Murder Speculation Part1  ◆b8v2QbKrCM




でもさ、それはすごく大事な事なんだ。

無知でいる事は必要なんだよ、コクトー。

子供の頃は自分しか見えないから、他人のどんな悪意だって気付きはしない。

たとえ勘違いだとしても、愛されているっていう実感が経験になって、誰かに優しく出来るようになるんだ。



――人は、自分が持っている感情しか表せないから。



                ――殺人考察(前) / 両儀織


   ◇  ◇  ◇



ブラッドチップは覚醒剤なのか、だと?
また奇妙なことを聞くものだ。
白純里緒が売り捌いていた麻薬はアシッドと大麻のカクテルだろう。
ブラッドチップの成分は知らんが、形態や状況からしてアシッドか大麻のどちらかであることは間違いない。

……よく分からない、と言いたげな顔だな。
そもそも私のような一介の人形師に、麻薬について訊ねること自体が間違いなんだ。
適当な医者なり薬剤師なりに訊ねれば、濫用の危険性も含めてじっくり教えてくれるぞ。

まぁ、いい。

アシッドとはLSDの別称であり、カクテルとは複数の麻薬を同時に使用することを指す。
つまりLSDを染み込ませた紙と煙草状の大麻とのセット販売だ。

……LSDについても説明が必要か。

結論から言って、ブラッドチップは覚醒剤ではない。
いわゆる薬物の分類は幾つかのパターンがある。
ごくシンプルに区分するならば、以下の三つになるだろう。

興奮系(アッパー)、抑制系(ダウナー)、幻覚系(サイケデリックス)だ。

興奮系にはコカインやクラックが分類され、覚醒剤もここに含まれる。
疲労感の消滅や、活力・集中力の増大という作用があり、典型的なイメージ通りの麻薬といえるな。
コカインはコカという植物を原料として生成される薬物で、中枢神経を刺激して精神を興奮状態にする。
さすがにコカ・コーラはよく知っているだろう?
ごく初期のことだが、材料としてコカの成分を使用していたことが名前の由来だ。
……おいおい、変な顔をするな。
コカ・コーラの原点は、古くから興奮剤として使われていたコーラという植物のエキスと、
当時は薬効があると思われていた炭酸水、モルヒネ中毒の薬として注目されていたコカインを、
ワインと調合して製造したフレンチ・ワイン・コカという薬用酒だとされている。
コカインは薬として薬用酒に配合されていたんだよ。

ちなみにクラックは、正確にはクラック・コカインという。
粉状のコカインを炭酸水素ナトリウムか水酸化ナトリウムで処理し、大き目の粒に加工したものだ。
『クラック』というのは、加工時に鳴るそういう音が鳴ることから来ている。
材料を混ぜて加熱処理するため、そんな音が鳴るわけだ。
無論、わざわざそんな加工をするのには理由がある。
通常のコカインは、粉末を鼻から吸い込むスニッフィングという方法で吸引する。
だが粒の大きなクラック・コカインではスニッフィングができない。
代わりに、燃やした煙を水タバコや特殊なガラス管で喫煙する手法を取る。
クラック・コカインは通常のコカインより低温で気化する上、わずか八秒で脳へ到達するんだ。
機材は要るが、効果が早くて強力――それがクラック・コカインのメリットだ。

……話題が逸れたな。
肝心の覚醒剤だが、こいつは単一の物質を指す呼称ではない。
広い意味で捉えれば、中枢神経系を刺激して機能を活発化させる薬物の総称だ。
この場合はコカインやカフェインも覚醒剤ということになる。
狭い意味で捉えれば、覚せい剤取締法で規制されている物質のことだ。
つまりフェニルアミノプロパンとフェニルメチルアミノプロパン等が覚醒剤だな。
アンフェタミンとメタンフェタミンという呼称の方が有名かもしれない。
コカインもそうだが、アンフェタミンやメタンフェタミンはドーパミンの放出を促進すると同時に、
放出されたドーパミンの再取り込みを阻害して過剰な量を充溢させる。
その結果、神経伝達物質としてのドーパミンが司っている『快の感情』が増大させられてしまうわけだ。
覚醒剤の一種で、エクスタシーやMDMAと呼ばれるメチレンジオキシメタンフェタミンは幻覚作用もあるんだが、あくまで特殊な例だよ。
正真正銘の幻覚剤には及ばない程度の作用しかない。

