翌朝、冷蔵庫の前でしゃがんでいた娘は、記憶にないボウルを寝ぼけ眼で見つめていた。
しばらくの間、片手で扉を押さえたままで冷気を無駄に放出させていたが、やがて得心し
たように頷いてボウルを取り出した。ぴっちりラップされた琺瑯引きのボウルにはオレン
ジ色の液体が入っており、確かにそれは娘が冷蔵庫に入れた、れいむ治療中のオレンジ
ジュースだった。
かぶるほどのオレンジジュースはいつの間にかひたひた程度になって、髪の毛が気持ち
悪く液面にゆらゆらと広がっている。娘はとりあえず扉を閉めて、ボウルのラップを剥が
し、袖を肘までまくってオレンジ色の液をまさぐってみた。菜箸やお玉で引き上げる事も
考えてはみたが、れいむはおまんじゅうである。固い物ではぐずぐずになった皮から崩れ
てしまうかもしれない。そして、それは娘の本意ではなかった。仕方なく、冷たくても手
を入れることを選択したのである。予想以上のオレンジ液の冷たさに顔をひきつらせ、娘
はれいむにそっと触れてみた。冷たくぷるっとした感触に小さく声を上げ、反射的に手を
引く娘。気味が悪くなったのか、落とさないように菜箸で押さえ、ボウルを傾けてジュー
スを流しにこぼす。ボウルの底にでっぷりしている中身に、娘は我と我が目を疑った。
「わぉ」
ボウルの底で白目を剥いて硬直していたれいむの皮は、見事なまでに原色のオレンジ
ジュース色に染まり、そればかりかもみあげと後ろの赤いリボンも、毒々しいオレンジ色
に変色していた。きっと中身はオレンジ餡のようなでたらめな味になっているに違いない。
電子鍼の激痛で気絶した後、オレンジジュースに漬けられて復活したれいむだが、ぴっち
りラップで逃れることができずに、そのまま冷やされ続け、娘が忘れている間に冷蔵庫の
寒さで冬眠状態になっていたのである。
ジュース漬けのれいむをそのまま戻しては、箱の中も他のゆっくりもべとべとになって
しまう。崩さないように蛇口のお湯で表面のジュースをそっと流し、一応髪の毛とリボン
も軽く揉み洗い。べたつきのとれたれいむをキッチンペーパーで水気を取ると、娘は小皿
で観察することにした。れいむの皮はオレンジジュースの効用か、ゼリーのようにもっち
りぷるんぷるんになっていた。穴だらけだった底も今や傷跡ひとつなく、娘の指をもっち
りした弾力で押し返すほどになっていた。しばらく娘が頬や底をぶにぶに押して弾力を楽
しんでいると、オレンジレイムはぶるん、ぶるぶるん、と身じろぎをして、白目を剥いて
いた目がぐりんっと通常目に戻った。
「ゆっくりしていってね!」
開口一番、元気な声で誰にともなく挨拶するオレンジレイム。お湯で洗われ、常温に置
かれたことで冬眠から目覚めたのであろう。きょときょととキッチンを見回していたが、
娘と目があった瞬間、下膨れの顔を恐怖で引きつらせた。
「ゆ……ゆっくりしてね……?」
「おはようれいむ。ゆっくり反省できたかしら」
「ゆ゙っ、ゆ゙っ……いたくて、さぶくて、ゆっくりできなかったよ……」
「それはよかったわ」
透明な箱の中、子ゆっくりたちはゆっくりモーニングの挨拶を交わしたり、隣のゆっく
りとおはようのすりすりをしたり、めいめいにゆっくりしていた。娘はオレンジレイムの
黒いままの髪を撫でると、手の平にのせて透明な箱に戻す。とってもゆっくりできないお
しおきを受けたれいむが戻ってきたというのに、子ゆっくりは異様な物を見る顔で遠巻き
に見つめるばかりで、近寄ろうともしない。オレンジレイムはぷるん、と震え、お仕置き
を受ける前と同じ元気な声をあげた。
「れいむがかえってきたよ! ゆっくりしていってね!」
「わからないよー、れいむがゆっくりできないよー?」
