『制服はきっかけ


「こんにちわ~」

 部室の扉を押し開け挨拶する。
 しかしながら部室にはまだ誰も来ていない。それもそのはず。
 さっき律先輩から、先輩方が少し遅れるとのメールを受けていたから。

 ホワイトボード付近の壁にギターケースを立てかけ、長椅子に鞄とコートを置く。
 いつもの席へ向かい…
 ふと思い立ちそのまま通り過ぎる。
 律先輩の席を過ぎ、その隣の席のイスを引く。

「…唯先輩の席…」

 そこは普段、唯先輩が座っている場所。
 唯先輩はここでお茶を飲み、ケーキを食べ、みんなとおしゃべりする。
 唯先輩にとっては楽しいひと時の定位置。
 そんな唯先輩の席に私は座り、机に頬を付けるように突っ伏す。

「ふふっ… 唯先輩の席だ…」

 唯先輩がいつも座っている席に座っている…
 ただそれだけのことなのに、とっても嬉しい気持ちになる。

 私は唯先輩の事が好き…大好き。
 でも本人の前ではそんな事決して言えない。
 抱きつかれるのもホントは嬉しいのに、恥ずかしくって未だに素直になれない

 いつかは気持ちを伝えたいとは思ってるけど、そんな勇気はまだない。
 そんな恋心を私は唯先輩に抱いている。

 机の上を指がすべり文字を描く。
 目には見えない文字で、”だいすき”と書いた。
 いっその事油性ペンで書いてしまおうか…なんて出来もしない事を思う。

「唯先輩…はやく来ないかな…」

 そのまま唯先輩の席に座りながら皆さん…唯先輩が来るのを待った。
 季節はまだ冬だけど、やや暖かくなった日差しが私を包み込む。
 まるで唯先輩に抱きつかれているような感じ。あったかあったか。
 ウトウトしだし、やがて私は眠ってしまったようだ。


バタン

ギッ…ギッ…

 扉の開く音が聞こえた後、かすかに床の軋む音が聞こえる。誰かが歩いてくる足音だろう。

 その足音は、眠っていた私の意識をほんのちょっとだけ覚醒させたが、
 起きるには至らない小さな音…目を開けるまでも至らなかった微かな音だった。

 すると私の頭に突然感触が舞い降りた。
 私のよく知っている、頭を撫でられる感触だ。
 ゆっくり優しく撫でるその心地よい感触に、私はまた深い眠りへと誘われる。

 しばらくその感触を楽しんでいたが、それは唐突に終わりを告げた。
 そして今度は背中に何か掛けられる感覚がしたかと思うと、
 同じように床を軋ませながら、次第に足音が遠ざかっていった。


 ある程度時間が経った頃…

バーーンッ!

