陽炎を思わせる動作で女が起き上がり、濡れた瞳で私を見た。
「辿りつける、と言ったな、何処かへ」
枷の跡が色濃い己が手首を擦り、女に語りかける。
「意思もないまま流されたしてもろくな処ではあるまい。貴殿はそれでいいのか。
私は御免だ。いつか必ず、この心のまま出て行く。貴殿のように折れたりはしない」
先の痴態を払拭するようにわざとらしく胸を張っても、見透かすように女は楚々と笑むだけ。
沈黙の後降ってきたのは女の吐息交じりの声だった。
「……うみへ」
不意の単語に耳を疑う。海?
「我が流される場所は、煌めくあの海なのだ」
いつだって青い空。永遠に晴れた、優しい風と太陽の加護を受けた海原へ帰るのだから。
愛しい人の待つあの海へ。
「そなたは?」
夢見る女は狂気の淵を覗いているようでも、無垢な少女のようでもあった。やはり、市を思い出させる。
御伽噺のお姫様はね、どんな苦難にあっても必ず、最後にはしあわせになれるの。
いつ、どこの出来事なのかは分からないけど…だから、誰の胸にも御伽噺の美しい森はある。市は、そこにいるのよ。
「私も、愛しい人の元へ」
帰るのだ、必ず。
「辿りつける、と言ったな、何処かへ」
枷の跡が色濃い己が手首を擦り、女に語りかける。
「意思もないまま流されたしてもろくな処ではあるまい。貴殿はそれでいいのか。
私は御免だ。いつか必ず、この心のまま出て行く。貴殿のように折れたりはしない」
先の痴態を払拭するようにわざとらしく胸を張っても、見透かすように女は楚々と笑むだけ。
沈黙の後降ってきたのは女の吐息交じりの声だった。
「……うみへ」
不意の単語に耳を疑う。海?
「我が流される場所は、煌めくあの海なのだ」
いつだって青い空。永遠に晴れた、優しい風と太陽の加護を受けた海原へ帰るのだから。
愛しい人の待つあの海へ。
「そなたは?」
夢見る女は狂気の淵を覗いているようでも、無垢な少女のようでもあった。やはり、市を思い出させる。
御伽噺のお姫様はね、どんな苦難にあっても必ず、最後にはしあわせになれるの。
いつ、どこの出来事なのかは分からないけど…だから、誰の胸にも御伽噺の美しい森はある。市は、そこにいるのよ。
「私も、愛しい人の元へ」
帰るのだ、必ず。
それからまた幾日の間。
半ば強制的に、半ば自ら飛び込むように私たちは互いに触れ合った。
初めに女が私にしたように、私もまた彼女を穿ち、責め、憂さを晴らすためだけの、愛撫に姿を変えた暴力を振るった。
組み敷かれた女が手を伸ばして、私の右目に触れようとする。涙を流しながら微笑んだ。
「そなたの、意思の強い瞳…我は、我は」
女はどうしてか右しかみない。まるで、瞳はその一つしかないとでも言うように。
きっと私ではない他の誰かを見ている。いいのだ、そんな事はどうでもいい。私とてこの女を見てはいない。
最初から私には市しかいない。浅井でも、織田でもなく、ただ一人の個として互いに触れ合えた彼女だけ。
「ずっと、求めていた…」
女がうわ言を繰り返す。
「やっと出会えた、愛しい人」
清かに笑った、市の黒髪。
「さみしかった」
さみしかったの、ずっとひとりで生きるんだと、だから何も見ないように、昔の優しい景色はもう思い出さないように、
とうさま、かあさま、にいさま、みんなごめんね、枯れてゆく思い出にわたしは耐えられなかった。
擦り切れる約束も、崩れ落ちる花も、さみしくて、だから、だけど、悲しくて、でも飛び込んだ海は暖かかった。
愛してるって言ってくれた。あの人だって本当はすごくさみしかったのに。
わたし、わたしたち、これからはひとりじゃないから。
半ば強制的に、半ば自ら飛び込むように私たちは互いに触れ合った。
初めに女が私にしたように、私もまた彼女を穿ち、責め、憂さを晴らすためだけの、愛撫に姿を変えた暴力を振るった。
組み敷かれた女が手を伸ばして、私の右目に触れようとする。涙を流しながら微笑んだ。
「そなたの、意思の強い瞳…我は、我は」
女はどうしてか右しかみない。まるで、瞳はその一つしかないとでも言うように。
きっと私ではない他の誰かを見ている。いいのだ、そんな事はどうでもいい。私とてこの女を見てはいない。
最初から私には市しかいない。浅井でも、織田でもなく、ただ一人の個として互いに触れ合えた彼女だけ。
「ずっと、求めていた…」
女がうわ言を繰り返す。
「やっと出会えた、愛しい人」
清かに笑った、市の黒髪。
「さみしかった」
さみしかったの、ずっとひとりで生きるんだと、だから何も見ないように、昔の優しい景色はもう思い出さないように、
とうさま、かあさま、にいさま、みんなごめんね、枯れてゆく思い出にわたしは耐えられなかった。
擦り切れる約束も、崩れ落ちる花も、さみしくて、だから、だけど、悲しくて、でも飛び込んだ海は暖かかった。
愛してるって言ってくれた。あの人だって本当はすごくさみしかったのに。
わたし、わたしたち、これからはひとりじゃないから。
ずっと一緒にいるの。
そうだ、市、私達は一緒だ。離れたりするものか。




