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アンデスを越えて

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南米大陸の太平洋側に沿って細長く伸びる、インカ文明発生の故郷ペルー。そこに脊椎のように2000キロにわたって南北を貫く案ですの山々。 そのアンデスの懐に抱かれるようにして、無数の町や村が点在する。厳しい自然環境の中で、山々の裾野や谷間に這いつくばるようにして生き抜く人々。その山奥の町にも妙法を保った友が機器として活躍している。これはそんなアンデスの村タウカのリポートである。

(タイトル:アンデスを越えて)
(テロップ:ペルーの創価家族たち)

ペルー日蓮正宗のシマ理事長を中心とする、私たち地方指導のメンバーが目指す目的地はパヤスカ郡タウカ村。そこへ行くには、まずリマから430キロほど北にある漁港チンボテへ。翌日朝6時半に出発。ガソリンを満タンにしたほかに、50l入りの予備タンクをトランクに積み込んでタウカを目指す。これからの道のりは険しい。道幅は狭く、轍にハンドルを取られそうになることもしばしば。 頭を何度も窓に打ち付けながら走り続ける。
チンボテを出てからしばらくして、思わぬ事態に大きな水たまりに全身を阻まれる。1週間前、ここで通行止めになった定期バスが強盗に襲われたという。私たちのタウカ訪問を知らせる手紙もこの時に盗まれてしまったために、もう一度ほかのバスに頼んだといういわくつきの水たまりである。この先どんな困難が待ち受けているか不安になる。
茶褐色の肌も荒々しく、石ころだらけの悪路を走りながらサンタ側の渓谷を通り抜けていく。
(テロップ:サンタ川)
タウカ村への道はまだ遠い。川を渡る橋はただ、板を並べただけで危険極まりない。タイヤが落ちないように万全の注意を払いながら、ゆっくりと前進する。標高1000Mを超えたあたりから谷底がますます深くなる。絶壁を切り開いただけのけわしい道。そしてやっと車1台しか通れぬ道幅。ハンドルを持つ手にじっとりと汗がにじむ。
標高1400mにあるアンコスという村が近づいてくる。警告を抜け、そそり立つ峰々を仰ぎながら、厚い日差しの中、サボテンと砂漠の道を行く。ヘアピンカーブを右に左にと旋回して上へ上へと上り続ける。
標高1700メートル。週に2回通る。 リマーカバナカンの乗合バスとすれ違う。人と荷物を満載してのんびりと山道を走っていく。この地域に住む人たちにとって、このバスが唯一の輸送手段。厳しい自然環境の中で生き抜く人たちのたくましさが感じられる。
慎重にゆっくりと走り続けて、標高3000Mの尾根に達する。タウカの村を目指して、チンボテからアンデスの山を登ること12時間、約200キロ。タウカ村が次第に近づてくる。私たちの到着を今や遅しと待ってくれている友のことを思うと、疲れが吹き飛ぶ。
あとわずかの道のり。アンデスの山奥で信仰に励んでいる友に早く会いたい。はやる心を押さえながらタウカへの道を急ぐ。

(テロップ:ナルシサ・デ・ラ・クルースさん)
「Bienvenidas.ようこそタウカに。」
中心者のナルシサさんをはじめ、多くの友が次々と私たちに手を差し伸べ、真心から歓迎してくれる友の弾けるような明るい笑顔。澄んだ瞳に熱い思いがこもっていた。
(テロップ:標高3366メートルのタウカ村)
タウカ村の人口は400戸2000人。主に農業と牧畜を営んで生活している。
(テロップ:ペルー日蓮正宗 カルロス・シマ理事長)
ペルー日蓮正宗 カルロス・シマ理事長「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経・・・」
ペルー日蓮正宗のカルロス・シマ理事長を中心に、タウカの友とそろって朝の勤行。3000mを越す鉱山の冷たい空気と酸欠に見舞われて声もかすれがちな私たちに比べ、メンバーの勤行は正確で力強い。

ペルーの友「決意をもって題目を上げ御本尊に祈れば私達のいろいろな願いがかなう、私達はこの御本尊をもってなんと幸せだろう。歓喜をもって題目を上げよう。心を決めて題目を上げよう。願いを満足させよう。(日本語訳)」
シマ理事長「シマ、シマです。(不明)三障四魔の四魔と私の名前のシマとは意味が違うんですよ。三障四魔は三つの障と四つの魔と書きます。私がきたら三障四魔が来たと云わないでください。」

