英雄の最期



『グルォオオオオオアオオオァアアアアアアアアアアアア!』

黒き獣の咆吼が空気を歪ませる。

「くははっ!なんという威圧感だ…っ!」
「さすが、伝説の英雄と言われただけはありますね」

黒き獣の体は、元の10倍はあろうかという程まで巨大化していた。
闇よりも暗い闇色の気が筋肉に変化し、体毛に変化し、口は大きく裂けている。
だが、それを見てもスフィンエルは余裕の笑みを浮かべ、
「はは」
と、言う。
戦いそのものを楽しむかのように。

「よくもビヨールをやってくれたのう……畜生如きが!!」
その怒号を合図にスフィンエルの体が爆ぜる。
一足で獣との距離を詰める。
剣を構え、矛先を獣の額に向ける。
しかし獣はその剣戟を噛んで止める。
鈍い金属音が響き、同時にスフィンエルの剣が砕け散る。

「噛み砕きおったか……だが!アルトリウス!」
「はい!」

獣の動きに一瞬の隙が生まれた所に、アルトリウスの一閃が迫る。
数多の狼を従え、数多の狼をほふってきた剣に斬られれば、いくら伝説の人狼であろうとも一溜まりもない。
必殺の一閃が獣の喉元に迫り、

『そこまでだ』

獣の喉元を掻き切る寸前、重々しい声が響く。
不安を掻き立てるような絶望的な声。

「何者……」
と、アルトリウスが言った、その時。

突然世界から光、光が消え始めた。


「なっ………」
と、アルトリウスは驚く。
それは比喩ではなく、本当にこの世界の、すべての光が、なにか吸い取られていくように消えていく。
天が、空気が、大地が、みるみるその光と姿を失っていき、真っ暗になっていく。
くらくらするほどの、闇。

紅く輝いていた獣の瞳の輝きすら見る事が出来ない。

そしてその闇を―――
「ま、まさか……」
その闇を、アルトリウスは知っていた。

『貴様の役割は終わった……消えろ』

(な………)
重々しい声が響く。
そして、その通りになった。
声を発する事も出来ず、アルトリウスは消滅した。枯れた世界樹の葉すら残らず。
誰にも認識されぬまま、アルトリウスは闇に溶けていった。



「…貴様ァ!まさか…!」
暗闇の中、獣と鍔迫り合いをするスフィンエルの叫びがこだまする。

『は はは 我は“夜”』

重々しい声が、天から降ってくる。
全ての存在を否定するかのように。

『夜ははじまり はじまりは破壊 破壊は何も生み出さない』

その声は文字通り重く体にのしかかる。思うように動けない。

『は はは ははは』

声が響く。笑い声が響く。
昼と夜の伝説を、スフィンエルは知っていた。

「何でお前がこの時代に!」

声の主との問答の間も、獣はスフィンエルを喰い殺そうと襲いかかる。
スフィンエルは気配だけを頼りに獣の攻撃を避け続ける。

『まんまと踊らされたな 世界樹の四騎士達よ これで この世界を護る 守護者≪イリヤ≫は 力を失った』

「何を言っ………まさか……!」
そして、スフィンエルは気付いてしまった。
気付いてしまった。
自らの愚かさに。
自らの愚かさに。

『守護者のせいで 我らが≪全ての闇の王≫は この世界に干渉出来なかった だが それももういない それももういない』

夜の王は唱う。

『先刻まで 竜王もすっかり 我らの仲間気取りだったか 所詮は竜 精神攻撃には弱い は はは』

はかせは 唱う。

『そしてここに 我らが≪全ての闇の王≫が 具現する』

その声は、喜びに震えているように聞こえた。

『我を寄り代に 獣の闇を糧に 魔女が錨を目印に !!』

甘ったるい感じが世界を包んだ。
例えではなく、まさに「世界」を。
厳然たる絶望の塊がこの世に生み落とされたのを、スフィンエルは本能的に理解した。

闇が集束し、辺りに光が戻る。
闇が深すぎたせいで、僅かの間だったというのに光に目が慣れるのに数刻かかる。
目の前には、先程まで殺し合った黒き獣が力を失い倒れていた。姿は人狼に戻っている。
そして、その更に先。
イリヤの体を右足に踏みつけ、1人の人間が立っていた。

