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地図上で言うところの4-Bの位置に当たる場所、そこには「グレートベイの神殿」と呼ばれるダンジョンが配置されている。その神殿の内部はまるで水没した民家のように大量の水で溢れかえり、またその水を利用した数多くのカラクリが神殿へと足を踏み入れようとする者を待ち構えている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーー
神殿に入って最初の一室に、重く耳に響く音が反響していた。
その音の発生源ーーー天井近くに設置されている水車のような形をしたその巨大な装置は、ここグレートベイの神殿においても重要な役割を果たしている装置だ。
水車型の装置はその巨体ぶりにも関わらず、ゆっくりと、しかしその存在を誇示するかのように辺りにビリビリと衝撃を伝えながら回転をしていた。
しかしこの装置、なにもそれ単体で動いているわけではない。
その装置の下方に注目すると、装置の両脇に備え付けるかのように人間一人が余裕で入れそうな巨大な壺のような形をした別の装置が二つ鎮座している。そしてその内の片方からは上方向に勢いよく水が噴射され、野太い水柱となっていた。
その噴射先にあるのは先程の水車型の装置である。そう、この装置は噴射されている水柱の勢いを利用し、その力を一身に受けることでその巨体を動かしていたのだ。
この奇妙に噛み合ったからくりは、神殿内の様々な仕掛けの心臓部であり、多くの侵入者、もとい冒険者の行く手を阻み苦しめたことに大いに貢献しているのであった。
同じ空間内に存在し、上下に動き稼働している二つのリフトもその内の一つなのだが……まあその数々の仕掛けを一つ一つ紹介していると今回のお話が始まらないので、ここでの描写はカットさせていただくこととしよう。
そして、その水車型の装置に程近い高台、隣接する部屋に行くための通路がある足場からそれを睨み付けている侵入者、ではなく。冒険者、でもなくーーーー自称・「一国の主」を名乗る男が主催を勤めている「殺し合い」に理不尽にも参加させられている一人の少女が立っていた。
「どうなってんのよ、全く」
誰に言う訳でもなく、少女がポツリと呟く。
袖口が分離され肩を露出している全体的に黒っぽいフード付きのジャケットにミニスカート、二つに結わえられ体の前へと流された長い金髪を持つその少女の名は「
天樹院フレデリカ」という。
(ファニー・バル…ヴァニ…とにかくなんとかいう男、あの男は一体何者?一度にあれだけの大人数を一ヶ所に集め、そしてまた一瞬にして別の場所に飛ばすなんて並大抵のサイキッカーじゃ出来っこない。まさかW.I.S.E(ワイズ)の一員?それにこの「殺し合い」…)
フレデリカは先程の光景ーーーこの場に飛ばされる前へと記憶を遡った。
見知らぬ場所、ひしめき合う数えきれないほどの人々、「殺し合い」をしろと宣言した謎の男、鮮血を撒き散らした二人の男女ーーーーー
「………ッ!」
思い出すだけでも身の毛がよだつ光景が脳裏をよぎる。
人が死ぬのは不本意ながら慣れている。それでも理不尽に奪われた命を目の当たりにして何も感じない訳がない。
そして何よりフレデリカが嫌悪したのは、それをやってのけたあの男に対してだ。人の生き死にを盤上の駒のように扱い、あまつさえ既に二人の人間の生を終わらせた、まさに「死神」を連想させるような吐き気を催す所業。
フレデリカは拳を握りしめ、その華奢な身を震わせる。しかし胸中にあるのは恐怖ではない。
溢れ出てきた感情は、怒り。
「…ふざけんじゃ、ないわよ」
沸々と、マグマのようなその感情を煮えたぎらせる。
元来、フレデリカという少女は正義感溢れる、力弱き者の味方ーーーーなどという性格ではない。言ってしまえば高飛車お嬢様気質で、他人に対して高圧的な態度をとってしまう素直になれないタイプだ。
しかしここに連行される前は、W.I.S.Eという世界を滅びへと導いた悪の組織相手に、辛くも生き残った人々を守りながら戦い抜いてきたのだ。
そんな彼女が自身の目の前で、人の命を弄ぶような行為を目撃すればーーーー怒りに震えるのも、理解しがたいことではないだろう。
