(ある晴れた秋の日)
とある田舎の人間が住む里。人々は収穫を間近に控えたわわに実った水田を見て、
今年も豊作である事を確信し、収穫祭での催し物や神様へのお供え物について
笑いながら相談していた。

人里から少し離れた草原。ゆっくり達が誰にも邪魔されずにゆっくりとしていた。
春に生まれた子ゆっくりはそろそろ狩りが出来るほどの大きさに成長し、
草原の虫達を追いかけ狩りの真似ごとをして遊んでいる。
親達はそんな子供たちを嬉しそうに眺めながら越冬の準備に余念が無い。
と言っても冬ごもりの為の狩りに出るのはまだ早い。
森の木の実が地面に落ちるまでの間は狩りや巣の補強の相談、
そして独り立ちしたばかりの若いゆっくりの為の勉強の時間だ。

この地に住むゆっくり達は人間の畑を荒さなかった。
草原にはゆっくり達が好む花や草や虫がたくさんあったし、
森には人間の作るお菓子に負けないほどおいしい果物や木の実がたくさんあったからだ。

また人間達もゆっくりを敵対視していなかった。
ゆっくりは草原や森で遊んでいるだけだったし、なにより他の人里から遠く離れた
辺鄙なこの里にはゆっくりを虐めて楽しむという習慣が無かった。

人間は里に。ゆっくりは森に。お互いにあまり干渉しあうことなく。
たまに農作業に疲れた人がゆっくりと遊びにやって来る程度。
ここは人間にとって、またゆっくりにとっても理想郷だった。


(翌日 空は一点の曇りも無い晴天)
人里の様子がおかしい。皆なにやら東の空を指してざわついている。
その指の先には怪しく蠢く黒い雲。どうやらこちらに近づいて来ている様だ。
人々に呼ばれやって来たのは村一番の年寄り。皆の指す方角を見る。
すると突然顔を真っ赤にして村中に聞こえる様な大声で叫んだ。

「飛蝗だ!!!!!!!!!」

雲に見えた物の正体は突然変異により大発生したバッタの集団。
彼らはすべてを飲み込む。あらゆる植物を。もちろん村の田畑も例外では無い。
慌てて走り出す男達。バッタの群れはすぐそこまで来ている。
ある者は急いで稲を刈り、ある者は畑にバッタが近づけない様まわりに火を焚き、
女達は子供らを家の中に入れ各々手に棒やらはたきやらを持って田畑のまわりに集まってきた。

一方ゆっくり達の中でこの異変に気づいていたのはたった一匹。若いゆっくりまりさだけだった。
彼女はとても変ったゆっくりだ。ゆっくりする事が大好きなのは他と変わらないが
皆と一緒にいる事をあまり好まなかった。その日も草原から少し離れた丘の上で
なにかぶつぶつと呟きながら一匹でゆっくり散歩していた。

「ゆ~?なんだろう、あのくも。なにかおかしいよ?」

「なんだかとてもこわいかんじがするよ!」

なにか得体の知れない恐怖を感じたまりさは急遽散歩をやめ安全な家に戻ることにした。


(そのころ バッタの襲来を受けた里では)
黒。黒。黒。一面を覆い尽くすバッタの群れ。太陽は隠され闇に覆われた村の中で
人々の叫び声、バッタの羽音、そして彼らが作物を食い荒らす不気味な音が響いていた。
皆狂った様にバッタを潰し続けるが多勢に無勢。作物が全滅するのは時間の問題。
稲をすべて食い尽くされたある男は奇妙な笑い声をあげながら水田の前に立ち尽くしていた。

ゆっくり達がくつろぐ草原にもバッタの群れの先発隊が到着していた。

「ゆ!ばったさんいらっしゃい!ゆっくりしていってね!!!」

「ともだちをたくさんつれてきてくれたんだね!いっしょにゆっくりしようね!」

「こっちのはっぱはおいしいよ!でもこのはなはれいむのだからたべないでね!」

ゆっくりはどこからともなく現れたバッタ達を不審に思うこともなく
いつもの挨拶をするとバッタ達とゆっくりしようと近寄って行った。


(しばらくして)
「ゆうううううううううう!!!!!!」

突然響きだした仲間たちの悲鳴に、家に帰ったまりさは巣の奥で脅え震える事しか出来なかった。

草原ではバッタの本隊に襲われたゆっくり達が叫びながら逃げ惑っている。

「ゆううう!!!やめてね!やめてね!ゆっくりできないよ!!!!」

「れいむはたべものじゃないよ!!!かじらないでね!!!」

「あ゛あ゛あ゛!!!あ゛り゛す゛の゛あ゛か゛ち゛ゃん゛か゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」

