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月末の夜

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81 :月末の夜:2010/12/19(日) 14:41:01 ID:cUSnwmgnO
 日も沈み、足元すら見えない暗闇の中を足早に移動する影が一つあった。
 錆の浮いたシャッターに閉ざされた商店の前を猫の様に忍び足で、しかし素早く駆け抜ける。
 天候は晴れ。昨日少し寝冷えしたせいで鼻がつまっている事を除けば体調も万全。絶好の廃屋探索日和だ。
 冷たい北風の吹き抜けても自然と笑みが溢れる。
 彼の名は鈴木悟史。
 元は単なる弐寺メインのビーマニプレイヤーだったが遠征をしているうちに建物の方にハマり、いつしかゲームセンター専門の廃虚マニアとなった好事家だ。
 商店街の中程で鈴木は足を止めた。元は賑わっていたであろう筈の果物屋と雑貨屋に挟まれる様にして目的の場所はあった。
 アミューズメント・グリーン。
 名前を意識してか白塗りの壁一面に緑のペンキで施された細かなアラベスクはまるで本物の蔦が壁に絡み付いている様だ。
 別の建物を見に来た際偶然通り掛かった際見かけ、一瞬で心を奪われた。
 営業していた時は入口上のネオン管も煌めき、さぞかし人目を引いた事だろう。
 しかし時代の波に逆らえなかったのか鮮やかな塗装もすっかり色褪せ、闇夜に溶け込む様にしてひっそり佇んでいるだけだ。
 辺りに誰も居ない事を確認し正面玄関に近付く。そしてもう一度背後を確認し、そっと自動ドアに手を触れた。
 廃屋といえど無闇に破壊しない様気を配るのは鈴木のポリシーだ。
 こういう建物は施錠されている事が殆どなので大して期待はしていなかったが、予想とは裏腹に自動ドアはすんなり左右に開いた。
 どうやら同じ目的の先客が居たらしい。
 あまり荒らされていない事を祈りながら鈴木は玄関を潜り抜けた。ここに来てようやくポケットから懐中電灯を取り出して足元を照らす。
 この懐中電灯は廃虚探索の為に入念に選んだものだ。光が強すぎては外に漏れるしあまり暗いと足元が見えない。
 赤い光に照らされた室内を見て鈴木は嘆息を漏らした。

82 :月末の夜:2010/12/19(日) 14:49:41 ID:cUSnwmgnO
 素晴らしい。
 置かれた備品、照明器具、残された筐体、その全てが完璧な状態で保存されている。
 こんな廃屋を今まで見た事が無かった。板張りの床が傷み、歩く度にあちこち軋む事を除けばほぼ正常だ。
 草木の楽園と化した建物も好きだがこの様な廃屋も違った良さがある。
 鈴木は顔を上げて四方の壁に目をやった。時を経て劣化した壁紙にも外と同じく壮大なアラベスクが描かれている。
 まるで営業していた時のまま時を止めてしまったかの様だ。
 外観から放置されてしばらく経っていると践んだが埃が積もっていない所を見ると案外最近まで営業していたのかもしれない。
 懐中電灯を持ち変えて今度は自分の周辺を照らした。
 入口付近には中身もそのまま残されたUFOキャッチャーの筐体がコンセントの抜かれた状態で数台無造作に置かれている。
 配線もそのまま投げ出されている所を見ると動かそうとしたが何らかの理由で諦めたのだろうか。せめて景品くらい持っていけば良かったのに。
 更にその奥へ光を向けるとL字型の大きな机が見えた。奥には扉が一つある。カウンターの中に入り、そっとノブを回す。
 意味も無く足音を殺して鈴木は近付いた。やはり鍵はかけられてはいない。
 室内には窓を塞ぐ様に書類棚二つ、それに背を向ける様に事務机と壁に固定された金庫が一つ置かれている。ここが事務所の様だ。
 しかしその場所だけ嵐が過ぎ去った様に酷く荒らされていた。
 一々拾って見る事はしなかったが狭い室内に伝票と思われる紙切れが散乱している。先客の目的はどうやら自分とは違った様だ。
 さて、荒らされた事務所に興味は無いしそろそろ店内に戻ろうか。
 懐中電灯の明かりを扉に向けようとした時、机の上に数冊のノートが置かれている事にに気が付いた。
 それはよくある大学ノートで、タイトルは無い。
 しかし手に取った鈴木はすぐにその正体が分かった。

