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死にたい奴この指とまれ:第9話

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匿名ユーザー

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左わき腹から右へと刃を引き回す一方、夢中で叫ぶ。

「ぐああああ!!早く、早くとめて!!とめろぉ!」

校舎正面の玄関からは教師が数人、こちらへ向かって慌てて駆けてくる。

その後ろに、生徒が何人か見える。学欄姿と、セーラ服姿が教師を追い越してこちらへ向かってくる。

遠ざかる意識の中にも、「あれは誰だろう」と冷静に考えてみる余裕があった。

老人は慌ててコンピュータを操り、シミュレーションの進行を止めた。

「大丈夫ですか?…ていうのも変な話ですが、はっはっは」

腹部を掻きむしっていた痛みが、瞬時に消えた。

「笑い事じゃあないよ。いくらなんでも、痛すぎる!死ぬかと思った」

「まだこの先が残っていましたけど。腸を取り出して左胸を突かなければ、絶命しませんよ。これは無理ですね」

「いや、そりゃ、やろうと思えばできるけど…。でも、痛すぎるのはイヤだ。死んだ後見苦しいのもいやだ!」

「そうですか。一応、これも確認してください」

どす黒い血を吸収しきれていない校庭の砂。白と赤。真っ赤に染まった白装束。

一郎は目を伏せようとしたが、遅かった。二度目の嘔吐。もう何も出てこなかった。

「なんか、顔色が悪いようです。少しひと息いれましょうか」

「死ぬ人間が顔色なんか気にしたって仕方ないでしょう」

嗚咽を堪えながら声を荒げた。

?

「次、この超高層ギロチンっていうの、やってよ」

「あ、それならば良いかもしれませんね。屋上の縁でうつ伏せになり、首だけを出して自ら日本刀で切り落とします」

「死んだ後は、どんな感じになるの?」

「首だけが地上に落ちます。小気味よく切れれば、淡々とした表情のまま首になります」

「うまくいく保障は、あるの?」

「大丈夫です。10分間の講習で刀の使い方や力のかけ方をマスターできます。刀は兼定の名刀を手配しますので」

「…」

一郎は、だんだん臆病になっていく自分に憎悪を憶え、一刻も早く自分の最期を決めなければならないと焦った。

「では、やってみましょうか」

例の如く設定された通りにシミュレーションモードに入る。今度こそは、と力む。

ダメだった。地上に落ちた首の表情が気に食わない。もう吐く気にもならない。

?

打ち上げ花火自殺、発狂死、など派手な手法を次々と試す。

老人のアイデアも交えながら、目立ち、かつ苦痛がなく、醜くないもの、への試行錯誤。

一〇も試したところで、一郎の精神はもう限界を迎えていた。

老人は、「やれやれ」といった様子でタバコに火をつけ、一服している。

「ムービースターのご子息は、なかなか難しいですねぇ。はっはっは」

「こらジジイ、いい加減にしろ!ふざけてんじゃねぇぞ、こら!!!」

普段からポケットに忍ばせている護身用ナイフをつき付けながら凄んだ。

「ほぉ。これが、キレル、というやつですか。恐ろしいですねぇ」

「こっちは命かけてんだよ。いい加減にしねぇと殺すぞ」

「こちらもふざけているつもりは毛頭ありません。あなたこそ、甘いことばかり言ってると、決意が鈍ってきますよ。

そういう人を何人も見てきました」

「何言ってんだ。やってやるよ!だから文句のつけようのないやつ出せ!金はいくらでもあるって…」

だんだんと激昂が覚め、虚勢を張っている自分に気づき、またはらはらと泣き出した。

「すみません、もう、次で最後にします。次で必ず…」

?

「念のためもう一度確認しますが、ご予算はいくらまでですか?」

「もう、何千万でも、何億でも…」

「私がこれまで、二十年かかって開発してきたものがあります。悲しみに暮れた人へ美しい最期を迎えて欲しい。

その夢を託したものです」

「じゃあ、おじいさんの夢、僕が最初に買うよ…」

泣きはらした眼を上げ、しゃくり上げながら言った。

「ありがとうございます。ありがとうございます。一郎さん、これで必ずあなたを、美しい最期へご案内します」

老人は、設定を始めた。これまでのメニューとは違い、難しい顔で、長い間コンピュータに向かっている。

やがて、満足気な表情で、深呼吸した。

「これが、夜鷹自殺です」

スクリーンには、夜空を流れ落ちるほうき星が映し出されていた。