とにかく、覚醒剤は中枢神経を刺激して興奮させる薬物と覚えておけばいい。
疲労が吹き飛び、何でも出来るという万能感を得るが、効果が切れた後は極度の疲労感と不安に苦しめられる。
これを解消するためにまた服用するという悪循環に陥りがちだ。

抑制系ではアヘン、モルヒネ、ヘロインが有名所だ。
効能は興奮系と真逆。精神の高揚を抑えるものだ。
アヘンは名前くらい聞いたことがあるだろう。
とにかく歴史の古い麻薬で、五〇〇〇年以上前にも栽培されていたことが分かっている。
紀元前三〇〇年代には、既に麻酔や鎮痛に用いられていたというほどだ。
このアヘンの薬効物質を取り出したものが、いわゆるモルヒネという奴になる。
モルヒネは身体的にも精神的にも依存性が高いんだが、
オピオイド受容体に作用して下行性抑制系や下行性陣痛抑制系を活性化させて鎮痛効果を発揮することから、
特に医療用として使われている薬物だ。
ヘロインは塩酸モルヒネを無水酢酸で処理して生成する薬物で、モルヒネより効果が大きいんだが、こいつは少々強力過ぎる。
この世の物とは思えない快感を得られるそうだが、禁断症状の重篤さもこの世の物とは思えないらしい。

さて、幻覚剤の代表例はリゼルグ酸ジエチルアミド……つまりLSDだ。
その名称の通りの幻覚作用と感覚の鋭敏化が伴い、芸術分野でもインスピレーションを得るため使われていたという。
幻覚効果はMDMAの比じゃないぞ。
最強の幻覚剤と呼んでも過言ではない。
いちおう致死量もあるんだが、死亡例は毒性より幻覚が原因の事故や自殺が圧倒的に多い。
負の方向に思考が歪んで自殺に走ったり、万能感を得たために無謀な行動を取って事故死したりとな。
薬効が消えてから、見てしまった幻覚への恐怖や狂気に耐え切れず、自ら命を絶ったケースもある。
覚醒剤が興奮を高めるメカニズムと違って、LSDが幻覚を引き起こす原因は未だに不明だ。

本来のLSDは透明な結晶なんだが、主に液体の形で製造される。
液体なら固形物より加工が楽だろう?
現にLSDは様々な形状で流通している。
ありきたりな錠剤、カプセル、ゼラチン状……。
今回のケースは紙片に吸い取らせたペーパー・アシッドというものだ。

ちなみに幻覚剤というのは様々な神話や民話の題材にもなっている。
古代のシャーマンなどが薬理作用による幻覚を神託として伝えていたわけだな。
幻覚作用や麻薬作用のある植物を宝として崇めるのは、世界中の様々な地域で見られた信仰形態だよ。

これら三種類の他に、マリファナ、即ち大麻などを別系統として分類する向きもある。
大麻もなかなか歴史が古くてね。
アヘンほど古くはないが、紀元前から薬品として用いられてきた。
無論、宗教との結び付きもかなり強い。
古代インドのバラモン教では神への奉納物とされ、ゾロアスター教では薬草として扱われている。
日本人に馴染み深い神道や仏教でも頻繁に使われてきたんだぞ。
ただし、薬用というより繊維としての利用が中心だがな。
神道では神聖な植物と考えられ、注連縄等に使われているどころか、皇室への貢物にもなっていたくらいだ。

