても、決してそのグメーシスはゲンダーから離れようとはしない。どうして攻撃するの、と首を傾げるだけだ。
「もしかしてあれは僕たちと共に旅をしていた、あのグメーシスじゃないか!?」
『ああ、そうです! あのグメーシスです! ややこしいのでとりあえずグメーと呼びましょう。なんだ、グメーシス回があったからもうないのかと思ってましたが、ちゃんと出番があったんですね』
そう、それは先の戦争でともに戦った仲間のグメーシスだったのだ。
「グメェェエエェ」
グメーはゲンダーの頭上をぐるぐると飛んで回り、吸い込まれるようにして消えた。
操られたゲンダーは上空には瓦礫の弾丸、地上には汁千本で攻撃を仕掛けてくる。
狙われている気配を察知したのか、ゲンダーは止まることなく戦場を駆けまわる。
『しかし逃げても無駄です。鮫は一度ロックオンした標的は決して逃がしませんよ』
瓦礫とゲンダーの両方に精神体が憑依しているためなのか、ゲンダーはあまり礫塊からは離れられないようだった。
メイヴを援護するため、ゲンダーに向かってフィーティン軍からの銃弾や戦車砲がばら撒かれる。しかし、ゲンダーは身軽にそれをすべてかわしてみせるとすかさず汁千本で反撃した。
「気をつけろ! 溶かされるぞ!」
「なに、この程度。この戦車の厚い装甲の前では大したものではない。突撃だ!」
汁千本は戦車の表面にわずかばかりの傷をつけるだけだった。
するとこの攻撃は有効ではないと判断したのだろう。こんどはゲンダーは力を溜め始めた。
「撃てェ!」
戦車から炸裂弾が撃ち放たれる。しかしゲンダーはそれを避けることなく、ためらうことなく汁一本を放った。
汁一本の強力な一撃は弾丸を貫き空中で爆発させた。爆煙が広がりフィーティン軍から視界を奪う。
「小癪な…。機銃斉射だ。撃ち方用意!」
「ぶ、部隊長! 様子がおかしいです!」
「なに? 一体どうし……ぐああっ!?」
続いて戦車が爆発した。放たれた汁一本が戦車内に備えられていた装填用の弾丸を装甲諸とも貫き破裂させたのだ。
ゲンダーは汁一本をこれでもかと乱射し、次々とフィーティンの戦車を潰していく。
『ああ、ああ、なんということでしょう。あんなに続けざまに撃ってはゲンダーの身体に負担が…。これではかわいそうです。早くなんとかしなければ…』
「せめて一時でも早く楽にしてやるのが僕たちにできる唯一の気遣いなのか…。くそっ、仕方ない。これは仕方ないんだッ…! メイヴ、精神波動砲発射――」
『待ってください! 何かがこちらに近づいてきます』
蒼黒い雲に覆われる空にひとつの銀色の光を見つけた。その光はゆっくりと、しかししっかりとある一点を目指して進む。フィーティン軍もこれを見つけたようで、すぐに警戒するように知らせた。
「あれは……精神兵器G-メイシスだ! 絶対に触れるな、溶かされてしまうぞ!」
「やられる前にやれ。音響弾装填だ!」
「いや待て、様子がおかしい…?」
ゲンダーに近づいたグメーシスは親しそうにその周りを飛び回っている。
それを振り払うようにゲンダーが腕を振り回しても汁一本を放っても、決してそのグメーシスはゲンダーから離れようとはしない。どうして攻撃するの、と首を傾げるだけだ。
「もしかしてあれは僕たちと共に旅をしていた、あのグメーシスじゃないか!?」
『ああ、そうです! あのグメーシスです! ややこしいのでとりあえずグメーと呼びましょう。なんだ、グメーシス回があったからもうないのかと思ってましたが、ちゃんと出番があったんですね』
そう、それは先の戦争でともに戦った仲間のグメーシスだったのだ。
「グメェェエエェ」
グメーはゲンダーの頭上をぐるぐると飛んで回り、吸い込まれるようにして消えた。
一方その頃、ゲンダーは見知らぬ空間で一人戦っていた。
そこは木も建物もなく地面に起伏すらない、何もないどこまでも続いているかのように見える黒一色の平面だ。無限に広がっているかのような空間でありながら、一面の黒に覆われた世界はその広さにもかかわらず閉塞感を感じさせる。
ゲンダーはここを知っていた。なぜなら以前にもここと似たような空間に来たことがあったからだ。
ここは精神世界。前ヴェルスタンドの大統領が創り出した現実には存在しない空間、精神のみが存在することを許される世界。
ここでは物理的な法則は通じない。想いの強さという概念こそがこの空間を支配しているのだ。この空間で思ったことはすべて実現する。二つの意思がぶつかり合った場合は、想いの強いほうが現実となる。そんな世界だ。