「へんないろのれいむはとかいはじゃないわ!」
「ゆっ、ゆっ?!」
ゆっくりできない返事に、オレンジレイムは不思議そうに全身を傾ける。まず、目に見
えて色がおかしい。飾りもれいむの色ではない。いくら同じ群であっても、家族でもない
子ゆっくりには、それはゆっくりできない異分子にしか見えなかった。
「どぼじでそんなこというのおおお!」
オレンジレイムは自分がどれほどゆっくりできない色になっていることなど知るよしもな
い。そのため、突然仲間に爪弾きにされたとしか思えなかった。電気ショックで都合の悪
い記憶も飛んだのか、あろうことか自分を散々におしおきした虐待お姉さんに泣きついた。
「おでえざん゙ん゙! みんながでいぶにいじわるするよ!」
「あらあら、困ったわね。お姉さんは前にも、仲良くできない子は全員お仕置きします、
って言いました。そんなにみんなお仕置きされたいの?」
気持ち悪いオレンジ色の涙を流して泣き叫ぶオレンジレイムと困り顔の子ゆっくりを眺
め、娘はこみ上げてくる笑いをかみ殺し、頬に手を当てて悲しそうな顔を作る。子ゆっく
りにしては、たまったものではない。お約束を破ってお仕置きされ、帰ってきたときには
ゆっくりできない風体になっていたれいむとゆっくりしなければ、全員お仕置きされてし
まうなんて。子ゆっくりたちも泣きそうな顔になって、互いに顔を見合わせるばかり。
しかし、飾りが損傷したり、ゆっくりできないとされるゆっくりは、他のゆっくりでき
ないゆっくりとでも変わりなくゆっくりすることができた。煙突まりさがその頬にすりす
りすると、ゆんゆん泣いていたれいむもぷるぷると頬ずりを返した。オレンジジュースの
甘い匂いに釣られ、目無しちぇんも、のそのそと這い寄っていく。ゆっくりさせてくれる
仲間がいると、泣き顔だったれいむもようやく元気を取り戻した。
「れいむもゆっくりしていってね!」
「わかるよー、ゆっくりできるにおいなんだねー」
「ゆっくりするよ! ゆっくりするよ!」
ゆっくりできないゆっくりだけでゆっくりしてくれれば、普通のゆっくりである自分た
ちは気にせずゆっくりできる。群の中にもう一つ、別の群ができるようなもの。そのこと
に気付いた子ゆっくりたちは、一様にゆっくりした顔を見せた。しかし、それが面白くな
いゆっくりもいた。一匹のありすが憎々しげにオレンジレイムを睨み付け、ぷく~っと膨
れて威嚇を始める。
「むれにきもちわるいれいむがいるなんて、とかいはじゃないわ!」
「ぷんぷん! でいぶはゆっくりしているよ! きもちわるくないよ!」
「あきれたいなかものね! ほんもののれいむは、そんなきもちわるいいろをしてない
わ!」
確かに他の紅白まんじゅうと人工着色料の染み込んだオレンジレイムとでは、どちらが
ゆっくりしているかは言うまでもない。それでも、一緒にゆっくりしなくてはお仕置きが
待っている。他の子ゆっくりはお仕置きの恐怖を感じ取り、我を忘れて声を張り上げるあ
りすからじりじりと離れていく。
「ありすはれいむと仲良くしたくないのね?」
「なにいってるの? おうちにこんなとかいはじゃないれいむがいたら、おねえさんも
ゆっくりできないでしょ!」
ありすの不幸は、ゆっくりという存在が、自分たち以外も価値観を共通していると信じ
て疑わないことにあった。しかし、それはありすを責めるべきことではない。その構造こ
そがゆっくりであり、他者との差異を考慮するようなゆっくりは『ゆっくりしていない』
のだから。
「とかいははこんないなかものとゆっくりしたりしないわ!」
繰り返される都会派とやらに興味をおぼえた娘は、興奮のあまり他の子ゆっくりが逃げ
