「佐助、丁度いいところに来たな」
用事を済ませ、ついでに顔でも見るかと思い、佐助は「伊達夫人」と呼ばれるようになった
政宗の元を訪れた。
「これ、幸村に渡してくれるか?」
政宗付きの女中が、佐助の前に着物を置いた。上品な赤をいくつも配した、鮮やかな小袖だ。
「これは?」
「お館様の古着を、幸村用に仕立ててみた。多分、合うだろ」
「古着を? ……いいの、そんなことして」
「ああ、お館様のお達しだからな」
小袖をいくつかに分けてつなぎ合わせ、細かな刺繍をふんだんに施してある。
さぞ手間隙がかかっているだろう。佐助は着物を脇に置き、女中を見た。
「ちょっと、二人で話したいんだ。悪いけど、下がってくれる?」
女中は政宗を見た。政宗は女中を見ると、下がるよう命じた。
女中は佐助に警戒の眼差しを向けてから部屋から下がる。ぴしゃり、と大きな音を立てて障子が閉められた。
「警戒されてるなー、俺」
「忍びだからじゃねぇの?」
(それだけとは思えないけど)
政宗は薄く笑うと、打掛を直した。
長い鬘をつけ、打掛を纏った政宗は「伊達の息女」らしい姿だ。少し前まで
「Let's party! yeah-ha!」などと言いながら六爪を振るっていたとは思えない。
女は化け物だ。いや物の怪だ。
「それで、話って?」
「んー、ああ言わないと、あんた気詰まりするんじゃないかって思っただけ」
にへ、と笑い、着物を広げた。
丁寧に仕立て直されている。言われないと、古着とは思わないだろう。赤い小袖を
いくつも使い、さらに刺繍まで。さりげなく真田の家紋もあしらってある。
「何ヶ月かかったの、これ」
「一月くらい、か? 家の実権を握る気もねぇし、暇だったからさ」
佐助は目を見張った。
いくらかつては好敵手だったとはいえ、今の幸村と政宗は「主君の側室と、家臣」だ。
今後打ち合うようなことはないだろうし、二人で何かをすることもありえない。
幸村が躑躅が崎に来たとき、少し話ができればいい方だろう。
そんな男に、一月もの時間を使って。
……何を考えて、この着物を縫ったのだろう。
「……お館様の着物は縫わないの?」
「ああ、そういうのは正室がやってるらしい。――そうだ、俺もやってみようかな」
体がでかいから大変そうだ、と政宗は笑う。
「この刺繍よりは楽だと思うけど」
背中一面に散った刺繍。かみしもや陣羽織を羽織れば、見えなくなってしまう。
だからこそこんなに凝った刺繍をしたのだろうか。
「……いいの? こんなの、旦那にあげちゃって」
「言っただろ。お館様に言われたんだよ」
きっと「幸村に着物でも縫ってやれ」と言われただけだ。こんなに凝れとは
言われてないだろうし、信玄もここまでのものを仕立てるとも思ってないだろう。
一針一針、思いを込めて縫ったのだろう。見えないところまで丁寧に縫われている。
信玄と政宗の祝言のあった日、幸村は泣き腫らして帰ってきた。何も言わずに
さっさと寝所に籠って、また泣いていた。
二人がどんな関係だったのか、深くは知らない。男と女のことに、忍びが立ち入っていいとは思ってない。
泣くことなどない幸村がぼろぼろになるまで泣いたこと。
職人並の技術と時間を費やして繕われた小袖。
二人の想いの深さを理解する。
――なんで、旦那の妻にならなかったのさ。
問い詰めたところで、答えは分かり切っている。
真田と伊達の子供より、武田と伊達の子供を産む。
政宗の今後の課題であり、義務だ。
「……旦那、喜ぶよ。お館様から貰ったもの、旦那、すげー大切にしてるから……これも、
丁寧に着ると思うよ」
「古着だぜ? 泥だらけにしてもらっても全然構わねぇよ」
「これを泥だらけにしたら、俺様が怒ります」
「じゃ、あんたのも縫ってやろうか。色は何がいい?」
「いや、いいよ。着物なら十分持ってるし」