前大統領はもういない。だが再びゲンダーの目の前にこの空間が現れた。その意味するところはすぐに敵意という形でゲンダーの前に立ち塞がった。
「出たな、大統領の亡霊め…。そういやガイストが言ってたな。大精神体は大統領の意思を吸収してでかくなった化け物ダと」
立ちはだかるのは人の形をした蒼い光。それは紛れもなく、かつてゲンダーの戦った前ヴェルスタンド大統領の姿だった。
蒼い光は何も喋らない。なぜならそれはかつての大統領ではない。ただの残留思念だからだ。
残留思念は自由な意思を持たない。意思の持ち主が死んだ時点でその意思が固定されてしまうのだ。
亡霊はゲンダーの姿を確認するなり、何も言わずにただ明確な敵意のみをもって襲いかかって来た。かつての精神世界での大統領との戦いのように。
こいつを倒せば精神体の化け物を倒せるかもしれない。そう信じてゲンダーは一人、大統領の亡霊との死闘を繰り広げていた。
だがゲンダーは苦戦を強いられていた。なぜなら敵は残留思念。固定されたその意思は絶対にぶれることはない。決して揺るがない。想いの強さが力の強さに比例するこの精神世界においてそれは絶対の強さを発揮するものなのだ。
『我コソ至高、我コソ絶対』
残留思念は永久に変わることのない絶対の意思でその目的をただ淡々と遂行しようとするだけの存在に過ぎない。それゆえにそれが揺らぐ余地など微塵も存在しない。ゆえに絶対、ゆえに倒れない。それにより生み出される完全防御はまさに無敵。無敵の亡霊は絶対に倒せない。
「こいつ不死身なのか!?」
亡霊には汁千本も汁一本も、ゲンダー最強の技である極限一極でさえも通用しない。あらゆる攻撃を駆使しても亡霊には傷一つ付けられなかった。
そしてとうとうゲンダーの表情にも疲れの色が見え始める。機械に肉体的な疲労はなくても、意思を持つゲンダーは精神的な疲労を感じてしまうのだ。そしてそれがこの空間では直接的に己の力へと反映されてしまう。
疲弊はゲンダーの力を削ぎ落とし、とうとう腕からは汁千本の一滴さえも発射されなくなってしまった。液が枯渇したのではない。気力が枯渇してしまったのだ。
「くそっ……だめダ。もう力が入らない…。オレはここまでなのか…」
意識が薄れる。目が霞む。
心が、意思が、全てがこの空間と同じ黒に塗り潰されようとしている。闇は全てを呑み込み逃がさない。
上も下も右も左も、どこを見ても黒しかない。もう何も考えられない。意識の中も黒一色。全てが塗り潰されてその存在がまさに消滅してしまいそうなそのときだった。
視界の端にゲンダーはきらりと輝く小さな光を見つけた。それは小さく儚い、しかししっかりとした光だった。
なぜだろう、その光を見ているとどこか安心した気分になる。そんな光だ。
(もしかしてオレはあの光を知っている……? あれは――)
たしか以前にもこんなことがあった。
いつだっただろうか、心の奥底の不安や恐怖感を煽るような幻覚を見せられたあのときも……
「グメメェェェエエエエエッ!!」
聞き覚えのある懐かしい鳴き声。銀色の光は闇を照らしながら空間を飛びまわる。光が飛びまわった後からは次々に粉が生成され、空間の裂け目がどんどん広がっていく。そしてついに崩壊してガラスのように崩れ落ちた。
「グメーシス!?」
思わずその銀色の光に手を伸ばしていた。
気がつくともうどこにも黒い闇も大統領の亡霊もいなかった。
『ゲンダー! 正気に戻ったのですね!』
目の前にはメイヴの遠隔モニタが浮かんでいた。その隣では嬉しそうに見覚えのあるグメーシスが飛び回っている。
「グメーシス、おまえが助けてくれたのか」
「グメっ、グメェ~!」
「オレも仲間ダ、って? そうダな。おまえにはまた助けられちまったな。ありがとうダ、グメーシス!」
「グメメメェーっ」
喜ぶゲンダーとグメー。しかしその間に遠隔モニタが割って入る。
『お二人とも、感動の再会に水を差すようで悪いのですが……ゲンダー、うしろうしろーっ!!』
「……はっ!?」
振り返ると背後には蒼黒いオーラが大蛇のように鎌首をもたげて今にもゲンダーを呑み込もうとしているではないか。
この距離からではインパルス砲を撃っても間に合わない。飛行艇内からではガイストもどうすることもできない。
『あいつめ、再びゲンダーを支配しようという魂胆ですか!』
「ゲンダー、急げ! すぐにそこを離れるんだ!」
「なんてこった、せっかく抜け出せたのに! バンジー急須ダぁぁああぁ……」
