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お見舞い

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お見舞い



作者:あびす




 とある日の昼。
 深雪は部屋着である高校指定のジャージの上に半纏を羽織り、昼食をこしらえていた。
「……っくしゅん! あー、しんどいなぁ……」
 深雪は鼻をすすりながら、鍋の中身をかき回す。数日前に風邪をひいたのだが、どうにか熱は下がってきた。一人暮らしで風邪というのは非常に心細いものがある。まぁ、風邪を移しては困るので、見舞いは頼まないのだが。
 鍋の中身は残り物の野菜と肉。冷蔵庫にあったぶんを適当に突っ込んで、麺つゆで適当に味付け。まぁ悪くない味だ。これにうどんを突っ込めば昼食の出来上がりである。1.5人分ほどだろうか。少々多く作りすぎたようだ。
 両親は「風邪なんかはちゃんと栄養を取って、ちゃんと寝れば治る」という武闘派であり、今までそんな育てられかたをしてきたので、風邪で医者に行くというのはなかなか考えられない。親の教えを守り、さっさと食べて、さっさと寝るに限る。そして夕方ぐらいに起きて、同じことの繰り返し。
 うどんも茹であがった。器によそおうと思った矢先、玄関のチャイムが鳴る。こんな時に誰だろうか。コンロの火を消してから、面倒に思いながら扉を開ける。そこには見知った美少年がいた。
「はーい……って、アリア君?」
 突然の来訪に驚く深雪だったが、アリアの次の行動は深雪をさらに驚かせるものだった。
「深雪、大丈夫ッ!?」
 アリアは凄く不安げな表情を浮かべ、深雪の両腕を掴んできた。突然のことに、深雪は少しどきりとする。鼻、垂れてないだろうか。
「う、うん。もうだいぶ熱は下がったし……。とりあえず、上がって。靴は脱いでね?」
 寒空のなかで立ち話というのもなんなので、アリアを部屋に招き入れる。彼は心配そうな表情を崩さないまま、靴を脱いだ。
 とりあえず、アリアを部屋に通す。ここはワンルームマンションで、部屋の片隅に炊事場がある。
「えっと、適当に座って。散らかっててごめんね」
 って、改めて部屋の中を見てみれば、社交辞令なんてレベルじゃなく、本当に部屋が散らかっている。元々こまめに片付けをするタイプではないうえに風邪をひいていたのだ。読みかけの本や、目が覚めた時に見ていたDVDのケースなんかが散乱している。なんだか非常に恥ずかしい。というかワンルームマンションに領主様、という時点でなんだかシュールな光景だ。
 アリアの様子はというと、なんだかそわそわしているようだ。それは知らないものがたくさんあるせいか、それとも――。
 脳裏によぎった言葉を、深雪は咳払いと共に思考の片隅へ追いやる。アリアの上着を受け取って、近くの座椅子の背もたれにかけた。
「ねぇ、深雪、ホントに大丈夫なの……?」
「うん。まだ咳とかくしゃみは出るけど、熱はもうほとんどないから……って、どうしてあたしが風邪ひいたこと知ってるの?」
 さっき疑問に思ったことだ。とはいっても、回答はだいたい予想つくが。
「えっと、チトセから聞いたの。深雪が風邪ひいて、辛そうにしてる、って。……そっか、そんなに辛そうじゃなくて何よりだ」
 予想通り。余計なことをしてくれるものだ。
 正直なところ、ちょっと嬉しくもあるのだが。
「そんなことだと思った。……でも、ありがと。なんだか凄く安心したよ」
 心配に思って見舞いに来てくれた、というのは非常に嬉しいことだ。思わず笑顔になった。
「ううん、僕が深雪のことを心配に思って、お見舞いに来ただけなんだから。お礼なんかいいよ」
 深雪の笑顔につられてか、アリアがにっこりと笑う。この笑顔は本当に反則だ。なんというか、可愛すぎて、女性としてのプライド―まぁ、一応持っている―が簡単に崩されてしまう。
「そうそう。ちょうどお昼を作ってたのよ。よかったら、食べてかない?」
「え、いいの?」
「うん。ちょうど作りすぎちゃったところだし」
