注意・登場するほとんどのゆっくりが、主に「ゆっくりしていってね!!」としか発言しないゆっくり




日本の本土から十数キロも離れていた場所に、とある島が浮かんでいた
航路以外に本土との交流の手段を待たない場所だった

ゆっくりに関係する事柄で、この島は他にない特色があった

十年ほど前の話
ゆっくりが世界各地に出現し始めた頃。野生のゆっくりたちによる被害が後を絶たなかった
どこの自治体もその対策と駆除に追われ没頭している中、この島だけが異例の政策を執った
それは『島に住む全てのゆっくりが暮らすことのできる場所を一箇所作る』という極めて異質なものだった
その場所として白羽の矢が立ったのが島の市民公園だった
地図上では市民公園と規定されているが面積は国営公園並の広さを有していた
その公園の一部を改装して、そこに島にいたゆっくりが快適に暮らせる環境を作り、餌付けを行なった
次第に島のゆっくり達は自然とこの公園に集まるようになった
そうして集まったゆっくりの数を人の手で調節し管理した
結果、ゆっくりの被害を軽減させることに成功したという歴史を持つ


草木が芽吹き桜の咲き誇り、島は春を迎えていた
公園の中心にはやぐらが建てられ、周辺には出店が並び、至るところに装飾が施されてお祭りムード一色となっていた
今日からこの公園周辺で春の到来を祝う祭りが3日間行なわれる。本日はその一日目だった

公園の特設ステージでは開会セレモニーで町長が挨拶をしている真っ最中だった
穏やかで非常に落ち着いた声がマイクを伝い会場に響く
『外からいらした方々は、この島を【ゆっくりを愛護する島】とお思いでしょう・・・・しかし、それは違います』

町長は元々この島にある教会の神父だった

『ゆっくりの被害を抑えるのに最も効果的なの手段こそが、ゆっくりを愛護するというものだったのです』

聖職者の鑑(かがみ)となる人格者で、教派に関係なく多くの者が彼を尊敬していた

『これはゆっくりに限ったことではありません』

神父を続けつつ十年以上この町の長を務め、その政策に一度の間違いも無かった。ゆっくりの保護地区の発案も彼だった

『真に問題の解決を望むのなら、迫害などせず相手を思いやる。その考えでこの島は今日まで発展してきました。これからもそれは変わりません』

それ故に周囲の信頼は厚く、彼以外にこの町に相応しい指導者はいないと皆が口をそろえて言った

『以上です。どうか皆様、この3日間を存分にお楽しみください』

町長が挨拶を終えると盛大な拍手と「ゆっくりしていってね!!」というゆっくり達の大合唱が会場に響き渡った



その様子をやや離れた場所からカメラに収める男がいた。腕には新聞記者の腕章、首には名前と所属する部門の札が掛かっていた
大手新聞社に勤める彼は、今回上司の指示でこの島の祭りの取材にやってきた
3日分の祭りの風景を写真におさめ、島の人間へのインタビューをして終わる簡単なスケジュール故に、派遣されたのは彼一人だけだった
彼以外の報道陣はせいぜい地元の情報誌くらいで、この祭りがどれくらいローカルなものかを如実に物語っていた

「それにしても奇妙な光景だな・・・」
公園を見回した彼はぽついりとそう呟いた
女性の膝の上に乗り頭を撫でられて気持ち良さそうに揺れるゆっくりれいむ
子供と共にボールを追いかけて遊ぶゆっくりまりさ
餌を持ったスタッフの周りの集まる子ゆっくりたち
日向ぼっこをして気持ち良さそうに寝息を立てるゆっくりの家族

今も昔も、ゆっくりの被害件数は他の町や市に比べてこの島は圧倒的に少ない。ほぼ無いと言っても良い
本土では多くの自治体がゆっくりの対策の予算を割く中
結果として安いコストでゆっくりの被害を軽減したすることに成功した極めて特殊な地域だった