グメーの活躍も虚しく再びゲンダーは精神体に呑み込まれてしまった。そして再び、壊れたテープレコーダーが如く「我こそ絶対我こそ至高」などとうわ言のように呟き始めた。
『くそっ、もう操られてしまうとはなんて単純なやつ。あなたが馬鹿ですか! っていうかちょっと面白…』
「言ってる場合か!」
さらに精神体は瓦礫を寄せ集めてゲンダーを内側に隠してしまった。ゲンダーを捕らえている限り敵は自分に手を出すことができないと判断したのだろうか。自由意思を持たないはずの精神体が学習するとは信じられないことだったが、もしかすると多数の精神体が集まることでそこに知能が誕生したのかもしれない。これがHiveMind(集合意識)の恐ろしさだというのか。なんて落ち着いて分析している場合でもない。
「あれではさっきみたいにグメーが精神世界に侵入してゲンダーを助けることも難しいぞ」
『ですね。ただの瓦礫なら屁でもありませんが、あれは精神体が憑依した瓦礫。同じ精神体から生まれた精神兵器であるグメーは、下手に接触しようものなら吸収されてしまいかねません。こいつはやべぇです。はてさて、グメーのやつこんどはどうするつもりでしょうねぇ』
「……何か楽しんでないか、メイヴ」
観客気分のメイヴはさておき、グメーはなんとかしてゲンダーの精神世界に入ろうと苦戦していた。だがそれを許すような大精神体ではない。ゲンダーと違って実体を持たないグメーは精神体に吸収されればその時点で即座に消滅してしまうのだ。迂闊に手を出すことができない。
「グメェェエエエエーッ!」
そこでグメーは空に向かって大きく咆えた。
するとどうだろう。雲の切れ目から無数の銀の粒が迫ってくるではないか。それはグメーグメーと鳴き声を上げてグメーに応える。駆けつけたのは数多くの罪の刻印を持つグメーシスたち。グメーは仲間を呼んだのだ。
「グー、グっ。グメメェー!」
グメーが何かを訴えてかけている。どうやら呼び出したグメーシスたちに助けを要請しているようだが、グメーシスたちはまるで言うことを聞かず、それぞれがそれぞれの思うがままに四方に散り始めてしまった。
そしてフィーティンの戦車隊がグメーシスに襲われて「主砲がやられた、退却ー!」
さらにそこに天の刻印のグメーシスが現れると、大精神体から小さな精神体が分離して天のグメーシスに憑依した。
「グメ……っ!? グ、ググ、グググ……グッメメェェエエエェェーっ!!」
天のグメーシス鶴の一声。グメーに呼び出されたグメーシスたちが一丸となってガイストたちに襲いかかる。
『なんてこった! まるで役立たずです。だめだこいつら、早くなんとかしないと』
「これはまずい…。インパルス砲で一掃するか!?」
『私は別に構いませんが、それだとグメーも一緒に葬ってしまいますよ?』
「くそっ、これが本当のバンジー急須か!」
そんな役立たずの二人はよそに、グメーは果敢にも天のグメーシスに戦いを挑んでいた。
「グメっ! グメィェ!!」
「グメメ! グメギギギ!」
もうどちらがどちらで一体何を言っているのやらさっぱりわからないが、敵は天の刻印を持つグメーシスに対して、こちらグメーは罪の刻印を持つただのグメーシス一兵卒に過ぎない。
天のグメーシスは罪のグメーシスたちをけしかけてグメーを襲う。グメーシスに触れられたものはそれがなんであれ塩と化してしまう。だがグメーシスだけは例外だ。グメーシスは同胞だけはどうやっても塩に変えることはできない。
グメーに罪のグメーシスたちが次々と突撃。ぶつかって互いに弾かれ合う。
罪のグメーシスは連射される機関銃の弾のように休みなくグメーを襲う。弾き押されたグメーは徐々に後退し、その背後には大精神体が迫っている。
『そうか、やつらめ。見た目によらずなかなか頭を使いますね』
「グメーを吸収させるつもりか!」
グメーシスは精神体から生み出された精神兵器。すなわち精神体もまたグメーシスの同胞、塩化することはあり得ない。グメーシス一匹に対して大精神体は膨大な精神の塊。そんなものにぶつけられては、グメーはあっという間に吸収されてしまうだろう。このままではグメーが消滅してしまう。
なんとか手助けしたいが、インパルス砲や精神波動砲はグメーをも苦しめてしまう。また機銃のような物理的な攻撃はグメーシスには通用しない。ガイストたちには何も打つ手がなかった。
できることはただグメーを信じて見守るのみ。グメーを信じて祈ることだけ。
そうしている間にもグメーは押され、とうとうその姿が大精神体の陰に隠れた。
(グ、グメー――!!)
