人も妖怪もあまり近付かない草原。そこは
ゆっくり達の楽園だった。
そこにはイベント好きという珍しい性質のゆっくり達も住んでいた。
どこから拾って来るのか不定期に段ボール箱を並べてはステージ代わりにしてコンサートを開く三匹。
長女のゆっくりるなさ
次女のゆっくりめるぽ
三女のゆっくりりか
不思議な事に常にセットでしか行動しないこれら三匹をまとめてゆっくりばー等と呼ぶ者も居る。
ゆっくりばー達は、ゆっくりには珍しい歌を歌うタイプのゆっくりだ。
別に意味の無い鼻歌位なら歌う者は沢山いる。ゆっくりばーが珍しいのは、特定の歌を覚えて歌う所だ。
自身が生き残る上で都合の良い事以外全く覚える事が無い野生のゆっくりが、
『歌』という生きる上で不必要な『娯楽』にそれ程の記憶力を発揮するというのは非常に稀な事なのだ。
それはさておき、今日はゆっくりばー不定期コンサートの開催日なのである。
既にステージは完成しており、周囲にはゆっくりばーの歌を聴きに来たゆっくり達が200匹程居る。
「ゆっくりまだかな!!!」
「ゆっくりはじめてね!!!」
「とかいはのわたしはおとなしくまてるんだから!!」
「ちんぽっぽー!」
「むきゅー!」
「たのしみだよ、わかるよー」
「すっぱ!すっぱっぱー!」
「美しくゆっくりゆかりんの為にとっとと歌ってね!!」
「私はゆっくりばーライブを聞くのはどちかというと大賛成だな」
「うっうー♪らいぶ♪らいぶ♪」
「おぜうさま!!おちついてください!!!ハァハァ!!!」
「ZZZ……」
「ちるのふちゃんねてたらだめだよ!!ゆっくりおきてね!!」
「ちんちんかもかも」
ライブの開始を今か今かと待ち続ける観客達。
捕食種まで混じっているが、周囲に危害を加える様子も周囲が怯える様子も無い。
歌は国境どころか食物連鎖のピラミッドすら超越するらしい。\すげえ/
ステージの上に三匹が登った時、拍手の音はあまりしなかったが大きな歓声が上がった。
「ゆっくりまたせたね…」
「いまからゆっくりばーのらいぶがはじまるよ!!!!!ヒャッハー!!!!!」
「ゆっくりきいていってね!!!」
そして観客側から見て左からゆっくりりか・ゆっくりるなさ・ゆっくりめるぽの順に並んで歌いだす三匹。
「あなたは~もうぉ~わすれたかしらぁ~」
「とろはちゅうとろこはだあじ!!!へいらっしゃい!!!」
「ぐまんじゅうのみなさーん!こんにちはー!ゆっくりりかでーす!!」
何と三匹バラバラの曲を歌いだした。だが驚くなかれ、これが彼女らのいつものコンサートの風景なのだ。
普通に考えれば聞き取りづらくて仕方ない筈だが、そこはゆっくり。
聞き取れなくても全く問題無く楽しめている。だってそもそも歌詞とか理解できないし、聞いちゃいねえから。
ただ何となくノリノリな三匹を見て何となく楽しくなっているだけなのだ。そんなもんですゆっくりなんて。
そんなしっちゃかめっちゃかな三匹は次々と歌い、歌い、歌う。
「ねぇ!いぃきぃてぇいぃぃぃぃるぅとぉ!わーかーるほーどーだぁきぃしぃめぇてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「あーちーちーあぁちいぃぃ!!!もえてるんだぁろーおかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ぶっちゃけぇ!お○なにーをするためにー!っえろどうががぁ!ひつよーっおーですーよぉー!!」
「あーっさーもーよーっるーもーぱーっそーっこんのまっえー!!かすになるよぉ!!だめなぼくぅ!!」
途中までは大人しく聞いていたゆっくりみすちーも興奮してステージの上に躍り出て歌いだした。
これもいつもの事であるので、誰も慌てない。もういっそお前も最初からステージの上に居ろよと思う。
既に相当ヒートアップして歌っている四匹だが、まだまだテンションは上がっていく。
普段は大人しくてテンションの低い長女のゆっくりるなさですら興奮で顔が真赤だ。
選曲とテンションが明らかに噛み合わなくても誰も気にしない。だってゆっくりだから。
「はぁーじぃめぇてみたぁとぉきーとぉーてぇもぉきれいぃでえぇぇぇぇ!!!むぅねがさわぁいぃだぁぁぁぁ!!!」
「あいきゃんふらぁい!!!へぇい!!ゆぅきゃんふらぁい!!!へぇい!!うぃぃきゃんふらぁい!!!へぇい!!」
「つんでれつんでれつんでれつんでれつんでれつんでれつんでれつんでれつんでれつんでれつんでれつんでれつんでれ」
「あいしあったーはずかーしいわーごぉすいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!ぬ!!ら!!せて!!!」