ゆっくりの害が減ることで、いつしかこの島の人々は公園で暮らすゆっくり達を犬や猫と同列に扱い始めた
当時は隔離場として機能していたこの公園は、現在人間とゆっくりが交流を持つ場所となっていた
柵が無くともここから外へ出て行こうとするゆっくりは一匹もいない
野生のゆっくりの大部分は今もこの公園に生息しており、それ以外の場所ではゆっくりを滅多に見かけることはない
見かけたとしてもほとんどが人に飼われているゆっくりである
飼いゆっくりは“一家に一匹。去勢手術が施され役場が発行するタグが付けられている”という条件で認められていた
なおこの島に限り、景観を壊すという理由からゆっくりに対する虐待行為は条例で禁止されていた


ゆっくりを害獣視している地域から来た彼はこの島に強い違和感を感じていた
この島にはゆっくりありすも、みょんも、ちぇんも、ぱちゅりーも生息しておらず、存在しているのがれいむ種とまりさ種だけということ
そして何よりゆっくりと人が笑い合う光景が主な原因だった



公園は大きく別けて四箇所に区切られており、一つ一つが相当な広さを持つ
一つ目が、行政が行なうイベントの会場や地域の草野球大会の場、時には臨時の駐車場とした使われる広い面積を持つ市民広場
(町長が挨拶したのもこの場所で、祭りの行なわれるメインの場所である)
二つ目が、体育館やトラック、大型アスレチックがある運動などのレクリエーションを目的とした運動広場
三つ目が、子供向けの遊具や砂場、ボール遊びのできる広さを持ったファミリー広場
四つ目が、大規模なビオトープが作られ町の緑化推進兼ゆっくりを保護管理、飼育を目的としたゆっくり広場
(正式には自然広場だがこちらの方が定着している。ちなみに公園全体にゆっくりは生息しているが多くのゆっくりがその場所にいる)

ゆっくり広場は市民広場から最も離れた場所にあり、今回の祭りとは無縁に場所にあった

午前の分の写真を一通り撮り終えて次の取材場所である教会に向かうために、男はゆっくり広場を歩いていた
途中、大きな木の下で女の子がゆっくりれいむの子供を叩いている場面に出くわした
このあたりは祭りの会場から離れたところにあるため人通りがまばらだった
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね! ゆぎゅんっ」
指を丸め、まるで猫のような手で小突く
小突かれたれいむは後ろに転がるも、すぐに起き上がり女の子のもとまで駆け寄り、再び笑顔で「ゆっくりしていってね!」と叫んだ
単にじゃれてもらっているとれいむが勘違いしているのか、女の子にもゆっくりしてほしくて献身的な気持ちでやっているのかはわからない

男は気になって声をかけた

「ここを管理してる人に見つかったら怒られちゃうよ?」
「別にいい。いつものこと・・・」
どうやらこれが彼女にとって日課らしい
女の子の容姿は中学生の高学年から高校生の低学年あたりで、その年齢でこんなことをするのは些か幼稚だと男は感じた
「君はゆっくりのことが嫌いなの?」
「うん・・・」
れいむを小突きながら蚊の鳴くような声で答えた
この町の全ての人間がゆっくりを愛護しているわけでは無いことが確認できて男は小さく安堵した
「おじさんはこの子たちのこと好き?」
今度は彼女の方から無愛想な声で尋ねられた。相変わらず子れいむを小突きながら
「そうだね・・・・・・・・おじさん好きでも嫌いでもないなあ」
少しだけ間を置いてから正直に答えた
「ふーん」
一度だけこちらを見るとすぐに視線を目の前の子れいむに戻した
「ゆっくりしていっ」
「うるさい・・・・」
「ぶべっ!」
女の子は子れいむの頭に拳を落として無理矢理黙らせる。この時初めて子れいむが涙目になった
彼女の興味は男ではなく目の前のれいむに注がれていた
「あんまり叩くと、その子死んじゃうよ? 小さいし」
「これくらいなら大丈夫・・・」
(本当かな?)
誰かに見られていないかと不安になり、周辺を見渡すが幸いだれもいなかった
見渡した際、偶然時計台が目についた。いつの間にかアポで取った時間に近づいていたことに気づき彼は焦った
「いじめるのもいいけど。ほどほどにね」
それだけ言うと、公園に隣接している教会へと急いだ







