あれこれ考えているうちに、部室の前まで来てしまった。だけど、まだ体は熱いままだ…。ドアの向こうからは先輩達の声が聞こえてくる。
普段だったら、話している内容も聞き取れるんだけど…ドキドキしているせいで何も聞き取れないや。
顔が赤いって冷やかされそうだなぁ…。まぁ、何言ってるんですか!って誤魔化せば良いか…。と言うか、誤魔化すしか方法無いか…。
私はフーッと息を吐き、ドアを開けた。…一応バレないように、下を向いたまま部室に入った。

「どうしたの、あずにゃん…」
「ふぇ!?…な、何でもないです…!」
「梓…顔赤いぞ?」
「そ、そそ、そんな事ないですよっ!何言っちゃってるんですか、律先輩!」

うぅ、やっぱり指摘されたぁ…。バレないように下を見てたのに、やっぱりバレちゃったぁ…。どうしよう…。
唯先輩がどんな顔をしてるのか気になり、チラッと唯先輩に目を向ける。すると、唯先輩とバッチリ目が合ってしまった。
こんな顔を見られるのは恥ずかしくて…私はすぐに、唯先輩から視線を外してしまった。

「あ、あずにゃん…あのね…」
「れ、練習しましょう!そろそろ休憩時間は終了です!学園祭はまだ先ですけど、少しずつ練習をやっていきましょう!」
「う、うん…」

と、とにかく練習だ!練習に打ち込めば、徐々に平常心に戻って、唯先輩とも普通に接する事ができる…はず!
だけど…唯先輩がいつも以上に近くで話しかけてくるから、なかなか体がクールダウンしてくれなかった。つまり、休憩前と同じ状態だった…。
こんな状態だから、唯先輩の話しかけには応じられたけれど、唯先輩の方を見る事ができなかった…。


「それでは失礼します」
「澪ちゃん、りっちゃん、ムギちゃん、またねー!」

3人の先輩達と別れ、私と唯先輩は同じ帰り道を歩いている。この道を一緒に帰るのはいつもの事だけど、デートの誘いを意識しすぎてしまい、会話ができなかった。
でも、このまま会話が無いままというのも…何か辛いよね。唯先輩から話しかけてくれると嬉しいけど、唯先輩も何か考え事してるみたいだしなぁ。
と、とにかく気が利く話題でも出して、この沈黙を何とかしないと…!

「あ、あずにゃ…」
「唯先輩!」
「は、はい」
「あの…その…」

しまった…唯先輩から話しかけてくれたのを遮っちゃった…。しかも、唯先輩が何か、私に期待しているような目をしている…。どうしよう…。

「…受験勉強、頑張ってくださいっ! 私、今日はこっちから帰りますので、失礼します…」

こ、これが気の利いた話題だと言うのか…。もぉ、私のバカバカバカ…。
どうして『明日、受験勉強の息抜きに一緒に夏祭りに行きませんか』とか言えないんだろう。これじゃあ、究極のヘタレだよ…。
きっと…デートとか意識しなかったら…今まで通りの関係だったら…普通に誘えてたのになぁ…。


途中で唯先輩と別れてしまった。帰り道はまだ同じだったけれど、それでも来たかった場所があったから…。

「ここかぁ、明日の夏祭りの神社…」

神社の入り口には、夏祭りのポスターが貼ってある。それによると、夏祭りは15時から20時30分までやるみたいだ。
花火は近所の川で打ち上げられるらしく、花火の時間は20時から21時までのようだ。
明日の夏祭りの事を考えながら、私は神社の本殿に向かっていた。

「こんな事、神頼みしちゃダメかもしれないけど…」

でも…ふわふわ時間にも、そんな歌詞あるし…別に良い、よね?
『あぁ カミサマお願い 一度だけのMiracle Timeください! もしすんなり話せればその後は…どうにかなるよね』
そ、そう…まぁ、これはデートができる事を前提としているけど…とにかく、デート中は唯先輩とすんなり話ができれば、後は何とかなるさ!
…なんて、適当な言い訳を頭の中で並べながら、お賽銭を入れ、私は手を合わせた。

(明日、唯先輩とデートできますように…あわよくば、2人の関係が少しでも進展しますように…)

「うん、これで大丈夫!…あとは、メールで唯先輩を夏祭りに誘えば…!」
「なーんだ、結局帰り道では唯先輩を誘えなかったんだ」
「仕方ないでしょ…いざとなったら、やっぱり緊張しちゃって…誘う以前に、何話せば良いのかわからなくて…」
「梓…もしかしてヘタレ?」
「うぅ~…ヘタレ言うなぁ~!!って、何で純がここに居るの!!」
「いよっ♪」

