※俺設定注意
僕は、一匹のゆっくりを飼っている。
数年前に訪れたゆっくりブーム。人々はこぞってゆっくりをペットにしたがった。
僕もそんな流行に流された者の一人だ。
それから暫く経ってゆっくりブームは収束し、ゆっくりをつれて歩く人もまばらになったが、いまだに僕はゆっくりを飼い続けている。
「やぁ『まりさ』。ゆっくりしてるかい?」
「ゆっ!!おにいさん!!!まりさはとってもゆっくりしてるよ!!!」
今日も今日とて良いご挨拶。
やっぱりゆっくりの声はどことなく癒される。
「今日はちょっと豪勢なゆっくりフードを用意したよ。さ、お食べ」
「ゆゆっ!!うめっ!!これめっちゃうめっ!!が~つが~つ!!」
ちょっぴり眉をしかめる僕。
元気の良いことは大変結構だが、それでもちょっと食べ方が汚すぎる。
これは躾が必要だな。
「こら、『まりさ』。そんな汚い食べ方しちゃいけないだろう?」
ぶすり。
まりさの両目に指を突き込み、かき回す。
そうして引き抜いた指先には、ぐちゃぐちゃになった『まりさ』の両目があった。
「ゆぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「いい天気だね、『ありす』。ゆっくりしてるかい?」
「ゆっくりしているわ!!!」
今僕達はお散歩中。
カチューシャにリードを取り付けられて、綺麗な蒼いおめめをぱちくりさせながら『ありす』は駆け回る。
元気だなぁ。これがとかいはと言うやつだろうか。
「おにいさん、ここ!!ここにゆっくりできるばしょがあるわ!!」
「はいはい」
ありすがベンチを見つけたらしく、そこに座ろうと急かしてきた。
まったく、そんなに急いでもベンチは逃げないぞ。
「・・・・・・ゆっくり、していってねぇ・・・・・・」
「うわ、何だ!?」
のそりと、ベンチの下から何かが這い出してきた。
ゆっくりれいむ。ただし、薄汚い野良ゆっくりだが。
久しぶりに見た。まだ駆除されないで生き残っている奴がいたのか。
「ゆっくりしていってね!!!」
「おい、ありす。そんな奴に構わなくてもいいって」
薄汚い野良風情に挨拶を返す『ありす』。
もし野良が擦り寄ってきて、『ありす』が薄汚れてしまったらどうするつもりなのだろう。
「ゆっ!!れいむはきっとゆっくりできるゆっくりよ!!おにいさんは、そこでみていてね!!」
「ゆっ・・・、あ、あでぃずぅ・・・・・・」
「あ、こら」
僕の忠告を無視して、ゴミへと近寄っていく『ありす』。
いけないな。飼い主の言うことは素直に従わなくちゃ。
これはおしおき決定だな。
ありす目掛けて、思い切り蹴り上げる。
全速力で振りぬかれた僕の爪先は、ありすのまむまむの周囲、そしてその少し上にある口を削り取った。
飛び散るクリームと白い飴の歯と求肥の舌。
「・・・・・・っ!?・・・・・・っひゅーっ・・・・・・ひゅー・・・・・・」
口を失い、代わりに掘られた穴からはヒューヒューと風音がする。
薄汚い野良れいむはそんなありすを見て失禁していた。
「『ぱちゅりー』、その本面白い?」
「おもしろいわ!とってもゆっくりできるごほんよ、おにいさん」
家の中、僕は『ぱちゅりー』と一緒に本を読んでいた。
小難しい小説を読む僕と、むきゅむきゅと逆三角形の口をとがらせて簡単な絵本を読む『ぱちゅりー』。
まったくもってほほえましい光景だ。
「おにいさん、つぎのごほんはないの?」
もう読んでしまったのだろうか。
次の絵本をねだる『ぱちゅりー』。
そうは言っても絵本なんてうちには殆どない。あるとすれば・・・・・・。
「じゃあこの絵本を貸してあげるよ、『ぱちゅりー』」
「ゆ?そのごほんは・・・・・・」
「ああ、古いだろう?僕の宝物だった本なんだ」
古ぼけた一冊の絵本を物置から引っ張り出す。
昔はこれをずっと抱えていたっけ。
「ぱちゅりー、貸してはあげるけど汚さないでくれよ。もうその本売ってないんだ」
「むきゅ!わかったわ!あ、でもこのほん・・・・・・」
意気揚々と僕から本を受け取り、開く。
本を開いたその瞬間、埃が舞い上がった。
その埃をもろに吸い込んでしまう『ぱちゅりー』。
「むぎゅ!!ごほっ、ごほっ・・・・・・えれっ、えれれっ!!!」
「あ」
咳につられて、嘔吐までしてしまう『ぱちゅりー』。
本にびしゃりとクリームがかかる。
もうこれは読めなくなってしまっただろう。
「ごほっ、げほっ、えれれ、ごぼっ!!」
「ああ、僕の絵本が・・・・・・」
汚さないでと言ったのに。
『ぱちゅりー』は僕の思い出を容赦なく汚してしまった。
これはお仕置きしなくてはいけない。
『ぱちゅりー』の脳天に抜き手をかます。
元々薄い『ぱちゅりー』の皮はあっさりと破け、簡単に手首まで埋まってしまった。
あとはハンドミキサーの要領でぐりぐりと手を掻き混ぜる。
「っ!!!?・・・・・・けひっ!!かひぇっ!?・・・・・・・くひぃっ!!」
ぐるんと白目を剥き、わけの分からないことを叫んで痙攣を始める『ぱちゅりー』。
もうこれでクリームを吐き散らかすようなことはしないだろう。
僕はぱちゅりーの頭から手を引き抜き、払ってクリームを振り落とした。
「やぁ『れいむ』。ゆっくりしてるかい?」
「ゆっ!!おnいさん、れいmはとっtもゆっkりしてrよ!!!」
『れいむ』に話しかける僕。
