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「アイザックとミリアの二人は知らず世界の中心となる」(2007/10/27 (土) 19:53:18) の最新版変更点
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**アイザックとミリアの二人は知らず世界の中心となる ◆LXe12sNRSs
磁石というものの性質を知っているだろうか?
鉄などの強磁性体を引き寄せたり、地磁気に応答して方位を指し示したりするアレだ。
磁石にはN極とS極と呼ばれる2つの磁極があり、異なる極は引き合い、同じ極は反発し合うという性質を持っている。
電気と磁気の力はお互いに不可分であり、これらの関係は電磁気学の基本方程式である
マクスウェルの方程式によって与えられるものなのだが、まぁそんな細かい原理は論点の範疇外なので割愛。
磁石は、互いに引き合うものなのである。
N極を男性、S極を女性といった具合に、性別に当てはめてみると分かりやすい。
本質は同じ人間だが、彼らはいかなる環境下でも、同姓同士で群れを作る傾向がある。
仕事をするにも、遊ぶにも、同姓のほうが感情を共有しやすいのだ。
磁石の原理に例えるなら、逆に異性同士は反発し合うということになるが、これはどうだろうか。
異性に対して恐怖心や苦手意識を持つ者は、決して少なくない。割合的に言えば、同姓を嫌悪する者よりもずっと多いだろう。
しかし、人間は磁石のような己の性質に従うだけの『物』ではない。
感情を持ち、常に心境を変化させ、そして、なんといっても『愛』を持ち合わせた存在だ。
それらは時に性質すらも凌駕し、本能で求め合う。
NもSも関係なく、強力な磁気を秘めた、一つ一つの磁石として。
互いに、それこそ本物の磁石のように、引き寄せ合う――
◇ ◇ ◇
しばしの抱擁が終わり、寒空に裸身を晒す男アイザックと、それに微塵の嫌悪感も抱かず受け止める女ミリアが、改めて再会を喜び合う。
「ずいぶん捜したんだぞミリア~! 俺はもう、六時間もミリアに会えなかったのが寂しくて寂しくて……」
「私もだよアイザック~! でもでも、私はそんなには寂しくなかったよ! だって、アイザックならすぐに私を見つけてくれるって信じてたから!」
「もちろん、俺もすぐにミリアが見つかるって信じてたさ! なんてったって、俺とミリアは長いなが~い紐で繋がってるんだらからな!」
「運命の赤い糸だね!」
「そう、それだ! まぁ途中、柄の悪いマフィアたちに襲われたりしたけど、そこは俺の自慢の百丁拳銃で見事撃退さ!」
「すっごーい! さすがアイザックだね!」
「あ、でも命は取ってないなぜ。悪い奴ををやっつけるのも大事だが、ミリアを早く捜すほうがもっと大事だったからな!」
「殺さずの精神ってヤツだね! そして愛は地球を救うんだね!」
嬉しそうに互いに手を取り合い、でたらめなステップでダンスを踊るカップル二人。
その幸せすぎる空間は絶対の不可侵領域で、好んで立ち入る者など、地球上を探しても存在しないだろう。
いい例が、ミリアの同行者であった金田一一だ。
殺し合いの舞台で、裸身の変質者と初遭遇。
普通なら警戒して然るべき場面だったが、ミリアの浮かれぶりが想定外すぎて、口を開けてポカーンと立ち尽くしていた。
一方、アイザックの同行者であった風浦可符香は、常の性格もあって唖然とはしなかったものの、空気を読んだのか、しばし二人の踊りを傍観していた。
そして二人が舞踏を中断し再び抱擁を始めると、タイミングを計ったかのように目を輝かせた。
「あなたがミリアさんですね! 事情は聞いています、だから安心してください!
ポロロッカ星の王子であるアイザックさんと愛し合い、泣く泣くポロロッカ王さんに引き離された不幸なジュリエット!」
「ジュリエット? 違うよ。私はミリア、ミリア・ハーヴェントだよ?」
「かわいそうに! やっぱりミリアさんもアイザックさんと同じように、記憶を失っているんですね!」
「記憶を失っている? 私が? アイザック、いったいなんのこと?」
「実はなミリア、話せば長くなるんだが…………かくかくじかじかごにょごにょごにょ…………」
「…………えぇえぇー!? アイザックって、実はえいりあんだったのぉ!?」
「ああ。実はそうだったらしいんだ……いやぁ、ビックリだよな! これが実は、俺の親父が課した愛の試練だったなんてさ!」
「まるで映画みたいだね!」
「どこかでカメラが回ってるかもしれないな!」
「銀幕デビューだね!」
「それはそうとミリアさん、あちらの方はどなたですか? 見たところ、私と同じ日本人みたいですけど」
快活すぎるアイザックとミリアの会話に、可符香はナチュラルに介入して言う。
可符香に指差された一は未だこの現場に順応できておらず、一人ローテンションのまま取り残されていた。
「あの子はキンダイチハジメ君! 一緒にアイザックを捜してくれてたの! すごいんだよ~。いーっぱい事件を解決した、名探偵なんだって!」
「め、名探偵だって!? ……おいおいミリア~、それはちょーっとマズイんじゃないか?」
「え? どうして?」
「だって、名探偵っていったら正義の味方だろ? シャーロック・ホームズみたいなのだろ? でも俺たちは強盗だぜ?
強盗は悪いことだ。彼がホームズだとしたら、俺たちはモリヤーティ教授だ。もしバレたら、捕まっちゃうかもしれないぜ?」
「だいじょーぶだよアイザック! たしかに私たちいろんなものを盗んだけど、この前イブちゃんの悩みを解決してあげたじゃない!」
「ああそうか! 罪滅ぼしってことで、最近は悪いヤツらからしか盗んでなかったもんな! それで俺たちの罪もチャラってわけか!」
「そういうことだよ!」
「そういうことか!」
腹の底から大笑いするアイザックとミリアの二人は、見るからに楽しそうだった。いや、実際楽しくてしかたがないのだろう。
生まれながらに笑い上戸だったり、職業柄笑顔が見に染み付いてしまっている人間はたまにいるが、この二人はそのどちらでもない。
物事を決して悲観的に考えず、考えようとしても片方が楽観的意見でカバーする。そんな絶妙なコンビ具合。
その調和が見事に嵌っているからこそ、ああやって殺し合いの最中でも大笑いすることができる。
こういうのを、なんと言い表せばいいのだろう……ああ、そうだ、バカップルだ。
「つまり、金田一君は今回の入国試験が始まってから、ずっとミリアさんと一緒だったわけですね?」
「うん、そうだよ」
「なるほど……わかりました! アイザックさん、ミリアさん、お二人はしばしの間、再会の喜びを分かち合っていてください!
私はその間、金田一君と大事なお話をしなくてはなりません!」
「大事なお話? 俺たちは混ぜてくれないのか?」
「お二人には秘密の内緒話です。秘密で内緒だから、お話できません」
「そっかぁ……秘密で内緒なお話なら、仕方がないね」
「まぁ、秘密で内緒なら仕方がないな。…………あそうか! ミリア、ちょっと耳を貸すんだ」
ハッと閃いたアイザックは、可符香に聞こえぬよう、そっとミリアに耳打ちする。
「いいか? たぶんカフカは、ハジメと一緒に俺たちの再会を祝ってくれようとしてるんだ」
「お祝い? ひょっとしてパーティーの準備かな?」
「たぶんそれだ。で、カフカは俺たちをビックリさせるために、ハジメと協力して秘密裏にパーティーの準備を進める気なんだ。
秘密で内緒な話ってのは、きっとその計画の内容について話すつもりなんだよ」
「わぁ! サプライズパーティーってヤツだね!」
「だからミリア、俺たちはカフカたちの計画に気付かないフリをするんだ。もし気付いてるってバレたら、向こうがガッカリしちゃうからな」
「うん、わかったよアイザック。気付かないフリをしておいて、こっそり楽しみにしておくんだね」
などという強引かつハッピーな解釈も、二人の間では極自然なものだ。
その大胆などという言葉を超越したぶっ飛んだ思考は、彼ら以外誰も理解し得ないだろう。
この場の四人の中では群を抜いて常識人に分類される一に、アイザックとミリアの思考が読み取れるはずもなかった。
そして、一にとってはある意味――アイザックとミリアの二人より厄介な思想理念を持った少女が、ここに。
「というわけで、はじめまして金田一君! 私のことは風浦可符香と呼んでください!」
「あ、ああ。俺は金田一一。よろしく……」
このとき、一が風浦可符香に抱いた第一印象は、ミリア並みにテンションの高い変な女の子、程度のもの。
しかし、この生易しい認識も、数分後には崩れることとなる。
一は可符香の内緒話とやらを聞くため、アイザックとミリアから少し離れた路地裏へと場所を移す。
◇ ◇ ◇
二人きりの空間で語られる内緒話の内容は、当然、アイザックとミリアを祝福するためのパーティーの算段などではなかった。
まず、これは殺し合いなどではなく、ポロロッカ星へ至るための入国試験だということ。に始まり、
アイザックが実は地球人ではなく、ポロロッカ星の王子で、螺旋王はアイザックの父親だということ。と続いて、
アイザックは地球人のミリアと愛し合っており、これはその愛の深さを試すための実験でもあるということ。とさらに続き、
ポロロッカ星に入国するためには、二人の結婚を螺旋王に認めさせ、自分たちはそのための手助けをするのが一番だ――と締めた。
「…………」
沈黙。可符香の切り出した突拍子もない話に、一は口を閉ざす他なかった。
アイザックが実は宇宙人で、しかも殺し合いだと思っていたものは地球外惑星への入国試験で、その近道は二人の結婚だという。
なんたる衝撃の事実! これほどの超展開が許されるものなのだろうか!? ――と、一がアイザックとミリアよりの人間だったら思っただろう。
しかし実際のところ、一はこの可符香が語った衝撃の事実を、冗談、もしくは戯言、もしくは妄言、としか受け止めなかった。
考えてもみてほしい。宇宙人だとか、殺し合いの皮を被った入国試験だとか、そんなものが少女の言一つで信じられなどしようか。
アイザックが宇宙人であるという根拠は何か? 入国試験を殺し合いと偽る真意は何か? なぜ無関係の人間たちを巻き込むのか?
