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響きblog

モデル化の力

最終更新:2007年12月25日 15:10

hibiki

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ポール・クルーグマン「ぼくの研究作法」山形浩生訳
これは本当に素晴らしいモデルだ――その理由は、仮定が髪の毛一筋ほどでももっともらしいからではなくて、経済効率性の性質や、市場システムの下での効率性実現可能性について、明晰に考えるのに役立つからなんだ。このモデルはまさに、華麗で見事な馬鹿馬鹿しさなんだ。



ぼくの研究作法

How I work (The American Economist, 1993)
Paul Krugman
Liddy 訳 + 山形浩生チェック
http://cruel.org/krugman/howiworkj.htmlより転載

このエッセイでぼくが公式に依頼されているのは、自分の“人生哲学”について語ることだ。はじめにはっきりさせておきたいんだけど、ぼくはこの指示に従うつもりはない。だってぼくは人生一般について何か特別なことを知っているわけではないもの。確かシュムペーターだったと思うけれど、彼は自分が故郷のオーストリアで最高の経済学者であるのみならず、当代きっての乗馬の名手で、あっちのほうも精力絶倫だぜとのたまったとか。ぼくは馬には乗らないし、それ以外の方面についても自分に幻想は持ってない(でも、料理はかなり得意だよ)。


このエッセイでぼくが伝えたいのはもっと限定されたことだ。つまり、ものを考えること、特におもしろい経済学をやるにはどうすればいいか、ということについての考えだ。ぼくは同世代の経済学者の間でもかなり独特の知的スタイルを持っていると言われているようだ――それが必ずしも他より優れたスタイルというわけではない。だって良い経済学者にもいろいろあるからね。でもぼくにはとても役立ったスタイルではある。このスタイルの本質は、いくつかの原則に要約することのできる一般的な研究戦略だ。そして、それよりもっと政策よりの文章や発言も、究極的には同じ原則に基づくものだと捉えている。この研究の原則にはエッセイの後半で触れる。でも、この原則を紹介するのに一番ふさわしいのは、(ぼくが思うところの)どうやって自分流の研究の方法論にめぐり合ったのかを説明することだと思う。


出自

今日の若い経済学者のほとんどは、数学っぽい方から経済学にやってくる。初めはゴリゴリの科学や工学部門でのキャリアを志していた人たちが、ちょっと志を下げて、社会科学では一番厳格な分野へと下ってくるんだ。この方向から経済学に参入してくる利点は明らかだ。すでに、数学の分野で十分な訓練を積んでいるし、形式的なモデル化という発想がごく当然のものとして身に付いている。でも、それはぼくの故郷じゃない。ぼくの初恋の相手は歴史だった。実は数学については必要になったものをそのつど身につけただけで、ほとんど勉強しなかったんだ。


それにもかかわらず、ぼくは早い時期から深く経済学に関わるようになった。まだイェール大学3年生でしかない時にウィリアム・ノードハウスの(世界のエネルギー市場に関する)研究助手として働いたんだ。そのまま大学院に進んで、まだMITにいる時に、初めて本当に成功した論文――貿易収支危機の理論的分析――を書いた。ぼくは自分が小さな数学モデルを使いこなすのが得意で、それに加えて、単純化してモデルを扱い易くするための仮定を見つける才能があることに気付いた。でも大学院を卒業する時点では、少なくとも自分では五里霧中状態だった。研究テーマがはっきりしなかったし、本当に研究が好きなのかどうかさえよくわからなかったんだ。


自分の知的な足がかりはまったく突然に見つかった。1978年の1月のことだ。ぼくは幾分途方にくれていて、かつての指導教官ルーディ・ドーンブッシュを訪ねた。いくつか思いつきを話してみた。その中には、ボブ・ソローの短期講習で学んだ独占競争モデル――とくにディキシットとスティグリッツによるちいさくて素敵なモデル――が国際貿易に関係があるかもしれない、というぼんやりとした発想も含まれていた。ルーディは、その考えはものすごく面白いものになるかもしれないと指摘してくれた。だから、ぼくは家に帰って真剣に考えてみたんだ。それから数日のうちに、自分の研究生活の核となる何かをつかんだのがわかった。


