時代を貫いて響くもの ◆hqLsjDR84w
◇ ◇ ◇
【0】
「修学旅行。行き先は京都。ここで決着をつけてやるわ」
◇ ◇ ◇
【1】
ひとりだ、と。
見知らぬ民家の一室で床にへたり込んだまま、制服の少女・中野二乃はそう思った。
修学旅行の最中にこの場所に呼び出されてから、何度も、何度も、同じことを思っていた。
見知らぬ民家の一室で床にへたり込んだまま、制服の少女・中野二乃はそう思った。
修学旅行の最中にこの場所に呼び出されてから、何度も、何度も、同じことを思っていた。
制服の上から羽織っているカーディガンのポケットに手を伸ばし、愛用のスマートフォンを取り出す。この行動もまた、二乃はこの部屋で何度も繰り返している。
うさぎの耳を模したカバーをつけたスマートフォンは、ロックを解除した途端に灯りをつけていない部屋を仄かに照らす。
その画面には、彼女と彼女の姉妹たちを映し出している。
うさぎの耳を模したカバーをつけたスマートフォンは、ロックを解除した途端に灯りをつけていない部屋を仄かに照らす。
その画面には、彼女と彼女の姉妹たちを映し出している。
画面のなかの自分はひとりではない。
同じリボンを左右につけて、同じ制服を着ていながら――五人だった。
同じリボンを左右につけて、同じ制服を着ていながら――五人だった。
その事実を確認して、また彼女は現在の自分がひとりきりであることを実感した。
はたして誰から隠そうとしているのか、涙が溢れそうになるのを隠すように二乃は俯いて目を瞑る。
はたして誰から隠そうとしているのか、涙が溢れそうになるのを隠すように二乃は俯いて目を瞑る。
「(なんで……どうしてこんな……っ)」
視界を閉ざすと蘇ってくるのは、先ほど強制的に見させられた映像である。
美少女とバイオレンス。さながら深夜放送のテレビ映画じみた荒唐無稽な代物だった。
白昼夢でも見たのだと思い込みたいし、現在知らない民家にいるのもまだ夢から覚めていないのだと信じたい。
美少女とバイオレンス。さながら深夜放送のテレビ映画じみた荒唐無稽な代物だった。
白昼夢でも見たのだと思い込みたいし、現在知らない民家にいるのもまだ夢から覚めていないのだと信じたい。
しかしながら、二乃にはどうしても自分を騙すことができなかった。
再びこの民家に戻ってきてから現在まで、まったく目が覚める気配がない。
見させられた映像に出てきたリュックサックが、いつの間にか傍らにあるのも気づいてしまった。
ずっと圏外を示しているスマートフォンには、すっかり忘れかけていた写真やSNSのログまで入っている。
震える手で恐る恐る頬をつねってみるとちゃんと痛いのかもしれないが、それを確かめてしまう勇気は二乃にはなかった。
再びこの民家に戻ってきてから現在まで、まったく目が覚める気配がない。
見させられた映像に出てきたリュックサックが、いつの間にか傍らにあるのも気づいてしまった。
ずっと圏外を示しているスマートフォンには、すっかり忘れかけていた写真やSNSのログまで入っている。
震える手で恐る恐る頬をつねってみるとちゃんと痛いのかもしれないが、それを確かめてしまう勇気は二乃にはなかった。
「(みんなは、どうしているのかしら……)」
ひとりでいるせいか、二乃の脳裏を過るのは悪い可能性ばかりだ。
この場所に呼び出されるまで一緒にいた四人の姉妹と、同級生にして家庭教師の少年。
彼女たちと彼までもこの悪趣味な企画に参加させられていたらと考えて、二乃はひと際大きく震えてから顔を上げた。
この場所に呼び出されるまで一緒にいた四人の姉妹と、同級生にして家庭教師の少年。
彼女たちと彼までもこの悪趣味な企画に参加させられていたらと考えて、二乃はひと際大きく震えてから顔を上げた。
「(怖い。怖いわ。怖い……。とても、怖い)」
怖い。そうだ。ずっと怖かった。
ここに至ってようやく、二乃は現在の自分が抱いている感情をはっきりと言語化する。
自分がこの状況に置かれているだけでも震えて動けなかったが、彼女の大切な存在が巻き込まれている可能性のほうがずっと恐ろしかった。
ここに至ってようやく、二乃は現在の自分が抱いている感情をはっきりと言語化する。
