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オリックス退団選手名鑑(野手part2) - (2007/10/21 (日) 14:26:01) のソース
>&font(I){30本塁打・100打点・30盗塁3度記録した俊足スラッガー} > >&size(30){ウミツバメ}(Fish@HIAOC) >#right(){134~153オリックス} >&font(b){MVP1回(145)、本塁打王1回(145)、ベストナイン7回(140~145他)、新人王(134)} >>T.B.Bird改めFish@HIAOCさんの転生選手。足の速さが武器で1年目は打線好調の影響を受け83打点をマーク。そこからは若干盗塁数は伸ばすも打撃面では停滞状態だったが、137期は打率3割台を記録し138期は97打点を記録。さらに翌139期は大台の100打点を突破し球史初の100打点セクステット最後の打者として名を刻んだ。次のシーズンも打点マシンぶりは変わらず前年を大きく上回る135打点をマーク。とはいえ打率は依然低い状態が続いていたが、威圧感習得の141期は自己最高の.322を記録。ようやく打順も二番になり光が当たりだしてきた。その二番で143・144期ともに35本塁打120打点をクリア。145期には河崎の不調で一番打者に定着した。146期は2割5分の打率に終わる不安定なシーズンだったが、翌147期はしっかり.305と修正した。 >> 148・149期は打率2割8分台と精細を欠き、おもに六番を打った。それでも149期は4期ぶりの100打点を記録した。 >> 150期は6期ぶりに3割2分台をマークするなどかつての輝きを取り戻す活躍。途中から四番に座り打線の核となりベテランの意地を見せた。ただ盗塁がわずか3個と足の衰えは顕著になってきた。 >> 確変は一シーズンで終わり151期はクリーンナップから外されることはなかったが低打率に悩まされた。 >> 152期(19年目)は再び3割をマーク。似たタイプの大田・河崎らが一気に劣化したのに比べてベテラン期に突入後もしっかりと成績を収めている。 >> 20年目を迎えた翌153期は.263と不振に終わり、契約残り1年を残しながら引退。 >> 本来は俊足がウリだったが5期連続30本塁打をマークする等、走れる長距離砲だった。トリプル3は142・143・145期と3度達成。通算打点も非常に多く後1年やっていれば2000打点の大台突破も時間の問題だった。 >|期|率|安|本|点|盗||期|率|安|本|点|盗| >|134|.265|150|10| 83|14||145|.317|194|39|117|32| >|135|.272|161|14| 83|19||146|.253|141|24| 76| 9| >|136|.264|149|12| 71|21||147|.305|177|29| 90|21| >|137|.302|171|14| 84|25||148|.281|147|20| 75|16| >|138|.290|168|15| 97|16||149|.283|150|19|103|22| >|139|.256|151|23|102|18||150|.328|176|27|105| 3| >|140|.279|166|26|135|14||151|.277|156|25| 95|13| >|141|.322|183|32|117|24||152|.301|165|19| 73| 5| >|142|.311|187|35|109|39||153|.263|142|18| 69| 6| >|143|.339|211|36|147|32|||||||| >|144|.329|194|38|128|28||(20)|.292|3339|475|1959|377| >&font(I){142期に史上2人目の4割打者になる等、140期前後は暴れまくった核弾頭} > >&size(30){大田良祐}(ナンバ7) >#right(){131~151オリックス} >&font(b){MVP2回(142・144)、首位打者3回(139・142・144)、盗塁王1回(142)、ベストナイン15回(133~145・147・148)、新人王(131)} >>142期に77シーズンぶりとなる史上2人目の4割打者となったアベレージヒッター。通算打率でも上位に進出。最初から威圧感を所持しており打率.304、25盗塁と堂々新人王を獲得。翌2年目は前半戦大不振でいわゆる二年目のジンクスにはまってしまうものの、後半大きく巻き返し2割8分台にまで持ち直した。結果的に上昇期中不調に陥ったのはこの年だけで133期は2期ぶりに3割を記録し、20本塁打を打つなど長打力も徐々に発揮。134期はついに200本安打を記録し不動の一番に。138期にはチームでは恐らく初のトリプル3を達成しそれに加え100打点を突破する等凄まじい成績を記録。勢いは留まることなく翌139期もトリプル3&100打点を記録。そして.371のハイアベレージでついに首位打者を獲得。140期は打率こそ下がったが36本塁打を放ち長打力も非常についてきた。翌141期はこれまで30台が続いていた盗塁数を一気に50台へアップ。142期はさらに加速。打率.416を記録しduo3.0(西)が記録して以来となる4割打者となり77期ぶりにシーズン最高打率を更新。