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幸せ奏でる家族のハーモニー

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ナレーション「1994年11月に開催されたアジア青年平和音楽祭で五万人によるベートーヴェンの第九を指揮した塩田さんは、現在埼玉県入間市に住んでいます。塩田さんとその家族には創価学会員として育んできた尊い信仰体験があります。
塩田さんは音楽一家に生まれ幼いころから音楽に親しんできました。しかし本格的に音楽の道を志したのは中学三年のとき。指揮者として名高い小澤征爾さんと出会いその人格と音楽に魅了されたからです。そして大学時代からオペラ界の中で数多くの下積みを経験していきます。奥さんの紫さんとの出会いは紫さんが藤原歌劇団に入団したころ、学会の地域セミナーで歌う歌のレッスンを塩田さんに依頼したことに始まります。」

紫「さっそく彼にお願いしましてそれであの楽譜を日本歌曲やオペラの楽譜の他に学会歌を数曲下の方に交えてあのー渡しました。
であの彼がこう見ててウーンウーンてかっこつけてみてて、で森ヶ崎?母?ウーンてこう考えてるんですね。てこれ山本伸一ウーン僕すみませんこのような曲知らないんですけれどっておっしゃるので私も女子部らしくハイ!これはですねアノー学会で私はアノー歌わせていただくんですがこれは学会!学会歌と言いまして池田先生の作った詩に歌を付けているんですって言ったらーガガガガガガガガッカイ!?ガガガッカイ!!?ガッカイッテアノ ソソソウカガッカイ!?キミガッカイハイッテルノ??エ、エエェガッカーイ!?バサッ☆って感じでもう楽譜をなげすててカッコマンの彼が取り乱したようになりまして」

カッコマン「創価学会っていうのはですねほんとにもう嫌いだった。これはもう本当に意味もなく毛嫌いしてたんだなって今では思うんですけど。

ナレーター「塩田さんの協力によってセミナーは大成功、紫さんは心から塩田さんにお礼をしたいと思い、妹の茜さんが出演している富士学生合唱団の定期演奏会に招待します。塩田さんはその時以来学生たちの音楽活動には特別な思いをはせて積極的に参加しています。その特別な思いとはその翌日紫さんからふたたびオーケストラを聴きに行きませんかと誘われこれまで知らなかった富士学生交響楽団の演奏に触れたことにあります。」

紫「最初はこーカッコマンですから足なんか組んじゃってカッコつけてみてたんですけど、だんだんだんだんこう身をのりだして、で演奏が終了したとたんにため息をハァーーってついてもう大きな拍手を送ってくれて、デアノーポツッ☆と言ったのがウーン感動です。こんなにエネルギッシュな演奏をする団体があるとは、ですごくアノー感動してたんですね。それであのこの団体を振るには創価学会に入らないと振れないんですか?ていうのですかさずそうです創価学会入っている人しか振れないんですー。って言ったんですね。」

カッコマン「あのね創価学会にはいったらふれるよ、っていわれて。ん…ど、こ、止まってしまったんですがまあじゃあはいります、ということでですね。もう即答の即座にきめて、入会を決意した、経緯ですね。まあその演奏会を聴いてからご本尊頂くまでやっぱりものすごい葛藤ありましてもうホントに自分が創価学会入ったことで家族が納得してくれるかどうかとか、友達、人間関係でもうホントに今までこう積み重ねてきた人間関係が全部ばぁバラバラになってしまうだろうなって、ホントそれがね一番こう私にとって重荷でした。」

ナレーション「心の葛藤を乗り越えて入会した塩田さんは必死の努力が実り最年少のミュージカル指揮者として抜擢されます。そして二人は結婚。信仰をベースとした幸せな生活がスタートします。晴れて創価合唱団に入団した塩田さんは、その年の八月に行われる国際的な合唱コンテストに参加するため、イタリアのフィレンツェに旅立ちます。」

カッコマン「イタリアはうちの家内と行ったんですけどもその航空で二人で行くと150万円くらいなるんですね。でましてやその結婚式のあの借金の返済ありますし、仕事は全部キャンセルしなきゃいけない状態。でまあホント当然収入はゼロになる。まあでもホント考えてみれば不安材料ばかりですね。えーでもイタリア臨もうということで決意して、ま、唱題は上げて決意しました。その後本当にあの決意した後にですね、その『ミス・サイゴン』のオープニングの話を頂いたんですね。」

ナレーション「ミュージカル『ミス・サイゴン』の指揮者として抜擢された塩田さんは、コンテストでも全魂を込めて指揮。そして、創価合唱団は民衆を惹きつける歌声との評価で、初参加ながら堂々の第二位に入賞。ルネサンスゆかりの地に大きな足跡を記しました。」

撮影者「アップアップ」

紫「アップアップアップアップ(笑う」

ナレーション「その頃、紫さんの胎内では新しいいのちが育まれていました。しかし、すでに発見されていた子宮筋腫も大きくなっており、流産の危険も付きまとい夫婦は信心によって新たな挑戦を誓い合います。そして、妊娠八ヶ月に入ろうとする頃紫さんは破水し近くの国立病院に緊急入院、親子の命を守るため帝王切開に踏み切ることになります。その手術の日は塩田さんにとっても『ミス・サイゴン』のオープニングの日となったのです。」