何を発見したのか? ぼくの貿易モデルのポイントは、思いついてみればそんなに意外なものじゃない。たとえ比較優位がなくても、それとは別に規模の経済が国際貿易の原因になりうる、というのがぼくの発想だった。これはぼくにとっては目新しい洞察だったけれど、伝統的貿易理論の批判者たちが、すでに何度も指摘していたことだったんだ(というのをぼくはその後すぐに知ることになった)。ぼくがこしらえたモデルは、まだきちんと詰まっていないところがあった。特に、そのモデルにはおおむね複数の均衡解があったんだ。そしてそれですら、モデルを扱い易くするためには、明らかに非現実的な仮定をおかなくてはいけなかった。そして、一旦そういう仮定をおくと、モデルは実につまらない単純なものにしかならなかった。それを論文に仕立てるときにも、すごい高等数学技能を駆使してみせる余地は全然なかった。だから、ぼくが特に面白いことをしているとは思わない人もいたかもしれない(何年ものあいだ、一部の同業者たちからそう言われることになる)。でも、こうした特徴はすべて悪徳ではなく美徳であり、何年も継続する生産的な研究につながるプログラムになれるのだと――なぜかほとんどしょっぱなから――ぼくは思っていた。


もちろんぼくは、伝統的理論への批判が何十年も言ってきたことを主張しただけだ。でも、ぼくの論点は国際経済学の主流にはなっていなかった。なぜか? それを表現するきれいなモデルがなかったから。新しい独占競争モデルのおかげで、ぼくはそれまで泥沼としか思われていなかったものを、きれいに示せるようになった。けれど、それよりも重要なのこととして、経済学の方法論がどんなに大きな盲点を作り出すかについて、ぼくははっと気がついた。経済学者は定式化できないものは目に入らない。そして最大の盲点は、収益逓増と関わりがあった。自分のやるべきことは、まさに目の前にあったんだ。要するに、物事を少しちがった角度から見て、それによって明白なこと、目の前にずっとぶら下がっていたものをはっきりさせることだ。


ぼくがその冬と春で書き上げたモデルは、「誰が、何を、生産しているのか」を正確に特定するという意味では不完全なものだった。それでも、そのモデルは有意義なストーリーを語っていたんだ。自分がやっていることをはっきりと表現できるまでには長い時間がかかった。でもそのうち、難問を扱う場合のひとつの方法は、問題そのものを変えることだ――とくに(問題の)レベルをずらしてみることだ、ということに気がついてきた。詳細な分析をやろうとするとえらく面倒かもしれない。けど、ずっと単純な形でひとくくりにしたり全体としての記述をしてみれば、話はそれですんじゃうかもしれないんだ。


この全体的、あるいはひとくくり的なレベルの記述をするには、もちろんディキシットとスティグリッツのモデルや、その手のモデルの基礎になっている「対称性」という基本的には馬鹿げた仮定を受け入れるしかない。でも、このばかげた仮定のおかげで説得力のあるお話ができるようだったし、そのお話は神聖化された標準的な競争モデルの仮定を使っていたら出てこない。経済学は、いつだってばかげた仮定を使っているということにぼくは気付き始めた。ただその一部を繰り返し使っているうちに、それが自然に思えてきたというだけだ。だから、モデルの仮定で何が出てくるか見極めるまで、モデルをばかげたものだと言って拒絶しないこと。


最後に、モデルが単純すぎたおかげで、ぼくの中でくすぶり続けていた「大学院で苦労して身につけた高度な数学技能を見せつけたい」という欲求は満たされなかった。でも、その単純さこそがこのしつらえにとって中心的なものだということに間もなく気がついた。貿易理論家が収益逓増の役割を取りあげなかったのは、実証的に何か理由があったからじゃなくて、難しすぎてモデル化できないと思っていたからだ。それが子供っぽいほど単純だと示せた方が、インパクトはずっと大きいでしょ。


