ゆっくり達がゆっくりできるにはどうすればよかったか


言葉が通じずともただ媚び続け、ペットとして生きればよかったか


それは否。中身が餡子で、何も世話しなくても光合成で育つ。そんな金のなる木を人間がペットとして扱うだろうか。
家畜にされることが関の山である。幸いなことに今までゆっくりは人間から隠れて生きていたので、殆ど捕まらなかった。
さらに人間に捕まえるのは人間の子供だったのですぐに弄ばれて殺されていた。よって光合成で育つということが知られていなかった。




人間がいないようなところを探して生きていけばよかったか。


ある意味正解。しかしあの森以外の環境では、日の光が当っていなかったり、昼間から妖怪が出没したり、
逆に見通しがよすぎて危険なため、この選択枝は除外される。




人間と戦えばよかったか


論外。人間の子供にさえも勝てないゆっくりに、大人相手に勝てるはずがない。あのまりさのように目的を達するために命をかけ、
渡り合っていける個体はほとんどいない。逆に人間の大人たちを本気にさせて、あっという間にまとめてお汁粉にされてしまうだろう。




つまり、人間に認められるしかないのである。そのため、まりさの考えは間違ってはいなかった。
言葉が届かないなら、行動で示せばいい。



しかし、人間に認められる。その難しさをまりさは知らなかった。













まりさはずりずりと体を引きずらせて森の中へと逃げていた。飛び跳ねる体力はもう残っていない。
だが、体内の餡子を4分の1程度失ったことで、無駄に餡子を撒き散らすことがなくなり、虫などがよってこなかった。
不幸中の幸いといえた。
まりさはつい先ほどまでの修羅場を回想した。殺さずに思いとどまってくれたれいむに感謝しながら





はやくぱちゅりーをおそとにはこばなきゃ


青鬼になることを決めたときは別に死んでもいいかと思っていた。
でも、人間に追われたとき、いっぱい走ってどきどき苦しくて、体が裂けたときは動くたびにビロビロして気持ち悪くて、
人間達の怒鳴り声で耳がびりびりして怖かった。やっぱり死ぬのは嫌だった。



でも、これでみんなゆっくりできる。


人間のおじさんたちにはたくさん悪いことしちゃったな。ごめんなさいと言えなかった。
れみりゃを怖がらせちゃったな。あの子すぐに泣いちゃうのに。
ありすにはもう会っても口をきいてもらえないだろうな。あの泣き声は忘れられないと思う。
そしてれいむは・・・・・ううん・・・・考えるのはやめよう・・・・・・・・これからきっとゆっくりできるようになるんだ。
あとはまりさがみんなに会わなきゃいい。




そう思って帰り道を急ぐ。ずりずり、ずりずりと
そのときまりさの後から、聞き覚えのある声がした。いつかまりさとれいむがピンチだったときに聞こえた、あの声だ。



「あんれぇ、おまえどうしたださ?こんなにぼろぼろで・・・・。また誰かに虐められただか・・・・・・・・・・
体中べこべこじゃないか・・・・・・・・」


肩には藁の固まり、見上げるほどの巨体。あのときの大男だった。心配そうにまりさを見つめている。
まりさは光を失い、瞳の黒さが深くなった目で大男に視線を向ける。


「おじさん・・・・・・。まりさやったよ・・・・・・・・・・。みんながゆっくりできるよ・・・・







でも・・・・・・・・・・まりさわるいこになっちゃったよ・・・・・・・・・・・・・・・」
まりさは自嘲する。大男から目をそらし、ぱちゅりーのところを目指す。
大男のきれいな目がまぶしかった。


「そうはいってもなぁ・・・・そうだ!いいもんをくわせてやるべよ。体がへこんで力がでないんだろう?」


大男はまりさを片手でむんずとつかんだ。まりさの体を覆ってもお釣りが来るほどの大きな手だ。


「ゆぅぅぅ!?おじさんはなしてよ!まりさはゆっくりできないよ!」


「はっはっは。そうかうれしいか。わかった。お望みどおりゆっくりするべ。お前は友達をたすげよどずるいい子だがらな。
いい子は好ぎだよ。」


大男はまりさを持ち上げ、どしどしと足音を立てて運んでいく。
まりさは早くぱちゅりーを日の光の下に出さなけれなければいけなかったが、大男にまりさの言葉は通じていなかった。














