明くる日、元親に使いを出してもらって、伊達邸の様子を探ってもらったが、そこに人の気配はなく、既に発った後のようだった。
無事に逃げたのだろうか?それとも…
安否を知る術もなく、俺は悶々としたまま、自室の窓にもたれ掛かって、通りの雑踏を眺めていた。
目を伏せれば、トンテンカンと、釘を打つ金槌の小気味良い音が聞こえてくる。
竜の旦那が放って寄越した袋の中身は、通貨ではなく、いくつかの金の粒だった。
もちろん身請け金としては余りある程で、早速通貨に換算した元親が、それを使って楼内の修復を行っているところだった。
「元気?」
不意に声を掛けられて顔を上げれば、あちこち包帯だらけの慶次が入り口に立っていた。
ちらとだけ目線をやって、また顔を伏せる。
慶次は、入り口にもたれ掛かったまま、俺の様子を伺っていた。
窓から拭きぬける風が、頬をくすぐっていく。
誰にも会いたくない気分なのに、何故だか、慶次に話をする気になった。
「俺が…隠れ里の出自だって事、知ってる?」
世の中には、幕府に認定されて公式に運営されている色街の他に、非合法でやってる岡場所…俗に言う「隠れ里」ってのがあった。
「風の噂には」
慶次が、言葉短く返事を返した。
最低の場所だった。十かそこらで下卑た親父の相手をさせられていた。
物心付いた時には、もうそこに居た。生きる為には何でもした。
隠れ里の誰かが孕んじゃってそのまま産んだらしいけど、そんな事誰も関心がなかった。
親が誰かなんてのも知らないし、知りたくもなかった。あるいは産んでそのままおっ死んでしまったか。そんぐらい不衛生で、何の管理もされていなかった。
ある時、吉原から手入れが入り、俺はその地獄から引き上げられた。
鷹波屋花魁に、引込禿として付けられたのがその時だった。
「俺…そんな自分の人生をずっと否定してたよ。『いつか幸せになるんだ』って」
でもあの子はそうじゃなかった。自分の運命を受け入れて生きていた。今が不幸だなんて、口にした事なんか一度もなかった。
「偉そうな事ばかり言ってたのに、俺は結局あの子には一度も敵わなかったよ…」
顔を伏せて、目を閉じて、なんだかこのまま消え入ってしまいたかった。
押し黙って俺の話を聞いていた慶次が、初めて口を開いた。
「それでもあの子は、あんたを慕ってたよ」
その言葉が、ストンと胸に落ちてきて、目を開いた。
「あんたみたいになるんだって、ずっと言ってた」
顔を上げれば、普段と変わらない、その人当たりの良い笑顔。
「あの子に希望を与えてたのは、あんただったよ」
優しげな、笛の音色のような言葉だった。
もう一度、目を伏せたら、いつの間にか溢れ出していた涙が零れ落ちた。
歳取っちゃうとどーも涙腺が弱くなっていけないね。
歳もあるけど、あの子と出会ってからこちら、どうも涙腺緩みっぱなし。
とっくに無くなってたと思った感情を、全部引きずり出されてしまった。
それは弱さではないと、教えてくれたのもあの子だった。
何かが、ふっきれた気がした。
無事に逃げたのだろうか?それとも…
安否を知る術もなく、俺は悶々としたまま、自室の窓にもたれ掛かって、通りの雑踏を眺めていた。
目を伏せれば、トンテンカンと、釘を打つ金槌の小気味良い音が聞こえてくる。
竜の旦那が放って寄越した袋の中身は、通貨ではなく、いくつかの金の粒だった。
もちろん身請け金としては余りある程で、早速通貨に換算した元親が、それを使って楼内の修復を行っているところだった。
「元気?」
不意に声を掛けられて顔を上げれば、あちこち包帯だらけの慶次が入り口に立っていた。
ちらとだけ目線をやって、また顔を伏せる。
慶次は、入り口にもたれ掛かったまま、俺の様子を伺っていた。
窓から拭きぬける風が、頬をくすぐっていく。
誰にも会いたくない気分なのに、何故だか、慶次に話をする気になった。
「俺が…隠れ里の出自だって事、知ってる?」
世の中には、幕府に認定されて公式に運営されている色街の他に、非合法でやってる岡場所…俗に言う「隠れ里」ってのがあった。
「風の噂には」
慶次が、言葉短く返事を返した。
最低の場所だった。十かそこらで下卑た親父の相手をさせられていた。
物心付いた時には、もうそこに居た。生きる為には何でもした。
隠れ里の誰かが孕んじゃってそのまま産んだらしいけど、そんな事誰も関心がなかった。
親が誰かなんてのも知らないし、知りたくもなかった。あるいは産んでそのままおっ死んでしまったか。そんぐらい不衛生で、何の管理もされていなかった。
ある時、吉原から手入れが入り、俺はその地獄から引き上げられた。
鷹波屋花魁に、引込禿として付けられたのがその時だった。
「俺…そんな自分の人生をずっと否定してたよ。『いつか幸せになるんだ』って」
でもあの子はそうじゃなかった。自分の運命を受け入れて生きていた。今が不幸だなんて、口にした事なんか一度もなかった。
「偉そうな事ばかり言ってたのに、俺は結局あの子には一度も敵わなかったよ…」
顔を伏せて、目を閉じて、なんだかこのまま消え入ってしまいたかった。
押し黙って俺の話を聞いていた慶次が、初めて口を開いた。
「それでもあの子は、あんたを慕ってたよ」
その言葉が、ストンと胸に落ちてきて、目を開いた。
「あんたみたいになるんだって、ずっと言ってた」
顔を上げれば、普段と変わらない、その人当たりの良い笑顔。
「あの子に希望を与えてたのは、あんただったよ」
優しげな、笛の音色のような言葉だった。
もう一度、目を伏せたら、いつの間にか溢れ出していた涙が零れ落ちた。
歳取っちゃうとどーも涙腺が弱くなっていけないね。
歳もあるけど、あの子と出会ってからこちら、どうも涙腺緩みっぱなし。
とっくに無くなってたと思った感情を、全部引きずり出されてしまった。
それは弱さではないと、教えてくれたのもあの子だった。
何かが、ふっきれた気がした。