イリヤだったものを見つめ、その人間は静かに佇む。
その眼鏡の下に潜む虚ろな瞳は、ただただ深い闇を湛えていた。
背丈は160cm程だろうか。
短く切られた黒髪は、少しボサボサとしている。
細身の体からは、

(……とんでもないプレッシャーだな………だが、)

存在感と、吹けば消えてしまいそうな儚さが同居していた。
彼の体が少し歪んだように――少なくともスフィンエルにはそう――見えた。
すると彼を中心に空間が歪み、イリヤの体が霧散する。

(全くの動作無しにアレを消すか)

おそらく、消滅までしてはいないだろう。
真に神性を持つ者を完全に消し去るには、それ相応の準備が必要だ。

(…だが、おそらくイリヤは向こう数千年、この世に具現する事は適わないだろう)

そして、彼の加護は失われ…もはや、この世界に≪全ての闇の王≫の干渉を防ぐ術は無くなったらしい。

イリヤは、操られていたのだ。
世界を護った伝説の竜王が、世界を滅ぼそうとするのがそもそも可笑しかったのに……。
何故、気付けなかったのだろう。
スフィンエルは自らの愚かさを悔いる。

目の前には絶望。
スフィンエルは全身の神経を研ぎ澄ます。
すると、人狼と竜人の少年がまだ生きているのが分かる。
斬り伏せた少女は既に事切れていたが………操られていたのなら悪い事をした。
彼らが生きているのなら、もはや彼らに全てを託すしかない。
≪全ての闇の王≫に彼らが適う望みは薄いが…しかし……

「…あっさり騙される我よりはマシであろう…」

スフィンエルは有らん限りの力を込め、バネのように体に力を溜める。
そして解放する。
≪全ての闇の王≫から放たれた小さな球体が、スフィンエルの居た場所を消し飛ばす。
破壊したのでもなく、文字通りそこには何も無くなってしまった。
空間に穴が開き、闇よりも暗い闇色の世界が見える。

「なんという……」

その光景を横目に見ながら、瞬時に獣人を右手で抱えあげ、その場を離脱しようとする。

【逃げられると 思っているのか】

再びあの声が響く。
全てを圧しようとする強い声。

≪全ての闇の王≫と呼ばれた少年が、気付けばスフィンエルの目の前にいる。
そして、そっと右手を振るう。
音を立てずに静かに、たったそれだけで、
「があ」
スフィンエルの左腕が吹き飛んだ。
瞬時に避けていなければ今の一撃で死んでいたかもしれない。
スフィンエルは離脱を諦め、その場に足を着地する。

「仕方あるまい……この場で神を降ろす!目覚めよ!人狼!」
ドスッと、スフィンエルの拳がガルの鳩尾に叩きこまれ、
「があ」
ガルは目を覚ました。

【ほう 生命力を 分け与えたか】

何故か≪全ての闇の王≫は襲いかかってこない。
しかし、今は好都合だ。この機を利用しない手はない。

「目覚めたか人狼」
「ってー……、って、お、お前…イリヤを…!」

まだ状況を飲み込めていないといった表情で。
しかしスフィンエルを見てまた鬼の形相になっていくガルに、
「安心しろ、イリヤ殿は死んではおらん。だから力を貸せ、状況が変わった」
と、一気に言う。

「はあ?どういう事だよ、誰がお前の言う事なんか……」

「説明している暇はない。貴様に我の命の大半を与えた」

「いや、話聞けって……」

「だから3分…、3分でいい。奴を食い止められるか」

「…………おま」

今は襲ってきていないが、いつ気が変わるかも知れない。

「ここで止められなければ全ては終わる。今からこの場に≪黄金の竜≫を降ろす」

言いながら、スフィンエルは中空に黄金の文字を描き魔法陣を展開していく。
その展開速度は凄まじい。
世界樹の騎士というだけはある。

「それが最後の切り札だ。深い深い闇を討ち払う事が出来るのは、ただただ強い輝きだけ」

節々から血が噴き出て、彼の体が崩壊していく。
それでも彼は儀式をやめない。

「黄金の門を開く!我らを護れ、伝説の英雄よ!」


――――――護れ―――


ガルは、ドクンと心臓が強く脈打つのを感じた。
彼がまだ、普通の人狼だった頃の記憶が蘇る。


傭兵として他人を護り続けた日々。
始めて、ハーフブリードの兄弟から護衛の依頼を受けた時から。
世界樹に挑んでいる間も、彼の役割は護りであった。
伝説の英雄としては可笑しな話かもしれない。