日の光が少し傾くくらいまで大男は走った後、まりさは洞窟の中に招待されることになった。真っ暗で、じめじめとしていて、
あまりゆっくりしたくない。
そんなまりさを大男は最高のご馳走で迎えようとしていた。
しかしゆっくりは食べ物を消化できないので何を食べても吐き出してしまうだろうが。
何が出てくるのだろうか。これほどの大男だ。何を食べればこれほどまでに大きくなるのか興味があったのだろう。
食べきれないくらいたくさんの肉か。
まりさが丸呑みされるくらいのおおきな魚か。
以外にも、山菜の盛り合わせなのかもしれない。
まりさがそわそわと落ち着かない様子を見て、
大男はまりさが期待しているものだと思って、それに答えるかのようにでんっとおもてなしを置いた。



肉だった。





まりさほどの大きな肉の塊。




まりさと同じ形をしている




まず人間が食べきれないくらいの大きさだった。




いや、たとえ量が少なくとも食べられないだろう。人間には




「おじさん・・・・これ・・・・・なに・・・・・・・・・」




目の前に置かれたものがぼんやりと見えてくる。その『顔』には見覚えがあった




「そうかそうか。味わって食べたいか。さぁ、ゆっくりと召し上がれ。」




それは3日前に嫌というほど見たあの『顔』だった。
















「やべでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!おじさん!ゆっぐりざぜでぇ!!」


歯を食いしばって食べないように持ちこたえるても、
まりさは裂けた口からぐいぐいと「ごちそう」を押し付けられる。
「ごちそう」のほっぺたは固く冷たく、つんとすっぱい匂いがした。
いつもれいむとほっぺたをくっつけあったときの柔らかさと餡子の甘い匂いはかけらも感じない。
反射的に「ごちそう」のほうを向くと、その白くにごった眼と目が合った。


「おじざんやべでぇ!おじざん!!おじざん!おじざん!おじざん!」


「遠慮することないべよ。なくほど喜ぶこともあるまいて、ほら、口をあけて。」



まりさは口をがばっと開けられ、無理やり「ごちそう」を押し込まれた。ゆっくりに共食いがあるとすれば、
このような光景が見えることであろう。
まりさは「ごちそう」の3分の1ほどと合体したような姿となっていた。


「ぴぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!」


まりさは歯と舌を使って「ごちそう」を飲み込まないように必死に抵抗する。
まりさが普段はお友達としゃべるときにしか使わない口。そのため、人間の畑を荒らしたときに掘り出した野菜は固くて歯が痛かった。
「ごちそう」はそれよりもずっと固い。
口が塞がれ、息ができない。目の前がぼんやりともやがかかってくる。



「ほらほら、お前達も妖怪なんだからこれぐらい一気に食べないと。大きくなれないぞぉ。」


大男はまったく悪気がなかった。それもそのはずだった。大男はゆっくりのことを妖怪だと勘違いしていた。まりさは気づくべきだった。
目の前の大男が子供達を一方的に痛めつけたときの異常さを。それなのにきらきらとしたきれいな目をしていることを。
彼は、自分が悪いことをしているとは少したりとも思っていない。罪悪感に目を濁らせない。


「こいつらは悪い子だから遠慮することないべよ。いい子のお前達へのご褒美だよ。ちょっと古くなっているけどごめんな。
ほら、酒でも飲んでいっぱいやろうや。」



「ゆぐぐぐうぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐうぐぐぐぐうぐぐ!!!!!!


