「うーん、美味い!」
小さな竹のカゴから緑色の餅をつまみ出した元親は、二口ほどでそれを
飲み込んだ。
「出かける前に、厨房に寄ってみて良かったぁ。あんだけ沢山あんなら、
少しくらい無くなってても、判りゃしねぇもんな♪」
実は、政宗に気付かれない内に、ちゃっかりずんだ餅を懐に忍ばせてい
た元親は、先程の小岩に腰掛けると、昼下がりの休憩と洒落込んでいた。
あの後、ひとり黙々と地図と睨めっこを続けていた元親は、その甲斐あ
ってか辺り一帯の地形について、幾分か把握出来るようになった。
「よしよし、大分判ってきたぞ。この調子でいけば……」
水筒から水をひと口飲んだ元親は、頭の中に描かれた地形と手元の地図、
そしてそれらと一致する目の前の景色を確認すると、満足そうに頷く。
そのまま上を向くと、元親の澄んだ瞳いっぱいに、空の蒼が映り込んで
きた。
暫し、瞳を細めて堪能していた元親だったが、
「…?」
それまで穏やかに宙を踊っていた風の中に、何か異質なものが混じってい
るのを覚えた。
「何だ…風が…空気が騒がしくなってきた……?」
風や気配の異常を読み取る能力に長けた元親は、風に運ばれた不審なもの
を辿るべく、傍らの地図を再度開いた。
「この方角は…えっと、確か最上とかいう国との境……」
言いながら身体をその方向へ傾けた瞬間。
元親の耳に複数の蹄の音と、荒々しい怒号が飛び込んできた。
小さな竹のカゴから緑色の餅をつまみ出した元親は、二口ほどでそれを
飲み込んだ。
「出かける前に、厨房に寄ってみて良かったぁ。あんだけ沢山あんなら、
少しくらい無くなってても、判りゃしねぇもんな♪」
実は、政宗に気付かれない内に、ちゃっかりずんだ餅を懐に忍ばせてい
た元親は、先程の小岩に腰掛けると、昼下がりの休憩と洒落込んでいた。
あの後、ひとり黙々と地図と睨めっこを続けていた元親は、その甲斐あ
ってか辺り一帯の地形について、幾分か把握出来るようになった。
「よしよし、大分判ってきたぞ。この調子でいけば……」
水筒から水をひと口飲んだ元親は、頭の中に描かれた地形と手元の地図、
そしてそれらと一致する目の前の景色を確認すると、満足そうに頷く。
そのまま上を向くと、元親の澄んだ瞳いっぱいに、空の蒼が映り込んで
きた。
暫し、瞳を細めて堪能していた元親だったが、
「…?」
それまで穏やかに宙を踊っていた風の中に、何か異質なものが混じってい
るのを覚えた。
「何だ…風が…空気が騒がしくなってきた……?」
風や気配の異常を読み取る能力に長けた元親は、風に運ばれた不審なもの
を辿るべく、傍らの地図を再度開いた。
「この方角は…えっと、確か最上とかいう国との境……」
言いながら身体をその方向へ傾けた瞬間。
元親の耳に複数の蹄の音と、荒々しい怒号が飛び込んできた。
新しい葉で淹れ直した茶を盆に載せながら、政宗は自室へと続く廊下を歩
き続ける。
縁側まで進んだ所で、政宗の左目に見慣れた人影が映った。
「オメェら、何でいるんだ…?元親はどうしたんだ?」
「あっ…ひ、筆頭…!」
庭にいたのは、朝、元親と一緒に視察に行かせた精鋭たちだった。
元親が未だ戻ってきていないのに、何故彼らがここにいるのか。
気まずそうに視線を反らせている彼らの傍まで歩み寄ると、政宗はもう一
度尋ねた。
「俺はオメェらに、案内を任せた筈だぞ。まさかアイツの事…」
「ち、違います!ちゃんと案内はしましたよ!な、なあ!」
「そうですよ、筆頭!俺らが筆頭の命令に逆らう筈が、ないじゃありませ
んか!」
「じゃあ、どうして元親がいねぇのに、おメェらだけ戻って来てるんだ!?」
「筆頭…あの、実は……」
先刻、最後まで元親を置いていく事を躊躇っていた男が、口を割ろうとし
たが、それは他の仲間の畳み掛けるような言葉にかき消されてしまった。
「そ、それは!目的の山まで案内した後で、『後はひとりでやりたいか
ら、先に帰ってくれ』って、言われたからです!」
「What…?」
き続ける。
縁側まで進んだ所で、政宗の左目に見慣れた人影が映った。
「オメェら、何でいるんだ…?元親はどうしたんだ?」
「あっ…ひ、筆頭…!」
庭にいたのは、朝、元親と一緒に視察に行かせた精鋭たちだった。
元親が未だ戻ってきていないのに、何故彼らがここにいるのか。
気まずそうに視線を反らせている彼らの傍まで歩み寄ると、政宗はもう一
度尋ねた。
「俺はオメェらに、案内を任せた筈だぞ。まさかアイツの事…」
「ち、違います!ちゃんと案内はしましたよ!な、なあ!」
「そうですよ、筆頭!俺らが筆頭の命令に逆らう筈が、ないじゃありませ
んか!」
「じゃあ、どうして元親がいねぇのに、おメェらだけ戻って来てるんだ!?」
「筆頭…あの、実は……」
先刻、最後まで元親を置いていく事を躊躇っていた男が、口を割ろうとし
たが、それは他の仲間の畳み掛けるような言葉にかき消されてしまった。
「そ、それは!目的の山まで案内した後で、『後はひとりでやりたいか
ら、先に帰ってくれ』って、言われたからです!」
「What…?」
『一緒に行ってくれないのかよ?』
屋敷を発つ前の、心細そうな元親の顔を、政宗は思い出す。
自分同様、寂しがり屋な元親が、果たして本当にそんな事を言ったのだ
ろうか。
まさか、連日に及ぶ心無い部下や自分の仕打ちに愛想を尽かせて、密かに
出奔でも考えていたというのか。
そして、もし今日の事が好機だとばかりに、自分の下から去る決意をして
いたなら……
考えれば考えるほど、政宗の脳裏には悪い事ばかりが浮かんでくる。
「……元親に謝らねぇと」
恐縮しながらその場を逃げるように離れた部下や、カチャカチャと音を立
てて縁から零れ始めた湯飲みにも構わず、政宗は早足で自室へ戻った。
屋敷を発つ前の、心細そうな元親の顔を、政宗は思い出す。
自分同様、寂しがり屋な元親が、果たして本当にそんな事を言ったのだ
ろうか。
まさか、連日に及ぶ心無い部下や自分の仕打ちに愛想を尽かせて、密かに
出奔でも考えていたというのか。
そして、もし今日の事が好機だとばかりに、自分の下から去る決意をして
いたなら……
考えれば考えるほど、政宗の脳裏には悪い事ばかりが浮かんでくる。
「……元親に謝らねぇと」
恐縮しながらその場を逃げるように離れた部下や、カチャカチャと音を立
てて縁から零れ始めた湯飲みにも構わず、政宗は早足で自室へ戻った。




