男持桟

男持桟とは、南山戦国時代の武将。本名は「佐竹延雄」。

概要

1568年に南山地方走谷に誕生。城建設までの間はあまり判明していないが、家臣の加藤雅史による日記には「夜中にやってたことがバレて、付近の住民から避けられた過去も懐かしいと独り言を言っていた…」という記述があったりする。
1603年に冬原市南部に騎茂井城を作った。冬原・菊池・走谷・千里あたりを治める為に作ったのもあるが、1番の目的は「オナゴとイチャイチャしたい」という家臣も驚きの理由だった。実際、南山歴史資料館(海田市中央区)に展示されている城内地図に「恋の間」という謎の部屋があったのを確認できる。
1638年に日野の戦いを起こしたが、理由は「中野遥が可愛いので、三崎あくあを討伐しなければ」というまたまた家臣びっくりの理由。結果的に負けたが、土下座までして中野遥の家臣になった。しかし1年しないうちに他界した。
南山地方の歴史の教科書に一切出てきたとこがないどころか、資料集にも載ったことがないという悲しい戦国武将である。
最終更新:2020年10月11日 21:49