そういうわけで、ぼくは 25 歳の誕生日を待たずして、自分の研究生活のテーマをおおむねつかんでいた。もしもぼくの一大プロジェクトが、他の経済学者に受け入れられなかったらどうなっていたんだろう――トンデモに走るとか、経済学不信になってやめちゃってたかも。でも実際には、すべてが信じられないくらい上手くいった。ぼくの頭の中では、自分の核となる研究の曲線は1978年の1月以来、とっても一貫した道を進んでいる。数ヶ月のうちに、ぼくは基本的な独占競争の貿易理論を書き上げた――実はほぼ同時に、それぞれ独自に考案されたアヴィナッシュ・ディキシットとヴィクター・ノーマンのモデルや、ケルヴィン・ランカスターのモデルとよく似ていた。論文の発表にはちょっと手間どった――旗艦誌(the QJE)からはそっけない拒絶をくらったけど、これは経済学における革新にはつきものの運命らしい――けど、でも研究は続けた。1978 年から 1984 年の終わりくらいまで、実質上ぼくはすべての研究エネルギーを国際貿易における収益逓増と不完全競争の役割の研究にあてた(一年休みをとってアメリカ政府で働いた。でもそれは後でもっと詳しくね)。他の人が同じ道をたどるにつれて、個人的な探求だったものがひとつのムーブメントになった。とりわけ、エルハナン・ヘルプマンは――深くものを考える人で、彼の誠実さと自制心はぼくのちゃらんぽらんなだらしなさと上手い具合に対照的だった――まず自分で重要な貢献を果たしてから、ぼくを共同研究に誘ってくれた。ぼくたちの力作、Market Structure and Foreign Trade(「市場構造と外国貿易」)は、ぼくたちのアイデアを確固たるものにしたばかりか、ほとんど標準の考え方にしてくれた。七年間のうちに、偶像破壊から正統教義にまで出世したわけだ。


理由はよくわからないけれど、1980年代の数年間、ぼくは収益逓増に関する一大プロジェクトをしばらく寝かせて、国際金融に関心を向けた。この分野でのぼくの仕事は、主としてその時の政策問題に刺激された小さなモデルの群れだ。そういうモデルは、ぼくの貿易モデルみたいに何か共通のテーマがあったわけじゃないけれど、ある程度はその知的スタイルという点で似通っていて、それは貿易の研究とも共通するものだと思う。


1990 年には新しい方向から収益逓増の経済学へ復帰した。貿易で収益逓増の役割を正当化するのに使ったテクニックが、すっかり見捨てられていた分野(地理経済学、空間における活動の立地)の見直しにも使えることに気付いたんだ。そこは貿易の分野以上に、経験的な洞察や、良いお話、そして明らかな現実面の重要性がいっぱいだったけれど、それを定式化するいい方法をだれも知らなかったから、目の前にあるそういうものが無視されたままになっていたんだ。ぼくにとっては自分の知的幼年期の最良の瞬間を再体験しているみたいだった。地理学をやるのは大変だ。モデルを簡単に見せるにはものすごい知恵がいるし、データ分析だけでなく理論化にもコンピュータが要るのがますますはっきりしてきた。でも、見返りはとっても大きい。ぼくにとって理論の最大の醍醐味は、最初から当然だったはずのことや、「ああ、あれか」と現実の知識がすぐに思い当たるのに、それまでは気がつかなかったことをモデルが教えてくれる瞬間なんだ。地理学にはまだその醍醐味がある。


本稿の執筆時点では、地理学に関する研究は、ぼくをさらに遠くへと導いているようだ。特に、地理学のモデルで自然と生じてくる概念と、伝統的な開発経済学――1940 年代から 50 年代に流行し、その後衰退した「高等開発理論」――との間には明らかに類縁性がある。だから、ぼくは自分の理論研究プロジェクトはもっと視野を広げ続けると期待しているんだ。


研究のルール

1978 年におけるぼくの成長期を説明する中で、ぼくはすでに研究のための4つの基本的ルールをそれとなく示した。今度は明示的にそれについて述べ、説明しよう。これがそのルールだ。

  • 異教徒に聞いてみよう
  • 問題そのものを見直せ
  • あえて馬鹿になってみよう
  • 単純化、単純化

異教徒に聞いてみよう

この原則が意味しているのは、「たとえ自分と慣習が違っていたり、分析的な話し方をしない相手でも、知的な人の言うことに耳を傾けよう」ということだ。実例を出した方がポイントを一番上手く説明できるかもしれない。ぼくが 貿易理論の再検討を始めた時、すでに国際貿易理論を批判する文章はかなりの数あった。貿易のほとんどはもともと同じような要素を持つ国の間で行われているし、そういう貿易の多くは、同一産業内での同じような製品の取引だということは、多くの経験論者が指摘していた。鋭い観察者は、現実の国際市場における規模の経済や、不完全競争の重要さを指摘していた。でも、これらの知的な発言は貿易理論家の主流からは無視されていた――だってそうした批判は、比較優位を十分理解していないように見えることも多かったし、独自の筋の通ったモデルも示せていなかった。そんなの相手にすることないだろう、というわけ。結果として、経済学という学問分野は目と鼻の先にあった証拠とお話を見過ごした。