 と勢いよく部室の扉が開かれ、私は弾けるように目が覚めた。

「!!!」

「部長様のおなりである!!」

 無駄に元気に律先輩が部室に飛び込んでくる。

「やかましい!」ゴス

「あふんっ」

 後ろにいた澪先輩の鉄拳制裁が律先輩の脳天に決まる。
 いつもの流れだ。

「梓がびっくりしてるだろう…」

 ムギ先輩がニコニコしながら入ってくる。

「梓ちゃん、こんにちわ~」

「ごめんな梓、遅くなっちゃって」

「あ、いえいえ、お疲れ様です」

「今すぐお茶の準備するね~」

 挨拶をすますとムギ先輩はティータイムの準備に取り掛かる。

 …あれ?
 いつもの光景だけど何か違う。

「あ、あの…唯先輩は?」

 そう、唯先輩の姿が見当たらないのだ。
 好きだから気になって…とかじゃなくて、皆さんと一緒に居ないので純粋に聞いただけ。

 すると律先輩が口を開く。

「…唯はな……」

 いつになく真剣な表情と口調で語り出す律先輩の言葉に、固唾をのみ込む。

「え?」

「…実はな、唯の奴……もう……うっ…ううっ」

 律先輩が泣き始めた…というかどこからどう見てもウソ泣きだよ、コレ…

「…」

「唯は先帰ったよ」

「ああん、澪しゃん! まだ途中なのに~!」

「いや、梓にもばれてるから… …な、梓?」

「えと… とりあえず律先輩がウソを言おうとしている事はわかりました」

「あらあらりっちゃん、残念ね~」

「ぶー…梓のくせに!」

「あ、あの、唯先輩、なんで帰っちゃったんですか?」

「ああ、なんでも家の方から電話があって、用事ができたんだってさ」

「用事ですか…」

 そっか、今日、唯先輩と会えないんだ…
 そう思うとやっぱり残念で寂しく思ってしまう。

「おやおや、梓~ 寂しいのか~?」

「べ、別に、さみしくなんかっ!」

「ほほう 唯の席に座ってる梓にいわれてもなぁ~」ニヤリ

「な! あ、こ、これは…と、特にこれといって意味は…///」

 ニヤケた顔でそう言われ、慌てて取り繕うとするも、適当な言い訳が出てこなかった。

「あら? 梓ちゃん、その上着…」

「へ?」

 ムギ先輩が、私の足元を指さす。
 私が座っている椅子の後ろに、制服の上着が落ちていた。
 さっき私がビックリして立ち上がったときに落ちたのだろう。
 それを拾い上げ、埃を払い落す。

 それを見た律先輩が疑問の声を上げる。

「ん? 誰の制服だ?」

「私ら全員、着てるよな?」

「えと…」

 胸ポケットに何か硬いものが入っている事に気づき取り出すと、それは桜高の学生証だった。
 悪いとは思いながら1ページめくると、持ち主の名前と写真がしっかり表示されている。

「唯先輩のです…」

「あれ? 唯の奴、部室寄ってったのか?」

「ひょっとして、ギター取り来たんじゃないのか?」

「あ、なるほどな~」

 あれ?唯先輩が部室に来てた?
 その時、眠っている私の頭を撫でてくれた感触を思います。

 あの時の感触は唯先輩だったんだ…なんで起きなかったんだろう…
 あの時起きていれば少しだけでも唯先輩とお話出来たのに。

「梓は唯に会ってないの?」

 澪先輩の質問はもっともだろう。

「あ、はい…私、眠っちゃってたみたいで…」

「じゃあ、唯ちゃん、梓ちゃんが風邪引かないように上着をかけてあげたのね」

「そうゆうことか…相変わらず優しいな、唯は」

「梓には特にな~」

「…ど、どもです///」

 茶化されて恥ずかしい。でも唯先輩の好意が嬉しくて心が温かくなる。

「あ、じゃあ、唯ちゃん、シャツの上にコートだけで帰ったの?」

「まぁ、そうなるな」

 そうだ、日差しは温かかったけど、外はまだまだ寒い。
 それなのに私に気遣って上着を掛けてくれた。
 寒いのを我慢して帰っていったのだ。

「唯先輩、寒いの苦手なのに…」

「唯、自分が寒いのより梓に風邪をひかれたくなかったんだな」

 澪先輩に改めて言われ、唯先輩の優しさで胸がせつなくなる。

「っ! 私、唯先輩にお礼いわないと」

 慌ててケータイを取り出し、先輩へ電話をかける。
 数コールで唯先輩が応答してくれた。

『もしもし、あずにゃん?』

「ゆ、唯先輩!」

『あずにゃん、風邪ひかなかった? だめだよ? あんなとこで寝てちゃ』

「す、すいません… あ、あの…上着、ありがとうございました」

『あ、ううん 気にしなくていいよ~』

「唯先輩の上着のおかげで風邪ひかなかったんです ホントにありがとうございました」

『よかった~ えへへ』

「えと、お返ししたいので、帰りにお家寄っていきますね?」

『あ、ごめん、私今家族で出かけてるんだ~ 久しぶりに外で食事する事になってね』

「そうなんですか… えっと、それじゃあ制服どうしましょう… 明日までに要りますよね?」

『ん~予備あるから大丈夫~  あずにゃん、一日預かっててくれるかな?
 今度返してくれればいいからさ』

「はい、そうゆう事でしたらお預かりします」

『ありがと~』

「いえ、私の方こそ… それでは先輩、しつれいしますね」

『うん、また明日ね~』

 簡単に電話でのやり取りを終える。

「唯、なんだって?」

「あ、はい ご家族の方と外食に出かけてるみたいです」

 唯先輩が部活を休んだ理由を伝えた。


 ティータイムを終え軽く練習をして合わせて、本日の部活は終了。
 律先輩も一緒になってハメを外す相手がいないから、結構おとなしく、意外と練習がはかどった。
 唯先輩の楽しげな声と弾むようなギターの音が聴けなくて残念だったけど、仕方が無い。