てしまっていることにも気付いていないありすに呼びかけた。今からこのありすを虐待し
よう。都会派とやらにコーディネートして楽しむのは、よくしゃべるありすを思う存分言
葉で弄んでからがいい。娘は予定調和へ向かって、慎重にありすを誘導し始めた。
「あなたの言う『とかいは』って一体どんな物なのかしら」
「とかいははとかいはよ! ゆっくりりかいしてね!」
ゆっくりすることに特化したゆっくりの言語体系には、様々な概念を一単語に包括させ
た万能句がいくつか存在する。その代表例が『ゆっくり』であり、ありす種固有の表現、
『とかいは』である。ゆっへん、と自信たっぷりに返すありすに、娘は首を横に振った。
「それはおかしいわね。お姉さんは、人間さん。このあまあまは、ゆっくりのごはん。何
かを説明するのに、同じ言葉を繰り返しては説明にならないの、『とかいは』のありすな
わかるでしょう。ありすはちょっと間違えただけよね。まさか自分の『とかいは』を説明
できない『とかいは』なんていないわね?」
まず自分を指さし、次に箱の脇に置いた袋を示す。その指先を追い、娘の言わんとする
ことを理解したありすは、ゆっくりブレインを必死に回転させる。ゆっくりすることに長
けてはいても頭脳労働には不向きのゆっくりブレイン。高負荷に、ありすは砂糖水の汗を
浮かべ、口をぱくぱくさせ、視線も彷徨いはじめる。ありすの矢継ぎ早の百面相に、娘は
箱の縁に腕をかけ、笑顔でありすを見守っていた。特大の透明な箱にはセーター越しの特
大のお胸が押しつけられ、重たげにたわんでいる。
「そ、そうよ、ありすはうっかりしちゃっただけよ! それでね、とかいは……は……」
これはあまりにも酷な質問である。ゆっくりすることに特化しているゆっくりブレイン
に、しかも子ゆっくりに論理的思考など不可能である。そのうえで大人げなく、娘は子あ
りすを容赦なく追いつめていく。
「ほらほら、ありすは『とかいは』なんでしょう。みんなの前で泣きそうになって、おろ
おろしているのが『とかいは』なのかしら。『とかいは』がそんなに恥ずかしいなんて。
お姉さん知らなかったわ」
「ちがうのおおお! とかいはは、とかいはは……ゆっくりよ!」
羞恥で茹で上がり、口をぱくぱくさせていたありすは、知りうる最も『とかいは』に近
しい単語を口にした。そもそも子ゆっくりに、ありす種の自己存在意義のようなものを証
明することなどできようはずもなかった。この返答は必然と言ってもいい。待っていた返
答に、娘は嬉しそうに頷いた。
「そう。『とかいは』が『ゆっくり』なら、ありすは自分より『ゆっくりしている』れい
むが羨ましくて群から追い出そうとした、みんなと仲良くできない悪い子ね」
「ゆがああぁ! ありすがいちばんとかいはなのおぉ!」
娘の言葉に、ありすは顔を真っ赤にし、ばいんばいん跳ねて金切り声をあげる。『とかい
は』も『ゆっくり』も、一語で様々な意味合いと用途を包括している単語だけに、意図的
に曲解されしまえばひとたまりもない。もとより語彙の少なく、しかもエキサイトしてい
るありすは、既に這い上がることもできない墓穴を突貫工事で掘り下げ続ける。
「ということは、ありすは一番『ゆっくりしている』のね」
「ゆ゙っ!?」
「みんなと仲良くできなくて、お約束を破ってゆっくりしたありすはお仕置きです」
ひょいとありすをつまみ上げると、娘はにこにこ顔のままキッチンへ向かう。中身のカ
スタードが漏れるかもしれない以上、かの女はありすへの虐待は水まわりで行うつもり
だった。子ゆっくりたちは娘の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
