二番星「旅は道連れ」
カルストの台地から東へ。その先に広がるは広大な砂丘。
砂は石英を主成分とし、白く透き通っている。その白い大砂丘は硝子砂丘と呼ばれる。
その砂丘に続く足跡、視線をその先に移せば砂路を行く大男。その名はグァンター、彼こそが漆黒の海より飛来した黒き雫を求めてカルストから旅立った歴戦の勇士だ。
白い岩に白い砂。白一色の砂丘を黒を求めてグァンターは行く。隕石は村から東の方角に落ちたと聞くが、それはこの大砂丘を超えた先。避けては通れない、俺は行かねばならぬとまた一歩砂を踏みしめる。
遠くには黒い岩肌を持つ山脈が姿を見せている。隕石が落ちたのがあの山とは限らない。黒いから黒き雫に関係があると考えるにはあまりにも安直。しかし目印の少ない広大な砂丘で確かな目指す目的を持って進むのは有効的なのだ。
「まずはあの山を目指すか。たしかあのふもとには村があったはず。隕石について何か知っているかもしれない」
こうしている今でもカルストの村は黒い生き物の脅威に晒されている。一刻も早く黒き雫を見つけ、その原因を探りたい。
だがはやる気持ちとは裏腹にその足取りは思うようには進まない。砂に足を取られ歩みは鈍り、時折砂中から砂蟲が飛び出してはグァンターの身体をかじるからだ。
「ええい、うるさいやつらだ。邪魔をするな、どっか行きやがれ!」
砂蟲とは砂中に棲むミミズのような生き物で、砂丘を横断する動物の生き血を糧に生きている。ネズミ程度の大きさで攻撃的、サンドワームとも呼ばれている。砂蟲は群れで襲ってくるが、目は退化しており音で獲物を探すためその狙いはあまり正確ではない。グァンターは飛びかかる砂蟲を時にはかわし、時には懐のナイフて叩き落として先を急いだ。
砂は石英を主成分とし、白く透き通っている。その白い大砂丘は硝子砂丘と呼ばれる。
その砂丘に続く足跡、視線をその先に移せば砂路を行く大男。その名はグァンター、彼こそが漆黒の海より飛来した黒き雫を求めてカルストから旅立った歴戦の勇士だ。
白い岩に白い砂。白一色の砂丘を黒を求めてグァンターは行く。隕石は村から東の方角に落ちたと聞くが、それはこの大砂丘を超えた先。避けては通れない、俺は行かねばならぬとまた一歩砂を踏みしめる。
遠くには黒い岩肌を持つ山脈が姿を見せている。隕石が落ちたのがあの山とは限らない。黒いから黒き雫に関係があると考えるにはあまりにも安直。しかし目印の少ない広大な砂丘で確かな目指す目的を持って進むのは有効的なのだ。
「まずはあの山を目指すか。たしかあのふもとには村があったはず。隕石について何か知っているかもしれない」
こうしている今でもカルストの村は黒い生き物の脅威に晒されている。一刻も早く黒き雫を見つけ、その原因を探りたい。
だがはやる気持ちとは裏腹にその足取りは思うようには進まない。砂に足を取られ歩みは鈍り、時折砂中から砂蟲が飛び出してはグァンターの身体をかじるからだ。
「ええい、うるさいやつらだ。邪魔をするな、どっか行きやがれ!」
砂蟲とは砂中に棲むミミズのような生き物で、砂丘を横断する動物の生き血を糧に生きている。ネズミ程度の大きさで攻撃的、サンドワームとも呼ばれている。砂蟲は群れで襲ってくるが、目は退化しており音で獲物を探すためその狙いはあまり正確ではない。グァンターは飛びかかる砂蟲を時にはかわし、時には懐のナイフて叩き落として先を急いだ。
さて、しばらく砂丘を進んだところに続くふたつの足跡。ひとつはグァンター自身のもの。ではもうひとつは?