考えればそれこそ、疑問点は無限に出てくる。この時点で、考察するのも馬鹿らしいくらい決定的に、彼女の話は『嘘』と解釈できるのだ。
いや、既にこのような未曾有の事態に陥っている以上、無碍に否定はできないかもしれないが……それでも、可符香の考えはファンタジーすぎる。
そもそも、普通の人間ならこんな馬鹿げた発想には辿り着けない。
彼女がそれほど変わっているだけなのか、それともそう確信させるほどの何かがあるのか。
「どうですか金田一君? 理解していただけましたか?」
「……一つ教えてくれ。アイザックさんをそのポコロ……なんだっけ?」
「ポロロッカ星人です」
「そう、それ。ポロロッカ星人だと思う、根拠はなんなんだ?」
彼女の瞳に浮かぶ清純さから窺うに、悪意のある嘘や冗談というわけではなさそうだ。
だとしたら、この妄言にも何かしらの意図があるはず。一はそれを掴もうと、可符香にさらなる説明を求めた。
「まず初めにお話したとおり、この実験は、殺し合いという手段を用いた入国試験です。
途中で殺されれば入国試験には不合格。現実に戻り、ポロロッカ星には辿り着けません。
最後まで生き残った一人だけが、ポロロッカ星に入国できます。ここまではいいですか?」
「ああ」
いいものか。ツッコミどころが満載すぎて、待ったをかけるのも馬鹿馬鹿しいくらいだった。
だが、逐一ツッコンでいては、一番知りたい情報を入手することができない。
スマートに話を進めるため、一はあえて疑問を飲み込み、可符香の次なる言を待った。
「私はそのルールに則り、ポロロッカ星に入国するため他のみんなを『殺して』回っていました。
ですが、さっき出会ったアイザックさんは――なんと、私が殺しても死ななかったんです!」
「ちょっと待った! 今、なんて言った……? 人を、殺して回ってた?」
しばらくは可符香の論を静聴するつもりでいた一だったが、可符香の聞き捨てならない一言に、感情を露にした。
「はい。私と同じくらいの歳の女の子を一人殺しました」
「馬鹿な! 自分が何をしたのか分かってるのか!? ポロロッカとか、そんなデタラメな理由で殺人を――」
本人の口から語られた無視しようのない犯歴に、金田一は声を荒げる。
殺し合いをポロロッカ星の入国試験だと解釈、いや、思い込む――このことに関しては、彼女の性格に一端があるのだろうと思い、ひとまずは棚に置いておくつもりだった。
だが、そんな妄想に身を駆られ、既に犯行を犯してしまった後だというならば、黙って静観できようはずもない。
一の血脈に流れる純粋な正義感が、可符香を断罪しようと奮い立つが、
「殺人……? やだなぁ、殺人事件なんて、実際に起こるわけないじゃないですか」
罪悪感の欠片もない、飄々とした態度でそう返され、一は勢いを削がれてしまった。
「私が殺した女の子は、本当に死んじゃったわけじゃありません。入国試験に脱落して、現実に生還しただけです!」
「まだそんなことを……その女の子の死体は? 現実に戻ったっていうんなら、死体も残ってるはずは」
「いえいえ、これは夢の世界のようなものですから、現実と体は別々ですよ。つまり、脱落した女の子は意識だけが現実の体に戻り、こっちの死体はそのままです」
「そんなのヘリクツ――」
「いいえ! ヘリクツなどではありません! その証拠がアイザックさんです!
ポロロッカ星の王子である彼は、私が聖剣で刺し貫いてもすぐに生き返ったんです!」
一のキツイ口調にまったく動じもせず、可符香は己のペースで論を徹底した。
そして、話は『なぜアイザックがポロロッカ星人になるのか?』という一点に戻る。
この際、腑に落ちないが可符香が人を殺したという事実は一旦置き、一はアイザックの蘇りについて言及することにした。
「生き返ったって、具体的にどんな風に?」
「私が剣でブスリと刺したんです。血も出ました。その時点でアイザックさんは、入国試験に脱落したのだと思いました。
ですが、私が剣に付いた血を洗おうとしたら、刺したはずのアイザックさんが無傷で立ち上がったんです!」
「つまり、刺した傷が自然に治ったっていうことか?」
「はい、そのとおりです!」
「……見間違いとかじゃなくて?」
「見間違いじゃありません! なんならアイザックさん本人にも訊いてみてください!」
一は頭を抱え、心中で唸る。ああ、この少女の脳内にはどんな色の花が咲いているんだろうな、と。
彼女に対するイメージ云々はこの際置いておくとして、この話の信憑性はいかほどだろうか。
考えるまでもなく、ゼロである。死んだと思ったら生き返った、人が刺されて無傷だなど、信じられるはずもない。
最もあり得る可能性としては、可符香が剣でアイザックを刺したという『錯覚』に捉われているケース。
これまでの言動からも窺えるように、この少女はどこかおかしい。それしきの思い込みは十分あり得る。
だが、仮にこの話が真実だとしたらどうか。アイザックに確認を取り、それをアイザックが認めたとしたら。
いや、アイザックとて、いわゆる常識人の枠からは飛び出た思考の持ち主であるように思える。
真実がどうであれ、可符香が「そうですよね!?」と問えば、「そのとおりだ!」と返しそうな気さえする。
ならば一番手っ取り早い解決策、『実際にアイザックを刺して確かめる』というのはどうか。
可符香の話が真実ならば、アイザックは何事もなく蘇生するだろう。
が、もし嘘だったとしたら、アイザックは致命傷を負い、ご臨終だ。
人道的に、そのような手段で確かめられるはずがない。この案は却下だ。
そもそもこのような戯言、真偽を問うまでもなく否定して然るべき話なのだ。可符香が一と同じ、常識人であるならば。
人の耐久力と剣の殺傷力、命の重さを説くだけで、話は済む。
しかしやはり、この少女はそれしきでは自己の解釈を枉げたりしないのだろう。
つまり、いくら頭ごなしに否定したとしても、証拠を突きつけない限り、可符香は現実を受け入れない。
そしてその証拠を得る術は――今のところ『アイザックの死』という論外な方法しか思いつかなかった。
「アイザックさんがポロロッカ星人だと思った根拠は、つまりその……不死身の能力を見て、ってことか?」
「はい! 彼は元々ポロロッカ星人だったので、この世界で殺されても戻る現実がないんです! だから、アイザックさんはこの世界じゃ絶対に死にません!」
不死身イコールポロロッカ星人。そもそも前提がメチャクチャだが、道理は通っている。
「じゃあ、二つ目の質問。君はこれから先、アイザックさんたちをどうする気なんだ?
君の目的がポロロッカ星に入国することなら、この試験で優勝しなきゃいけない。
でも、ポロロッカ星人であるアイザックさんを殺す……つまり、脱落させることはできないわけだ。
アイザックさんという存在がいる限り、君が優勝してポロロッカ星に入国することは不可能ってことになるけど?」
「そこはアイザックさんが、お父さんである螺旋王を説得してみせます!
螺旋王さんが息子のアイザックさんと地球人のミリアさんの結婚を認めれば、それを手伝った私の功績も評価してくれるはずです!
全てが上手くいけば、最後の一人などとは言わず、私たちもポロロッカへの入国資格を得ることでしょう!」
物は考えようだなぁ……と一は失笑を漏らす。その顔には、次第に疲れが見え始めてきた。
「つまり、君は今後、アイザックさんとミリアさんの結婚を螺旋王に認めさせるための手助けをすると?」
「はい! それが、ポロロッカ星へ入国するための一番の近道です!」
自信満々で断言する可符香の表情は、やはり平常。
罪の意識も、自分の考えが間違っているかもなどという虚偽の意識もない。
自らの思想が正解だと信じて疑わない、どこか、人智を超えて完成された自我の片鱗が窺えた。
――と、たいそうに評したが、世間一般ではこのような性格の人物のことを、『バカ』と呼ぶ。
「三つ目の質問。もしこの先、アイザックさんとミリアさん以外の参加者に遭ったら、君はどうする?」
「お二人の邪魔をするようなら、私の手で排除させてもらいます」
「君の知り合いでも?」
「先生と千里ちゃんの二人でもです」
「アイザックさんの知り合いだっていうジャグジー・スプロットやチェスワフ・メイエルは?」
「お二人の知り合いだというなら、この試験についても把握していることでしょう。もし記憶を失っているなら、私が説明します」
「……じゃあ、この殺し合いを入国試験だと知らず、単純に生き残りたい一心で、アイザックさんたちに交友を求めてきた相手は?」
「排除します!」
屈託のない笑顔で、可符香は即答を返す。一は若干青ざめた顔で、奥歯を噛み締めた。
「どうして?」
「これは気付きのゲームです! この殺し合いを試験だと、アイザックさんがポロロッカ星の王子だと気付けない人に、入国の資格はありません!
