まともに眠れず、頭が鈍い。少しだけでも昼寝をすればいいのだろうが、
深く眠れずに悪い夢ばかり見る。
ずきずきと痛む頭に手をやり、長曾我部の花押と落款の入った手紙を小十郎に放り投げた。
「お加減が悪いのですか?」
「飲みすぎただけだ」
小十郎の眉間に皺が寄るが、小言にはならない。
「……あまりお強くないのですから」
いつもなら説教の一つも貰うところだが、小十郎はそれ以上何も言わなかった。
無言で手紙を開き、眉間の皺がきつくなった。
「I see。――読んだか?」
「は」
「長曾我部と交渉に入る。夕刻にはつくらしいから、出迎える準備をしろ」
「今から、ですか」
「――おいおい、客人を待たせる気か?」
四国の大名、長曾我部元親と政宗は同盟関係を築いている。時々互いに顔を合わせ、
貿易や戦の協力、技術の交換などを行っているが、常に婚姻をちらつかせてくる。
長曾我部の技術や戦力、人品は悪くないし、何よりも馬が合う。
遠方であるため祝言を騒ぐ声は少ないが、「早く結婚して落ち着け」という家臣団の
無言の圧力を感じる。
悪くはないと思う。年は離れているが、元親はやんちゃすぎるところがあるので年齢を
感じたことはないし、親子ほど年の離れた婚姻も珍しくないのだから、別に構わない。
心が傾くたびに、翡翠のロザリオを手に取って戒める。
夫を殺すような女が、他の男と幸せになっていいはずがない。
生涯を独りで生きると決めた。弟の子に家督を継がせればいいと考えている。
第一、友人だから、元親とはうまくやれるのだ。
隻眼の女を喜んで妻にする男などいる筈がない。
「――政宗様。長曾我部との縁談は、伊達にとっても、政宗様にとっても良縁と考えます」
政宗は目を細めた。
屍を踏みつけ、返り血に染まった刀と甲冑で身を固め戦場を駆け巡る女が、
事あるごとに熱い血潮が冷えていく様子と肉の重みを思い出す。
血と脂で脇差が滑り落ちた。全身を朱に染めて、温もりの消えていく体を思わず
抱き締めた。ずしりとした重み。人の体はこんなに重いのかと、頭のどこかで
冷静に考えていた。
おとなしい男だった。乱世に生きるのに優しすぎた。政宗殿が男であればいいのに、と
いつも柔らかく笑うから、お前が優しすぎるんだと怒った。
盛られた毒は、大した量ではなかった。椎茸に似た茸をかじり、すぐに異変に気づいて吐き出した。
起き上がれるようになると、真っ先に夫の元に向かった。何か知っているかと問うと、
青い顔をして顔を背けられた。
頭が真っ白になり、刃を向けた。
あれ以来、茸は一切食べられない。偏食や食べ残しを嫌い、主君といえども雷を落とす
小十郎も茸を残しても何も言わなくなり、やがて米沢城の膳から茸が消えた。
毒茸を盛った首謀者も、狙いも、未だに分からない。夫だったのかどうかすら
あやふやだった。だが、あの青い顔と死に際の言葉が、疑いを募らせる。
「……夫殺しの女が、簡単に縁を結んでいいはずがねぇだろ」
「政宗様、ですが」
「Shut up! 俺の婚姻は、俺が決める! いくらお前でも口出しはさせねぇ!」
小十郎は口をつぐんだ。悲痛な表情を隠すように伏せる様子に苛立ちを覚える。
政宗は立ち上がり、大きな音を立てて障子を開いた。温い空気が政宗を撫でる。
ち、と舌を打ってから乱暴に障子を閉めた。
深く眠れずに悪い夢ばかり見る。
ずきずきと痛む頭に手をやり、長曾我部の花押と落款の入った手紙を小十郎に放り投げた。
「お加減が悪いのですか?」
「飲みすぎただけだ」
小十郎の眉間に皺が寄るが、小言にはならない。
「……あまりお強くないのですから」
いつもなら説教の一つも貰うところだが、小十郎はそれ以上何も言わなかった。
無言で手紙を開き、眉間の皺がきつくなった。
「I see。――読んだか?」
「は」
「長曾我部と交渉に入る。夕刻にはつくらしいから、出迎える準備をしろ」
「今から、ですか」
「――おいおい、客人を待たせる気か?」
四国の大名、長曾我部元親と政宗は同盟関係を築いている。時々互いに顔を合わせ、
貿易や戦の協力、技術の交換などを行っているが、常に婚姻をちらつかせてくる。
長曾我部の技術や戦力、人品は悪くないし、何よりも馬が合う。
遠方であるため祝言を騒ぐ声は少ないが、「早く結婚して落ち着け」という家臣団の
無言の圧力を感じる。
悪くはないと思う。年は離れているが、元親はやんちゃすぎるところがあるので年齢を
感じたことはないし、親子ほど年の離れた婚姻も珍しくないのだから、別に構わない。
心が傾くたびに、翡翠のロザリオを手に取って戒める。
夫を殺すような女が、他の男と幸せになっていいはずがない。
生涯を独りで生きると決めた。弟の子に家督を継がせればいいと考えている。
第一、友人だから、元親とはうまくやれるのだ。
隻眼の女を喜んで妻にする男などいる筈がない。
「――政宗様。長曾我部との縁談は、伊達にとっても、政宗様にとっても良縁と考えます」
政宗は目を細めた。
屍を踏みつけ、返り血に染まった刀と甲冑で身を固め戦場を駆け巡る女が、
事あるごとに熱い血潮が冷えていく様子と肉の重みを思い出す。
血と脂で脇差が滑り落ちた。全身を朱に染めて、温もりの消えていく体を思わず
抱き締めた。ずしりとした重み。人の体はこんなに重いのかと、頭のどこかで
冷静に考えていた。
おとなしい男だった。乱世に生きるのに優しすぎた。政宗殿が男であればいいのに、と
いつも柔らかく笑うから、お前が優しすぎるんだと怒った。
盛られた毒は、大した量ではなかった。椎茸に似た茸をかじり、すぐに異変に気づいて吐き出した。
起き上がれるようになると、真っ先に夫の元に向かった。何か知っているかと問うと、
青い顔をして顔を背けられた。
頭が真っ白になり、刃を向けた。
あれ以来、茸は一切食べられない。偏食や食べ残しを嫌い、主君といえども雷を落とす
小十郎も茸を残しても何も言わなくなり、やがて米沢城の膳から茸が消えた。
毒茸を盛った首謀者も、狙いも、未だに分からない。夫だったのかどうかすら
あやふやだった。だが、あの青い顔と死に際の言葉が、疑いを募らせる。
「……夫殺しの女が、簡単に縁を結んでいいはずがねぇだろ」
「政宗様、ですが」
「Shut up! 俺の婚姻は、俺が決める! いくらお前でも口出しはさせねぇ!」
小十郎は口をつぐんだ。悲痛な表情を隠すように伏せる様子に苛立ちを覚える。
政宗は立ち上がり、大きな音を立てて障子を開いた。温い空気が政宗を撫でる。
ち、と舌を打ってから乱暴に障子を閉めた。