「ファニーだかバニーだか知らないけど…今に見てなさい」
そして、炎の悪魔を従える少女は決意する。
「あんたのその腐れた脳ミソ…この天樹院フレデリカ様の炎で焼き付くしてあげるわ……!」
彼女は、この狂いきったゲームの反逆者となった。
●●●●●
ーーーーーこの殺し合いについてフレデリカはこう考察する。
『ファニーなんとかはW.I.S.Eの一員もしくは関係者で、このいかれたゲームは世界各地で生き残った人々を集め殺し合わせる悪趣味な余興』
もちろん情報が少なすぎるため確信があるわけではない、疑問点も数多くある。
主催者はあの男一人なのか?それとも裏にまだ何者かいるのか?不死身の化物・ゾンビ・吸血鬼、そして赤い水とは一体?どうやってあれだけの人数を連れてこられたのか?殺し合いに他の目的はあるのか?
「あーんもう!考えたってらちが明かないわ!何でこんなときにあいつら居ないのよ!……て、そうだ」
自身と同じ「天樹院」の名を持つ仲間を思い浮かべながら、ふと足元に視線を送る。
そこにあったのはデイバック、殺し合いを円滑に進めるため、ファニー・ヴァレンタインが参加者全員に配った「贈り物」である。
「こんなものアタシにはいらないし使いたくもないけど、あの男が言うには参加者の名簿とか地図とか…まあ色々あるみたいだし、貰えるものは貰っとこうかしら」
マリーがいるなら心配だしね。と言いながら、屈んでデイバックのチャックをジジジ…と開ける。
中を覗くと、鈍く光る…いや、光を反射している「何か」がまず目に入った。
「?……何かしら」
一先ず「それ」を取り出してみる。
「それ」は円柱状の形をしていた。片手で持てるほどの大きさで、ひんやり冷たく、動かせばたぷんと中に水か何かが入っていることが伺える音がする。
全体が黒く、上下の縁が銀色に鈍く反射し、小さく「アルコール度○○%」と表記されている「それ」はーーーー
「…缶、ビール…?」
…で、あった。
この殺伐とした状況においてあまりに不釣り合いなそのアイテムはフレデリカの「ランダム支給品」。しかもその中でも所謂「ハズレ支給品」に該当されるものである。
フレデリカにとっては旧世界の遺物であるそれの予想外の登場に拍子抜けすると同時に、ワナワナとその身を震わせる。
「こんなもんでどうせぇっちゅうねんブォケエェェーーーーー!」
思わず怒った時の癖である関西弁を叫びながら、
缶ビールを思いっきり投げ捨てた。
ガン!と向かい側の壁にぶつかった後、重力に逆らうことなく放物線を描きながら落ちていく。ポチャンと水の中へ一瞬沈んで、一呼吸おいた後に浮上し再びその姿を現した。
殺気を纏わんばかりの勢いでフレデリカはそれを睨み付ける。
「仮にも殺し合いしろゆーてんのに缶ビールってどうゆうこっちゃねんこのアホが!」
溜まりに溜まった怒りを吐き出すかのように叫ぶ。半ば八つ当たりに近かったが、この際どうでもいいとフレデリカは思う。
「あーもう馬鹿馬鹿しい!…他のやつもこんなのばっかじゃないでしょうね。」
言いながら、再びデイバックへと視線を戻す。
「……はー、もういいわ。とにかく名簿だけでも見ときましょ」
大きく息を吐き、怒りを程々に沈め、気を取り直してデイバックの中身の確認作業を再開する。
いや、しようとした
しかし
シャーーーー
「!?」
何か軽いものが滑るような音が聞こえた。それまで神殿内で聞いたことのないもので、フレデリカは反射的に音がした方へと顔を向ける。
それはちょうどフレデリカが缶ビールを投げ捨てた方向、向かい側の壁の下方から発生したものだった。
そこには足場があり、本来ならば外からの来訪者を招き入れるための奇妙な模様が描かれた青白い扉が目に入るだけのはずだった。
しかし今はその扉は開かれ、外からオレンジ色の光とーーーー一人の「来訪者」を招き入れていた。
見下ろすような形でフレデリカは神殿に侵入してきた「来訪者」を見つめる。
まず目に入ったのはツンツンした真っ白な頭髪、次いで目が覚めるほど鮮やかな色をした赤いコートに、ゆったりとした袴を思わせるようなデザインのズボン。その下に隠れているであろうガッチリとした体格と高い身長からその人物が男であることは一目瞭然である。男は目だけで素早く周囲を見渡しーーーーそして、高台の足場にいるフレデリカに気付いた。
(しまった!)