それに死ぬのを怖がっているなら、なおさら試験から退場させて、現実に返してあげたほうがいいです!」
「それはまぁ……そうかもしれないけど」
前提がまず間違ってるんだよ、とは口に出さず、一は可符香に対する理解をさらに深めていく。
「これで最後、四つ目の質問だ。君は今、アイザックさんとミリアさん以外の参加者は排除するって言ったけど……
なら、俺はどうなんだ? 俺は、アイザックさんがポロロッカ星人だなんて分からなかった。
今こうやって君から聞いた話も、正直言って全部は信じちゃいない。こんな俺を、君はいったいどうする?」
そう、一は警戒心を身に纏いながら尋ねた。
これまでの話から推察するに、可符香はアイザックとミリアをポロロッカ星へ入国するための最適手段、それ以外を邪魔者として認識している。
ならば、こうやって可符香に疑心を抱き、その考えを否定すらしている金田一一はどう扱われるのか。
彼女の返答次第では、一も自己のスタンスを応変しなければならない――排除しようと襲ってくるなら、抵抗する。つまりはそれだ。
しかし、可符香は一に対してすぐに剣を向けるようなことはせず、含みのある顔で笑うことしかしなかった。
「なるほど。やっぱり、金田一君もそうだったんですね。いえ、大丈夫です。あなたの務めはきっと果たせますよ!」
と、また胸中で自分に都合のいい解釈をしたのだろう。
可符香は金田一の手を握り締め、満面の笑顔で言葉を続けた。
「金田一君、あなたはここに来てから、まず最初にミリアさんに出会ったんですよね?」
「ああ、そうだけど」
「そのミリアさんをどうしようと思いましたか? 殺そうと思いましたか?」
「まさか! ミリアさんはか弱い女性だ。ここから脱出するために、協力を申し出たさ」
「つまり、あなたはミリアさんを守ろうとしたわけですね! やはり、そういうことだったんですね!」
なにやら核心を掴んだらしく、可符香は淀みのない双眸をさらなる自信の色で満たし、こう断言する。
「金田一一君――あなたは、ミリアさんの付人だったんですよ!」
「――え?」
と。
可符香の発言は予想の斜め上を――ある意味では予想通りかもしれないが――いくものだった。
ろくなリアクションも取れないまま、可符香の論述は続く。
「あなたは螺旋王さんに殺し合いをやれと言われたのに、ミリアさんを見ても殺そうとはせず、逆に守ろうとした!
これは、あなたの本来の役職……ミリアさんの付人としての本能がそうさせたんです!
たとえ一時的に主のことを忘れていたとしても、あなたはミリアさんの顔を見て、自分の使命を思い出した!
ああ、なんということでしょう! 離れ離れになった主人と従者は、悲劇の舞台で再び邂逅するのですね!」
「ちょ、ちょっと待った! つまりはあれか? 俺は実は、ミリアさんを守っていた付人で……
アイザックさんたちと同じように、俺はその頃の記憶を失っているってことか!?」
「そのとおりです! 記憶は失ってしまいましたが、あなたのミリアさんを思う心が、運命的な巡り会わせを齎したんです!」
一は愕然とした。
名探偵金田一耕助の孫とされ、高校生ながらも数々の難事件を解決してきた金田一一。
それが実は仮初の記憶で、本当は宇宙人に恋するお嬢様の付人だったなんて……誰が予想できようものか。
「そうか、そうだったのか……俺、なんかやっと夢から覚めた気がするよ。俺の本来の姿は、高校生探偵なんかじゃなかったんだ」
「そうです! あなたはミリアさんの付人として、彼女を守ることに人生を懸けていたんです!」
「でも、失われた記憶が戻ったわけじゃない。だから教えてくれ、俺は、これから先どうすればいいんだ……?」
「簡単なことです。付人たるもの、付き従う主人の幸せを第一に考えるのが当たり前。
これまでどおりミリアさんの安全を守りつつ、アイザックさんとの結婚を成就させる手助けをすればいいんですよ!」
「俺に、できるかな?」
「できますとも! 金田一君一人じゃ無理だとしても、私もいます! みんなで力を合わせれば、きっと上手くいきます!」
「そうかな?」
「そうですとも!」
「そう、だな」
「そうですそうです!」
「よーし、やってやろう!」
「やりましょう!」
「「おー!」」
…………といった具合に。
一は己の使命を思い出し、改めて、ミリアの幸せのため可符香の意に同調することを決意した。
二人の結婚を螺旋王に認めさせ、邪魔者は排除する。そして行き着く先は、ポロロッカという名のパラダイス。
羽が生えたような、今すぐ飛び出していきたいくらい清々しい気分だった。
探偵という殻を脱ぎ捨て手に入れた使命感。これからの人生を歩む上での、新しい原動力となるもの。
こうして、金田一一の第二の人生が始まる。事件だらけの日常から異星間恋愛に舞台を移しての、超絶スペクタクル。
しかし舞台が変わろうとも、彼の成すべきことは変わらない。
これからは事件解決のためではなくミリアの幸せのため、彼のIQ180の頭脳が冴え渡るだろう――
◇ ◇ ◇
……なんて馬鹿な風に可符香に同調してはみたが、もちろんこれはこの場を乗り切るためのポーズにすぎない。
一は至って冷静だった。自分が実は記憶喪失で、本当はミリアの付人であるなどといった戯言は、これっぽっちも鵜呑みにしてはいない。
それなのに、可符香のはちゃめちゃな論に同調し、道化として立ち振る舞って見せたのには、やはり理由がある。
(風浦可符香……初めは、殺し合いっていう異常な空間に立たされて精神が病んでしまったのかとも思ったけど……違う。
この子は、元々こういう子なんだ。病的なくらい妄想が激しい。たぶん、精神疾患を患っているんだ)
傍から見ればありえない考察を揺るがぬ真実だと確信し、殺人という形でそれを実行すらしてしまう。
単に妄想癖があるだけの少女なら、実際に人を殺した時点で現実の状況に気付けるはずだ。
それができないということはつまり……元々脳に異常があるということに他ならない。
精神疾患とは、脳、いわゆる『心』の機能的、器質的障害によって引き起こされる疾患のことだ。
統合失調症や躁うつ病といった重度のもの、パニック障害や適応障害などといった中~軽度のものまで、様々な病状がこの疾患に含まれる。
彼女の『物事を強引に楽観的な方向に考える』という症状も、この精神疾患の一端だろう。
殺し合いを入国試験、死亡を不合格、謎の主催者をポロロッカ王、死なない男をポロロッカ星人にと……ただ妄想癖が強いだけならば、ここまで酷い解釈はしない。
(だとしたら、理詰めで納得させるのは不可能だ。俺がいくら理論で現実を突きつけても、彼女はどうあったってそれを曲解する。
彼女の妄想が病的なものだとするならば、俺の言葉は起爆剤にすらなり得る。だから、ここは彼女に同調したフリをする)
本当に可符香が精神疾患患者だとすれば、下手に口論しても意味はない。むしろ彼女の心を悪戯に刺激してしまうだけだ。
彼女に現実を理解してもらう方法があるとすれば、ただ一つ。医師、それも精神科医に診てもらうこと。
心の病など、いかなる証拠を持ったとしても看破できるものではない。
探偵は事実と口頭の矛盾点を突き、相手にそれを認めさせることを得意とするが、その相手が聞く耳を持たないのでは、まるで歯が立たない。
つまり、可符香と一では、住まう土俵が違いすぎるのだ。これでは、勝負が成り立つはずもない。
(できる限り彼女を刺激しないように、彼女をどうにかできる人物を捜す。
ここにカウンセラーなんかがいるのかどうかは疑問だけど……それでも、彼女をこのまま放っておくことなんてできない)
同調といっても、可符香の言葉通り、アイザックとミリア以外の人間を排除……殺すわけにもいかない。
重要なのは、いざというとき彼女を抑制できるだけの行動力、そして、納得させられるだけの説得力。
ここで殺人を犯すべきではないと、可符香に納得させられるだけの材料を入手し、それを彼女に受け止めさせる。
これまでの会話を考えれば、それすらも不可能なようにも思えるが……いざというときはアイザックとミリアがいる。
可符香にとって、今のあの二人の存在は絶対的なものだ。彼らの言うことなら、彼女もある程度は従うだろう。
いくら周りに流されやすそうな性格(馬鹿とは言わない)をしている二人でも、殺しを容認したりはしないはずだ。
(……たぶん。そう、信じたい)
心中で力なく未来を案じつつ、一と可符香は、アイザックとミリアが待つ高速道路の入り口へと戻ろうとしていた。
これからアイザックは、螺旋王がいるというゴミ処分場に向かうらしい。おそらくはミリアもそれに賛同するだろう。
螺旋王を説得し結婚を認めてもらう、という考えも荒唐無稽ではあるが、そもそも螺旋王がゴミ処分場にいるという推理も、一に言わせれば馬鹿な根拠だ。
どちらにせよ、ここは監視の意味も含めて、可符香たちに同行する他あるまい。などと考えながら歩いていると、