普通に会話をしている自分にビックリした…。それよりも、純がこの神社に居るとは思わなかった…。
純は私の心を読むだけじゃなくて、神出鬼没のスキルまで手に入れてしまったのか…。

「何となく、梓がここに来るんじゃないかなって思って♪」
「私の心だけじゃなくて、私の行動も読むようになったのね…でも、こっちは私の帰り道じゃないよ?」
「うん、知ってるよ」
「私が来なかったら、どうするつもりだったの?」
「…その時は、私が神頼みしてたよ。梓が唯先輩と良い関係になれますようにって」
「えっ…」

当然と言わんばかりの純の言葉に、私は思わず立ち止まってしまった。

「何で…そこまで…」

自然と出てきた疑問だった。確かに純は、私の恋を応援してくれると言ってくれた。
だけど、アドバイスをしてくれるだけに止まらず、こんな神頼みまでしようとしてくれるなんて…。
自分の事のように動く純…。どうしてここまでしてくれるのか…。そんな純の答えは、実にシンプルな物だった。

「親友の幸せを願って、何かおかしいかな?」

私が逆の立場だったら、ここまで出来るのかな…。ここまで動けるのかな…。
そんな事を考える私に、純が微笑みながら言葉を続けた。

「唯先輩と一緒に居る時とか、唯先輩の事を話している時の梓の笑顔、私好きだしさ…」
「純…」
「それに、唯先輩の事で梓をからかうと、面白いしさ!」
「もぉ、純ったら…」

私はフッと笑って、純の顔を穏やかな表情で見ていた。純も、ニッと笑って返してくれる。
純が友達で居てくれて…いや、親友で居てくれて幸せだよ。

「唯先輩に…メール送ってみるね」
「うん!」

『明日、夏祭りがあるのですが、良かったら一緒に行きませんか?』

飾らずにストレートな文面の方が良いという純のアドバイスを元に作成したメールだ。
本当は絵文字とか使って、もっと可愛く表現したかったけど…私が普段、絵文字を使ってないという事から却下されてしまった。

「送信っと…」
「唯先輩から返事来ると良いね!」
「…来た」
「早っ!?」

あまりの返事の早さに、私は驚く事すらできなかった。純はしっかりリアクションを取っていたけれど…。

「でも…今送ったメールの返事じゃなさそう…」

私が送った時間と、唯先輩からのメールを受信した時間が全く同じだった。
早速、唯先輩からのメールをチェックしてみる。横から見ている純も、メールの内容に興味津津だ。

『明日、近所の夏祭りに一緒に行きませんか♪』

メールを確認し、ケータイを閉じる。その瞬間、私と純は思わず吹き出し笑いをしてしまった。
唯先輩も同じ気持ちで悩んでた…なんて事は無いと思うけど…唯先輩からもデートの誘いのメールが来たというだけで嬉しかった。

「これで…一安心だね!」
「うん。純…ありがとうね」
「良いって事よー♪」

ここまで、純には色々と助けてもらってばっかりだ。感謝の気持ちは、『ありがとう』の一言で片づけられるものじゃないよ…。
まだ恋が成就したわけじゃないけど、何かお礼がしたいなぁっていう気持ちになるのも不思議じゃないよね。

「純…」
「んー?」
「今から…美味しいたい焼き食べに行かない?」
「何故にたい焼き!?」

しまった…お礼に、とは思ったけど…これじゃあ、私の好きな物を食べに行くようなものだ…。
だけど、他に美味しいお店とか知らないしなぁ…。アイス屋とかクレープ屋とか、もうちょっと勉強しておくべきかな。

「純に…お礼がしたくて…その…」
「じゃあ、スペシャルサマープリンアラモードパフェが食べたい!」
「何それ!?どこにあるの…?」
「日本全国探せば、きっとどこかにあるよ♪」
「ちょっ…」

また私をからかえた…と喜んでいるかはわからないけど、純はクスクス笑っている。そんな純を見て、私もつられて笑い出してしまった。
唯先輩の事で悩んでいた自分は、もうここには居なかった。純のおかげで気持ちも楽になったし、明日は楽しく過ごせそうだな…。