しかしその本質は、自身の信念を護る旅だった。
譲れない物を譲らない為、貫きたい物をただ貫き続ける為。

護るという行為は、彼にとってとても大切な事であった。


その言葉を受け、
「…なんでだろうな。お前とは初めて会った気がしない」
と、ガルはうめいた。

「ははは!面白い事を言う!ならば…」

おそらく、この“夜”とやらと戦えば自分は死ぬだろう。
だが、それも悪くないと思った。
世界を護る為に戦って散るのなら。
もとより、世界樹と同化する事で一命を取り留めたが、あの時すでに一度死んだようなものだ。

だから。
ガル=バスティーユは叫んだ。

「ああ!受けてやろう、その依頼!ガル=バスティーユ…最後の伝説だ!!」


しかし声は興味が無さそうに言う。
【かなうと おもって いるのか】

「やってみなけりゃ分かんねぇだろうが……お前の相手は、この俺だ…!」
全身に溜めた力を解放する。右手に全ての力を集め、大剣≪ニーズホッグ≫を思いっきり投げる。
殺すつもりでいった。

だが、
【あたらんよ そんなもの】

“夜”はあっさりとそれを避け、ガルの目の前に現れ先程と同じように右手を振るう。
それを寸での所で避け、大きく一歩後ろに下がる。

「誰が外したって言ったよ」
先程投げた長剣は、その形をブーメランのように変形させて“夜”めがけて戻ってきていた。 

【な……】
≪ニーズホッグ≫が“夜”を直撃する。

「やったか……!」

【すこし あぶなかったな さすがはでんせつの えいゆうか】

「なん……だと……」
“夜”は片手で≪ニーズホッグ≫を受け止めていた。
その体には、傷ひとつ付いていない。

【おちついて はなしをきけ 我は貴様と 戦う気はない】

“夜”とやらが語り始める。

【≪黄金竜≫の復活…いや 先程霧散した“彼”との戦こそ 我が本懐
 邪魔はせん ここで待とう だが】

ズンと。
何かが、自分の体を貫いたのを感じる。
見ると、下腹部に巨大な黒い槍が突き刺さっている。

「がはっ…」

口から、腹から、大量の血が出る。
明らかに…致命傷だった。

【邪魔者には 消えてもらおう】

ガルの体が力無く倒れる。

【巨大な太陽はそれゆえ深い闇をもつ その闇を失った今 お前は―――】


ガルの体は、動かない。


【ただの獣人だ】



「ガル殿…!!」
同時、スフィンエル神降ろしの準備が整った。

黄金の門を開き≪黄金の竜≫を呼び出す。
そして、先程霧散したユージローとか言った竜人と混ぜ合わせ、この空間に具現させる。
竜との親和性の高いユージローに、イリヤの首輪を用いて≪黄金の竜≫の力を内包させる。
≪黄金の竜≫は元々“夜”を払うと言われる存在だ。
ならば、制御出来るかは分からないが、その可能性に賭けるしか無かった。

「信じるぞ……! 求めるは黄金>>>ユージロー!」
詠唱を受け、スフィンエルの背後に巨大な黄金の門が現れる。
そこから大量の光が溢れだす。
先程“夜”が現れた時とは真逆に、強すぎる光に周囲は何も見えなくなる。

光がガルの体を飲み込み、消し去る。
そして、その光と共に、スフィンエルもまた消えていった。


【ははははは!やっと…!やっとお前と戦える……!全てはこの時…!この瞬間の為…!】

“夜”が興奮気味に叫ぶ。
口元は大きく歪み、体は喜びに震えていた。

やがて門が閉じ、黄金の奔流が収まる。
そしてそこに立っていたのは、

「…………」

光り輝くユージローだった。
全身を黄金色に輝かせ、すべての闇を払わんと光り輝く。
その姿は、この世のものとは思えないほど美しくて。
ひどく、美しくて。
そして実際に、もはや彼は人ではなかったし、竜人なんてものでもなかった。
龍神…≪黄金の竜≫ユージローが、そこにはいた。
その服は、伝説の獣人ガル=バスティーユのものと同じであった。
軽装に腰に巻いたマントをなびかせ、手には≪ニーズホッグ≫とは異なる黄金の剣を携えていた。
片刃の細身の刀身に、柄以外には一切ついていない刀。