 コートを羽織り鞄とギターケースを担ぎ、キチンとたたんだ唯先輩の上着を大事に抱える。
 すん…
 唯先輩の匂いがする。
 今日は抱きつかれる事は叶わなかったけど、唯先輩の上着からは、先輩の存在が感じられる。
 傍にいないけど、ここにいるような…そんな不思議な感じだった。


 律先輩、澪先輩と分かれた後、ムギ先輩と分かれる。
 そっか、今日はここから一人になるんだ。
 ううん…いつものように唯先輩と一緒…

「梓ちゃん、一人になっちゃうけど、気を付けて帰ってね」

「あ、はい、大丈夫ですよ… (唯先輩も一緒だもん)」

「それじゃあまた明日」

「はい、 失礼します」

 唯先輩の上着をしっかり抱きしめ、私も家路を急いだ。


 家に戻ると、真っ先に部屋へ行き、ハンガーに唯先輩の制服をかけて吊るす。
 その後はパジャマ兼部屋着に着替えて夕飯、お風呂を済ませ、
 勉強した後寝ることを親に伝え、コーヒーを持って部屋に入った。
 さっさと宿題と自主勉を済ませたあと、ギターの練習…といつもならそうなるところだが、
 今日はそれよりもしたい事ができてしまった。

「…えへへ お借りしますね?」

 先ほど吊るした唯先輩の制服をハンガーからはずす。
 さすがにパジャマの上からではきつそうだったから、上だけ肌着姿になる。
 その上から唯先輩の制服の上着を羽織る。
 唯先輩は私より少し体が大きいけど、サイズでは私と同じMサイズ。
 だから制服自体に差はない。
 というよりも私が小さいだけだ。

「ふふっ 一緒のサイズのはずなのに、なんか大きく感じるな」

 同じ制服なのにまるでコスプレしているみたいで楽しい。
 …コスプレなんてしたことないけどね…

 先輩の制服からはかすかに唯先輩独特の甘い匂いがする。
 まるで唯先輩に包まれているみたい。
 私はこの唯先輩の匂いが大好き。

 ポケットに触れると何やら入っているようだ。
 手をいれてそれを取り出すと、それは数個の飴。
 可愛らしい包装の、いかにも唯先輩が好きそうな飴だった。

「くすっ、唯先輩らしいや」

 そういえば唯先輩はよく飴を舐めてるし、帰り道に良く貰ったりしているのを思い出し、
 自然と笑みが漏れる。

「あ、そういえば…」

 ポケットで思い出した。
 私は胸ポケットから唯先輩の学生証を取り出す。

「ごめんね、先輩…ちょっとだけ…ちょっとだけだから…」

 本当は見ちゃいけないのは分かっている。
 だけど大好きな唯先輩の学生証が手元にあるから、好奇心が抑えられない。

 1頁めくる。ここは部室でもみた、身分証明のページだ。
 意外にも左ページのカバーがかかった部分に写真とかは無かった。
 もっとも私達は自前の手帳を良く使うから、学生証には特に何もしていない。
 それでもパラパラとめくっていくと、プリクラが貼ってあったり、ラクガキがあったり、
 ところどころに”あずにゃん”なんてかいてあったり。

 そして中盤以降のスケジュールカレンダー。

「…11月…」

 11月のページを開くと、11日には色鮮やかなペンで大きく塗ってあり、こう書かれていた。

 ”大好きなあずにゃんのお誕生日! おめでと~♪”

 この日は私の誕生日だった。
 唯先輩はちゃんと手帳に書き記してくれていた。
 さらに11日から唯先輩の誕生日である27日まで矢印が伸びており、

 ”あずにゃんと同い年ちゅう!”

 なんて書かれていた。

「…嬉しい…」

 唯先輩が私を大事に想ってくれるのが充分すぎるほど伝わった。
 先輩後輩としてか、恋愛対象としてかまでは分からないけど、今はそれだけで充分。
 胸の奥がジーンと熱くなる。
 こんなのを見せられては唯先輩への想いが溢れてしまう。