83 :月末の夜:2010/12/19(日) 14:59:38 ID:cUSnwmgnO
 交流ノート。
 これはゲームセンターに来る客同士が好きに使って親睦を深めたり店員への要望を書いておく目的で置かれたノートだ。
 荒らされた伝票には興味無いがこちらは是非とも見てみたい。机に寄り掛かる様に座ると鈴木は表紙を開いた。
 相当昔のものなのか紙が茶色に変色している。
 文脈から察するにこのゲームセンターは音ゲーが主力だったらしく殆どがビーマニシリーズに関する内容だった。
 上級者への質問や定員に対するメンテナンスの要望、時折ゲームのキャラクターが書いてある。
 と、ページを捲る鈴木の手が止まった。そこには見開き一ページまるごと使い


「ギタドラバトル シロネ ゲストに注意!!」


 と黒い太マジックの大きな字で書かれていたのだ。それを見た鈴木はニヤリと笑った。
 白ネのゲスト。ギタドラのバトルモードにカードを使わずに参加する表示される名前で、
 多くはカードを持たない一見客もしくは狩りや多人数の不正プレーヤーだ。
 恐らくこれを書いた人物は後者に当たってしまったに違いない。そしてその悔しさをノートにぶつけたのだろう。
 それなのに次のページでは何事も無かったかの様に次の人のコメントやイラストが綴られているのがシュールだ。
 鈴木はページを捲る。そこから数ページ進んだ所で再び手を止めた。
5日
AM10:28 RYOJI ○ ツミナガラ
AM11:05 GUEST × ヘリング
PM12:11 BD 引き分け 100秒

 文脈から察するにどうやらこれはギタドラでのバトルの勝敗を記録したものらしい。日時、曲、対戦相手の名前、結果等が細かく記されている。
 そしてそこにも白ネゲストの名前があった。しかもその部分だけマーカーペンで執拗に印がつけてある。
 あの注意書きを書いた人物だろうか。だとすれば余程恨んでいるらしい。

84 :月末の夜:2010/12/19(日) 15:11:27 ID:cUSnwmgnO
 読み進むにつれそれはどんどん増えていった。ここまで来ると最早執念さえ感じる。
 しかも筆跡を見るに一人ではなく複数の人間が書いているらしかった。
 白ネのゲストとこのゲームセンターとの間に一体何があったのだろう。
 そして読み進めるにつれ茶色い染みもどんどん濃くなり段々判読が難しくなってきた。
 そういえばこの染みは何だろう。紙が古くなったのかと思ったけど違う。まるで何かが溢れた跡の様だ。
 次第にページを捲る度にパリパリと音がする様になり、ついにページとページがくっついて読み辛くなってきた。その間も記録は続く。
 それでも何とか読んでいるとバトル日誌ではなく何か文章の書いてあるページが出てきた。
 染みが濃く判読出来ない箇所もあったが、鈴木は何とか懐中電灯の灯りを頼りに拾い読みした。

 この××に××してくれた人へ。
 俺のために今までありがとう。昨日ついに終わりました。これもみんな××してくれた人のお陰です。皆が居なかったらきっと××なんて出来なかった。
 たとえ××だったとしても思い残す事は無い。本当に、本当にありがとう。

 まるで別れの挨拶の様な文に鈴木はノートを閉じた。冗談にしては気味が悪過ぎる。
 …そういえばまだ見ていない場所もあった筈だ。そっちを見に行こう。
 立ち上がろうと床に手をついた鈴木は何かに触れた。
 冷たい。
 感触からして恐らく液体だ。反射的に懐中電灯を向けた鈴木は机のすぐ脇に小さな水溜まりが出来ている事に気が付いた。
 おおよそコップ一杯程度の茶色っぽい水の中に紙が落ちて染まっている。
 何でこんな所に水が。
 鼻が詰まっているせいで臭いは分からないが嫌な予感しかしない。おまけにその液体に乾いた形跡は無く、まるでついさっき溢れたかの様だ。
 ガタン、と何かが倒れる様な音がしたのはその時だった。