 アリアにお茶を出して、コンロに向かう。そんなに冷めていないようだが、もう一度火を点けて、軽くかき混ぜる。せっかくなので卵を落として、かき玉風にしてみる。領主様に出す食事ではないが、まぁ雪見大福を美味しそうに食べていたんだ。ズボラうどんでも気にしないだろう。
 器によそってみると、量はちょうどいい感じ。いくらなんでも適当に作りすぎだ。風邪でだるかったとはいえ、自分のいい加減さに少々うんざりする。アリアは箸は使えないだろうから、フォークをつけておこう。
「はい、どうぞ」
 ちゃぶ台の横にちょこんと座っていたアリアの前に器を置く。彼は少し珍しそうな表情を浮かべた。そりゃそうだ。領主様がこんなズボラ料理を食べているとは思えないから。
「わ、ありがとう。いただきます」
「適当に作ってるから、あんまりおいしくないかもしれないけど……」
 アリアがうどんをすする。一人暮らしを始めて、少しはましになったとはいえ、料理はあまり得意ではない。なんだかんだで結構緊張してしまう。
「うん、おいしいよ」
「ホント? どれどれ……」
 自分も食べてみる。確かに味のほうはなかなかで、人に出せない味ではない。アリアの感想には少々社交辞令が入っているようだが、それでもホッとする。
「うん、悪くないなぁ」
「深雪、料理上手なんだね。とってもおいしいよ」
「あはは、一人暮らしとして最低限のスキルを持ってるだけよ」
 料理は得意ではないが、一応、人に出しても恥ずかしくないレベルのものは作れなくもない。しかしそれは本を見ながらでないと無理だ。母親も似たようなものであり、キッチンの片隅には母から受け継いだ「今日の料理」が鎮座している。表紙のよれぐあいや内容の古さが年期を感じさせてくれる。
 アリアと二人っきりというのは初体験である。ちょっと気まずく思いつつ、静かな食事時間。アリアよりも先に食べ終わった。
「ごちそうさま」
 少しして、アリアも食べ終わる。器を流しに持っていこうとすると、アリアが動きを制してきた。
「深雪はじっとしてて。お見舞いに来たんだから、僕がやるよ」
「え、でも、大丈夫だよ! お客さんにそんなことさせられないってば」
「ダーメ。ホントのことを言えば、さっきだって僕がやりたかったんだから」
 さっきというのは、食事の準備のことだろうか。風邪は治りかけだし、これぐらいのことは自分でやれるのだが。
 まぁ、こんな些細なことでアリアの機嫌を悪くするのもなんなので、好意に甘えることにする。
「じゃあ、お願いします。そこの流しに桶があるから、そこにつけててくれればいいからね」
「うん。よいしょっと」
 アリアは深雪の分の器を持って、流しに向かう。器が水に浸かる音がした。少しして、アリアが戻ってくる。
「他に何かすることない?」
「んーん、大丈夫。もう寝ようかな、って思ってたところだし」
「部屋の掃除とかは?」
「ダメだよ。見せられないもの、たくさんあるし」
 これは本当のことだ。さすがに年頃の女性の部屋に戦史を取り扱った雑誌が転がっているのはまずいと思うし、転がっているDVDもB級パニックムービーだ。
「むー……」
「あ、気持ちはホントに嬉しいよ。だけど、ね?」
 アリアが少し不満げな表情を浮かべる。だが実際にやってもらうことは特にないのだから仕方がない。
 とりあえず、食後の風邪薬を飲んでおく。
「深雪、ホントに熱はないの?」
「うん、大丈夫だって。あと一日ぐらい寝れば治ると思うから。なんなら計ってみる?」
 前髪を上げて、額をアリアのほうに出す。
 すると、アリアは手ではなく額で熱を計ってきた。額と額がくっつく形。
 一気に恥ずかしくなる。そうだ、この子はこういうことを臆面もなくやるんだった。
「……ホントだ。あんまり熱はないね」
「でしょ。……だから、この姿勢はもういいでしょ?」
「どうして?」
 アリアの声はイタズラっぽい。わかっててやってる。間違いない。
「別の意味で熱が出ちゃうからさ!!」
「あはは、残念だな。でも、お見舞いに来て、熱を出させちゃ、何しにきたかわかんないもんね」
 アリアはくすくすと笑って、額を離した。ホッとする一方で、ちょっと残念な気分。
 まったく、こんな小さな子に手玉に取られるなんて。正直情けないと思う。
「……今の『残念』って部分は、本当だからね?」
 アリアがぼそりと呟いたが、深雪はよく聞き取ることができなかった。