「おねえさんがありすをつれていったわ!」
「ゆっくりできないおねえさんみょん!」
「わかるよー、わるいこありすはおしおきされるんだねー」
「むきゅ、おねえさんはおやくそくをまもれば、あまあまをくれるにんげんさんね!」
「おねえさんのおうちはさむくないよ!」
「いぬさんもねこさんもとりさんもいないよ!」
「おねえさんがいないうちに、ゆっくりしないでゆっくりするよ!」
「「ゆっくりー!」」
逆さまにしたありすのカチューシャを外すと、重力に従って金色の髪がまっすぐに垂れ
下がる。娘はいくつかのコップの口にありすをあてがい、深くはまり込まない物を選び出
すと、改めてありすの髪にたっぷりの接着剤を含ませた。
「いなかくさいいい! とかいはのありすにはたえられないわああ!」
強烈な溶剤の臭気が鼻を突く。ゆっくりに鼻は無いが、臭いには敏感である。ありすは自
分の頭から漂ってくる異臭にただ苛まれるばかり。娘はありすの髪が固まらないうちに大
まかに形を整え、中程にカチューシャを貼り付けた。コップの口にのせれば、逆さまあり
すはもう動けない。包丁片手に朗らかな笑顔の娘を見つめることしかできいのだ。
「おねえさん! そのぎらぎらさん、とかいはじゃないわ! ゆっくりやめてね!」
「だぁめ」
次第に近づいてくる、蛍光灯の明かりを照り返す銀色がありすの視界から消える。ぷつり、
と鋭い切っ先がありすのもっちりした頬に潜り込んだ。一拍遅れて、ありすは灼けるよう
な激痛に金切り声をあげた。娘が包丁を引き抜くと、切れ込みに黄色いクリームが滲む。
「いぢゃいぃいい! なかみ! なかみでちゃう!」
「あら、カスタードが溢れそうね。すぐに直してあげる」
くすくす笑いながら、娘はありすの切り口を強く摘み、安全ピンで縫い止めた。切り開か
れた頬をさらに針で貫かれ、砂糖水を目から口から垂れ流してありすは悲鳴をあげる。今
まで一度も感じたことのない苦痛と恐怖でゆっくりできないまま、ありすは溢れ出たカス
タードで汚れた指を濡れ布巾で拭って包丁を握り直す娘を見つめることしかできなかった。
「ほっぺに穴があいちゃったわね。でも傷口は縫ったからすぐに直るわ」
「や゙べでね゙! ゆ゙っくりさせてね!」
激痛に暴れるありすに微笑みかけ、娘はありすの逆の頬を包丁の先でつつく。それの意
味に気付き、ありすは刺される前から激しい悲鳴をあげる。何のてらいもなく、つついて
いた箇所に包丁を突き立て、切り口を安全ピンで縫い留める。唯一自由になる底をたわま
せ、ありすは絶叫を張りあげる。いくら食べられる素材とはいえ、髪の毛が邪魔で普段の
ありすであれば両頬くらいしか刺す場所は無い。しかし、今のありすは逆さまで無防備に
あんよを晒し、髪の毛も全て垂らし、コップの口にぴったり置かれて身動きもとれない。
コップを少しずつ回しながら、娘はありすの皮を切り開いては引っ張った切り口を摘ん
では潰し、安全ピンで綴じていく。その度にありすは悲痛な絶叫をあげ、全身全霊で娘を
楽しませた。コップが一周した頃にはありすの皮は醜く引きつれ、銀色の安全ピンが鈴な
りに連なっていた。
「あはっ、とってもパンクになったわね」
「ありすはとかいはじゃないですう! いながもののいもむすめでいいですゔ! 」
「じゃあ、もう少し飾りましょうか」
「や゙べでぐだざ、ゆ゙ぎい゙い゙い゙!」
娘はカスタードまみれの包丁を流しに置くと、安全ピンの針先を涙に濡れたありすの頬
にあてがい、慎重に角度を確かめる。途切れることない激痛と恐怖に、歯を剥いて震える
ありすの意識は、頬に潜り込んだ針が眼球を中から貫いた直後に闇に落ちた。
「ゆ゙っゆ゙っゆ゙っ……」
