床下へ続く階段は、思いのほか長かった。段々足元が見えにくくなってくる。
一郎は、次の段を足で探るようにしながら一歩一歩、下っていく。
俄かに、「パチン」という音がした。蛍光灯の光がチカチカと点滅し、やがて点灯。
秘密アジトのような出で立ちをした地下室が露になる。
「ここが、診察室です」
天井が高い。かなり地下深くまで降りてきたことを知った。
「では、お急ぎのようですので、始めましょうか」
「はい、お願いします。いい死に方を教えてください」
老人と一郎は、だだっぴろい地下室の中央で向かい合って座った。
「一郎さんは、ご両親を亡くされましたね?」
「はい、1年くらい前、飛行機事故で死んで…」
言いかけて、ぞっと背筋が凍った。
「え…、なんで分かるの?」
「まあ、最後まで確認させてください。学校へは、どの位行っていませんか?」
「親が死んでから、ずっと」
「引きこもり、ですね。どうして、引き篭りましたか?」
「いじめ…です」
「何故、いじめられたと考えていますか?」
「わかんない。金持ちのボンボンだって」
「新村要と園田美代。名優と名女優ですからねぇ」
「だから、なんで知ってるの!?」
一郎の両親は映画界きっての人気者カップルだった。
一年前、二人の乗った飛行機は墜落。日本中、知らない者はいない程の大事件だった。
しかし目の前の老人は、その二人が一郎の両親であるということまで知っている。
「僕はまだ話してないのに、なんで知ってるの!?って」
一郎は、すべてを見透かされているような薄気味悪さに腹が立った。
「もう少し確認させてください。あなたにふさわしい最期をご用意するために必要なのです。
もう少し話していただけますか?」
必要と諭され、一郎は渋々、そしてぽつぽつと話し出した。
「週刊誌に書かれ、学校で白い目で見られ、ポストは怪しい手紙で溢れて、…」
家の前に群がる報道陣、薄笑を浮かべながら陰口を叩く同級生の声、両親の「ファン」から押し付けられる一方的な同情。
「どんな言葉ですか?」
「言わなきゃいけないの?ああ、山ほどあるよ。”遺産50億。長男、中学生で生涯安泰”とか」
「それだけですか?」
「学校行ってみればロッカーに落書き、ポストに入ってる赤い字で書かれた手紙には、
死ね、死ねって。名前も名乗らない奴らから、四六時中滅多打ちにされてるんだから…」
話しながら、自分を殻に閉じ込めていった情けない記憶が不思議なほどはっきりと蘇ってくる。
蘇る度頭へ血が上り、やがてはらはらと泣き出した。
「では、死にたいと考えたのはだいたい…」
「もうどうでもいい、早くしてよ!」
老人の”問診”を破り捨てるように叫んだ。
「お金なら…いくらでもあるから…」
急に冷静に戻り、嘲笑交じりに自分が最も嫌う言葉を吐いた。
「すみません、ちょっと試していました」
「試した…?」
「あなたには、命を絶つ資格があります」
「資格?」
きょとんとしたまま、オウム返し。
「悲しい過去を話す時、泣き出すことがあります。その中でも命を絶つ資格のある者の涙は、
心の叫びですから。すぐに分かります。」
「より不幸な目に遭った人には、より幸せな最期を選ぶ権利を。命を絶つことが悪だなどという考え方は、
常識が作り出した宗教。一郎さん、素晴らしい最期を迎えましょう」
晴れ晴れと心の靄が引いていく感覚。
「はい、お願いします」
一郎は言いようもない安堵感に包まれ、久しぶりに笑った。これで全てが終わる…。
「これを被ってください」
唐突に渡されたのはフルフェイスヘルメットのような被り物。
「では、シミュレーションを始めます」
「シミュレーション…?」
「はい、自殺のシミュレーションです」
老人が今日三つ目のスイッチを押すと、眼前には巨大なスクリーンが開いた。