「ん? 何か言った?」
「んーん、何でも」
 アリアがいたずらっぽくウィンクする。だから、そういう細かい仕草がずるいんだと言いたい衝動に駆られる深雪であった。
「そう? じゃあいいけど。……ちょっと失礼するね」
 ずっとこのまま、というのもなんなので、ベッドに潜る。アリアもそんな深雪についてくるかのように、ベッドの横にちょこんと座る。
「……あ。そういえば、アリア君、冷蔵庫の中に雪見大福あるよ?」
「雪見大福!?」
 アリアの瞳が輝いた。以前アリアと雪見大福の話で盛り上がってから、なんだか自分の中で熱が上がり、冷凍庫に常備してしまうほどになってしまった。
「そこの白い箱。上の段に開いてないやつ入ってるから、それ食べていいよ」
「うん、ありがと!」
 アリアは笑顔を浮かべて、冷蔵庫の方に向かう。少しして、雪見大福を持ってきた。嬉しそうに開封する姿は、なんだか本当に可愛らしい。
「いただきますっ」
 アリアは笑顔のまま、雪見大福を口に運ぶ。半分ほど食べたところで、食べかけの雪見大福をこちらに差し出してきた。
「深雪、あーん♪」
「え、ちょ、ちょっと!?」
「食べかけはやだ?」
「う、ううん、そういうのじゃないけど……」
 いくら二人きりとはいえ、恥ずかしい。だがまぁ、嫌ではない。せっかくなので――。
「ん、あー……」
 アリアが差し出してきた雪見大福を食べる。いつもよりも少しだけ美味しく感じた。
「どうかな?」
「……うん、美味しい」
「そう? じゃ、もう一つー♪」
 今度は先に深雪のほうに雪見大福を差し出してきた。半分だけ食べたら、さっきの二の舞になりそうな気がする。なので――
「おりゃっ!」
「あーっ!!」
 一口で全部食べたのだが、予想以上の冷たさに少々たじろぐ。やめておけばよかった。
「むー、意地悪されたー」
「……うん、失敗した。冷たい……」
 深雪の頭を押さえる仕草で、アリアがくすりと笑った。
「もう、風邪ひきさんなのに変なことするからだよ」
 アリアが立ち上がって、深雪の頭を撫でる。こんなにイニシアチブを取られているのはどうなのか。正直照れてしまう。何か別の話題はーー
「……あ、そうだ。アリア君、あたしとちーちゃんの若い頃、見たい?」
「若い頃?」
「うん。二年前の写真があるんだ。ちょっと待ってね」
 ベッドから出ると、本棚にある高校の卒業アルバムを取り出す。会話の種に、ということで高校時代のアルバムだけ持ってきている。自慢ではないが、高校生の頃から容姿はほとんど変わっていない。髪を茶髪にして、少し伸ばしたぐらいだ。いや、これは自慢できるのだろうか。大学生になったら急に美人になったりする子もいるのに。まぁ、劣化していないだけマシか。
「さぁ、あたしを探してみましょう」
 クラスのページを開けて、アリアに見せる。高校の制服は何の変哲もないセーラー服だったが、今見ると懐かしい。
「えーっと……いたいた。ここ?」
 予想以上に早く見つかった。そんなに変わっていないのか。
「早ッ! うん、正解」
「全然変わってないんだね。でも髪の色は違うのか」
「さすがに染めるのは禁止だったからね」
「うん、深雪は今のほうが魅力的だよ」
 アリアが微笑んだ。だから、そんな殺し文句は卑怯だと。
「そ、そうかな? えっと、ちーちゃんも同じクラスにいるから、探してみてね」
 なんだか恥ずかしいので、慌てて話題を逸らしてみる。そんな深雪の心情を知ってか知らずか、アリアはくすりと笑った。
「チトセも? ……うーん」
 アリアがページを凝視する。千歳は高校の頃と今では容姿がだいぶ異なるため、難易度は高いだろう。まぁ、どちらも高いレベルでまとまっているのだが。
「えっと、この人が似てる、けど……」
 アリアが指差したのは千歳だった。正解。
「うん、当たり」
「今と全然雰囲気が違うんだね。最初はわかんなかった」
 千歳は高校二年生のときに彼氏ができて、その際に長かった髪の毛をばっさりと切り落とし、ショートヘアとなっていた。大学進学後に遠距離恋愛になって、今では自然消滅してしまったらしいが。
「他のページも見てみて。あたし、何気に結構写ってるから」
「うん、見てみるー」
 興味深そうにページをめくるアリアを、深雪はベッドから眺めていた。