洗った包丁を片づけると、娘は痙攣しはじめたありすをコップごと流しの隅に置き、た
らたらとオレンジジュースを垂らした。明日にはジュースで切れ目も閉じ、逆立った髪も
接着剤で完全に固まっていることだろう。鏡を見せたらどんな悲鳴をあげるのだろう。そ
のうえで散々罵ったれいむと対面させたら、どんな言い訳をするのだろう。散々に苦痛を
味わい、さらにありすを襲うであろう絶望に、娘は眠るありすを胸を高鳴らせて見つめて
いた。
「だれかいないの! とかいはのありすをゆっくりたすけてね!」
「おはようありす。ゆっくり眠れた?」
「ここはゆっくりできないわ! おねえさんはちっともとかいはじゃないわね!」
翌朝、歯ブラシをくわえて様子を見に来た娘に、コップで逆さまになっていたありすが
不満の声を返す。オレンジジュースが効いて傷の痛みも癒え、娘が起きてくるよりもはや
く復活していたありすは、閉め切ったキッチンで誰にも届かないというのに助けを求め続
けていたのである。
流しからありすのコップを取ると、娘は歯ブラシを小さく動かしながら洗面所へ向かう。
口をゆすいで顔を洗う間じゅう、子ありすは逆さまのままで娘に文句を言い続けていた。
もちろん水音でその声は聞こえないのだが。そして、娘はありすのコップを手に洗面台の
前に立った。かの女はコップから外したありすを手に乗せ、鏡に近づける。
「ありす、ごらんなさい」
「ゆ゙っ?! おねえざん! とってもゆっくりできないゆっくりがいるわ!」
鏡の中では、寝乱れた髪とはだけた夜着の娘が、手に乗せた異形の物体に視線を落とし
ていた。娘の手の上にあるそれは、テニスボールよりも少し小さい下膨れの、ゆっくりの
ようなものだった。だがそれは通常のゆっくりではなかった。金色の髪を一本残らずガチ
ガチに逆立て、顔中醜くひきつれた傷跡だらけ。表面にはじゃらじゃらと無数の安全ピン
が並び、片方しかない目を見開いて歯を剥き出しにしてありすを威嚇していた。筒状に逆
立った髪の半ばに貼り付いているカチューシャだけが、それがありす種だった証。
「ねえありす。鏡のお姉さんは手にありすを乗せているんだけど」
「ゆ゙っ……!?」
鏡面に手を触れ、娘はありすを小さく持ち上げて見せる。ありすは弾かれたように、鏡
に映る娘の姿とにこにこ見下ろす娘を何度も確かめる。ありすは気付いた。おねえさんの
言う『かがみ』はよくわからないけれど、目の前のおねえさんと、自分を持っているおね
えさんは同じ人だと言うことに。そして、鏡の中のばけものと一緒で、自分も片目が開か
ないことに。ありすは鏡の中の化け物を睨み付け、恐る恐るからだを揺すってみた。安全
ピンがちゃりちゃり、と小さな金属音を立てる。鏡の中の化け物も、娘の手の上でありす
を睨みながら、身体を左右に揺すって威嚇してきた。ここにきて、カスタードクリームの
ゆっくりブレインはそれを理解した。
「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」
鏡に映るパンクなありすへの恐怖と、自分がそのゆっくりできない姿になった事を理解
した絶望。白目で歯を剥いているパンクありすに、娘は朝から大満足だった。しかも、お
楽しみはもう一つ残っている。足が震えるほどの高揚感を味わいながら、娘は透明な箱へ
と向かった。
「さあありす、みんなの待っている箱に戻りましょうね」
「おでえざんやべでね! どがいばじゃないありずはみんな゙にあ゙え゙な゙い゙わ゙!」
運ばれている間中、濁音の多い悲痛な声をあげ続けていたありすには一切構わず、娘は
防音蓋に手を掛ける。昨晩もゆっくりさせなかったため、大半の子ゆっくりは一匹も起き