自分がこの状況に置かれているだけでも震えて動けなかったが、彼女の大切な存在が巻き込まれている可能性のほうがずっと恐ろしかった。
その可能性を否定するには、名簿を確認しなければならない。
それはすなわち現状を夢だと思い込むのを諦め、現実であると受け入れるということだ。
二乃にとって極力避けたかった、ずっと目を背け続けていた行動である。
それはすなわち現状を夢だと思い込むのを諦め、現実であると受け入れるということだ。
二乃にとって極力避けたかった、ずっと目を背け続けていた行動である。
けれど、二乃はもう避けるのをやめる決意をした。
自分が殺し合いに巻き込まれている現実を受け入れた上で、大切な存在が巻き込まれているのか否かを確認したかった。
自分が殺し合いに巻き込まれている現実を受け入れた上で、大切な存在が巻き込まれているのか否かを確認したかった。
「(思うように動いてくれないわね……なんなのよ、この手は。震えてないでちゃんとしなさいよ)」
固めた決意通りに身体が動いてくれるかというと話は別だったが、それでも時間をかければリュックサックを手元に持ってくるなど容易かった。
スマートフォンの背面ライトを起動して照らしながら、二乃はリュックサックを引っくり返して中身を床に広げる。
中身を一つずつ取り出すなんて、震える手では器用にこなせる気がしなかったのだ。
スマートフォンの背面ライトを起動して照らしながら、二乃はリュックサックを引っくり返して中身を床に広げる。
中身を一つずつ取り出すなんて、震える手では器用にこなせる気がしなかったのだ。
水。
食料。
地図。
冊子。
ランタン。
そして、細かく文字が記された一枚の紙。
食料。
地図。
冊子。
ランタン。
そして、細かく文字が記された一枚の紙。
リュックサックのサイズに対して中身の体積が大きい気もするが、そんなことは二乃にとってどうでもよかった。
おそらく名簿であろう紙に手を伸ばそうとしたとき、引っくり返したままのリュックサックから――今度は見るからに体積の大きい代物が飛び出した。
ごとんと予期せぬ音を立てて床に落ちたのは、一振りの日本刀であった。
おそらく名簿であろう紙に手を伸ばそうとしたとき、引っくり返したままのリュックサックから――今度は見るからに体積の大きい代物が飛び出した。
ごとんと予期せぬ音を立てて床に落ちたのは、一振りの日本刀であった。
「きゃあ…………ッ!」
自分の口から出た声に驚いてから、二乃は口元を抑えて無理やりに呑み込む。
呑み込んだとはいえ、自らの上げかけた悲鳴で冷静になったのだ。完全に塞ぐのが遅かったという自覚があった。
それを証明するように、外から足音が近づいてくるのが聞こえた。なにやら重い物を引きずるような音もしている。
呑み込んだとはいえ、自らの上げかけた悲鳴で冷静になったのだ。完全に塞ぐのが遅かったという自覚があった。
それを証明するように、外から足音が近づいてくるのが聞こえた。なにやら重い物を引きずるような音もしている。
「――――っ」
二乃は縮こまって息を潜めるが、早鐘を打つ心臓がうるさくて実際に上手く行っているのか定かではない。
ただ、わざとらしく立てられた足音が少しずつ近づいてくるのはわかった。
どうするべきなのか考えても、まったく頭が回らない。
ついには目まで回ってきた錯覚を二乃が覚えたころ、戸を蹴破ったかのような明らかに玄関からの侵入ではない音が轟く。
ただ、わざとらしく立てられた足音が少しずつ近づいてくるのはわかった。
どうするべきなのか考えても、まったく頭が回らない。
ついには目まで回ってきた錯覚を二乃が覚えたころ、戸を蹴破ったかのような明らかに玄関からの侵入ではない音が轟く。
「いやァな催し物ですよねえ」
しばらくしてから響き渡った軽薄そうな声を受けて、二乃は知らず立ち上がっていた。
先ほどまでずっと震えていてリュックサックを開けるだけでも苦労していたというのに、咄嗟に動いた身体に彼女自身が驚いていた。
初めて持つ日本刀は話に聞く通りたしかに重かったが、米袋のほうがずっと重い気がする。
そんなことを考えている場合ではないと、二乃は遅れて自らを叱責した。
