「はい、はい、ゆっくりゆっくり!」
「「「ゆぴぃ……ゆぴぃ……」」」
「おちびちゃん、がんばってね! もうすこしだよ!」
「がんばるんだぜ、まりさたちのおちびなんだから、できるんだぜ!」
本格的な金バッチ取得のための特訓が始まったが、両親はすぐに適応したものの、やは
り子供たちにとってはしんどかった。
今は、人間さんをゆっくりさせる会話の特訓で、下手を打ってお仕置きされているとこ
ろである。既に三日間ほど懇々と言い聞かせているのに、未だに人間を「にんげんさん」
或いは「お兄さん」と呼ばずに「くじゅ」だの「どれい」だの言う子供たちに、とうとう
男がキレたのだ。
お仕置きは、持久走であった。ロープで作った円の周りを、男がいいと言うまで走るの
だ。もちろん、そんなことは嫌だと言っていた子ゆっくりたちだが、そこはもう餡子の奥
まで恐怖心を植え付けられているれみりゃが脅かすと不承不承走り始めた。
それでも最初の頃は元気一杯に跳ねていたのだが、そのうちに速度が落ちてくる。
「ゆゆ、お兄さん、おちびちゃんたちもうへとへとだよ」
と、暗にもう許してやってくれと言う親れいむを男は完全に無視。
「ゆーっ! もうちゅかれたよ! 走れにゃいよ!」
やがて、妹れいむが前に進むのを止めてその場でころりと寝転がった。
数歩跳ねて行った姉れいむと子まりさも、そこで立ち止まり、ゆひぃゆひぃと息をつく。
「れみりゃ、あの子に気合入れてあげてね」
男が言うと、れみりゃはぴょんと飛び上がって妹れいむの方へ向かっていった。
「おちびだぢぃぃぃぃ! はやく! はやく走るんだぜええええ!」
なにをするのかを嫌でも悟ってしまった親まりさの必死の呼びかけも、子供たちには聞
こえていないようだ。
「うー!」
「ゆぴっ!」
転がって気持ちよさそうにしていた妹れいむは、れみりゃに叩かれてごろごろ転がって
いった。その先にいた姉れいむと子まりさは、驚いて走り始める。
「ゆぴゃああああ! いぢゃいぃぃぃぃ!」
背後で、妹れいむの悲鳴が鳴り響くと、姉れいむと子まりさは一層跳ねる速度を上げた。
「うー!」
「や、やめぢぇ、走りゅから、やめぢぇね」
「うー!」
ぽよぽよと跳ねる妹れいむを、れみりゃは、遅い遅いと言わんばかりに後ろから軽く叩
いた。
「はーい、あと一周、がんばってねー」
「ゆゆっ、おちびちゃんたち、あと一回ぐるってすればいいんだよ!」
「がんばるんだぜ、一回なんてすぐなんだぜ!」
なんとか、姉れいむと子まりさは自力でゴールした。
だが、妹れいむは、結局れみりゃに叩かれ転がって無理矢理ゴールさせられた。
「よし、今日の特訓は終わり。いつもの場所でゆっくりしてていいよ」
「ゆゆっ! おちびちゃん、すぐにおかあさんがぺーろぺーろしてあげるよ!」
「あー、ちょっとお前らには話が……」
「ゆ! れいむは、すぐにおちびちゃんをぺーろぺーろしてあげたいよ」
「人間さん、お話ならまりさが聞くんだぜ、れいむにおちびをぺーろぺーろさせてあげて
欲しいんだぜ。お願いなんだぜ」
「ゆゆ、ゆっくりお願いします。ゆっくりお願いします」
「あー、まあ、しょうがないね、じゃあれいむは行っていいよ」
「ゆっくりありがとうございます。ゆっくりありがとうございます」
「ゆっ、それでお話っていうのは?」
「ああ、他でもない君の子供のことさ」
男のその言葉に、親まりさの顔が強張る。数日の特訓で三匹の子供たちは、これでもか
というぐらいの失望を男に与えていた。
「お、おちびたちは、まりさとれいむがちゃんと躾するから、もうちょっと待って欲しい
んだぜ。お願いなんだぜ、お願いなんだぜ!」
もう駄目だと確信したられみりゃの餌にする、ということは既に伝えてある。親まりさ
は必死に懇願した。
「ふむ」
男は、その様子を見て、少し考えて、やがて口を開いた。決してその声は厳しいもので
はなかった。
「お前もよく短期間でここまで更生したもんだな。言葉遣いはそう育てられたからだし、
とてもゲスだったとは思えない」
男は本心から、感心しているのだった。言葉遣いに関しては、親まりさはどうしても語
尾の「~だぜ」が抜けなかった。どう脅かしても痛めつけても無理なのだ。それ以外のこ
とに関してはさすが元金バッチと思えるような成績を出しつつあったのに、だ。
そこで不思議に思って、生まれてからどういう教育を受けたのかを詳しく尋ねてみると、
どうもこのまりさはそういう言葉遣いを矯正されたことがないということがわかった。
飼いゆっくりというのは所詮は飼い主が気に入ればいいのだ。中には、あまりに丁寧な
言葉遣いでおとなしくほとんど動かないようなゆっくりよりも、多少砕けた言葉遣いで活
発に動き回るものを好む飼い主もいる。
特に独居の老人などが、この手のゆっくりを求める場合が多い。わんぱくな孫のような
感覚で可愛がっているのだろう。
そういったニーズに合わせて、~だぜ、という程度ならば矯正しない場合もあるし、そ
れだけで金
バッチ試験に落ちるということもない。このまりさはそのタイプであろうと思
い、だぜ言葉についてはそのままにしておくことにした。
「ゆぅ……まりさはゲスじゃないんだぜ……」
「ん?」
親まりさがぼそりと呟いた言葉に男が反応すると、親まりさは慌てて言った。
「ゆっ、ゆっ、怒らないで聞いて欲しいんだぜ」
「ん? よし、聞いてやろう」
「ゆぅ、まりさもれいむも、最初はちゃんとしてたんだぜ、でも飼い主さんがゆっくりし
てないみたいだったんだぜ」
「飼い主さんっていうのは、最初の飼い主のおじいさんだね」
「ゆん、餌はくれたけど、全然遊んでくれないし、話してても楽しそうじゃなかったんだ
ぜ」
飼い主をゆっくりさせるべし、と育てられたまりさたちにとって、それはとてもゆっく
りできない状態であった。そしてある時、老人が呟いた。
「やっぱり猫にしとけばよかったの、犬は散歩させてやれんからな」
その言葉に、とうとうまりさはキレた。
「なんでそんなこと言うんだぜ! まりさたち、ゆっくりさせてあげようとしてるんだぜ!