すると突然、大精神体が苦しむようにうねり始めたではないか。
『なんと! この反応は一体…』
暴れる蒼黒いオーラを身軽にかわしながら一匹の精神兵器が宙を舞う。それはメイヴたちのほうを振り向くと気丈そうに笑って見せた。
「グメーだ! 無事だったのか!」
グメーはただ敵に押されていたのではない。背後に精神体が迫っていることも、それに触れれば消滅してしまうこともよくわかっていた。そこで精神体に呑み込まれるかというその瞬間に突撃してくるグメーシスたちを避けることで、罪のグメーシスたちを精神体にぶつけて消滅させたのだった。
では、なぜ精神体が苦しみ始めたのか。それはぶつかったのがレティスやブロウティスのようなただの精神兵器ではなく、特別な精神兵器G-メイシスだったからだ。
レティスやブロウティスは明確な自己の意識というものを持たない。この兵器は本能的に、あるいは反射的に近寄る対象を攻撃しようとする性質を持つ。それゆえに使用者はこの兵器を容易にコントロールすることが可能だ。
一方でメイシスはそれぞれが自由な意思を持って行動している精神兵器……いや、もはやグメーシスというひとつの個体である。新たな精神兵器として生み出されたこの存在はコントロールが困難であるからゆえに封印されてしまった過去を持つ。
天のグメーシスの指令によりある程度のコントロールは可能だが、それでも完全に使用者の思い通りに操ることはできない特殊な存在、それがグメーシスだ。なぜなら天のグメーシスもまた自身の意思に基づいて行動するためである。
強すぎる自我を持つグメーシスは大精神体の残留思念に反発し従うことを拒んだ。それゆえにレティスやブロウティスのように大精神体の命令で人々を襲うことはなかった。
港街ゲズィヒトでガイストたちが遭遇したグメーシスたちは言うなれば野生化したグメーシスたち。もはや人の姿がなくなってしまった港街に精神兵器を配置するメリットは大精神体にとって何もない。あれはただ本能的に自分たちの縄張りを守るために襲いかかって来たにすぎなかったのだろう。
グメーシスとは大精神体の支配下にはない精神兵器だ。だからこそ大精神体はわざわざ分離した精神体を憑依させなければ天のグメーシスを操ることができなかったのだ。
そんな自我の強いグメーシスが精神体にぶつかることで、そこでは意思の反発が起こる。それは精神世界での戦いと同じ、意思が強いほうが勝るというルールが適用される。その意思のぶつかり合いが大精神体に苦痛を与えたのだ。
苦しむ大精神体は蒼黒い光を撒き散らしながら暴れている。その光がグメーシスたちに降り注ぎ、それを受けた個体は意思の反発により火花を散らして互いに相殺し合い、光とともに消滅してしまった。
蒼黒い光は天のグメーシスにも襲いかかる。天のグメーシスは消滅こそ免れたが、相殺によって幾分が力を消費してしまったのか、目に見えて衰弱しているのがわかった。
グメーはその好機を逃さない。今だ、と言わんばかりに突撃。先ほどのグメーシスたちとのぶつかり合いのように互いに弾かれ合うかと思われたが、押し勝ったのはグメーだった。
敗れた天のグメーシスは銀色の光となってグメーに吸収されてしまった。
「あれは……!?」
『なるほど。ここでも「意思の強きが勝る」というルールが適用されるわけですか。おそらくグメーと罪のグメーシスたちが弾かれ合っていたのは、互いの持つ精神力が均等だったため。衰弱した天のグメーシスはグメーより精神力が劣るので、より大きな精神力を持つグメーに吸収されてしまったというわけでしょうね』
天のグメーシスを吸収したグメーの身体には異変が起こり始めた。
「グメメメメェェエエエェェェェエエエェーっ!!」
グメーが黄金色に輝く。
身体がひと回り大きくなり、腹部の刻印には変化が表れる。
クラスチェンジ! グメーの刻印が罪から天に変わった。
「グメメェー!!」
空に向かってグメーが咆哮。
すると散っていた罪のグメーシスたちが集まり、グメーに従う様子を見せ始めた。
「グメェェエエエエーッ!!」
「グメっ!」
「グメメーっ!」
グメーの号令にグメーシスたちが敬礼、一斉に突撃を開始した。
罪のグメーシスたちが大精神体にぶつかり意思の反発による火花を散らす。
意思の強きが勝る――グメーシスたちは相殺によって敵の力を徐々に奪っていく。そして膨張、次いで破裂。数多くのグメーシスが果敢にも挑み、そして散っていった。大精神体は見る見るうちに小さくなり、その蒼黒いオーラも弱々しいものへと変わっていった。
音を立てて礫塊が崩れ落ちる。囚われていたゲンダーが今度こそ自分を取り戻す。
目の前に立つのは人の形、人の大きさの蒼黒い光だけになった。
「あれは……オレが精神世界で見た大統領の亡霊ダ!」
残るはかつての大統領の残留思念のみ。そして天の刻印を得たかつての仲間グメーだけだ。
グメーはゲンダーを、続けて上空のメイヴやガイストのほうをじっと見つめた。そして再びゲンダーに視線を戻す。何かを堪えるようにゲンダーを見つめ続ける。
「グメー……おまえは……」
しかしグメーは覚悟を決めた。最後に仲間に向かって「グメー!」と一声鳴くと、一直線に大統領の亡霊へと向かっていった。
亡霊は最期の足掻きを見せる。だがグメーは止まらない。止められない!