 数時間後。外は日が暮れ始めていた。
「ごめんね、深雪。あんまりお見舞いっぽいことできなくて」
「ううん、あたしこそ途中で寝ちゃって、あんまり相手できなくて」
 帰り支度をしたアリアを玄関で見送る。あの後、風邪薬のせいか、無性に眠気が襲ってきて。結局寝てしまった。アリアに寝顔を見られたとなると、少々恥ずかしくなる。
「ううん。深雪の寝顔、可愛かったし」
「もう! やっぱ見てたんだ!!」
「ふふ、ごめんね」
 アリアがイタズラっぽく笑った。色々と文句を言おうにも、この笑顔でついつい許してしまう。まったく、魔性の少年だ。
「あ、そうだ。これは今日のお礼っていうか、お土産に。お饅頭だけど」
 たまたま実家から送られた饅頭があった。F県銘菓で、周りからの評判は上々だ。
「え、いいの?」
「うん。あたし一人じゃ食べきれないし。お城のみんなで食べて」
「色々とありがと。なんだか僕がもてなされちゃったみたいだ」
「まぁ、あたしはおせっかいだし? それに、ちょうど人恋しかったから、お見舞いが本当に嬉しくて、色々と張り切っちゃって……」
 なんだかちょっと恥ずかしくて、照れ笑い。
「ホントにもう。だけど、深雪のそういうトコ、嫌いじゃないケドね」
「そ、そっかな? ほら、あんまり遅くなっちゃったらみんなが心配するよ」
「ふふ、そうだね。……お大事に」
「うん、アリア君も気をつけてね」
 アリアが階段まで―ここは二階―歩いていく。そこで振り返って手を振ってきたので、手を振り返し、階段を下りるのを見届けた。
 一人になったとたん、なんだか寂しくなって、ため息をつく深雪だった。



「ん、お疲れさん」
「これ、深雪がお土産にって。食べる?」
「おー。で、何か面白いことなかったか?」


「ちーちゃん、アリア君にあたしん家教えたでしょ?」
『そーだよ? 楽しかったでしょー』
「それはそうだけど。だけどほら、なんていうか」
『お。そのうろたえよう、何かあったの?』


「「いや、特に……」」


「……そーか」

『……あっそう……』



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