やんわりと断り、着物を畳んだ。
用事を済ませ、ついでに顔でも見るかと思い、佐助は「伊達夫人」と呼ばれるようになった
政宗の元を訪れた。
「これ、幸村に渡してくれるか?」
政宗付きの女中が、佐助の前に着物を置いた。上品な赤をいくつも配した、鮮やかな小袖だ。
「これは?」
「お館様の古着を、幸村用に仕立ててみた。多分、合うだろ」
「古着を? ……いいの、そんなことして」
「ああ、お館様のお達しだからな」
小袖をいくつかに分けてつなぎ合わせ、細かな刺繍をふんだんに施してある。
さぞ手間隙がかかっているだろう。佐助は着物を脇に置き、女中を見た。
「ちょっと、二人で話したいんだ。悪いけど、下がってくれる?」
女中は政宗を見た。政宗は女中を見ると、下がるよう命じた。
女中は佐助に警戒の眼差しを向けてから部屋から下がる。ぴしゃり、と大きな音を立てて障子が閉められた。
「警戒されてるなー、俺」
「忍びだからじゃねぇの?」
(それだけとは思えないけど)
政宗は薄く笑うと、打掛を直した。
長い鬘をつけ、打掛を纏った政宗は「伊達の息女」らしい姿だ。少し前まで
「Let's party! yeah-ha!」などと言いながら六爪を振るっていたとは思えない。
女は化け物だ。いや物の怪だ。
「それで、話って?」
「んー、ああ言わないと、あんた気詰まりするんじゃないかって思っただけ」
にへ、と笑い、着物を広げた。
丁寧に仕立て直されている。言われないと、古着とは思わないだろう。赤い小袖を
いくつも使い、さらに刺繍まで。さりげなく真田の家紋もあしらってある。
「何ヶ月かかったの、これ」
「一月くらい、か? 家の実権を握る気もねぇし、暇だったからさ」
佐助は目を見張った。
いくらかつては好敵手だったとはいえ、今の幸村と政宗は「主君の側室と、家臣」だ。
今後打ち合うようなことはないだろうし、二人で何かをすることもありえない。
幸村が躑躅が崎に来たとき、少し話ができればいい方だろう。
そんな男に、一月もの時間を使って。
……何を考えて、この着物を縫ったのだろう。
「……お館様の着物は縫わないの?」
「ああ、そういうのは正室がやってるらしい。――そうだ、俺もやってみようかな」
体がでかいから大変そうだ、と政宗は笑う。
「この刺繍よりは楽だと思うけど」
背中一面に散った刺繍。かみしもや陣羽織を羽織れば、見えなくなってしまう。
だからこそこんなに凝った刺繍をしたのだろうか。
「……いいの? こんなの、旦那にあげちゃって」
「言っただろ。お館様に言われたんだよ」
きっと「幸村に着物でも縫ってやれ」と言われただけだ。こんなに凝れとは
言われてないだろうし、信玄もここまでのものを仕立てるとも思ってないだろう。
一針一針、思いを込めて縫ったのだろう。見えないところまで丁寧に縫われている。
信玄と政宗の祝言のあった日、幸村は泣き腫らして帰ってきた。何も言わずに
さっさと寝所に籠って、また泣いていた。
二人がどんな関係だったのか、深くは知らない。男と女のことに、忍びが立ち入っていいとは思ってない。
泣くことなどない幸村がぼろぼろになるまで泣いたこと。
職人並の技術と時間を費やして繕われた小袖。
二人の想いの深さを理解する。
――なんで、旦那の妻にならなかったのさ。
問い詰めたところで、答えは分かり切っている。
真田と伊達の子供より、武田と伊達の子供を産む。
政宗の今後の課題であり、義務だ。
「……旦那、喜ぶよ。お館様から貰ったもの、旦那、すげー大切にしてるから……これも、
丁寧に着ると思うよ」
「古着だぜ? 泥だらけにしてもらっても全然構わねぇよ」
「これを泥だらけにしたら、俺様が怒ります」
「じゃ、あんたのも縫ってやろうか。色は何がいい?」
「いや、いいよ。着物なら十分持ってるし」
やんわりと断り、着物を畳んだ。