「お礼は、今日の差し入れのゼリーって事にしておくよ♪とりあえず、明日頑張りなー!」
「うん、純…ありがとう!」

今日、純にありがとうって言ったのは何度目だろう…。私のお礼の言葉に、Vサインで応える純。これも純らしいのかな。
私達は神社の前で別れ、それぞれの家路に就くことにした。
時間からすると、夜9時頃…まだ周りは少し明るいけれど、歩いている人もまばらになってきた。
ヒグラシの大合唱を聞きながら、私は小走りに家路を急いだ。明日の事を考え、口元を少し緩めながら…。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

翌日――――――――――

私は朝から悩んでいた…。今日は唯先輩とのデートの日…とても大切な日だ。そんな日に悩んでいる事…それは、着ていく服だ。
お祭りと言えば浴衣だけど…浴衣の姿を唯先輩に見てもらった事は一度も無い。だからこそ、見てもらいたい…。
だけど、今日も唯先輩は図書館で勉強をしているらしい。図書館の帰りに直接こっちに来るみたいだから、私服で来ると思う。
…受験生が浴衣で勉強するわけないし、当然と言えば当然だよなぁ…。それなのに、私だけが浴衣を着て良いものか…。

「やっぱり、私も私服で行こうかな…」

私服にするべきか、浴衣にしてしまうか悩んでいる時…タイミング良くケータイが鳴った。電話の相手は純だ。

「もしもし?」
「ヤッホー♪唯先輩とのデートを前にして、今の気持ちはどうですかー?」
「何の電話なのよ…」
「唯先輩とのデートを前に、ドキドキが止まらないであろう、梓への突撃インタビュー♪」
「ま、まぁ確かに、ちょっと緊張はしてるけど…」

いつもと変わらぬ調子の純からの電話…。また純に遊ばれそうな気がするけど、一応頼りになるし、着ていく服の相談でもしてみようかな…。

「今日着ていく服なんだけど、唯先輩は私服で間違い無いと思うんだけど、やっぱり私も私服の方が良いかなぁ…?」
「却下!梓は浴衣にしなさいっ!」
「で、でも…私だけ浴衣を着て良いものか…」
「梓、せっかくのデートなんだから、自分をアピールしなきゃダメでしょ!可愛い格好をして、唯先輩をときめかせないと!」
「と、ときめかすって…」
「『あずにゃん、可愛い~♪私、あずにゃんに惚ちゃったよ…あずにゃん、キス…しよ…?』…とかいう展開も♪」
「なっ…!そんな展開にはなりません!」

電話の向こうからは、純がブーブー文句を言ってるけど、それは完全に流しておいて…。
でも、確かに自分をアピールする為には浴衣を着ていくのが一番かもしれない。唯先輩には、いつもとは違う自分を見せて、ドキッと…させたいな。

「ありがとう、純…一応参考になったよ」
「な、一応とは何よー!」
「まぁまぁ♪…ところで、純は今どこに居るの?」
「憂とプールに来てるんだー。今は休憩中♪」
「えっ!?プールって…私、聞いてないよー!」

純と憂がプールに行くなんて話は全く聞いてなかったから、ちょっとショックだった。何も内緒にしなくても良いのに…。

「梓はこの後、楽しいデートが待ってるでしょ。私達だって、楽しみあっても良いじゃん♪」
「でも、内緒にしなくても良かったじゃん…」
「行くって言ったら、梓も来てたでしょ?」
「それは…そうかもだけど…」
「デートを控えてるのに、日焼けしちゃったら良くないでしょ?私は、色白の梓の方が浴衣は似合うと思うよ♪」
「そ、そっか…ありがとう、純…」
「お礼は、唯先輩とのキス報告を…」
「それはないから」

なんだかんだ言っても、純はやっぱり私を気にかけてくれてる。キスはともかく、良い報告はできるように…頑張らなくちゃね!