厳かな雰囲気を醸し出す扉を前にして一度だけ深呼吸してから取っ手を握る
見た目とは裏腹に軽々とその扉は開いた
「ごめんくださーい!」
教会の礼拝堂にはだれもいなかった
「すみません。礼拝の時間は先ほど終わりました」
誰もいないと思っていた場所から声が聞こえて男は驚いた。パイプオルガンの向こうから町長が姿を現す
「以前お電話した新聞社の者です」
「ああそうでしたか。お待ちしておりました、どうぞおかけ下さい」
規則正しく並ぶ長椅子の先頭に座るよう勧められ、そこに座る
「では町長。いくつかお話をうかがっても・・・」
「お手数ですが、ここでは私のことを『神父』と呼んでいただけると助かります」
先ほどセレモニーに出席していた時はスーツだったが、ここでの町長は法衣を纏っていた
「あ・・・失礼しました」
政と宗教は決して混合させてはいけないというのがこの町の長のモットーだった
男は自分の思慮の足りなさを心から詫びた
「あなたが謝る必要はありません。これは私の身勝手なお願いなのですから」
穏やかな声でそう言い、にこやかに笑うと目尻にたくさんのシワが集まった
その表情に彼は体に溜まる毒気を全て抜かれた気がした
神父(町長)が仕切り直しの意味を篭めて小さく咳をする
「わざわざこのような辺鄙な島の祭りに来ていただき、本当にありがとうございます。何なりとお尋ねください」
男は神父の見える位置にボイスレコーダーを置き、録音の許可を取ったあとにメモ帳を取り出す
手短な挨拶を終えて、さっそく本題に取り掛かった
「はい、それではまずこの町の・・・」


島と今回の祭に関するインタビューは滞りなく終わった
お互い終始にこやかなまま、まるで雑談をしているかのように話が進んだ

「以上です。どうもありがとうございました」
「こちらこそ。素晴らしい記事になることを祈っています」
「はい。そうなるよう尽力いたします!」
開会セレモニーで町長のことを『優しそうな人』という印象を受けたがまさにその通りの人物だった
質問の答えの一つ一つに神父がこの町を真剣に思いやっているというのが伝わってきた
噂に違わぬ人格者だった






「この町に来た率直な感想を教えていただけませんか?」
改めて礼を言おうと立ち上がった男に神父は突然そう言った
「ええと、その・・・」
男はどもってしまう。素直に自分が思っていることを吐露してしまっていいのか迷っていた
「もしかしたらあなたはこの島に違和感を感じているのではありませんか?」
男の迷いを神父は看破していた
思っていたことを言い当てられて、男は正直に告白する
「・・・・・はい、仰るとおりです。この町とゆっくりの関係に強い違和感を感じています」
だが神父の表情は柔らかいままだった
「そう思うのが正常です。事実、私がこの案を打ち出したときは反対意見のほうが多くありました」
しかしその案でこの島のゆっくりの被害はほぼ無くなった
「見事な先見性だと自分は思います。先ほど広場で仰った『迫害こそ悪政』という言葉に感銘を受けました」
「確かにその考えのもと常に政策を行なってきました。しかし・・・その政策は少し事情が違いました」

神父は顔をわずかに伏せた

「もしよろしければ、私の懺悔を聞いては頂けないでしょうか?」
「・・? 自分で良ければ構いませんが?」

礼を言い、神父は語りだした

「私は当時、神父の精神のまま町長を務めていました。あろうことか公私混同していました」
恥ずべきことですと言い、目を閉じた。許しを乞うように胸に手にあてる
「その時の私は神の存在を今以上に強く信じていました、妄信と呼んでも良いでしょう。ゆっくりが現れた時、私はそこに神の介入を感じました」
神父の頭(こうべ)が深く垂らす。初老前でありながらその髪には白髪一つ見つからなかった
「私はゆっくりを【神の贈り物】だと信じて已みませんでした」
「神の贈り物?」
オウム返しで応えてしまうほど、彼にとってその言葉は突拍子もなかった