「あー! 大変です金田一君!」
「え? ど、どうしたんだ!?」
帰路の途中、不意に可符香が、高速道路の坂の入り口を指差して叫んだ。
その指が指し示す先を目で追っていき、遅れて一も口をあんぐりさせた。
「アイザックさんとミリアさんがいません!」
「な、なんだってー!?」
◇ ◇ ◇
一と可符香が秘密の内緒話をしている間、当のアイザックとミリアは、こんな会話をしていた。
「なぁミリア、俺、今たいへんなことに気付いてしまったんだ」
「なぁにアイザック?」
「今頃ハジメとカフカは、俺たちを祝うパーティーの準備について話してるんだよな?」
「秘密で内緒な話だから、きっとそうだろうね」
「でも考えてもみてくれ。俺たちはこれから、ゴミ処分場に親父を説得しに行く。もちろんハジメとカフカも一緒だ」
「四人で一緒だね」
「親父を説得した後は、二人が計画してくれたパーティーをやるだけだ。
だけど俺たちが一緒にいたら、二人ともパーティーの準備がやりづらくなるんじゃないか?」
「そっかぁ! 秘密で内緒な計画なのに、私たちが側にいたら、向こうもバレちゃうと思ってやりづらくなるね!」
「ああ。そこで俺は考えた。親父の説得は、俺たち二人で行こう。元々俺たちの問題だしな。
で、俺たちが親父を説得している間に、ハジメとカフカにはパーティーの準備を進めてもらうのさ」
「役割分担だね! 私たちが見てないところなら、二人も気兼ねなく準備ができるね!」
「そういうことさ! ってなわけで、ここに置き手紙を残しておこう。
勝手にいなくなったらまずいけど、手紙を残しておけば俺たちの考えも伝わるだろうからな!」
「アイザックあったまいぃ~!」
「いやいや、それほどでもあるけどさ!」
「じゃあ、二人が戻ってくる前に高速道路を抜けちゃおう!」
「ああ! 二人が戻ってくる前にゴミ処分場へ向かおう!」
……そしてアイザックとミリアの二人は、一枚のメモ書きを残し、一と可符香に内緒で逸早くゴミ処分場に向かった。
その辺の小石を重石とし、地面に放置された一枚のメモ書き。
その文面には、たしかにアイザックとミリアの意が書き込まれていた……のだが。
◇ ◇ ◇
「『先にゴミ処分場へ行きます。二人はその間に準備を進めていてください』……か。
どうやらアイザックさんとミリアさんの二人は、俺たちを置いて先に行っちまったみたいだ。でも、準備ってなんのことだろう?」
アイザックとミリアが残したメモ書きを手に取り、考え込む一。
あの二人のことだ、きっとまたなにか、常人では思いつきようがない自己解釈をしたのだろうが……。
一はアイザックとミリアの性格、直前にしていた会話などから推理して、二人の真意を探り寄せようとするが、
「ふむふむ。なるほど……わかりました!」
その傍らで、一よりも速く、可符香が答えを導き出した。
「アイザックさんとミリアさんが言う準備とはつまり……ポロロッカ星へ入国するための資格を持った人間の選定! これに違いありません!」
が、その答えは案の定、一の推理とは百八十度ベクトルが違う、「そんな馬鹿な」と口にしたくなるようなものだった。
「お二人は、既に結婚した後のことを視野に捉えています!
結婚後、一緒にポロロッカ星へ入国するに値する人間がどれほどいるのか……お二人は、その検証を私たちに託したに違いありません!」
「えっと……つまり、螺旋王の説得は二人に任せて、俺たちは……」
「他の方がポロロッカ星に入国する資格を持っているかどうか、見極める!」
「その方法とは……?」
「この殺し合いがポロロッカ星への入国試験だと気付けたか気付けなかったか!」
「もし、気付けなかったら?」
「ポロロッカへの入国資格はありません! 残念ながら不合格ということで、私たちで現実に返してあげましょう!」
ああ、事態がどんどんややこしい方向に……。
可符香の処遇はデリケートに行うと定めた手前、一は反論の言葉が出てこない。
いや、風浦可符香という少女の言に対し、金田一一という名の常識人が返せる言葉など、いくら探しても見つかりはしないだろう。
――風浦可符香のどんなことでもポジティブに解釈する性格は、一の推理するような精神疾患によるものではない。
――強いて言うならば、キャラクター。風浦可符香というキャラクターは、元々そういう存在なのだ。
――二人の住まう世界をジャンル分けするならば、一はミステリー、可符香はギャグ。
――可符香と一では、住む世界が違いすぎた。それだけの話だった。
「やりましょう金田一君! 二人で、アイザックさんとミリアさんの恋をサポートするんです!」
「あ、ああ……がんばろう……がんばろう俺……」
金田一少年の受難は、まだまだ始まったばかり――
【D-3/高速道路/1日目-朝】
【アイザック・ディアン@BACCANO バッカーノ!】
[状態]:健康
[装備]:ボロボロになったパンツ一丁
[道具]:支給品一式、賢者の石@鋼の錬金術師、ずぶ濡れのカウボーイ風の服とハット(※本来アイザックが着ていたもの)
[思考]
基本:螺旋王の試練を乗り越え、ミリアと結婚してポロロッカの王様になる
1:まずは螺旋王(親父)に会って、話し合いで解決できないか挑戦してみる。
2:そのためにゴミ処分場に向かい、そこに隠された王城への入り口を探す。
3:親父の説得が終わったら、赤い宝石はミリアへ結婚指輪として贈ろう。
4:パーティー楽しみだなミリア!
[備考]
※アイザックの参戦時期は1931年のフライング・プッシーフット号事件直後です。
※殺し合いの意味を完全に勘違いし、終了条件は全員に(手品で)殺される事だと思っている。
※自分はポロロッカ星の王子で、螺旋王は父親。それを記憶喪失で忘れていたと思い込んでいます。
※この殺し合いの儀は、自分に課せられた試練だと思い込んでいます。
【ミリア・ハーヴェント@BACCANO バッカーノ!】
[状態]:健康
[装備]:拡声器、珠洲城遥の腕章@舞-HiME
[道具]:支給品一式
[思考]
基本:アイザックと一緒に行動
1:ゴミ処分場に向かい、アイザックのお父さんを説得する。
2:ジャグジー、チェス、剣持、明智を探す。
3:パーティー楽しみだねアイザック!
※少なくとも「悲恋湖伝説」「雪夜叉伝説」「瞬間消失の謎」については把握済み。
※可符香とアイザックの話を全面的に信用しています。
【C-3/高速道路入り口/1日目-朝】
【金田一一@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:ドーラの大砲@天空の城ラピュタ、リボルバー・ナックル(右手)@魔法少女リリカルなのはStrikerS(カートリッジ6/6)
[道具]:支給品一式、大砲の弾3発、予備カートリッジ数12発
[思考]
基本:ジッチャンの名と自身の誇りにかけて殺し合いを止める。
1:可符香の殺人を抑制。ただし正面から対立する形ではなく、あくまで彼女の協力者を装いながら接する。
2:可符香を治療できる人物(カウンセラーやセラピストなど、精神疾患に詳しい人物)を捜す。
3:剣持や明智、ジャグジー達他、志を同じくした参加者を探す。
4:高遠が芸術犯罪を行おうとしているのなら阻止する。
[備考]
※高速道路の入り口は、最低でも1エリアに一つはあると推理しています。
※アイザックの不死については信用していません。もちろん、ポロロッカ星人であるとも思っていません。
【風浦可符香@さよなら絶望先生】
[状態]:健康
[装備]:エクスカリバー@Fate/stay night、私立真白学園制服(冬服)@らき☆すた
[道具]:デイバック×2、支給品一式(食料-[全国駅弁食べ歩きセット][お茶])、支給品一式
ライダーダガー@Fate/stay night、アンチ・シズマ管@ジャイアントロボ THE ANIMATION、血塗れの制服(※元から着ていた物)
[思考]
基本:優勝してポロロッカ星に入国する
1:アイザックとミリアの伝言に従い、ポロロッカ星入国のための『準備』を進める。
(各参加者がこの殺し合いをポロロッカ星の入国試験だと気付いているかどうかチェックし、
気付いていない者は片っ端から排除。気付いている者は、入国資格アリとして仲間に加える)
2:全参加者のチェックが終わったら、ゴミ処分場でアイザックたちと合流する。
*時系列順で読む
Back:[[ちぎれた翼で繋いだ未来へ]] Next:[[]]
*投下順で読む
Back:[[不屈の心は、この胸に]] Next:[[]]
|083:[[新しい朝が来た]]|風浦可符香||
|083:[[新しい朝が来た]]|アイザック・ディアン||
|077:[[そして夜が明ける]]|ミリア・ハーヴェント||
|077:[[そして夜が明ける]]|金田一一||
**アイザックとミリアの二人は知らず世界の中心となる ◆LXe12sNRSs
磁石というものの性質を知っているだろうか?