先ほどまでずっと震えていてリュックサックを開けるだけでも苦労していたというのに、咄嗟に動いた身体に彼女自身が驚いていた。
初めて持つ日本刀は話に聞く通りたしかに重かったが、米袋のほうがずっと重い気がする。
そんなことを考えている場合ではないと、二乃は遅れて自らを叱責した。
◇ ◇ ◇
【2】
やはりあえて聞こえるようにか、侵入者は足音を必要以上に立てて接近してくる。
「当方、多少難儀していまして……。お互い巻き込まれた同士、ご助力を願いたい」
逃げるか、隠れるか、言葉を返すか。考えはまとまらない。
一向にまとまる気配がないことだけが、二乃には妙にはっきりとわかった。
だったらいっそわからないほうがよかったと、例のごとく余計な方面にばかり妙に頭が回った。
一向にまとまる気配がないことだけが、二乃には妙にはっきりとわかった。
だったらいっそわからないほうがよかったと、例のごとく余計な方面にばかり妙に頭が回った。
「微かに光が漏れていたのでもしやと近くまで来てみましたが、まー、これも一つ縁とゆーか」
ポケットに入れたスマートフォンが、二乃の脳裏を掠める。
カーテンは一応確認したはずだったが、完全に閉め切れてはいなかったらしい。
先ほど上げてしまってから慌てて呑み込んだ悲鳴と同じだ。後から気づいてももう遅い。
カーテンは一応確認したはずだったが、完全に閉め切れてはいなかったらしい。
先ほど上げてしまってから慌てて呑み込んだ悲鳴と同じだ。後から気づいてももう遅い。
どうせなら一階に留まらず、二階に移動すればよかったかもしれない。
いや、二階ではいざというときに逃げられないので、むしろ一階にいて正解だったのだろうか。
いや、二階ではいざというときに逃げられないので、むしろ一階にいて正解だったのだろうか。
「(どちらにせよ、逃げられてないんだから同じじゃない! というか最初にいた場所から、一歩も動いてないし!)」
実際には動いていないのではなく動けなかったのだが、それを自らに指摘することは二乃にはできなかった。
ついに、侵入者が彼女のいる部屋まで到達したのである。
ついに、侵入者が彼女のいる部屋まで到達したのである。
「ここにいました、か……」
侵入者は着流しを纏った細身の男で、長く伸ばした髪をうしろで結っていた。
現代の日本ではあまり見かけぬ衣服や髪形よりも、その体躯のほうがよほど二乃の目を引いた。
細い。
あまりにも細い。
着流しから覗き見える胸は肋骨の隆起が見て取れるほどで、奇妙に痩せすぎている――二乃にとってまったく羨ましくない細さだった。
現代の日本ではあまり見かけぬ衣服や髪形よりも、その体躯のほうがよほど二乃の目を引いた。
細い。
あまりにも細い。
着流しから覗き見える胸は肋骨の隆起が見て取れるほどで、奇妙に痩せすぎている――二乃にとってまったく羨ましくない細さだった。
「…………すいません。ずいぶん洒落たモン召してたんで、少し驚いて。沖田総司といいます」
「(この制服のどこがよ!)」
「(この制服のどこがよ!)」
しばし呆気に取られていた侵入者の言葉に、痩躯に目を奪われていた二乃は我に返る。
ダサい制服とは言わないし、決してみっともない着こなしもしていないが、洒落ていると称されるほどの代物でもない。
あまりに過剰な評価に、浮かべている軽薄そうな笑み。二乃の日本刀を握る力が僅かに強くなる。
そんな様子に、沖田と名乗った侵入者はしばらく首を傾げてから大きく頷く。
ダサい制服とは言わないし、決してみっともない着こなしもしていないが、洒落ていると称されるほどの代物でもない。
あまりに過剰な評価に、浮かべている軽薄そうな笑み。二乃の日本刀を握る力が僅かに強くなる。
そんな様子に、沖田と名乗った侵入者はしばらく首を傾げてから大きく頷く。
「いきなり名乗って困惑させたみたいで……。
わたし、『二回目』なので。これが一番早いことを知っていまして」
わたし、『二回目』なので。これが一番早いことを知っていまして」
笑みを浮かべたままで、沖田は照れくさそうに頭をかく。
勝手に納得したみたいだが、二乃にはまったく言っていることがわからない。
まったくわからないなかで、わかることが一つだけあった。
