「入るぞ元就」
一つ深呼吸をした後、無造作に戸を開くと、元就は部屋の中央にきちっと座して正面を見据えていた。
相変わらずこの部屋は、日当たりは良いのに空気が冷たい。
原因は分かっている。この部屋の主が俺に投げ掛けてくる、凍るような視線のせいだ。
「貴様と話す事などこれ以上あらぬ」
部屋に一歩踏み出すなり、拒絶の言葉を投げ掛けてくる。
「おめーになくても、こっちにゃあるんだよ!」
言ってぱしんと小気味良い音を立てて戸を閉めやり、どっかと目の前にあぐらをかいて座った。
「単刀直入に言うぜ元就」
ずいと身を乗り出す。
「客とやれ」
不躾な物言いにも、元就は眉根一つ寄せなかった。
その整った面立ちを、ついと逸らし一言、こう言い放つ。
「拒否する」
その返答を聞いて、頭の中でぶちっと何かが切れる音がした。
「客と寝ねぇ遊女がどこにいるってんだ!!いい加減にしねぇと馴染みすら一人もいなくなんぞ!!」
脇の長火鉢をひっくり返しそうな勢いで、俺は叫び散らした。
だのに元就は意にも介せずそっぽを向いたまま、すました顔を続けている。
このやろぉぉぉぉぉ
一発ぶん殴ってやろうかと腰を浮かしたその時、頭の中に先程の佐助の声が蘇る。
『女なんてのは頭ごなしに叱られるよか…』
血管浮きだった顔を、どうにか平静に戻し、握った拳を収め、なるたけ静かな声で続ける。
「客が付かなくなったら…お前だって生活に困るだろ。そんなおめぇを…俺は見たくねぇよ」
その言葉に、元就は初めてまともに反応を返した。
目を見開き、まじまじと俺の顔を見つめたと思いきや、鼻先で笑い、ほくそ笑む。
「フン…鬼の忘八にも、そのような気遣いができるとは意外であったぞ」
鬼って…いや、俺がそう名乗っちゃいるけど…
こいつにそう呼ばれると、とんでもねー極悪非道に聞こえるな…
しかし落ち着け、大人になるんだ俺。皮肉笑いとは言え、こいつが俺に笑顔を向けたのは久しぶりだ。
「とにかくよ、餌も適度に与えてやらなきゃ魚も沖へ逃げてくってもんだ。このままどーするつもりなんだよ」
浮いた腰をもう一度落とし、深いため息を吐きながら、元就の言葉を誘い出す。
「そんなもの、策はいくらでもあるわ。男なんてのは、所詮浅はかな生き物であるからな」
誘いに乗じた元就は、やや饒舌に、得意そうに喋った。
しかしその『策』という言葉が引っかかる。
元就がこの言葉を使った時は、必ずとんでもない事を考えている時だ。
「まさか、てめぇ…」
嫌な予感が全身によぎる。
何故だか背中がぞわぞわする。
「察したようだな、"指"でも詰めて送ってやれば、それだけで相手は夢中になる。そこまで自分が恋しいのかと」
遊女が小指を詰めて、惚れた相手に差し渡す。
それは遊郭の一種の遊びであった。
相手の本気を探る為の、一つの火遊びのようなものだった。
だが、その『指詰め』で、俺には思い当たる節が一つあった。
「てめぇそれ…前にも同じ事やっただろ」
できる限り声を殺して搾り出したつもりだが、それがドスの利いた声になっている事は自分でもよく分かった。
「はて、何の事やら…」
もう一度、その能面のような表情を取り繕って、明後日の方を見やる元就に、
俺の頭の中の何かはブチブチブチッと3本くらい一辺にブチ切れた。
元就の胸倉を乱暴に掴み上げ、ぐいと引き寄せると一言も聞き漏らす事のできない程の大声で怒鳴る。
「すっとぼけんじゃねぇ!!以前おめぇに付いてた新造が指詰めてたのは、お前の仕業だったのか元就ぃ!!」
怒りに任せて揺さぶれば、華奢なその体は細い枝のように心許なくがくがくと揺れる。
「フン…あのような、お職にもなれぬ器量の娘を、我が有効に使ってやっただけの事よ」
掴み上げられながら元就は、いけしゃあしゃあと言ってのけた。
確信した。
こいつは自分の下っ端に指詰めさせて、それを馴染みに送ったんだ。
自分の指だと、自分の想いの現れだと偽って。
「今時指詰めなんか流行らねぇんだよ!てめぇの指も落とす気もねーくせに、その口で策だ何だとほざくんじゃねぇ!!」
手前の判断で誓いを立てるんなら、止めやしねぇ。
しかし妹分達を捨て駒のように扱うこいつには、もう我慢がならねぇ。
怒りやら、悔しさやら、哀れやらで、目の前が真っ赤に染まっていくような気がした。
だが元就の口から突いて出た言葉は、意外なものだった。
「我の指なぞいくらでもくれてやろうぞ!!相手が受け取る気がないだけだ!!」
元就が初めて声を荒げる。
それだけで、言葉の真偽が伺えた。