地理学でも一緒だった。地理学者と地域科学者たちは、局地化された外部経済の性質と重要性に関する膨大な証拠を集めていたし、その証拠を、厳密ではないかもしれないけど、知的な形でまとめていた。それなのに経済学者たちは、かれらの主張を無視してきた。その主張が自分たちの言語とはちがうことばの人たちからきていたからだ。


ぼくは、定式化された経済分析に価値がないとか、経済問題に関する意見はだれのものでも等しく素晴らしいなんて言いたいわけじゃない。まったくその逆! モデルの重要性をとても強く信じている。ぼくらの精神にとって、モデルは石器時代の武器における槍投げ器みたいなものだ。ぼくらの洞察力の範囲と強さを大いに拡げてくれる。特にぼくは、モデルを構築の非現実的な単純化を批判したり、仮定をあいまいにすると洗練度が上がると夢想する人たちにはまったく共感しない。大事なのは、経済モデルは真実ではなく、メタファーだと理解することなんだ。発想は是非ともモデルで表現すること。それも出来る限りかわいらしくね(後でもっと詳しくふれる)。でも、それがまちがったメタファーかもしれないし、別のメタファーを使う人が自分の見落としを見つけているかもしれないことは忘れないこと。


問題そのものを見直せ

1978 年以前にだって、外部経済と国際経済について書かれた文章は少しはあった。でも、あまり影響力は持たなかった。どうしようもなくごちゃごちゃしているようだったからだ。最も単純なモデルでさえ、可能な結果の分類という泥沼にはまり込んでいた。その後はっきりしてきたのは、そうした混乱が生じた大きな理由は「モデル構築者が自分たちのモデルで、伝統的な貿易モデルがしているのと同じこと、つまり厳密な産業特化と貿易パターンの予測をやろうとしたから」ということだ。でもなぜそんなことをやりたがるの?  ヘクシャー-オリーン のモデルでさえ、論点は要するに「ある国は、その国に豊富にある要素を集約した財を輸出する傾向がある」くらいの話だ。仮に詳細なモデルが「資本が豊富な国が資本集約的な財 X を輸出している」という結果を出したとする。それに価値があるのは、さっきの洞察に対する理解が深まるからであって、ひどく単純化されすぎたモデルの個別細部を本気で気にかけているからじゃないんだ。


やってみると、古典的な 2 部門、2 財モデルから得られるような詳細を要求しなければ、外部経済モデルはごくすっきりしたものになった。「福祉と世界収入がどう分配されるか」といった「大局的」な問題を考えるのであれば、ごく単純できれいなモデルを作れる。そして経済学で知りたいのはそういう大局的な問題だったりする。ぶっちゃけると、詳細にこだわりすぎるのは、使いすぎのモデルの根深い偏見を別の分野にも持ち込んでるだけで、それはわざわざ苦労をしょいこんでるようなものだったんだ。


同じことがぼくが取り組んできた多くの領域に当てはまる。一般的に、もしもある分野の人たちが超難問にはまっているなら、本当に正しい問題に取り組んでいるのか考え直してみるといい。もっと簡単に答えが出せて、もっと面白い問題が他にあることも多いんだ!(この技の欠点は、人を怒らることが多いことだ。何年も難問に取り組んできた研究者に、その問題をうっちゃればその分野は復活するよ、と教えてあげてもなかなか感謝されたりしないもんね。)


あえて馬鹿になろう

もしもみんなが経済理論の分野で論文を発表したいならば、無難な方法がある。だれもが知っているモデルに、概念的にはマイナーだけど、数学的に難解な拡張を加えればいいんだ。そのモデルの基本的な仮定はみんな知っているものだから、奇妙なものだとは思われない。やってることは技術的に難しいから、数学能力をひけらかして尊敬もされるだろう。残念ながら、人智には大して貢献してないけどね。