「ふむ。俺以外の旅人がここを通ったということか」
とくに何の気なしにその足跡を辿って行くと、なんとその先には人が倒れているではないか。
行き倒れか。いや、まだ生きている。なぜならその証拠に倒れた男には砂蟲が群がっているからだ。
「おい、しっかりしろ!」
砂蟲を追い払い水を与えると、男はようやく意識を取り戻しデシュヴァと名乗った。
デシュヴァはグァンターのことを知ると嬉しそうにその出逢いを喜んだ。
「オレ、長老に頼まれてあんたにこれを渡しに来たんだ。そのあとは是非とも力になってやってくれって。いやぁー、会えてよかったぜ」
そう言ってデシュヴァは一振りの剣をグァンターに渡した。黒き獣との戦いで弓を失い、ロクな武器も持たずに旅立ってしまったと知って、長老は取り急いでこの男を遣わせたのだ。
長老直々に頼まれるなんてオレって期待されてるんだ、などとこの男は舞い上がっているが、村一番の戦力が旅に出てしまったのでこれ以上重要な狩人を送るわけにもいかず、しばらく村から離れても支障がないという理由でこの男が遣わされるに至ったのだ。もちろん本人はそんなことはつゆ知らず、全く知らぬが仏とはこのことである。
それはさておき、渡された剣は小振りではあったが軽く扱いやすく、懐のナイフなんかよりはずっと役に立つだろう。
「ところで、おまえはなぜ俺よりも先にいた? 俺よりも後に出発したはずだが」
「へッへーん、こう見えてもオレってば足の速さにはちょっと自信があるんだぜ」
するとそのとき、突然足下から一匹の砂蟲が!
グァンターが抜刀しそれを斬り伏せるよりも早く、デシュヴァは一寸離れた場所に退避していた。
「なるほど、たしかにおまえは逃げ足が速いな」
もしこの大砂丘でグァンターがたまたま発見しなければ、果たしてこの男どうなっていたのか。
そんな明らかに足手まといにしかならなさそうなラッキーボーイを旅のお供に加えて黒き雫を巡る旅は続く。
「なぁなぁ、あんたは村一番の狩人なんだろ? オレにも教えてくれよォ~。どうすりゃ一番になれるのかをさぁ」
「一番を目指すってか。それなら簡単さ、俺と戦って勝てばおまえが一番だ」
「いやァー、それはやめときなって。そんなことしたら死んじまうぜ……オレがな! なぁなぁ、弓とか教えてくれよォ~。できればかっこいい技、必殺技みたいなのをさッ」
「うるさいやつだな。おまえにはでたらめ矢で十分だ」
「なんだよそれェ。だったら剣教えてくれよ、ちょうど今ここにあるんだからさ」
「もうしゃべるな。おまえとは気が合わねぇ」
この旅は村を黒の脅威から救うためのシリアスなものだったはずだ。それがなんだ、この調子のいい男は。こんなのを連れてこの先旅を続けろと言うのか。おまえなど砂蟲に喰われてしまえ。
この男を助けたことを半ば後悔しつつも、ようやく長くも続く大砂丘は終わりを見せ、目前には例の黒き山脈が迫っていた。
「よし、そろそろ陽も暮れる。あの山のふもとには村がある。今夜はあそこに泊めてもらってだな…」
今後の予定を説明するが返事がない。黙ってろとは言ったがさすがに静かすぎる。デシュヴァの姿がどこにもない。
あの馬鹿一体どこへ行ったのだ、と来た道を振り返り白い砂を一歩踏みしめる。と、その途端にグァンターは何かを感じ取った。歴戦の勘でそれを察知して抜刀、剣を構える。
次の瞬間、大地が振動。空高く砂を撒き散らしながら、大木のように太い巨大な砂蟲が砂中から飛び出した。そのサンドワームはただの砂蟲でないことは見てすぐにわかる。大きすぎるから、だけではない。そのサンドワームは……黒かった!
一方、視線を戻すとそこに我らが戦士の姿はない。一体どこへ消えた? よもや砂蟲に呑まれようなどということはあるまいな。と、急ぎ視線をかのサンドワームへと再度移すとあった。そこに我らが戦士の姿はあった。
大木のような砂蟲……いや、もはや砂龍とでも言えるスケールのその胴体にグァンターの姿はあった。剣をその胴体に突き立てて、暴れるサンドワームに必死にしがみついている。
「くそッ、なんだこいつは! こいつが化け物か。ご丁寧に黒い個体ときやがる。そうとなればいずれは村の脅威となり得る存在、ここで始末しなければならない。さて、こうしてしがみついたはいいがこいつをどうやって倒す? こんなちっぽけな剣じゃ、この山のようなイモムシは仕留められないぞ」
龍の如く巨大なミミズは炎天下のアスファルトよろしく乾き熱された砂の大地をのた打ち回る。だが一方で砂の中は表面に比べてよく冷えており、砂漠などにおいては多くの生物がその身を砂の下へと寄せている。そして、この砂蟲もそれは例外ではない。
黒きサンドワームはその巨体で砂を掘り起こし砂中へと再び身を潜めようとしている。このまま引きずり込まれては、たとえ歴戦の勇士であろうともひとたまりがない。
「そうはさせるかッ、うおぉぉぉおおおっ!!」
砂蟲は目が退化しており、音で獲物の存在を感知していると先に説明した。では砂中ではいかにして周囲の状況を把握しているのか。それは触角だ。筒状の砂蟲の胴体には先端部分に口と歯が並び、その周囲に円を描くように複数の触角が生えている。それが周囲に触れて目の代わりとしてはたらくことによって、砂蟲は砂中でも活動することができるのだ。
グァンターはこの鞭のような触角を鷲掴みにし、そして引き千切った。みなぎる筋肉、溢れるパワー。その逞しい身体から生み出される力はまさに百人力。またひとつ、またひとつと次々に砂蟲の触角を引き千切っていった。
そしてついに、最後の触角が引き抜かれる!