『れいむ』は今日も今日とて良いご挨拶・・・というわけにはいかなかったようだ。
「あれ?れいむ、今なんて言ったの?」
「ゆ?おにiさん、rいむはとってmゆっくrしてるyっていったnだy!!!」
僕の問いかけに返事を返す『れいむ』。
やっぱり聞き間違いではなかったようだ。
そういえばもう長いところ調整していない。そろそろガタが来たのかなぁ。
「うーん、こりゃ酷いな。総メンテが必要になったのかな?」
「ゆyっ?oにいsん、いったiなnのkと?」
僕を見上げるその瞳がカメレオンのように別々に動き始める。
ぐるぐると一箇所を見続けることはなく、時々白目を剥いたり、黒目に戻ったり。
うん、やっぱりこれは内部まで点検しないといけない。
「それじゃあ『れいむ』。ちょっとの間眠っててね」
「ゆ!おnいさn、rいmまdねmくな・・・・・・」
振り上げた拳をそのまま『れいむ』に叩きつける。
頭を不気味に変形させて、目と言わず口を言わずありとあらゆる穴から餡子を噴き出す『れいむ』。
一瞬の断末魔もなく、『れいむ』はそのまま静かになった。
「えーと、電話電話・・・・・・確かこの番号に・・・・・・」
電話帳を片手に、電話のボタンをプッシュする。
プルルとお馴染みのコール音。相手が出たのは、2コール後だった。
『はい、加工所愛玩部でございます』
「あ、すいません。ゆっくりの修理をお願いしたいのですが―――」
数年前に訪れたゆっくりブーム。
何故ゆっくりなんていうものがペットとして流行ったのか、それにはある理由があった。
先ず第一に人間の言葉が使えること。
犬や猫と違い、言ったことがそのままわかると言うのはペットとして大きなニーズを獲得した。
勿論、言語が通じることで生じる問題もあったが。
第二に、飼育が簡単であると言うこと。
なんせ生ゴミを適当に与えておいても勝手に育つのだ。
面倒くさいマニュアルなんてものはいらない。それはペットとして大きな魅力だろう。
そして、第三。恐らくこれが最も大きな要因だろう。
ゆっくりは、簡単に『修理』できるのだ。
他の動物なら致命傷でも、ゆっくりならば簡単に直せる傷なんてのは良くある。
元々体の脆いゆっくりの事、お手軽にペットを治療できるなんてのは病院代に悩む飼い主を救うことを意味していた。
それは、後々別の意味を持つことになる。
『ゆっくり救急治療キット』が世に出てから随分経つ。
名前の通り、そのキットにはオレンジジュースをはじめとするゆっくりを直す道具が一通り揃えられていた。
このキットが売り始められた時期と、ゆっくりのブームは奇しくも―――いや、必然だろう――― 一致する。
人々はゆっくりを『治療』するだけには止まらなかった。
治療と言う名の行為が行き着く果て―――それは改造だ。
今やペットショップにはゆっくりの種類別に分けられた眼球などのスペアパーツが並んでいる。
僕もそんなゆっくりを『改造』するものの一人だ。
この『れいむ』―――いや、その前は『ぱちゅりー』で、その前は『ありす』。更にその前は『まりさ』。
ではその前は一体なんだったろう。たしかみょんだったようなちぇんだったような・・・・・・?よく覚えていない。
とにかくこの元の種族すら分からない一匹のゆっくりを、僕は延々と改造し続けている。
その姿に飽きれば皮を剥がして、目を入れ替えて、植毛して、中枢餡を残したまま中身を入れ替えればよいのだ。
他の動物には真似出来ない、立派なゆっくりの長所だと思う。
まぁ時々こうして中身の不具合が出るのは加工所に任せるしかないんだけどね。
ともかく、ゆっくりがこの世に出てからいくらか経ったこの時代。
品種改良を重ね続けて、ゆっくりは完全に人に迎え入れられるような形となった。
人のために姿を変え、記憶を変え、魂まで変える。
なんとひたむきで、いじらしいのだろう。
『れいむ』を受け取りに来た職員さんに、そっと『れいむ』を差し出す。
一週間でお返しできます、との言葉を最後に職員さんは車を出していった。
きっとあの車の中には『れいむ』と同じようなゆっくりが積み込まれているのではないか。
遠くなっていく影を見つめながら、僕は一人思いを馳せる。
今度はどんな姿に改造してやろう。
もう『れいむ』の姿には飽きてしまった。つきはどんな姿がいいだろう。
そうして、つい最近入荷された新製品の事を思い出す。
確かあれは『ゆっくりゆうかセット』だったっけ。
緑の髪、赤い瞳、そして植物を栽培するらしい習性。
よく分からないが希少種・・・?のためらしく値段が少々高い。
それでも、セットに描かれていたあの姿は可愛らしかった。
きっとあの姿ならすぐには飽きない。少しは長く楽しめるだろう。
よし、決めた。次は『ゆうか』にしてやろう。
あの『れいむ』・・・いや、あの『ゆっくり』は喜ぶだろうか。
喜ぶだろうな。なんせあんなに可愛いのだから。
思い立ったが吉日。
僕は一週間後の改造に備えて、意気揚々とペットショップへと歩いていった。
人のためのゆっくり。
それは、ペットと人形の中間で人間に弄ばれる存在なのかもしれない。
おわり
―――――
書き溜めです。
ちゃんとゆっくりを愛でてみようと思って書いてみました。
着せ替え人形みたいにその日その日でお手軽に姿を変えられるペット、これは流行る。わけがない。
最終更新:2022年05月19日 12:35