秋の中頃、朝から山菜採りに山へ来ていた私は、両足の疲労を取るために休息場所を探していた。
山菜は通常3割ほど残して採るのだが、最近は山菜の絶対量が少なく、あまり後に残してやることが出来ない。
登山道から少し外れた、見通しの良い涼しげな空間を見つけたので、重くなった背中の竹籠を置き、遅めの昼食を摂ることにする。
手ごろな大きさの岩に腰掛け、早起きして用意した弁当を広げた。
木々の葉擦れの音を聞きながら、私は食事を
「おにいさん!!それはまりさたちのごはんだよ!!
ゆっくりおいていってね!!」
妨害された。
背後から聞こえた耳障りな怒声、声の主など明らかだが、数を確認するために振り向く。
背後には、身体を膨らませて威嚇する成体まりさ(以下まりさ)、口汚く私を罵る成体れいむ(以下れいむ)、にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべたまりさが居た。
弁当の匂いに釣られてやって来たのだろうか。
視界には映らないが、「ゆっくちできにゃいおにいしゃんはちんでにぇ!!」と、舌っ足らずな罵倒も聞こえるので、赤ゆっくりも落ち葉や岩陰に隠れているのだろう。
私はゆっくりの虐待を好むわけでは無いが、だからと言って野生の饅頭と会話する趣味も無い。無論、弁当や山菜を奪おうと飛び掛ってくれば叩き潰すつもりだ。
私は無視を決め込んで食事を始めることにした。
「れいぶのごはんがああぁぁっぁあぁあああ!!!」
「なんでだべぢゃうのおおおおお!!?」
れいむとまりさは涎を垂らしながら私の足元にまとわりついてくる。勿論、岩に座っている私の顔の高さまでは届かないのだが、流石に煩わしいので踏み潰してやろうと片足を上げたとき、
「れいむ!まりさ!そっちじゃないよ!!こっちのごはんをたべようね!!!」
ともう一匹のまりさの声が聞こえた。横目で確認すると、まりさが山菜を入れた竹籠を倒そうと寄りかかっている。
私は溜息を吐きながら、まず山菜を狙うまりさから潰そうと立ち上がり、その瞬間、予想だにしない衝撃を受け、後ろに倒れこんだ。
竹籠の位置から弾かれたように跳躍したまりさが私の腹を強打したのだ。
私は山道の傾斜に抗えずに、木々の間を転がり落ちていった。あのサイズのゆっくりの体当たりとは、とても信じられない威力だ。
土埃を巻き上げながら急いで身体を丸め、両手で木の根を掴み転がる勢いを殺す。擦り傷の痛みを我慢し、上半身を起こすと、得意気に私を見下ろすまりさと目が合った。
「まりさたちのごはんをかってにとるからだよ!!ゆっくりはんせいしてね!!」
発言と同時に、まりさの口内から何かが発射され、驚いた私はとっさに頭を地面に伏せた。
どすんと重量を感じさせる音と共に私の背後に着弾した物体を振り返る。それは、子供の頭ほどもある大きな石だった。
あの饅頭これを咥えてウェイトを増加させてやがったのか!?
たかがゆっくりと思って甘く見た。頭の良い個体は、民家へ侵入する際に小石を使って窓を割ったり、投石で攻撃するとも聞くが・・・・
したたかに打った背中をさすりながら荷物の元へ戻ると、倒れた竹籠とひっくり返された弁当箱に赤ゆっくり達が群がっていた。
「むーしゃむーしゃ、しあわちぇー!!」
「こりぇめっちゃうみぇ!!」
「とちぇもゆっくちできるよ!!」
半日の成果を無為にされ、うなだれる私に、先ほど体当たりをしかけたまりさが近寄って来た。
「お前・・・よくも俺の弁当と山菜を・・・・」
今度は油断は無い。まりさの体当たりを警戒しながら、一撃で叩き潰せる範囲まで近づく。
通常のゆっくりならば、攻撃か、逃亡かどちらかの行動に出るだろう。だが、このまりさは再び私の予想を裏切った。
「ゆっ!!ちがうよ!!あのごはんはおにいさんのだけど、このごはんはまりさたちのものだよ!!」
驚きと疑問が、私の足を止めた。このまりさ、物の所有権を理解出来ているのか?