85 :月末の夜:2010/12/19(日) 15:20:58 ID:cUSnwmgnO
 音は鈴木のまだ見ていない場所から聞こえた。
 …居る。自分以外の何かが確実に居る。
 先に建物内の安全を確保しなかった自分の軽率さを後悔しながら鈴木は恐る恐るカウンターから顔を覗かせた。
 あれから物音はしない。だが本当に安全なのか確かめておかなければ。
 右手に懐中電灯を、左手にノートを持ったまま鈴木はゆっくり歩き始めた。
 猫であって欲しい。いや、この際足があるものなら何でも構わない。
 問題の場所が見えてきた時鈴木ははっと立ち止まった。
 そこはビーマニシリーズばかり集められた音ゲーコーナーだった。並ぶ筐体はどれも初代のもので当時を思わせる。
 しかし今はどれも動きを止め、黒い画面は何も写してはいない。
 ―――筈だった。とある筐体を除いて。
 一番奥にあるドラムマニアのモニターに起動画面が表示されていたのだ。
 手からノートが滑り落ちる。拾おうともせずに鈴木は呆然と筐体を見つめた。
 何故とっくに潰れている筈のゲームセンターにある筐体が再び動き出そうとしているんだ。
 いや、今はそんな事どうでもいい。とにかくここから早く逃げよう。
 我に返った鈴木が踵を返すのと起動完了したドラムマニアからOP曲が爆音で流れだしたのはほぼ同じ時だった。
 強烈な閃光が闇を切り裂く。その明かりで鈴木は足元のノートに漸く気が付いた。
 落ちた衝撃でノートが開かれている。仄明るくなった店内で鈴木は最後のページを見た。
 染みだらけの紙の上で辛うじて形を保っていた12個の文字を。




 う し ろ の し ょ う め ん だ ぁ れ




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 もうそれ以上この場所に留まる勇気も理由も無い。耳をつんざく様な悲鳴と共に鈴木は表に飛び出した。
 建物が廃墟になるにはそれなりの理由がある。人が寄り付かなくなる程の深い深い因縁が。
 完全に悲鳴と足音が遠退いた頃、店内は再び静寂に包まれた。
 正確には筐体から曲が流れているので全くの無音ではないがそれ以外何も聞こえない。
 画面が店内ランキングに変わった時ドラムマニア筐体の裏から影が一つずるりと這い出してきた。

86 :月末の夜:2010/12/19(日) 15:29:20 ID:cUSnwmgnO
 今から数年前、このゲームセンターに通う一人の高校生が居た。
 彼の名は城根 隆。近隣の高校に通う高校一年生でドラムマニアのプレーヤーだ。
 カードネームは苗字をそのまま取ってSIHRONE。しかし名前の割に中々の腕前で周囲からは密かに「赤ネのシロネ」と呼ばれていた。
 そんな彼には一つだけ困っている事がある。それはとてつもない運の悪さだ。
 早起きすれば事故に巻き込まれ、テストで山を張れば必ず外れるのはいつもの事。
 それはゲームもご多分に漏れなかった。
 譜面にランダムをかければあり得ない外れ譜面を引き、選曲画面でALL RANDOMを選べば必ずDAY DREAMかThe Least 100sec.のEXTREAMが当たる。
 中でも一番酷いのはバトルだった。当たるのは全て狩りか多人数か捨てゲープレーヤー。まともに勝負出来た事など一度もない。
 見かねた他の常連が交流ノートにゲストが来たら注意する様書いてやったが敵の正体が分かっただけで変化は無かった。
 その間にもどんどん増えて行く黒星。赤ネなのにまだ一勝も出来ていない。これでは代行と思われてもおかしくない結果だ。
 店の中でも上手いプレーヤーなのにこんな有り様では情けない。
 そこで本名も知らない顔見知り達は言葉もなく結束した。手の空いている時はひたすらバトルを行い、勝敗をノートに記す。
 こうする事で少しでも白ネのゲストが出にくい時間帯を割り出そうとしたのだ。
 一見無謀としか思えない作戦だがその結果、比較的遭遇しにくい曜日と時間帯は掴めた。
 しかし城根の運の悪さの方が遥かに強く、自ら捜し求めているのではないかと思える程白ネのゲストに当たり続ける。
 ここまで来ると最早意地だった。何としても白根を勝たせたい。
 噂はどんどん広がり、この店をホームとするプレーヤー達によってノートはあっという間に戦歴で埋め尽くされた。
 この時期の交流ノートは戦況以外書く者が居らず殆どバトル日記と化した程だ。
 けれども城根は相変わらず負け続けた。