 満足して手帳を閉じポケットにしまう。
 唯先輩の制服を抱きしめるように、自分の体を抱きしめた。
 先ほどより甘い匂いが強くなる。

「唯先輩…大好きです…」


 さすがに先輩の制服を着て寝るわけにはいかず、いそいそとパジャマに着替えた。
 名残惜しいけど、制服はしっかりハンガーに掛けて吊るしておく。

丁度その時ケータイが鳴り響く。
 唯先輩からだった。

「もしもし、梓です」

『あ、あずにゃん、こんばんわ~』

「こんばんわ、唯先輩♪」

 なんとなく楽しくて、声が跳ねる。

『ん? あずにゃん 何かいいことでもあったの?』

「え? どうしてですか?」

『なんとなく、楽しそうな喋り方だから』

「ふふっ それは秘密ですよ♪」

『え~! あずにゃんのいけず~  あ、それはおいといて…』

「あ、はい」

『預かってもらってる制服の中に学生証が入ってると思うんだけど、
 明日それだけでも持ってきてくれる?』

「あ、はい、明日制服ごとお返しするつもりですよ」

『そっか、ありがと~』

 その後は他愛も無い会話を続けた。
 やっぱり唯先輩とのおしゃべりは楽しい。
 ケータイから聞こえる甘く優しい声音に、愛おしさがこみ上げてくる。
 もっともっと話していたいけど時間も時間なので、おやすみなさいと告げて通話を終えた。



 翌日…
 起きて朝食を済ませ、髪のセットや身だしなみを整えたあと、部屋に戻る。
 クローゼットからワイシャツと制服の上着、スカートを取り出し、着替える。
 唯先輩の上着はシワにならないようにキレイに畳んで紙袋へ入れようとし、その手を止めた。

「…もうちょっとだけ…」

 上着を脱ぎ、昨晩と同じように唯先輩の上着を着てからコートを羽織る。
 自分の上着を紙袋の中へしまい、バックとキターケースを持ち、家を出た。

 コートを着ているため、唯先輩の匂いを感じる事は難しかったが、
 唯先輩の上着を着ているという事実がくすぐったく、嬉しかった。

 唯先輩と登校した気分のまま教室につく。

「おはよ、純、憂!」

「おはよ、梓」

「梓ちゃん、おはよ~」

 自分の席に着き、荷物を降ろす。
 ドキドキしながらコートに手を掛ける。

「(二人とも気づくかな?)」

 少し意識しながらコートを脱いだ。
 だが意外にも二人は気づいていないようで、ちょっと拍子抜け。
 憂は鋭いしお姉ちゃん大スキだから、絶対気づくと思ったんだけどな。

 でも休み時間には大抵三人一緒に居る事が多いため、いつか気づかれるとは思っていた。

「…あ、あれ?」

「ん、憂? どしたの?」

 純に聞かれた憂は、チラッと私の方を見る。
 やっぱり気づいたのは憂だったね。
 私はドキッとしたけど、それ以上のリアクションは見せなかった。
 出来れば黙って欲しかったけど、ばらされてもその時はその時だ。

「あ、ううん、 なんでもないよ、純ちゃん」

 憂は黙ってくれる方を選択したみたい。
 もう一度私の方へ顔を向け、にっこりと微笑む。

「(梓ちゃん、よかったね)」

 そんな声が聞こえてくる様な笑顔で。
 唯先輩の笑顔に少し似てるな…と思った。


 制服は昼休みに唯先輩に返しに行こうと思ってたんだけど、
 少しでも長く着ていたくなってしまい、結局放課後までずるずる。

 唯先輩には

”部活の時間にお返ししますね” 

 とメールをしておいた。


 放課後になり、純と憂と別れ軽音部の部室へ向かう。
 唯先輩の上着を着ていられるのもあと少しなんだ…と思うと、少し寂しい。

ガチャ

「こんにちわ~」

 部室の扉を空け中に入る。
 今日は先輩方全員がすでにそろっていた。

「や、梓」

「梓ちゃん、こんにちわ~」

「梓~ おそいぞ~」

 三人がそれぞれ挨拶を返してくれる。

 残る一人からの挨拶はまだ無いが、その代わりに元気な駆け足が鳴り響く。

ダッダッダッ

「あ・ず・にゃ~~~んっ!!」

 掛け声とともにおもぴきり私に向かってダイブ。
 しっかり唯先輩を受け止める。
 恥ずかしいけど、よけたら先輩が怪我しちゃうし。
 …もっとも避ける気なんて最初からないんだけどね。