勝手に納得したみたいだが、二乃にはまったく言っていることがわからない。
まったくわからないなかで、わかることが一つだけあった。
「(き、気持ち悪い……! 怖い……!)」
格好も。
薄笑いも。
二回目という発言も。
オーバーに頷いて、一人で納得してるのも。
沖田総司などという、ふざけているとしか思えない名乗りも。
薄笑いも。
二回目という発言も。
オーバーに頷いて、一人で納得してるのも。
沖田総司などという、ふざけているとしか思えない名乗りも。
変人だ。
狂人だ。
変質者だ。
通報ものだ。
どこに? 圏外であることなんて、とっくに思い知っているというのに。
狂人だ。
変質者だ。
通報ものだ。
どこに? 圏外であることなんて、とっくに思い知っているというのに。
「こ、来ないで!!」
そこから先の動きは、二乃本人でも意外なほどに早かった。
ほとんど杖のようにして床に重みを逃がしていた刀を持ち上げて、しどろもどろになりつつも鞘から抜く。
またしても大げさに目を見開いて驚いている沖田に、二乃は震える手で刃を向ける。
手元では僅かな震えであるはずなのに、刀の切っ先は大きくぐらぐらと揺れてしまっている。
ほとんど杖のようにして床に重みを逃がしていた刀を持ち上げて、しどろもどろになりつつも鞘から抜く。
またしても大げさに目を見開いて驚いている沖田に、二乃は震える手で刃を向ける。
手元では僅かな震えであるはずなのに、刀の切っ先は大きくぐらぐらと揺れてしまっている。
「それ以上近づいたら……どうなるかわからないわよ!!」
本当だった。
本当にわからなかった。
誰にとってもなにも、二乃自身にとってわからなかった。
本当にわからなかった。
誰にとってもなにも、二乃自身にとってわからなかった。
二乃は中野家の料理担当だ。包丁は使い慣れている。肉を切ったことは数え切れないほどある。
率先して情報を集めようとしなくても、テレビやスマートフォンからは人が死んだニュースが毎日のように流れてくる。
それに、ついさっき、本当なのかどうかわからない映像を見せられた。自分とそう年が変わらない少女が、呆気なく殺される映像を。
率先して情報を集めようとしなくても、テレビやスマートフォンからは人が死んだニュースが毎日のように流れてくる。
それに、ついさっき、本当なのかどうかわからない映像を見せられた。自分とそう年が変わらない少女が、呆気なく殺される映像を。
だけど――それでも、わからなかった。
もしも沖田が逃げてくれなかったらどうなるのか。
もしも恐れずに襲い掛かってきたらどうなるのか。
もしも刀が身体に触れてしまったらどうなるのか。
もしも恐れずに襲い掛かってきたらどうなるのか。
もしも刀が身体に触れてしまったらどうなるのか。
中野二乃にはわからない。
わからないし、わかりたくない。
ただ、刀を恐れて沖田が離れてくれるのを祈るばかりだった。
わからないし、わかりたくない。
ただ、刀を恐れて沖田が離れてくれるのを祈るばかりだった。
「『沖田総司を前にしたら目瞬きするな』――なんて、ね。
それでは駄目です。炎天下のなか、いきなり目隠しを外された鬼じゃないんだから。目を瞑っていては駄目です。駄目ですね。駄目」
それでは駄目です。炎天下のなか、いきなり目隠しを外された鬼じゃないんだから。目を瞑っていては駄目です。駄目ですね。駄目」
目隠し鬼懐かしいなあと、沖田はさらに続ける。
指摘されてから、二乃は自分が目を閉じてしまっていることをようやく自覚する。
指摘されてから、二乃は自分が目を閉じてしまっていることをようやく自覚する。
「かような鬼退治であれば、剣術なんぞよりもずっと慣れたものなのですが」
とん――と。
床を蹴るような音がした。
反射的に二乃はそちらに刀を伸ばすが、なんの感触もない。
感触がなかったことに二乃がむしろ安心したのと、伸ばし切った腕を掴まれたのはほとんど同時であった。
床を蹴るような音がした。
反射的に二乃はそちらに刀を伸ばすが、なんの感触もない。
感触がなかったことに二乃がむしろ安心したのと、伸ばし切った腕を掴まれたのはほとんど同時であった。
「――はっ! やはり菊一文字! おのれ!