男の存在を認めた後、フレデリカは身を隠そうと後退りしたが時既に遅し、男と目が合ってしまった。
混じり合う視線、緊張に張りつめた空気、先に破ったのは男の方だった。
「…誰だ、お前」
男の低く重い声が、フレデリカの耳に届いた。
●●●●●
時はほんの少しだけ遡る。
場所グレートベイの神殿の外、炎の灯った松明に囲まれた段差に、その男はどっかりと腰を下ろしていた。
「どうなってんだよ、全く」
誰に言う訳でもなく、男はポツリと呟く。
彼の名は「
ラグナ=ザ=ブラッドエッジ」、世界虚空情報統制SS級反逆者にして史上最高額の賞金首、通称「死神」と呼ばれている男である。(ただし本人はあまり気にしていないが)
彼はこの殺し合いが始まりこの場に飛ばされた後、突然のことに頭が追い付いていないながらも、一先ず支給品が入っているデイバックの中身をあらかた確認した。
そして現在彼の手の中には、この殺し合いの参加者が明記されている「
参加者名簿」が広げられている。
(この状況、あのファニー・バラ…バン…なんつったか、とにかくあのくるくる頭のおっさんは「図書館」のお偉いさんで、この殺し合いは適当な犯罪者やら何やらを集めた趣味の悪い余興か何か思ってたが…どうやらそうじゃねぇみてぇだな)
そう思い、松明の明かりに照らされている名簿に視線を落とす。
彼がそんな確信にも似た考えを持ったのには、そこに記されている参加者が関係していた。
険しい目付きで、見知ったその名を目でなぞる。
「ウサギやお面野郎が図書館なんぞに簡単に捕まるとは思えねぇ…まともに戦って勝てる奴等じゃねぇしな」
タオカカ
ひょんなことから知り合った、カカ族の少女
「こいつに関してはどう考えても人選おかしいだろ…それに、図書館と協力関係にある咎追いをわざわざこんなことに巻き込むことになんの意味がある?」
そして、最後の二人ーーーーラグナにとって最も因縁深く、断っても断ち切れない関係にある人物たち。
世界を憎み、ラグナと「一つ」になり世界を破壊することを目的とする少女
そして、ラグナの「右腕」と家族を奪った、総ての悪の元凶にして原点の男
「…………」
前者には形容しがたい胸にわだかまるような感情を、後者には怒りなどという言葉では足りないくらいのドス黒い殺意が沸き上がる。
「……νはよく分からねぇが、テルミは図書館側の奴だ、それこそ巻き込む意味がない。むしろマイナスしかないはずだ。」
何がどうなってやがる、と白髪を揺らしながら頭を掻く。名簿に己の実の弟「ジン」と、奇怪な出会い方をした妹そっくりの少女、「ノエル=ヴァーミリオン」等の名が無かったことには(いろんな意味で)安堵したが、状況が悪い方向にあることには変わりがない。
ふと、ラグナはあることを考えた。
「レイチェル、いんのか?」
と、ラグナはなにもない空間に呼び掛けた。いつもならば皮肉の一つや二つ投げ掛けながら空間転移をしてくる魔女は、今回に限って姿を現す気配はない。
「やっぱそんな簡単にはいかねぇか…」
もし現れたのならば少しでも情報を収集するために色々と、それこそνやテルミのこと、この殺し合いのこと、ファニーとかいう男のことについて聞こうとしたのだが、どうやら無駄骨になってしまったのようだ。
