唐突に入ってきた声と肩にかかった手に、幸村は顔を上げた。短い髪。男装の
隻眼の女だが、最近女の間で流行っている香が香る。
「あれ、政宗ちゃん。どうしてこんなとこにいるのー?」
「それは俺が聞きたいね。俺の領地に俺がいても、ちっともおかしくはねぇだろ」
「それもそうだねぇ」
「見覚えのあるでかい男がいるから入ってみれば…………さっそく浮気か?」
「! 違う!」
即座に否定すると、政宗はおかしそうに笑った。
「jokeだよ、joke。お前がそんな器用な人間じゃねぇことぐらい分かってるさ。
……それで、あの傾き野郎が羽織ってる着物が欲しいのか?」
「政宗殿に施しは受けぬ!」
政宗は、怪訝な顔をする。頭をかき、主人に値段を聞いて金子を渡す。
政宗が供も連れず財布を自ら持って出歩くのは珍しいことではなく、古着屋の主人も
慣れた様子で金子を丁寧に受け取り、奥の部屋へと案内する。
「勘違いするな。てめぇへの施しなんかじゃねぇよ」
「では、何ゆえ」
拳を握る。
今の幸村は無官であり、立場も低く弱い。だが、だからといって、生涯の好敵手に憐れまれ
施しを受ける理由にはならない。
「小十郎への褒美だ」
「――は?」
「おい前田の風来坊、そこで駄々こねてる女を奥に連れてこい」
「はいよ!」
腰を浮かしかける幸村の脇に、慶次の逞しい腕が入ってきた。
「は、離せ!」
「女の子を着飾らせようっていうのに、協力しない男がいるわけないだろ? ほらほら、
ちゃんと立って歩いて」
ずるずると引きずられながら、幸村は叫んだ。
しかしそう都合よく助けに来る者などいるはずもなく、ただ人目を引いただけだった。
隻眼の女だが、最近女の間で流行っている香が香る。
「あれ、政宗ちゃん。どうしてこんなとこにいるのー?」
「それは俺が聞きたいね。俺の領地に俺がいても、ちっともおかしくはねぇだろ」
「それもそうだねぇ」
「見覚えのあるでかい男がいるから入ってみれば…………さっそく浮気か?」
「! 違う!」
即座に否定すると、政宗はおかしそうに笑った。
「jokeだよ、joke。お前がそんな器用な人間じゃねぇことぐらい分かってるさ。
……それで、あの傾き野郎が羽織ってる着物が欲しいのか?」
「政宗殿に施しは受けぬ!」
政宗は、怪訝な顔をする。頭をかき、主人に値段を聞いて金子を渡す。
政宗が供も連れず財布を自ら持って出歩くのは珍しいことではなく、古着屋の主人も
慣れた様子で金子を丁寧に受け取り、奥の部屋へと案内する。
「勘違いするな。てめぇへの施しなんかじゃねぇよ」
「では、何ゆえ」
拳を握る。
今の幸村は無官であり、立場も低く弱い。だが、だからといって、生涯の好敵手に憐れまれ
施しを受ける理由にはならない。
「小十郎への褒美だ」
「――は?」
「おい前田の風来坊、そこで駄々こねてる女を奥に連れてこい」
「はいよ!」
腰を浮かしかける幸村の脇に、慶次の逞しい腕が入ってきた。
「は、離せ!」
「女の子を着飾らせようっていうのに、協力しない男がいるわけないだろ? ほらほら、
ちゃんと立って歩いて」
ずるずると引きずられながら、幸村は叫んだ。
しかしそう都合よく助けに来る者などいるはずもなく、ただ人目を引いただけだった。
「うぎゃあああああ!!」
抑えつけられて着物を剥がれ、幸村は声を上げた。政宗の腕から逃げて襖に手を伸ばすが、
廊下にいる慶次がしっかりと襖を閉めているため、びくともしない。
「犯そうって訳じゃねぇんだからよ……」
肌着の上から、着物をかけられる。
慎ましやかでありながら艶のある色。
「紅を差したら変わるだろ。ほら、ちゃんと着てこっち来い」
政宗の声が離れる。幸村は俯きながら着物に袖を通し、薄紅の帯を締めた。これも、政宗が買ったものだ。
「何ゆえ、ここまで。……それに、小十郎殿への褒美とは」
「Ah-ha? 妻が贅沢過ぎない程度に美しく着飾って、喜ばねぇ夫がいると思うか?」
「……そのような……」
「折角のFestivalだ。楽しまなきゃ損だぜ?」
鏡台の前で、政宗は懐から紅を出している。私物らしい。もういいぜ、と声をかけ、慶次を招き入れる。
「お、見違えるようだねぇ」
にぱっと笑う慶次から顔をそらす。