「だずげでえ゛え゛え゛ぇぇぇ!!!!おがあさあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!!!!」

「あ゛り゛す゛は゛た゛へ゛て゛も゛お゛い゛し゛く゛な゛い゛よ゛お゛お゛!!!」

「い゛た゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!!や゛め゛t・・・」

「と゛う゛し゛て゛え゛え゛え゛え゛ぇぇぇぇ!!!!!」

「まりさぁ!!!まりさぁ!!!だずげでえええええ!!!!」

「や゛め゛ろ゛お゛お゛ぉぉぉ!!!ぱちゅりーにちかづく゛な゛あ゛ぁぁぁ!!!!」

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!ぱちゅりーのなかにはいっでごないでえ゛え゛ぇぇぇ!!!!」

「おがあ゛ち゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛ん!!!!と゛こ゛に゛い゛る゛の゛お゛お゛お゛!!!!」

「い゛や゛た゛あ゛あ゛あ゛!!し゛に゛た゛く゛n・・・」

「いっしょにゆっぐりしようっでいっだの゛に゛い゛ぃぃぃ!!!」

「も゛っと゛ゆ゛っく゛り゛し゛た゛か゛った゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

「ふふふ・・・れいむのあかちゃん・・・れいむのあかちゃん・・・れいむのあk・・・」

バッタはすべてを食らい尽くした。草も、花も、ゆっくりも。
バッタの群れが通った後には死体すら残らず、ただ一面茶色い地面が広がるだけだった。


(惨劇の後 夕日をのぞむ丘の上で)
まりさはただ茫然と眺めていた。かつてゆっくり達が遊んでいた草原は今はなく
ただゆっくりできなかった者達の怨念だけがそこに残って、その無念を自分に語りかけてきている様だった。

「みんな・・・どうして・・・とてもゆっくりしたいいゆっくりばかりだったのに・・・」

男が一人まりさに近寄る。焦点の定まらぬ眼でふらふらと彷徨っていた男は
まりさを見つけると近づき、横に腰掛け話しかけるでもなくただぼんやりとしていたが、
そのうちぽつりと独り言でも言うかの様にまりさに話しかけた。

「おまえも無くしたのか・・・」

「おじさんも?」

「ああ。幸い家族は無事だったが。やられたよ。すべてやられた。」

「ゆぅ・・・」

「収穫間近だった田も畑も。全滅。残ったのはバッタの死体だけだ。」

「まりさのなかまもみんないなくなっちゃった。まりさひとりぼっちになっちゃったよ。」

「冬ごもりはどうするんだ?森の方もやられたらしいぞ。」

「ゆぅ・・・」

しばし黙り込む一人と一匹。

「家もある程度は蓄えていたが、とても家族全員が冬を越せる量じゃない。
 他の家の働ける男達は皆、街に出て行くようだ。
 俺も一番上の息子を連れて明日出発するつもりだ。
 まだ12だが・・・しかたない。里に残っても家族全員飢え死にするだけだ・・・」

「そう・・・まりさは・・・まりさは・・・」

ゆっくりに行くあてがあるはずもなかった。そもそもこの地から出たこともない。
今はからっぽになってしまった草原と森。そしてこの丘がまりさの世界のすべてだった。
そんなまりさを不憫に思ったのか男が提案する。

「おまえも一緒に来るか?」

「ゆ?」

「俺も里から出たことが無いから外がどんななのかはわからん。
 里の外については人づてに聞いたことがあるだけだ。
 だがこの地以外にもゆっくりが住んでいる処はあるようだ。
 街に行く途中でゆっくりをみつけたらそこで仲間に入れてもらったらいい。」

「ほんとう?」

「ああ。」

「じゃあまりさもいっしょにつれていってね。」

「わかった。巣に戻って荷物を持ってこい。明日の朝早くに出発するから、
 今夜は家に泊まるといい。といっても何も出せないがな。」

「ありがとう。きもちだけもらっておくよ。」

巣に戻っていくまりさ。その背中を見つめながら男が呟く。

「里の外ではゆっくりを食べる人間もいるらしいが・・・まぁ、あとはあいつしだいだ・・・」


もうじき日が沈み闇が辺りを覆う。男とゆっくりの未来を暗示する様な闇が。

end




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最終更新:2022年05月03日 09:59