「! おい!」
咄嗟に腕を取り、引き寄せた。幸村の足から草履が離れ、水音を立てて川に落ちた。
土手の傾斜が、幸村の足を滑らせたらしい。今にも雨が降り出しそうな闇夜では、川が
どこにあるのかよく分からない。
「……阿呆」
「草履が」
「新しいのが陣にある」
幸村は小十郎に顔を向け、腕を伸ばした。裸足で歩けばいいものを、と舌を打ち、小十郎は
幸村の腕を首に回す。
香よりも強い、女の匂いを嗅いだ。幸村の匂いだ。
ぐらりと眩暈を覚えた。
咄嗟に腕を取り、引き寄せた。幸村の足から草履が離れ、水音を立てて川に落ちた。
土手の傾斜が、幸村の足を滑らせたらしい。今にも雨が降り出しそうな闇夜では、川が
どこにあるのかよく分からない。
「……阿呆」
「草履が」
「新しいのが陣にある」
幸村は小十郎に顔を向け、腕を伸ばした。裸足で歩けばいいものを、と舌を打ち、小十郎は
幸村の腕を首に回す。
香よりも強い、女の匂いを嗅いだ。幸村の匂いだ。
ぐらりと眩暈を覚えた。
——まだ幸村が甲斐武田の武将だった頃、奥州に単身乗り込み、そして返り討ちにあった。
小十郎は幸村を匿い、療養をさせた。恩義を感じた幸村は、甲斐と奥州の橋渡し役として、
小十郎の元に嫁いだ。
小十郎は幸村を匿い、療養をさせた。恩義を感じた幸村は、甲斐と奥州の橋渡し役として、
小十郎の元に嫁いだ。
これは表向きの話である。小十郎は幸村を療養させたのは事実だが、その間、小十郎は
幸村を慰み者として扱った。捕らえ、犯し、嬲り、陵辱の限りを尽くした。
首を絞め、頬を叩き、睨み合いながらの情交が最初だった。
感情を、よく覚えている。どちらがどう首を絞めたか、どう罵ったかなどは曖昧だが、
あの時膨れ上がった嗜虐心と征服欲は、今でも時々思い出しては持て余す。
肌に傷をつけ、細い喉に手をかけた。嫌だと暴れる四肢を縛り、とにかく犯したいと思い、
犯した。睨んでくる目が心地よくて、笑いが止まらなかった。
もう、あんな事はしたくない。
幸村を慰み者として扱った。捕らえ、犯し、嬲り、陵辱の限りを尽くした。
首を絞め、頬を叩き、睨み合いながらの情交が最初だった。
感情を、よく覚えている。どちらがどう首を絞めたか、どう罵ったかなどは曖昧だが、
あの時膨れ上がった嗜虐心と征服欲は、今でも時々思い出しては持て余す。
肌に傷をつけ、細い喉に手をかけた。嫌だと暴れる四肢を縛り、とにかく犯したいと思い、
犯した。睨んでくる目が心地よくて、笑いが止まらなかった。
もう、あんな事はしたくない。
「草履がなくては歩けませぬ」
わざとらしく甘えられる。
いつもならば、阿呆、と軽く罵って甘えを受け入れるのだが、それができない。
ふわりと蛍が舞う。
淡くかそけき光。儚げにうつろう幽玄の美しさは、この世のものとは思えない。
この世にいながら、あの世を見ているかのようだ。
鼻の奥に血の匂いが残っている。幸村から漂う女の気配とそれが混じり、頭が混乱する。
手を伸ばした。幸村は笑う。少しだけ唇が開く。紅を塗っている訳ではないが、
ほんのりと色がついた唇をしている。
白い女の手が、小十郎の髪に触れた。
わざとらしく甘えられる。
いつもならば、阿呆、と軽く罵って甘えを受け入れるのだが、それができない。
ふわりと蛍が舞う。
淡くかそけき光。儚げにうつろう幽玄の美しさは、この世のものとは思えない。
この世にいながら、あの世を見ているかのようだ。
鼻の奥に血の匂いが残っている。幸村から漂う女の気配とそれが混じり、頭が混乱する。
手を伸ばした。幸村は笑う。少しだけ唇が開く。紅を塗っている訳ではないが、
ほんのりと色がついた唇をしている。
白い女の手が、小十郎の髪に触れた。
理性が焼き切れるような音が、どこかで聞こえた。