87 :月末の夜:2010/12/19(日) 15:42:15 ID:cUSnwmgnO
 黒星は三桁に突入し、このまま永遠に負け続けるのではないかと誰もが思った。
 しかしノートの三分の二が埋まった頃、唐突にその時はやって来た。
 数秒毎に戦況が変わる激しい戦いだった。相手は例によって白ネのゲストだったが城根はついに破ったのだ。
 相手は城根以上に運の悪いプレーヤーだったに違いない。
 悔やまれる事といえばその日に限ってうっかりe-パスを忘れ、城根自身が白ネのゲストになってしまった事くらいだろうか。
 とにかく目的は果たされた。城根がノートに礼を書き、その日を境に交流ノートは元に戻った。
 しかし城根の運の悪さは健在だ。その後高3になった彼は就活の際、県内企業全ての面接を受けたが不採用。
 範囲を県外に広げても落ち続け、最終的に海外の企業も受けたが全て落ちた。
「俺…あのままだったらマジで生きてないかもな…」
 男は―――城根は立ち上がると床に落ちたノートを拾い上げ溜め息を吐いた。
 76573通目の不採用通知をもらった日、遠い目をしてやって来た城根をあまりにも不憫に思った店長が声をかけなければどこかの崖から身を投げていただろう。
 そんな思い出の詰まったノートを捲ると当時の懐かしい思い出が蘇ってくる。
 いつまでも勝てない自分を励まし続けてくれた常連達。
 他機種のプレーヤー達も事情を察して戦歴しか記されていない殺伐としたノートをクイズやイラストで和ませてくれた。
 今は張り付いて読むことの出来ないページに書かれていた内容もはっきり覚えている。
「『この子の七つのお祝いに』の『稚拙な吐息で炙られてもこの子の為に』に続く歌詞は何でしょう?」と。
 しかし誰かが答えを書いた直後城根が珈琲を溢してしまったので見た人は殆ど居なかった筈だ。
 てっきり処分されたものだと思っていたが店長が乾かしてきちんと保管してくれていたらしい。偶然見つけてついつい読み耽ってしまった。
 …そういえば探し物をしているんだった。城根は事務所の扉を開けた。
 持ち上げた瞬間伝票綴りの紐が切れ、散らばった伝票を集めているうちに机に置いてあった飲み物を倒して全電気系統がショート。
 警備システムもダウンしている事に気付かず雑巾を取りに行っている隙に侵入され、
 気配に気付いて咄嗟に筐体裏に隠れたもののコードに足を引っ掻けて転び、ゲームを起動させてしまうなんて運の悪さは相変わらずだ。
 落雷等に備えて予備電源が設置されていた事をすっかり忘れていた。

88 :月末の夜:2010/12/19(日) 15:50:33 ID:cUSnwmgnO
 それにしても、と城根は男の走り去った方向を見た。てっきり強盗か空き巣かと思ったが違った様だ。
 もしや最近流行りの廃虚マニアだろうか。だとすれば何て運の悪い男なんだ。
 城根は店内の電気を点け辺りを見回した。
 開店以来一度も塗り替えられていない壁。傷んでガムテープだらけの床。
 中身だけは変わっているが壊れては直し壊れては直しで使い続けた古い筐体。
 テープや画ビョウでボロボロになった壁紙を見て溜め息を吐いた。
「そろそろ改装だよなぁ…」
 あの男、明日ここにXG筐体が届く予定になっていると知ったら腰を抜かすに違いない。
 さて、その為にも明日までに場所を確保しなければ。店先のUFOキャッチャーの移動も途中止めになっている。
 それなのに店長はぎっくり腰で緊急入院。何で筐体を一人で動かそうとするのだろうか。
 言ってくれれば手伝ったのに。…とにかくまずは掃除だ。
 先程より更に大きな溜め息を吐きながら臨時店長・城根は事務所に消えた。



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