「ミギャァァアァアアァァアァーッ!!」
悲痛な叫びを上げて砂蟲が悶え苦しむ。こうなっては黒きサンドワームも砂中に潜ることはできない。
「ここまで大きくなると外殻が発達しすぎていて、この剣じゃまるで致命傷は与えられない。外からの攻撃はかすり傷程度も与えられない。ならば、外がだめなら中から攻撃するまでだ!!」
跳躍、そしてグァンターは臆することなくサンドワームの口の中へと飛び込んだ。
するとどうだ、悶え苦しんでいたサンドワームが突然狂ったように暴れ始めたではないか。一体中でどんな惨劇が繰り広げられているのか、サンドワームの口からは濁った蒼黒い体液がどくどくと溢れ出している。そして黒き砂蟲の一層低い咆哮が響き渡ると、それはそのまま砂蟲の断末魔の叫びとなり風の向こうへと消えた。
残された砂蟲の死骸が所々もぞもぞと動く。それは徐々に砂蟲の口のほうへと移動していき、そしてその口からはグァンターとデシュヴァが姿を現した。
「やれやれだ。なんでおまえまで中にいる。まさか本当に喰われてやがったとは」
「ああッ、さすがは村一番の狩人だぜ。自らの危険を顧みず、怪物の腹の中に飛び込んでまでこんなオレを助けに来てくれるなんて! やはり一番はあんたにしか務まらない! これからはアニキって呼ばせてくだせェ!!」
「うるさい黙れ。やはりおまえは足手まといだ。悪いことは言わないから、さっさと村に帰れ」
「このご恩忘れません! 一生ついていきますぜアニキ!!」
「やめろ、この上なく迷惑だ」
だがデシュヴァがいなくなっていることに気がつかなければ、黒きサンドワームの存在にも気づくことなく先へ進んでしまっていたことだろう。そしてそれはいずれカルストの村を脅かしたかもしれない。ラッキーボーイの悪運はまたしても立派に仕事を成し遂げたのであった。
「まぁいいだろう。結果良ければ全て良し、ということにしておいてやる。それに免じて許してやるからおまえはすぐに村へ帰れ」
「あ、そうだアニキ。オレのことは親愛の意味をこめてデッシュって呼んでくれてかまいませんよ」
「やかましい! おまえなどおまえで十分だ!!」
黒くて太い巨大な砂蟲の相手をしていて予定外に時間をとってしまった。陽はすでに暮れて漆黒の空には数々の星が瞬いている。そうだ、我々の目的は流星に乗って飛来した黒き雫を見つけることではないか。こんなところで仲良くじゃれ合っている場合などではない。村の命運がかかっているのだから。
一刻も早く隕石を発見し、黒き雫の正体を突き止め、そしてこの黒い生物が発生した現象の原因を断たなければならない。それができるのは俺だけだ。少なくとも、この逃げ足が取り柄の男に成し遂げられるとは到底思えない。そうだ、俺がやらずに誰がやる、ここでやらねば男ではない。
予定より遅くなってしまったが、まずはこの先の黒き山脈へと向かうべきだろう。今晩の宿と、もしかしたら隕石についての情報を得られるかもしれない。そう考えてグァンターは改めて先へと足を進めるのであった。どうやらデッシュも着いてくるつもりらしいが、相手をするのに疲れたのでグァンターは敢えて気にしないことに決めた。
目前にそびえ立つ黒き山脈。そして目指すものは黒き雫。黒と黒。
これらは果たして何か関係があるのか、そんなものはないのか。
それはこの漆黒の夜が明けたときに明らかになるだろう。
「ふむ。俺以外の旅人がここを通ったということか」
とくに何の気なしにその足跡を辿って行くと、なんとその先には人が倒れているではないか。
行き倒れか。いや、まだ生きている。なぜならその証拠に倒れた男には砂蟲が群がっているからだ。
「おい、しっかりしろ!」
砂蟲を追い払い水を与えると、男はようやく意識を取り戻しデシュヴァと名乗った。
デシュヴァはグァンターのことを知ると嬉しそうにその出逢いを喜んだ。
「オレ、長老に頼まれてあんたにこれを渡しに来たんだ。そのあとは是非とも力になってやってくれって。いやぁー、会えてよかったぜ」
そう言ってデシュヴァは一振りの剣をグァンターに渡した。黒き獣との戦いで弓を失い、ロクな武器も持たずに旅立ってしまったと知って、長老は取り急いでこの男を遣わせたのだ。
長老直々に頼まれるなんてオレって期待されてるんだ、などとこの男は舞い上がっているが、村一番の戦力が旅に出てしまったのでこれ以上重要な狩人を送るわけにもいかず、しばらく村から離れても支障がないという理由でこの男が遣わされるに至ったのだ。もちろん本人はそんなことはつゆ知らず、全く知らぬが仏とはこのことである。
それはさておき、渡された剣は小振りではあったが軽く扱いやすく、懐のナイフなんかよりはずっと役に立つだろう。
「ところで、おまえはなぜ俺よりも先にいた? 俺よりも後に出発したはずだが」
「へッへーん、こう見えてもオレってば足の速さにはちょっと自信があるんだぜ」
するとそのとき、突然足下から一匹の砂蟲が!