開幕時から凄い勢いで打ち続け、一番か三番かの起用法をめぐって起用変更合戦が勃発。結局は後半から三番に落ち着き、首位打者・盗塁王・MVPとタイトルを総ナメした。この快進撃でついに通算打率1位に立ち打率に関しては完全に極めたといった感じに。衰退期に突入した翌143期はさすがに打率3割4分とダウンしてしまったが2期連続の40本塁打100打点と中軸として完全定着。144期には3度目の首位打者を獲得。しかしこのあたりから転落期を迎える。145期は久々に通算打率を下回る.332、146・147期はギリギリでの3割。特に147期は終盤での帳尻合わせで辛うじて3割に乗せた苦しいシーズンだった。 >> 148期は2年目以来実に16期ぶりに3割を切った。チームで2人しか選ばれなかったベストナインになんとか選出されたが、トップだった通算打率がついに2位に転落。 >> 149期、下がり続ける打率は尚も止まらず自己ワーストの.279に終わってしまう。フルで三番で出続けたが本塁打は10本台で打点も一気に下がってしまった。 >> 150期は2割6分台とさらに打率ダウン。一桁本塁打に終わり、30個前後を維持し続けてきた盗塁数も半減。不動だった三番もついに外され七八番をおもに打った。 >> 最終年の151期はようやく打率が復調しそこそこの働きを見せたが、全盛期に比べると輝きは完全に失っていた。 >> 通算打率は最終的には4位にまで後退。150期には史上初の「500本塁打・500盗塁」を達成。 >|期|率|安|本|点|盗||期|率|安|本|点|盗| >|131|.304|162|14| 56|25||143|.341|193|40|150|36| >|132|.287|162| 9| 73|20||144|.365|198|40|131|32| >|133|.307|187|20| 89|31||145|.332|191|32|114|30| >|134|.313|201|15| 67|38||146|.305|176|26| 82|21| >|135|.314|194|21| 83|33||147|.300|176|26|101|26| >|136|.333|212|22| 81|38||148|.297|175|22| 89|31| >|137|.317|196|23| 80|39||149|.279|158|13| 54|30| >|138|.328|205|31|109|36||150|.262|143| 7| 61|15| >|139|.371|221|30|106|36||151|.287|153|14| 71|14| >|140|.328|202|36|105|34|||||||| >|141|.347|205|36|110|53|||||||| >|142|.416|243|43|149|69||(21)|.321|3948|520|1961|687| >&font(I){黄金期には二番打者として切れ目の無い打線を演出} > >&size(30){河崎}(聡3) >#right(){131~151オリックス} >&font(b){盗塁王1回(143)、ベストナイン5回(139~141・143・144)} >>巧打と足の速さが特徴的な大田良祐と1・2番を組む同期入団の中堅選手。ルーキーイヤーとなる131期は打率2割半ば、盗塁は20に1つ届かなかった。2年目となる132期のキャンプで左投手に弱いと言う弱点を克服、すると開幕から別人のように打ちまくり、一時期は.350を記録していた。が、最終的には丁度.300。しかし盗塁を除く全ての打撃成績で前年を上回った。133期は本塁打・打点・盗塁数は増加したものの打率は2割半ばとやや後退し、それに伴い打順も9番に降格。134・135期はそこそこの成績を残すも強力打線にあって下位に定住したまま。ややじり貧状態だったが、136期は自己最高の打率.315をマークし成長の跡を見せた。翌137期も好調を維持しZenkの後釜として二番に定着。139期は長打が冴え二番という打順ながら100打点突破。140・141期は本塁打数はグンと減ったが.329の高打率をマーク。同シーズンのアベレージヒッター習得で打撃安定感がグッと増した感。守備でも進歩を見せ不恰好であった二塁守備も大分安心して見れるようになってきた。141期後半より1番に抜擢。それに伴い盗塁も142期から連続50個と大幅増。打率は4期連続で3割2分以上を記録してきたが、144・145期ともに3割を割ってしまった。146期は打順下位からのスタートも他の野手が不振でなんとか最終的には二番に戻った。翌147期は4期ぶりの3割復活をするも打順はおもに八番で打点が50を割ったのは1年目以来だった。 >> 148期は打撃が復調してきたこともあって二番に定着。あとヒット1本というところで3割には届かなかったが、3期ぶりに180安打・二桁本塁打・30盗塁を記録。 >> 翌149期は3割到達を果たすも、150期は2割5分を切る大不振に。 >> 最終年となった151期は中盤まで3割を維持し打線復調の一人者となる汚名返上の活躍。通算安打20傑にランクインした。 >|期|率|安|本|点|盗||期|率|安|本|点|盗| >|131|.258|145| 6| 48|19||143|.322|208|19| 82|59| >|132|.300|178|10| 56|15||144|.293|189|13| 65|35| >|133|.265|156|12| 70|23||145|.274|185|13| 61|40| >|134|.292|163| 9| 81|23||146|.296|179| 9| 63|21| >|135|.272|156|10| 79|25||147|.308|178| 9| 49|23| >|136|.315|181|11| 73|22||148|.299|182|13| 63|30| >|137|.318|207|16| 81|28||149|.306|189|10| 47|23| >|138|.269|176|13| 67|24||150|.245|149| 6| 37|23| >|139|.325|209|25|108|36||151|.291|156| 2| 40|15| >|140|.329|212|15| 84|27|||||||| >|141|.329|217|13| 93|33|||||||| >|142|.319|212|14| 93|51||(21)|.297|3827|248|1440|595| >&font(I){とにかく特殊能力で不必要なものにこだわった守備のスペシャリスト} > >&size(30){あれ}(あれ) >#right(){135~149オリックス} >&font(b){} >>広い守備範囲に精度の高い守備を魅せるオリックスの中堅手。若い頃はややボロも多かったが年数が経つにつれて今やリーグ最高の守備力を誇る。「俊足堅守」タイプが多い中、それに「強肩」が加わっている選手は同リーグでは非常に貴重な存在。入団以来ずっと「完全9番打者」だったが146期に八番を打ったことで記録は途絶えた(恐らく本人がやったかも)。あまりに弱すぎる打撃のほうは特殊能力の購入履歴を探ると効果の薄いものばかりを優先しており、どうやらこのあたりは意図的にやっているよう。悪い面を探ると他にもちょっと書けないものがあり、引退と同時に退団してくれたのはチームにとってプラスになるか。転生選手は現在常勝の横浜に行ったが、どうもこの常勝というのが引っかかる。 >|期|率|安|本|点|盗||期|率|安|本|点|盗| >|135|.233|132| 8|62|18||146|.222|120| 7|43|16| >|136|.225|127| 7|52|23||147|.254|139| 7|54|30| >|137|.218|123| 7|54|19||148|.252|141| 7|43|24| >|138|.244|138|10|65|22||149|.231|123| 6|41|18| >|139|.250|141| 6|50|26|||||||| >|140|.256|150|11|71|18|||||||| >|141|.252|144|16|84|21|||||||| >|142|.288|172| 8|66|43|||||||| >|143|.283|159| 9|70|44|||||||| >|144|.252|145| 9|53|22|||||||| >|145|.278|159|11|60|26||(15)|.250|2113|129|868|370| >&font(I){打って守ってwiki編集と三拍子!} > >&size(30){るぱん.Jr}(abba) >#right(){135~148オリックス、149~中日} >&font(b){ベストナイン(136・137・139・142・144)} >>強打と守備を併せ持つスラッガー。1年目は打順はほぼ下位だったものの打率.288に85打点と新人離れした成績を残した(その年の新人王は同僚のアルファクトだった)。さらに翌136期は本塁打を20本台に乗せると、137期は32本塁打と早くも大砲の片鱗を見せた。136期から五番に定着し2期連続100打点とクリーンナップの責務をしっかり果たしている。138期は不振だったが、139期から145期にかけ7期連続100打点をマーク。当初は攻撃型選手だったが若手時代は守備面での成長に時間をかけ今やパーフェクトな選手になった。連続100打点中では継続しながらも143期頃には成績が打ち止め傾向だったが、144期は闘気習得で打率.349の高打率をマークし、翌145期も自身2番目のベストとなる.328と怖い五番打者に成長。146期には彪流に代わって四番となっている。148期も不動の四番で自己最多の39ホーマーを打つも、残念ながら同年限りで中日の移籍が決まった。 >|期|率|安|本|点|盗||期|率|安|本|点|盗| >|135|.288|169|13| 85| 7||146|.299|157|28| 92| 6| >|136|.274|158|21|109| 4||147|.315|171|33|116| 6| >|137|.285|168|32|115|10||148|.314|169|39|111| 7| >|138|.271|159|19| 84| 7|||||||| >|139|.324|188|31|112| 8|||||||| >|140|.302|178|30|132| 3|||||||| >|141|.280|164|27|113|12|||||||| >|142|.271|164|31|125| 6|||||||| >|143|.283|163|21|103| 9|||||||| >|144|.349|193|32|135| 8|||||||| >|145|.328|176|20|104| 9||(14)|.298|2377|377|1536|102| >&font(I){史上初の800本塁打、歴代最多の本塁打・打点を記録した最強のスラッガー} > >&size(30){彪流姜維Ⅲ}(JASON) >#right(){127~147オリックス} >&font(b){MVP2度(134・138)、首位打者1度(134)、本塁打王5度(134・137~139・144)、打点王3度(134・138・144)、ベストナイン18度(128~142・144・145・147)、新人王(127)} >>彪流3代目の選手で今度もスラッガータイプ。