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
一方、純と憂は…

「梓ちゃん、どうだった?」
「唯先輩とのデートに着る服を悩んでたけど、浴衣を着ていくようにアドバイスしておいた!まだちょっと緊張してるみたいだけど…」
「そっかぁ」
「でも憂、本当に良いの?2人の様子を見に行かなくて…」
「うん…私、お姉ちゃんと梓ちゃんの気持ちは知ってるし、2人には応援するとは言ったよ。でも、私から2人に何かをするって事はしたくないし、
 どういう関係になるか…それは2人次第だから、邪魔はしないでそっと見守っていてあげたいの♪」
「憂…何か大人だね」
「そ、そうかな…?」
「はぁ…憂が行くって言ってくれたら、私も様子を見に行けたのにぃー!」
「クスッ…もう、純ちゃんったら♪」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

悩みに悩んで浴衣を着る事にした私は、不慣れな格好で歩いて遅くなる事を嫌い、約束の1時間前に家を出た。
まぁそれは建前で…本音は、早く唯先輩に会いたかったからなんだけど…。

「うぅ、やっぱり下駄だと歩きにくいなぁ…」

いつもの歩調とは違い、ゆっくりと歩いて行く…。そんな私の横を、何組かのカップルが仲睦まじそうに過ぎて行く。
手を繋いだり、腕を組んだり…そんな様子を見て、ちょっぴり羨ましくなってきた。

「ふぅ、約束の30分前かぁ…さすがにちょっと早すぎちゃったかな…」

一応辺りを見渡してみるけれど、唯先輩の姿は…あった!? 唯先輩の格好は、思った通り私服だった。それにトートバッグも持っている。
凄く息を切らせているみたいだけど…まさか、図書館から走ってきたのかなぁ…。

「30分前かぁ…ちょっと早く着きすぎちゃったかな」

私と同じ事考えてますね…。でも、私も既に来ていますよ。唯先輩に早く会いたくて…。

「ゆ、唯先輩…」
「えっ…あずにゃん!?」

唯先輩の顔が夕陽の陰になっているから、よく見えないけど…どんな表情で私を見てくれているのかな…。

「も、もしかして待たせちゃった!?」
「いえ…私も今来たところです…」

そう…約束の時間まではまだ30分もある。私が唯先輩に早く会いたかったように、唯先輩も私に…なんてね。
でも昨日のメールもそうだし、今日の待ち合わせの時間もそうだけど…唯先輩と私、同じ事考えてるのかな。
唯先輩と私…お似合いだったりするのかな…。だとしたら、外見も中身も釣り合ったカップルになれると良いな…。

「うぅ…私…あずにゃんと不釣り合いだぁ…」
「な、何でですか!?」
「あずにゃんは可愛い浴衣姿なのに…私…パーカー…」
「ゆ、唯先輩は今まで、皆さんと勉強していたんですよね!だったら、普段着なのは仕方ないですよ。気にしないでください!」
「あずにゃん…」
「それに…私、今日は唯先輩と夏祭りを楽しめると思うと、嬉しくて仕方ないんです!唯先輩が傍に居てくれるだけで嬉しいんです!」
「…私も、あずにゃんと一緒で嬉しいよ!こんな私だけど…今日は宜しくね!」
「はい…こちらこそ、宜しくお願いします!」

ビックリした…。唯先輩と釣り合う関係になれるように頑張ろうって心に思った瞬間に、全否定されたのかと思った…。
唯先輩、やっぱり私服である事を気にしてるみたいだなぁ…。と、とにかく唯先輩も楽しいと思ってもらえるように頑張らないと!
…なんて意気込みは不要だったみたい。一歩夏祭りの会場に足を踏み入れたら、その雰囲気にも飲みこまれ、私達は常に笑顔で楽しんでいた。
こういう夏祭りは何度か来た事はある。でもそれは、お父さんやお母さんと一緒だったり、友達と一緒だったりで…。その時も楽しかった。
だけど、こうやって好きな人と来る夏祭りは…それ以上に楽しいなぁ。色々な出店を一緒に回るのも楽し…!?

「あっ…」
「あずにゃん、どうしたの?」
「いえ…こ、これ、食べて良いですか…?」
「…良いよ♪あずにゃん、好きだもんね!」
「ありがとうございます///」

ま、まさか…たい焼きがあるなんて思わなかったぁ♪昨日純を誘ったけど、食べられなかったたい焼き…夏祭りの出店にも出てるんだ!
唯先輩とたい焼き、これぞ両手に花…なーんてね!こんな冗談を言うなんて自分らしくない…って、両手がかき氷とヨーヨーで塞がってるじゃん…。

「はい、あずにゃん…あ~ん♪」
「ふぇ…///あ、あ…あ~ん…」
「美味しい?」
「はい…美味しいです…」

たい焼きに一人でテンション上がって、買ったのに持つ事ができなくて、唯先輩に持ってもらった上に人前で『あ~ん』してもらうなんて…。
情けないような恥ずかしいような…でも嬉しいような…。でも、私達はもう恋人ですって言っても、案外おかしくなかったりして…!