大麻を乾燥させたものをマリファナといい、樹液を固形化させたものをハシシという。
ハシシは元々はイスラム圏の単語だ。
英語で暗殺者をアサシンというだろう。
これはイスラム教のニザール派が、大麻を餌に暗殺者を用意し、対立者を暗殺させていたという伝説に由来する。
確かにニザール派は暗殺も手段としていたが、大麻を使っていたかどうかは眉唾だ。
そもそもハシシという言葉は、当時のシリアでは罵倒語として一般化していた。
口語訳するなら「この麻薬中毒者め」くらいのニュアンスだろう。
また、暗殺教団の伝説とは別に、謎の老人に浚われた若者が麻薬で快楽の極地を与えられ、
再び味わいたければ標的を暗殺するよう命じられた、という伝説がある。
これらの事象が西洋人に同一視され、大麻を用いる暗殺教団の出来上がりというわけだ。
十八世紀は東洋学が大流行していたからな。
連中の大好きな『東洋の神秘』を感じさせられる事柄だけに、あっさりと受け入れられてしまったんだろう。


さて、白純里緒が配っていた薬は覚醒剤ではない、というのは分かってもらえたかな。
大麻もLSDも覚醒剤とは別種の麻薬だよ。

……LSDが見せる幻覚だと?

馬鹿を言え。幻覚剤の作用は幅が広すぎるんだ。
次回の服用時どころか、一瞬先の知覚すら予測できない。
今までみたいに一言で説明するのは困難だ。
まとめるだけで学術的な文献が出来上がるぞ。

――大雑把に言うなら、知覚、感情、意識に変化が現れる。

物の形状や遠近感が歪む、視界が波打つ、色彩が強烈になる、音の聞こえ方が変わる。
あるはずのない物が見える、幾何学的な模様が見える、色を見ると音が聞こえる、音を聞くと色が見える。
感情が鋭敏となる、環境の変化に過剰な反応を示す、凄まじい幸福感を得る、想像を絶する恐怖感に襲われる。
記憶を再体験する、歴史や神話と自分を混同する、宗教的ないしは哲学的な幻想に溶け込む感覚を得る。

ほら、少し並べただけでこの量だ。
芸術家や音楽家がインスピレーションを求めて服用したというのも分かるだろう。
当然、一度にすべてを体感するわけではない。
同じ人間が同じ量だけ服用しても、同じ幻覚を見るとは限らない。
服用時の精神状態、肉体的コンディション、個人の性格、服用条件、周囲の状況、薬物経験……様々な要素に左右されるんだ。

確か黒桐は、例の大麻とペーパーを同時に試して、目に映るもの全てが食べ物に思えた、とか言っていたな。
そういう幻覚を見る奴もいるということだよ。


――そうだな。
精神的に追い詰められたときの幻覚は、きっとろくなものではないだろうね。



   ◇  ◇  ◇



夜はなおも深く、静かに町を包んでいる。
微かに吹く風は冷たくもなく、暖かくもない。
季節感というものが欠落しているようであった。

「あぅ……あ……」

D-4中央、円形闘技場。
その外郭に縋るようにして、田井中律は独り蹲っていた。

「……ぅん」

右手の人差し指と中指を口に挿し入れ、舌の付け根を探らせる。
壁に突いた左の指先が、壁面を削るように曲げられる。
石材の強度に敵うわけもなく、指の方が削られて薄皮を失っていく。
闘技場の窓を風が吹き抜け、管楽器のような低い音を立てる。
しかし、その音は律の意識には届いていなかった。
ボンッという破裂音が、頭の中で何度も何度も反響して、それ以外の音を駆逐していた。
――殺された。
――自分と同い年くらいの子が殺された。
飛び散った赤色と、それに混ざっていた灰色が目に焼きついて離れない。