今までは台頭までに時間がかかっていたが、今度は1年目から25本塁打・82打点の活躍で早速力を発揮。テスト(ソ)を抑え野手新人王を獲得。翌2年目も同じ25本塁打でジンクスを打破。97打点はチーム最多でクリーンナップでは最高の働きを見せた。129期は後半の活躍で六番ながら120打点をマークし不振だったオチローとの評価を逆転するシーズンに。翌シーズンは不振だったが131・132期ともに打率3割30本塁打110打点以上と四番のオチロー以上の活躍を見せ、両シーズンともチームMVP(非公式)。133期は.343の高打率に初の40本塁打をマークし、全打撃部門で2位につけるという準三冠王になると、翌134期は三冠王に躍り出た。リーグ最高レベルの打者・オチローを抑えてのこの勲章はまさに圧巻でしかも特殊能力が安定感と威圧感だけの20代での達成。132期からは課題だった守備力も向上し指名打者解除。波の少ない選手でもあり打線の中核を打つにあって非常に頼もしい。135期は26本塁打94打点と彪流にしては物足りない成績だったものの、136期は40発130打点としっかり巻き返したところはさすが。137期はオチローとともに初の50本塁打コンビに。138期は2期連続の50本塁打で二冠王を獲得。139期は9期ぶりに打率2割台、本塁打も40台に落ち着いたが、それでも同僚のオチローを振り切っての3期連続本塁打王。140・141期は連続50本塁打160打点も、ソフトバンクのネイル選手が歴史的な数字を残す活躍っぷりでこの2期はタイトルに届かず。翌142期はオチローの引退を待たずに四番を奪取。記録では全ての面で前任者を下回ってしまったものの、ようやく戻った定位置で残りのシーズンで本塁打と打点の記録を狙う。143期は打率以外の成績で上回っていたのにも関わらずソフトバンクの中山がベストナインに選出され、入団2年目から続けていた連続選出がついにストップ。オチローの残してきたものがあまりにも圧倒的で三番時代が長かったが、それだけに相手バッテリーはこのコンビに震えた。144期は本塁打・打点の二冠をゲットし実に5期ぶりのタイトルホルダーとなった。146・147期はともに3割を切ってしまいさすがに衰えを隠せなかったが最終契約年に通算800号を達成。打点でもオチローを上回りふたつの記録で歴代最多に上り詰めた。史上に残る強力打線との相乗効果もあってこれだけの数字になったのだから、当分この記録が破られることはないだろう。ベストナイン18度も単独トップ。 >|期|率|安|本|点|盗||期|率|安|本|点|盗| >|127|.274| |25| 82| 4||138|.366|207|50|144| 7| >|128|.285| |25| 97| 1||139|.293|171|46|134|10| >|129|.285|161|31|120| 3||140|.368|192|51|160| 5| >|130|.280|160|29| 90| 5||141|.348|204|50|169| 6| >|131|.306|168|31|112| 8||142|.352|194|38|160| 8| >|132|.306|181|36|122| 6||143|.324|180|44|149| 7| >|133|.343|200|40|123| 7||144|.338|189|43|162| 2| >|134|.356|205|43|138|15||145|.319|176|37|133| 1| >|135|.310|179|26| 94|10||146|.268|152|38|112| 1| >|136|.346|195|44|130|12||147|.282|163|29|115| 1| >|137|.312|179|52|135|17||(21)|.317|3767|808|2681|136| |CENTER:BGCOLOR(navy):COLOR(khaki):[[オリックス・バファローズ>http://www6.atwiki.jp/akebon/pages/430.html]]関連ページ一覧| |&strong(){掲示板}:[[オリックス板]]&br()&strong(){過去の選手}:[[オリックス殿堂館]]|[[オリックス退団選手名鑑(投手)]]|[[オリックス退団選手名鑑(投手/part2)]]|[[オリックス退団選手名鑑(野手)]]|[[オリックス退団選手名鑑(野手part2)]]&br()&strong(){記録・チーム史}:[[各年度チーム成績・個人チーム記録>オリックス・バファローズ・レコード・ブック]]|[[オリックスバファローズ史]]&br()&strong(){過去ページ倉庫}:[[オリックス・保存ページ倉庫]]|