躑躅色の小袖で濃姫の前に現れたまつの手に、先ほどまで着ていた戦装束が畳まれている。
「まつ?」
訝って目で問うと、まつは控えめな態度で答えた。
「よろしければ、一度お召しになって頂けませぬか?」
「わたしが?」
目を丸くした濃姫に、まつはきっと似合うはずだと今度は少し強い口調で言う。
濃姫は逡巡した。
実のところ、この装束を着てみたいと思う心があったりする。
こんな鮮やかな萌黄色はちょっとない。どんな染料で染められたのかという興味よりも――
濃姫も女だ――純粋に身に着けてみたいと思う気持ちが強かった。それを見透かされたの
かしらと考えると、気恥ずかしくもある。
「でも、ねぇ……」
濃姫は気乗りしないふうを装って、まつの顔を見る。
「ぜひ」
言葉すくなに言って、まつは装束を濃姫の膝元に寄越した。それでも困った顔をつくっていると、
「濃姫様は、ご自分の後姿を見てみたいとお思いになられたことがござりまするか?」
と、おかしなことを言い出した。
「え?」
「まつめは、ずっと思っておりました。されど、鏡を見ても湖面を覗いても、なかなか己の
後ろ姿というものは見ることができませぬ。見えぬと、余計に見たくなりまする」
「そ、そうね」
頭のいい女だ、と思いながら濃姫は答えた。
まつは濃姫が例の装束を着てみたいと思っていることも、それを言うのを恥ずかしく思って
いることも知っているのだ。だから、あくまでも「まつが、濃姫に衣装を着せたがっている」
というように衣装を勧める。自分の衣装を他人に着せて、その後姿を見たいのだ、と。
そうでなければ、人を着せ替え人形扱いする気か、とも取られかねないことを、わざわざ
願い出るはずもなかった。
「だから、ぜひ」
「うふふ、分かったわ」
こちらを立ててくれるまつの言葉をこれ以上拒めるはずもない。けれど、上手い具合に乗せ
られるだけというのも面白くない。
「じゃ、こうしましょう。あなたはわたしの、わたしはあなたの、それぞれ後姿を見るの。
わたしも自分の後姿が見てみたいわ」
「まあ……そんな」
「まつ?」
訝って目で問うと、まつは控えめな態度で答えた。
「よろしければ、一度お召しになって頂けませぬか?」
「わたしが?」
目を丸くした濃姫に、まつはきっと似合うはずだと今度は少し強い口調で言う。
濃姫は逡巡した。
実のところ、この装束を着てみたいと思う心があったりする。
こんな鮮やかな萌黄色はちょっとない。どんな染料で染められたのかという興味よりも――
濃姫も女だ――純粋に身に着けてみたいと思う気持ちが強かった。それを見透かされたの
かしらと考えると、気恥ずかしくもある。
「でも、ねぇ……」
濃姫は気乗りしないふうを装って、まつの顔を見る。
「ぜひ」
言葉すくなに言って、まつは装束を濃姫の膝元に寄越した。それでも困った顔をつくっていると、
「濃姫様は、ご自分の後姿を見てみたいとお思いになられたことがござりまするか?」
と、おかしなことを言い出した。
「え?」
「まつめは、ずっと思っておりました。されど、鏡を見ても湖面を覗いても、なかなか己の
後ろ姿というものは見ることができませぬ。見えぬと、余計に見たくなりまする」
「そ、そうね」
頭のいい女だ、と思いながら濃姫は答えた。
まつは濃姫が例の装束を着てみたいと思っていることも、それを言うのを恥ずかしく思って
いることも知っているのだ。だから、あくまでも「まつが、濃姫に衣装を着せたがっている」
というように衣装を勧める。自分の衣装を他人に着せて、その後姿を見たいのだ、と。
そうでなければ、人を着せ替え人形扱いする気か、とも取られかねないことを、わざわざ
願い出るはずもなかった。
「だから、ぜひ」
「うふふ、分かったわ」
こちらを立ててくれるまつの言葉をこれ以上拒めるはずもない。けれど、上手い具合に乗せ
られるだけというのも面白くない。
「じゃ、こうしましょう。あなたはわたしの、わたしはあなたの、それぞれ後姿を見るの。
わたしも自分の後姿が見てみたいわ」
「まあ……そんな」
――こういうわけで、女ふたりはそれぞれ衣装を交換して見せ合ったわけである。
目の前には濃姫の身なりをした、まつが立っている。
髪を結い上げ、黒と赤の蝶柄の着物を身に纏ったまつは常より五つほど大人に見えた。いや、
大人にというと語弊がある。彼女はもう大人の女であるが、濃い色の着物を着ると渋みのような
ものが出て、朗らかな賢妻といったまつの印象は、落ち着いた色香漂う女へと変わったのだ。
「変わるものねぇ」
しげしげと眺め、後姿を見るのもおざなりに、濃姫は嘆息しながら彼女の唇に濃い紅を
つけてやる。
「あの、濃姫様」
「じっとして、そう……これでいいわ」
正直なところ、人形遊びをするような楽しさがそこにはあったが、言ったらあんまり無礼
なので濃姫は黙っていた。
「うん、綺麗よ」
いつものまつと今のまつの、どちらが美しいというわけではない。似合う似合わぬで言えば、
当然見慣れたいつものまつだと断言できる。だが、この変身ぶりは素晴らしいの一言であった。
さすがはまつである。変身するのには慣れていると見えて、最初は戸惑った顔ばかりして
いたのに今はすっかり順応して、裾の開き具合や衿元を手慣れた様子で弄っていた。
濃姫の方はというと、照れというよりもはや慙愧に耐えないとさえ言えるほどの猛烈な
恥ずかしさが込み上げていて、まつのことを構っていなければ平静でいられぬほどなのである。
目の前には濃姫の身なりをした、まつが立っている。
髪を結い上げ、黒と赤の蝶柄の着物を身に纏ったまつは常より五つほど大人に見えた。いや、
大人にというと語弊がある。彼女はもう大人の女であるが、濃い色の着物を着ると渋みのような
ものが出て、朗らかな賢妻といったまつの印象は、落ち着いた色香漂う女へと変わったのだ。
「変わるものねぇ」
しげしげと眺め、後姿を見るのもおざなりに、濃姫は嘆息しながら彼女の唇に濃い紅を
つけてやる。
「あの、濃姫様」
「じっとして、そう……これでいいわ」
正直なところ、人形遊びをするような楽しさがそこにはあったが、言ったらあんまり無礼
なので濃姫は黙っていた。
「うん、綺麗よ」
いつものまつと今のまつの、どちらが美しいというわけではない。似合う似合わぬで言えば、
当然見慣れたいつものまつだと断言できる。だが、この変身ぶりは素晴らしいの一言であった。
さすがはまつである。変身するのには慣れていると見えて、最初は戸惑った顔ばかりして
いたのに今はすっかり順応して、裾の開き具合や衿元を手慣れた様子で弄っていた。
濃姫の方はというと、照れというよりもはや慙愧に耐えないとさえ言えるほどの猛烈な
恥ずかしさが込み上げていて、まつのことを構っていなければ平静でいられぬほどなのである。