鉄などの強磁性体を引き寄せたり、地磁気に応答して方位を指し示したりするアレだ。
磁石にはN極とS極と呼ばれる2つの磁極があり、異なる極は引き合い、同じ極は反発し合うという性質を持っている。
電気と磁気の力はお互いに不可分であり、これらの関係は電磁気学の基本方程式である
マクスウェルの方程式によって与えられるものなのだが、まぁそんな細かい原理は論点の範疇外なので割愛。
磁石は、互いに引き合うものなのである。
N極を男性、S極を女性といった具合に、性別に当てはめてみると分かりやすい。
本質は同じ人間だが、彼らはいかなる環境下でも、同姓同士で群れを作る傾向がある。
仕事をするにも、遊ぶにも、同姓のほうが感情を共有しやすいのだ。
磁石の原理に例えるなら、逆に異性同士は反発し合うということになるが、これはどうだろうか。
異性に対して恐怖心や苦手意識を持つ者は、決して少なくない。割合的に言えば、同姓を嫌悪する者よりもずっと多いだろう。
しかし、人間は磁石のような己の性質に従うだけの『物』ではない。
感情を持ち、常に心境を変化させ、そして、なんといっても『愛』を持ち合わせた存在だ。
それらは時に性質すらも凌駕し、本能で求め合う。
NもSも関係なく、強力な磁気を秘めた、一つ一つの磁石として。
互いに、それこそ本物の磁石のように、引き寄せ合う――
◇ ◇ ◇
しばしの抱擁が終わり、寒空に裸身を晒す男アイザックと、それに微塵の嫌悪感も抱かず受け止める女ミリアが、改めて再会を喜び合う。
「ずいぶん捜したんだぞミリア~! 俺はもう、六時間もミリアに会えなかったのが寂しくて寂しくて……」
「私もだよアイザック~! でもでも、私はそんなには寂しくなかったよ! だって、アイザックならすぐに私を見つけてくれるって信じてたから!」
「もちろん、俺もすぐにミリアが見つかるって信じてたさ! なんてったって、俺とミリアは長いなが~い紐で繋がってるんだらからな!」
「運命の赤い糸だね!」
「そう、それだ! まぁ途中、柄の悪いマフィアたちに襲われたりしたけど、そこは俺の自慢の百丁拳銃で見事撃退さ!」
「すっごーい! さすがアイザックだね!」
「あ、でも命は取ってないなぜ。悪い奴ををやっつけるのも大事だが、ミリアを早く捜すほうがもっと大事だったからな!」
「殺さずの精神ってヤツだね! そして愛は地球を救うんだね!」
嬉しそうに互いに手を取り合い、でたらめなステップでダンスを踊るカップル二人。
その幸せすぎる空間は絶対の不可侵領域で、好んで立ち入る者など、地球上を探しても存在しないだろう。
いい例が、ミリアの同行者であった金田一一だ。
殺し合いの舞台で、裸身の変質者と初遭遇。
普通なら警戒して然るべき場面だったが、ミリアの浮かれぶりが想定外すぎて、口を開けてポカーンと立ち尽くしていた。
一方、アイザックの同行者であった風浦可符香は、常の性格もあって唖然とはしなかったものの、空気を読んだのか、しばし二人の踊りを傍観していた。
そして二人が舞踏を中断し再び抱擁を始めると、タイミングを計ったかのように目を輝かせた。
「あなたがミリアさんですね! 事情は聞いています、だから安心してください!
ポロロッカ星の王子であるアイザックさんと愛し合い、泣く泣くポロロッカ王さんに引き離された不幸なジュリエット!」
「ジュリエット? 違うよ。私はミリア、ミリア・ハーヴェントだよ?」
「かわいそうに! やっぱりミリアさんもアイザックさんと同じように、記憶を失っているんですね!」
「記憶を失っている? 私が? アイザック、いったいなんのこと?」
「実はなミリア、話せば長くなるんだが…………かくかくじかじかごにょごにょごにょ…………」
「…………えぇえぇー!? アイザックって、実はえいりあんだったのぉ!?」
「ああ。実はそうだったらしいんだ……いやぁ、ビックリだよな! これが実は、俺の親父が課した愛の試練だったなんてさ!」
「まるで映画みたいだね!」
「どこかでカメラが回ってるかもしれないな!」
「銀幕デビューだね!」
「それはそうとミリアさん、あちらの方はどなたですか? 見たところ、私と同じ日本人みたいですけど」
快活すぎるアイザックとミリアの会話に、可符香はナチュラルに介入して言う。
可符香に指差された一は未だこの現場に順応できておらず、一人ローテンションのまま取り残されていた。
「あの子はキンダイチハジメ君! 一緒にアイザックを捜してくれてたの! すごいんだよ~。いーっぱい事件を解決した、名探偵なんだって!」
「め、名探偵だって!? ……おいおいミリア~、それはちょーっとマズイんじゃないか?」
「え? どうして?」
「だって、名探偵っていったら正義の味方だろ? シャーロック・ホームズみたいなのだろ? でも俺たちは強盗だぜ?
強盗は悪いことだ。彼がホームズだとしたら、俺たちはモリヤーティ教授だ。もしバレたら、捕まっちゃうかもしれないぜ?」
「だいじょーぶだよアイザック! たしかに私たちいろんなものを盗んだけど、この前イブちゃんの悩みを解決してあげたじゃない!」
「ああそうか! 罪滅ぼしってことで、最近は悪いヤツらからしか盗んでなかったもんな! それで俺たちの罪もチャラってわけか!」
「そういうことだよ!」
「そういうことか!」
腹の底から大笑いするアイザックとミリアの二人は、見るからに楽しそうだった。いや、実際楽しくてしかたがないのだろう。
生まれながらに笑い上戸だったり、職業柄笑顔が見に染み付いてしまっている人間はたまにいるが、この二人はそのどちらでもない。
物事を決して悲観的に考えず、考えようとしても片方が楽観的意見でカバーする。そんな絶妙なコンビ具合。
その調和が見事に嵌っているからこそ、ああやって殺し合いの最中でも大笑いすることができる。
こういうのを、なんと言い表せばいいのだろう……ああ、そうだ、バカップルだ。
「つまり、金田一君は今回の入国試験が始まってから、ずっとミリアさんと一緒だったわけですね?」
「うん、そうだよ」
「なるほど……わかりました! アイザックさん、ミリアさん、お二人はしばしの間、再会の喜びを分かち合っていてください!
私はその間、金田一君と大事なお話をしなくてはなりません!」
「大事なお話? 俺たちは混ぜてくれないのか?」
「お二人には秘密の内緒話です。秘密で内緒だから、お話できません」
「そっかぁ……秘密で内緒なお話なら、仕方がないね」
「まぁ、秘密で内緒なら仕方がないな。…………あそうか! ミリア、ちょっと耳を貸すんだ」
ハッと閃いたアイザックは、可符香に聞こえぬよう、そっとミリアに耳打ちする。
「いいか? たぶんカフカは、ハジメと一緒に俺たちの再会を祝ってくれようとしてるんだ」
「お祝い? ひょっとしてパーティーの準備かな?」
「たぶんそれだ。で、カフカは俺たちをビックリさせるために、ハジメと協力して秘密裏にパーティーの準備を進める気なんだ。
秘密で内緒な話ってのは、きっとその計画の内容について話すつもりなんだよ」
「わぁ! サプライズパーティーってヤツだね!」
「だからミリア、俺たちはカフカたちの計画に気付かないフリをするんだ。もし気付いてるってバレたら、向こうがガッカリしちゃうからな」
「うん、わかったよアイザック。気付かないフリをしておいて、こっそり楽しみにしておくんだね」
などという強引かつハッピーな解釈も、二人の間では極自然なものだ。
その大胆などという言葉を超越したぶっ飛んだ思考は、彼ら以外誰も理解し得ないだろう。
この場の四人の中では群を抜いて常識人に分類される一に、アイザックとミリアの思考が読み取れるはずもなかった。
そして、一にとってはある意味――アイザックとミリアの二人より厄介な思想理念を持った少女が、ここに。
「というわけで、はじめまして金田一君! 私のことは風浦可符香と呼んでください!」
「あ、ああ。俺は金田一一。よろしく……」
このとき、一が風浦可符香に抱いた第一印象は、ミリア並みにテンションの高い変な女の子、程度のもの。
しかし、この生易しい認識も、数分後には崩れることとなる。
一は可符香の内緒話とやらを聞くため、アイザックとミリアから少し離れた路地裏へと場所を移す。
◇ ◇ ◇
二人きりの空間で語られる内緒話の内容は、当然、アイザックとミリアを祝福するためのパーティーの算段などではなかった。
まず、これは殺し合いなどではなく、ポロロッカ星へ至るための入国試験だということ。に始まり、
アイザックが実は地球人ではなく、ポロロッカ星の王子で、螺旋王はアイザックの父親だということ。と続いて、
アイザックは地球人のミリアと愛し合っており、これはその愛の深さを試すための実験でもあるということ。とさらに続き、
ポロロッカ星に入国するためには、二人の結婚を螺旋王に認めさせ、自分たちはそのための手助けをするのが一番だ――と締めた。
「…………」
沈黙。可符香の切り出した突拍子もない話に、一は口を閉ざす他なかった。
アイザックが実は宇宙人で、しかも殺し合いだと思っていたものは地球外惑星への入国試験で、その近道は二人の結婚だという。
なんたる衝撃の事実! これほどの超展開が許されるものなのだろうか!? ――と、一がアイザックとミリアよりの人間だったら思っただろう。
しかし実際のところ、一はこの可符香が語った衝撃の事実を、冗談、もしくは戯言、もしくは妄言、としか受け止めなかった。
考えてもみてほしい。宇宙人だとか、殺し合いの皮を被った入国試験だとか、そんなものが少女の言一つで信じられなどしようか。
アイザックが宇宙人であるという根拠は何か? 入国試験を殺し合いと偽る真意は何か? なぜ無関係の人間たちを巻き込むのか?