「こうやって、唯先輩と一緒に居ると、凄く楽しいです!」
「私も、あずにゃんと一緒だと楽しいよ♪ 時間が経つのが忘れちゃうくらいに!」

唯先輩に会うまでに感じていた緊張は完全に消えていた。こんなに楽しいって思った事は、多分今まででは無かったと思う。
憂の家にお泊まりに行った時、好きな人と一緒に居ると自然と笑顔になったり、恋をしたら生き生きとするんだろうなぁって考えてた。
今の自分がまさにそうなんだ…。凄いね、恋って…こんなに楽しく、幸せな気分にさせてくれるんだ…!

『ヒュルルルル……ドーン!!』

夜空に色とりどりの花火が打ち上がった。そういえば、8時から近くで花火大会もあるんだった…。
夏祭りを楽しんでいた人達も、綺麗な花火に導かれるように、会場に向かって一斉に移動を始めた。

「あずにゃん、私達も花火大会の会場に行こう!」
「はいっ!あ、でも…」

不慣れな下駄で足元がおぼつかず、私は思わず唯先輩の背中にしがみついてしまった。

「すみません、歩き辛くて…」

どうしよう…これじゃあ、花火大会の会場に着くまでに時間かかっちゃう…。歩くのが遅いと、これだけ人が居るから唯先輩とはぐれちゃうかも…。
そんな私の心配を感じとってくれたのか…唯先輩が優しく手を差し伸べてくれた。

「大丈夫だよ、あずにゃん…私があずにゃんを花火大会の場所までしっかり連れて行くから!」
「はいっ…」

私の手を取ると、唯先輩はゆっくりと歩き出した。歩き辛いと言った私の為に、転ばぬように、はぐれぬように…。
そんな唯先輩の後ろ姿を、花火が次々と照らし出していく。それはとても幻想的で、綺麗という以外に言葉が見つからなかった。
繋いだ手からは、唯先輩のぬくもりを感じられる。唯先輩と手を繋いでいる…あっ!…意識したら、また体温が上がってきちゃった。

「花火、綺麗だね…」
「そうですね…」

打ち上がる度に、様々な色や形を演出してくれる花火…。それを見て、周りの人達も一斉に歓声を上げている。
私は、この花火を見ている途中で、ふと昨日の純の言葉を思い出していた。『好きな人とその花火を見ると、幸せになれるんだって♪』
私…今、凄く幸せな気分だよ…。唯先輩と花火を見ながら、こうやって手を繋いでいられるんだもん…。
花火が打ち上がっている間は、お互いにほとんど会話はないけれど…でも、一緒に居られるだけで居心地がよかった。

「何か…流れ星みたい…」

キラリと光り、散っていく花火。儚い物だなって思ってたけど…なるほど、唯先輩の言うとおり流れ星に見えなくもないかな…。

「これだけ流れ星があったら…1つくらい願い事が叶うかもしれませんね…」
「…お願いしてみようか♪」
「はいっ!」

唯先輩から手を離し、花火が上がった瞬間に手を合わせた。昨日、神社で祈ったお願い事は2つとも叶った。今日は、もっと大きなお願い事をしてみようかな。

『唯先輩と…恋人として一緒に歩んでいけますように…2人で手を繋ぎながら、これからも一緒に前に進んでいけますように…』


「唯先輩、さっきは何お願いしてたんですか?」

私と同じ事を考えてくれていたら嬉しいな…と思いつつ、私は唯先輩に聞いてみた。

「ひ・み・つ♪話しちゃったら、効果無くなっちゃうもん♪」
「え~…唯先輩が教えてくれたら…私のお願い事も話してあげますよ?」
「それはダメだよ…。そのお願い事は、あずにゃんの心の中にしまっておいて、ね♪」

う~ん…あわよくば告白…しちゃおうかなって思ったけど…残念。帰り道に告白っていうシチュエーションもありだよね?
花火大会が終わった後も、こうやって唯先輩の手を離さないようにしているけど…私の気持ち、気付いてもらえてるかな…。
『あ~ん』ってしてもらったり、手を繋いだり…唯先輩と私の関係は進展はしたと思う。純の期待していたキスは無かったけどね。

「もうすぐ夏休みも終わりだね…夏休みが終わったら、学園際に向けて本格的に練習しなきゃね!」
「そうですね…先輩達の最後の学園際ですものね!必ず成功させましょうね!」
「うん!」

学園祭…先輩達との最後のライブ…かぁ。…そうだ、この日だ!私…学園祭の最終日に唯先輩に告白しようっ!