『ワ……我コソハ絶対ダ…! 許サン、許サンゾコンナ結末ハァァアアアア!!』
「グメェェエエエェェェェエエエェーッッッ!!」
白き一閃が亡霊を貫いた。
銀の閃光が走り、銀の風が舞う。
それは黒き暗雲を吹き飛ばし、蒼き精神体の脅威を消し去った。
大精神体は消滅した。もう二度と精神兵器や精神体の暴走を見ることはないだろう。
そしてグメーシスも。
「グメー…。あいつはオレたちを救ってくれたんダな」
『まさか自分の生み出した兵器にやられるなんて、あの大統領も思ってはいなかったでしょうね。皮肉なもんです』
「ありがとう、グメーシス――」
グメーは消滅した。仲間たちの無事と引き換えに。
そこは木も建物もなく地面に起伏すらない、何もないどこまでも続いているかのように見える黒一色の平面だ。無限に広がっているかのような空間でありながら、一面の黒に覆われた世界はその広さにもかかわらず閉塞感を感じさせる。
ゲンダーはここを知っていた。なぜなら以前にもここと似たような空間に来たことがあったからだ。
ここは精神世界。前ヴェルスタンドの大統領が創り出した現実には存在しない空間、精神のみが存在することを許される世界。
ここでは物理的な法則は通じない。想いの強さという概念こそがこの空間を支配しているのだ。この空間で思ったことはすべて実現する。二つの意思がぶつかり合った場合は、想いの強いほうが現実となる。そんな世界だ。
前大統領はもういない。だが再びゲンダーの目の前にこの空間が現れた。その意味するところはすぐに敵意という形でゲンダーの前に立ち塞がった。
「出たな、大統領の亡霊め…。そういやガイストが言ってたな。大精神体は大統領の意思を吸収してでかくなった化け物ダと」
立ちはだかるのは人の形をした蒼い光。それは紛れもなく、かつてゲンダーの戦った前ヴェルスタンド大統領の姿だった。
蒼い光は何も喋らない。なぜならそれはかつての大統領ではない。ただの残留思念だからだ。
残留思念は自由な意思を持たない。意思の持ち主が死んだ時点でその意思が固定されてしまうのだ。
亡霊はゲンダーの姿を確認するなり、何も言わずにただ明確な敵意のみをもって襲いかかって来た。かつての精神世界での大統領との戦いのように。
こいつを倒せば精神体の化け物を倒せるかもしれない。そう信じてゲンダーは一人、大統領の亡霊との死闘を繰り広げていた。
だがゲンダーは苦戦を強いられていた。なぜなら敵は残留思念。固定されたその意思は絶対にぶれることはない。決して揺るがない。想いの強さが力の強さに比例するこの精神世界においてそれは絶対の強さを発揮するものなのだ。
『我コソ至高、我コソ絶対』
残留思念は永久に変わることのない絶対の意思でその目的をただ淡々と遂行しようとするだけの存在に過ぎない。それゆえにそれが揺らぐ余地など微塵も存在しない。ゆえに絶対、ゆえに倒れない。それにより生み出される完全防御はまさに無敵。無敵の亡霊は絶対に倒せない。
「こいつ不死身なのか!?」
亡霊には汁千本も汁一本も、ゲンダー最強の技である極限一極でさえも通用しない。あらゆる攻撃を駆使しても亡霊には傷一つ付けられなかった。
そしてとうとうゲンダーの表情にも疲れの色が見え始める。機械に肉体的な疲労はなくても、意思を持つゲンダーは精神的な疲労を感じてしまうのだ。そしてそれがこの空間では直接的に己の力へと反映されてしまう。
疲弊はゲンダーの力を削ぎ落とし、とうとう腕からは汁千本の一滴さえも発射されなくなってしまった。液が枯渇したのではない。気力が枯渇してしまったのだ。
「くそっ……だめダ。もう力が入らない…。オレはここまでなのか…」
意識が薄れる。目が霞む。
心が、意思が、全てがこの空間と同じ黒に塗り潰されようとしている。闇は全てを呑み込み逃がさない。
上も下も右も左も、どこを見ても黒しかない。もう何も考えられない。意識の中も黒一色。全てが塗り潰されてその存在がまさに消滅してしまいそうなそのときだった。
視界の端にゲンダーはきらりと輝く小さな光を見つけた。それは小さく儚い、しかししっかりとした光だった。
なぜだろう、その光を見ているとどこか安心した気分になる。そんな光だ。
(もしかしてオレはあの光を知っている……? あれは――)
たしか以前にもこんなことがあった。
いつだっただろうか、心の奥底の不安や恐怖感を煽るような幻覚を見せられたあのときも……
「グメメェェェエエエエエッ!!」
聞き覚えのある懐かしい鳴き声。銀色の光は闇を照らしながら空間を飛びまわる。光が飛びまわった後からは次々に粉が生成され、空間の裂け目がどんどん広がっていく。そしてついに崩壊してガラスのように崩れ落ちた。
「グメーシス!?」
思わずその銀色の光に手を伸ばしていた。
気がつくともうどこにも黒い闇も大統領の亡霊もいなかった。
『ゲンダー! 正気に戻ったのですね!』
目の前にはメイヴの遠隔モニタが浮かんでいた。その隣では嬉しそうに見覚えのあるグメーシスが飛び回っている。
「グメーシス、おまえが助けてくれたのか」
「グメっ、グメェ~!」
「オレも仲間ダ、って? そうダな。おまえにはまた助けられちまったな。ありがとうダ、グメーシス!」
「グメメメェーっ」