考えればそれこそ、疑問点は無限に出てくる。この時点で、考察するのも馬鹿らしいくらい決定的に、彼女の話は『嘘』と解釈できるのだ。
いや、既にこのような未曾有の事態に陥っている以上、無碍に否定はできないかもしれないが……それでも、可符香の考えはファンタジーすぎる。
そもそも、普通の人間ならこんな馬鹿げた発想には辿り着けない。
彼女がそれほど変わっているだけなのか、それともそう確信させるほどの何かがあるのか。
「どうですか金田一君? 理解していただけましたか?」
「……一つ教えてくれ。アイザックさんをそのポコロ……なんだっけ?」
「ポロロッカ星人です」
「そう、それ。ポロロッカ星人だと思う、根拠はなんなんだ?」
彼女の瞳に浮かぶ清純さから窺うに、悪意のある嘘や冗談というわけではなさそうだ。
だとしたら、この妄言にも何かしらの意図があるはず。一はそれを掴もうと、可符香にさらなる説明を求めた。
「まず初めにお話したとおり、この実験は、殺し合いという手段を用いた入国試験です。
途中で殺されれば入国試験には不合格。現実に戻り、ポロロッカ星には辿り着けません。
最後まで生き残った一人だけが、ポロロッカ星に入国できます。ここまではいいですか?」
「ああ」
いいものか。ツッコミどころが満載すぎて、待ったをかけるのも馬鹿馬鹿しいくらいだった。
だが、逐一ツッコンでいては、一番知りたい情報を入手することができない。
スマートに話を進めるため、一はあえて疑問を飲み込み、可符香の次なる言を待った。
「私はそのルールに則り、ポロロッカ星に入国するため他のみんなを『殺して』回っていました。
ですが、さっき出会ったアイザックさんは――なんと、私が殺しても死ななかったんです!」
「ちょっと待った! 今、なんて言った……? 人を、殺して回ってた?」
しばらくは可符香の論を静聴するつもりでいた一だったが、可符香の聞き捨てならない一言に、感情を露にした。
「はい。私と同じくらいの歳の女の子を一人殺しました」
「馬鹿な! 自分が何をしたのか分かってるのか!? ポロロッカとか、そんなデタラメな理由で殺人を――」
本人の口から語られた無視しようのない犯歴に、金田一は声を荒げる。
殺し合いをポロロッカ星の入国試験だと解釈、いや、思い込む――このことに関しては、彼女の性格に一端があるのだろうと思い、ひとまずは棚に置いておくつもりだった。
だが、そんな妄想に身を駆られ、既に犯行を犯してしまった後だというならば、黙って静観できようはずもない。
一の血脈に流れる純粋な正義感が、可符香を断罪しようと奮い立つが、
「殺人……? やだなぁ、殺人事件なんて、実際に起こるわけないじゃないですか」
罪悪感の欠片もない、飄々とした態度でそう返され、一は勢いを削がれてしまった。
「私が殺した女の子は、本当に死んじゃったわけじゃありません。入国試験に脱落して、現実に生還しただけです!」
「まだそんなことを……その女の子の死体は? 現実に戻ったっていうんなら、死体も残ってるはずは」
「いえいえ、これは夢の世界のようなものですから、現実と体は別々ですよ。つまり、脱落した女の子は意識だけが現実の体に戻り、こっちの死体はそのままです」
「そんなのヘリクツ――」
「いいえ! ヘリクツなどではありません! その証拠がアイザックさんです!
ポロロッカ星の王子である彼は、私が聖剣で刺し貫いてもすぐに生き返ったんです!」
一のキツイ口調にまったく動じもせず、可符香は己のペースで論を徹底した。
そして、話は『なぜアイザックがポロロッカ星人になるのか?』という一点に戻る。
この際、腑に落ちないが可符香が人を殺したという事実は一旦置き、一はアイザックの蘇りについて言及することにした。
「生き返ったって、具体的にどんな風に?」
「私が剣でブスリと刺したんです。血も出ました。その時点でアイザックさんは、入国試験に脱落したのだと思いました。
ですが、私が剣に付いた血を洗おうとしたら、刺したはずのアイザックさんが無傷で立ち上がったんです!」
「つまり、刺した傷が自然に治ったっていうことか?」
「はい、そのとおりです!」
「……見間違いとかじゃなくて?」
「見間違いじゃありません! なんならアイザックさん本人にも訊いてみてください!」
一は頭を抱え、心中で唸る。ああ、この少女の脳内にはどんな色の花が咲いているんだろうな、と。
彼女に対するイメージ云々はこの際置いておくとして、この話の信憑性はいかほどだろうか。
考えるまでもなく、ゼロである。死んだと思ったら生き返った、人が刺されて無傷だなど、信じられるはずもない。
最もあり得る可能性としては、可符香が剣でアイザックを刺したという『錯覚』に捉われているケース。
これまでの言動からも窺えるように、この少女はどこかおかしい。それしきの思い込みは十分あり得る。
だが、仮にこの話が真実だとしたらどうか。アイザックに確認を取り、それをアイザックが認めたとしたら。
いや、アイザックとて、いわゆる常識人の枠からは飛び出た思考の持ち主であるように思える。
真実がどうであれ、可符香が「そうですよね!?」と問えば、「そのとおりだ!」と返しそうな気さえする。
ならば一番手っ取り早い解決策、『実際にアイザックを刺して確かめる』というのはどうか。
可符香の話が真実ならば、アイザックは何事もなく蘇生するだろう。
が、もし嘘だったとしたら、アイザックは致命傷を負い、ご臨終だ。
人道的に、そのような手段で確かめられるはずがない。この案は却下だ。
そもそもこのような戯言、真偽を問うまでもなく否定して然るべき話なのだ。可符香が一と同じ、常識人であるならば。
人の耐久力と剣の殺傷力、命の重さを説くだけで、話は済む。
しかしやはり、この少女はそれしきでは自己の解釈を枉げたりしないのだろう。
つまり、いくら頭ごなしに否定したとしても、証拠を突きつけない限り、可符香は現実を受け入れない。
そしてその証拠を得る術は――今のところ『アイザックの死』という論外な方法しか思いつかなかった。
「アイザックさんがポロロッカ星人だと思った根拠は、つまりその……不死身の能力を見て、ってことか?」
「はい! 彼は元々ポロロッカ星人だったので、この世界で殺されても戻る現実がないんです! だから、アイザックさんはこの世界じゃ絶対に死にません!」
不死身イコールポロロッカ星人。そもそも前提がメチャクチャだが、道理は通っている。
「じゃあ、二つ目の質問。君はこれから先、アイザックさんたちをどうする気なんだ?
君の目的がポロロッカ星に入国することなら、この試験で優勝しなきゃいけない。
でも、ポロロッカ星人であるアイザックさんを殺す……つまり、脱落させることはできないわけだ。
アイザックさんという存在がいる限り、君が優勝してポロロッカ星に入国することは不可能ってことになるけど?」
「そこはアイザックさんが、お父さんである螺旋王を説得してみせます!
螺旋王さんが息子のアイザックさんと地球人のミリアさんの結婚を認めれば、それを手伝った私の功績も評価してくれるはずです!