「来年も…夏祭り、一緒に行きたいね」
「そうですね…」
「そうしたら、来年は私も浴衣着てくるね!」
「クスッ、楽しみにしてますね!」
「あっ…あずにゃん!…遅くなっちゃったけど、今日の浴衣、凄く可愛かったよ!」
「ありがとうございます♪…でも、最初に言ってもらえたら、もっと嬉しかったです♪」
「あぅ、あずにゃんゴメン…」

楽しすぎて、すっかり忘れてたけど…最後の最後で、唯先輩から浴衣の感想を聞けた。普段着ない浴衣だけど、褒めてもらえて凄く嬉しかった。
そっと目を閉じると、今日の楽しかった出来事が次々と頭の中を駆け巡っていく。私にとって、今日は忘れられない日になった。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

「凄かったね、澪先輩と律先輩の演劇!私、感動しちゃったよ!」
「うん、そうだね…」

あの夏祭りから1ヵ月ほど経ち、私達の高校では学園祭の初日を迎えていた。
純が感動していたのは、唯先輩のクラスが披露した演劇『ロミオとジュリエット』だ。
確かに、主役の澪先輩や律先輩は勿論、他の人達も全員、表情も演技もセリフも全て完璧で、観る人全てが感動したと思う。
まぁ、約1名…何故か木の役に抜擢された唯先輩には、途中でヒヤリとさせられる場面もあったけど…。

唯先輩も木じゃなくて、もっと立派な脇役もあったんじゃないかと思うんだけどなぁ…。
こんな事を言うのは悪いけど、、唯先輩が主役じゃなくて良かったと思うのは私だけかな…。
だって…他の女の子と主役を演じる唯先輩を想像したくないから…。
ま、まぁ…唯先輩がロミオで、私がジュリエットとかだったら…やってみたい気はするけど…。

「まったく…唯先輩とのロミジュリの妄想はほどほどにして、明日の軽音部のライブも頑張りなよ!」
「だからぁ…人の心を読まないでってばぁ…」
「あははっ…。まぁ、明日ライブ頑張ってさ…告白も頑張りなね!…梓なら大丈夫だから!」
「うん…ありがとう、純」

私は純と別れ、1人で部室に向かった、純はクラスの喫茶店の手伝いに行ったけど、憂は急いで家に帰ったみたい…何かあったのかな?
部室に着くと、私は長椅子に腰かけてギターの練習を始めた。こうやって1人だけでの練習も寂しいけど、少し慣れてきちゃったなぁ。
…唯先輩達のクラスの演劇は完璧だった。私も凄いなぁって思いながら観てたけど、その反面、私を1人にしないでほしかったなぁ…なんて。
いや、そんな事思ったら先輩達に失礼だよね。先輩達だって最後の学園祭なんだし、皆同じクラスなんだから、クラスの出し物が優先になるもんね。


まだ外は明るいけれど、だんだん辺りがオレンジ色に染まっていく…そんな時だった。
先輩達が部室に入ってきた…いや、帰ってきたと言うべきかな。律先輩の『ただいま』の言葉がちょっと嬉しかったし…。

「皆さんあんまり部室に来てなかったから…ライブの事あんまり大切に思ってないのかなって心配になっちゃって…」

演劇を成功させて、満足そうに話をしている先輩達…。唯先輩からは演劇の感想も求められた。良かったと答えたけど、その反面、抱えていた本音も…。
私の言葉を聞いた先輩達は、最初は申し訳なさそうな表情をしていた…。いや、私がそうさせてしまったんだ…。
だけど、優しい表情で…先輩達は『軽音部の事も大切に思ってるよ』と言ってくれた。律先輩の言葉が、軽音部も大事だという事を表していた。

「よーし、明日に向けて今日は泊まり込みで練習だー!」

本当に軽音部の事を大切に思っていなければ、泊まり込んで練習とかしないよね…!
あれをやろう、これをやろうって、何だか夏合宿のようなノリになってるけど…でも、やっぱり私はこうやって先輩達と一緒に居られると楽しいなぁ。

練習をしていると、憂が夜食を持ってきてくれた。そっか、演劇が終わった後に急いで帰ったのは、夜食を作る為だったんだ…。
憂の作ってくれた夜食は美味しくて、皆から好評だったけど、泊まり込みの練習の事は誰から聞いたんだろう?
練習もしっかりできたし、先輩達と一緒に夜の学園祭も見る事ができた。先輩達との最後のライブ…必ず成功させたいなぁ。