ともに時空を超えた唯一つの同胞め! どのツラ下げて、我が手を離れて斯様な乙女のもとに!」
ともに時空を超えた唯一つの同胞め! どのツラ下げて、我が手を離れて斯様な乙女のもとに!」
二乃がいつの間にか閉じてしまっていた目を慌てて開くと、視界が少しずつ明瞭になっていく。
沖田は言葉に反して嬉しそうに白い歯を見せており、これまで浮かべていた軽薄なものとはまったく異なる獰猛な笑顔に、背筋を冷たいものが走り抜ける。
その瞬間を狙ったかのように手首を軽く捻られ、刀をやさしく奪い取られてしまう。
二乃があっと声を上げるよりも先に、沖田は奪い取った刀を手が届かない距離まで放り投げる。
沖田は言葉に反して嬉しそうに白い歯を見せており、これまで浮かべていた軽薄なものとはまったく異なる獰猛な笑顔に、背筋を冷たいものが走り抜ける。
その瞬間を狙ったかのように手首を軽く捻られ、刀をやさしく奪い取られてしまう。
二乃があっと声を上げるよりも先に、沖田は奪い取った刀を手が届かない距離まで放り投げる。
「……ぁ、い、いや……離して…………お願」
「それはできない」
「それはできない」
懇願を言い終えるよりも早い沖田の即答に、二乃は一度開いた目を再び閉じた。
涙が溢れて、頬を伝っていくのがわかった。流れる涙が妙に熱く感じる。
涙が溢れて、頬を伝っていくのがわかった。流れる涙が妙に熱く感じる。
今度はわかった。
今度はよくわかった。
これからどうなるのか――今度は二乃にもわかった。
今度はよくわかった。
これからどうなるのか――今度は二乃にもわかった。
「悲鳴を上げる乙女を捨て置くワケにはいかない。
都の治安を守護(まも)るのが、わたしたちの任務だったんだ」
都の治安を守護(まも)るのが、わたしたちの任務だったんだ」
わからなくなった。
また、わからなくなった。
これからどうなるのか――また、二乃にはわからなくなった。
また、わからなくなった。
これからどうなるのか――また、二乃にはわからなくなった。
「それに最初に言ったように、わたしには貴方のご助力が必要なのです」
言って、沖田は腰が抜けてへたり込む二乃を支えながら、別の部屋へとつれていく。
到着したのは和室で、その惨状からして、やはり聞こえていた音の通りに雨戸ごと障子を破って侵入してきたらしい。
到着したのは和室で、その惨状からして、やはり聞こえていた音の通りに雨戸ごと障子を破って侵入してきたらしい。
「やっぱり強引に入ってきたんだ……」
「…………他の場所は入り方がどーにもわからず」
「…………他の場所は入り方がどーにもわからず」
いやどう考えても窓を壊すほうがよっぽど簡単だろうと思う二乃をよそに、沖田はバツが悪そうに頬をかいて庭を指さす。
「あちらです」
そこにはあった。
沖田総司が命ぜられた殺し合いに乗り気ではないと示す証拠が。
そして、沖田総司がずっと他人の助けを必要としていたその理由が。
そして、沖田総司がずっと他人の助けを必要としていたその理由が。
間違いなくあった。
というか――いた。
寝ていた。
倒れていた。
横たわっていた。
倒れていた。
横たわっていた。
沖田よりもずっと長身で、沖田よりもずっと鍛えているのがスーツの上からでもわかる身体で――白目を剥いていた。
「(あっ、あの、途中で消えた物を引きずる音ってそういう…………)」
◇ ◇ ◇
【3】
悲鳴を上げてしまってから、慌てて口を押さえても。
光を外に漏らしてしまってから、カーテンがちゃんと閉まってなかったことに気づいても。
そして結構な時間が経ってから、大切な人たちが揃ってこのような悪趣味な企画に巻き込まれていると知っても。
光を外に漏らしてしまってから、カーテンがちゃんと閉まってなかったことに気づいても。
そして結構な時間が経ってから、大切な人たちが揃ってこのような悪趣味な企画に巻き込まれていると知っても。
――もう遅い。何事も、あとになってから悔やんでももう遅いのだ。
この短い期間で、二乃はすっかり思い知ったはずだった。
最初に出会った沖田が信用できる人間で助かったが、今後は気を付けなければならないと、そう強く誓ったはずだった。
最初に出会った沖田が信用できる人間で助かったが、今後は気を付けなければならないと、そう強く誓ったはずだった。
だというのに、またしても二乃は頭を抱えていた。
後悔先に立たずってこういうことかと、またしても思い知らされていた。
後悔先に立たずってこういうことかと、またしても思い知らされていた。
「(安心しすぎたせいよ……普段はもうちょっとブレーキちゃんとしてるもの。そうよ。ブレーキが利かなかったのは安心しすぎたせい)」
安心しすぎた。
そう、安心しすぎていた。
安心して、気づいたときには喋りすぎていた。話しすぎていた。
完全に余計なところまで言ってしまった気がする。気がするっていうか、言ってしまっていた。
そう、安心しすぎていた。
安心して、気づいたときには喋りすぎていた。話しすぎていた。
完全に余計なところまで言ってしまった気がする。気がするっていうか、言ってしまっていた。
「(いやでも、そりゃするでしょ。安心するでしょ。誰でもするでしょ。
ねっ、するわよね。する。するに決まっている。する。しないはずがないわ。
一花でもする。三玖でもする。四葉でもする。五月でもする。だから私もする。
はい、だからこのやっちゃった感も五等分! ぜーんぶ五等分! セーフ! それが私たち五つ子だもの! もう口止めもしたし!