喜ぶゲンダーとグメー。しかしその間に遠隔モニタが割って入る。
『お二人とも、感動の再会に水を差すようで悪いのですが……ゲンダー、うしろうしろーっ!!』
「……はっ!?」
振り返ると背後には蒼黒いオーラが大蛇のように鎌首をもたげて今にもゲンダーを呑み込もうとしているではないか。
この距離からではインパルス砲を撃っても間に合わない。飛行艇内からではガイストもどうすることもできない。
『あいつめ、再びゲンダーを支配しようという魂胆ですか!』
「ゲンダー、急げ! すぐにそこを離れるんだ!」
「なんてこった、せっかく抜け出せたのに! バンジー急須ダぁぁああぁ……」
グメーの活躍も虚しく再びゲンダーは精神体に呑み込まれてしまった。そして再び、壊れたテープレコーダーが如く「我こそ絶対我こそ至高」などとうわ言のように呟き始めた。
『くそっ、もう操られてしまうとはなんて単純なやつ。あなたが馬鹿ですか! っていうかちょっと面白…』
「言ってる場合か!」
さらに精神体は瓦礫を寄せ集めてゲンダーを内側に隠してしまった。ゲンダーを捕らえている限り敵は自分に手を出すことができないと判断したのだろうか。自由意思を持たないはずの精神体が学習するとは信じられないことだったが、もしかすると多数の精神体が集まることでそこに知能が誕生したのかもしれない。これがHiveMind(集合意識)の恐ろしさだというのか。なんて落ち着いて分析している場合でもない。
「あれではさっきみたいにグメーが精神世界に侵入してゲンダーを助けることも難しいぞ」
『ですね。ただの瓦礫なら屁でもありませんが、あれは精神体が憑依した瓦礫。同じ精神体から生まれた精神兵器であるグメーは、下手に接触しようものなら吸収されてしまいかねません。こいつはやべぇです。はてさて、グメーのやつこんどはどうするつもりでしょうねぇ』
「……何か楽しんでないか、メイヴ」
観客気分のメイヴはさておき、グメーはなんとかしてゲンダーの精神世界に入ろうと苦戦していた。だがそれを許すような大精神体ではない。ゲンダーと違って実体を持たないグメーは精神体に吸収されればその時点で即座に消滅してしまうのだ。迂闊に手を出すことができない。
「グメェェエエエエーッ!」
そこでグメーは空に向かって大きく咆えた。
するとどうだろう。雲の切れ目から無数の銀の粒が迫ってくるではないか。それはグメーグメーと鳴き声を上げてグメーに応える。駆けつけたのは数多くの罪の刻印を持つグメーシスたち。グメーは仲間を呼んだのだ。
「グー、グっ。グメメェー!」
グメーが何かを訴えてかけている。どうやら呼び出したグメーシスたちに助けを要請しているようだが、グメーシスたちはまるで言うことを聞かず、それぞれがそれぞれの思うがままに四方に散り始めてしまった。
そしてフィーティンの戦車隊がグメーシスに襲われて「主砲がやられた、退却ー!」
さらにそこに天の刻印のグメーシスが現れると、大精神体から小さな精神体が分離して天のグメーシスに憑依した。
「グメ……っ!? グ、ググ、グググ……グッメメェェエエエェェーっ!!」
天のグメーシス鶴の一声。グメーに呼び出されたグメーシスたちが一丸となってガイストたちに襲いかかる。
『なんてこった! まるで役立たずです。だめだこいつら、早くなんとかしないと』
「これはまずい…。インパルス砲で一掃するか!?」
『私は別に構いませんが、それだとグメーも一緒に葬ってしまいますよ?』
「くそっ、これが本当のバンジー急須か!」
そんな役立たずの二人はよそに、グメーは果敢にも天のグメーシスに戦いを挑んでいた。
「グメっ! グメィェ!!」
「グメメ! グメギギギ!」
もうどちらがどちらで一体何を言っているのやらさっぱりわからないが、敵は天の刻印を持つグメーシスに対して、こちらグメーは罪の刻印を持つただのグメーシス一兵卒に過ぎない。
天のグメーシスは罪のグメーシスたちをけしかけてグメーを襲う。グメーシスに触れられたものはそれがなんであれ塩と化してしまう。だがグメーシスだけは例外だ。グメーシスは同胞だけはどうやっても塩に変えることはできない。
グメーに罪のグメーシスたちが次々と突撃。ぶつかって互いに弾かれ合う。
罪のグメーシスは連射される機関銃の弾のように休みなくグメーを襲う。弾き押されたグメーは徐々に後退し、その背後には大精神体が迫っている。
『そうか、やつらめ。見た目によらずなかなか頭を使いますね』
「グメーを吸収させるつもりか!」
グメーシスは精神体から生み出された精神兵器。すなわち精神体もまたグメーシスの同胞、塩化することはあり得ない。グメーシス一匹に対して大精神体は膨大な精神の塊。そんなものにぶつけられては、グメーはあっという間に吸収されてしまうだろう。このままではグメーが消滅してしまう。
なんとか手助けしたいが、インパルス砲や精神波動砲はグメーをも苦しめてしまう。また機銃のような物理的な攻撃はグメーシスには通用しない。ガイストたちには何も打つ手がなかった。
できることはただグメーを信じて見守るのみ。グメーを信じて祈ることだけ。
そうしている間にもグメーは押され、とうとうその姿が大精神体の陰に隠れた。
(グ、グメー――!!)
