死んだ木山一郎は死んだまま家へ帰っていた。
「一郎さん!どこへ行ってたんですか!もう少しで警察に…」
お手伝いの久枝がいた。
「久しぶりに出たら、道に迷って。ごめん」
久枝の言葉を遮るように言うと、二階へ上がった。
今日の出来事は夢ではなかった。一郎は確かに死んだ。
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死んだ身をベッドに横たえた。「抜け殻のように」とはこういう感じなのかと思った。
傍らのパソコンの画面には、未読メールで真っ黒になった受信箱が開きっぱなしになっている。
身を起こして見てみる。遺書メールを大量送信した時の「failuredelivery」(配信失敗)メッセージが
一郎のアドレスへ大量に送り返されているようだ。
一通だけ、題名の違うメールが届いていた。差出人の欄が文字化けしていて読めない。
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題名 Re:遺書
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そろそろ死んでますか?
死にたいと思うことは自由だと言われるかもしれませんが、
あなたがそう思うことに、私は賛成しません。
この遺書は受け取らずにそのまま返します。
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あなたのために必死に駆けてきてくれる人がいるならば、生きなさい。
夜の街の灯や流れ落ちる流星が綺麗だと思ったら、生きなさい。
生きているうちに死んではいけません。
死ぬまで生きるのです。
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あなたが死んだらあなたの中に生きている人も死にます。
あなたが生きていれば、あなたの中に生きている人も生き続けます。
だから本当は、死にたいと思うことはあなたの自由ではないのです。
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腹に短刀を突き刺した時にこちらへ駆けてきた学欄姿とセーラー服姿。
最後に上空から東京の街の灯を眺めた時の気持ち。そのことをなんとなく思い出した。
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一郎は慌てて「自殺美容整形外科」のURLをクリックした。
「このページは見つかりません」…。
電話は?0120-4274-5555をかける。
「お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません」…。
自殺志願者のチャットルームはどうだ?
「メリー:さよなら」…。
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俄かに思い出した。
「死にたい奴この指とまれ」。父と母が共に出演していた映画の題名だった。
机上に目をやれば、幼い頃の一郎を挟んで微笑む父と母の写真が。
一郎は、今日起こったことの全てを一瞬で理解した。
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明日の一時間目は、英語。
死んだ木山一郎はもう一度生きる為、ポケットに入っていた護身用のナイフをゴミ箱へ放り込んだ。
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(了)