全てが上手くいけば、最後の一人などとは言わず、私たちもポロロッカへの入国資格を得ることでしょう!」
物は考えようだなぁ……と一は失笑を漏らす。その顔には、次第に疲れが見え始めてきた。
「つまり、君は今後、アイザックさんとミリアさんの結婚を螺旋王に認めさせるための手助けをすると?」
「はい! それが、ポロロッカ星へ入国するための一番の近道です!」
自信満々で断言する可符香の表情は、やはり平常。
罪の意識も、自分の考えが間違っているかもなどという虚偽の意識もない。
自らの思想が正解だと信じて疑わない、どこか、人智を超えて完成された自我の片鱗が窺えた。
――と、たいそうに評したが、世間一般ではこのような性格の人物のことを、『バカ』と呼ぶ。
「三つ目の質問。もしこの先、アイザックさんとミリアさん以外の参加者に遭ったら、君はどうする?」
「お二人の邪魔をするようなら、私の手で排除させてもらいます」
「君の知り合いでも?」
「先生と千里ちゃんの二人でもです」
「アイザックさんの知り合いだっていうジャグジー・スプロットやチェスワフ・メイエルは?」
「お二人の知り合いだというなら、この試験についても把握していることでしょう。もし記憶を失っているなら、私が説明します」
「……じゃあ、この殺し合いを入国試験だと知らず、単純に生き残りたい一心で、アイザックさんたちに交友を求めてきた相手は?」
「排除します!」
屈託のない笑顔で、可符香は即答を返す。一は若干青ざめた顔で、奥歯を噛み締めた。
「どうして?」
「これは気付きのゲームです! この殺し合いを試験だと、アイザックさんがポロロッカ星の王子だと気付けない人に、入国の資格はありません!
それに死ぬのを怖がっているなら、なおさら試験から退場させて、現実に返してあげたほうがいいです!」
「それはまぁ……そうかもしれないけど」
前提がまず間違ってるんだよ、とは口に出さず、一は可符香に対する理解をさらに深めていく。
「これで最後、四つ目の質問だ。君は今、アイザックさんとミリアさん以外の参加者は排除するって言ったけど……
なら、俺はどうなんだ? 俺は、アイザックさんがポロロッカ星人だなんて分からなかった。
今こうやって君から聞いた話も、正直言って全部は信じちゃいない。こんな俺を、君はいったいどうする?」
そう、一は警戒心を身に纏いながら尋ねた。
これまでの話から推察するに、可符香はアイザックとミリアをポロロッカ星へ入国するための最適手段、それ以外を邪魔者として認識している。
ならば、こうやって可符香に疑心を抱き、その考えを否定すらしている金田一一はどう扱われるのか。
彼女の返答次第では、一も自己のスタンスを応変しなければならない――排除しようと襲ってくるなら、抵抗する。つまりはそれだ。
しかし、可符香は一に対してすぐに剣を向けるようなことはせず、含みのある顔で笑うことしかしなかった。
「なるほど。やっぱり、金田一君もそうだったんですね。いえ、大丈夫です。あなたの務めはきっと果たせますよ!」
と、また胸中で自分に都合のいい解釈をしたのだろう。
可符香は金田一の手を握り締め、満面の笑顔で言葉を続けた。
「金田一君、あなたはここに来てから、まず最初にミリアさんに出会ったんですよね?」
「ああ、そうだけど」
「そのミリアさんをどうしようと思いましたか? 殺そうと思いましたか?」
「まさか! ミリアさんはか弱い女性だ。ここから脱出するために、協力を申し出たさ」
「つまり、あなたはミリアさんを守ろうとしたわけですね! やはり、そういうことだったんですね!」
なにやら核心を掴んだらしく、可符香は淀みのない双眸をさらなる自信の色で満たし、こう断言する。
「金田一一君――あなたは、ミリアさんの付人だったんですよ!」
「――え?」
と。
可符香の発言は予想の斜め上を――ある意味では予想通りかもしれないが――いくものだった。
ろくなリアクションも取れないまま、可符香の論述は続く。
「あなたは螺旋王さんに殺し合いをやれと言われたのに、ミリアさんを見ても殺そうとはせず、逆に守ろうとした!
これは、あなたの本来の役職……ミリアさんの付人としての本能がそうさせたんです!
たとえ一時的に主のことを忘れていたとしても、あなたはミリアさんの顔を見て、自分の使命を思い出した!
ああ、なんということでしょう! 離れ離れになった主人と従者は、悲劇の舞台で再び邂逅するのですね!」
「ちょ、ちょっと待った! つまりはあれか? 俺は実は、ミリアさんを守っていた付人で……
アイザックさんたちと同じように、俺はその頃の記憶を失っているってことか!?」
「そのとおりです! 記憶は失ってしまいましたが、あなたのミリアさんを思う心が、運命的な巡り会わせを齎したんです!」
一は愕然とした。
名探偵金田一耕助の孫とされ、高校生ながらも数々の難事件を解決してきた金田一一。
それが実は仮初の記憶で、本当は宇宙人に恋するお嬢様の付人だったなんて……誰が予想できようものか。
「そうか、そうだったのか……俺、なんかやっと夢から覚めた気がするよ。俺の本来の姿は、高校生探偵なんかじゃなかったんだ」
「そうです! あなたはミリアさんの付人として、彼女を守ることに人生を懸けていたんです!」
「でも、失われた記憶が戻ったわけじゃない。だから教えてくれ、俺は、これから先どうすればいいんだ……?」
「簡単なことです。付人たるもの、付き従う主人の幸せを第一に考えるのが当たり前。
これまでどおりミリアさんの安全を守りつつ、アイザックさんとの結婚を成就させる手助けをすればいいんですよ!」
「俺に、できるかな?」
「できますとも! 金田一君一人じゃ無理だとしても、私もいます! みんなで力を合わせれば、きっと上手くいきます!」
「そうかな?」
「そうですとも!」
「そう、だな」
「そうですそうです!」
「よーし、やってやろう!」
「やりましょう!」
「「おー!」」
…………といった具合に。
一は己の使命を思い出し、改めて、ミリアの幸せのため可符香の意に同調することを決意した。
二人の結婚を螺旋王に認めさせ、邪魔者は排除する。そして行き着く先は、ポロロッカという名のパラダイス。
羽が生えたような、今すぐ飛び出していきたいくらい清々しい気分だった。
探偵という殻を脱ぎ捨て手に入れた使命感。これからの人生を歩む上での、新しい原動力となるもの。
こうして、金田一一の第二の人生が始まる。事件だらけの日常から異星間恋愛に舞台を移しての、超絶スペクタクル。
しかし舞台が変わろうとも、彼の成すべきことは変わらない。
これからは事件解決のためではなくミリアの幸せのため、彼のIQ180の頭脳が冴え渡るだろう――
◇ ◇ ◇
……なんて馬鹿な風に可符香に同調してはみたが、もちろんこれはこの場を乗り切るためのポーズにすぎない。
一は至って冷静だった。自分が実は記憶喪失で、本当はミリアの付人であるなどといった戯言は、これっぽっちも鵜呑みにしてはいない。
それなのに、可符香のはちゃめちゃな論に同調し、道化として立ち振る舞って見せたのには、やはり理由がある。
(風浦可符香……初めは、殺し合いっていう異常な空間に立たされて精神が病んでしまったのかとも思ったけど……違う。
この子は、元々こういう子なんだ。病的なくらい妄想が激しい。たぶん、精神疾患を患っているんだ)
傍から見ればありえない考察を揺るがぬ真実だと確信し、殺人という形でそれを実行すらしてしまう。
単に妄想癖があるだけの少女なら、実際に人を殺した時点で現実の状況に気付けるはずだ。
それができないということはつまり……元々脳に異常があるということに他ならない。
精神疾患とは、脳、いわゆる『心』の機能的、器質的障害によって引き起こされる疾患のことだ。
統合失調症や躁うつ病といった重度のもの、パニック障害や適応障害などといった中~軽度のものまで、様々な病状がこの疾患に含まれる。
彼女の『物事を強引に楽観的な方向に考える』という症状も、この精神疾患の一端だろう。
殺し合いを入国試験、死亡を不合格、謎の主催者をポロロッカ王、死なない男をポロロッカ星人にと……ただ妄想癖が強いだけならば、ここまで酷い解釈はしない。
(だとしたら、理詰めで納得させるのは不可能だ。俺がいくら理論で現実を突きつけても、彼女はどうあったってそれを曲解する。
彼女の妄想が病的なものだとするならば、俺の言葉は起爆剤にすらなり得る。だから、ここは彼女に同調したフリをする)
本当に可符香が精神疾患患者だとすれば、下手に口論しても意味はない。むしろ彼女の心を悪戯に刺激してしまうだけだ。
彼女に現実を理解してもらう方法があるとすれば、ただ一つ。医師、それも精神科医に診てもらうこと。
心の病など、いかなる証拠を持ったとしても看破できるものではない。
探偵は事実と口頭の矛盾点を突き、相手にそれを認めさせることを得意とするが、その相手が聞く耳を持たないのでは、まるで歯が立たない。
つまり、可符香と一では、住まう土俵が違いすぎるのだ。これでは、勝負が成り立つはずもない。
(できる限り彼女を刺激しないように、彼女をどうにかできる人物を捜す。
ここにカウンセラーなんかがいるのかどうかは疑問だけど……それでも、彼女をこのまま放っておくことなんてできない)
同調といっても、可符香の言葉通り、アイザックとミリア以外の人間を排除……殺すわけにもいかない。
重要なのは、いざというとき彼女を抑制できるだけの行動力、そして、納得させられるだけの説得力。
