登場する人物は愛で系です
本編ぬる虐めすら怪しいです。
古本屋のリハビリSSです




【まりさとわたし】



壊れた窓ガラス、空になったオレンジジュースの山
吹き込む風、荒れた部屋

部屋の隅で、力なく震えていたわたしのまりさ。

「おねぇ、さん…あかちゃ は?」

弱々しく尋ねるまりさに、私は一瞬迷って
二十を超える真っ黒な塊の中から
辛うじて身を震わせるちいさな、ほんとうにちいさな赤れいむを見つける。

「まりさに良く似た、まりさだよっ」

「そうなんだ、」

よかったぁ…と微笑むまりさは、驚くほど穏やかな表情をしていた。

「まりさの、あかちゃん どんなようす?」

ちいさいよとか
あったかいよとか
つたない言葉でしか、その姿を伝えられない。

今にも力尽きようとしているまりさから
最後の命を譲り受けて

「っ」

小指の先程しかないちいさなちいさなかたまりが
わたしのてのひらに落ちる

「ゅ ゅ 」

本当はまだ産まれてくる準備が出来ていない
未熟な身体で、懸命にはじめての言葉を口にしようと
身を震わせる赤ちゃんに

ぽっかりと穴の開いた眼窩から
餡の溶けた血のような涙を一筋落として
最後の力で頬を寄せて

「ぁか、ちゃ…ゆっくりして…」

そのことばをのこして
溜め息をつくように息を引き取った。

「ゅっくち、ゆっくち、ちちぇ、ちちぇっ」

指で触れると息をつくほど心地よかったもち肌は萎んで
噛み締めて罅割れた歯は、形の良い唇から除いて酷く痛々しい。

苦しかったのだろう、辛かったのだろう。

まりさの苦しみを思うと、広げたてのひらに涙が落ちる。

「ゆっくちっ、ぴぁ!?」

それを浴びてしまったのだろう
おどろいたように私を見上げる赤まりさと
始めて眼が―あわない。

「あ…」

黒真珠のような艶やかな光を讃えていたまりさの瞳とは対照的に
掌で震える赤まりさの瞳は、薄蒼い輪郭に包まれた白
視線も何も定まっていない様で
何かを探すように忙しく動き回っている。

「ゅっくちっ、ゆっ」

体の中に氷の塊が生まれたような感覚に襲われる
赤まりさを乗せたてのひらが、じんわりと嫌な汗に濡れる
この仔は眼が見えていない、視力が無いのだ。

どれほどの者を奪われて、この仔は産まれてきたのだろう

凍る様な冷たさが私の総身に広がって

「〝ゆっくちちちぇいっちぇねっ!!"」

一瞬で砕かれた

『あかちゃんがいたらゆっくりできるよ』
『まりさにあかちゃんがうまれたら』

『おねえさんといっしょにゆっくりできるよ』

「ぅっ…くッ」

何年も、声をあげて泣く事など無かったのに
わたしはそれを赤まりさに聞かせないようにするのに必死だった。

膝まずいて涙の雨から遠ざけるために
掲げるように赤まりさを持ち上げる。

やさしい母、産まれてくる事ができなかった姉妹
しあわせな家庭、光あふれる世界。

奪われた幸せを、私が与えよう

「ゆっぐり、していってね…」

「ゅっ!?」

「あ゛りざのあがじゃん、ゆっくり゛しようねっ…ゆっくりしていってね!」

「ゅ、ゅぅ!ゆっくりしちぇね!ゆっくちちちぇいっちぇね!!」

私が、この仔を育てるんだ。


  *   *   *


まりさを育てることは、困難の連続だった。

まず未形成の体内機関がその生存を困難にしていた。
呼吸をすること、飲食のための咀嚼、発声
それら何でもない事が命に関わるほどまりさを消耗させる。

飼育環境も非常に気を使わなければいけない
ヒーターによる室温管理、清浄な空気は絶対だ
ほんの僅かな傷でも赤まりさには致命傷になりかねない。

加えて先天的な障害は一つではなかった

まず視力、これに関しては中枢餡子に
眼に関連する神経が丸ごと存在しない事がわかった。
他のゆっくりからの移植すらこの仔には出来ないと言う事だ。
神経どころか大部分の中身すら移植で片付くゆっくりの治療
これを不可能にするのがこの仔を蝕む最大の障害『再生能力の欠如』だった

