ひとりごと
―ある日の若島津健―2
ぬくぬくの炬燵から出るのは嫌だったけど、ひとりだし俺は仕方なく扉を開けようと立ち上がった。
「あ、島野。」
開けると荷物を手にした島野が立っていた。
「ひとり?」
「うん。」
俺の返事を待たないで島野は部屋に入って来た。
もう。相変わらず勝手。
島野正。
東邦サッカー部の頭脳、軍師って呼ぶ人もいる。
ポジションは司令塔であるMF。
実は、部内では日向さんより恐れられていたりする。
日向さんが炎なら島野は氷。
眼鏡をかけた島野の怜悧な瞳で、下される命令に逆らえる人間は少ないと思う。
だって本当に怖いんだもん。
その島野が炬燵の上に置いた荷物を見て、俺はげんなりした。
参考書とノート。
しかも古典。
うぇぇと声には出さずに、口だけ形にする俺を島野は睨んだ。
「この口は何だ。何が"うぇぇ"だ。お前古典赤点スレスレだろ。」
うわーん。口ひっぱんないで。
「古典赤点だったら、選手権出場させないから。」
えーっっ!!
それは困る。
ものすごく困る。
スタメン決めるの確かに監督なんだけど、島野の優秀な頭脳を当てにしてるから今のセリフは説得力があったりする。
俺は渋々頷いた。
「解ったよぅ。やるから。」
もう。口ひっぱるから少しヒリヒリする。
口を触る俺を見て島野は少し笑った。
めずらしいの。
「勉強見てやるから。それに。」
それに?
島野は微笑を崩さずに、もうひとつの荷物を俺の目の前で軽く振ってみせた。
「あ。駅前の」
俺の言葉に島野は頷いた。
「勉強ちゃんとしたら御褒美やるから。」
島野の持ってきた箱は、俺の大好きな駅前のケーキ屋のものだった。
うれしいー。
「プリン?」
「開けてからのお楽しみ。」
箱を冷蔵庫(東邦は完備♪)にしまうと、島野は俺の頭を軽く小突いた。
「ほら。勉強。」
解りました。やります。やれば良いんでしょ。
ブツブツ言いながらも、餌に釣られて俺は机から教科書と筆記用具を持ってくると炬燵に座った。
「もう古典。本当に嫌い。
何で昔の恋愛物なんか勉強しなくちゃいけない訳?
歌とか全然、わかんないっ。」
ぶぅぶぅ文句を垂れる俺を島野は睨みつける。
怖いったら。
島野に教わり何とか勉強を進めていると、彼が思い出した様に言った。
「この蹴鞠ってさ。」
「なに?」
丁度、文章に出てきた単語をシャーペンの先で指して島野が続ける。
「当時の人は、かなり夢中だったらしいね。」
「そうなの?」
島野の言葉に少し興味が湧いた。
足でやる鞠つきみたいなのかなぁ。
「蹴鞠をしていると、熱中しすぎて酔った様になったと何かで読んだな。」
へぇぇ。そうなんだ。
俺は素直に感心した。
「何かわかるなぁ。俺も試合の時はそうなるよ。すっごい集中してるのに頭が熱くてぼーっとなるもん。」
そう言った俺を見て、島野はクスリと笑った。
「お前のは、ただのランナーズ・ハイじゃないのか?」
失礼なっ。
キーパーですっ。
走るのは島野達の仕事でしょ。
「ほら。ここをやっつけたら御褒美だから。」
むっとした俺の近くに顔を寄せ、笑いながら島野が言った。
……いつもより固体距離近くない?
近くにある眼鏡をかけた島野の横顔を見る。
日向さんとは全く違うタイプの、端正な顔。
シャープで冷た気で、事実冷たいのだけど。
でも面倒見良いよね。
叱りながらも、いつも俺のこと気にかけてくれるし。
いつもプリンくれるし♪
(でも只では貰えないけど)
本当は良い奴なの、俺知ってるよ。
最終更新:2011年10月10日 17:01