ぐい、ぐい、まりさの頬にさらに無理やり押し込む。まりさは泣きながら吐き出そうとする。
光合成で生きていくゆっくり。口から食べ物を食べたことは一度もない。
まりさは思う。きれいなお花。かわいい虫達。大きな動物。みんなかわいかった。かっこよかった。
一緒にゆっくりする仲間達。人間ともこれから一緒にゆっくりできる。だけど、食べてしまったらゆっくりできない。
そうなったらもうお友達にはなれない。


「ゆ゛ひゅぅ!ゆ゛ゆ゛ぅ!ひゅ・・・・。ゆ゛っぐぅ・・・・・・・すぅ・・ぎ・・・・・・・」


ビリっと、まりさの頬が裂けていく。先ほど切れ目がついていた上に、無理やり押し込まれたからこうなってしまった。
大男はそこでようやく気がつく。


「ああ、ごめんごめん。うれしくてつい押しこんでしまっだや。ごめんな。痛かったべ。やっぱり無理やり食べさせるのはよぐないわ。」


大男はまりさから「ごちそう」を引き抜いた。「ごちそう」はべったりとまりさの唾液がついていた。



まりさは酸欠気味だった体に酸素を行きわたらせるように大きく息をする。まりさは安心した。おじさんはわかってくれた。
まりさは人間を食べたりなんかしないと。ぐったりとした顔でそう思ったところに



「やっぱり食べやすい大きさにしねえどな。ほら、わけてやるがらだんとぐえ。」



大男は酒に酔って顔を赤くしていた。その姿は例えるなら赤鬼だった。
いや、例える必要はない。その正体は紛れもない鬼。










強い力を持っていた妖怪の一族。卑怯な手を嫌い、誠実なものを好む。
また、いったん友人と認めた相手には敬意を表す。現在幻想郷には殆どおらず、大抵のものは鬼の国で生活している。



妖怪のため、人間も食べる。



なまはげ


東北にて語られている鬼。地方内でも伝承が細かく分かれる。怠け者を懲らしめ、災いをはらい祝福を与える。
人間に仕えていたが正月の十五日だけは里に下りて乱暴や略奪を行う。
そして悪い子をさらって食う。などと伝えられている。
幻想郷は外の世界で途絶え、忘れ去られつつあるものが流れ着く地。なまはげという有名な妖怪の中でも、
悪い子をさらって食うというあまり知られていない部類ものは、幻想郷にやってくる。
ついたばかりで未だ幻想郷の常識も知らず、ただ悪い子を捕まえて食べる鬼。それがこの大男の正体だった。




赤鬼は、これから先の人生で決して泣くことがない。そう確信を持って言い切れるような陽気な笑いを浮かべた。

















《きもちわるい》




《きもちわるいよぉ》







まりさが開放されたのは、日が落ちた後であった。しんとした暗闇の中、
ずりっずりっと重くなった体を引きずってぱちゅりーの家を目指す。
その目は遠くしか見えておらず、何度も石で転げそうになる。この日は辛いことが起きすぎた。。
誰かと一緒にいないと壊れてしまいそうだった。誰かと一緒にゆっくりしたかった。
青鬼の決意はどこへやら、まりさは急ぐ。傷ついた体でずりっずりっと、暗い巣の中でひとりぼっちの友達のところに急ぐ。
けれどもその速度はとてもゆっくりしていた。


ぱちゅりーの家が見えた。最後に訪れたのはあの絵本を見に行ったときだった。



巣の外からもぱちゅりーが見えた。眼をつぶってゆっくりと動かない。
寝ているのだろうか。愛する友達に出会えてただうれしかったまりさ。
まりさは巣の中に飛び込む。目測を誤って入り口で体をぶつけてしまった。
まぬけなところをぱちゅりーに見せてしまったのかもしれない。
そう思ってぱちゅりーに近づく。
その顔は、髪と同じく、紫色だった。