てはおらず、どれもこれも一かたまりに集まってゆぅゆぅと寝息をたてていた。娘が防音
蓋を外すと何匹かは目を覚まし、隣のゆっくりと朝のすりすりを始める。まだ小さい子
ゆっくりはゆっくりさせなさすぎても虐待を楽しむ前に衰弱死してしまう。増長しない程
度であれば、少々ゆっくりしていても娘は止めるつもりはなかった。
「ゆっくりおはよう」
「おねえさん、ゆっくりし……うわあああああ!」
「ゆっくぎゃあああああああああ!」
「ゆんやぁあああ!?」
娘は朝のゆっくりしていってね、で軽くゆっくりさせながら、箱の底にそっとパンクあ
りすを置く。娘に気付いた何匹かの子ゆっくりはゆっくりしていってね、を返すが、途中
で化け物を直視して悲鳴とともに固まってしまった。その悲鳴でまだゆっくりしていた他
の子ゆっくりもパンクありすを見てしまい、箱の中に絶叫が連鎖した。箱の中は火のつい
たように泣き叫ぶ子ゆっくりで、ひっくり返したような大騒ぎ。目玉なしちぇんだけは唯
一目が見えないだけに、周囲の恐慌に恐怖を煽られてがたがた震えている。
「わからないよー! わからないよー!」
「そんなに騒がないの。ちぇんもありすも怖がっているわよ」
「むきゅー! そんなゆっくりはばぢゅりーもしらないわ!」
「おねえざん! ゆっくりさせてね! こわくてゆっくりできないよ!」
パンクありすから少しでも離れようと、子ゆっくりは我先に壁面に張り付くまで後退し
ていく。先に逃げて壁際に近い物は、後から逃げてきた物に潰されて、苦しそうな悲鳴を
あげている。もっとも、ゆっくりは意外に弾力があるので、子ゆっくり程度の力では多少
潰したところで、苦しいだけで死にはしないのである。娘は子ゆっくりに恐怖が充分に行
き渡ったのを見計らい、桜色の唇を静かに開いた。
「みんなと仲良くできない、お約束を破ってゆっくりした悪いありすを覚えているわね」
その言葉に、パンクありすは片方だけ残った目を大きく見開く。『とかいは』でない姿
に造り替えられた以上、ありすの希望はせめて、ゆっくりできない見ず知らずのゆっくり
として、かつての自分と知られないままに永遠にゆっくりすることだけだった。一目見た
だけでおぞましい物を見るような反応。プライドの高いありすには耐え難い仕打ちだった。
しかし娘はありすの哀願するような視線を心地よさそうに受け止める。
「むきゅっ、おやくそくをまもらない、わるいゆっくりがおしおきされたわね」
「わるいゆっくりはゆっくりできないくていいよ!」
衰弱しない程度にゆっくりさせてもらっている為、子ゆっくりたちはお約束を守ってい
れば、娘がいつかはゆっくりできない宣言を違え、ずっとゆっくりさせてくれると信じて
疑っていない。娘はそれを感じ取り、小さく息を吐く。この子ゆっくりたちはまだ私を信
じているのだ。かの女は背筋をぞくぞくと走る刺激に形の良いおしりをきゅっとさせ、上
気した頬に手をあてて子ゆっくりを見渡して続ける。
「これがそのありすよ。仲良くしてあげてね」
「ゆがーん!」
「ゆ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」
娘の言葉に一斉に固まる子ゆっくり。パンクありすは羞恥と絶望にどうしていいかわか
らず、とうとう絶叫をあげて滅茶苦茶に跳ね回りはじめた。とかいはでなくなってしまっ
て、みんなにしられてしまうなんて。どうして。どうしてありすだけが。どうして。
損傷して他のゆっくりからゆっくりできないとされたゆっくりは、同様に欠損したゆっ
くりとでもゆっくりすることができる。狂ったように暴れるパンクありすに、煙突まりさ
とオレンジレイムがおずおずと近づいていく。