「電気消しますよー」

さすがに騒ぎすぎたかな…。時間はもう3時になりそうだった。久し振りに先輩達と沢山お話もできて楽しかったなぁ。
でも…よく考えたら、律先輩、澪先輩、ムギ先輩とばかり話してて、唯先輩とはあまり話せなかったかも…。常に私の隣に居てくれたのに…。
まぁ、暫く会えなくても…毎日メールでやりとりしてたからなぁ…。だから、他の先輩との会話を優先しちゃったのかもしれない。
だけど…会えない時はやっぱり寂しかった。せっかくだから、もっと唯先輩とお話すれば良かった…。唯先輩、もう寝ちゃったよね…。

「あずにゃん…」

不意に聞こえてきた、私の愛しい人の声…。私の願い、通じたのかな…それとも寝言なのかな…。唯先輩は私の隣で横になっているはず…。
唯先輩の方を振り向くと…唯先輩が私に視線を向けてくれている感じがした。暗かったから、表情まではわからなかったけどね…。

「はい…」
「あっ、まだ起きてた?…少し、お話ししても良い?」
「良いですよ。私も、唯先輩とお話しをしたいなぁって思ってたんです」
「そっか…。なんかみんなでお泊まりしてると、修学旅行を思い出しちゃった。あの時は、あずにゃん居なかったけど…
 あずにゃんも一緒だったら、もっと面白かったんじゃないかなって思ってたんだ」
「そうですね…私も憂の家でお泊まりしてましたけど…一緒に旅行に行けたら良かったのにって思ってました…」
「そっかぁ…。ねぇ、あずにゃん…その日の夜に送ったメール覚えてる?」
「…覚えてます…」

憂と恋の話をしていたら、タイミング良く届いた唯先輩からのメール…。あの時はどう答えれば良いかわからなくて、返事ができなかったんだっけ。

「あずにゃんは恋した事ある?」

あります…今、凄く素敵な恋をしていますよ、唯先輩に…。明日、告白しようって思ってたけど、こんな良いタイミングが来るなんて…。
今言ってしまおうか、それとも、やっぱり計画通りに明日にするか…。少し悩んだけれど、少し遠回しな表現でさりげなく伝えてみる事にした。

「…今まで、恋をした事ってなかったんです。修学旅行に行っていた唯先輩からメールを貰った時も、恋はしていないって思ってました。
 だけど、今ではある先輩の事を考えるとドキドキしちゃったり、ギュッと抱き締められると心が温かくなったりするんです…。
 だから…今でははっきりと言えるんです。私は…大好きな先輩に恋してるって…。これが…私の初恋なんです」
「そっか…」
「それに…最近は毎日メールを貰っていても、やっぱり会えないと凄く寂しかったんです…。少しだけでもお話しがしたくて…
 一目でも良いから会いたくて…何度もその先輩の教室の前まで行ったんです。だけど、頑張って練習している姿を見ると…
 邪魔しちゃ悪いと思って…何度も我慢して、部室に戻ってきていました」
「ちょっとでも我儘言ってくれれば…その先輩も、あずにゃんに会いに来てくれたんじゃないかな?その人の練習は、
 きっとどこでもできる練習だったと思うし…。それこそ、部室でも、あずにゃんの家でも…」
「そうだったかも…しれませんね。…唯先輩は恋した事はあるんですか?」

遠回しな表現って思ったけど、結構具体的に言っちゃったなぁ。唯先輩の話を聞く限り、もう誰の事だかわかってるみたいだし…。もう、告白みたいな物だよね。
唯先輩は今、恋をしているのか…それは、私の告白に対しての答えになるだろうけど…どうなんですか、唯先輩!?

「あずにゃんと同じだよ…。私も恋はした事なかったし、修学旅行の時も、まだ恋はしてなかったと思う。だけど、今は恋してるよ…。
 その子は、とっても真面目な子で、私よりもギターが上手なの…。だから、もしかすると下手な先輩に愛想を尽かしているかもしれない…。
 でも、修学旅行のお土産を渡した時に見せてくれた笑顔が忘れられなくて…その子の事を考えると胸がキュンってなったりするの…」
「唯先輩…その子はきっと、愛想を尽かしてなんかいないと思いますよ。頑張る先輩の背中を見て、愛想を尽かすなんて子はいないですよ。
 それどころか、憧れの存在になってると思いますよ。いつか、あんな先輩のようになりたいって思っているかもしれません」
「そっかぁ。…私ね、その子に振り向いてもらいたくて…最近、ずっとボーカルとギターを頑張って練習してきたんだ。
 明日はライブの本番だけど…私の大好きな子に、私の事を見ていてほしいなって思ってるんだ…」
「きっと、その子も唯先輩の事…しっかり見ていてくれると思いますよ。きっと、誰よりも近い所から見ていてくれると思います」