ここで殺人を犯すべきではないと、可符香に納得させられるだけの材料を入手し、それを彼女に受け止めさせる。
これまでの会話を考えれば、それすらも不可能なようにも思えるが……いざというときはアイザックとミリアがいる。
可符香にとって、今のあの二人の存在は絶対的なものだ。彼らの言うことなら、彼女もある程度は従うだろう。
いくら周りに流されやすそうな性格(馬鹿とは言わない)をしている二人でも、殺しを容認したりはしないはずだ。
(……たぶん。そう、信じたい)
心中で力なく未来を案じつつ、一と可符香は、アイザックとミリアが待つ高速道路の入り口へと戻ろうとしていた。
これからアイザックは、螺旋王がいるというゴミ処分場に向かうらしい。おそらくはミリアもそれに賛同するだろう。
螺旋王を説得し結婚を認めてもらう、という考えも荒唐無稽ではあるが、そもそも螺旋王がゴミ処分場にいるという推理も、一に言わせれば馬鹿な根拠だ。
どちらにせよ、ここは監視の意味も含めて、可符香たちに同行する他あるまい。などと考えながら歩いていると、
「あー! 大変です金田一君!」
「え? ど、どうしたんだ!?」
帰路の途中、不意に可符香が、高速道路の坂の入り口を指差して叫んだ。
その指が指し示す先を目で追っていき、遅れて一も口をあんぐりさせた。
「アイザックさんとミリアさんがいません!」
「な、なんだってー!?」
◇ ◇ ◇
一と可符香が秘密の内緒話をしている間、当のアイザックとミリアは、こんな会話をしていた。
「なぁミリア、俺、今たいへんなことに気付いてしまったんだ」
「なぁにアイザック?」
「今頃ハジメとカフカは、俺たちを祝うパーティーの準備について話してるんだよな?」
「秘密で内緒な話だから、きっとそうだろうね」
「でも考えてもみてくれ。俺たちはこれから、ゴミ処分場に親父を説得しに行く。もちろんハジメとカフカも一緒だ」
「四人で一緒だね」
「親父を説得した後は、二人が計画してくれたパーティーをやるだけだ。
だけど俺たちが一緒にいたら、二人ともパーティーの準備がやりづらくなるんじゃないか?」
「そっかぁ! 秘密で内緒な計画なのに、私たちが側にいたら、向こうもバレちゃうと思ってやりづらくなるね!」
「ああ。そこで俺は考えた。親父の説得は、俺たち二人で行こう。元々俺たちの問題だしな。
で、俺たちが親父を説得している間に、ハジメとカフカにはパーティーの準備を進めてもらうのさ」
「役割分担だね! 私たちが見てないところなら、二人も気兼ねなく準備ができるね!」
「そういうことさ! ってなわけで、ここに置き手紙を残しておこう。
勝手にいなくなったらまずいけど、手紙を残しておけば俺たちの考えも伝わるだろうからな!」
「アイザックあったまいぃ~!」
「いやいや、それほどでもあるけどさ!」
「じゃあ、二人が戻ってくる前に高速道路を抜けちゃおう!」
「ああ! 二人が戻ってくる前にゴミ処分場へ向かおう!」
……そしてアイザックとミリアの二人は、一枚のメモ書きを残し、一と可符香に内緒で逸早くゴミ処分場に向かった。
その辺の小石を重石とし、地面に放置された一枚のメモ書き。
その文面には、たしかにアイザックとミリアの意が書き込まれていた……のだが。
◇ ◇ ◇
「『先にゴミ処分場へ行きます。二人はその間に準備を進めていてください』……か。
どうやらアイザックさんとミリアさんの二人は、俺たちを置いて先に行っちまったみたいだ。でも、準備ってなんのことだろう?」
アイザックとミリアが残したメモ書きを手に取り、考え込む一。
あの二人のことだ、きっとまたなにか、常人では思いつきようがない自己解釈をしたのだろうが……。
一はアイザックとミリアの性格、直前にしていた会話などから推理して、二人の真意を探り寄せようとするが、
「ふむふむ。なるほど……わかりました!」
その傍らで、一よりも速く、可符香が答えを導き出した。
「アイザックさんとミリアさんが言う準備とはつまり……ポロロッカ星へ入国するための資格を持った人間の選定! これに違いありません!」
が、その答えは案の定、一の推理とは百八十度ベクトルが違う、「そんな馬鹿な」と口にしたくなるようなものだった。
「お二人は、既に結婚した後のことを視野に捉えています!
結婚後、一緒にポロロッカ星へ入国するに値する人間がどれほどいるのか……お二人は、その検証を私たちに託したに違いありません!」
「えっと……つまり、螺旋王の説得は二人に任せて、俺たちは……」
「他の方がポロロッカ星に入国する資格を持っているかどうか、見極める!」
「その方法とは……?」
「この殺し合いがポロロッカ星への入国試験だと気付けたか気付けなかったか!」
「もし、気付けなかったら?」
「ポロロッカへの入国資格はありません! 残念ながら不合格ということで、私たちで現実に返してあげましょう!」
ああ、事態がどんどんややこしい方向に……。
可符香の処遇はデリケートに行うと定めた手前、一は反論の言葉が出てこない。
いや、風浦可符香という少女の言に対し、金田一一という名の常識人が返せる言葉など、いくら探しても見つかりはしないだろう。
――風浦可符香のどんなことでもポジティブに解釈する性格は、一の推理するような精神疾患によるものではない。
――強いて言うならば、キャラクター。風浦可符香というキャラクターは、元々そういう存在なのだ。
――二人の住まう世界をジャンル分けするならば、一はミステリー、可符香はギャグ。
――可符香と一では、住む世界が違いすぎた。それだけの話だった。
「やりましょう金田一君! 二人で、アイザックさんとミリアさんの恋をサポートするんです!」
「あ、ああ……がんばろう……がんばろう俺……」
金田一少年の受難は、まだまだ始まったばかり――
【D-3/高速道路/1日目-朝】
【アイザック・ディアン@BACCANO バッカーノ!】
[状態]:健康
[装備]:ボロボロになったパンツ一丁
[道具]:支給品一式、賢者の石@鋼の錬金術師、ずぶ濡れのカウボーイ風の服とハット(※本来アイザックが着ていたもの)
[思考]
基本:螺旋王の試練を乗り越え、ミリアと結婚してポロロッカの王様になる
1:まずは螺旋王(親父)に会って、話し合いで解決できないか挑戦してみる。
2:そのためにゴミ処分場に向かい、そこに隠された王城への入り口を探す。
3:親父の説得が終わったら、赤い宝石はミリアへ結婚指輪として贈ろう。
4:パーティー楽しみだなミリア!
[備考]
※アイザックの参戦時期は1931年のフライング・プッシーフット号事件直後です。
※殺し合いの意味を完全に勘違いし、終了条件は全員に(手品で)殺される事だと思っている。
※自分はポロロッカ星の王子で、螺旋王は父親。それを記憶喪失で忘れていたと思い込んでいます。
※この殺し合いの儀は、自分に課せられた試練だと思い込んでいます。
【ミリア・ハーヴェント@BACCANO バッカーノ!】
[状態]:健康
[装備]:拡声器、珠洲城遥の腕章@舞-HiME
[道具]:支給品一式
[思考]
基本:アイザックと一緒に行動
1:ゴミ処分場に向かい、アイザックのお父さんを説得する。
2:ジャグジー、チェス、剣持、明智を探す。
3:パーティー楽しみだねアイザック!
※少なくとも「悲恋湖伝説」「雪夜叉伝説」「瞬間消失の謎」については把握済み。
※可符香とアイザックの話を全面的に信用しています。
【C-3/高速道路入り口/1日目-朝】
【金田一一@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:ドーラの大砲@天空の城ラピュタ、リボルバー・ナックル(右手)@魔法少女リリカルなのはStrikerS(カートリッジ6/6)
[道具]:支給品一式、大砲の弾3発、予備カートリッジ数12発
[思考]
基本:ジッチャンの名と自身の誇りにかけて殺し合いを止める。
1:可符香の殺人を抑制。ただし正面から対立する形ではなく、あくまで彼女の協力者を装いながら接する。
2:可符香を治療できる人物(カウンセラーやセラピストなど、精神疾患に詳しい人物)を捜す。
3:剣持や明智、ジャグジー達他、志を同じくした参加者を探す。
4:高遠が芸術犯罪を行おうとしているのなら阻止する。
[備考]
※高速道路の入り口は、最低でも1エリアに一つはあると推理しています。
※アイザックの不死については信用していません。もちろん、ポロロッカ星人であるとも思っていません。
【風浦可符香@さよなら絶望先生】
[状態]:健康
[装備]:エクスカリバー@Fate/stay night、私立真白学園制服(冬服)@らき☆すた
[道具]:デイバック×2、支給品一式(食料-[全国駅弁食べ歩きセット][お茶])、支給品一式
ライダーダガー@Fate/stay night、アンチ・シズマ管@ジャイアントロボ THE ANIMATION、血塗れの制服(※元から着ていた物)
[思考]
基本:優勝してポロロッカ星に入国する
1:アイザックとミリアの伝言に従い、ポロロッカ星入国のための『準備』を進める。
(各参加者がこの殺し合いをポロロッカ星の入国試験だと気付いているかどうかチェックし、
気付いていない者は片っ端から排除。気付いている者は、入国資格アリとして仲間に加える)
2:全参加者のチェックが終わったら、ゴミ処分場でアイザックたちと合流する。
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