カッコマン「今ではもう赤ちゃん700(グラム)から800(グラム)しかない。で、またへその緒がね首に巻き付いてる。それから逆子であるという状況だったんですね。でもう本当にこー…いろんな最悪の状況が続いて、ほんとう今は帝王切開するしかない」

紫「最初におなかを開ける前に私は聞かされてなかったんですけれど、あのー主人と私の両親に主治医の先生から『もしかしたらもう助からない確率の方が高いので、ただ死産ですってつけるよりも一度生を受けて、産まれてきたという形をとった方がいいんじゃないですか。で、そのためにあのー名前を考えておいてください』で私は何も知らなかったのであの女の子だったらどんな名前がいい?って主人が聞くので、あぁそうねって、家族に彩りを与えてくれるぐらい暖かい明るい娘がいいよねってじゃあ『』っていう字を使って、で私がたまたま声楽家なのでじゃああの『』子ちゃんにして彩りの歌って書いて『彩歌(サイカカヨウwww』って読ませようかっていう話をしていたんですけれど」

(テロップ)「こうして 妻は、明るく手術に臨み 夫は、栄光の舞台を迎えた…」

カッコマン「ほんと大手術だって話ですね。してこう開けても子どもが見えない状態で。それを見えないでもうほとんどのお医者さんをまた緊急に呼び寄せて手術室に。で麻酔の方も呼び寄せて。で倍ぐらい切ってですね、やっとこさで赤ちゃんがこう本当狭くに小さくなってるとこを取り出して、でもこれぐらいの大きさなんですよ赤ちゃん。912グラムでしたから。もうその段階でも彼女は2リットルの輸血をしながらの手術でしたからもう筋腫は切れないということでまあ塞いで、とりあえず赤ちゃんを集中治療室に持っていったと。でお医者(さん)が集中治療室に手で運んでいくのを見て『男ですか!?女ですか!?』『あぁ!女の子です!!』言いながらもう指の細さ爪楊枝くらいの細さだったんですけども、赤ちゃんもう一切泣かないし、そのまま連れていくのをバァーッと私もその子どもの集中治療室に運ぶのを見て、でもう時間もないわけです私もね。最後までいてあげたかったんですが帝国劇場へ駆け込んで。で手コキ場の外ではもうマネージャーが私の燕尾服を持って待ってて、で開演に15分前に飛び込んだ。」

ナレーション「この緊張の中、塩田さんはサイカちゃんという新しい命、そして妻の無事を祈り、懸命にタクトを振り続けます。」

カッコマン「そのまま家内はまだ生きてるか死んでるか分からない、まだ手術中だったので。まあとりあえず子どもだけですから家内の状況聞かないまま帝劇(帝国劇場)に入ったもんですから。で、振ってて『今どうしてるんだろうなあ』って思いながら振ったと。でその『ミス・サイゴン』のシーンは最後はその…お母さんが子供を抱いて、子どもを残してお母さんが死んでしまう、ピストル自殺してしまうという、あの話なんですけれども。なんで子供を残して死んでしまうんだ、なん、もっと命というのはもっと大事にしなきゃいけないじゃないかっていうのを、ほんとその子供が生まれて家内がこr闘ってるねのが一緒にこう同時進行してですね、本当振ってるのがすごくその時はもう本番浮ついたその本番って一生忘れられない本番、でしたです。」

(彩歌ちゃんの産声)

紫「パパいる」

ナレーション「健気に生命力を発揮し、危機を何回も乗り越えたサイカちゃん。紫さんも4kgに及ぶ子宮筋腫を残したままでしたが、元気に退院。使命ある母になった感動をかみしめています。」

紫「主人の心の中には主治医の先生に『死んじゃうかもしれないよ~』って言われてた言葉がきっとあの心の中にこうあったんだと思うんです。私では、私だけは何も知らないでね、あの希望を持ってね『産まれてくる子はサイカね~』なんて(泣く あのーその入院してる三日間の間で、わりと明るく振、いたんですが、あとでねきっと主人は辛かったんだろうなぁ(泣く のときね、あのー『ミス・サイゴン』っていうね大きな舞台を抱えて、そのデビューのさなかに私はなんにも支度もできなくて、なn何のこう、お手伝いもできなくて、ただ病院のベッドでね寝ていて、その間主人は私のことや子供のこと気遣いながら、あの初めての大掛かりな仕事を手伝、あの携わっていたんだなぁっていうことで。
感謝、をしています。で、またこの主人を折伏して結婚できたことが、私にとっては最高の宝物だなってすごく思います。」