ぱちゅりーはすでに息を引き取っていた。





誰もそばにおらず





誰も話しかけてこないで





誰も悲しむことなく





誰も知らずに






たった一匹で静かにこの世を去った。














まりさはひとりぼっちになった。



絶望。まりさは二度とれいむ達とは会えなくなり、信じていたおじさんはゆっくりできない人だと知り、
おじさんとゆっくりしていたためにぱちゅりーは死んだ。そう、まりさはもうゆっくりできない。


青鬼になる


その言葉の意味をまりさは理解したつもりだった。
誰とも会わずただ一匹で生きていく。
だが、その一文の決意を実行できる生き物はいない。


寂しさ。


まりさの餡子はその気持ちでいっぱいだった。


ちょっとだけ、みんなの様子を見に行こう。
会わないなら大丈夫。ただみんなが人間と仲良くしているところを見るだけ。
別にまりさが捕まったってもうみんなは人間の仲間。だから何も問題ない、



青鬼の決心は、完全に失われていた。











気がついたときには目の前には人間の里。里長の屋敷の前だった。まりさは夜の闇の中ふらふらと明かりにつられてやってきた。
辺りには誰もいない。新しい仲間の歓迎会を開いているのだろうか。



まりさが物陰から覗いた時、人間達はもう闇も深まってきた頃だというのに、明かりを贅沢に使って宴会していた。
酒をぐびりと一気に呑み、おわんに入ったおかずをガツガツ食べて、ガヤガヤと聞き分けられないほどの大音声で騒ぐ。
子供たちまでいた。子供達はお酒が飲めない代わりに、お菓子を食べている。
シュークリーム、エクレア、タルトと豊富な種類がそろっている。
人間達はご機嫌だった。ゆっくりしていない、人間独自の仲間との交流だった。






「たのしそう・・・・・・・・まりさもみんなとゆっくりしたいよ・・・・・・・・・・」


思わず口から漏れる偽らない本音。楽しかった日々。



「? みんなどこいったのかな?にんげんといっしょにゆっくりしているのかな?」


宴会の最中であるにも関わらず、歓迎されるべき主賓はどこにも見当たらなかった。
今頃人間達と一緒にお歌を歌って、ありすがへただとからかわれていると思った。
れみりゃが人間の子供と鬼ごっこをしていると思った。
れいむが人間とほっぺたを寄せ合ってゆっくりしていると思った。
しかしその姿は見当たらない。



《どこにいったんだろう・・・・・・》



まりさはそうっと忍び込み、みんなを探す。
最後に一回くらいは顔を見ておきたかった。一回だけ。一回だけ。


カタッ


パタン


カタッ


パタン


いくつもいくつも部屋を空ける。しかし見当たらない。どこにもいない。
おかしい。何か変だ。
まりさはようやく事態の異常さに気がつく。いや、本当は気づいてた。誰もいないのはおかしいと。
ただ認めたくなかった。さっきのような、あのおじさんに裏切られたときのような感覚がしていることを。
本当だったら聞こえるみんなの笑い声がしない。



「・・・・・・・・・・・・・・・・よ・・・・・・・・・・・・・・・・し・・・・・・」


どこからか声が聞こえたような気がする。



「・・・・ゆ・・・・・・・・・・てよ・・・・・・・・・・・・り・・・・・・・・し・・・・・・・・・・・
•い・・・・・・・・・・・・・・よ・・・・・」




聞こえた。気のせいじゃなかった。これは紛れもなくれいむの声だった。



まりさはずりっずりっずりっと、れいむの声がするほうをゆっくり目指す。


最後に大好きな友達の幸せな顔を見るために




そしてまりさはある部屋の前で立ち止まった。


そこは、台所だった。


奥から聞こえてくるれいむの声。その声はかすれていた。


「ゆっ・・・・・・・・・・・・くり・・・・・・・・・し・・・・い・・・・よ・
•◦◾◾◾◾◾◾◾たす・・・・・・よ・・・・・・・・・・・・・り・・・・・・・・・・・さ・・・・・・・じ・・さ・・・ん」











