号外が出た。テレビ番組は全て報道特番に切り替わった。
警察が「怪力おじさん怪文書事件対策本部」を設けた。「怪力おじさん」の正体解明に当たる。
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俺の家のポストに手紙が届いたのは、3日前の木曜日。
その時はまだ、アキヒコとヒロキと俺、3人の間の珍事件ということで話は収まっていたはずだ。
何時から、そしてどこから、どうやってひろがっていたのか。
俺たち3人に届いた怪文書が最初の発火点である可能性だって、なくはない。
そんなことを考え、俺は警察の情報提供ダイヤルってところに電話をしてみた。
電話口に出た若い担当の男へ、事細かに話した。
3日前に届いた藁半紙の怪文書のこと、今日の朝家に届いていたFAXのこと。
「情報を精査しますのでしばらくそのまま待機していてください」
というなんとも勝手な指示を最後に担当の男は電話を切った。
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30分後。警察から連絡が来た。中央署への出頭要請だった。参考人として協力して欲しいと。
やはり俺たちの手元に届いた怪文書は、一連の事件の中で最も早い時期の一件であるらしい。
とんちんかんなことを言い続けるヒロキも参考人として連れて、俺とアキヒコは中央署へ向かった。
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対策本部は大勢の警察や報道関係者でごった返し、大声が飛び交っている。
正面玄関口に所在無く突っ立っている俺らに気づいた小柄な男が近寄ってきた。
「原田隆さんと大山明彦さんですか?」
「はい。電話をした者です。おかしくなった友人も参考として連れてきました」
度の強そうな眼鏡をかけ、ビシッとしたグレーのスーツ姿。小柄な体躯で繊細そうな顔つき。
「中央署の田村です。有難う」
差し出された名刺には「中央署 捜査一課刑事 田村勝」と記されている。
イメージしていた「刑事」とはかなり違った。強そうというより、頭がよさそう。
「知能犯を担当しています。最も、今回の事件は知能犯の仕業か分からないんだけどね」
田村刑事はあまり表情を変えないまま、短い自己紹介を終えた。
「大変心苦しいんですが、こちらで話を聞かせてもらえますか?」
と言われて通されたのは、他でもない取調べ室。
悪い事をした訳ではないと分かっていながら、やはり居心地の良さそうな感じはしない。
そんな俺たちにはお構いなしに田村刑事はさっさと話を始める。
「早速本題ですが、まずはあなたたちの手元に届いた怪文書を見せていただけますか?」
「これです」
俺とアキヒコがポケットから藁半紙の怪文書を差し出す。
「矢沢くん、コピー各3部ちょうだい。それと、スキャンしてデータに落としといて。その後、署に届いてるFAX文書との
筆跡照合、それからスキャンしたデータを重要資料として各署へ送信。頼んだ」
田村刑事は後輩と思われる若い男へ、矢継ぎ早に指示を送った。
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「これ。ひどいでしょ」
取り調べ机の上で山のように積み重なっている紙の束を指して田村刑事は苦笑いした。FAX文書の山だ。
「署に次々と送りつけられてくるんだけど、全部違う文面だ」
「刑事さん、全部読んでるんですか?」
アキヒコが驚きと呆れが混じったような様子で尋ねる。
「ああ、文脈が何かを意味しているかもしれないから、一応全て目を通す」
言った矢先に若い男が紙の束を持って部屋へ入ってきた。
田村刑事はそれを1枚あたり1秒くらいのスピードで読み飛ばす。
「蟻地獄だから温帯低気圧でマウスの若葉煙草と結託してるような金縛りでしょ」
ヒロキが訳の分からない言葉を俺たちに話しかけてくる。
紙の束を異常なスピードで読み終えた田村刑事は思いついたように内線電話の受話器を上げた。
「矢沢くん、前科のデータベースから言語障害のある者を全部ピックアップして、僕のメールに送っといて」
それだけ言うと乱暴に受話器を置く。
「有難う。君たちの文書から、何となく犯人像が繋がりそうになってきた。まだ分かんないけど」
「え?何が見えたんですか?」
あんな紙ッ切れ一枚とFAXの束を読んだだけで何が分かるのか。さっぱり想像もつかない。
「いや、全く曖昧で不確かなことだから、まだ言えない。でも、もう少し協力してくれますか?」
よく分からないが、俺たちごときが何かの役に立つなら、と「快諾」することにした。
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なんだかとてつもなく恐ろしいことの中心にいる気分がしててきて、身震いがする。
ヒロキは田村刑事にも訳の分からない言葉を話しかけている。
被害者総数は全国で4000万人を超えたとの情報。被害は拡大中だ。
とんちんかんな言葉の波がものすごい勢いで日本列島を浸食していた。