なにか原因があるのか、ただ単に姿を現さないだけなのか、それとも転移自体が「出来ない」のか。
前者ともかく、もし後者ならばーーーー
「あのおっさんは何者なんだ?レイチェル程の魔法使いの転移を妨害出来るほどの魔法使いなのか?こんな殺し合いをさせて一体なんの目的があるっつうんだ?そもそも一度にあんだけの人数の人間を集めるなんざ術式でも出来ることじゃねぇ…やっぱ魔法、か?」
それにーーーーと、ラグナは自らの首元に手をやる。
そこには黒く冷たい、無機質な首輪が嵌められている。
「不死身の化物だろうが吸血鬼だろうがゾンビだろうが殺せる、だと?」
比喩などでなければ、吸血鬼はまず間違いなくレイチェルのことを指している。その事をあの男が知っているのも不可解だが、他の二つ、不死身の化物とゾンビに関しては似たようなものなら知っているが、それこそ比喩や抽象の範囲の話だ。本当にそんなものが存在するかどうかは怪しい。
そもそもあの会場で起こった現象にも疑問がある。頭を撃たれたのにも関わらず死ななかった女。それは「赤い水」と呼ばれるものの作用らしいのだが、そんなものは聞いたことがない。
他にも色々と疑問に思うこともあるのだが…推測しようにも圧倒的に情報が足りない。
(あのおっさんが何者なのか考えんのは保留だな。こっちはこんなくだんねぇことで足止めくってる場合じゃねぇってのに、面倒くせぇ、今すぐにでもあのおっさんぶっ飛ばしてやりてぇ……!)
苛々とした感情を少しでも発散するためにファニーなんとかの顔面に右ストレートを喰らわす自分の姿を想像したものの、その事を今すぐにできないという事実が逆に腹が立つ。
「くそっ、うだうだしててもしゃーねーな…」
そう言い切ると、ラグナは前方を見据える。
視線の先には、石造りの壁にドーム状に囲われたこの場で唯一外が見れる出入り口らしき巨大な穴のような空間、そして外へと続いている幅の広い石造りの橋が延びていた。
その橋がどこへ通じているのかを伺おうとしても、ドーム状の壁より外は深夜ということもありある一定の距離以上は夜の闇に覆い隠されていてそれを知ることは出来なかった。
そこから視線を外し、今度は背後へと顔を向ける。
そこには奇妙な模様が描かれた青白い扉があった。扉があるということはそこから先に何らかの空間が存在しているという証明に他ならない。
いや、扉だけではない、隠しようもないこもった重苦しい音と、壁を通じて身体に伝わってくる小さくはない震動が扉の向こう側から響いてくる。
「取りあえず、何をするにしても動かなくっちゃいけねぇが……どうする?」
先の見えない橋の先か、石造りの未知なる領域か。
この異常事態を把握するためにも動かなくてはならない。しかし、ラグナは進むべき道を決めかねていた。
と、その時ーーーーー
「ーーーーーー!!」
ガン!
「!?」
扉の向こう側から叫び声、直後に何かがぶつかる音が聞こえてきた。一拍おいた後に、もう一度叫び声がラグナの耳に届く。
(まさか、この中にとっくに誰かいたのか?)