「うっう~うあうあ♪うっう~うあうあ♪いええ♪うっう~うあうあ♪うっう~うあうあ♪いええ♪」
「しょうしゃしょうしゃしょうしゃしょうしゃしょうしゃ!!しょうしゃしょうしゃしょうしゃしょうしゃしょうしゃ!!」
ゆっくりみすちー以外にも何匹ものゆっくりが乱入して大騒ぎである。
最早コンサートと言うより無秩序なカラオケ大会といった有様だ。
ある意味観客と歌い手が一つになっている、いいコンサートなのかも知れない。少なくとも楽しむという意味では。
そんな騒がしい会場に、一人の人間が騒ぎを聞きつけて訪れた。
「お、こんな所でカラオケ大会か。ステージまで作ってあるなんて、生首の癖に生意気な。俺さまも混ぜてもらおう」
そう呟いて、ずんずんと舞台に向かう人間。
オレンジ地にクリーム色のラインが入ったトレーナーを着ており、下は濃い紺色のズボンを履いている。
明らかに幻想郷の住人とは違う服装である。
「おい生首ども!俺さまにも歌わせろ!!」
怒鳴りながらステージ上のゆっくり達を蹴落としてステージに立つ。
「おにいさんだれ!!?ゆっくりかえってね!!!」
「ゆっくりできないひとはでていってね!!!」
物凄い勢いで飛び交うブーイング。だがそんなもの聞こえないとでも言うかのように、
「えー今日は俺さまのリサイタルに集まってくれてありがとう!!ゆっくり楽しんでいってくれ!!」
『ゆっくり』という単語に反応して途端に盛り上がるゆっくり達。
今や蹴り落とされて餡子を撒き散らし絶命した歌い手達の事など誰も気にしていない。それがゆっくりという物なのさ。
乱入者は大きく息を吸い込み手を広げて、
「おーっれーはージャ○イアーン!!!がーっきだーいーしょおおおおおおおおおおお!!!」
凄まじい声量で歌いだした。オリジナルの曲のようだが、凄まじく音痴である。
歌の上手い下手など欠片も解せないゆっくり達ですらその酷い歌声にダメージを受けている。
「「「「や゛べでえ゛ぇぇぇぇぇ!!!」」」」
「「「「ゆ゛っぐり゛でぎな゛い゛よ゛お゛ぉぉぉ!!」」」」
「「「「あ゛だま゛い゛だい゛よ゛お゛ぉぉぉ!!お゛があ゛ざあ゛ぁぁぁぁん!!!」」」」
楽しいコンサート会場は一瞬にして地獄のリサイタル会場へと変貌した。
阿鼻叫喚の地獄絵図とはこの事か、観客達は全身の皮を細かく振動させ、白目を剥いて悶え苦しんでいる。そして、
「ゆ゛ぶびゃっ!!」
「ぎょぼっ!!」
「げえぇぇぇ」
「たわば!!」
「ごの゛ま゛ま゛ではわ゛だじの゛じゅみ゛ょう゛がお゛ん゛ぱでま゛っはな゛な゛な゛な゛な゛……ごぽっ」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛びゅぽ!!」
「ばびぶべぼ!!ばびぶべぼはぁ!!」
「だずげ……がばっ!!」
「お゛があ゛ざ……げぴゅっ!!」
次々に餡子が口から目から吹き出て、皮は裂け、体が破裂するゆっくり達。
歌っている本人は気持ち良さそうなのだが、彼が歌えば歌う程聞き手は次々と落命していく。
そんな惨状に一切気付く事も無く歌い続けて30分。彼の気が済んだ頃には彼の歌を聞く者は居なかった。
親友と寄り添い、励ましあった末に皮が裂けて中身が流出した者。
息絶えた友人の苦悶に歪んだ顔を見ながら死んでいった者。
頭部が膨れ上がってから破裂し、中身を撒き散らした者。
その中身を浴びた衝撃でそこの皮が裂けて中身が噴出した者。
苦しむ我が子らを自らの口の中へ避難させるも、次々に口内に広がる甘みに絶望しながら死んだ者。
暗く暖かく、安心してゆっくりできる筈の母の口の中で中身をぶちまけた者。
次々と破裂していく姉妹達の断末魔を傍で聞きながら恐怖に震えて同じ末路を辿った者。
自分はまだ生きている、と訴えかけながら中身を失い潰れて行く母の皮が止めとなった者。
走って逃げようとして飛び跳ね、着地した時の衝撃が引き金となり口から中身を噴出した者。
目から茶色の涙を流しながら飛び去ろうとして叶わなかった者。
様々な死に方をした合計200以上の残骸がそこにはあった。
周囲に漂う甘くて食欲をそそる死臭に腹を鳴らした闖入者は、
「気持ちよく歌ったら腹が減ったなぁ。飯でも食いにいくとするか」
と、鼻歌交じりにその場を去っていった。
かくして人間も妖怪も立ち寄らない、ひたすらゆっくりしていられる『ゆっくりエリア』は、
たった一人の人間によってそれが拙い幻想に過ぎない事を住民のゆっくり達に思い知らせたのであった。
―――最も、この草原全域に響き渡った死を告げる歌声は、そこに住むゆっくりを全て滅ぼしてしまったのだが。