ぼくが新しい貿易理論の分野でやっていたのは、これとは正反対のことだった。見慣れない仮定を使って、とても単純なことをやっている。でも、こんなことをするのには、とてつもない自信が必要になるよ。だって、最初のうちはみんな(とりわけ雑誌の査読者)、研究を批判するだけでなく、馬鹿にするのは確実だから。どうやっても仮定が風変わりに見えるのは間違いない。すべて同じ生産関数を持った財の連続体が、対称的な形で効用に入ってくるだって? 正反対の要素を与えられた、まったく同じ経済規模を持つ国々だって? なんだってそんな馬鹿馬鹿しい仮定を持ったモデルに興味を持たなきゃいけないんだ、とみんな言うだろう――難問を解いて見せて才能を実証しているずっと頭のいい若い連中がたくさんいるってのに。


「ぼくたちが使っているモデルのすべてが馬鹿馬鹿しい仮定を使っている」というのは多くの経済学者にとって、ものすごく受け入れ難いことのようだ。認知心理学の知識から見れば、効用最大化なんてばかげた発想だ。金融市場の外部では、均衡なんてアホ臭い。完全競争なんてほとんどの産業では冗談もいいところ。こうした仮定を使う理由は、それがまともだからじゃない。現実の世界で起こるはずのことに対する、有効なメタファーとなるモデルを作れるようにしてくれるからなんだ。


例を一つ見てみよう。役立つモデルであるばかりか、神聖なる真理を明らかにしたと、(一部の)経済学者が考えている例――効用最大化と完全市場を前提にしたアローとドブリュー の完全競争モデルだ。これは本当に素晴らしいモデルだ――その理由は、仮定が髪の毛一筋ほどでももっともらしいからではなくて、経済効率性の性質や、市場システムの下での効率性実現可能性について、明晰に考えるのに役立つからなんだ。このモデルはまさに、&font(b

なんだ。</p>)

創造的な馬鹿馬鹿しさの時代はまだ終わっていないとぼくは信じている。経済理論家としての美徳は、過去の論文で何百回と使われて自然に思えるようになった仮定から最後の血の一滴を搾り取ることにあるんじゃない。もしも新しい前提によって価値ある洞察が生まれるのならば、仮定が風変わりかどうかなんてどうでもいい。


単純化、単純化

「あえて馬鹿になろう」という指示は、でたらめをやっていいということじゃない。実は、本当に革新的な理論を作るのは、確立された学問分野で研究する以上に知的な鍛錬を必要とするんだ。道を踏み外さないのは本当に大変なんだよ。見知らぬ土地では、はっと気がつくと堂々巡りをしていることがあまりに多い。ケインズがどこかで「人間は一人でものを考えていると、驚くほど愚かなことを一時的に信じてしまう」と書いていたっけ。それともう一つ、あなたのように過去何年もその問題と格闘しておらず、今後数年間あなたの答えと格闘する気もない他人でも、苦労しないで理解できるように自分の発想を表現することは決定的に大事なことだ。


運のいいことに、この両方を一石二鳥で果たしてくれる戦略がある。自分の洞察も抑えてくれるし、そういう洞察を他人にもわかりやすくしてくれる戦略だ。それは常に自分の考えを、とにかく最も単純なモデルで表現しようとすることだ。必要最小限のモデルにまでそぎ落とす行為によって、自分の言わんとすることの本質に到達せざるを得なくなる(そして、自分が実は何も言うべき事を持っていない状況で、それを思い知らせてくれる

。そういう最小限のモデルなら、他の経済学者にも説明するのは簡単なはず。</p>)

ぼくは、この「必要最小限モデル」アプローチを何度となく使ってきた。貿易における独占競争の基本的役割を説明するのに、1要素の1産業モデルを使った。産業内貿易の影響を説明するのに、完全な ヘクシャー-オリーン の要素代替を使わず、セクター固有の労働を仮定した。相互対抗的なダンピングの役割を調べるのに、対称的な国を想定してみた、等々。そのおかげでどの場合も、とてつもなく難しいと思われていたテーマについて、一見するとばかばかしいくらい単純に見えるもので取り組めたんだ。