一気に身体に緊張が走る。
道を選びかねていた矢先に、内部に何者かの存在を知ることが出来たのは良かったがーーーー同時に、今のが罠の可能性も考える。
そう、それはつまり、この殺し合いに乗った者の仕業かもしれないと言うことだ。
(わざと音を出して外にいるかもしれない奴を誘い込んで入ってきたところをズドン…てこともあり得る、いや、もしかしたらもう俺の気配を察知している可能性もあるな)
考えながら扉の先へと意識を集中させるが、特に何かが起こる気配はない。
(…考えててもしゃーねーな、もし話が通じんなら情報交換、通じねぇなら無視、襲いかかってくるなら…)
チラリと、開けっぱなしになっているデイバックの中にある「それ」を見る。
そこにはラグナがデイバックを確認した際に発見した支給品の一つである「鉈」があった。大振りで先端に鉤状の突起があり、それでいて柄が短く扱おうと思えば女子供でも扱えそうな代物だ。
今まで扱っていた愛用の大剣は没収されていたが、デイバックの中にこれが入っていたときは少しだけ有り難かった。
(「武器」はある、油断はするつもりはねぇが、もし「その気」があるなら……容赦なくぶった切る。)
勘違いされてもらっては困るが、別にラグナはこの殺し合いに乗るつもりはない。
確かに彼は自身の目的上、人を殺した経験はある。それも両手では数えきれないほどの人数をだ。
しかし無力な人間を好き好んで殺したことはないし、そもそも人殺しに対して満足感だとか優越感だとか、そんなものを感じたことはない。ーーーー「ある時」を除いて、ではあるが。
だが、ラグナにはどうしても成し遂げたい目的があり、そのためならば殺人を犯せる覚悟があると、それだけの話なのだ。
ふーっと一度だけ大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
「ぐずぐずしてても意味ねぇ、行くか」
デイバックを拾い、鉈をいつでも中から取り出せるようにして、扉の前へと歩を進める。
シャ、と自動で開いたそれに怖じ気づくことなく、その先へと足を踏み入れた。
●●●●●
「…誰だ、お前」
お互いに睨みつけながら、ラグナは少女ーーーーフレデリカに問いかける。
自身が下になる形での対峙は正直ラグナにとっては不利な状況だった。
(まずいな…こっちは鉈一本で近づかねぇと何かあったときに反撃出来ねぇ、「ソウルイーター」での攻撃も距離がありすぎる。投げようにも外れればそれで終わりだしそもそもこの距離じゃ届くかどうかもわかんねぇ、最悪武器をとられちまう)
とはいえ、とはいえだ。
(あの女、姿を隠してなかったってことは少なくともさっきの声と音は奇襲のためのものじゃなかったってことか。しかも俺と目があった時の挙動、結構動揺してたな。俺の気配を察知してたって訳でもなさそうだ。つまり声も音も特に意味はなかったか……だが、それでも逃げ出さないってことは、それなりに肝は据わってるのか?あるいは単なる馬鹿か。少なくとも今はどうこうするつもりはないってことか?)