ナレーション「この大きな試練について、紫さんの筋腫を摘出した創価学会ドクター部の石川先生は」

(テロップ)「石川てる代 ウィメンズクリニック 院長 石川てる代さん」

てる代「自分自身の健康と赤ちゃんのま、命というものをあのーどっちを取るかということで悩んでしまう方もいらっしゃるんですけれども、塩田さんの場合にはあのーご主人さまと御本人様だけではなくて、本当にご一家の皆様が赤ちゃんのいのちというものをね見守ってまた、その生命力を信じてあのー、コンクールのあの素晴らしい成績でね、歓びの中で授かった赤ちゃんだから、絶対生命力が強い。ちゃんと育つということを信じ切っておられて、でその信じる姿勢の根底には信仰してらっしゃる、でご家族で皆さんでこの信仰で結ばれたそういう麗しいあの愛情というものがあったというふうに思われます。」

サイカちゃん「それ、それ。」

カッコマン「この人はだーれだ?」

サイカちゃん「これ?」

カッコマン「これ~?(笑う」

紫さんの親族1「こけちゃったんだよね」

紫さんの親族2「それでもダメなのwwwww」

ナレーション「家族の深い愛情に守られて、サイカちゃんはすくすくと成長。家族の希望の灯台となっています。」

(テロップ)「藤原歌劇団稽古場」

ナレーション「家族の絆の大切さを体験した塩田さんは、仕事においてもスタッフ出演者との絆を大切に、一流の指揮者を目指して活動。そして、一瞬一時を絶対に逃すなを一生の信念として真剣にタクトを振っています。」

(テロップ)「『オペラの夕べ』(北海道・旭川)」

カッコマン「今のアクセントもう少しなんていうのかなー、こう、やけっぱちなんじゃなくてもう少し柔らかくなってくるの、ヤァ~」

(テロップ)「『カルメン』よりハバネラ」

(テロップ)「福岡空港」

アナウンス「今しばらく一階、(聞き取り不可)前にてお待ちください」

ナレーション「アジア青年平和音楽祭、それは塩田さんにとって忘れることのできない信心の1ページでした。今日はその苦楽を共にした200人合唱団の友に誘われ、再会を楽しみにやってきました。」

(唐揚げを揚げる音)

カッコマン「こんばんは~ども~いやあ元気ですか~いやあどうもどうも!お願いしま~すありがとうございました!(男子部員にキスされそうになる)」

ナレーション「時を忘れ再会を喜び合う塩田さんとメンバーたち、その笑顔にはまさに大きな挑戦に勝利した心と心のハーモニーが溢れています。この音楽祭には塩田さんの友人であり、ヴァイオリニストのキャサリン・キャッシュさんも出演。共に最高の演奏ができた喜びの中、久しぶりに共演します。」

(テロップ)「『桜花の緑』作曲 福島新一」

(テロップ)「ヴァイオリニスト キャサリン・キャッシュさん」

キャサリン・キャッシュ「あの、私は塩田先生のことを『アキ』と呼んでいます。何故なれば、初めて会ったのは4年前でした。その時はあのー、アキは『ミス・サイゴン』を振ってました。あのーアキはいつも経験で自分を伸ばそうとしてます。自分の経験も周りの人の経験、も含めて全ての物から勉強する方だったと思います。ですから、ミュージカルを振っても、合唱を振っても、オケ(オーケストラ)を振っても、その経験を考えたうえでいつも、より上手に振ろうとしてます。それと、イケダ先生の前で振ると、人間的には毎回変わると感じてます。ですからイケダ先生のおかげで、すごく、より上手な、より素晴らしい指揮者になってると思います。(?)」

(テロップ)「埼玉・入間文化会館」

ナレーション「今日は、いち男子部員として元気いっぱい活動報告。」

カッコマン「私は、九州・福岡ドームにおいて、アジア青年平和音楽祭で五万人の第九の指揮をさせて頂き、イカダ先生の元、無事大成功させていただくことができました!(唐揚げを揚げる音)
文化・芸術・音楽、その音で皆さんが学会の素晴らしさ、妙法の素晴らしさを感じて、また、その音で、3年前入会した私が今、この時を音楽でお応えさせていただけることに感謝しております。そして何よりもお題目で支えて下さった入間the王の皆様に、最大に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。(唐揚げを揚げる音)」

(テロップ)「埼玉池田文化会館」

(テロップ)「新春第84回本部幹部会 第6回埼玉総会」

犬作「合唱、聴いたみんな?(会場どよめく)ん?聴いてあげようよ。すいませんね、ありがとう。あ、第九の指揮ありがとうございました。すばらしかったね。」

(荒城の月の伴奏が流れ始める)

ナレーション「歌のレッスンで出会った塩田さんと紫さん。そして大きな試練を乗り越えてきた二人。感謝と歓びを胸に秘めて歌います。」

(紫さんが荒城の月の一番を独唱。2番3番を飛ばして4番からコーラスも加わって合唱。)

(唐揚げを揚げる音)

犬作「ありがとう」

ナレーション「心の葛藤を乗り越えて入会した塩田さん。その開かれた道には、希望が輝き勇気が溢れ、そして、家族のハーモニーが響き渡っていました。今日もまた塩田さん一家は、自らが信じた道を歩み続けていきます。」

終わり

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最終更新:2026年06月18日 19:42
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