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七夕の誓い

最終更新:

beatnovel

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138 :旅人:2008/08/08(金) 23:57:25 ID:peJmUJqn0
「優ちゃーん、今日は狸の泉に行くけど、一緒に行く?」

母が私にそう問いかけた。私の名前は、母がもう言ったから言わなくても分かると思うが、優という。
家の前の表札を見れば、加瀬優という事も分かるだろう。

「狸の泉~?…………」

オウム返しをして、しばらく黙っていた私に、母が早く決めてくれという旨の言葉を私に言う。
その後直ぐに私はこう答えた。

「行く」



 狸の湯、という温泉施設がこの田舎町にはある。
あちらこちらに畑があって、都市とかで見かけるコンクリート製の建物の姿はあまり見つからない。
前にこの町から、転校を理由に去ってしまった私の友人が電話をかけてきた時にこう言ったのを覚えている。

「私…やっぱり田舎が性にあうみたい。耐えられないよ、都会なんて…」

でも、彼女にとって都会に移り住んだ事で一つ好都合な点があった。
それは彼女の趣味に起因する。あるゲームを彼女は好んでいたのだ。

「でもさ、やっぱり都会って良い所もある。…ゲーセンの数が多いのよ。
おかげで昨日は4クレをIIDXに使っちゃったわ」

あるゲームとは、ビートマニアIIDXという音楽ゲームの事だ。
彼女はあのゲームでは、中々の腕前を誇っている。
だが、都会のゲーセンのある人間達によって、彼女がそのゲームをプレーする事はなかった。


 彼女がいつものように、引越し先で見つけたホームゲーセンに入店すると、何やら変な人たちがIIDXをプレーしていた。
設置されてあるベンチで順番を待ちながら彼らの方を見ていると、奇妙な事に気がついた。
いや、そのときはまだ、奇妙でもなんでもなかったのだが…
 IIDXには段位認定というモードがあり、それによってプレイヤーの腕前を判別する事が出来るのだと彼女は語った。
彼女が言うには、シングルプレー、SPと書くが、それで取れるのは最低の七級から最高の皆伝まで、
ダブルプレー、DPと書くそれでは、五級から皆伝までが取れるらしい。
 彼らはSPDP問わずして十段以上を取っていた。彼ら、と言っても二人なのだが、その二人が筐体の前に立っていた。
彼らはバトルをしていたらしく、鳥を出しながらも僅差で勝ったり負けていたりとそのレベルは高かった。
彼女いわく、鳥とは演奏終了後に出るリザルト画面にて表示される「DJ level」と呼ばれるものの最高ランクの別称との事らしい。

139 :旅人:2008/08/08(金) 23:59:20 ID:peJmUJqn0
 さて、彼らがプレーを終えたところで彼女がプレーしようとしたところ、
彼らは何故かそこを退かず、続けてプレーしようとコインを投入しようとしていた。

「ちょっ、次は私の番ですよね?」

彼女ははっきりと彼らに言い、筐体の前から退いてくれるようにと続けた。
しかし、彼らのうちの一人が彼女に返した言葉は意外なものであった。

「何で?何で下手糞相手に退かなきゃいけないの?」

…彼女は自分の耳を疑った。彼らのうちの一人が続ける。

「僕らの事、知らないんだ…ここらで一番上手いプレーヤーさ。
ランカーとまではいかなくてもね…スコア上げをこれからここでがんばろっかなーって思ってここに来たんだけど。
下手糞にプレーさせてあげる余裕はないんだよ、ねぇ?」

「そうだねぇ、下手糞が下手なプレーして、時間が潰れるのはいやじゃん。え?
何か違うか?」

彼女はようやく、自分の耳が腐ってない事に気がついた。
こいつ等は何かがおかしい。舌打ちをして彼女は店を出て、家に帰っていった。
そして、この話を私に教えてくれたのだった。


 そんな話を思い出したのが、狸の湯に行く事を決めた理由でもある。
今日この日なら、あの場所で短冊に願い事を書いて笹に飾り付けをする、七夕と呼ばれる行事が行われるからである。
毎年例外なく、そこでは子供達が色とりどりの短冊に願いをこめて、それを笹に飾るのだ。


 私の友人が語ってくれた話にはもう少し続きがある。
それからというもの、その変な思想を持ったプレイヤー達が増えたのだという。
彼女は彼らがいない時間帯を狙っての入店を繰り返し、店員らにも彼らをどうにかしてくれと言ったのだそうだ。
が、彼らは既に店員らと結びついていた。
彼女はそのゲーセンで孤立してしまっていた。他のゲーセンに行こうとしたが、それは止めたのだという。
彼女が行っていたゲーセンをホームにした理由が、引越し先で一番条件のいいゲーセンであったから…である。
他のゲーセンはどこもかしこも糞メンテ、糞プレーヤーの巣窟と語っていた事もあるから、それは確かなのだろう。
音楽ゲームをプレーするにあたって、彼女の安住のゲーセンはそこではもう存在しないのだ。

140 :旅人:2008/08/09(土) 00:01:29 ID:peJmUJqn0
 それから何分かが経った。私は母の運転する車の助手席に座って、狸の湯を目指していた。
山道を運転しながら母が私に聞いた。