逆に安心しない人の意見を聞きたいくらいよ。あの状況でも沖田さんを疑える人間がいるのなら、そっちを逆に責めたい。どうかしてるわね)」
ねっ、するわよね。する。するに決まっている。する。しないはずがないわ。
一花でもする。三玖でもする。四葉でもする。五月でもする。だから私もする。
はい、だからこのやっちゃった感も五等分! ぜーんぶ五等分! セーフ! それが私たち五つ子だもの! もう口止めもしたし!
逆に安心しない人の意見を聞きたいくらいよ。あの状況でも沖田さんを疑える人間がいるのなら、そっちを逆に責めたい。どうかしてるわね)」
うむうむと、一人で大きく頷く二乃。
その大げさな動作は、少し前まで気味悪がっていた沖田のそれによく似ていたが、指摘するものは誰一人としていない。
その大げさな動作は、少し前まで気味悪がっていた沖田のそれによく似ていたが、指摘するものは誰一人としていない。
「(だから仕方ない。仕方ないのよ。仕方ないじゃない。
私から話しちゃったんだから、沖田さんが上田さんに全部喋っちゃっても。
上田さんはずっと失神してて怯えていたんだもの。あの映像を見たときから記憶がないそうだもの。安心させるために話すのは仕方ないわよ。
うん、仕方ない。仕方ないじゃない……。それに、別に隠してるワケじゃないし……。あの子たちにも、フー君にも、隠すつもりとかなかったし)」
私から話しちゃったんだから、沖田さんが上田さんに全部喋っちゃっても。
上田さんはずっと失神してて怯えていたんだもの。あの映像を見たときから記憶がないそうだもの。安心させるために話すのは仕方ないわよ。
うん、仕方ない。仕方ないじゃない……。それに、別に隠してるワケじゃないし……。あの子たちにも、フー君にも、隠すつもりとかなかったし)」
最後によりいっそう大きく頷いて、二乃は上田次郎と名乗った男に向き直る。
「修学旅行で告白? なんとバカバカしい。
恋と呼ばれるアレは、学業から最もかけ離れた愚かな行為だ。
したいヤツはすればいい……だが、そのような輩の人生のピークは学生時代となるだろうね」
「…………」
恋と呼ばれるアレは、学業から最もかけ離れた愚かな行為だ。
したいヤツはすればいい……だが、そのような輩の人生のピークは学生時代となるだろうね」
「…………」
驚きすぎたせいか、二乃にさほど怒りは湧かなかった。
負い目とかはないのかなと、ただ素直にそう思うばかりだ。
負い目とかはないのかなと、ただ素直にそう思うばかりだ。
この上田次郎という男は、なんでも最初に映像を見せられた時点で失神し、そのまま寝ていたところを沖田に拾われたそうだ。
たまたま通りがかったのが沖田だから助かっただけであり、もしも悪意ある人間であればそのまま寝ている間にすべて終わっていたのだ。
にもかかわらず布団の上で目覚めて、未だ怯えているところに経緯を説明されて、回収してもらっていたリュックサックまで手渡されて、その上でこの態度である。
たまたま通りがかったのが沖田だから助かっただけであり、もしも悪意ある人間であればそのまま寝ている間にすべて終わっていたのだ。
にもかかわらず布団の上で目覚めて、未だ怯えているところに経緯を説明されて、回収してもらっていたリュックサックまで手渡されて、その上でこの態度である。
二乃は手元の名刺を眺める。
そこには、『日本科学技術大学理工学部教授・上田次郎』と書かれている。
正直疑わしいと思わなくもなかったが、たしかについさっきまで失神していた彼が偽造名刺を用意できるとも考えづらい。
そこには、『日本科学技術大学理工学部教授・上田次郎』と書かれている。
正直疑わしいと思わなくもなかったが、たしかについさっきまで失神していた彼が偽造名刺を用意できるとも考えづらい。
「…………なんなの? 頭いいヤツって、みんなこういうところあるの? 将来が不安に」
なるわね、と。たった残り四文字を、二乃は言い切ることができなかった
こんな殺し合いに巻き込まれてしまった自分に、彼に、みんなに――将来なんて存在するのだろうか。
こんな殺し合いに巻き込まれてしまった自分に、彼に、みんなに――将来なんて存在するのだろうか。
「いいんじゃないんですか、言っても」
「…………えっ?」
「奪い取られるのを恐れて口を閉ざすしかないなんて、そんなのは間違ってるんだ」
「…………えっ?」
「奪い取られるのを恐れて口を閉ざすしかないなんて、そんなのは間違ってるんだ」
響いた沖田の声があまりにも冷たく、二乃は思わず沖田のほうを振り返る。
手渡した刀を抱き締めるように持つ、その手に強い力が入ったのが見て取れた。
思わず、息を呑んでしまう。
手渡した刀を抱き締めるように持つ、その手に強い力が入ったのが見て取れた。