「れいむ!まりさだよ!どうしたのれいむ!」



まりさはれいむとついに再会する。
最後にあれほどひどい別れ方をしたにもかかわらず、まりさはれいむへと何のためらいもなく駆け寄る。
まりさはれいむな事情をわかってくれていると信じていた。それはあまりにも都合のいい事考え方をする饅頭だった。
いや、実際れいむは事情をわかっていたつもりだった。しかし今ある状況はまりさのせいによって起こったこと。




れいむは、格子状の籠の中に閉じ込められていた。



「だれ・・・・・・・・・まりさ・・?」


「まりさだよ!れいむどうしたの!みんなどこにいったの!ゆっくりおしえてね!!」



まりさがれいむへと駆け寄る。二匹をさえぎる籠にめいいっぱい近づく。
ほっぺたが押さえつけられるあまりに格子から少しはみ出ていた。
れいむは人間に捕まってはいるが、その体には傷一つなかった。
今は、まだ



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



れいむは目を伏せてそらす。そのまま十数秒が経過する。
二匹は黙りきり、台所は宴会場からの喧騒が響くのみとなってしまった。


業を煮やしてれいむに問い詰める


「ありすは?ぱちゅりーは?」




れいむは目を伏せたまま答える。その声は、あまりにも弱弱しい。




「みんなたべられ・・・・・・・・・・・・・ちゃったよ・・・・・・・・・・・」




《たべられた》


《たべられた!?》


《どうして?にんげんとおともだちになったんじゃなかったの!》




「れみりゃがさいしょにね・・・・・あたまをぽんっ・・・・・・・・・て・・・・・・きられて・・・・
ぐりぐりって・・・・なかみをむりやりとるの・・・・・・・・れみりやはね・・・・・・はねをばたばたさせて・・・
にげようとしたけど・・・・・・・・・・そうするとはねもきられちゃったの・・・・・・・・・・・・・・・・
•ずっといたいいたいってないてて・・・すっごくおっきなこえで・・・・・・・うごかなくなるまでずっとないてたの・・・。」



《うそ》




「ありすはもっとひどかったよ・・・・・・・・・・・かみのけをぜんぶきられて、・・・・べりっ・・・・・・・・・
てかわをはがされたの・・・・・・・・・・・いちまいずつ・・・・・・・・・・いちまいずつ・・・・・・・・・・
ありすは・・・まりさ・・まりさって・・・・・・・・・ずっとよんでたよ・・・・・・・・まりさがたすけてくれるって・・・
ずっと・・・・・・・・しんじてた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。。。・・・・
おじさんたちはね・・それをみていて・いっぱいわらってた・・・・・・・れみりゃとありすをおいしそうにたべてたの・・




《うそだよ》







「ほら・・・・れみりゃはそこにいるよ・・・・・・・・・・」




そこに転がっていたのは、かつてれみりゃと呼ばれていた肉まんの皮部分だった。























あのとき、悪さをするまりさを追い払ったれいむ。そのとき人間にはどのように見えていたのか。




「ゆっくりしていってね!(みんなもうだいじょうぶだよ!!)」



リボンのゆっくりは仲間のいる方向に笑いかける。その表情は人間達にも見えた。満面の笑み。
終止無言だった先ほどとは対照的に明るすぎる声で二匹へと呼びかける。
その声は人間達には勝ち誇り、自らの領土を主張するように聞こえた。
人間達は事情を知らなかった。







そのとき、一人の男が水をさすようにつぶやいた



「こいつら、今も【ゆっくりしていってね】って言いつづけているから、里での縄張り争いしただけだったんじゃないか」















-言われたとおりゆっくりするよ。俺達が満足するまでね。-
-ゆっくりゆっくりうるさいなぁ、お前から先に苛めてやろうか。-
-ん~、いい声で鳴くなあこいつら。少しワンパターンだけど、やっぱりいい声するや。発音の変化がいいね。濁音がついて-
-せっかくだけど、ゆっくりしている暇はないだべ-
-それににんげんってはなしがつうじないのよ!いきなりつぶされたおともだちもおおいの!-