ラグナが思考しているその一方で、フレデリカもこの状況にどう対処するべきか考えていた。
(あいつ、まさかさっきの音を聞いて中に入ってきたの?ということは、初めからすぐそこにいたってわけ?うかつだったわ…この状況で感情任せになるんじゃなかった…。でも襲いかかってこないってことは、攻撃出来るほどの武器や能力を持ってないか、戦う意思はないってことかしら。どっちにしろここにいる限りはそんな簡単に何かを仕掛けられることはないはず、いいえ、仕掛けられてもアタシの炎で反撃すればいいだけのことだわ。)
混乱しながらもなんとか冷静に思考する。
見下げる少女と見上げる男、状況的にはフレデリカが有利で、先手を打ったのはラグナの方だ。
一瞬の沈黙、意を決して今度はフレデリカがそれを破る。
「あんたこそ」
誰、と言いながら足を一歩進めた。それ自体は男の姿をよく確認するために、先程後退りした分の距離を詰めるための無意識な行動だったのだがーーーーそれが不味かった。
ずるっ
「え?……わっ」
冒頭で解説したように、ここグレートベイの神殿は水で溢れかえっており、それに加えからくりの影響もあってかそこら中がジメジメと湿っている。
当然、フレデリカの立っている足場も濡れているわけでーーーーラグナに気をとられて足元への注意を疎かにしていた彼女は、うっかり足を滑らせてしまった。
斜め前のめりに倒れこみ、とっさにどうにかしようにもフレデリカが一歩踏み出した所は30㎝程度のスペースもないほどの足場の縁ギリギリだったこともあり、手をつこうにもそんな場所はない。
体の重心がぶれ、足場の外側へとはみ出す。こうなってしまえば彼女の運命は決まりきったも同然だった。
「きゃあああああああああああああ!!!」
フレデリカは、重力に逆らうことなく頭からまっ逆さまに転落した。
ドボン!とダイブする形で水の中へ身を沈めた。幸いにも何の障害物もなかったお陰で身体を傷つけることはなかったが、そんなことに気付ける程の余裕はない。
「っぷは!!」
直ぐさま腕や足をばたつかせ水面に顔を出し呼吸を整えようとするが、それを許さぬかのようにフレデリカの顔に水が覆い被さる。
とっさに己のPSIの化身「パイロクイーン・サラマンドラ」を具現させ水からの脱出を試みようとするが…。
(!!足が……!)
無理に手足を動かしたせいで右足をつり、痛みが駆け抜け、そのせいで発動しきれず失敗に終わった。人体の感覚機能を高める「ライズ」も発動させようとするがそちらも結果は同じとなる。
PSIとは脳の秘められた力を引き出し行使する能力。そのため発動にはかなりの集中力が必要で、制御するにはそれなりの修行を積まなければならない。
しかし、見知らぬ男との対峙、高い場所からの落下、溺れて足をつったというこの状況がフレデリカの集中力を削いでしまっていた。
いや、実のところ、彼女は予想以上に精神を消耗していた。原因は言わずもがなファニー・ヴァレンタインの所業だ。あの光景はフレデリカの心に傷をつけ、無意識のうちに自身を責めた。…死に逝く二人を守れなかった、と。
しかしそれに気付かず、フレデリカはもがき続ける。混乱する頭と機能しない足、能力を行使できないこの状態ではその行動は無意味になるというのに。
(ホントに…何やってんのよ、アタシ!)
殺し合いの反逆者になると決意しておきながら、不注意で足を滑らせた挙げ句溺れるという間抜けな失態に、自分自身に腹が立つ。
(どうしよう、どうしよう……!マリー!)
心の中で、小さい頃から一緒だった友達の名を叫ぶ。しかしどんなに叫ぼうとも、優しく芯の強いその友達が今すぐに自分を助けられるような場所に居ないことは何となく分かっていた。
泣きたくなる衝動に駆られ、何も考えられなくなろうとしたその時ーーーー自身の身体が、何か強い力で引っ張られるのを感じた。
もしかしてライズが発動したの?と一瞬思ったが、しかし引っ張っているその力は自分の意思とは関係なく動いている。
しばらくそれに身を任せていると、力の方向が変わり、水中にあった自分の身体が重くなるのを感じた。気付いた時には何処かの足場に身体が引っ張りあげられていた。