思わず、息を呑んでしまう。
――沖田総司。
一年前の時点ならばともかく、どうにかこうにか日本史の赤点ラインを少し超えた現在の二乃には、その名が示す意味がわかる。
沖田自身からも話を聞いた。名簿にもその名は載っていた。
二乃とて、未だに沖田の本性を疑っているワケではない。信用できる人間なのはわかっている。
沖田自身からも話を聞いた。名簿にもその名は載っていた。
二乃とて、未だに沖田の本性を疑っているワケではない。信用できる人間なのはわかっている。
それでも、やはり到底信じられない。
信じられないが、たしかに沖田から時おり奇妙な凄味を感じるのは間違いなかった。
刀を手にしたときに沖田が浮かべた普段とは異なる笑みが、二乃の脳裏に蘇ってくる。
信じられないが、たしかに沖田から時おり奇妙な凄味を感じるのは間違いなかった。
刀を手にしたときに沖田が浮かべた普段とは異なる笑みが、二乃の脳裏に蘇ってくる。
「だから言うべきです。将来が不安になると。口に出して。是非」
ゴホンと一つ咳をして上げた沖田の顔は、いつもの軽薄な笑みを浮かべたものに戻っていた。
そのことに安心してから、二乃はやっと気づく。
なにやら、ずいぶんとはずかしいことを口走ってしまっていたことに。
どうやら、その内容を逃すことなく全部聞かれてしまっていたことに。
そして、またしても、沖田からあっさりとバラされてしまったことに。
なにやら、ずいぶんとはずかしいことを口走ってしまっていたことに。
どうやら、その内容を逃すことなく全部聞かれてしまっていたことに。
そして、またしても、沖田からあっさりとバラされてしまったことに。
「えっ、はっ!? っちょ、別にそんな……そういうワケじゃ」
「将来のためには、まず高校卒業後の進路を明確にしたほうがいいな。
君はいったいなにになりたいのか。夢はあるのか。進学か、就職か。家庭の経済状況も関わってくるだろう。
なにより卒業するのが一番大事だが、それが不安になるような学力ではないだろう? まさか卒業も危ぶまれる立場で、修学旅行だの告白だのにうつつを……」
「あーーーーもう! なんなのよ、頭いいヤツのこういうところ! こういうところよ!」
「将来のためには、まず高校卒業後の進路を明確にしたほうがいいな。
君はいったいなにになりたいのか。夢はあるのか。進学か、就職か。家庭の経済状況も関わってくるだろう。
なにより卒業するのが一番大事だが、それが不安になるような学力ではないだろう? まさか卒業も危ぶまれる立場で、修学旅行だの告白だのにうつつを……」
「あーーーーもう! なんなのよ、頭いいヤツのこういうところ! こういうところよ!」
◇ ◇ ◇
【4】
土方さん。
さすがに『二度目』ともなると驚きは少ないです。慣れたもんです。
ウソです。驚きました。だいぶ驚きました。かなり。総司、ドン引き。
さすがに『二度目』ともなると驚きは少ないです。慣れたもんです。
ウソです。驚きました。だいぶ驚きました。かなり。総司、ドン引き。
二乃さん曰く、慶応四年から百五十年ほど後とのことで。
なんの想像もつきません。街並みもすっかり変わっていますし。
本当は聞きたいことはいくらでもあるはずなのですが、はたして、いったいなにから聞けばいいのやら……。
正直聞いたところで、って気がしないかというとウソになりますしね。そうなると、なおさらなにを聞くべきか。
二百七十年遡ったのに比べれば、百五十年先へ来たのなんて、数字の上では変化が少ないはずなのにおかしいですね。
なんの想像もつきません。街並みもすっかり変わっていますし。
本当は聞きたいことはいくらでもあるはずなのですが、はたして、いったいなにから聞けばいいのやら……。
正直聞いたところで、って気がしないかというとウソになりますしね。そうなると、なおさらなにを聞くべきか。
二百七十年遡ったのに比べれば、百五十年先へ来たのなんて、数字の上では変化が少ないはずなのにおかしいですね。
ともあれ、朗報です。
後世には賊軍として悪評しか残らぬものと思っていましたが、なにやら新選組、けっこーな人気者みたいです。
あまりくわしくは知らないけど、という前置きもありましたが、それでも新選組にはもったいないくらいでしょう。
後世には賊軍として悪評しか残らぬものと思っていましたが、なにやら新選組、けっこーな人気者みたいです。
あまりくわしくは知らないけど、という前置きもありましたが、それでも新選組にはもったいないくらいでしょう。
そして、都。
懐かしの、凄春(せいしゅん)の、京の風が吹く、あの都です。
百五十年後には、決着をつける舞台……いや、この言い方ではあのころと変わりませんね。
『男女の決着をつける』舞台として、多くが集まり日々賑わっているとのことです。