「優ちゃん、今年は何をお願いしてみるの?」

「秘密。それは、人に言っちゃったら面白くないじゃない」

内心、母が何を聞いてくるかは分かっていた。
母が右にハンドルを切りながら、それもそうねぇと返した。

 …短冊に願い事を書いたらそれは叶うのか。それは違うだろう。
彦星だか織姫だか何だかよく覚えていないが、それがどうしたというのだ。
(その無知を近所の幼稚園児が知った時、思いっきり馬鹿にされた。
七夕なんかどうでもいい…と思っているから、どうって事はないのだけれど)
知らなければ何か不吉なことが起きたりするのか。それはないだろう。
 クリスマスにやってくる、自分の注文したプレゼントを運ぶサンタクロースが、
大抵は自分の親であるように…七夕もまた、そんな…良く言い表せないけどそんなようなものじゃないか。
それが私の七夕に対する思いだ。


 狸の湯で入浴を終えた後、私は母にソフトクリームを買ってもらった。
未だに母は、私にバニラ味のそれを買い与えておけば機嫌が悪くないと思っているようである。
実際、それを貰って悪い気はしない。

 そして私はそれを食べ終えた後、右手に持っている小さな安物のカバンから更に小さな財布を取り出し、
そこから百円を取り出し、ここのゲームコーナーへ向かった。ここは珍しく音楽ゲームの筐体を置いてあるのだ。
ただ、それがポップンしかなく、しかも11で止まってあるということを視野に入れると、
レアなのだと思うか、早く新バージョンの16を導入してくれよと思うのかは人それぞれだとは思う。
私は後者ではあるが、ポップンは狸の湯に行った時しかやらないからあまりそれを不便に思わない。

 1プレー百円、3曲設定であり、良メンテであるその筐体を置いてあるゲームコーナーは優良店であると、先の私の友人が太鼓判を押していた。
今思えば彼女がどのようにしてIIDXと出合ったのかが不思議なのだが、
多分KONAMIのネット通販か何かを通して、家庭用のそれを手に入れたのだろうとは推測できる。
実際、彼女はそんな事を匂わせる話をした事があった。

 私はポップン11の筐体の前に立って、百円を投入した。そしてNORMALモードを選択する。
既に隠しは解禁されているのだが、私はあまり隠し曲をやらない。一曲目は何をやろうかなと考えてはいた。
「怒れる大きな白い馬」のノーマルだ。
この曲は私も友人も好きで、バトルする時なんかはこの曲は一曲目の選曲時に必ず選ばれていたものだったな…と私は昔を懐かしんだ。

141 :旅人:2008/08/09(土) 00:03:41 ID:50EsEoQx0
 二曲目には「僕の飛行機」ハイパーを選曲した。
友人がこの曲をプレーする事を勧めていた事を思い出した。
ほら、これは良曲良譜面なんだから。だから絶対いつかはNとHとEX譜面をクリアーしてね!
そう言った彼女の顔が思い出される。
毎回プレーするたび、いい曲だなと思う。
サビの盛り上がりとか、最後の〆とかそういうのが私好みである。宮永さんの歌も良い。
あれ、曲は誰が作っているんだろう…?と疑問が一つ生まれたが、誰であっても良いような気がした。
例が極端だが、極悪人がこんな曲を書いたとしても良いんじゃないか?そんな風に私は考える。
人の人格と、その人の持つ力は切り離して考えるのが、私の考え方なんだ…とリザルト画面を見ながら私は自分を再確認した。

 そんなこんなで三曲目は適当に選んで、そして私はゲームコーナーから出た。
それから私は、毎年恒例のこの日だけの企画に参加する。
 その企画とは、8月7日には狸の湯で七夕祭りを開催するというものである。
笹も用意され、短冊も用意され、後は子供たちの幼稚かつ勝手な要望が短冊に書かれ、笹に飾られるだけだ。 
 私は、私がその時書いた願いが幼稚なものではあるかも知れない、と思った。そしていかに勝手なのだろうとも。
でも、これ位はしなければ、友人のような目にあう人が増えるかもしれない。
彼らが自力で立ち上がれれば良いが、そうでない人の方が多いだろう。彼らを守ってやるだなんて思っちゃいない。
勝手な奴らを、その実力を超えた上で蹴落としてやりたい。私はそう思っていたし、今も思っている。

 笹が飾られてあるところの近くには、赤青白黄の四色の短冊と小さな油性のサインペンが置かれてあった長い机があった。
そこには幼稚園児(位の年齢と見受けた)らが並び、流行のヒーローになりたい!とかの荒唐無稽な願い事を書いていた。
 笹に「○○マンになりたい!」などの、物凄くありふれた願いが書かれてある短冊が数十飾られてきた頃、ようやく私の番が回ってきた。
私はサインペンのキャップを取って白の短冊を選び、キュッキュッと願い事を書いた。


「私が世界で一番音楽ゲームがうまくなりますように。
そして、調子に乗って他人を傷つけるプレイヤーを容赦なく批難できますように。…全ての人が平和でありますように」



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