グァンターが抜刀しそれを斬り伏せるよりも早く、デシュヴァは一寸離れた場所に退避していた。
「なるほど、たしかにおまえは逃げ足が速いな」
もしこの大砂丘でグァンターがたまたま発見しなければ、果たしてこの男どうなっていたのか。
そんな明らかに足手まといにしかならなさそうなラッキーボーイを旅のお供に加えて黒き雫を巡る旅は続く。
「なぁなぁ、あんたは村一番の狩人なんだろ? オレにも教えてくれよォ~。どうすりゃ一番になれるのかをさぁ」
「一番を目指すってか。それなら簡単さ、俺と戦って勝てばおまえが一番だ」
「いやァー、それはやめときなって。そんなことしたら死んじまうぜ……オレがな! なぁなぁ、弓とか教えてくれよォ~。できればかっこいい技、必殺技みたいなのをさッ」
「うるさいやつだな。おまえにはでたらめ矢で十分だ」
「なんだよそれェ。だったら剣教えてくれよ、ちょうど今ここにあるんだからさ」
「もうしゃべるな。おまえとは気が合わねぇ」
この旅は村を黒の脅威から救うためのシリアスなものだったはずだ。それがなんだ、この調子のいい男は。こんなのを連れてこの先旅を続けろと言うのか。おまえなど砂蟲に喰われてしまえ。
この男を助けたことを半ば後悔しつつも、ようやく長くも続く大砂丘は終わりを見せ、目前には例の黒き山脈が迫っていた。
「よし、そろそろ陽も暮れる。あの山のふもとには村がある。今夜はあそこに泊めてもらってだな…」
今後の予定を説明するが返事がない。黙ってろとは言ったがさすがに静かすぎる。デシュヴァの姿がどこにもない。
あの馬鹿一体どこへ行ったのだ、と来た道を振り返り白い砂を一歩踏みしめる。と、その途端にグァンターは何かを感じ取った。歴戦の勘でそれを察知して抜刀、剣を構える。
次の瞬間、大地が振動。空高く砂を撒き散らしながら、大木のように太い巨大な砂蟲が砂中から飛び出した。そのサンドワームはただの砂蟲でないことは見てすぐにわかる。大きすぎるから、だけではない。そのサンドワームは……黒かった!
一方、視線を戻すとそこに我らが戦士の姿はない。一体どこへ消えた? よもや砂蟲に呑まれようなどということはあるまいな。と、急ぎ視線をかのサンドワームへと再度移すとあった。そこに我らが戦士の姿はあった。
大木のような砂蟲……いや、もはや砂龍とでも言えるスケールのその胴体にグァンターの姿はあった。剣をその胴体に突き立てて、暴れるサンドワームに必死にしがみついている。
「くそッ、なんだこいつは! こいつが化け物か。ご丁寧に黒い個体ときやがる。そうとなればいずれは村の脅威となり得る存在、ここで始末しなければならない。さて、こうしてしがみついたはいいがこいつをどうやって倒す? こんなちっぽけな剣じゃ、この山のようなイモムシは仕留められないぞ」
龍の如く巨大なミミズは炎天下のアスファルトよろしく乾き熱された砂の大地をのた打ち回る。だが一方で砂の中は表面に比べてよく冷えており、砂漠などにおいては多くの生物がその身を砂の下へと寄せている。そして、この砂蟲もそれは例外ではない。
黒きサンドワームはその巨体で砂を掘り起こし砂中へと再び身を潜めようとしている。このまま引きずり込まれては、たとえ歴戦の勇士であろうともひとたまりがない。
「そうはさせるかッ、うおぉぉぉおおおっ!!」
砂蟲は目が退化しており、音で獲物の存在を感知していると先に説明した。では砂中ではいかにして周囲の状況を把握しているのか。それは触角だ。筒状の砂蟲の胴体には先端部分に口と歯が並び、その周囲に円を描くように複数の触角が生えている。それが周囲に触れて目の代わりとしてはたらくことによって、砂蟲は砂中でも活動することができるのだ。
グァンターはこの鞭のような触角を鷲掴みにし、そして引き千切った。みなぎる筋肉、溢れるパワー。その逞しい身体から生み出される力はまさに百人力。またひとつ、またひとつと次々に砂蟲の触角を引き千切っていった。
そしてついに、最後の触角が引き抜かれる!
