「……ここで、待ってろ。俺は何度でもここに来る」
「いいのか?」
「ああ。……寂しい思いをさせるな」
「HA、俺に惚れてるんだったら、船から下りて俺の側にいろよ」
「それはできねぇ相談だな。お前がその気になるまで、待っててやるからよ」
「……I love you」
「あ? なんだって?」
元親が顔を覗き込んでくる。政宗はなんでもない、と元親の下唇に口付けを贈り、元親の胸に顔を寄せた。
元親の太い腕が回ってきた。元親の肌に染み付いた匂いは、元親がここに留まらないことを政宗に教えてくる。
――それでいい。
政宗は潮の匂いを吸い込み、目を閉じた。
少し寂しいけれど、元親が自由に生きているのだと思えば、これからの長い生を飽かずにすむ。
「夜明けまで、まだあるぜ?」
肩を押され、褥に背を預けた。政宗は気だるげに腕を持ち上げ、逞しい首に腕を回した。
「いいのか?」
「ああ。……寂しい思いをさせるな」
「HA、俺に惚れてるんだったら、船から下りて俺の側にいろよ」
「それはできねぇ相談だな。お前がその気になるまで、待っててやるからよ」
「……I love you」
「あ? なんだって?」
元親が顔を覗き込んでくる。政宗はなんでもない、と元親の下唇に口付けを贈り、元親の胸に顔を寄せた。
元親の太い腕が回ってきた。元親の肌に染み付いた匂いは、元親がここに留まらないことを政宗に教えてくる。
――それでいい。
政宗は潮の匂いを吸い込み、目を閉じた。
少し寂しいけれど、元親が自由に生きているのだと思えば、これからの長い生を飽かずにすむ。
「夜明けまで、まだあるぜ?」
肩を押され、褥に背を預けた。政宗は気だるげに腕を持ち上げ、逞しい首に腕を回した。
長曾我部の一行が米沢を立つのを、政宗は物見櫓から見送った。小十郎は政宗の側に控え、
政宗を見守る。
「ついていかれないのですか?」
政宗は小十郎に顔を向ける。目を伏せ、それはできないと首を振る。
昨晩、何があったのかは知らない。
一晩で、表情が変わった。穏やかで優しく、隠し切れない翳りが滲む。
遠いところに恋人がいる女の顔だ。
いつ来るかと待ち望み、会えばいつ旅立つのかと怯える。
四国に嫁げばいいと、口にするのは難しい。そう簡単にいかないことは小十郎も分かっている。
伴侶を得て、幸せに過ごして欲しいと思う。悲しみに囚われても、何もならない。
「天にありては願わくば比翼の鳥となり、地にありては願わくば連理の枝とならん……」
小さな声で漢詩を諳んじている。
楊貴妃と玄宗の恋の果てを歌った漢詩だ。
小十郎が「白居易ですか」と言うと、政宗は柱に寄りかかりながら海に向かう
想い人に目をやった。
「……ガラじゃねぇってか?」
「いえ。……少し、意外だと」
「俺だって、漢詩くらいたしなむぜ?」
傾国の女と帝は、夜更けに二人だけで比翼連理とならんと約束したという。その約束と
思い出を噛み締め、帝は悲しみに暮れる。
悲恋を詠ったもののようにも、政治混乱を招いた帝を批判するもののようにも思える詩は、
確かに文人の嗜みだが、政宗が好んだ覚えはない。
政宗は顔を長曾我部の一行に視線を向けた。後ろに控えた小十郎には、どんな顔をしているのか伺えない。
手が、拳を作った。小さく南蛮の言葉を呟いている。小十郎の知らない言葉だ。
「see you――」
少し掠れた声。甘い響きを持つ言葉は、意味が分からないが別れの言葉だろうと見当がつく。
「さて、と。執務に戻るか」
「は」
振り返った政宗の顔は、為政者のそれだった。
「小十郎。俺は、ここに骨を埋める。……だがな、心は自由だ」
目を細めて笑うと、政宗は櫓を降りた。
心。目に見えない、政宗の中にあるもの。何を思い、誰を思うかは、分かっている。
「……よろしいのですか?」
「いいんだよ。俺も、あいつもな」
櫓を降りたところで政宗は目を眇めて笑う。
明るい笑顔に、小十郎は安堵の息を零した。
政宗を見守る。
「ついていかれないのですか?」
政宗は小十郎に顔を向ける。目を伏せ、それはできないと首を振る。
昨晩、何があったのかは知らない。
一晩で、表情が変わった。穏やかで優しく、隠し切れない翳りが滲む。
遠いところに恋人がいる女の顔だ。
いつ来るかと待ち望み、会えばいつ旅立つのかと怯える。
四国に嫁げばいいと、口にするのは難しい。そう簡単にいかないことは小十郎も分かっている。
伴侶を得て、幸せに過ごして欲しいと思う。悲しみに囚われても、何もならない。
「天にありては願わくば比翼の鳥となり、地にありては願わくば連理の枝とならん……」
小さな声で漢詩を諳んじている。
楊貴妃と玄宗の恋の果てを歌った漢詩だ。
小十郎が「白居易ですか」と言うと、政宗は柱に寄りかかりながら海に向かう
想い人に目をやった。
「……ガラじゃねぇってか?」
「いえ。……少し、意外だと」
「俺だって、漢詩くらいたしなむぜ?」
傾国の女と帝は、夜更けに二人だけで比翼連理とならんと約束したという。その約束と
思い出を噛み締め、帝は悲しみに暮れる。
悲恋を詠ったもののようにも、政治混乱を招いた帝を批判するもののようにも思える詩は、
確かに文人の嗜みだが、政宗が好んだ覚えはない。
政宗は顔を長曾我部の一行に視線を向けた。後ろに控えた小十郎には、どんな顔をしているのか伺えない。
手が、拳を作った。小さく南蛮の言葉を呟いている。小十郎の知らない言葉だ。
「see you――」
少し掠れた声。甘い響きを持つ言葉は、意味が分からないが別れの言葉だろうと見当がつく。
「さて、と。執務に戻るか」
「は」
振り返った政宗の顔は、為政者のそれだった。
「小十郎。俺は、ここに骨を埋める。……だがな、心は自由だ」
目を細めて笑うと、政宗は櫓を降りた。
心。目に見えない、政宗の中にあるもの。何を思い、誰を思うかは、分かっている。
「……よろしいのですか?」
「いいんだよ。俺も、あいつもな」
櫓を降りたところで政宗は目を眇めて笑う。
明るい笑顔に、小十郎は安堵の息を零した。