「っぐう……」

暴れる舌を押さえ根元を強く圧迫する。
唾液が指を伝い、手首を流れて袖口を濡らす。
唇からも垂れて糸を引き、石畳の道に染み込んでいく。
視界がチカチカと明滅する。
明るく、暗く、明るく、暗く。
ぐにゃりと歪むフラッシュの中、シんだ先生の貌が浮かんで消える。

「……えうっ」

胃が痙攣するように収縮し、食道を熱いものがせり上がる。
律は口腔から指を引き抜いた。
粘膜を焼く灼熱が喉を逆流する。
飲み下そうとする反射を必死に堪えて、律は両手を壁に突いた。
ごぽ、と喉が鳴る。
苦い酸味に味蕾が蹂躙される。
律は身を震わせ、口内に溢れた胃液を吐き戻した。
薄く色のついた酸が壁際の側溝で飛沫を立てる。
一度だけでは収まらず、二度三度と胃が震え、その度に吐瀉を繰り替えす。
喉を逆上る苦痛に自然と涙が滲んでくる。
できることなら忌まわしい記憶も吐き出してしまいたい――

「――っ! ――っ」

けれど、駄目だった。
強く思えば思うほど記憶は強くなり、心を蝕んでいく。
あの男は殺せと言った。
カギ爪の男以外を殺せと言った。
もしそれを拒めばクスをリ与えないとも言っていた。
当然だが、律が持つ麻薬の知識は酷く乏しい。
『覚醒剤を飲ませた』と脅されて、それらしい症状が現れれば、疑いを差し挟むことすら不可能である。
ペーパーによる摂取はわずか0.001mgでも効果を発揮するLSDならではのもので、覚醒剤に適した摂取方法ではない。
多少の知識があれば、与えられた薬物の正体を見抜くことが出来ただろう。
しかし、律にとっては覚醒剤だろうとLSDだろうと関係ない。
薬物を飲まされたということ自体が重要なのであり、恐怖であった。
律は肩で息をしながら立ち上がり、あてもなく歩き出そうとした。
――が。

「……あれ……?」

ぐらりと世界が揺らぐ。
唐突に、地面が柔らかくなったかのような錯覚。
貧血を起こしたときの眩暈と似た、けれど明朗な意識の中で、律は地面へと吸い寄せられていった。

地面が波打つ。
草木が蠢く。
夜空の星はあまりにも鮮やか。
風の音に合わせて点滅する視界。
がちがちと歯が鳴るたびに、色とりどりの火花が弾けて消える。

世界が廻る。
秒針が廻る。
ネズミが廻る。
廻る廻る廻る廻る――
サカシマにサカシマにサカシマに――

「なんだよ……これ……」

律は地面に爪を立てた。
どうにかして起きようと、手足を必死に動かす。
けれど薬効によって歪んだ五感はまともに機能せず、うつ伏せに倒れているのが精一杯だった。
目の前には、道を舗装する石材に食らい付いた右手がある。
細い右手。
白い右手。
細くて白くてぐにゃぐにゃでぶるぶるでしわくちゃで――
膨らんで萎んでミイラになって溶け出して起き上がって蠢いて元に戻って――

「……ぁ」

無理やりに体勢を仰向けに変える。
服がざらりと擦れる音が、奇妙に間延びしたエフェクト付きで頭に響く。
鼓膜が音を捉えるたびに多彩な色彩が揺れ動く。
クスリのせいなのかな――
律は胡乱な思考回路の中でそう呟いた。


―――――は死んだ。
首を吹き飛ばされて死んだ。

―――――は死んだ。
頭を撃ち抜かれて死んだ。


男は言う。
クスリが欲しければ人を殺せと。
カギ爪の男以外をみんな殺せと。

もし言うことを聞いたらどうなるんだ?