「ゆ、ゆっくりしていってね?」
「ゆ゙があ゙あ゙あ゙! ゆ゙ぼぉ゙お゙ぉ゙!」
ゆっくりできないおぼうしのまりさ。ゆっくりできない色のれいむと、おめめのない
ちぇん。どれもこれもゆっくりできないゆっくりに同情されたのだ。とかいはのありすが。
それは決して同情などではなかった。煙突まりさもオレンジレイムも、一緒にゆっくりし
ようとしただけだった。しかし、それはとかいはを自認するありすには、ゆっくりできな
い化け物になった自分を見せつけられたありすには、到底受け入れられる言葉ではなかっ
た。それを受け入れてゆっくりできないゆっくりと一緒にゆっくりすることは、自分がと
かいはでない化け物、もはや二度とゆっくりできないゆっくりであることを認めてしまう
ことになるのだから。
パンクありすは声の限りに叫び、砂糖水を目から口から垂れ流してのたうち回った。娘
が嬉しそうに、子ゆっくりたちが怯えたように見つめる中、その口から中身のカスタード
クリームが勢いよく噴き出した。一度溢れたカスタードはもう止まらない。嘔吐の果てに
吐き出すためのカスタードまで出してしまうと、安全ピンと接着剤の重さで、パンクあり
すだった皮はべしゃりと潰れ、口だった歪な穴から黄色のクリームが力無く漏れていた。
「も゙っ……と……ゆっ……く……」
オレンジレイムは自分がどれほどゆっくりできない姿か知らないためか、あるいはオレ
ンジジュースが中身に染みわたったせいか、ゆっくりできないゆっくりとでも、ゆっくり
できている。パンクありすは自身のゆっくりできなさを受け入れることができず、プライ
ドと絶望の板挟みでカスタードを吐いて果てた。ついでに前の方にいたぱちゅりーも一匹、
ショックでもらいエレエレして、中身のブルーベリージャムを全て吐き出して永遠にゆっ
くりした。
一緒にゆっくりしてほしかっただけなのに。煙突まりさは呆然とパンクありすの残骸を
見つめていた。嘔吐する物もいなくなり、静かになった室内に、娘の吐息がやけに大きく
響いた。
可哀想なありす。あとぱちゅりーも。そして、なんと楽しいのだろう。娘はしばらく瞬
きも忘れ、汚れた箱を、虚ろな目をしたゆっくりだった物を見つめていた。
「おでーざん! ありずがゆっくりしちゃったよ!」
「む゙、む゙ぎゅ、ぎゅぼ、ぎゅぶっ!」
「ばぢゅりーしっかりしてね! ゆっくりしないでね!」
「みょ゙ーん!」
「むきゅ、むきゅきゅきゅうう、おちおちつくのよ!」
「わがらないよ゙ー!」
先に口を開いたのは子ゆっくりたちだった。助けを求めるもの、砂糖水を垂らして悶絶
するもの、ただひたすらうろたえてわめき散らすもの。パニック状態を眺めるのは楽しい
が、このままでは子ぱちゅりー同様、もらいエレエレでまだ手つかずの子ゆっくりも駄目
になってしまうかもしれない。娘はよく通る声で告げた。
「残念だけれど、永遠にゆっくりしてしまった子はもう助からないわ」
「ゆぅぅ……」
「みょーん……」
これは嘘だった。ゆっくりは中身を吐いたところで、詰め戻してオレンジジュースでも
かけておけば復活する。パンクありすにカスタードを詰め戻したところで、どうせ自分の
姿を受け入れられず、またすぐに吐いてしまうなら、もう充分に楽しんだことだし、捨て
てしまったほうが面倒がない。あとぱちゅりーも。
スーパーの袋を取って戻ってきた娘は、子ゆっくりの残骸を袋に放り込んだ。中身のほ
とんど残っていない皮は、ひどく軽く感じられた。娘は濡らしたキッチンペーパーとウェ
ットティッシュで箱のカスタードとブルーベリージャムを拭き取り、それも袋に詰めると
口を縛ってゴミ箱に放り込んだ。
最終更新:2009年03月29日 04:06