すると突然、大精神体が苦しむようにうねり始めたではないか。
『なんと! この反応は一体…』
暴れる蒼黒いオーラを身軽にかわしながら一匹の精神兵器が宙を舞う。それはメイヴたちのほうを振り向くと気丈そうに笑って見せた。
「グメーだ! 無事だったのか!」
グメーはただ敵に押されていたのではない。背後に精神体が迫っていることも、それに触れれば消滅してしまうこともよくわかっていた。そこで精神体に呑み込まれるかというその瞬間に突撃してくるグメーシスたちを避けることで、罪のグメーシスたちを精神体にぶつけて消滅させたのだった。
では、なぜ精神体が苦しみ始めたのか。それはぶつかったのがレティスやブロウティスのようなただの精神兵器ではなく、特別な精神兵器G-メイシスだったからだ。
レティスやブロウティスは明確な自己の意識というものを持たない。この兵器は本能的に、あるいは反射的に近寄る対象を攻撃しようとする性質を持つ。それゆえに使用者はこの兵器を容易にコントロールすることが可能だ。
一方でメイシスはそれぞれが自由な意思を持って行動している精神兵器……いや、もはやグメーシスというひとつの個体である。新たな精神兵器として生み出されたこの存在はコントロールが困難であるからゆえに封印されてしまった過去を持つ。
天のグメーシスの指令によりある程度のコントロールは可能だが、それでも完全に使用者の思い通りに操ることはできない特殊な存在、それがグメーシスだ。なぜなら天のグメーシスもまた自身の意思に基づいて行動するためである。
強すぎる自我を持つグメーシスは大精神体の残留思念に反発し従うことを拒んだ。それゆえにレティスやブロウティスのように大精神体の命令で人々を襲うことはなかった。
港街ゲズィヒトでガイストたちが遭遇したグメーシスたちは言うなれば野生化したグメーシスたち。もはや人の姿がなくなってしまった港街に精神兵器を配置するメリットは大精神体にとって何もない。あれはただ本能的に自分たちの縄張りを守るために襲いかかって来たにすぎなかったのだろう。
グメーシスとは大精神体の支配下にはない精神兵器だ。だからこそ大精神体はわざわざ分離した精神体を憑依させなければ天のグメーシスを操ることができなかったのだ。
そんな自我の強いグメーシスが精神体にぶつかることで、そこでは意思の反発が起こる。それは精神世界での戦いと同じ、意思が強いほうが勝るというルールが適用される。その意思のぶつかり合いが大精神体に苦痛を与えたのだ。
苦しむ大精神体は蒼黒い光を撒き散らしながら暴れている。その光がグメーシスたちに降り注ぎ、それを受けた個体は意思の反発により火花を散らして互いに相殺し合い、光とともに消滅してしまった。
蒼黒い光は天のグメーシスにも襲いかかる。天のグメーシスは消滅こそ免れたが、相殺によって幾分が力を消費してしまったのか、目に見えて衰弱しているのがわかった。
グメーはその好機を逃さない。今だ、と言わんばかりに突撃。先ほどのグメーシスたちとのぶつかり合いのように互いに弾かれ合うかと思われたが、押し勝ったのはグメーだった。
敗れた天のグメーシスは銀色の光となってグメーに吸収されてしまった。
「あれは……!?」
『なるほど。ここでも「意思の強きが勝る」というルールが適用されるわけですか。おそらくグメーと罪のグメーシスたちが弾かれ合っていたのは、互いの持つ精神力が均等だったため。衰弱した天のグメーシスはグメーより精神力が劣るので、より大きな精神力を持つグメーに吸収されてしまったというわけでしょうね』
天のグメーシスを吸収したグメーの身体には異変が起こり始めた。
「グメメメメェェエエエェェェェエエエェーっ!!」
グメーが黄金色に輝く。
身体がひと回り大きくなり、腹部の刻印には変化が表れる。
クラスチェンジ! グメーの刻印が罪から天に変わった。
「グメメェー!!」
空に向かってグメーが咆哮。
すると散っていた罪のグメーシスたちが集まり、グメーに従う様子を見せ始めた。
「グメェェエエエエーッ!!」
「グメっ!」
「グメメーっ!」
グメーの号令にグメーシスたちが敬礼、一斉に突撃を開始した。
罪のグメーシスたちが大精神体にぶつかり意思の反発による火花を散らす。
意思の強きが勝る――グメーシスたちは相殺によって敵の力を徐々に奪っていく。そして膨張、次いで破裂。数多くのグメーシスが果敢にも挑み、そして散っていった。大精神体は見る見るうちに小さくなり、その蒼黒いオーラも弱々しいものへと変わっていった。
音を立てて礫塊が崩れ落ちる。囚われていたゲンダーが今度こそ自分を取り戻す。
目の前に立つのは人の形、人の大きさの蒼黒い光だけになった。
「あれは……オレが精神世界で見た大統領の亡霊ダ!」
残るはかつての大統領の残留思念のみ。そして天の刻印を得たかつての仲間グメーだけだ。
グメーはゲンダーを、続けて上空のメイヴやガイストのほうをじっと見つめた。そして再びゲンダーに視線を戻す。何かを堪えるようにゲンダーを見つめ続ける。
「グメー……おまえは……」
しかしグメーは覚悟を決めた。最後に仲間に向かって「グメー!」と一声鳴くと、一直線に大統領の亡霊へと向かっていった。
亡霊は最期の足掻きを見せる。だがグメーは止まらない。止められない!
