温い雨が、雨戸を叩いている。
褥に転がったまま雨戸を見つめる。側に不寝番の控えている気配もなく、静かに
雨の音を聴いていた。
この雨は、桜や海棠を散らすだろう。無残なまでに散る花びらは、悲しく虚しいが、
背徳的な美しさもある。美しい女が息絶えた姿のようだ。
まもなく若葉の美しい季節だ。元親が根城としている瀬戸内は、とっくに桜は散って
若葉が萌えているのだろう。
(そういえば……買ってなかったな)
隣国の女大名から奥州の甘味を頼まれていた事を思い出す。
たまたま会う機会があったので奥州に出向くことを言うと、かりんとうを買って来い、
忘れたら四国を攻める、という訳の変わらない脅しに従う羽目になった。
(かりんとうくらい、自分の国でも作ってるだろうがよぉ)
明日政宗に市のことを聞こう、と思いながら目を閉じる。
今朝の事はこちらは気にするつもりはない。弱みをだしにして女に迫るのは無粋だ。
そのまま眠ろうとしたとき、障子戸が開いた。雨の匂いが閨に滑り込む。
誰だ、と目を開ける。灯りの消えた室内に闇の凝ったような人影が音もなく閨に
入ってくると、障子戸が閉じた。
「誰だ」
声をかけると、影が竦んだ。体を起こし、正体を見極めようと影を睨む。
緊張が走るが、微かに漏れる声から正体が知れた。
「お……俺だ」
影が灯りをともす。柔らかな橙の灯りに白い顔が映る。短い髪。隻眼の鋭い目。整っているが、
それ以上に目つきの悪さと傲慢さが印象に残る顔立ち。
「政宗か。――どうした? 命でも取りに来たかい?」
政宗は首を振ると、灯りを吹き消した。閨が闇に沈む。明るさに慣れた目は
すぐに暗闇に対応できない。元親は政宗の気配を探る。
冷たい指が元親の腕を掴んだ。節が大きく骨もしっかりと張っていて、男のような手だ。
「……昨日が、命日なんだよ」
「ああ、昨日聞いたな」
「……四年前の、この日から、俺は独りになった」
「どうした?」
「……奥州は、俺が取った土地だ。放り出してお前と船に乗るなんて、できねぇ」
……予測はしていた。
政宗は奥州から離れることが難しい。弟に家督を譲れば、母方の実家がのっとりをかけてくる可能性が高まる。
安心して奥州から出るのは、何年もかかるか、あるいはそんな日は来ないか。
「……お前が奥州に留まるって言うんなら……お前を婿にしたい」
「そりゃあ、無理な注文だ。俺は風の吹くまま、波の向かうまま船に乗る海賊だ」
政宗が顔を上げた。濡れたように輝く左の目が細くなる。
それでこそお前だ、と言われたような気がした。
顔が近づいてくる。肩口に頬を寄せられる。
これはなんだ、と息を詰めた。
「……俺が奥州を離れても大丈夫になるのに、何年かかるか分からない。
――今日だけでいい。今だけ……夫になってくれ」
「政宗」
「俺はここを離れられない。お前はここに留まらない。……だったら、こうするしかねぇだろ」
腕が背中に回った。手弱女(たおやめ)という言葉を連想させる細い腕。こんな腕が六爪を繰るのか。
甘い匂いがする。香の匂いとは違う。女の匂いだ。
「今宵限り、か?」
「奥州は何かときな臭くてね。俺がいなくなっても大丈夫になるのを待ってたら、婆になっちまう」
「俺は種か?」
政宗は首を振った。髪が元親をくすぐる。意外と硬い髪をしている。
「子供なんて、伊達の親類から貰えばいいんだよ。……一晩だけでいい。お前を夫にしたい」
ダメか、と目が不安げに揺らいだ。
手に入れたいと思った。奥州から奪ってでも手に入れたいとさえ、思っていた。
何かと婚姻を持ちかけ、奥州の有利となる条件の同盟を結んだのも、政宗を手に入れるためだった。
元親が何よりも欲しいもの。政宗の心。好きだという感情。
――それが、手に入る。
元親が拒む理由はなかった。
顎を取り、唇を塞いだ。熱い吐息を感じる。衝動のまま口腔を貪り、逃げる舌を
きつく絡めて息と熱を奪う。
政宗が暴れる寸前で唇を離した。体を抑え込んで褥に押し倒す。
「――忘れられなくしてやるよ」
ただ一夜だけというのなら、朝まで貪るだけだ。