「ミギャァァアァアアァァアァーッ!!」
悲痛な叫びを上げて砂蟲が悶え苦しむ。こうなっては黒きサンドワームも砂中に潜ることはできない。
「ここまで大きくなると外殻が発達しすぎていて、この剣じゃまるで致命傷は与えられない。外からの攻撃はかすり傷程度も与えられない。ならば、外がだめなら中から攻撃するまでだ!!」
跳躍、そしてグァンターは臆することなくサンドワームの口の中へと飛び込んだ。
するとどうだ、悶え苦しんでいたサンドワームが突然狂ったように暴れ始めたではないか。一体中でどんな惨劇が繰り広げられているのか、サンドワームの口からは濁った蒼黒い体液がどくどくと溢れ出している。そして黒き砂蟲の一層低い咆哮が響き渡ると、それはそのまま砂蟲の断末魔の叫びとなり風の向こうへと消えた。
残された砂蟲の死骸が所々もぞもぞと動く。それは徐々に砂蟲の口のほうへと移動していき、そしてその口からはグァンターとデシュヴァが姿を現した。
「やれやれだ。なんでおまえまで中にいる。まさか本当に喰われてやがったとは」
「ああッ、さすがは村一番の狩人だぜ。自らの危険を顧みず、怪物の腹の中に飛び込んでまでこんなオレを助けに来てくれるなんて! やはり一番はあんたにしか務まらない! これからはアニキって呼ばせてくだせェ!!」
「うるさい黙れ。やはりおまえは足手まといだ。悪いことは言わないから、さっさと村に帰れ」
「このご恩忘れません! 一生ついていきますぜアニキ!!」
「やめろ、この上なく迷惑だ」
だがデシュヴァがいなくなっていることに気がつかなければ、黒きサンドワームの存在にも気づくことなく先へ進んでしまっていたことだろう。そしてそれはいずれカルストの村を脅かしたかもしれない。ラッキーボーイの悪運はまたしても立派に仕事を成し遂げたのであった。
「まぁいいだろう。結果良ければ全て良し、ということにしておいてやる。それに免じて許してやるからおまえはすぐに村へ帰れ」
「あ、そうだアニキ。オレのことは親愛の意味をこめてデッシュって呼んでくれてかまいませんよ」
「やかましい! おまえなどおまえで十分だ!!」
黒くて太い巨大な砂蟲の相手をしていて予定外に時間をとってしまった。陽はすでに暮れて漆黒の空には数々の星が瞬いている。そうだ、我々の目的は流星に乗って飛来した黒き雫を見つけることではないか。こんなところで仲良くじゃれ合っている場合などではない。村の命運がかかっているのだから。
一刻も早く隕石を発見し、黒き雫の正体を突き止め、そしてこの黒い生物が発生した現象の原因を断たなければならない。それができるのは俺だけだ。少なくとも、この逃げ足が取り柄の男に成し遂げられるとは到底思えない。そうだ、俺がやらずに誰がやる、ここでやらねば男ではない。
予定より遅くなってしまったが、まずはこの先の黒き山脈へと向かうべきだろう。今晩の宿と、もしかしたら隕石についての情報を得られるかもしれない。そう考えてグァンターは改めて先へと足を進めるのであった。どうやらデッシュも着いてくるつもりらしいが、相手をするのに疲れたのでグァンターは敢えて気にしないことに決めた。
目前にそびえ立つ黒き山脈。そして目指すものは黒き雫。黒と黒。
これらは果たして何か関係があるのか、そんなものはないのか。
それはこの漆黒の夜が明けたときに明らかになるだろう。