「彼らは地球上の全ての生物とは異なる体の構造をしており、未だどのような原理でその体が動くのかさえ解明されていません」
人間の最先端の科学技術を持ってしても未だゆっくりの生態系がわかっただけで他は不明のままだった
「科学で解明できない出来事。私はそこに神の痕跡を感じ取るのです」

神父は話を続ける

「歴史上、ゆっくり以上に人間の感情ここまで深く関わった存在を私は知りません」
あるものは憎しみの対象として、または娯楽の対象として虐待されもモノもいれば、まるで家族の一員のように扱われ、愛でられるモノもいる
簡単に奪われる命もあれば、唯一無二の存在として扱われるゆっくりたち
「それを私は尊い存在であると思いました。だから保護すべきだと考えたのです」

そして被害の軽減という建前のもと、ゆっくりの保護政策を強行した

「実績もそれなりにあったので、反発しつつも皆さん力を貸してくれました。私の我が侭に島全体を巻き込んでしまいました」
「しかし結果としてそれで町は良くなった。あなたの言葉を借りるなら、それが神のおぼし召しなのではないでしょうか?」
「ありがとうございます。そう言って頂けると非常に救われた気がします」

語り終えて神父は顔を上げる

「つまらないことを言ってしまいました・・・ですが、この島に来たあなたにも是非知って貰いたかったのです」
「島の人はこのことを?」
「ええ、かなり前に話しています。皆さん笑って許して下さいました、今では酒の席での笑い話にされることもしばしばです・・・」
これには男も苦笑する他なかった


「ただいま」
突然扉が開くと一人の女の子がそこに立っていた。両手には出店で買った食べものが詰まったビニール袋を持っていた
「おかえりなさい。ここで食べても良いですが、汚さないように気をつけてください」
「大丈夫、奥の部屋で食べるから・・・」
男はその女の子に見覚えがあった。少し前に子れいむを叩いて虐待していた子だった
「こんにちは、さっきは」
「・・・・・」
男の挨拶を無視して彼女は二人の横を通り過ぎ、教会の奥へと続く廊下に消えていった
「どうか気を悪くしないでください。あの子は感情が乏しく、あまり人には心を開かないんです」
「いえ、気にしてません。お子さんですか?」
下世話なことだと思いつつも訊いてしまった
「いいえ、私は独身です。彼女は友人の子供です、わけあって教会で預かっています」
「そうなんですか」
腕時計を見ると大分話し込んでいたらしく、結構な時間が経っていた
「そろそろ会場に県議会の方がお見えになるので私はここで失礼します。どうぞあなたもお祭りを楽しんでいってください」
「はい。そうさせて頂きます」
神父は着替えるため奥へと引っ込み、男は扉を開けて外に出た
外へ出ると夕日が沈みかけていた




太陽は完全に消えて月が輝きを増し始めたころ、男は出店の並ぶ道を歩いていた
街灯の灯りに屋台の提灯、会場に設置されたたくさんのライト、木に装飾された電球で夜道は昼間より華やかさを増していた
店の種類も様々で、たこやきやクレープ、チョコバナナにリンゴ飴、飲食の可能な居酒屋といった一般的な屋台から
地元の婦人会が有志で参加している地域の食材を使った料理やボランティアが出資したバザーなど種類は豊富だった
桜もちょうど見ごろで、通路の邪魔にならない場所にシートを引いて花見をする団体がいくつもあった
その中で男は気になる屋台を見つけた
「『ご当地名物ゆっくり大福』・・・この町でもゆっくりは普通に食べるのか?」
しかし店先に並んでいるものを見ると違っていた
「なんだ、大福をゆっくりの形に模しただけか」
大福にチョコレートでゆっくりの顔をペイントして、飴や餡子を使いれいむやまりさを模っただけの物だった
隣にゆっくりの人形焼というのもあった。価格は他の型の人形焼よりも高かった
喉が渇いたのでラムネでも買おうとサイフに手を伸ばすと、あることに気づいた
「ペンが無い・・・どこやった?」
昼間、町長にインタビューしたときは確かにあったはずだった
「弱ったな結構高級なやつだったのに・・・」
来た道を戻ろうかと考えていると、ふいに型を叩かれた
叩かれた方を見るとあの女の子だった
「ああ、君か。どうかしたのかい?」
「忘れ物・・・」
彼女の手には男が愛用していたペンがあった。どうやら教会に忘れていたらしい
「わざわざ届けに来てくれてありがとう」
男がペンを受け取ろうと手を伸ばすと、彼女は手を引いて男からペンを遠ざけた
「お礼しろってこと?」
こくりと彼女は頷き、先ほどの『ゆっくり大福』の屋台を指さした
「すみません、大福ひとつ。まりさのほうで」
「あいよっ!」
威勢の良いオヤジから大福が渡され、それを彼女に差し出す

