部屋に帰ると幸村が、腹を押さえてうずくまっていた。
常に必要以上に喚き回っている幸村が、大人しくじっと固まっているのを見て、さすがにこれは心配になる。
「ったく…何拾い食いしたの?」
「そのような…意地汚い真似など、しておらぬ…」
額に脂汗浮かべながら、頑張って俺を睨み付けようとしている。
変な病気にでもかかってたら始末が悪いと思い、跪いて腹をさすってやる。
「どこが痛いの…ここ?」
「いや…」
そこでやっと気が付いた。
幸村の、着物の裾から一筋流れる赤いものに。
あぁ、"まだ"だったのか、とほっとするも、当の本人は相当辛そうだ。
「臓器が…搾り出されるようだ……俺は…死ぬのか」
「何言ってんの、月の道で死ぬ人なんていないよ。ほら、さっさと処置しちゃおうね」
痛みを堪えてぐったりしている幸村の着物を勝手にめくり、血を拭うと浅草紙をあてて、未使用の下帯を巻いてやった。
普段であればちらと裾をめくっただけで「破廉恥でござるぅぅ!!」とのたまうだろうに、恐ろしい程無抵抗だ。
それ程重いんだ。遊女としては、多少の障害になるなぁ。
「月の道…とは何でござるか…?」
「あれ?胞輩から聞いたりしてなかったの?」
問えば幸村は力なく首を左右に振る。
「月に一回来るから、『月の道』。女の子はねぇ、一人前の"オンナ"になるとみんなこうなるんだよ」
『オンナ』と唇だけ動かして幸村は言葉を追った。
「これで晴れて堂々と恋も新造出しもできるじゃない」
言って引きっぱなしの俺の布団へ横にしてやる。
「一人前になれば、恋をするのか」
上掛けから顔を半分だけ出しながら、おずおずと幸村は尋ねてきた。
「佐助は…?佐助も恋をしているのか」
こんな話に興味を持つなんて珍しい。痛みで気が弱ってるのか、月の影響で女らしくなってるのか。
ともかく話していれば気が紛れるようで、俺は少しだけ昔話をしてあげる気になった。
「昔は…そんな人もいたけどね」
「それは…どんな方だったのだ」
窓の外の遠くを見やると、幸村もつられる様にそちらを向く。
「南蛮の血が混じっていてねぇ、透き通るような金の髪に、黒の着物がよく似合った」
丁度窓の外には、ひらひらと、一羽の蝶。
「…黒揚羽みたいに、優雅で美しい子だった」
"子"と聞いて幸村の目がひっくり返った。
「ん!?…まさか……」
「そうだよーお職の花魁だったのさ。幸村のように、まっすぐ純粋な子だったなぁ。
好きな人ができて、好きな人に見初められて、好きな人に請け出されて行った。運の良い子だったよ」
俺の本心を見抜こうとするように、まっすぐに瞳を見つめてくるから、微笑み返してやれば、
赤く染まった頬を隠すように、また少し布団を引き上げた。
「某も…」
「ん?」
「某も、佐助が好きだ」
意外な告白に、これには俺がびっくりした。
そして幸村は、更に意外な言葉を続けていく。
「お館様も、慶次殿も好きだ…お二人が、佐助と仲良くしていると、胸の内側を引っ掻かれる様な感じがする」
なーんだ、と内心がっかりしながら
「で、誰が一番好きなのさ」
と揶揄するように笑いながら問えば、幸村は大真面目にこう答えた。
「三人とも、だ」
「あははは、それじゃー恋とは呼べないかなー」
笑い飛ばされて、むぅと不機嫌に口を尖らせた。
なだめるように頭を撫でてやれば、子犬のような柔らかな毛が心地良い。
「今日はお稽古、休みなね。使いを出しておいてやるから」
ぽんぽんと頭をはたいてやれば、はと思い出したように幸村はその手を跳ねのけた。
「佐助は、佐助はどうするのだ。そういえばまだ湯屋にも行ってないではないか。もう昼見世が始まるぞ」
下っ端のくせに遣手みたいに口うるさいなぁ。どっちが姐貴分だか分かりゃしない。
「んー…もうめんどくさいから、今日は身揚がり」
言って自分もごろんと幸村の寝ている布団に潜り込む。
「揚代を自分で払うのか。また年季が増えるぞ」
「これぐらいじゃ増えないけどね。いーよ、俺様はその内どっかの旦那に請け出してもらうんだから」
横を向いて肘を付いた腕に頭を乗っけて、見れば幸村はうつらうつらとし始めていた。
「佐助は…某が請け出してやる…」
「あはは、それじゃ幸村の事を『旦那』って呼ばなくちゃ」
「それも…悪くな…い…」
笑って鼻先をつついてやれば、幸村はもう眠りの中に落ちていた。
「あれ?旦那?おーい」
"幸村"って呼ぶより、しっくりした。
妹分からは呼び捨てで、姉貴分からは敬称なんて、変かなぁ。