一つ深呼吸をした後、無造作に戸を開くと、元就は部屋の中央にきちっと座して正面を見据えていた。
相変わらずこの部屋は、日当たりは良いのに空気が冷たい。
原因は分かっている。この部屋の主が俺に投げ掛けてくる、凍るような視線のせいだ。
「貴様と話す事などこれ以上あらぬ」
部屋に一歩踏み出すなり、拒絶の言葉を投げ掛けてくる。
「おめーになくても、こっちにゃあるんだよ!」
言ってぱしんと小気味良い音を立てて戸を閉めやり、どっかと目の前にあぐらをかいて座った。
「単刀直入に言うぜ元就」
ずいと身を乗り出す。
「客とやれ」
不躾な物言いにも、元就は眉根一つ寄せなかった。
その整った面立ちを、ついと逸らし一言、こう言い放つ。
「拒否する」
その返答を聞いて、頭の中でぶちっと何かが切れる音がした。
「客と寝ねぇ遊女がどこにいるってんだ!!いい加減にしねぇと馴染みすら一人もいなくなんぞ!!」
脇の長火鉢をひっくり返しそうな勢いで、俺は叫び散らした。
だのに元就は意にも介せずそっぽを向いたまま、すました顔を続けている。
このやろぉぉぉぉぉ
一発ぶん殴ってやろうかと腰を浮かしたその時、頭の中に先程の佐助の声が蘇る。
『女なんてのは頭ごなしに叱られるよか…』
血管浮きだった顔を、どうにか平静に戻し、握った拳を収め、なるたけ静かな声で続ける。
「客が付かなくなったら…お前だって生活に困るだろ。そんなおめぇを…俺は見たくねぇよ」
その言葉に、元就は初めてまともに反応を返した。
目を見開き、まじまじと俺の顔を見つめたと思いきや、鼻先で笑い、ほくそ笑む。
「フン…鬼の忘八にも、そのような気遣いができるとは意外であったぞ」
鬼って…いや、俺がそう名乗っちゃいるけど…
こいつにそう呼ばれると、とんでもねー極悪非道に聞こえるな…
しかし落ち着け、大人になるんだ俺。皮肉笑いとは言え、こいつが俺に笑顔を向けたのは久しぶりだ。
「とにかくよ、餌も適度に与えてやらなきゃ魚も沖へ逃げてくってもんだ。このままどーするつもりなんだよ」
浮いた腰をもう一度落とし、深いため息を吐きながら、元就の言葉を誘い出す。
「そんなもの、策はいくらでもあるわ。男なんてのは、所詮浅はかな生き物であるからな」
誘いに乗じた元就は、やや饒舌に、得意そうに喋った。
しかしその『策』という言葉が引っかかる。
元就がこの言葉を使った時は、必ずとんでもない事を考えている時だ。
「まさか、てめぇ…」
嫌な予感が全身によぎる。
何故だか背中がぞわぞわする。
「察したようだな、"指"でも詰めて送ってやれば、それだけで相手は夢中になる。そこまで自分が恋しいのかと」
遊女が小指を詰めて、惚れた相手に差し渡す。
それは遊郭の一種の遊びであった。
相手の本気を探る為の、一つの火遊びのようなものだった。
だが、その『指詰め』で、俺には思い当たる節が一つあった。
「てめぇそれ…前にも同じ事やっただろ」
できる限り声を殺して搾り出したつもりだが、それがドスの利いた声になっている事は自分でもよく分かった。
「はて、何の事やら…」
もう一度、その能面のような表情を取り繕って、明後日の方を見やる元就に、
俺の頭の中の何かはブチブチブチッと3本くらい一辺にブチ切れた。
元就の胸倉を乱暴に掴み上げ、ぐいと引き寄せると一言も聞き漏らす事のできない程の大声で怒鳴る。
「すっとぼけんじゃねぇ!!以前おめぇに付いてた新造が指詰めてたのは、お前の仕業だったのか元就ぃ!!」
怒りに任せて揺さぶれば、華奢なその体は細い枝のように心許なくがくがくと揺れる。
「フン…あのような、お職にもなれぬ器量の娘を、我が有効に使ってやっただけの事よ」
掴み上げられながら元就は、いけしゃあしゃあと言ってのけた。
確信した。
こいつは自分の下っ端に指詰めさせて、それを馴染みに送ったんだ。
自分の指だと、自分の想いの現れだと偽って。
「今時指詰めなんか流行らねぇんだよ!てめぇの指も落とす気もねーくせに、その口で策だ何だとほざくんじゃねぇ!!」
手前の判断で誓いを立てるんなら、止めやしねぇ。
しかし妹分達を捨て駒のように扱うこいつには、もう我慢がならねぇ。
怒りやら、悔しさやら、哀れやらで、目の前が真っ赤に染まっていくような気がした。
だが元就の口から突いて出た言葉は、意外なものだった。
「我の指なぞいくらでもくれてやろうぞ!!相手が受け取る気がないだけだ!!」
元就が初めて声を荒げる。
それだけで、言葉の真偽が伺えた。