きっと死ぬのだろう。
自分のせいで人が死ぬのだろう。


――の少女は死んだ。
首を吹き飛ばされて死んだ。

黒髪の――は死んだ。
頭を撃ち抜かれて死んだ。

分からない。
殺し方が分からない。
殺すときのココロが分からない。

知らない。
そんなの知らない。
誰かを殺すなんて知らない。

でもきっと苦しいんだ。
クスリが切れると死ぬほど苦しいんだ。
だって、テレビでそう言ってたから。


だから――


黒髪の少女を殺す。
首を吹き飛ばして殺す。

黒髪の少女を殺す。
頭を撃ち抜いて殺す。


澪を、殺――


「――だ、め――」


律は強引に身を起こした。
狂った視界の只中で、胸の奥が急速に冷えていく。
考えてはいけないことを考えてしまった。
思ってはいけないことを思ってしまった。
焦燥は恐怖に取って代わられ、強迫観念のように律の背中を押す。
手と膝を突き、無我夢中に路上を這い――目の前にあった脚に縋りついた。


それが何者なのか確かめることすらせずに。


「やっぱイカれちまってんのか……死なせた方が慈悲って奴だな、こりゃ」


銃声。



   ◇  ◇  ◇



息が、苦しい。



ぱしゃぱしゃって音がする。



口の中が水っぽいのでいっぱいだ。



体が浮かんでるみたい。



ふわふわ?


ぷらぷら?


くらくら?



……そんな気分。



きっと天罰が下ったんだ。



澪のことを―してしまえと、一瞬でも思ってしまったから。



だから、苦しいのは当たり前だ。



きっと、そうだ。


   ◇  ◇  ◇



「……けほっ! けふっ……!」
「ああっ、ごめん!」

少女がむせ返ったのを見て、彼は慌ててペットボトルを離した。
円形闘技場の入り口から少し入った物陰に、少女の咳き込む音が反響する。
虚ろな眼差しの先には、黒い服に黒縁眼鏡の黒い髪をした青年の姿。
彼は横たわる少女の上体を片腕で支え、吐瀉物で汚れた口を漱がせていたのだ。
その途中に少女が意識を取り戻し、無理に呼吸をしようとして溺れかけ、今に至る。

「大丈夫、もう少し眠っていてもいいから」

彼は可能な限り優しい声を掛けながら、服の裾で少女の口元を拭った。
傍らに置いてあった自分のデイパックを引っ張り寄せて、少女の頭の下に敷いて枕にする。
その間も、少女は焦点の定まらない瞳で、天井をぼうっと見続けていた。
彼は少女が持っていたビニル袋を握り、辛そうに目を細めた。

「LSDだと思います」
「……LSD?」

暗がりから声が返る。
見れば、妖艶なローブに身を包んだ女がそこにいた。
少女を介抱する彼に対し、通路の奥から興味の薄そうな視線を向けている。
もっともローブのフードに遮られて、彼からは表情すら伺えないのだが。

「麦角やアサガオの一種から抽出される幻覚剤です。近年は化学合成されていますけど」
「キュケオンみたいなものかしら? 使い物にならないなら捨てていくわよ」

女の声に少女への憐憫は欠片もない。
彼は視線を落とし、釈明するように二の句を次いだ。

「一枚だけの服用なら、たぶん四時間前後で効果が切れるはずです。
 大量に摂取したか、相当な常習者でもない限り、しばらくすれば元に戻ります」

意識が魔術の影響下にあるとはいえ、意のままに操られる機械になったわけではない。
魔術によって架された条件を逸脱しない範囲であれば、普段の彼と同じ思考をし、同じ行動を取るのだ。
故に、彼は彼自身の意思で少女を助けた。
厳密には、少女を助けるよう女に頼んだというのが正確なのだが。

「それならいいわ」

音も気配も一切伴わず、女が少女の傍に現れる。
女が彼の主張を受け入れたのには幾つかの理由がある。

一つは、いつでも切り捨てられる手駒としての利用価値。
無論、こんな魔術師でもない小娘に戦力など期待していない。
だが小間使いとして使う程度なら、むしろ脆弱なほうが反逆もせず扱いやすいだろう。
優勝直前、最後の最後で処分するのも簡単だ。
高潔な騎士たるセイバーや、お人好しなそのマスターに対しては、盾としての価値も見出せる。
この哀れな少女を手にかけることなど、連中にはできはしまい。