彼女は大福を受け取ると、男のペンをまりさの形をした大福にグサリと突き立てた

刺して乱暴に中をかき回す
これには店のオヤジも唖然とした
男もその光景をただ見ていることしか出来なかった
やがて満足したのかその手が止まる
「返す・・・」
ペンが刺さった状態のままの大福が手渡してそのまま立ち去っていった
「嫌われてるのかな?」
グチャグチャになったまりさの大福はチョコが溶け出し、まるで痛みで泣いているように見えた









二日目は生憎の天気となってしまった
絶え間なく水の打つ音が響く
宿泊する部屋の窓から物憂き気味な目で外を見つめる
「この雨で桜も大分散るだろうな・・・」
幸い雨天時のプログラムも用意されているらしく、祭りの運営に支障はないらしい
朝食を済ませて男は傘をさして外に出る。公園には傘をさしたお客と合羽を着たスタッフで賑わってはいたが、昨日ほどではなかった
ゆっくりは雨避けとなる場所に避難したらしく、ほとんど姿を見かけない
「ん?」
昨日女の子がゆっくりをいじめていた大樹の下でゆっくりれいむがぽつりと一匹だけで雨宿りをしているのを見かけた
「お前、昨日あの子に小突かれてたゆっくりか?」
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」
訊いたところで期待した返事など返ってこなかった
れいむのいた地面は湿っており、底面に水が染み込んでいた
「どら、ちょっと安全な所まで連れていってやるか」
見かねた男がれいむを抱えようとすると、体を振ってそれを拒んだ
「お前もしかして、あの子のこと待ってるのか?」
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」
「なわけないよな・・・」
放っておいても死にはしないと考えて、男は今日も教会に足を運んだ
教会の扉の前で大勢の人と入れ違いになった。どうやら今さっきまで礼拝の時間だったらしい
中に入ると女の子が一人長椅子に座り正面の絵を眺めていた
声をかけてみた
「神父様は今どこかわかるかな?」
「たった今、裏口から役場に行った。午後に戻る」
相変わらずその声に抑揚は無い
「昨日はペンを届けてくれてありがとう。でも食べ物は粗末にしちゃいけないよ」
「あれはゆっくりの形をしたものだからいい・・・」
「・・・?」
どうもこの子とは会話が成立しづらい
「どうしてゆっくりが嫌いなのかな?」
「私のお父さんが科学者だから・・・」
「・・・? ・・・?」
ますますワケが分からなくなる
「お父さんは私じゃなくて、ゆっくりにばっかり構う・・・」
「君のお父さんはゆっくりを研究してる人なの?」
彼女は小さく頷いた
ゆっくりが発生した原因とその構造を解明しようと躍起になっている科学者は少なくない、おそらく彼女の父もその一人なのだろう
「お父さんが言ってた『科学で解明できないということは神の存在を認めること』だって」
「神?」
「この世で起きる全てのことを神様のせいにすることは科学者の敗北なんだって」
様々な出来事を仮説と実験、考察を繰り返して真実を解明しようとする科学者にとって
「理解できない出来事」=「神が起こした奇跡」などと認めるわけには断じていかなかった
わずかだが昨日神父が話した内容とリンクしていた
「お父さん取られた・・・だから・・・」