 そんな私の気持ちなんて知らない唯先輩は私に抱きつきながら

「待ってたよ、あずにゃん! 昨日殆どあえなかったら寂しかったんだよ~」ギュゥッ

 そんな恥ずかしいセリフを素直に言える唯先輩がうらやましい。
 私だって会いたくて仕方が無かったのに、出てくるセリフはやっぱり素直じゃない。

「もう… 昨日たった一日じゃないですか」

「その一日でもイヤだよ! あずにゃん分なくなっちゃうんだよ!?」

「そのあずにゃん分って、ずいぶん燃費が悪いんですね」

「そうだよ だからずっと抱きついていないといけないんだよ!」ギュギュッ

「はいはい… ちょっと離れましょうね…」グイグイ

「あ~ん、 あずにゃんのいけず~」

 ホントは離したくないのは私のほうなんだよね…


 唯先輩を(仕方なく)引き剥がし、長椅子に荷物を置こうとし、自ら持ってきた紙袋に気づいた。
 一気に血の気が引いた。

「(はっ! 唯先輩の上着、まだ着たままだった! ど、どどど、どうしよう…)」

 そうなのだ、部活行く直前に自分の上着と入れ替えるつもりだったのだが、
 浮かれすぎてすっかり忘れてしまっていた。
 部活中に返すとはいったものの、これじゃ返せない。
 かといって帰りも唯先輩とは一緒だから、どこかでこっそり着替えるのも難しい。
 トイレに紙袋を持っていくもの怪しまれるし…

 絶対ここではばれたくない。
 からかわれるのが目に見えているし、第一唯先輩の目の前。
 好きって告白しているようなものだ。 

 ばれませんように、ばれませんように…と念じる。
 するといつの間にかティータイムが始まっていたみたいで、唯先輩が声をかけてきた。

「あずにゃんはどのケーキにする?」

「え? あ、じゃあこのオレンジのタルトを…」

 動揺をなんとか押し隠し、普段どおりに接してみる。

 それぞれにケーキがいきわたり、おしゃべりに花が咲く。
 ひとまず上着のことは忘れるしかないと悟った私も、おしゃべりに興じる。

「(そういえば唯先輩、制服の事、何も言ってこないな…)」

 なんとなく先輩を見つめる。
 私の視線に気づいた先輩がこちらに顔を向けてくれる。
 それは嬉しいことなんだが、あれ?何故かその顔が少し赤い?
 笑顔は笑顔なんだが、少しはにかむような笑顔にドキリとさせられてしまう。
 そして不意にわかってしまった。

「(…唯先輩、ひょっとして気づいてる……気づいて、黙っててくれている…)」

 その後は特に何事も無く、本日の部活は終了を迎えた。



 唯先輩と二人並んでの帰り道。

「ね、あずにゃん」

「あ、はい…」

「ごめんね? どうしても確かめたい事があるんだけど …いいかな?」

 やっぱり…唯先輩には分かってたのだ。

「はい……唯先輩の言いたい事、分かってます…」

 私はコートの前を開き、制服を指差す。

「これ、唯先輩の制服です…」

「やっぱりそうだったんだね」

「あ、あの…どうして分かったんですか?」

 ばれてたのはこの際どうでもいい。
 でもせめて、いつ分かったのかを聞いておきたかった。

「ん~… 抱きついた時…かな?」

「え?」

「あずにゃんが部室に来て抱きついた時、いつものあずにゃんの匂いがしなかったんだ~」

「…へ?」

「んと… あずにゃんの匂いはしてたんだけど、なんかそれとは違う匂いが混じっててさ
 それが自分の匂いだって気づいたんだ
 で、よく考えたらあずにゃんに制服預けてたの思いだして、ひょっとしたらって思ったの」

「…」

「制服の事、口に出さないてことは、そうゆう事なんだなって」

「はい……でも気づいてたんなら、どうしてその時言わなかったんですか?」

「ん… 多分あずにゃん、恥ずかしがっちゃうと思ってね~
 それに、ネタにされちゃうのが目に見えてたし」

 …いつもは私に抱きついて恥ずかしがらせてくるくせに、こういった繊細な事に関しては
 唯先輩はしっかり気を遣ってくれる人だ。
 それがこの人の優しさだし、好きな点の一つでもある。

「…ほんとは部活前には着替えてお渡しするつもりだったんです…でも忘れちゃってて…」

「あはは ドジにゃんだね~」

「確かにドジふんじゃいましたね…あはは」

「ああっ、冗談だよ~  …でも、あずにゃんが私の制服着てくれて、嬉しいかも」

「…え?」

「だって、私、あずにゃん分がしっかり染み込んだ制服を着れるんだよ? すごい事だよ、これは!」

「なんですかそれ…」

「うふふっ …それはそうと… なんであずにゃんは私の制服を着てたの?」

 唯先輩の質問はもっともだろう。
 預かった制服を返さず着込んでしまっている私は、この質問に応えないといけないだろう。
 素直に言ってついでに告白してしまってもいいんじゃないかな?
 そんな考えが頭をよぎる。よし。

