河野龍太郎氏との対談:日本経済の真の課題と未来への提言
経済アナリスト森本氏が、BNPパリバ証券チーフエコノミスト河野龍太郎氏をゲストに迎え、日本経済の現状と課題、そして未来への展望について深く掘り下げる対談を行った。対談は、河野氏の著書「日本経済の死角」を軸に、賃金停滞、企業内部留保、労働生産性、分配の問題、コーポレートガバナンス、そして日本経済の構造的な問題点について議論が展開された。
1. 賃金停滞の真実:生産性向上との乖離
- データが示す現実: 1998年から25年間、日本の時間あたり実質賃金は全く上がっていない。むしろ、近年の円安インフレの影響で約3%下落している。
- 生産性向上との矛盾: 同じ期間に労働生産性は3割も向上している。これは、生産性向上による果実が労働者に還元されていないことを意味する。
- 大企業経営者の誤認: 大企業経営者やエコノミストは、賃金が上がらない理由を生産性の低迷に帰着させるが、データはそれを否定する。
- 国際比較: 近代以降、先進国で四半世紀にわたり実質賃金が横ばいなのは日本だけである。他の先進国、特にドイツやフランスと比較すると、日本の状況は際立っている。
- 収奪的システム: 生産性向上分が企業に蓄積され、労働者に分配されない現状は、「収奪的システム」という言葉で表現される。
2. 企業内部留保の異常な積み上がり:投資と分配の偏り
- 巨額の利益剰余金: 日本企業の利益剰余金は、過去10年間で年間約30兆円のペースで積み上がり、2023年度には600兆円に達した。
- 人件費の停滞: 一方で、人件費はほぼ横ばいである。これは、企業が利益を内部に留保し、労働者への分配を抑制していることを示す。
- 大企業における賃金格差: 大企業では、現在の中間管理職の賃金が、30年前の同じ役職の賃金よりも低いという逆転現象が起きている。
- 賃金が上がらないメカニズム: 企業は毎年昇給を行うが、賃金の高い高齢層が退職し、賃金の低い新入社員が入社するため、企業全体の人件費は増加しない。
- 投資の海外シフト: 国内での需要低迷を理由に、企業は投資を海外にシフトしている。
3. コーポレートガバナンス改革の落とし穴:株主偏重の弊害
- 株主資本主義の導入: 日本は、1990年代末の金融危機以降、米国型のコーポレートガバナンス改革を導入した。
- 短期的な利益追求: 株主は短期的な利益を追求する傾向があり、企業経営者は株主の意向に沿った経営を求められるようになった。
- 長期的な視点の欠如: その結果、企業は長期的な投資や人材育成よりも、短期的な利益を優先するようになった。
- 収奪的システムの温存: 株主偏重の経営は、収奪的システムを温存し、賃金停滞を招いた。
4. 日本経済の構造的な問題点:長期雇用制度と非正規雇用の拡大
- 長期雇用制度の維持: 日本企業は、長期雇用制度を維持するために、賃金の上昇を抑制してきた。
- 非正規雇用の拡大: 非正規雇用を拡大することで、人件費を抑制し、景気変動に対する柔軟性を高めてきた。
- 二極化の進行: 長期雇用制度の恩恵を受ける正規社員と、賃金が低く不安定な非正規社員との間で二極化が進んだ。
- 中間層の没落: 中間層の賃金が停滞し、消費が低迷した。
5. 賃金上昇への処方箋:労働組合の強化と分配構造の是正
- 労働組合の弱体化: 日本の労働組合は弱体化しており、賃上げ交渉力が低い。
- ヨーロッパとの比較: ヨーロッパでは、労働組合が強く、企業との交渉を通じて賃上げを実現している。
- 労働組合の強化: 労働組合を強化し、企業との交渉力を高めることが重要である。
- 分配構造の是正: 企業は内部留保を抑制し、労働者への分配を増やすべきである。
- 人への投資: 人材育成や能力開発に投資することで、労働生産性を向上させ、賃上げの原資を確保すべきである。
6. インバウンド消費の落とし穴:安価な労働力の搾取
- 割安な日本: 日本の物価水準は、他の先進国に比べて割安になっている。
- インバウンド消費の増加: 割安な日本に多くの外国人観光客が訪れ、インバウンド消費が増加している。
- 労働力の搾取: しかし、これは日本の労働力を安価に売り渡していることを意味する。
- 賃上げの必要性: 賃上げを通じて国内消費を活性化し、インバウンド消費に依存しない経済構造を構築すべきである。
7. 日本経済再生への提言:多角的な視点と政策の必要性
- 成長戦略の再構築: 生産性向上だけでなく、賃上げと分配を重視した成長戦略を再構築すべきである。
- 労働市場の改革: 労働市場の流動性を高め、非正規雇用の待遇改善を図るべきである。
- 企業文化の変革: 企業は、株主だけでなく、従業員や地域社会といったステークホルダーを重視する経営に転換すべきである。
- 政策の多角的な視点: 経済政策は、短期的な利益だけでなく、長期的な視点と社会全体の幸福を考慮して策定されるべきである。
8. 若年層の賃金上昇と企業の変化
- 若年層の賃金上昇の兆しが見えてきている。
- 人手不足が深刻な業界では、非正規雇用の賃金も上昇している。
結論:
対談を通じて、日本経済の課題は単なる経済現象ではなく、社会構造や企業文化、そして政策の歪みが複合的に絡み合った結果であることが浮き彫りになった。賃金停滞の根本原因を理解し、労働組合の強化、分配構造の是正、人への投資、そして企業文化の変革といった多角的なアプローチを通じて、日本経済の再生を目指す必要性を強調した。