唯先輩の言葉を聞いた私は、もう何も悩む事は無いんだと確信できた。唯先輩のニコッとした表情を見て、私も表情がほころんだ。
好きです、という言葉を素直に口にすれば、すぐに気持ちが届く距離に私達は居る。あと一歩…いや、あと半歩の所で気持ちが届く。
だけど、私なりに考えてきた告白の方法もある。だから、好きという言葉は…もう喉まで出かかっているけど、ちょっとだけ飲みこんでおこう…。
明日のライブが終わったら、貴女にしっかり届くように…心に響くように…私の気持ちを伝えます。だから、あと1日待っててください…。

「恋って…良いよね♪」
「そうですね♪」

静かに目を閉じると、思い浮かぶのは唯先輩の笑顔…。この笑顔はライブの成功によるもの…?それとも、私の気持ちを聞いてくれた後のもの…?
どちらにしても、明日は2人にとって、楽しくもあり、嬉しくもあり…忘れられない素敵な1日になると良いな…。


翌日…学園祭ライブの日がやってきた。学校の至る所にライブの告知がしており、注目度が高い事がよくわかる。
昨晩は、さわ子先生が徹夜でHTT特製のTシャツを作ってくれた。とても素敵な出来栄えで、皆が一目で気に入った。

「手の平に人を3回書いて…飲む!」
「澪も、そのおまじないをやっておけば大丈夫だな!」

ライブの時間まで1時間を切り、私達は気持ちの準備をしていた。澪先輩は人前で上がらないように、おまじないをかけている。

「唯、MCちゃんと考えてきたか?」
「ばっちりだよ、りっちゃん!」

唯先輩と律先輩はMCの内容についての打ち合わせをしている。専らMCを務めるのは唯先輩の役割になっている。
ボーカルも務め、さらにはMCも務めるなんて、凄いなぁと思う。私だったら、あんなに流暢には人前で話せないだろうなぁ…。

「特に、今日は3曲目と4曲目の間のMCが重要だからな。唯、失敗しないように頑張れ!」
「えっ?澪先輩、何で3曲目と4曲目の間のMCが重要なんですか?3曲目は『わたしの恋はホッチキス』で、4曲目は『ふわふわ時間』ですよね…」
「その時になったら…わかるから♪」

3曲目と4曲目の間…何があるんだろう?タイミングからすれば、ライブのクライマックスに当たる所だけど…。
そういえば、いつもはライブ前にMCの内容を教えてくれるのに、今日は何も聞いてないな…。なんて考えたら、ムギ先輩がスッと手を差し出してきた。

「私の手に、みんなの手を重ねて!私、こうやって…みんなと一致団結するぞ、みたいな事をするのが夢だったの♪」

差し出されたムギ先輩の手の上に、律先輩、澪先輩、私、唯先輩の順番に手を乗せた。何だか、私達の力が1つにまとまっていく気がした。
このまとまった力は、必ずライブを成功に導いてくれる…!唯先輩のMCの事も気になったけど、ライブを成功させる事に集中しようと思った。

「私達のライブ、必ず成功させようね!」(紬)
「「「「オー!」」」」
「私達のライブ、みんなに感動を与えようぜ!」(律)
「「「「オー!」」」」
「私達のライブ、良い思い出にしような!」(澪)
「「「「オー!」」」」
「私達のライブ、最高のものにしましょう!」(梓)
「「「「オー!」」」」
「私達のライブ、終わったらケーキ食べよう!」(唯)
「「「「オー!…オォォ?」」」」

な、なんですか、それは…。唯先輩の掛け声に応えた皆の声が、情けない掛け声になっちゃった…。
一番締まっていかなければいけない所だったのに…。まぁ、今日はお茶をしてないのは事実ですけど…。
でも…皆から笑い声が出たし、緊張もほぐれたから…逆に良かったのかな?これを狙ったのか、素なのかはわからないけれど、さすが唯先輩だな…。

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最終更新:2010年08月30日 19:27