ゆっくりは日常生活を送るだけでも、大小さまざまな怪我を負う
「あし」と呼ばれる底部などは
跳んだり這ったりして擦り傷を作って、かさぶたのように徐々に厚みを増す
そうした新陳代謝の様な再生機能すらこの仔には備わっていない。

三日から一週間生きれば奇跡というのが、専門のゆっくり医の言だった。
私は必死になってあらゆる事を試した。

見える成果には一喜一憂して、見えない成果には慎重に
神がかりの力にすら縋るように
何もかも手探りのまま気づけば一週間は瞬く間だった。

二週間たち、三週間が過ぎ、一月が経つ頃には目を丸くした医者が自ら私を訪ねるようになっていた

そして半年…

「ただいまー!」

玄関を開ける私の耳に、僅かな音を立てて
専用のスィーに乗ってまりさが私を出迎える。

「おかえりなさい、おねーさん」

足元でわたしを見上げて、笑っている。
抱き上げて思い切り頬ずりすると、くすぐったそうに身をよじって喜んだ。

「ご飯にしようね、今日は試供品の新しいゆっくりフードもあるよ」

「ゆゆっ…こんどははなにあじ?」

「ど、ドラゴンフルーツだって!」

「…まりさはまたじっけんだいなんだね…」

「こんどはきっとおいしいわよ、うん」

「だといいなぁ…」

スィーに乗ったまりさと一緒にキッチンに向かう
こんな風に生活できるなんて、きっとだれも思わなかっただろう。
正直わたしも諦めていたかもしれない

お弁当をレンジで温めながら
「まりさ」の名前の入り食器をとりだして
パウチの中のゆっくりフードをだしてあげる

「うわっ」

「いま「うわっ」ていわなかった?」

ドラゴンフルーツグロイ、マジグロイ
タピオカでさえどうかと思う私には到底手が出せない代物だ

「カエルの卵…ってこんな感じよね…ゆっくりにとったらご馳走…大丈夫よね?」

「こわいよおねえさんっ、まりさにはみえないんだからおどかすようなこといわないでね!!」

スィーの上で器に顔を思い切りちかづけて、警戒しながら様子を伺っている。

「キシャーッ!」

「やべでよ!」

まりさが怯えるのには理由がある
以前職場で貰った試供品のゆっくりフードを何も考えずに与えた所
運悪く『本格中華味~四川風』で甘口唐辛子という地獄を味わった事があるのだ。

舌を伸ばして味見をするか真剣に悩んでいるまりさ
その器に手を伸ばした。

「(ゆみちゃんが造ったなら、味は悪くないはず…)」

別の部署で働く後輩の顔を思い出しながら
自分で行ってなんだがカエルの卵じみたそれを見つめる。

わたしは今、ゆっくり医院で働いている
まりさの様な障害を持って生まれ、生きていく事すら困難な状態に陥ったゆっくり達を
普通のゆっくりよりは短いかもしれないけど、それでも精一杯ゆっくりさせるための仕事だ。

まりさに与えている試供品のフードも普通のゆっくりフードよりも安全で
味覚や食感で色々な事が楽しめる様に工夫が凝らされた特別製の商品であり

ときどき大ハズレも有るが
眼の見えないまりさに「きょうのごはんはどんなごはんだろう?」という
人間でもちょっと味わえないドキドキを与えてくれる。

親代わりの人間が「味見」してからゆっくりに与えられる。
その発想は離乳食に近いかもしれない

匙ですくって一口、まずは私が食べてあげる。

「むぐぅっ!コレはあ!!??」

「おねえざん!?」

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!」

「ゆゆっ、おいしいんだね!?」

鷹揚にうなずきながら「うむ」と言ってやると
まりさはフードに舌を伸ばした

「まりさ」とプリントされた食器が、空になっていく
まりさのご飯はパウチ二つ分、私は次の試供品をかばんから取り出す。

「…カクテキってなんだろ、ステーキみたいなもの?」

「おかわりほしいよっ!」

パッケ赤いケド大丈夫だよね?



by古本屋

ぬるいじめをめざしました、設定が無駄に多いのは続き物の予定だからです。
イラっとした人はごめんなさい。

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最終更新:2022年05月06日 23:17