もう一つは、生贄としての用途。
魔術師でない人間は魔力を生成する能力を持たない。
たまに少量ながら保有している者もいるが、量は高が知れている。
しかし、ただの人間からでも魔力を得ることは可能なのだ。
命を奪いかねない乱暴な方法ではあるが。
それに魔術と生贄の密接な関係については、今更説明すべきことでもあるまい。

そして最後の理由。
恐らくはこれが最大の――

「もう少し髪が長いほうが似合うと思うんだけど――」

女は少女のカチューシャを外し、髪を指先で整えた。
耳元から頬へ撫でるように手を沿わせ、親指で唇に触れる。
幻覚に酩酊する少女の無防備な顔を眺めながら、女は妖艶に微笑んだ。

「――可愛い子ね」



   ◇  ◇  ◇



D-4南東部、市外周辺。
島を南北に流れる川から五〇〇メートルほど西のカフェテリア。
アリー・アル・サーシェスは、そのカウンター席に腰を下ろしていた。
当然ながら、周囲に客の姿はない。
それどころか店員すら見当たらない始末だ。
E-4の民家で休息を取った後、サーシェスは周辺の偵察に乗り出していた。
戦闘の趨勢は地の利に大きく左右される。
まさか地図に書かれていることが全てではないだろう。
そしてここが誰にとっても未知の島である以上、早い段階で情報を得ているのはそれだけで有利だ。
だが無計画に歩き回るのは愚行だ。
サーシェスは範囲を半径一キロと定め、目立つ施設をチェックして回ることにした。
そうしてやってきたのが、D-4にそびえる円形闘技場であった。

「ちっ……」

ショットガンの銃身を開き、つい先ほど発砲した二発分を新たに装填する。
この程度は歴戦の傭兵であるサーシェスには日課も同然だ。
手早く弾込めを終えて、自分で淹れてきた冷水を呷る。
一連の仕草からは明らかに感情が滲み出ていた。
適当にグラスを放り、ショットガンとデイパックを担いで立ち上がる。

「稲妻の出る刀といい、さっきのアレといい……」


では、その感情とは何か?


憤怒?


苛立ち?


殺意?


……否。


「面白ぇ! とことんまで殺りがいがありそうだ!」

サーシェスはショットガンの銃口を彼方に見えるコロッセウムへ向け、高らかに吼えた。
口元に歓喜と愉悦を滲ませて。



ほんの十数分前。
サーシェスはコロッセウムの近くでイカれた餓鬼を見つけた。
恐怖に耐え切れず精神が破綻したのか、恐怖から逃れようと変な薬物に手を出したのか。
どちらにせよ生かす意味はないと考えて、その子供を殺そうとした。
が、トリガーを引く寸前に狙いを変え、散弾を虚空へと放った。
原因は、影だ。
円形闘技場の周辺には、月明かりによって投射された闘技場自身の影が出来ている。
そこに突如として人影が混ざった。
サーシェスは影の形状から闘技場の外壁の上に人がいると判断し、即座に狙いを変えたのだ。
狙撃のテクニックとして、一人目を敢えて殺さず痛めつけ、助けに来た二人目以降を撃ち殺すというものがある。
サーシェスの脳裏を過ぎったのは、それだ。
子供を囮とした狙撃――十分に有り得る。
散弾は距離が遠退くごとに威力と命中率が低下するが、それでも威嚇には十分だ。

しかして放たれた散弾は、命をもぎ取る掌のように広がりながら、標的へと殺到した。
けれど標的に食らいつくことは叶わず、強靭な防弾ガラスに阻まれるかのように霧散する。
コロッセウムの壁にいたのは、魔女としか言いようのない風貌の女であった。