褒められれば嬉しいが、言葉で褒められることに慣れていない。
「口を少し開けて……そう」
慣れた手つきで、政宗は紅を薬指に取って幸村の唇に置く。深い、大人びた色だ。
慶次に差し出された鏡を見る。ただ紅を差しただけなのに、なんだか別人のようだ。
「……よい色にござるな」
「それだけか?」
「いや、その……化粧など滅多にせぬ故、なんだか……俺なのに、俺ではないような」
「まぁ、俺のだからちょっと合ってねぇけど」
そういって政宗は、自分の唇を同じ色に染めた。
「…政宗殿は、毎日化粧をなされるのか?」
「女の格好をするときはするぜ? お前と違って、俺は女の格好が必要なときがあるんだよ」
「左様にござるか」
意外だった。
櫛を集めたり花を愛でる趣味があることは知っているが、紅を差し着飾っている政宗を
見たことはない。幸村が知らないだけなのだろう。
しかし、「必要なとき」とは何だろう。
「幸村ちゃん、可愛い顔してるんだから色々したらいいのに」
「……合わぬであろう。このような着物も、政宗殿には悪いが……」
「HA! 分かってねぇのはてめぇだよ」
幸村は顔を伏せた。
大人びた紅の着物。口紅。
滑稽だと笑われるだろう。
「笑われるであろうな。……無理に、年齢を積んで」
「そうか?」
政宗は笑う。幸村より二つほど年が上だが、彼女の作る表情は実際の年より大人びている。
立場がそうさせているのか、それとも持って生まれたものなのかは分からない。
「笑わねーよ、絶対に。なんだったら、賭けてみるか?」
自信を持った笑顔は、見とれてしまうくらい綺麗だった。
抑えつけられて着物を剥がれ、幸村は声を上げた。政宗の腕から逃げて襖に手を伸ばすが、
廊下にいる慶次がしっかりと襖を閉めているため、びくともしない。
「犯そうって訳じゃねぇんだからよ……」
肌着の上から、着物をかけられる。
慎ましやかでありながら艶のある色。
「紅を差したら変わるだろ。ほら、ちゃんと着てこっち来い」
政宗の声が離れる。幸村は俯きながら着物に袖を通し、薄紅の帯を締めた。これも、政宗が買ったものだ。
「何ゆえ、ここまで。……それに、小十郎殿への褒美とは」
「Ah-ha? 妻が贅沢過ぎない程度に美しく着飾って、喜ばねぇ夫がいると思うか?」
「……そのような……」
「折角のFestivalだ。楽しまなきゃ損だぜ?」
鏡台の前で、政宗は懐から紅を出している。私物らしい。もういいぜ、と声をかけ、慶次を招き入れる。
「お、見違えるようだねぇ」
にぱっと笑う慶次から顔をそらす。
褒められれば嬉しいが、言葉で褒められることに慣れていない。
「口を少し開けて……そう」
慣れた手つきで、政宗は紅を薬指に取って幸村の唇に置く。深い、大人びた色だ。
慶次に差し出された鏡を見る。ただ紅を差しただけなのに、なんだか別人のようだ。
「……よい色にござるな」
「それだけか?」
「いや、その……化粧など滅多にせぬ故、なんだか……俺なのに、俺ではないような」
「まぁ、俺のだからちょっと合ってねぇけど」
そういって政宗は、自分の唇を同じ色に染めた。
「…政宗殿は、毎日化粧をなされるのか?」
「女の格好をするときはするぜ? お前と違って、俺は女の格好が必要なときがあるんだよ」
「左様にござるか」
意外だった。
櫛を集めたり花を愛でる趣味があることは知っているが、紅を差し着飾っている政宗を
見たことはない。幸村が知らないだけなのだろう。
しかし、「必要なとき」とは何だろう。
「幸村ちゃん、可愛い顔してるんだから色々したらいいのに」
「……合わぬであろう。このような着物も、政宗殿には悪いが……」
「HA! 分かってねぇのはてめぇだよ」
幸村は顔を伏せた。
大人びた紅の着物。口紅。
滑稽だと笑われるだろう。
「笑われるであろうな。……無理に、年齢を積んで」
「そうか?」
政宗は笑う。幸村より二つほど年が上だが、彼女の作る表情は実際の年より大人びている。
立場がそうさせているのか、それとも持って生まれたものなのかは分からない。
「笑わねーよ、絶対に。なんだったら、賭けてみるか?」
自信を持った笑顔は、見とれてしまうくらい綺麗だった。