常に必要以上に喚き回っている幸村が、大人しくじっと固まっているのを見て、さすがにこれは心配になる。
「ったく…何拾い食いしたの?」
「そのような…意地汚い真似など、しておらぬ…」
額に脂汗浮かべながら、頑張って俺を睨み付けようとしている。
変な病気にでもかかってたら始末が悪いと思い、跪いて腹をさすってやる。
「どこが痛いの…ここ?」
「いや…」
そこでやっと気が付いた。
幸村の、着物の裾から一筋流れる赤いものに。
あぁ、"まだ"だったのか、とほっとするも、当の本人は相当辛そうだ。
「臓器が…搾り出されるようだ……俺は…死ぬのか」
「何言ってんの、月の道で死ぬ人なんていないよ。ほら、さっさと処置しちゃおうね」
痛みを堪えてぐったりしている幸村の着物を勝手にめくり、血を拭うと浅草紙をあてて、未使用の下帯を巻いてやった。
普段であればちらと裾をめくっただけで「破廉恥でござるぅぅ!!」とのたまうだろうに、恐ろしい程無抵抗だ。
それ程重いんだ。遊女としては、多少の障害になるなぁ。
「月の道…とは何でござるか…?」
「あれ?胞輩から聞いたりしてなかったの?」
問えば幸村は力なく首を左右に振る。
「月に一回来るから、『月の道』。女の子はねぇ、一人前の"オンナ"になるとみんなこうなるんだよ」
『オンナ』と唇だけ動かして幸村は言葉を追った。
「これで晴れて堂々と恋も新造出しもできるじゃない」
言って引きっぱなしの俺の布団へ横にしてやる。
「一人前になれば、恋をするのか」
上掛けから顔を半分だけ出しながら、おずおずと幸村は尋ねてきた。
「佐助は…?佐助も恋をしているのか」
こんな話に興味を持つなんて珍しい。痛みで気が弱ってるのか、月の影響で女らしくなってるのか。
ともかく話していれば気が紛れるようで、俺は少しだけ昔話をしてあげる気になった。
「昔は…そんな人もいたけどね」
「それは…どんな方だったのだ」
窓の外の遠くを見やると、幸村もつられる様にそちらを向く。
「南蛮の血が混じっていてねぇ、透き通るような金の髪に、黒の着物がよく似合った」
丁度窓の外には、ひらひらと、一羽の蝶。
「…黒揚羽みたいに、優雅で美しい子だった」
"子"と聞いて幸村の目がひっくり返った。
「ん!?…まさか……」
「そうだよーお職の花魁だったのさ。幸村のように、まっすぐ純粋な子だったなぁ。
好きな人ができて、好きな人に見初められて、好きな人に請け出されて行った。運の良い子だったよ」
俺の本心を見抜こうとするように、まっすぐに瞳を見つめてくるから、微笑み返してやれば、
赤く染まった頬を隠すように、また少し布団を引き上げた。
「某も…」
「ん?」
「某も、佐助が好きだ」
意外な告白に、これには俺がびっくりした。
そして幸村は、更に意外な言葉を続けていく。
「お館様も、慶次殿も好きだ…お二人が、佐助と仲良くしていると、胸の内側を引っ掻かれる様な感じがする」
なーんだ、と内心がっかりしながら
「で、誰が一番好きなのさ」
と揶揄するように笑いながら問えば、幸村は大真面目にこう答えた。
「三人とも、だ」
「あははは、それじゃー恋とは呼べないかなー」
笑い飛ばされて、むぅと不機嫌に口を尖らせた。
なだめるように頭を撫でてやれば、子犬のような柔らかな毛が心地良い。
「今日はお稽古、休みなね。使いを出しておいてやるから」
ぽんぽんと頭をはたいてやれば、はと思い出したように幸村はその手を跳ねのけた。
「佐助は、佐助はどうするのだ。そういえばまだ湯屋にも行ってないではないか。もう昼見世が始まるぞ」
下っ端のくせに遣手みたいに口うるさいなぁ。どっちが姐貴分だか分かりゃしない。
「んー…もうめんどくさいから、今日は身揚がり」
言って自分もごろんと幸村の寝ている布団に潜り込む。
「揚代を自分で払うのか。また年季が増えるぞ」
「これぐらいじゃ増えないけどね。いーよ、俺様はその内どっかの旦那に請け出してもらうんだから」
横を向いて肘を付いた腕に頭を乗っけて、見れば幸村はうつらうつらとし始めていた。
「佐助は…某が請け出してやる…」
「あはは、それじゃ幸村の事を『旦那』って呼ばなくちゃ」
「それも…悪くな…い…」
笑って鼻先をつついてやれば、幸村はもう眠りの中に落ちていた。
「あれ?旦那?おーい」
"幸村"って呼ぶより、しっくりした。
妹分からは呼び捨てで、姉貴分からは敬称なんて、変かなぁ。