理由を問われれば、直感としか答えようがない。
それほどの迅速さでサーシェスは後方に飛び退いていた。
地形の関係上、円形闘技場は周辺より少し高い位置に建てられている。
そのためサーシェスの数歩後ろには、二メートルほどの落差を挟んで別の道が通っていた。
サーシェスが低い柵を跳び越えた瞬間、魔女の手元が眩く光り、光の弾が繰り出された。
光弾は柵を吹き飛ばしてサーシェスの頭上を掠め、夜闇へと消えていった。

――小型のビーム兵器か!?

そう考える暇もなく、サーシェスは生垣に落下した。



胸に踊るは驚きと期待。
そして今、サーシェスは夜に霞むコロッセウムへ布告をしている。

「待ってな、魔女さんよぉ! 手前ェもブッ殺してやるからなぁ!」









【D-4/円形闘技場 エントランス/一日目/黎明】
【田井中律@けいおん!】
[状態]:情緒不安定、幻覚症状
[服装]:下着とシャツが濡れた制服(汗と水で)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式(懐中電灯以外)、九字兼定@空の境界、その他不明0~2個
[思考]
基本:死にたくない。皆と会いたい。特に澪と会いたい。
1:殺したくない
2:苦しいのは嫌
※二年生の文化祭演奏・アンコール途中から参戦。
※レイの名前は知りません。
※ブラッドチップ服用中。


キャスター@Fate/stay night】
[状態]:健康、魔力消費(微)
[服装]:魔女のローブ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3個(確認済み) 、バトルロワイアル観光ガイド
[思考]
基本:優勝し、葛木宗一郎の元へ生還する
1:奸計、策謀を尽くし、優勝を最優先に行動する
2:『神様に祈る場所』『使者の眠る場所』のどちらかに赴き、可能なら神殿とする
3:会場に掛けられた魔術を解き明かす
4:相性の悪い他サーヴァント(セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカー)との直接戦闘は極力避ける。
[備考]
※18話「決戦」より参戦。


黒桐幹也@空の境界】
[状態]:健康、キャスターの洗脳下
[服装]:私服
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ブラッドチップ・2ヶ@空の境界
[思考]
以下の思考はキャスターの洗脳によるもの。
1:キャスターに協力する。
2:少女(田井中律)を介抱する。
※参戦時期は第三章「痛覚残留」終了後です。



【D-4/南東 カフェテリア/一日目/黎明】
【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダムOO】
[状態]:疲労(小)、腹部に打撲の痣、額より軽い出血。
[服装]:パイロットスーツ
[装備]:ガトリングガン@戦国BASARA 残弾数75%  信長のショットガン@戦国BASARA 8/8 果物ナイフ@現実 作業用ドライバー数本@現実
[道具]:基本支給品一式、 ガトリングガンの予備弾装(3回分) ショットガンの予備弾丸×78 文化包丁@現実 
[思考]
1:この戦争を勝ち上がり、帝愛を雇い主にする。
2:周辺を見て回る
3:殺し合いをより楽しむ為に強力な武器を手に入れる。
4:片倉小十郎との決着をいずれつける。
【備考】
※第九話、刹那達との交戦後からの参戦です。
※G-5にナイフ@空の境界が落ちています。
※ガトリングガンは予備弾装とセットで支給されていました。


時系列順で読む


投下順で読む


044:言葉は要らない、誓いを胸に刻めばいい 田井中律 091:こんなに近くで...
056:コクトー君漫遊記 キャスター 091:こんなに近くで...
056:コクトー君漫遊記 黒桐幹也 091:こんなに近くで...
045:アリー・アル・サーシェスは大いに語り大いにバトルロワイアルを楽しむ アリー・アル・サーシェス 083:傷んだ赤色





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最終更新:2009年11月16日 08:56