この世界には、ルールがあった。



この世界では、他の世界とひとつ異なるところがある




この世界では、ゆっくりの言葉は人間にはある一つの言葉とそれを含む単語にしか聞こえない。







その言葉とは


【ゆっくりしていってね】



ゆっくり達は自分達の言葉がこうして聞こえているのは知らない。
また、人間の言葉は、ゆっくりにとってはうなり声に聞こえる。
つまり、ゆっくり達が火にあぶられようが、壁に叩きつけられようが、切り刻まれようが、人間と友達になりたかろうが、
自分達の意思を人間に伝える方法は存在しないのである。








【ゆっくりしていってね】


人間には鳥や虫のような【鳴き声】にしか聞こえないそれも、あの状況ではある先入観を抱かせることになった。
その言葉の持つ意味が曲解されていく。






あのとき、れいむはまりさに向かって黙りきったまま体当たりを繰り返してしまった。れいむが大好きだったまりさ。
そのまりさへと一言でも責めたら取り返しのつかないことを言ってしまうと思ったれいむ。
だが、人間の目にはれいむがまりさに友好を求めるかのような【鳴き声】を出さないことから、
リボンのゆっくりが、帽子のゆっくりが羽を持ったゆっくりとヘアバンドをつけた
ゆっくりにじゃれていたところをいきなりたたき出したようにも見えた。
れいむが【ゆっくりしていってね】と叫びながら叩き続けていれば、
この鳴き声に意味はないことに気がついたかもしれなかったのにである。


また、その後にありすとれみりゃに向かって大声で笑いかけたことは最悪だった。
その様子は人間から見たら、外敵を追い払って仲間に【ゆっくりしていってね】と、自らの縄張りを誇る様子にも見えた。





ゆっくりに対してかまっているのは虐めている子供達だけ。
大人たちが子供の頃に虐めたのは蛙や虫。
つまり、ゆっくりの生態はあまり人間達に深く知られていない。



考えすぎだよと笑っていた大人たちも、いつしか多数派に言いくるめられる。
どうせゆっくりは弱い。ならばこちらからしかけても、報復など恐れるほどではない。
今度はこいつらが徒党を組んで悪さをしでかすのではないか。
だったらこれは弱いものいじめではなく、駆除になる。駆除するなら早いほうがいい。
だから何も悪いことじゃない。



人間達はゆっくりに対して誤解した認識を持つ。。
無害な動物から人間の仲間へ、そして人間の仲間から害獣へ




まりさの「赤鬼と青鬼」作戦に誤算があったとすれば、ゆっくりが人間に対して何の役も立たないということだった。
鬼は強く、仲間にすると心強い。用心棒としても、労働力としても使える。
しかしゆっくりは、仲間にしても何の役にも立たない。
人間の仲間というには、あまりにも無力だった。





あたりが静まり返った

















「ゆっぐりじていでね!!(ま゛り゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!)」


「ゆ~ぐぃ~~!(う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁん゛!!!)」




命乞いの鳴き声を上げるカスタード饅と肉饅。人々の耳にはそうとしか聞こえていなかった。
「ゆっくりしていってね!」は、『ゆっくりやめてね』と自らの命の危機に対する哀れみを誘っているよう意味にしか聞こえなかった。
害獣の命乞いなど聞き入れるほど人間は甘くない。二匹は今、宴会の出し物になっていた。
人間達は、その深い味に舌鼓を打つ。














「ゆっくりしていってね!(まりさはほんもののまりさなの?)」



れいむがいきなりまりさに対して問いかける。
目は血走り、その声は禍々しい。


「ゆっくりしていってね!ゆっくり!(まりさはまりさだよ!どうしちゃったのれいむ!)」


まりさはあわてて否定する。どうしてこのような質問をされたかわからない。


「ゆっくり!ゆっくり!(ほんもののまりさならみんなをたすけにきてくれたよ!
おまえはたすけにきてくれなかったよ!)」


3日前、かなわないのにひたすら人間に立ち向っていったまりさ。
2日前、悪行の限りを尽くして去っていったまりさ。


れいむは、悪さをしたまりさは別のまりさと思い込むことで、自らの心のまりさを責める気持ちからから友達のまりさを守っていた。



「ゆぅ~!ゆゆぅ!
(まりさはれいむのしってるまりさだよ!まりさがわるいことをして!
みんながまりさをこらしめればにんげんのおともだちになれるとおもっていたんだよ!)」