喜ばしいことじゃありませんか。
人に話したくてたまらないなァ。口止めされちゃったんスけどね。
屯所に引っ張ってきた連中と違って、自分からいくらでも吐けそうだ。誰か引っ張ってくれないかなァ、なんて。
懐かしの、凄春(せいしゅん)の、京の風が吹く、あの都です。
百五十年後には、決着をつける舞台……いや、この言い方ではあのころと変わりませんね。
『男女の決着をつける』舞台として、多くが集まり日々賑わっているとのことです。
喜ばしいことじゃありませんか。
人に話したくてたまらないなァ。口止めされちゃったんスけどね。
屯所に引っ張ってきた連中と違って、自分からいくらでも吐けそうだ。誰か引っ張ってくれないかなァ、なんて。
いやはや。
安心して、すべてが終わったのち二百七十年前に戻れるというものです。
『びぃびぃ』と名乗る鬼を討ってこの催し物が終わった後、柳生さんを待たせた江戸に鬼退治をしに。
安心して、すべてが終わったのち二百七十年前に戻れるというものです。
『びぃびぃ』と名乗る鬼を討ってこの催し物が終わった後、柳生さんを待たせた江戸に鬼退治をしに。
いやあ……ねえ、土方さん。
あの都ですよ。
総司たちが血で汚したあの都ですよ。
あの都ですよ。
総司たちが血で汚したあの都ですよ。
あの都が――なんですよ。
ねえ、土方さん。
あの都がねえ。
あの都がねえ。
百五十年先には。
あの都がねえ。
あの都がねえ。
はは。
やっぱり、これ聞いちゃったら他のこととか聞けないなァ。
やっぱり、これ聞いちゃったら他のこととか聞けないなァ。
【F-5・民家/1日目・深夜】
【上田次郎@TRICK】
[状態]:健康(ついさっきまで失神してたのを健康と呼ぶのであれば)
[装備]:スーツ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:ついさっきまで失神してたのでわからん。
1:ついさっきまで失神してたのでわからん。
[備考]
※参戦時期、未定。後続に任せます。
[状態]:健康(ついさっきまで失神してたのを健康と呼ぶのであれば)
[装備]:スーツ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:ついさっきまで失神してたのでわからん。
1:ついさっきまで失神してたのでわからん。
[備考]
※参戦時期、未定。後続に任せます。
【沖田総司@衛府の七忍】
[状態]:健康
[装備]:着流し、菊一文字則宗@衛府の七忍
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:『びぃびぃ』と名乗る鬼を討った後、元和に戻って鬼退治。
1:己の『誠』を信じて突く。
[備考]
※第三十五話以降からの参戦。
[状態]:健康
[装備]:着流し、菊一文字則宗@衛府の七忍
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:『びぃびぃ』と名乗る鬼を討った後、元和に戻って鬼退治。
1:己の『誠』を信じて突く。
[備考]
※第三十五話以降からの参戦。
【中野二乃@五等分の花嫁】
[状態]:健康
[装備]:制服にカーディガン
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:殺し合いはしたくない。
1:大切な人たちに会いたい。
[備考]
※修学旅行中(少なくとも79話ラスト以降)からの参戦。
[状態]:健康
[装備]:制服にカーディガン
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:殺し合いはしたくない。
1:大切な人たちに会いたい。
[備考]
※修学旅行中(少なくとも79話ラスト以降)からの参戦。
【支給品紹介】
【菊一文字則宗@衛府の七忍】
中野二乃に支給された。
日本刀。
菊一文字則宗とは、備前国の刀工・菊一文字則宗が制作した日本刀の総称で、この菊一文字はそのうちの一振り。
鎌倉時代に打たれたのち、奇縁にて新選組一番隊組長・沖田総司の元に渡り、その後沖田とともに鬼を斬るべく時空を超えた。
中野二乃に支給された。
日本刀。
菊一文字則宗とは、備前国の刀工・菊一文字則宗が制作した日本刀の総称で、この菊一文字はそのうちの一振り。
鎌倉時代に打たれたのち、奇縁にて新選組一番隊組長・沖田総司の元に渡り、その後沖田とともに鬼を斬るべく時空を超えた。
| 前話 | お名前 | 次話 |
| Debut | 上田次郎 | 上田次郎のどんと来い、鬼退治 |
| Debut | 沖田総司 | |
| 拝啓、桜舞い散るこの日に | 中野二乃 |