」
「なんでと言われてもお前ら、いい子すぎてつまらんのじゃよ」
「ゆぅぅぅぅっ! ジジィこそつまらないんだぜえええええ!」
「なにをこのクソ饅頭が!」
それから罵倒し合っているうちに、なんだか飼い主さんがさっきよりもゆっくりしてい
るように見えた。
「まったく、とんでもない駄目ゆっくり掴まされてしまったわい」
「ゆぅぅぅ! 駄目ゆっくりじゃないんだぜえ!」
「まあ、お前らみたいなのは外に放り出したらのたれ死にじゃろうからわしが面倒見てや
るか」
「ゆぅぅぅ、面倒見るんだぜえええええ!」
と、まりさが思わず返したら、老人が、ぷっ、と吹き出した。
「なにがおかしいんだぜえええ!」
それからは、そんな調子で罵り合いつつ、一緒に生活していた。勝手にすっきりーして
子供を作った時も老人は怒らなかった。
「おお、クソ饅頭がクソ饅頭作りおって、餌代がかかるわい」
と、口では言っていたが、決して不機嫌には見えなかった。
「うーん、それは」
わんぱくな孫……というには明らかに態度も口も悪かったが、その老人にとっては、そ
うやっているのが寂しさを紛らわす一番いい方法だったのかもしれない。
「わしゃ、ちょっと出かけるぞ。餌を多めに置いておくから勝手に食え」
ある日、そう言っていつもより多くの餌を皿に入れて部屋を出て行ったのが、まりさた
ちがその老人と会った最後であった。
なんだか苦しそうだったので、まりさが、
「ジジィ、顔色が悪いんだぜ、まりささまたちに餌持ってくる仕事があるんだからしっか
りするんだぜ」
と言ったら、老人は少し嬉しそうな――まりさに言わせるとゆっくりした――笑顔で、
「お前に心配されんでも、わしゃまだまだ大丈夫じゃ」
と、言った。
あからさまに態度が悪くなっているくせに、飼い主の様子に気付いてそんなことを言え
るまりさは、やはり飼いゆっくりとしては相当に優秀だ。一応、その態度の悪さも、まり
さなりにこの方が飼い主さんがゆっくりできる、と思ったからだ。
「そうか、事情は大体わかったよ。一応飼い主さんをゆっくりさせようと思ったのがきっ
かけなんだね。その後それが当たり前になって最初に受けた教育を忘れたのはまずかった
けどね」
「ゆぅ……」
「うん……薄々思っていたが、やっぱり君はとても賢いし優秀だね。でも、君の子供は…
…」
「ゆゆっ、おちびたちは、生まれた時からそうだったから、にんげんさんへの言葉とかも
あれでいいと思ってるんだぜ」
「うん、それで提案なんだけど」
「ゆゆ?」
「あの、妹のれいむ……あれはいけないよ」
「ゆゆぅ……」
うな垂れたところを見ると、親まりさも密かにそう思ってはいたのだろう。先ほどのお
仕置きの時のような感じで、妹れいむは何をやっても一番最初に音を上げ、不平を言い、
駄々をこねる。
「あれに引きずられて、他の二匹もよくない影響を受けてる」
「ゆゆぅ……ゆっくり長い目で見てあげて欲しいんだぜ」
「どっちか選んで欲しい。あの妹れいむを捨てるか、それとももうしばらく様子を見るか。
ただし、その場合は、何かあった時には他の二匹の子供もまとめて罰を与える」
「ゆっ! ゆぅぅぅ」
「僕としては……妹れいむを今すぐに見捨てることを勧めるよ。他の二匹は金は無理でも
銀バッチぐらいならまだ望みは無いわけじゃない」
「……も、もうしばらく、様子を見て欲しいんだぜ」
「……それは、もしあの妹れいむが何かやったら他の二匹も連帯責任ってことでいいんだ
ね?」
「ゆぅ……それで、いいんだぜ」
「よし、わかった」
男としては、この親まりさのことは大いに認めていた。それより劣るといっても親れい
むの方もなかなかのものだ。
だから、いっそのこと、もう望み薄な子供は切ってしまいたいと思っていた。そういう
意味では、男の望む選択を親まりさはしたことになる。絶対にあの堪え性のない妹れいむ
は何かやらかす、と男は見ていた。
しかし、ゆっくりの考えることは人間には結局は理解し難いものなのか。妹れいむは、
男が全く予想もしていなかったことをやらかしたのである。