「…えっと……あのですね…」

 唯先輩を見つめる。

「うん」

「あの…ですね…その…」 

 言葉が上手く出てこない…視線をそらす。

「うんうん」

「…ごめんなさい…」

 うつむく…見えるのは唯先輩の足元だ。

 出来なかった… どうしても素直になるより恥ずかしさが勝ってしまう。
 情けなくて涙が零れ落ちる。

「あずにゃん…」

 どこまでも優しい声で私の名を呼びながら、唯先輩は私を抱きしめてくれた。

「ごめんね… いじわるだったよね?」

「っ…ど、どうして唯先輩が…ぐすっ…あやまるんですか…」

「あずにゃんの気持ち分かっちゃったから……
 でも言葉にして欲しくてあんな事聞いちゃって…
 でも、ありがとう、あずにゃん すっごくすっごく嬉しいよ!」

 私を抱きしめる力を少し強め、先輩は謝った理由を教えてくれた。
 この想い、伝わっちゃたんだ…
 そしてその想いに対して嬉しいといってくれた。
 私も唯先輩の背中へ腕を回し抱きしめる。

「好き、だよ…あずにゃん…大好きだよ」

「っ!」

「私、あずにゃんがずっとすーっと好きだったんだ これが私の気持ちだよ」

 唯先輩が私の事を好きって言ってくれた。
 夢にまで見た唯先輩からの告白。
 嬉しすぎてさらに涙が溢れ、私は唯先輩を抱きしめる力を強めた。

「ゆ、ゆいせんぱい…ゆいせんぱい…ゆいせんぱぁい…」

「よしよし…かわいいあずにゃん」

「ゆいせんぱぁい…ぐすっ… 私…」

「ん?」

 私も素直に気持ちを伝えようと、少し身を離し、唯先輩の顔を見上げる。
 どこまでも優しい笑顔…
 伝えたい…この気持ち…

「わたしも…す、んっ!」

チュッ

「ちゅ…ん…んちゅ…ちゅ…」

「ん…ちゅ…ちゅっ…」

 唯先輩の唇が私の告白の言葉を飲み込む。
 柔らかく温かく、そして弾力のある唯先輩の唇が、私のそれにピッタリくっついていた。
 ファーストキスだった。
 大好きな唯先輩のキス…もう頭が沸騰して何が何だか分からない。

 時間にして数秒で、唇がゆっくりと離れる。
 二人の間には透明な糸がかかり、プツッと切れる。

「えへ/// ちゅーしちゃった///」

「///ばっ…」

「へ?」

「ばかーっ!!///」

「な、なんで!?」

「やっと……やっと告白できそうだったのに! 唯先輩のばかっ!」

「ふぇ! そ、そうだったの!?」

「そうですよ! やっと言えそうだったのに…」

「あう~…キスするんじゃなかったかな…」

「あ、それはダメ! キスはいいんです! キスは!
 でも、でも… タイミングってものがあるじゃないですか!」

「ごごご、ごめん でもキスしたくって…」

「べ、別にいいですけど…その、嬉しかったですから///」

 想いを伝えられて、キスされて、すごく幸せなのに、なんで私、怒ってんのよ…
 ほんと、訳が分からない。

「あずにゃん」

「はい…」

「告白の言葉は聞けなかったけど、あずにゃんの気持ちはしっかりと伝わってるからね?」

「ゆいせんぱい…」

「また今度言ってくれたら嬉しいな///」

そういって優しく私を包み込むように抱きしめてくれた。

「ずるいですよ…唯先輩は///」

 私は少し顔をあげる。至近距離に唯先輩の顔が映る。
 綺麗な瞳で真っすぐ私を見つめてくれている。

「…」

「…」

「あいしてます…ゆいせんぱい…」

チュ

 今度は私から唇を重ねた。

 やっと言えた告白の言葉。
 ”好き”よりも愛情をいっぱい詰め込んだ”愛してる”という想いを唯先輩に伝える事が出来た。





終わり


  • これは好物だ/// -- (鯖猫) 2012-06-12 00:08:12
  • ええやん -- (名無しさん) 2012-07-28 07:38:07
  • らぶらぶ// -- (名無しさん) 2012-09-24 22:10:43
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最終更新:2012年06月11日 22:41