どのような経緯でこの子がここに来たのか想像するのは容易だった
今の彼女の性格がどういった環境で構成されたのかも、なんとなくではあるが男にはわかった
少しだけ彼女に同情した

「こっち・・・・」
「え、ちょっと?」
急に彼女は立ち上がると男の手を引っ張り、奥の通路まで誘導した
途中、部外者立ち入り禁止を示す札があったが「神父様には内緒・・・」と言い。構わず通路の中へ引っ張られていった
何度か道を曲がって彼女の足が止まる
「ここ・・・入って・・・・」
部屋の中は異臭に満ちており薄暗く、真ん中に柵のようなものがぼんやりと見えた。中で何かが蠢いている
彼女が電気をつけてようやく部屋の様相がわかった
「っ!」
柵の中にいたゆっくりはみな普通の形をしていなかった
「これみんな奇形ゆっくり?」
「そう・・・」
一つ目のモノ、口が大きく裂けて舌が飛び出しているモノ、目の高さが異なりバランスが取れず常時転がっているモノ
体の左側だけが不自然に膨れているモノ、始めから目が無いモノ、重度の火傷を負ったかのように体の表面が剥がれそうなほど脆いモノ
顔が二つあり一つの体を共有しているモノ、下あごが大きく突き出しているモノ、髪が無いもの・・・

柵の中で先程からぐったりとして動かないモノを見つけた
「この子もしかして死んでるんじゃ?」
「前から弱ってたから・・・長く生きたほう・・・」
奇形は皆等しく短命だった
動かなくなった奇形を乱暴に掴む
「ついてきて・・・」
部屋にはさらに扉があり奥に続いていた。言われるがまま男は彼女の後をおった
そこは広さは十二畳ほどで、奥行きのある部屋だった
棚からゆっくりがちょうど一匹収まる大きさの透明なガラスケースを取り出すと、中に死骸を入れて、その上から透明なジェルを注ぎ蓋を閉めた
円柱のガラスケースを抱きしめて愛おしそうに表面を撫でた。常に無愛想だった彼女の表情はこの時だけ微笑んでいた
しかしそれは慈愛の笑みではなく、醜い奇形種を嘲笑っているように見えた

ケースを置いた棚には、同じように防腐処理を施された死体がずらりと並んでいた
男はその異様な光景にただ慄いた。かつて医大の取材に行き、標本室を見学させてもらった時と同じ気持ちになっていた
「奇形の子はみんな君が面倒を?」
「うん・・・変わった形の子が生まれたら。私が引き取ってる・・・親が育てようとしないから・・・・」
場所が教会ということもあり、ここでは奇形の飼育を特例で許可されていた
「死んだ子をケースに詰めて保管することを神父様は知っているの?」
「ううん、死んだ子はみんな教会の裏に埋めたって嘘吐いてる」
「どうして?」
「集めるのが楽しいから・・・」
その言葉に男は後寒いものを感じる
次第に男はこれ以上彼女と一緒にこの場に居たくないと思いはじめていた
「おじさんはそろそろ失礼したいんだけどいいかな? 体育館で地元の音楽クラブが演奏を始めるからカメラに収めないと」
演奏の時間はまだ大分先だが、ここを離れるのには絶好の口実だった
「わかった、先に行ってて。私はあの子たちにご飯をあげてから戻る・・・」

彼女を残し逃げるようにその場から立ち去った

男が教会の外に出ると雨はあがっていた
まだ乾いていないベンチに気にせず腰を下ろす
「なんだあの子・・・病んでるにしても程があるだろ」
厄介な子に関わってしまったことを少しだけ後悔する
先ほどの大樹の下にはまだ子れいむがいた
「あいつもとんでもない子に懐いたもんだ」
宿に一旦もどり取材の準備をして園内にある体育館へ向かい取材した
この日の夜は『お楽しみ抽選会』が行なわれていたが男は参加せず。宿でさっさと眠ることにした


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最終更新:2022年05月03日 22:06