まりさは自分の存在を否定されていた。それはひとりぼっちになることよりずっと辛い。
なんであんなことを考えたんだろうとまりさは自嘲する。余計なことをしなければみんな死ぬことはなかったのかもしれないのに。



「ゆっくり!ゆゆっくり!ゆっくりしていってね!(みんなしんじゃったよ!おまえのせいだよ!ゆっくりしね!)」


あの時一度も言わなかったまりさへの恨み言を惜しみなく繰り返すれいむ。
れいむは正気を失いつつあった。



「ゆっゆ!ゆぅゆ!(れいむだけでもたすけるよ!ゆっくりしないでたすけるよ!)」



まりさはかつて人間の子供に対して行ったようにれいむの籠に体当たりを繰り返す。
れいむはちょっとおかしくなってしまっただけ。そう自分に言い聞かせながら体当たりを繰り返す。
何度も、何度も、体がへこんでも何度も何度も。





しかしそのとき、まりさの体にはある異物があった。
あの赤鬼に食べさせられた「ごちそう」だ。
それは消化されず、ずっとまりさの体内に埋まっていた。
体内に大量の異物がある状態。
そのような状態で体当たりを繰り返した結果、




餡子と共に吐き出した。「ごちそう」を






《ちがう。これはちがう。まりさはなにもわるくない。おじさんが無理やりまりさに食べさせたから。
おいしくなかったよ。まりさはこんなことしないよ。にんげんをいじめたりしないよ。》


「ゆっくりしていってね!!(れいむ!ちがうの!これはちがうの!あのおじさんが・・・・)」











「ゆっくりしていってね!(ゆっくりだまってよ!!)」



《なんでこんなことになっちゃったんだろう。なにがいけなかったのかな。》
《人間に悪いことをしたから?青鬼になろうと思ったから?》
《おじさんのことを信じちゃったから?あの日ピクニックに行ったから?》




《まりさはただみんなにゆっくりしていってほしかっただけなのに》







「ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!ゆっぐりじでいでね!ゆ゛っくり!ゆ゛っぐりぃぃぃぃぃ!
(しらない!おまえなんてじらないよ!おま゛えなんてまりざじゃないよ!このばげもの!まりざをどごにや゛っだの!
に゛ぜも゛の!!ま゛り゛ざを゛がぇぜぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!)」






そのとき、奇跡が起こった。自らの心が人間には伝わらないゆっくり。
しかし憎しみに狂ったれいむの怨嗟の声は、ゆっくりの言葉と人間の言葉に同じ意味を持たせた。
あの愛嬌のある姿はどこにもなく、地獄から響くような『鳴き声』をあげていた。それは屋敷の中にいる人間にも伝わった。


「ゆ゛っ゛ぐり゛じねえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛゛
え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛
え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ええ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え
゛え゛え゛゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え
゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




その表情はまさに『鬼』だった。




人間たちはこの声を聞きつけ、台所に駆け寄るとあたりに散らばる格子状に千切れた饅頭とそれに混ざった肉片を見る。


人間たちは先ほどまでの宴会で胃の中に入れたものを吐き出す。


次の日から、ゆっくりは【ゆっくりしていってね】という声で人を引きとめて襲うと伝えられることになる。



害獣に認定されていたのはほんの数時間ほど、今は化け物と呼ばれている。




















かくして、赤鬼から逃げた青鬼は村から追い出され、誰にも相手にされず、後悔しながらゆっくり苦しみ続けることになりました






ゆっくりまりさと鳴いた赤鬼










めでたし、めでたし


       

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最終更新:2016年02月19日 11:00