周囲には強い光と暗い闇が満ち、丁度2人の間でぶつかりあう。

ユージローは黄金に輝く瞳をそっと開け、
「……全て…思い出したよ…」
と、聞こえるか聞こえないかと言った声で、そう言った。

【そうか…そうか……!ならば、我が名も…!】





「ああ…久し振りだな、ダークりんク…いや、“りん君”」





【あ…あああ…!!!】
その響きを聞き、“ダークりんク”は歓喜に身を焦がす。

【そうだ…!長かった…永かった…!ついに、決着を付ける時がきた】

「“大UCA戦争”…この、無数の世界に分化する前のすべての始まりの世界で起こった大戦争以来か…」

2人は、昔を懐かしむように語る。
それは親しい友のように。
それは滅ぼしたい仇のように。

【ふふ…もはや伝説すら残ってはいないさ……君もすっかり忘れていたようだけど】

「始原世界“UCA”が2つに分かれて起こった大戦……光と闇の戦いは世界を壊し、」

【世界は無数の次元に分かれた】

「その原因は…」

【ああ 僕たち2人の最後の「あの戦い」だ…あれは楽しかった】

りんは天を仰ぎ、目を細める。

「なんで!なんで闇に堕ちたんだ…りん君……!」

【僕は全てを背負いすぎた そして その重荷に耐えられなくなった】

「…………」

【僕は“すべての闇”を背負う事で概念となり 消滅を免れた そして君は】

「ああ…兎角やTuriah荒廃者、能島、カジキ…その他多くのUCA部員と同化する事で…生き伸びた……」

【だから君は そんなに体液を大量に出すんだ 代謝機能は完全に蓄積したようだね】

それを聞きユージローは、ええぇーと思い、
「ええぇー」
と、そのまんまな事を言った。

【そんな事言われたって ついでに体液が光っていたのは世界を照らす光を宿していた名残だ】

「うわ、一気に伏線回収すんのな」

【さて もうおしゃべりはいいだろう 決着を付けよう ユージロー】

言って、りんは右手を前に構える。
するとそこに、鋭く尖った一本の剣が生まれる。
刃のない、突くためだけに鍛えあげられた漆黒の刀身。月のイメージが装飾された、シンプルな形状の柄守。
それはいわゆる、フェンシングで使われるエペ・ラピエルのような武器だった。
だがエペとも違う。
レイピアとも違う。
いやそれはそもそも。

【…………】

そもそもそれは、ユージローを相手にするためだけに造られた武器だった。
その剣を、りんは右手で握る。
強く握る。
そして嬉しそうに言った。

【ああまったく……やっときた やっとこの日がきた 待ちくたびれたよ】



光と闇が激突する。
永かった戦い。
その全てが、今、この場に収束する。


どちらが勝とうと、世界はこれまでの姿を保てない。

光が勝てば、あらゆる絶望は消える。
そして世界は休む事を忘れる。

闇が勝てば、あらゆる希望は消える。
そして世界は生きる事をやめる。







「……いくぞ、りん!部活の続きだ!!!」

【ああ…来い!ユージロー!!!】



ここに、光と闇が激突した。






→ #12
→ #10


  • 凶剣、ユジロ・エラー -- 朱音さん (2012-07-18 05:30:21)
  • ダークりんクラスボス化 -- さいたま (2012-07-18 08:16:27)
  • パクリだらけですまん。全部の元ネタに気付けた人は凄い(貴也的な意味で -- 兎角 (2012-07-18 15:37:38)
  • じゃあ俺が最終話書くよ -- 朱音さん (2012-07-19 01:01:28)
  • そうか やってくれるか -- 兎角 (2012-07-19 01:01:43)
  • まかせろ -- 朱音さん (2012-07-19 01:01:56)
  • ひとつ、確認していいか? 最終話を書くのはいいが……別に三行で終わらせてしまっても、構わんのだろう? -- 朱音さん (2012-07-19 01:38:33)
名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年07月19日 01:38