『ワ……我コソハ絶対ダ…! 許サン、許サンゾコンナ結末ハァァアアアア!!』
「グメェェエエエェェェェエエエェーッッッ!!」
白き一閃が亡霊を貫いた。
銀の閃光が走り、銀の風が舞う。
それは黒き暗雲を吹き飛ばし、蒼き精神体の脅威を消し去った。
大精神体は消滅した。もう二度と精神兵器や精神体の暴走を見ることはないだろう。
そしてグメーシスも。
「グメー…。あいつはオレたちを救ってくれたんダな」
『まさか自分の生み出した兵器にやられるなんて、あの大統領も思ってはいなかったでしょうね。皮肉なもんです』
「ありがとう、グメーシス――」
グメーは消滅した。仲間たちの無事と引き換えに。
精神兵器の発明はこの世界における科学の発展のひとつの到達点だと言えるだろう。
科学の発展とは同時にそれまでの科学では解明できなかったものを定義することであるとも考えられる。すなわち霊や精神である。
ヴェルスタンドの科学はそれまで定義できなかった概念を精神体や兵器という形をもってその境界を明確に定めた。この世界の科学はそれほどまでに高度に発展していたのだ。もはや森羅万象が解明されるのも時間の問題だ、と人々はそう思うほどになっていた。
だが科学は繁栄しすぎてしまった。なぜなら自らの手でコントロールできない存在を生み出してしまったからだ。
つまりそれがグメーシスである。
それまでに解明できなかったことを定義するのが科学の発展であるならば、それができなくなったときが科学の限界。コントロールできない存在を生み出してしまったその時点こそがまさに限界が訪れた瞬間だったのだ。
精神体、それは幽霊や魂とは異なる本来は意思を持たない存在だ。そこからなぜか自由意思を持つグメーシスが誕生してしまった。グメーシスは計画して生み出されたのではない。科学者の想定外の事象として偶然誕生してしまった未知なる存在にすぎなかったのだ。
罪や天の刻印は科学者の手によって施されたものではない。それは自然にグメーシスの腹部に浮かび上がったものだった。あるいは精神を研究しそれを自由に操ろうなどという、神の域に触れてしまったがゆえの警告だったのかもしれない。そしてその罪に対する罰が今回の精神体の暴走だったというわけだ。
科学の発展とは同時にそれまでの科学では解明できなかったものを定義することであるとも考えられる。すなわち霊や精神である。
ヴェルスタンドの科学はそれまで定義できなかった概念を精神体や兵器という形をもってその境界を明確に定めた。この世界の科学はそれほどまでに高度に発展していたのだ。もはや森羅万象が解明されるのも時間の問題だ、と人々はそう思うほどになっていた。
だが科学は繁栄しすぎてしまった。なぜなら自らの手でコントロールできない存在を生み出してしまったからだ。
つまりそれがグメーシスである。
それまでに解明できなかったことを定義するのが科学の発展であるならば、それができなくなったときが科学の限界。コントロールできない存在を生み出してしまったその時点こそがまさに限界が訪れた瞬間だったのだ。
精神体、それは幽霊や魂とは異なる本来は意思を持たない存在だ。そこからなぜか自由意思を持つグメーシスが誕生してしまった。グメーシスは計画して生み出されたのではない。科学者の想定外の事象として偶然誕生してしまった未知なる存在にすぎなかったのだ。
罪や天の刻印は科学者の手によって施されたものではない。それは自然にグメーシスの腹部に浮かび上がったものだった。あるいは精神を研究しそれを自由に操ろうなどという、神の域に触れてしまったがゆえの警告だったのかもしれない。そしてその罪に対する罰が今回の精神体の暴走だったというわけだ。
罪のグメーシスとは神の領域に触れてしまった人々の咎を背負う存在。
天のグメーシスとはその罪を償うために天界より遣わされ現れた存在。
天のグメーシスとはその罪を償うために天界より遣わされ現れた存在。
グメーは選ばれし存在としてその一身にその罪を背負い、そして償った。
世界は銀の愛に包まれた。全ての精神体、精神兵器に安らかなる眠りを。
世界は銀の愛に包まれた。全ての精神体、精神兵器に安らかなる眠りを。