それはいつからだったかは分からない。
だけど
夏目レイコに物心がついた時には、もう彼らはそこにいた。
人には見えない何か――妖怪というものが。
そこには隔たりがあった。
人間と妖怪を分ける世界の壁が、はっきりとした形であった。
だけど夏目レイコは、自分の意志とは無関係に壁の向こう側にいた。
だから彼女は自分に話しかけてくるのは人ではなく、いつだって彼らであることを知っていた。
「何だ、あんたも妖怪なの?」
「まあ、そうだねぇ。人間とは言えないねえ」
答えなど、既に分かりきっていた。
幾ら外見が人間に近しくても、それは決定的に自分とは違うものなのだ。
だけど、それでもレイコは縋っていたかった。
自分のいる世界は決して一人ではないのだ、と。
「お互い大変なもの巻き込まれたもんだねえ、お嬢ちゃん」
「そうだね」
気のない返事をして、レイコは遠くを見つめた
結局、自分の見ている世界に変化はなかったのだ。
そのことにほんの少し、ほんの少しだけ、溜息が漏れてしまう。
「ねぇ……勝負をしよっか。私は名前は夏目レイコ。あんたが負けたら、この友人帳に名前を書いてもらう」
世界が変わらないのなら、レイコが言葉にすることも変わりはない。
だから、彼女はいつも通りのことを目の前に妖怪に告げた。
「バーンがさっき言っていた話を聞いていなかったのかい?」
「あんたが勝ったなら、好きにしていいよ。何なら、私のこと食べたっていい」
「そうかい? それじゃあ、30%ってところかねえ」
レイコの目には自らの筋肉を肥大化させる妖怪――
戸愚呂弟の姿が映った。
そのことに彼女は目を丸くさせて、驚いてみせる。
「ははは、すごいな。やっぱり妖怪なんだね」
「……行くよ、お嬢ちゃん」
戸愚呂は、その言葉と同時に丸太のような腕を振りかぶってみせる。
だけど、レイコはその言葉に被せるかのように自分の拳を戸愚呂の頬に力一杯ぶつけた。
空気を震わせるような大きな音と共に戸愚呂の顔は地面に激突。
レイコも拳を伝わってくる手応えの大きさに思わず笑みを浮かべた。
「私の勝ちだね」
物の見事に地面に顔をめり込ませた戸愚呂を悠々と見つめながら、レイコは勝ち名乗りを上げた。
でも残念なことに、それもすぐに当人の戸愚呂によって否定されることとなった。
「やれやれ、少し見くびっていたかねえ。お気に入りのサングラスが壊れてしまったよ」
何事もなかったかのように戸愚呂は平然と立ち上がり、首を左右に傾けて音を鳴らしたのだ。
その様子にレイコは恐れるわけでもなく、素直に感嘆を示した。
「本当にすごいな。私のパンチを食らって、そこまで平然としてる奴は初めてだよ」
「だろうねえ。それじゃあ、60%で仕切りなおしといこうか」
戸愚呂の筋肉は更に肥大化。
人間としての許容量を超えた筋肉の固まりがレイコの前に堂々と現れた。
その威容に構わず、レイコは渾身の力を込めた拳を再びぶつける。
しかし、今度のその攻撃は戸愚呂の片腕で簡単に止められることとなってしまった。
そして戸愚呂はそのままレイコの腕を掴み、反対の手で彼女の腹を暴風のような勢いで殴った。
「がぁぉぇぇっっ!!」
堪らずレイコは膝をついて、血反吐を吐き出す。
それを見て勝負が決したことを悟った戸愚呂は筋肉を縮小させ、元の姿に戻った。
「何だ、殺さないの?」
幾らか痛みが和らいだ頃、レイコは戸愚呂に疑問をぶつけた。
「その前に一つ訊いておきたいことがあるんだが、いいかい?」
「私が知っていることならね」
「それほどの霊力がありながら、その扱い方は随分とお粗末だ。誰かそれを教えてくれる人はいなかったのかい?」
「…………そんな人はいない。私はいつも…………」
その先の言葉はくぐもってよく聞こえない。
だけど、有り余る霊力とその才能が、人にどんな結末をもたらすかは、何となく想像できることだ。
戸愚呂はその先を訊くのを止めた。
そしてその代わりに戸愚呂は、ある一つの提案を投げかけることにした。
「浦飯と幻海に会うといい」
「誰だい、その人たちは?」
「さあねえ……でも、少しはおまえの助けになってくれる奴らだよ」
「何で私がそいつらに会わないといけないの?」
「おれが勝ったんだろう?」
「はは……。そうだね。そうだったね」
力ない笑みと共にレイコは、ごろりと横に転がる。
空を見上げると、月の光が憎たらしいくらいに暢気に降り注いでいた。
それは全く以って忌々しい敗者の光景だ。
だけどそれでも、レイコには起き上がり、それから目を背けることができなかった。
これが負けるということなのだろうか。
その場から静かに去っていく戸愚呂の背中を見送ると、レイコはお腹をさすりながら不貞寝を開始した。
【一日目 深夜】
【現在地 B-4】
【夏目レイコ@夏目友人帳】
【状態】お腹イタイ、睡眠
【装備】友人帳@夏目友人帳
【道具】ランダム支給品、支給品一式
【思考】
基本 暇を潰す
1. ZZZZzzzz
2. 浦飯と幻海に会う(覚えていたら)
それは単なる保険の意味合いでしかなかった。
今まで見てきた誰よりも抜きん出た才能を持つ女。
もし浦飯が自分を倒せなかった時に用意する自分の敵でしかない。
だけどそれでも切り離すことができない思いが、そこには存在してしまう。
全てを投げ捨て、たった一人きりで道を歩む姿。
それはどこか自分の………………。
「やれやれ、おれも歳を取ったかねえ……」
【現在地 B-4】
【戸愚呂弟@幽遊白書】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】武器支給品、ランダム支給品、支給品一式
【思考】
基本 浦飯と決着をつける
1. 浦飯を探す
【支給品説明】
夏目レイコが作成した、妖達を統べる契約書の束。レイコが打ち負かした妖の名が書いてある。この紙に名が書かれている妖は、友人帳の持ち主に名を呼ばれると逆らうことができない。また、名が書かれている紙を燃やされたり破かれたりすると同じ目に遭う。
最終更新:2012年06月07日 00:08