「げほっごほ!」
うつ伏せに倒れこみ、飲み込んでしまった水を吐き出し咳き込む音が二人分その場に発生する。そう、二人分
「……っ何やってんだこの馬鹿が!」
男の低い怒鳴り声が、フレデリカの頭上に降ってきた。
「っうっさい!耳元で叫ぶな!」
男の声に負けじと怒鳴り返す。それが精一杯で、言い切ると再び咳き込んだ。
「うう…けほっ」
「おいおい、仮にもてめぇを助けた恩人に対してそれはねぇんじゃねえの?」
言い返そうと口を開こうにも、息が整っていない状態ではそれもままならない。代わりに両手をついて上体を起こし、男の声がする方へと顔を上げる。
フレデリカから程近い所にあったその顔は眉間にしわが寄り、険しい表情をしている。足場から落ちる前は距離があったため気付かなかったが、その瞳は左目が緑で右目が赤の非対称、所謂オッドアイとなっていた。
全身がずぶ濡れになったことで、ツンツンとしていた白髪は力を失ったかのようにへたりこんでいる。
ふとフレデリカは違和感を覚える。男は上下に黒い服を纏っているのみで、先程の鮮烈な赤はそこにはなかった。
さっきまで男が立っていたであろう場所を探すと、そこにはフレデリカに支給されたものと同じデイバックと、それに被せるように赤いコートが掛けられていた。
「あんた、アタシを助けたの?」
ようやく口が利けるようになってきた頃に、フレデリカは男に問いかける。
「……まあな、お前みたいなガキ放っておくのも後味わりぃし、とりあえずーーーーぐほぁ!?」
「誰がガキよ誰が!」
言い切る前に、フレデリカは男の脇腹にキックを繰り出す。体勢が体勢だったのでそれほど勢いは付かなかったが、当たり所が良かった(いや悪かった?)らしく男を悶絶させるに十分な威力はあったようだ。
「ぐは…!てめぇ、何しやがる!」
「ふん!あのくらいあんたの助けなしでも何とかなったわよ」
「いや、どう見ても必死だったじゃねぇか、お前」
「うっさいわねぇ……ねぇ、あんた名前は?」
「はっ?」
突然の話題の変化に若干戸惑ったのか、一瞬男の眉間のしわがほどける。
「だから、名前は何て言うのって訊いたの、さっさと答えなさいよ」
「……ラグナだ」
言い返すのも面倒になったのだろう、男ーーーーラグナは素直に答えた。
「ラグナぁ?何か女みたいな名前ね」
「ほっとけ」
「まあいいわ。ラグナ、助けてくれたことには感謝してあげる。……ありがと」
照れ臭く、少しそっぽを向きながら感謝の言葉を述べる。間が空いて、ラグナからの反応がいまいちないことに疑問を持ち再び顔を向ける。
「って、なんでそんな間抜け面してんのよ」
「いや、お前みたいなタイプから素直にお礼を言われるなんて思ってもみなくてよ…」
「失礼ね。アタシだって謝るときは謝るし、感謝するときは感謝するわよ」
そうフレデリカが反論した後、お互いに黙りこむ。
なまじお嬢様タイプ(というか女王様タイプ?)の知り合いがいる分、てっきり同じ分類の性格だと思い込んでいたラグナにとって、今のフレデリカの言葉を飲み込むのに少し時間がかかった。
別にラグナは根っからの善意で助けたわけではない。彼女が危険人物だったなら見捨てていたし、救出が不可能な状況だったのであれば見放していた。今回はそのどちらでもなさそうだったから助けたまでだと、本人はそう考えている。なので素直な感謝に対して若干の後ろめたさがあった。
そんなラグナの心境を知ってか知らずかしかしその一方で、フレデリカは何となくラグナの不器用な優しさを察していた。
ラグナの立っていた足場からの自身が溺れていた地点との距離、それに水中にいた時間を考えると、ラグナはフレデリカが溺れているのを確認して直ぐに泳ぐのに邪魔なデイバックやコートを投げ捨てて助けに入ったのだろう。なんだかんだ言いつつも良い奴なのかもしれない。先程のお礼はまだ完全に信用したわけではないが、今回の事に免じて少しくらいなら気を許しても良いという意味も込めてのものだ。
それにまあ口には出さず妙にお茶を濁すような言い方が何とも自分と似て……
(いやいやいや似てないから、絶対似てないから!)