この戦略の欠点はもちろん、同僚の多くに「かわいらしいくらい小さなモデルで表現できる洞察なんて、どうせつまらん自明なものだろう」と思われてしまうことだ――単純さこそ何年も一生懸命考えた結果なんだ、ということが野暮な人にはわからない。ジョセフ・スティグリッツがイェール大学で終身教授職の審査を受けていた時に、先輩研究者が「スティグリッツの論文は深遠な定理がなくて、些末なモデルばかりで構成されている」と言って、彼の研究を貶したという話を聞いた事がある。それで、別の同僚が「でも、それを言うならポール・サミュエルソンだってそうでしょ?」と尋ねたそうな。「まさにその通り」とジョーを非難した人は答えた。ぼくの論文に対しても同じような反応を耳にしてきた。幸運にも、洗練された経済学者は十分にいて、ほとんどの場合には知的な正義が通るようだ。そして、経済学者未踏の星へ大胆に歩を進めるばかりか、後から見るとほとんど児戯に等しいものでそれを実現するというのには、独特の喜びがあるんだ。


これまで、「新貿易理論」を作り上げた経験と、それを経済地理学に拡張させた経験という具体例を示しながら、ぼくの研究の対する基本的なルールを説明してきた。なぜならば、それらがぼくの仕事の核だから。でも、ぼくは他のことも沢山やってきていて、それはある意味では、同じ活動の一部なんだ(とぼくには思える)。だから、このエッセイの最後に、他の仕事について、特に「どうしたら政策経済学者と分析的な経済学者が一人の中に同居できるのか」について書きたい。



政策関連のお仕事

ほとんどの経済理論家は同時代の政策問題に手を出さない――あるいは、仮に政策論争に関わるとしてもそれはキャリアの山を越えてからであって、創造的な理論構築と並行するというよりは理論化の後に続く何かとして関わる。良い理論を作り上げるために必要とされる「明晰さと目的の単一性」は、政策を議論で活躍するのに必要な、厄介な問題に対する忍耐とは両立しないというのが通念らしい。けど、ぼくにとっては違った。ぼくは自分の学問的キャリアの合間に、いろんな政府や公的機関向けのコンサルティング商売を散りばめてきたし、アメリカ政府でも一年間働いた。それに、専門家ではない読者層に向けた The Age of Diminished Expectations (邦訳『クルーグマン教授の経済入門』

なる本も書いた。そして、研究の内的論理から出てきた論文だけでなく、その時々の時事的な政策論争――例えば、第三世界の債務救済、為替レートのターゲット・ゾーン、地域貿易ブロックの台頭――を理解しようとする試みから出てきた論文を継続的にたくさん書いてきた。これだけやっても研究のほうはダメになってないようだし、それどころかぼくのお気に入りの論文のいくつかは政策に端を発した仕事から生まれたものだ。</p>)

なぜ政策関連の仕事が、「ほんとうの」研究のじゃまにならないんだろう? それは、ぼくが基礎研究で使うのとほとんど同じ方法で、政策問題にアプローチできたからだと思う。新聞の記事や、中央銀行と財務大臣の関心事に注意を向けるのは、これまた「異教徒に聞いてみよう」の一種だ。彼らの抱えている問題を見極めるのに役立つ方法を見つけようとするのは、理論における「問題そのものの見直し」と同じことだ。ある問題について物知りなはずの人物に、その問題に関する非正統な見解をぶつけるのは、まちがいなく「馬鹿になる」だけの勇気がいる。そして、容赦ない単純化は理論よりも政策論争の場合の方が価値があるくらいだ。


だから、政策に関係する経済学をやることは、ぼくにとっては知的スタイルを劇的に変えることにならない。そして、それなりの見返りもある。正直に認めるけれど、その見返りの中には豪勢な会議への招待状や、純粋学者よりもかなり高額な講演契約も含まれる。それに、政策調査の喜びのひとつは、公式見解の無内容ぶりやばかばかしさを指摘して、ブルジョワどもの鼻をあかす機会だというのも認める。例えばマーストリヒト条約の馬鹿ばかしさを嬉々として指摘した国際経済学者はぼくだけじゃないし、ERM危機の時に、ぼくや他の人がずっと予言してきたことが1992年の秋に実現したときにも、意地悪い喜びを感じずにはいられなかった。でもね、知的な刺激こそが政策に関する仕事の一番の見返りなんだよ。現実世界の問題のすべてが面白いわけじゃない――課税に関するほとんどあらゆる話題は、どんな睡眠薬より睡魔を誘うらしい。でも、何年かに一度、あるいはそれ以上の割合で、国際経済は、興奮するような研究へと発展する疑問を投げかけてくれる。プラザ合意や、ルーブル合意、ブレイディ・プランや NAFTA、それにEMUといったことに刺激を受けて、ぼくは理論的な論文を書いてきた。どの論文も、政策的な文脈抜きでも興味深い論文だとぼくは思っている。