「このごはんだよ!!ゆっくりりかいしてね!!」
まりさが駆け寄ったのは竹籠、つまり、山菜の所有権を主張していることになる。
「このごはんはむれのみんながゆっくりするためにたいせつなものだよ!!おにいさんはとりすぎだよ!!これじゃむれのみんながゆっくりできないよ!!ぷんぷん!!」
「・・・・・・じゃあ、何故俺の弁当、お兄さんのご飯まで食べてるんだ?」
ひっくり返った弁当箱を、指し示す。まりさは、ぷくーっ、っと擬音じみた台詞と共に膨らみ、怒りをアピールした。
「やまのるーるをまもれないおにいさんへのばつだよ!!ゆっくりりかいしてね!!みんなでゆっくりするためだよ!!」
真に正論である。ルール違反に罰を与える旨の発言をすると言うことは、この辺りの群れのリーダーだろうか。随分と頭の良いゆっくりが居たものである。
「なにいってるの?れいむがみつけたんだかられいむのものだよ?ばかなの?」
「おいしいごはんは、このまりささまによこすのがあたりまえなんだぜ!!」
だが、弁当を貪っているれいむとまりさはご飯粒を顔中に引っ付けたままゲラゲラと笑っている。何処の集団にも問題児は居るものだ。
その二匹は無視し、目の前のまりさに向き直る。
「ああ、分かった。山菜を取りすぎて悪かったな」
「ゆっ!!わかればいいんだよ!!おにいさんもるーるをまもってゆっくりしようね!!もうやまのごはんはとりすぎちゃだめだよ!!」
まりさは右目を閉じ、高めの声で「ゆっ!」と鳴いた。ウインクのつもりなのだろう、本当に芸達者なゆっくりである。
まさか饅頭に説教される日が来るとは思わなかった。私は、行き過ぎた人間の行動が山の生態系にダメージを与えることを認識し、心から詫びた。
「ゆぶげえぇっっ!!?」
そして全力でまりさを蹴り飛ばす!!
「どうじでごんなごどずるのおおおぉぉ!?ばんぜいじだんじゃないのおおおお!!?」
どうしてだって?なまじ頭が良いだけに、俺の行動が理解出来ないんだろうな。
まず、この山の山菜は昔から村人の食料になっていること、人間は山菜を全滅させないよう採取量は加減し、山の動物達と共存してきた。
では何故最近になって山菜の量が減った?その原因は間違いなく目の前の饅頭どもだ。ゆっくり達が現れる前は、人間も動物も十分に山菜を得ることが出来たのだから。
次に、俺に攻撃をしかけたことだ。山菜の採り過ぎと言う罪を犯した俺に対して、一歩間違えば死にかねない攻撃を仕掛けてきた。明らかに罪と罰の重みが釣り合っていない。
確かに饅頭どもにとっては食料の減少は死活問題だから、ゆっくりのルールでは極刑でもおかしくないのかもしれないが・・・・・
そんなこと人間の俺には知ったことじゃない、それが最後の理由だ。
そう、俺が人間であり、野生動物の理屈を踏みつけながら生息圏を広げて来たのが人間と言う生き物だからだ。
初めから、野生動物が正当性を持っているかどうかなど問題ではなかったのだ。
山菜が食われてしまった分、食料の確保が必要だ。
私は、餡子を吐き出し痙攣しながら呻くまりさを尻目に、弁当を貪るれいむとまりさを捕まえ、いまだ赤ゆっくりが山菜を貪る竹籠に放り込んだ。
竹籠を背負い山を降りる私の背中に、まりさの怨嗟の声がいつまでも投げかけられていた。
最終更新:2008年10月10日 08:26