と、誰も聞いていないのに心の中で全否定する。
心なしか、二人の間に気まずい空気が流れる。先にそれを破ったのはフレデリカの方だった。
「くしゅん!」
何ともまあ可愛らしいくしゃみがラグナの鼓膜を揺らした。うー、といううめき声とともにフレデリカは身体を震わす。
運良く傷を負うことは無かったとはいえ、お互いに全身ずぶ濡れなのだ。身体は既に冷えきっている。
「あー、まあこんなとこでぼーっとしてんのもなんだ。とりあえず服乾かせるとこ探そうぜ。」
「んー…ってあんた、まさか変な妄想してんじゃないでしょうね?」
「はあ?何の話だよ」
「…………」
まだぎこちないながらも、二人の間を漂う空気は、最初の一幕よりかは穏やかとなっていた。
「真紅の死神」ラグナ=ザ=ブラッドエッジ
「紅蓮の女王」天樹院フレデリカ
異なる「紅」の二つ名を持つ二人がこれよりどのような運命を辿るのか
それはまだ、誰にも解らない
【B-4 グレートベイの神殿/1日目/深夜】
【ラグナ=ザ=ブラッドエッジ@
BLAZBLUE】
[状態]:体力疲労(小)、脇腹に軽い痛み(行動に支障はない程度)、全身ずぶ濡れ
[装備]:
竜宮レナの鉈@
ひぐらしの鳴く頃に、蒼の魔導書@BLAZBLUE
[道具]:基本支給品一式、刀の在りかを書いた紙(不明・不明、不明)
[思考・状況]基本行動方針:殺し合いには基本乗らないが襲ってくる奴には容赦しない
1:取りあえず落ち着いてからこいつ(フレデリカ)と情報交換するか…
2:情報が欲しい、そのために(あまり気は乗らないが)レイチェルを探す。
3:νやお面野郎(ハクメン)とは今のところ会いたくない、ユウキ=テルミは見つけ次第殺す、タオカカは…まあ探せたら探すか
※ラグナのランダム支給品は「竜宮レナの鉈」のみでした。
※ファニー・ヴァレンタインを「魔法使い」かもしれないと推測していますが、確信はありません。
※フレデリカの名前をまだ聞いていません。
※「蒼の魔導書」はラグナの右腕に擬態しているので常に装備状態です。
※参戦時期は少なくともカラミティトリガーのトゥルーエンド終了以降です。
【天樹院フレデリカ@
PSYЯEN】
[状態]:体力疲労(小)、精神疲労(小)、全身ずぶ濡れ、右足がつっている
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~2)、刀の在りかを書いた紙(不明・不明、不明)
[思考・状況]基本行動方針:殺し合いの破壊、主催者をぶっとばす
1:なにやってんのよ、アタシ…
2:支給品の確認、名簿を見て天樹院や他の連中がいるかどうかを確かめたい(マリーがいるなら優先的に探す)
3:…まあ落ち着いたらラグナと情報交換しようかしら
※名簿をまだ見ていません。
※ファニー・ヴァレンタインを「W.I.S.Eの一人、もしくは関係者」だろうと推測していますが、確信はありません。
※現在は落ち着いていますが、今の精神状態でPSIが正常に使えるかどうかは不明です。
※参戦時期は少なくとも未来世界でアゲハ達と会った後です。
【備考】
※グレートベイの神殿には橋がかかっていますが、どこに通じているかは不明です。
※神殿内に雑魚モンスターはいないようです。(ボスモンスターは不明)
【竜宮レナの鉈@ひぐらしの鳴く頃に】
ラグナ=ザ=ブラッドエッジに支給。
最早解説する必要もないご存知竜宮レナ愛用の鉈、切れ味は申し分ない
【缶ビール@
ジョジョの奇妙な冒険】
天樹院フレデリカに支給
第3部「スターダストクルセイダース」にて主人公・空条承太郎が拘置所内で飲んでいた缶ビール、底に穴は空いていない
当たり前だが、未成年の飲酒は法律で禁止されているので良い子も悪い子も真似しないように
フレデリカにぶん投げられ、現在はグレートベイの神殿内の水面を漂っているが、中身は漏れていないようだ
最終更新:2013年07月20日 16:40