褥に転がったまま雨戸を見つめる。側に不寝番の控えている気配もなく、静かに
雨の音を聴いていた。
この雨は、桜や海棠を散らすだろう。無残なまでに散る花びらは、悲しく虚しいが、
背徳的な美しさもある。美しい女が息絶えた姿のようだ。
まもなく若葉の美しい季節だ。元親が根城としている瀬戸内は、とっくに桜は散って
若葉が萌えているのだろう。
(そういえば……買ってなかったな)
隣国の女大名から奥州の甘味を頼まれていた事を思い出す。
たまたま会う機会があったので奥州に出向くことを言うと、かりんとうを買って来い、
忘れたら四国を攻める、という訳の変わらない脅しに従う羽目になった。
(かりんとうくらい、自分の国でも作ってるだろうがよぉ)
明日政宗に市のことを聞こう、と思いながら目を閉じる。
今朝の事はこちらは気にするつもりはない。弱みをだしにして女に迫るのは無粋だ。
そのまま眠ろうとしたとき、障子戸が開いた。雨の匂いが閨に滑り込む。
誰だ、と目を開ける。灯りの消えた室内に闇の凝ったような人影が音もなく閨に
入ってくると、障子戸が閉じた。
「誰だ」
声をかけると、影が竦んだ。体を起こし、正体を見極めようと影を睨む。
緊張が走るが、微かに漏れる声から正体が知れた。
「お……俺だ」
影が灯りをともす。柔らかな橙の灯りに白い顔が映る。短い髪。隻眼の鋭い目。整っているが、
それ以上に目つきの悪さと傲慢さが印象に残る顔立ち。
「政宗か。――どうした? 命でも取りに来たかい?」
政宗は首を振ると、灯りを吹き消した。閨が闇に沈む。明るさに慣れた目は
すぐに暗闇に対応できない。元親は政宗の気配を探る。
冷たい指が元親の腕を掴んだ。節が大きく骨もしっかりと張っていて、男のような手だ。
「……昨日が、命日なんだよ」
「ああ、昨日聞いたな」
「……四年前の、この日から、俺は独りになった」
「どうした?」
「……奥州は、俺が取った土地だ。放り出してお前と船に乗るなんて、できねぇ」
……予測はしていた。
政宗は奥州から離れることが難しい。弟に家督を譲れば、母方の実家がのっとりをかけてくる可能性が高まる。
安心して奥州から出るのは、何年もかかるか、あるいはそんな日は来ないか。
「……お前が奥州に留まるって言うんなら……お前を婿にしたい」
「そりゃあ、無理な注文だ。俺は風の吹くまま、波の向かうまま船に乗る海賊だ」
政宗が顔を上げた。濡れたように輝く左の目が細くなる。
それでこそお前だ、と言われたような気がした。
顔が近づいてくる。肩口に頬を寄せられる。
これはなんだ、と息を詰めた。
「……俺が奥州を離れても大丈夫になるのに、何年かかるか分からない。
――今日だけでいい。今だけ……夫になってくれ」
「政宗」
「俺はここを離れられない。お前はここに留まらない。……だったら、こうするしかねぇだろ」
腕が背中に回った。手弱女(たおやめ)という言葉を連想させる細い腕。こんな腕が六爪を繰るのか。
甘い匂いがする。香の匂いとは違う。女の匂いだ。
「今宵限り、か?」
「奥州は何かときな臭くてね。俺がいなくなっても大丈夫になるのを待ってたら、婆になっちまう」
「俺は種か?」
政宗は首を振った。髪が元親をくすぐる。意外と硬い髪をしている。
「子供なんて、伊達の親類から貰えばいいんだよ。……一晩だけでいい。お前を夫にしたい」
ダメか、と目が不安げに揺らいだ。
手に入れたいと思った。奥州から奪ってでも手に入れたいとさえ、思っていた。
何かと婚姻を持ちかけ、奥州の有利となる条件の同盟を結んだのも、政宗を手に入れるためだった。
元親が何よりも欲しいもの。政宗の心。好きだという感情。
――それが、手に入る。
元親が拒む理由はなかった。
顎を取り、唇を塞いだ。熱い吐息を感じる。衝動のまま口腔を貪り、逃げる舌を
きつく絡めて息と熱を奪う。
政宗が暴れる寸前で唇を離した。体を抑え込んで褥に押し倒す。
「――忘れられなくしてやるよ」
ただ一夜だけというのなら、朝まで貪るだけだ。