もちろん、政策に関わる経済学者にとっては、本当の研究に充分な時間が割けないというリスクは常にある。たしかに、ぼくはものすごく沢山の学会用論文を書いてきた。もともと書くのはすごい速いんだけど、たぶんその才能を濫用しすぎたと思う。とはいえ、政策研究の大きな危険性は、時間がなくなることではなく、価値観が脅かされることだと思う。単に論文を書くよりも、政策に直接影響を与える方が重要だと思いこむ誘惑にかられるのは簡単だ――多くの同僚がそれにはまるのも見て来た。だからその道に足を踏み入れたら、つまり、ボブ・ソローよりもデヴィッド・マルフォードが重要だと考え始めたら、あるいは、アヴィナッシュ・ディキシットと理論について語り合うよりもルリタニアの財務大臣とのおつきあいを重視しはじめたら、それはたぶん研究の道を見失ったということだ。じきに「impact」という言葉を動詞として使い始めるだろう。


幸運にも、ぼくは政策問題と戯れるのは好きだけれど、政策立案者たちをどうしても真面目に受け取れなかった。真面目さに欠けるせいで面倒にも時々巻き込まれるし――学会で発表した論文に、フランス人についての軽いジョークを挿んだせいで、その学会に出席していたフランスの高官から、長々とした批判を受けた時みたいに――重要な政策ポジションにはこの先ずっと縁無しかもしれない。でも、まあいいか。なんだかんだ言って、本物の権力を持つ地位に着くよりも、いい論文をもう少し書くほうがいい(政策の世界の人たちへ。だからって、そんな地位に招聘されても絶対断るとは限りませんのでヨロシク!)。


後悔していること

人生についても性格についても、後悔していることはたくさんある――仕事の上では驚くほどいいことばかりだったけれど、人生のその他の部分が同じくらい簡単だったり、幸せだったわけじゃない。でも、このエッセイではお仕事上の後悔についてだけ書こう。


真に実証的(計量的)な研究をまったくやってないことは少し後悔している。事実や現実の数字が嫌いなわけじゃない。表やグラフや、多少の回帰分析みたいな軽い計量研究は嫌いじゃないよ。でも、データセットを構築し、完全に分析するような本格的な計量研究にはどうも手がまわらないようだ。その理由の一部は、ぼくのアイデアの多くが標準的な計量経済学の実証になじまないことだろう。でも最大の理由は、ぼくに忍耐力と整理能力が欠けているせいだ。毎年、今年こそは実証的な研究をしようと誓うんだ。来年こそほんとにやってやる!


それよりも重要な後悔というのは、MIT の学生によるコース査定では、ぼくはなかなかいい教師だということになってはいるけど、ほんとうに優れた学生、教師まで栄光に浴せるような類の学生を次々に生み出していないことだ。この失敗の言い訳はある――学生はしばしばもっと几帳面で直感型じゃない指導教官を好む。それにぼくは数学をそんなに使うな、もっと経済学を使えと要求するもんで、学生さんはみんな怯えるらしい。おそらく忙しくそうで上の空に思えるらしいのも事実だし、結局のところ人を啓発するほどの威光がないのかも(あと数センチ背が高ければな…)。理由は何であれ、もっとなんとかしたいとは思っているし、頑張るつもりだ。


でも、全体としてはぼくはとても幸運だった。いくつかの偶然の出来事がきっかけで、ぼくは自分にとってものすごく役に立った知的スタイルに出会った。幸運の多くはその偶然に関するものだ。ぼくはこのエッセイで、そのスタイルを定義して説明しようとしてきた。これは人生哲学だろうか? もちろん違う。経済研究の哲学かどうかさえ確信がない。だって、ある経済学者に役にたったものが、他の人にも役立つとは限らないものね。でも、ぼくの研究方法はこうで、ぼくはそれでうまくやってるのだ。

(転載終わり)

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