(テロップ:「タウカの広宣流布の新しい出発のために」)
さわやかな勤行の後、メンバーと記念の写真におさまる。
山高帽にアルパカのけでおったポンチョ。インディオ独特のスタイルである。
タウカ村のタウカとはケチュア語で団結集まりという意味。広陵とした砂漠地帯と違って、この辺りは雨が多いためか、緑も豊かで人々が集まり、助け合って住んでいる。
アンデスは、ジャガイモの原産地だ。それもなんと4000種類もあり、味もとびきりうまい。
この地方の人々にとって、ロバと馬はかけがえのない友達だ。どこへ行くにもロバや馬なしではとても無理。それで家族の一員のようにとっても大切にされている。
インディオの服装でまず気づくことは、女性のほとんどが手織りの肩掛けをはおり、風呂敷包みを背負い、そして寒さをしのぐため、スカートを何枚も重ねて入っていることだ。
アドベと呼ばれる土とレンガで作った典型的なタウカの民家。メンバーへの家庭指導の途中、じゃがいもと羊の肉のポタージュをごちそうになる。
(テロップ:タウカ村中央広場)
この広場では、村祭りや朝市が開かれる。母親がメンバーである村長のアセンシオさんにインタビュー。
(テロップ:タウカ村村長アレハンドロ・アセンシオさん)
今、観光客を呼ぶため、村に初めてのホテルを建設中だという。ナルシサさんたちの協力があればこそ、村の建設もと。メンバーたちの活躍ぶりを村長が語ってくれた。

20年前、ご主人に先立たれたナルシサさんは病弱なうえに9人もの幼い子供を抱えたった一枚の畑を耕す、その日暮らしの生活だった。
(テロップ:タウカは21世紀を目指そう)
そんな時、この仏法に巡り合う。
(テロップ:座談会には常に50名が集い合う)
しかし、学校も満足に出ていないため、今やチンボテへ行くたびに幹部の勤行を聞いては覚えていったという。また、自分の貴重な信心の体験を通して、読み書きのできる人に仏法の尊さ、素晴らしさを教え、その人にペルー聖教を呼んでもらい、池田先生の指導を身に染めることができた。地域に仏法対話を広げ、唱題根本で健康になった彼女に、村の人たちも次々とメンバーに。その間、彼女の境外も大きく変わった。1枚の畑から22枚の畑にリマにもアパートを2件購入するまでになったのである。
タウカのメンバーは、毎週日曜日早朝4時にナルシサさんの家に集まり勤行をし、ペルー生協を読みあっている。

小学校の教員をしている、アレホスさんは、題目は功徳の塊だから忘れないように、またたくさんあげましょうと自分の体験を通し、信心の持続を訴える。ここタウカ村にも未来を担う青年たちが着実に成長している。

シマ理事長は初訪問の喜びを語りながら、SGIの活動・信心の基本姿勢について指導。友の心に満ちてくる希望と革新、そして新たな決意が。

(歌をうたうペルーの友たち)

歓喜を持って題目を上げよう心を決めて代目をあげよう。私たちはこの御本尊をもって何と幸せなのだろう。
今歓喜の歌声がアンデスの山に村々にこだまする。優に3000mを超す高知で厳しい自然環境と闘いつつ、たくましく生きるタウカの友。この血をかけがえのない愛する国土と決めてただ、ひたすら人々の幸せを祈り、仏法の流布に努めるメンバーたち。この妙法の友がいる限り、このアンデスの未来に明るい太陽が輝き、平和の帯同が開け行くことを確信して、私たちはタウカに別れを告げた。

(――ここからエンディング(テロップのみ)――)
感激の出会いに胸あつくしたタウカ訪問。
いつまでも御元気で。いつまでも幸せに。
アスタ・ラ・ビスタ!また お逢いしましょう…

タウカ訪問メンバー
カルロス・シマ NSP理事長
ホセ・ファーレス ペルーセイキョウ編集長
ニコラス・トーレアルバ 車の修理工(壮)班長
アルフォンソ・イナミ ドライバー(壮)班長
アルフレド・ドゥラン チンボテ地区地区部長

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最終更新:2026年02月27日 20:01
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